No.152504

江東の覇人 8話

アクシスさん

お久しぶりです

一刀がマジで空気なので、少々活躍させました

のんびりと書いているので、気長に更新をお待ちください

2010-06-22 19:44:10 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:2682   閲覧ユーザー数:2206

 

 

「全軍突撃、完膚なきまで叩きのめしなさい!!!」

 

袁紹の号令の下、反董卓連合の汜水関攻略が始まる。

 

「愛紗ちゃんお願い!」

 

「はっ!皆の者!!袁紹軍に遅れを取るな!!全軍突撃ぃいぃぃいいぃい!!!」

 

雄叫びと共に、袁紹軍と劉備軍が入り乱れて汜水関へ突貫を始めた。

 

「おーおー、始まった始まった・・・」

 

それを、戦の被害が出ない場所で蓮聖達は見守っている。

 

「結局、劉備は共闘を選んだみたいだな」

 

「まだわかんねぇぞ?最後の最後で裏切るかもしれん」

 

「そんな非効率的な事を?だって自軍の数も減って、蓮聖の言葉も裏切って・・・損しかないような・・・」

 

「少なくとも、奴の理想は守られる。奴の信念は失われない・・・そういう事じゃねぇの?」

 

「劉備の・・・理想?」

 

大徳、劉備玄徳・・・その理想とはやはり・・・・・・

 

「一言で言えば平和・・・」

 

「だろうな・・・俺の世界でも、劉備はそういう面で有名だったから」

 

「そうか・・・やっぱ、あいつは残るのか」

 

「・・・少なくとも、この諸侯の中ではね」

 

一刀の言葉を聞き、蓮聖は嘆息する。

 

「それがわかりゃあいいさ。俺の目に狂いはなかったっつう事だ・・・だが・・・はぁ・・・・・・」

 

「・・・どうかしたのか?」

 

明らかに、蓮聖の様子はおかしかった。

 

「奴ぁ、俺や曹操のような覇道を歩む者と決定的に違ぇんだよ・・・それが、憂鬱でなぁ」

 

「・・・というと?」

 

「じゃあ聞くけどよぉ、あいつは何を望んでる?」

 

「さっきの蓮聖の言葉を借りるなら、大陸の平和」

 

「その通り、じゃあ・・・何故平和を求めながら力を有している?」

 

「・・・それは・・・・・・」

 

劉備が率いるのは、正に軍隊。

 

大陸の戦争を行っている者達だ。

 

「気付いたんじゃないか?武力を持たなければ理想は叶えられないって・・・いくら何でも、群雄割拠する中で軍も持たず、平和にするなんて夢物語だと思うけど」

 

「だろうな。覇道を持つ者達はそれぞれ野望がある。大陸の平和を望む者もいれば、大陸の制覇を望む者もいる。共通点は、戦争の許容。武力、知力・・・力を以て大陸を制す行為。力を持たずして覇道は歩めない・・・まあ先入観かもしれんが、大抵の覇道はそうだろう」

 

だが・・・と、蓮聖は一呼吸区切り、劉備の旗を見つめる。

 

「奴は戦争を望んでいない・・・戦争をしながら、戦争を起こす事を良しとしない。矛盾。最小限の被害で平和になる・・・んじゃあ最小限の被害で『被害者』になった奴には何て言うんだよ?あなた達が被害にあったお陰で大陸が平和になりました。さあ、喜んでください」

 

はっ・・・と鼻で笑う。

 

明らかな嘲笑。

 

それでも・・・一刀には蓮聖の言いたい事は理解できた。

 

平和の為に戦争をするのか?

 

世界がまだ答えを出してないような問いに対して、劉備玄徳の『答え』が蓮聖の『答え』と正反対のなだけ。

 

意見の相違。

 

ただ、それだけだ。

 

「喜べる訳がねぇだろうが。何で自分達だけ。周りは幸せなのに。そっから恨みは募り、いつしか負の連鎖として争いが起きる・・・」

 

「じゃあさ、蓮聖は・・・どうしたら戦争は終わると思う?」

 

「・・・少なくとも、昔の俺は絶対的な力を以て制覇すれば、覇道を究めれば平和になると信じていた。誰も敵わないような力を持てば、誰も争うとはしない筈・・・てな。打ち砕かれたがな」

 

今度は自嘲するように笑った。

 

「少なくとも、今はそう思っちゃいねぇよ。だが、戦争を止める気はねぇ。どんな体裁を繕おうが、武力は必要だ。戦争は終わるか・・・んなもん知らねぇ。少なくとも、俺が続ける限りはなくならねぇな?」

 

冗談を言っている場合か・・・と、一刀は苦笑した。

 

「劉玄徳・・・彼女には彼女の理想があり、俺達には俺達の理想がある・・・どんなに矛盾していようが、どんなに無茶だろうが・・・理想を抱くのは自由だろ?」

 

「・・・確かにな。だがよぉ・・・その矛盾した、迷いのある理想で人が死んでいくんだぞ?」

 

「っ・・・・・・」

 

「哀れでしょうがねぇ・・・民達はそれでいいんだろうな。自分が信じる事を信じ抜き、己が使命を全うしたんだから・・・だが、その主たる劉備は何だ?奴の瞳を見て確信した・・・あいつは中途半端だ。中途半端に理想を求め、中途半端に平和を求めている・・・・・・」

 

一刀は感じた。

 

目の前にいる蓮聖から発せられる・・・濃密な殺気を。

 

己の中に押し止めていたのだろう殺気は、感情の高ぶりに比例して、僅かに漏れ出している。

 

「じゃあ・・・どうするんだ?」

 

「無論・・・潰す。中途半端な理想ごと、完膚なきまでに叩き潰す。曹操も同じ考えだろう」

 

「・・・そうか」

 

「くく、不満そうだな。一刀・・・」

 

「・・・俺だって甘っちょろいとは思うけど、否定出来る訳じゃないからさ」

 

平和。

 

純粋な・・・平和への渇望。

 

そんな想いを、否定する事は出来ないから。

 

「じゃあ、俺達と敵対するか?」

 

遊んでいる。

 

すぐにわかった。

 

だからこそ・・・一刀は本気で返す。

 

「あり得ないよ。俺は蓮聖への恩を返してないし、今更敵勢力に寝返る気はない」

 

「そりゃあ良かった。お前が行っちまったら、蓮華が悲しむだろうからなぁ」

 

「な、何で蓮華限定・・・?」

 

「わかってんだろうがよぉ種馬が」

 

戸惑う一刀の背中をバシバシと叩き、蓮聖は大きく笑う。

 

うぅ・・・と顔を赤らめる一刀。

 

一生、この義兄には敵わないと感じる瞬間だった。

 

 

 

「ん・・・?どうやら戦況が動いたな・・・」

 

「何でわかるのさ」

 

「見ろ、砂塵と旗の動き・・・砂塵の濃さが変わったし、汜水関の上の旗が一斉に動いた・・・何かあるぞ」

 

そう言った時、蓮聖達の下に伝令がやってくる。

 

「伝令!!袁紹軍及び劉備軍被害拡大!一旦退くとの事!!それに伴い、汜水関から華雄率いる部隊が突出!!二軍に追撃する模様です!!」

 

「ほら来た。にしても、汜水関から出るとは・・・華雄・・・・・・華雄?あ・・・?」

 

「どうかしたのか?」

 

んー?と首を傾げる蓮聖。

 

「いや、何かどっかで聞いたなぁ・・・って。おーい冥琳ー、俺達って華雄と闘った事あったけか?」

 

部隊の調整に通りかかった冥琳に声をかける。

 

「孫覇様はある筈ですが・・・?確か、文台様の時代に、一度華雄と闘い・・・華雄の同僚の暴走のせいで、華雄は惨敗したと記憶してますが・・・」

 

「んー・・・・・・やべぇ、覚えてねぇ」

 

「おいおい・・・いくら何でも可愛そうだろ・・・・・・」

 

「だってなぁ、俺が覚えてんのは目につく程の武を持った奴か殺した人間だけだからな」

 

そこで殺した人間という言葉が出てくる事に、一刀は驚いた。

 

「え?全部?あの、黄巾党とかも・・・?」

 

「少なくとも、目に入った奴は全員だ。名前は知らんが、顔は全て覚えている。まあ、それはともかく・・・なぁ一刀。お前さ、ちょっと戦場出てみるか?」

 

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

「いや、だからよぉ・・・華雄と闘ってみろよ、な?」

 

楽しそうに、それこそ目を爛々と輝かせた子供のように蓮聖は一刀に詰め寄る。

 

「な、何故に?」

 

「・・・・・・・・・・・・何となく?」

 

「何となくで人を戦場に送り込むんじゃねぇえぇぇ!!!」

 

これで本気で言ってるのだからタチが悪い。

 

「お前な、俺の実力知ってるだろうが!?一蹴されてお終いだっつうの!!」

 

「護衛には明命と思春をつける」

 

「・・・・・・マジ?」

 

「まじ」

 

うっそーん・・・・・・しかし、蓮聖の目は本気も本気。

 

凍てつきさえ感じる。

 

その視線に内心嘆息する一刀。

 

そして、切り替える。

 

どうやって蓮聖を振り切るかではなく。

 

どうやって闘うか・・・へと。

 

「・・・1つ確認するぞ・・・『闘って』くればいいんだな?」

 

その問いに、蓮聖は笑みを深くし、頷いた。

 

「・・・わかった。その代わり、明命と思春以外にも一部隊貸してくれ」

 

「安心しろ、選りすぐりを用意してある。お前の部下にする為に育ててきた部隊だ。北郷隊として、これからも使え」

 

打つ手はもうない。

 

ならば、後は結果を残すのみ。

 

「じゃあ・・・行ってくる」

 

「おう、生きて帰ってこい」

 

死地へ向かわせてるのは何処のどいつだ・・・と、愚痴を叩きながら、一刀は馬に跨る。

 

未だ慣れない馬捌きで徐々に速度を上げ、戦場へと駆けて行った。

 

その後ろから、明命と北郷隊が続く。

 

「孫覇様・・・よろしいのですか?」

 

「何がだ?」

 

ただ1人、思春だけが停まり、蓮聖に伺った。

 

「北郷・・・死にますよ?」

 

それはそうだろう。

 

一刀は戦争に関わりのない、文字通りこの世界とは似ても似つかぬ環境からやってきた。

 

ちょっとやそっとの付け焼刃じゃあ、運命は変わらない。

 

身を持って、練習と実戦の違いを思い知るだろう。

 

そして、思い知った時には既に・・・・・・

 

「だから、お前らがいる・・・あいつを助けてやってくれ、思春。頼んだぞ」

 

信頼の視線を思春に投げかける。

 

その視線にやや頬を染めながら、思春は頷き、馬を奔らせた。

 

「・・・死ぬ・・・か。奴ぁ、その程度の器じゃあねぇよ・・・思春」

 

駆けていく義弟の背を見ながら、蓮聖は優しく微笑んだ。

 

「それは構いませんが孫覇様、後で蓮華様から叱咤されますよ?」

 

諭すように、溜息をつきながら静寂を保っていた冥琳が告げる。

 

ぴきっ・・・と、蓮聖が固まった。

 

蓮華。

 

只今絶賛青春中+青春相手を戦地に赴かせた兄=・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・それは困る」

 

やべぇー・・・ちょっと急ぎ過ぎたか俺ぇ・・・と、自己嫌悪に陥る蓮聖。

 

考えたくもない結末が待ってそうで、背筋が凍る。

 

「自業自得です・・・雪蓮も意気消沈して、今、使い物にならないんですよ?」

 

「でもよぉ・・・妹を叱るのは兄の役目だし、義弟を成長させるのも兄の役目だし・・・」

 

覇人と思えぬいじけっぷり。

 

それを見て、再び嘆息する冥琳。

 

「まぁ、大丈夫でしょう。興覇と幼平、それに北郷隊には劉雷がいます。大事が起きる可能性は限りなく低い・・・」

 

「・・・そうだな・・・・・・まぁ、もしもの時は俺が出る。状況が常にわかるよう、専用に伝令を送れ」

 

「御意」

 

 

 

「一刀様!前方に追撃軍と連合の殿を目視!華雄は先頭です!!」

 

「わかった・・・じゃあ、華雄を突出させて一騎打ちに持ち込む。その間、邪魔が入らないようにしれくれ。皆も頼む!!」

 

『はっ!!』

 

一刀の声に反応し、歴戦の勇士達が呼応する。

 

何と言うか、頼もしすぎる。

 

「どうやって華雄を突出させるつもりだ?隊長殿?」

 

部隊の副隊長、劉雷と名乗った男が一刀に話しかけた。

 

蓮聖よりも少し年齢は上、無精髭を生やし、並々ならぬ覇気を放つ男。

 

「蓮聖から聞く限り、その華雄っていう人は孫呉に恨みを抱いてると思うんだ」

 

聞けば、華雄は武を重んじる生粋の武人とか。

 

だったら、手は1つしかない。

 

「華雄を挑発して、誘い込む。武を重んじる人なら、応じ、さらに手出しはさせない筈」

 

「成程・・・中々、隊長殿は意地汚い事を考える」

 

しかし、そういう劉雷の表情は楽しそうだ。

 

「もし、応じなかったり、相手側が攻め込んできた時は頼むよ。俺、弱いからさ」

 

「くく・・・御意。御身は必ず、無事に孫覇殿の下まで届けよう」

 

「ああ。信じてる」

 

その一言が、北郷隊の面々の表情を緩ませた。

 

甘い。

 

甘過ぎる。

 

戦場に似つかわしくない程、この隊長は甘すぎる。

 

だからこそ・・・守り抜こう。

 

己が宿命を果たそうではないか。

 

「行くぞぉ!!!」

 

『おぉおぉぉぉおおぉぉぉおっぉぉおおぉぉおおお!!!!!』

 

一刀率いる北郷隊が・・・戦線へと雪崩れ込んだ。

 

 

 

「押せ押せぇ!!脆弱な連合軍共を薙ぎ倒せぇ!!」

 

華雄。

 

汜水関を守る、猛将。

 

その武は、武神や覇人には及ばずとも、一般兵には届かぬ場所にある。

 

血の匂い。

 

手元に響く死の感触。

 

戦場・・・これこそが、我が舞台。

 

滾る血を抑えずに、ただ猛進する。

 

勇往邁進。

 

迷わず、躊躇わず、ただ進む。

 

武を以て、誇りを以て進み抜く。

 

その先にある・・・何かを求めて。

 

「汜水関が将!!華雄よ!!」

 

「むっ・・・・・・?」

 

邁進する華雄の耳に、凛とした声が響いた。

 

攻撃を止め、その声の方へと視線を向ける。

 

視線の先にいたのは、馬に跨りし白銀の鎧を見に纏いし男。

 

まだ幼さが残る顔だが、芯の通っている瞳。

 

それに率いられる、逃走する脆弱な連合軍とはまた違う空気を纏った部隊。

 

その、部隊の旗に・・・華雄は瞠目した。

 

 

『孫』

 

 

血の如き赤を基調とした孫の文字。

 

「あれは・・・まさか・・・・・・」

 

自然と、武器を握る手に力がこもる。

 

忌々しい記憶が沸々と蘇った。

 

白銀の男は、声を張り上げて続ける。

 

「我が義兄、江東の覇人、孫覇示威からの伝言を伝えよう・・・」

 

孫覇・・・という固有名詞に、華雄は過剰反応する。

 

「『貴様程度の雑魚に、俺が出る幕はない。もしも、悔しいならばこの男を倒してみろ』だそうだ」

 

そう言い、馬から降りる白銀の男。

 

 

「うぁああぁぁぁあぁっぁあぁぁあぁぁああ!!!!」

 

 

その男に向けて、華雄は合い間を置かず突っ込んでいく。

 

誇りを・・・汚された。

 

華雄にあるのは、それによる怒りただ一つ。

 

白銀の男・・・北郷一刀の予想通りの行動だった。

 

 

 

「思春!明命!劉雷!頼んだぞ!!」

 

「命令するな」

 

「はい!!」

 

「おうよ!」

 

華雄が突っ込むと同時、北郷隊の面々・・・それに伴い劉備軍が残り、追撃軍と激突した。

 

「はぁぁああ!!」

 

孤立した華雄は戸惑いもせず、一刀へ戦斧を振り下ろす。

 

「っ!」

 

慌てず刀を抜き放ち、受け止め・・・滑らせた。

 

「ぐっ!?」

 

力を入れ過ぎたのか、華雄の体勢が崩れる。

 

その隙に膝を落とし、勢いをつけて跳ねるように華雄の腹に蹴りをいれた。

 

「がっ!?」

 

華雄自身が前に出つ力も加わり、思いの外、強大な衝撃となって華雄を襲う。

 

「くそぉ・・・舐めるなぁ!!」

 

一発入れられた事で、さらに激昂する華雄。

 

一刀にとって目論見通りの展開。

 

騒々しい戦場。

 

鉄のぶつかり合う音、戦士の雄叫び、悲鳴・・・

 

耳鳴りがする程に、騒音で溢れていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが、一刀は微動だにしない。

 

あらゆる雑念を消し、ただ目の前の敵に集中する。

 

ここは戦場だが、一騎打ちの場。

 

戦場ならばあらゆる可能性を考え行動しなければならないが、一刀には頼もしい仲間がいる。

 

明命や思春、劉雷率いる北郷隊の面々。

 

彼らが周りを守ってくれる限り、一刀は安心して一騎打ちに集中できる。

 

故に今、周りを気にする必要はない。

 

ゆっくりと深呼吸し、真っ直ぐに刀を構えた。

 

不思議と・・・一刀は緊張というものを一切感じていなかった。

 

驚く程に静まっている精神。

 

何故・・・と言われると、いくつか理由が挙げられる。

 

まず1つ、一刀にとってのこの闘いの意義。

 

蓮聖は『闘って来い』と言った。

 

別段、勝って来いとは言っていない。

 

即ち、勝ちに執念する必要はないのだ。

 

これは勝つための闘いではない。

 

これは試練。

 

一刀が打ち破らなければいけない壁。

 

2つ目に、2人の心境。

 

華雄は・・・言わずもがな。

 

ありもしない・・・実に言いそうではあるが・・・蓮聖の台詞に、激昂。

 

純粋な攻撃力は増大するだろうが、大振り。

 

素人の一撃もかわせない始末。

 

対して一刀。

 

背後には仲間がいる。

 

そして、この闘いを仕向けた義兄。

 

その義兄の期待に答えたいという思い・・・

 

肩の力は抜け、冷静な判断ができる。

 

これだけ聞けば、圧倒的な一刀の有利。

 

しかし・・・実際は違う。

 

どんなに激昂しようと、どんなに隙だらけだろうと・・・華雄は武人。

 

『その程度』の差は意味を成さないだろう。

 

武人と素人。

 

所詮は付け焼刃の一刀に、その差を埋める事は出来ない。

 

 

だがそれも・・・勝つ為の闘い・・・・・・という前提ならばの話。

 

 

勝つ必要がない。

 

引き分けでもいいし、最悪負けても構わない。

 

例え負けても、明命や思春が何とかしてくれるだろう。

 

一刀がすべき事は、ただ自分の実力を出し切る事。

 

死ななければ、どんな結果でも構わない。

 

そういう事も含めての・・・今回の一騎打ち。

 

一刀の・・・真の意味での初陣が、始まった。

 

 

 

「おぉおおおっぉおおおっぉおおおぉお!!!」

 

一薙ぎ。

 

劉雷が持つ大剣が、華雄部隊の一角を薙ぎ払う。

 

まるで人形のように、人が宙を舞った。

 

「おーおー、てめぇらそれでも猛将華雄の部下か?あぁ!?話になんねぇぞ雑魚共!!」

 

劉雷の一撃で怯える兵士達。

 

啖呵を切られても、誰も劉雷の前に出ようとはしない。

 

「ちっ、腰抜けが・・・甘寧殿!周泰殿!ここで防衛線を張りましょう。我々が守ります故、お二方は隊長をお願いします」

 

「承知した」

 

「はい、お任せ下さい」

 

1つ頷き、劉雷と北郷隊が防衛線を張る。

 

「凄いですね・・・あの人・・・・・・」

 

先程の闘いを見て、明命は感嘆の呟きを漏らした。

 

「劉雷・・・集団戦において、奴に敵うのは孫覇様ぐらいだろうからな。以前から孫覇様に仕えていた猛者だ」

 

「ふえー・・・でも、あの人武官じゃないですよね・・・?」

 

「ああ・・・本人の話だと、自分は仕えるのはいいが、指揮するには向かない・・・だからだそうだ。しかしその実力もあって、孫覇様を始め、多くの者達から信頼されている」

 

「そうなんですか・・・」

 

そうしてる間に、体勢を立て直した劉備軍が劉雷達の防衛線に加わる。

 

袁紹軍も立て直し、一刀と華雄の決戦を見守る形だ。

 

「一刀様の決闘が・・・連合の士気にも関わりますね・・・」

 

全軍が見守る華雄と一刀の決闘。

 

当然、一刀が勝てば勢いそのまま、汜水関は容易く堕ちるだろう。

 

だが、一刀が負ければ・・・ただでさえ名が知れ渡っている『天の御遣い』の敗北。

 

予想以上の影響があるだろう。

 

これは・・・賭けだ。

 

「何故孫覇様はこのような賭けを・・・」

 

確かに、闘って来いとは言った。

 

その意味を、思春は勿論、明命や劉雷はわかっている。

 

勝利に越した事はない。

 

引き分けも・・・まだ許せる範囲だろう。

 

だが・・・負けたならば?

 

負け、しかも、それを仲間に助けられ、生き延びたなら・・・?

 

『天の御遣い』の名は・・・地に落ちるのではないか?

 

敵が活気づき、そして尋常ならざる被害が連合に出たならば・・・・・・?

 

『天の御遣い』だけではなく、孫呉にまで被害が及ぶのでは?

 

明らかに・・・明らかに分が悪い賭け。

 

これが、単に一刀の成長を促す事が目的ならば・・・・・・

 

単に『天の御遣い』の名を広める事が目的ならば・・・・・・

 

愚行としか言いようがない賭けだ。

 

蓮聖は・・・あの方は何を考えているのだろうか。

 

その思いが、頭から離れない。

 

 

瞬間、その戦場の空気が変わる。

 

 

「え!?」

 

明命の驚きの声。

 

殆ど変化のなかった戦場に、地響きが轟いた。

 

「っ」

 

戦場で集中を欠いた己を叱咤し、武器を抜き放つ。

 

「・・・・・・情報では、虎牢関にいる筈なんだがな・・・」

 

劉雷達の防衛線・・・そこを横撃するように、両脇の崖から部隊が現れる。

 

 

旗は張。

 

 

神速の張遼率いる、騎馬部隊だった。

 

「劉雷!防衛線を下げろ!!直接ぶつかりあうな!!」

 

正体に逸早く気付いた思春が、防衛線の劉雷に指示を飛ばす。

 

「はっ!!」

 

その声と共に、俊敏に北郷隊が下がる。

 

伴い、劉備軍も下がった。

 

張遼部隊の目的は無論、孤立した華雄の救出だろう。

 

いくら何でも、状況からして防衛線であの部隊を止めるのは不可能。

 

少なくとも、横撃されれば確実に防衛線は崩壊する。

 

相手は神速を誇る張遼部隊。

 

彼奴らに敵うのは、西涼の部隊ぐらいしかいない。

 

なら、どうする。

 

どうする。

 

どうする。

 

思春は考えを巡らせるが、すぐには答えが出ない。

 

下がらせたのはとりあえずの策。

 

そこから先は・・・

 

迎撃・・・被害甚大、押し通される可能性大。

 

逃避・・・被害最小、代わり、一刀死亡率大。

 

決めよ。

 

決しろ。

 

決せよ。

 

 

「幼平!!劉雷!!体勢整え、迎え撃つぞ!!!」

 

 

「はいです!!」

 

「御意!!」

 

 

『だから、お前らがいる・・・あいつを助けてやってくれ、思春。頼んだぞ』

 

 

それは言霊。

 

思春にとって、何よりも・・・それこそ命よりも最優先すべき命令。

 

無論ながら、蓮聖に『命令』などという自覚はないだろう。

 

それが頼みであれ何であれ、思春にとって蓮聖の言葉は、総てを越して至高に立つ言葉。

 

蓮聖の言葉で抵抗を感じるとすれば、それは主君たる蓮華に傷をつける事だけだろう。

 

故・・・躊躇なし。

 

ああ・・・確かに気に食わん。

 

気に食わんさ。

 

突然やって来て、孫覇様と雪蓮様にとりつき、終いには主たる蓮華様にまで手を伸ばそうとする男・・・

 

でも、孫覇様が守れと言うならば・・・守ってやる。

 

死なせはせん。

 

だから・・・孫覇様の期待を無碍にするな。

 

勝て・・・北郷。

 

そう心で呟きながら、思春は闘いに身を投じた。

 

 

 

「うおおっぉっぉおおぉおぉぉおおお!!!」

 

振り下ろされる戦斧。

 

「っ」

 

滑らせ、威力を殺す。

 

最初の時のように体勢は崩さないものの、華雄の攻撃がまともに機能する事はない。

 

無論、一度でも攻撃が機能すればただではすまない。

 

故に、そうする事は当然なのだが・・・・・・

 

「くっ・・・おっぉぉぉおおおぉおおお!!!」

 

連撃。

 

正直、蓮聖との特訓がなければ見極める事など無理に等しかったろう。

 

というより、今でも見極めるなど不可能だ。

 

一刀が蓮聖との特訓によって得たのは・・・慣れ。

 

圧倒的な攻撃。

 

速度、殺気・・・総ての慣れ。

 

圧倒的な速度で攻撃されても、慌てず対処をする。

 

圧倒的な殺気を乗せられても、怯まず対処をする。

 

例え激情に身を任せても、奥の奥で冷静さを保つ事。

 

後は簡単だ・・・いや、簡単ではないかもしれないが。

 

激情に任せての攻撃を受け流せばいい。

 

無論、受け流すだけではない。

 

活人剣・・・というものがある。

 

一刀にとってのそれは、柳生新陰流の武術的解釈と等しい。

 

柳生新陰流の活人剣とは、相手の動きを利用・・・即ち活用して勝つという剣。

 

自分からは攻めず、後の先を基本とし、相手の力をそのまま自分の力に変えて攻撃する。

 

最初の一撃は正にそれだ。

 

逆に、自分から攻めて行く戦法を殺人剣と呼んでいる。

 

本来ならば、活人剣ならば無形・・・即ち構えをとらない形だが、一刀にそれ程の力量はないので、殺人剣と同じく、構えを取ったまま華雄の剣を受け流す。

 

「ふっ」

 

受け流した瞬間、刀の底で華雄の手首を強打した。

 

「ぐぁ!」

 

よろめく華雄・・・それを見逃さず、体を反転させ、肩から激突する。

 

そこから手首を返し、近距離から刺し貫かんと振りかぶった。

 

「ぐっ・・・!?」

 

武人としての直感か、体を逸らし、その一撃をかわす。

 

2人同時に、地を蹴って距離を取った。

 

「はぁはぁ・・・」

 

「ふぅー・・・・・・」

 

荒れる息を抑える華雄に、大きく息を吐き、刀を正眼に構える一刀。

 

過信はしない。

 

確かに小技は利いているが、決定打は1つもない。

 

対し、華雄の攻撃を1つでもまともに受ければ・・・終わる。

 

侮るな・・・そして焦るな。

 

体力はまだある。

 

筋肉もまだ言う事を聞いている。

 

静かに心を落ち着け、念じた。

 

 

勝利を求めるな。

 

 

敗北を求めるな。

 

 

死を恐れろ。

 

 

生に縋れ。

 

 

魂を刀に込めて・・・

 

 

「おぉぉおぉっぉぉおおぉっぉおお!!!」

 

 

己が敵を排除せよ・・・!!

 

 

 

「防衛線1波、突破されました!!」

 

戦場に轟く地響き。

 

それに伴い、兵士達の悲鳴が響く。

 

「2波は捨てろ!!最終に戦力集中!!」

 

思春の指示が騒音に負けず兵士達の耳に飛び込み、その動きを指揮する。

 

状況は芳しくない。

 

劉備軍の部隊を中心とした一波は既に突破され、続く二、三波で守りきれる確信はない。

 

ならば戦力集中・・・線ではなく点で応対するのみ。

 

「1人とて後ろへ流すな!!孫呉の誇りにかけ、守りきろ!!!」

 

『おぉおおおおっぉぉおおっぉぉぉおおおおお!!!!』

 

雄叫びが上がり、思春を先頭に兵士達が張遼率いる騎馬隊へと突っ込んでいく。

 

「はぁ!!」

 

馬上からの槍をかわし、思春が体を回転しながら敵の腹を斬り裂く。

 

さらにその馬を足場に、突っ込んできた敵兵を上から襲いかかり、薙ぎ倒した。

 

北郷隊の面々も、劉雷を中心に騎馬隊の一角を崩すが・・・

 

やはり、何騎か抜けてしまう。

 

防衛線で半分以上減らせたのですら、奇跡に近い。

 

抜けた数騎が、一刀の下に突き進む。

 

「幼平!!」

 

数人を残し、一刀の護衛をする明命に総てを賭ける・・・・・・が。

 

「えっ・・・!?」

 

当の本人は、戦闘中なのに、呆けた顔をしている。

 

それもその筈・・・明命の前に、1人の男がいた。

 

戦闘中に、しかも騎兵が来るというのに最前列。

 

それは即ち、死を意味する。

 

その者が余程の腕を持たない限り、その運命は・・・変わらない。

 

筈・・・なのだが。

 

「んー、やっぱびみょーに感覚違ぇなぁ」

 

ぶんぶんと肩を振り、男は首を傾げる。

 

「そんな・・・・・・」

 

ずさぁぁぁと倒れ込む、騎兵。

 

その騎兵の首が・・・なかった。

 

続いて2人の騎兵が突っ込んでくるも、男と距離が迫った瞬間、目にも止まらぬ速さで首が飛ぶ。

 

一瞬にして、3人の騎兵が命を落とした。

 

「あー疲れる疲れる。ったくよぉ、華琳も何でこんな事任せたんだか」

 

すたすたと、まるで散歩のように戦場を歩く。

 

「だ、誰ですか・・・?」

 

「あ・・・?おぉ、俺ぁ張彰っつうもんだ。曹操んとこの武将。以後よろしく」

 

「え、あ、はい」

 

突然求められた握手に、思わず応じてしまう明命。

 

「ん。どうやら劣勢のようなので、助太刀にさんじょーってな」

 

屈託のない笑みを浮かべ、張彰が明命の頭をぽんぽんと叩く。

 

そして、その視線が華雄と闘う一刀に向けられた。

 

「へぇ、天の御遣いが華雄の相手してんのか。中々、面白い動きしてんなぁ・・・」

 

「・・・・・・っ!?」

 

何気ない会話。

 

一瞬だけ、戦場を忘れさせるような雰囲気。

 

しかし・・・その男、張彰の一部分だけが・・・明らかに異質だった。

 

その手にある・・・大鎌。

 

異常なのはその大きさだけではない。

 

数ある戦場を駆け抜けた明命は気付いた。

 

その鎌が今まで奪ってきた命の数に。

 

それは・・・蓮聖の覇国のように、そこに『ある』だけで相手を威圧する武器。

 

その鎌に、明命は本能的に怯えた。

 

圧倒的すぎる。

 

この鎌は・・・あまりにも、自分が持っている武器とは違いすぎる。

 

自分もそれなりに、殺しを行ってきた自覚はある。

 

だが・・・それは文字通り『桁』が違った。

 

一体どれだけの命を奪えばこうなるのか。

 

一体どれほどの血を吸えばこうなるのか。

 

わからない・・・わかりたくもない。

 

考えた瞬間、思考が拒否する。

 

「さてさて・・・張遼、出て来い」

 

明命がはっと気付いたその時には、張彰は鎌を担ぎ、騎馬部隊へ闘気をぶつけていた。

 

しかし・・・返事がない。

 

訝る張彰。

 

「おい・・・てめぇ何してやがる。張遼はてめぇだろうが!!」

 

と、騎馬部隊の中心にいる女性に怒鳴るが・・・

 

「!!!」

 

その表情が、一変した。

 

その少女・・・明らかに、覇気がない。

 

戦意が薄れた・・・?

 

否。

 

断じて否。

 

張彰は一瞬にして把握する。

 

「影武者だとぉ!?」

 

驚愕。

 

「ちくしょうがぁあぁぁ!!」

 

すぐさま反転、一刀と華雄が決闘する場所へと疾走する。

 

目の前の決闘・・・その脇の崖から数人を引き連れて、張遼が駆け下りてくる。

 

確かに、張遼の最優先目標は華雄の回収。

 

従って、余計な被害が出る正面突破よりも、陽動作戦の方が効果を発揮する。

 

「ああくそ、わかってるよわかってましたよわかってましたとも!!!はいはい!どうせ俺は武官兼文官の癖にこんな事も読めねぇ愚か者だちくしょうが!!」

 

何だか同じ文官の少女が嘲け笑っているようで余計腹立つ張彰。

 

こんな役目を押し付けた主を恨みながら、戦場を疾走する。

 

速度はあちらが上だが、どちらが早く辿り着くかと言われれば・・・五分五分。

 

 

さらに速度を上げ、衝突する前に張遼を叩く。

 

そう思い、張彰は疾走しながら鎌を振りかぶった。

 

狙いは張遼以外の人間と、張遼の馬。

 

その首を・・・切断する。

 

殺気を解き放とうとした瞬間・・・だった。

 

 

「がぁあっぁぁっぁぁああああぁっぁあぁぁああ!!!!」

 

 

突如響く、咆哮の如き絶叫。

 

張遼も、張彰も・・・戦場の誰もが、静止した。

 

その視線は、華雄と、一刀の決闘の場所へ。

 

そこに吹きあがる、血飛沫。

 

がちゃり・・・と、武器が落ちる音。

 

張り詰めていた闘気が薄れていき、辺りに沈黙が流れる。

 

「おいおい・・・マジかよ・・・・・・」

 

半ば冷や汗が伝うのを、張彰は感じた。

 

誰もが視線を向ける中心で、血に染まった武器を構える・・・男。

 

白銀の天の御遣い、北郷一刀。

 

確かに、面白い動きをしてはいたが・・・まさか、華雄が負けるとは思わなかった。

 

弱者が強者に勝つ事は稀にあるが、無傷で勝つなど・・・ほぼあり得ない。

 

だが、彼奴は無傷。

 

天の御遣い。

 

正に彼奴は・・・天を味方につけている。

 

そうとしか思えない光景だった。

 

 

 

完璧な踏み込みだった。

 

攻撃を受け流すと見せかけ懐に入り込み、散々打ちつけている手首への一撃。

 

渾身の一撃は華雄の手首を砕くと共に、戦斧を華雄の手から弾く。

 

さらに息をつかせず、左下から右上への一閃。

 

吸い込まれるように刀は華雄の胸を裂き、血飛沫があがった。

 

理想とも言える攻撃。

 

正直、2度目をやれと言われたらそれは不可能に近い。

 

崩れる華雄の体。

 

そう・・・・・・勝った。

 

勝ったのだ。

 

勝利を得る事が出来た。

 

どんな結果だろうと受け入れる覚悟はあったが・・・最上の結果と言える。

 

緊迫した空気を解き、ほっと息をつこうとする。

 

瞬間。

 

何とも言えぬ感覚が一刀を襲った。

 

刀を握る手が・・・緩まない。

 

力み過ぎて筋肉が硬直したか・・・?

 

いや・・・体は落ちついている。

 

精神も・・・大丈夫な筈だ。

 

では何故・・・刀を離そうとはしない?

 

それどころか、刀を強く握り出し、もう解いていい筈の闘気が溢れ出す。

 

「っ」

 

一歩・・・華雄の方へ足が進んだ。

 

自らの意思に逆らい、再度足が進む。

 

何だ・・・一体何をする気だ・・・・・・

 

自問しても、答えは返ってこない。

 

目の前の華雄を見ると、既に諦めがついたように・・・それでも、最後まで自分を失わぬように、強く一刀を見据えていた。

 

 

死を覚悟した・・・武人の瞳。

 

 

悟る。

 

己の行動が、どんな意味を持つかを・・・一刀は悟った。

 

ああ、そうか。

 

そうだったのか。

 

簡単・・・実に簡単な事だった。

 

その事実を冷静なままに受け入れている自分が、少し信じられない。

 

要するに。

 

 

華雄はまだ死んでいない。

 

 

ただ、それだけなのだ。

 

これは決闘。

 

命と命を賭けたもの。

 

確かに、敗者となっても思春達が助けてくれただろう。

 

だが、そういう問題ではない。

 

一刀は死を覚悟していた。

 

自分がこの闘いで死ぬ確立があると、自覚していた。

 

そも、蓮聖は一刀が敗北した時・・・助けない可能性だって考えられた。

 

思春達をつけたのは、初の戦闘で緊張させない為。

 

守るという建前で、新の実力を発揮させる為。

 

ああ、そう考えていると尚更そういう気がしてくる。

 

いくら家族に優しいと言えど、人間としての区別はしてある。

 

厳しい時は厳しいし、見捨てる時は見捨てるだろう。

 

そういう人間だと、一刀は信じている。

 

死を覚悟して決闘し、生き残った。

 

即ち勝者。

 

ならば、敗者は死ぬのが道理。

 

勝者の慈悲でもない限り、敗者は死ぬだろう。

 

 

何故慈悲をかける必要がある?

 

 

華雄は武人であり、敵である。

 

思い入れなどない。

 

生かしておけば、何れ孫呉の敵となる可能性もある。

 

華雄自身、それを覚悟したのだから、ここで生かすのは彼女への愚弄となるだろう。

 

そして何より・・・

 

 

ここで殺す事こそ、蓮聖に対する恩返しとなり、孫呉に対する覚悟の証明となる。

 

 

覚悟を・・・決めた。

 

本能で動いていた体を、理性で動かす。

 

覚悟したのだ。

 

この世界で生きていくと。

 

天の御遣いとして役目を果たすと。

 

 

躊躇するな。

 

同情するな。

 

殺せ・・・ただ、殺せ。

 

己が武器を振り上げ、女の首を跳ねよ。

 

 

心の何処かで、誰かが命じる。

 

己の意思なのかもよくわからぬまま、一刀は刀を振り上げた。

 

後は、振り下ろせばいい。

 

処刑人の如く、断罪人の如く。

 

ただ・・・振り下ろすのみ。

 

 

「うおぉぉぉっぉっぉおぉおっぉおぉぉおぉぉおお!!!!」

 

 

渾身の踏み込み。

 

首の骨は容易く斬れない。

 

中途半端にやれば、中途半端な痛みを残すだろう。

 

だから、全力で・・・・・・

 

 

「がっ!?」

 

 

突然、刀がとてつもなく圧倒的なものとぶつかった。

 

瞬間、一刀の首筋に衝撃が走る。

 

消えゆく意識。

 

体中から力が抜ける中・・・一刀の視界に入ったのは・・・・・・

 

悪魔の如き漆黒の剣と・・・

 

悲しそうに顔を歪める、義兄の姿だった・・・

 

 

 

「な・・・に・・・・・・?」

 

死を覚悟していた華雄は、目の前の光景に唖然とする。

 

武器を振り上げ、今、正に自分の首を跳ねようとした男が崩れ落ちる。

 

何故・・・?

 

体力が尽きた?

 

否。

 

この男は自分の攻撃を悉く受け流し、有効打を許しはしなかった。

 

戦闘時間もそれ程ではない。

 

では・・・一体・・・・・・?

 

瞬間、倒れた男の後ろにいる男に気が付く。

 

桃色髪に褐色の肌・・・これ以上ない程に鍛え上げられた肉体。

 

その手にあるのは、視界にあるだけで相手に畏怖の感情を抱かせる、漆黒の武器。

 

覇人・・・孫覇示威。

 

「っ!!!」

 

華雄の顔が驚く程強張った。

 

忌々しい記憶が沸々と蘇り、瞳に憎しみが宿っていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

対し、蓮聖は静かに嘆息して、一刀を抱き上げる。

 

「連れてけ」

 

いつのまにか、華雄の隣にいる張遼に視線を逸らし、厳かに告げる。

 

そのまま背中を向け、静かに歩き出した。

 

「思春、帰るぞ」

 

小さくも、戦場に凛と響く声。

 

「・・・・・・はっ。劉雷、明命、撤退だ」

 

その声に、北郷隊は異論なく引き上げていく。

 

「な・・・・・・ま、待て!孫覇!!私と闘え!!!」

 

立ち上がろうとするが、出血のせいか足元がおぼつかない。

 

その華雄を張遼が支えた。

 

「瀕死の傷で何言うとんじゃあボケぇ!!もう兵も撤退しとる、さっさと行くで!!」

 

そのまま張遼は華雄を無理矢理馬に乗せ、崩れた防衛線を縫い、汜水関へと帰還した。

 

劉備軍はいきなり抜けた北郷隊の穴を埋める暇なく突破され、逃亡を許してしまう。

 

ただ1人、張彰だけは、自分の意思で逃がしていた。

 

「あの・・・よろしいんですか?張遼、行っちゃいますけど・・・・・・」

 

「んー・・・・・・なーんか、白けちまった・・・ま、虎牢関でやっからいいや・・・んじゃあな」

 

ひらひらと手を振り、張彰は曹操軍の下に帰って行く。

 

明命もその背中を見届け、思春達の後を追った。

 

 

 

「ん・・・・・・あ、れ・・・?」

 

薄らと目を開けると、見慣れた天幕の天井が目に入る。

 

何故・・・天幕に・・・・・・?

 

確か・・・華雄と闘って・・・・・・勝って・・・それから・・・・・・

 

何故か痛む首筋を抑えながら、辺りを見渡し・・・・・・視線が固まった。

 

硬直する体。

 

天幕の中央、そこに漆黒の剣が天幕の床を破り、地面に突き刺さっていた。

 

宝剣、覇国。

 

その後ろ、一刀と対極の位置に、蓮聖が胡座をかいて座っている。

 

俯き、眠るように瞳を閉じている。

 

その姿に・・・一刀は違和感を覚えた。

 

何かが・・・違う。

 

いつもの蓮聖と・・・何処か違う印象。

 

「蓮・・・聖・・・・・・?」

 

静かにその真名を呼ぶと、蓮聖は薄らと目を開き、表を上げた。

 

その瞳は、一刀は真っ直ぐに貫いている。

 

その瞳に・・・一刀は怯えた。

 

「っ・・・」

 

本能による怯え。

 

少しでも遠ざかりたいと・・・一刀の脳から信号が伝わる。

 

それを・・・一刀は理性で抑えた。

 

逃げる必要はない。

 

恐れる必要はない。

 

蓮聖は・・・敵ではないのだから。

 

「なぁ・・・一刀よぉ」

 

「・・・・・・何だ・・・?」

 

冷静に・・・精神を落ちつかせ、返答する。

 

「お前さぁ・・・・・・何で、華雄を殺そうとした?」

 

「何でって・・・そりゃあ・・・敵だから・・・・・・」

 

「・・・聞き方が悪かったか・・・・・・どういう覚悟で、華雄を殺そうとした?」

 

その言葉が、妙に引っかかる。

 

覚悟。

 

生き残る為に・・・恩返しの為に・・・天の御遣いとしての使命を果たす為に・・・

 

「もし、お前が『罪を認めねぇ覚悟』をしていたら・・・俺はお前が許せねぇ」

 

「っ!?」

 

罪を・・・認めない?

 

「殺す・・・相手に死を与えるっつうのは、どんな野郎だろうが罪だ。そいつの命を、そいつの人生を、そいつの総てを奪う・・・・・・誰にも赦されん行為。それが殺しだ・・・」

 

罪を、認めない・・・

 

生き残る・・・己の為。

 

生き残りたい。

 

人間誰しも死にたくはない・・・だが、それは相手にも言えるだろう。

 

死にたくないから殺す。

 

だが、殺しの罪を認めてない部分も見受けられる。

 

殺されそうになったのだからしょうがない・・・と同類だ。

 

恩返しの為・・・今考えれば、恩返しという『義務感』により罪を隠してはないだろうか。

 

天の御遣いとして、使命を果たす為に・・・・・・

 

そも、天の御遣いの使命とは?

 

民の安寧?

 

では、華雄は民の安寧の犠牲か?

 

死によってもたらされる安寧・・・それは、正しいのか?

 

いや・・・だが、それはかの劉備と同じ理想だ。

 

彼女の理想は魅力的だが、現実的ではない。

 

華雄は犠牲・・・それで、いいのか?

 

天の御遣いの使命による『犠牲』で、罪の正当化をしてないか?

 

 

罪を認めない。

 

 

そうかも・・・しれない。

 

いや、そうだ。

 

確かに、一刀は罪を認めていなかった。

 

「自覚したか・・・」

 

「・・・・・・ああ。俺は・・・華雄を殺す事を、正当化してた・・・」

 

何処かで・・・心の何処かで、自分は悪くない・・・という思いを、捨てきれなかった。

 

殺しは罪。

 

どんな悪党だろうと、殺せばそれは罪になる。

 

「確かによ、正当化するのを悪いとは言わん。それは個々の自由だ・・・だが、雪蓮や蓮華、シャオにお前・・・俺の真名を許した奴には、そういう考えを止めて欲しいと願っている」

 

蓮聖から怒気のようなものが薄れ、静かに息をつく。

 

「蓮聖・・・だったら、俺は・・・」

 

「罪を認め、受け止めろ。そして・・・殺した奴の魂を背負え」

 

「魂を・・・?」

 

「必ずしもそうしろとは言わん。あくまで、自論だ・・・前にも言ったが、俺は殺す奴の顔は総て覚えている。視界に入った奴だけだが・・・そいつらの顔を覚え、魂に刻み込む。そいつの人生を否定する代わりに、そいつの魂を背負う・・・そして、決して己の道を諦めない」

 

「諦めない・・・か」

 

「ああ・・・自分の道の為に死んでいった奴ら・・・自分自身がその道を諦めちまったら、報われねぇだろ?だから・・・その道を歩き続ける、どんなに狭くとも、どんなに険しくとも・・・諦めずに進む・・・それが、死んでいった奴らに出来る事だ・・・」

 

「・・・・・・」

 

それが、蓮聖の覚悟。

 

揺るぎない物を一刀は感じた。

 

例えそれが間違っていても、信じ、貫く想いを。

 

「理解できた所で・・・選択だ。もしその覚悟を持つ覚悟がないのなら、今すぐその武器を捨てろ。それを持つ資格はねぇ・・・だが、その覚悟を持つ覚悟があるならば・・・こいつを抜いてみろ」

 

と、一刀に中央を譲る。

 

そこに刺さっている、漆黒の剣。

 

覇国・・・推定200kg近い、武器の中でも最重量。

 

およそ、常人には持ち上げる事すら叶わない。

 

だが、持つ事が重要ではなく、持つ『意思』が重要。

 

蓮聖の瞳は、今ここで決しろと言っている。

 

「・・・・・・」

 

迷う必要はない。

 

もう・・・決めた。

 

誰かに助けられるのではなく、誰かを助ける為に剣を握ると。

 

一刀は、己の意思で覇国の柄を掴む。

 

 

本当にいいのか・・・?

 

その先には、修羅しかない。

 

苦しみの道しか・・・ないぞ?

 

 

心の声・・・いや、違う。

 

これは・・・こんなのは・・・・・・

 

こんなのは・・・『自分』じゃない。

 

「黙れ・・・」

 

柄を強く握り締め、怒りの声を上げる。

 

 

俺はお前の為に言っているのだぞ・・・?

 

後悔する・・・お前はきっと、後悔する事になる・・・

 

 

「俺の心に・・・話しかけるな・・・・・・!!」

 

両手を使って柄を掴み、足を踏ん張る。

 

重い。

 

ひたすら重い。

 

だが・・・諦めない。

 

後悔しない為に・・・全力を出す。

 

 

ああ・・・愚かな。

 

愚かだ、お前は。

 

俺の声を聞いていれば、楽になれたのに。

 

 

「そうかもしれない・・・楽に、なれたかもしれない。だけど・・・それだけだ。俺はもう、2

度と前へ進めなくなる・・・1度止まったら、もう進めないんだよ!!そんなの・・・俺の意思じゃない!!」

 

僅かに・・・覇国が動いたような気がした。

 

だが、力は緩めない。

 

さらに、さらに強く。

 

全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。

 

それでも、止めない。

 

屈するものか。

 

諦めるものか。

 

 

ああ、そうか・・・それが今回のお前の答えか。

 

成程・・・成程・・・それもいいだろう。

 

面白い・・・実に面白い。

 

精々・・・頑張っ・・・・・・

 

 

「黙れぇっぇえぇぇぇえぇえぇえぇええ!!!」

 

腕が千切れるほどの力を込める。

 

瞬間・・・覇国が・・・浮いたような気がした。

 

「っぁ・・・・・・」

 

華雄との決戦。

 

犯しかけた罪の重さ。

 

精神的疲労と肉体的疲労。

 

両方が合わさり、一刀の意識を深く、沈めていった。

 

 

 

「・・・・・・良くやった・・・」

 

崩れた一刀を支え、蓮聖は優しく微笑む。

 

打ち勝った・・・一刀は、勝ったのだ。

 

「・・・てめぇの『策謀』が打ち砕かれたなぁ・・・?俺の義弟を甘くみた罰だ・・・いい気味だぜクソ野郎が」

 

何もない場所へ恨みの籠った声を発しながら、嫌な笑みを浮かべた。

 

当然ながら、返事はない。

 

「入るわよ・・・兄さん」

 

そこに、やや顔色の悪い雪蓮が入ってきた。

 

気絶している一刀を見て、やや目を張る。

 

「何してるの・・・?・・・というか、何その剣?覇国じゃないわよね?」

 

と、先程一刀が持ち上げた剣を指さした。

 

「これぁ俺が覇国代わりに使っていた模造剣だ」

 

と、軽々模造剣を拾い上げる。

 

「つっても、覇国の半分以上の重量はあっからなぁ。まさか、本当に持ち上げるとは・・・」

 

本当に嬉しそうに微笑み、蓮聖は一刀を横にさせる。

 

「んで、どうした?雪蓮」

 

「報告よ、汜水関は無事に劉備軍が堕としたらしいわ。華雄は逃がしちゃったみたいだけど」

 

「ふぅん」

 

逃がした張本人だが、特に気にする素振りはない。

 

「もうすぐ行軍も始まるわ・・・次は・・・・・・」

 

「あぁ・・・やっとだ。やっと・・・奴と闘える」

 

数年ぶりの武者震い。

 

血が、細胞が、魂が・・・歓喜に打ち震えている。

 

この先に待つ大陸最強は、楽しませてくれるだろうか。

 

否、楽しめなければ。

 

そうでなければ、面白くない。

 

「雪蓮・・・行くぞ・・・・・・一刀はお前が運べ」

 

「わかったわ」

 

天幕を出、そこにいる孫呉の兵達を一瞥する。

 

そして、背中の覇国を抜き放ち、掲げた。

 

 

「行くぞ・・・虎牢関・・・・・・!!」

 

 

何者にも負けぬ雄叫びが上がり、孫呉の兵達が大陸最強の待つ難攻不落の要塞へと、行軍を始めた。

 

 

 


 
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