No.152128

ヤサシサハ雨 第4章 「この世界で、ふたりだけ」

ナオヒラさん

中学生暗黒小説
消したくないと思いこんでいても無意識に人を消し続けるナオに訪れる悲劇と真実とは……

2010-06-21 01:58:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:635   閲覧ユーザー数:623

雨の中、サエねえさんが叫んでいた。

 

惨めなくらい雨に濡れて、泣いているようで、悲しさに抗うように。

ライブで演奏しなかった、あの雨の曲を弾いて。

 

なにを、ムキになってたんだろう。

 

雨でキーボードをはじめ機材のほとんどは壊れたらしい。

それは目にみえてたはずなのに、それでいて、演奏を止めることができなかった。

 

その日ウララは姿を現さなくて、サエねえさんは笑みを浮かべることはなかった。

 

車の中で、ウララの家に電話をかけたサエねえさん。

出たのはウララの母さんで、疲れたのかすぐ眠ってしまったとのこと。

サエねえさんは刹那安堵の顔。

そしてすぐに自分を責めるような悲痛の顔。

 

次の日、ウララは学校に来た。

その一方で、サエねえさんが休んだ。

 

この日、僕はウララに声をかけれなかった。

アサカは、ナオちゃん元気ないねと言ってたけど、その言葉を聞き流していた。

 

その次の日、サエねえさんは学校に来た。

欠席だった理由は高熱のため。

雨に濡れて風邪をひいたんだろう……ライブでずぶ濡れで叫んでたから……クラスメイトたちがひそひそ言ってた。

 

サエねえさんは体調を戻したらしく、それは良かったと思う。

でも……、

 

ぐずっぐずっぐずっ…………。

 

黒板に、喉をつぶしてしゃべれないことを書いた。

ホントに喉がダメみたいで、しゃべろうと口を開くとにぶい音をたてて咳き込む。

気の毒に感じてはいたが、自業自得……。

僕が気を悪くしたところで、どうにもならないと気にかけないようにしたけど、ウララにとって深刻な事態だった。

 

「文化祭まで、堀北先生の喉が治らないかもしれない」

 

サエねえさんはもともと喉が弱く、一曲終わってはすぐジュースを飲み、喉を潤していた。

それは僕も見ていたけど、そんな理由があったとは知らなかった。

 

文化祭まであと二週間。

軽音部を作り日数が浅く、かつクラス劇の指揮を執ってるウララが、この短期間で仕上げるのは難しいだろう。

 

ウララのことは気の毒とは思うけど、ウララの心配ができるほど、余裕がなかった。

 

「また……消えてた……」

 

アサカしかいない旧美術室での放課後、彼女に告白した。

アサカは静かに頷き、メモを取る。

僕のセリフひとつひとつ……たぶん、誰が消えたとかそんな類のことを。

「ナオちゃん……、あと、13人だね」

「うん……」

13人とは、残りのクラスメイトの数……。

僕は、意識せずにどんどん消していた。

始めのときは、憎たらしいと思って。

それが些細な憎しみで消していて、今ではなにも思わずに勝手に消えている……。

「ナオコが、消してるんでしょ? だからナオちゃんが悪いんじゃないってボクは思うの。責めること、ないよ」

「でも……。ナオコが消しているとしてもなんで……? 理解……できない」

「復讐……なんでしょ?」

「ナオコをいじめてた人への?」

「うん」

「けど……」

無差別。

もはや、ナオコとは無縁の、彼女とは去年違うクラスだった生徒でさえも消えている。

一言も、話したこともない人が消されている。

定かではないが、別のクラスの、違う学年の生徒も、消している……。

明らかに、生徒の数が減っていて、減っているにもかかわらず、誰も気にすることなく、彼らの日常が繰り返されている。

「世界が、変わったの」

「……。現実、なの……?」

「現実よ」

「信じ……」

られるわけ、ない。

「この大雨はなんなの? 僕は土砂降りを受けてるけど、いつまでも止まないなんて……おかしいじゃないの」

「止まない雨なら、ナオコが死んでからずっとだったでしょ?」

「うん。でも、あのときは誰も傘を差していなかった。僕が、まぼろしをみてるだけだった。けど……」

「今は、みな傘を差し続けている」

「……」

「誰も、違和感を抱くこともなく、傘を差し続けている」

アサカの言うとおりだった。

世界が変わった。

そして僕は、変わった世界で人を消すという絶対的な力を持って、生きている。

「でも……でもでもでも」

「なに?」

「耐えられない。もう、人を消したくない。生きているのがつらい」

「ナオコは、生きているのがつらくて死んだんだよね?」

「……!」

「それで、ナオちゃんに心中しようって、言ったんだよね? つらいなら、ボクと一緒に心中する?」

「……。それは……」

「フフフフフ……」

「……!」

「冗談よ」

冗談とは思えないアサカの冷たい言葉。

僕は、アサカという少女が、よくわからなくなることがある。

ナオコのことに詳しくて、ナオコの制服を持っていて、ナオコのスケッチを毎日描いていて……。

アサカにとって、ナオコはなんなの?

「そういえばさぁ……」

「ん?」

「まだ着色に入ってなくて鉛筆描きが続いてるけど……いつまで描いてるの?」

「納得できるまで」

そう言うと、アサカは舌打ちしてスケッチブックを破り捨てた。

 

 

家に帰ると、つかれてなにもできないのが最近。

だるくて眠くて、けど寝たら夢の中にナオコが現れては起きて……。

もうなにもやる気力が出ない。

アサカもウララも、サエねえさんも、一緒にいたくない。

でも、消したくもない。

時間は、ホントに限られてきているのに。

 

人を消しているという事実。

誰かに打ち明けたくて、打ち明けられないこと。

それが無性にやるせない。

打ち明けることは、どれだけ僕が悪者なのか告白するようなものだった。

君が、消えるべきだよ……。

誰もそう言わないにしても、そのように僕を見るのは違いないだろう。

だから、真実はアサカしか知られていない。

 

「人は消え続ける。そして蘇らない。そのことが続き、その終点がどこまでかはボクには判断できないけど、そのまま日数が進んだら、どうなるか……?」

 

前にアサカが言ってた言葉。

その答えを、今問われているように感じている。

後回しにした回答……。

実は、突きつけられたことは、前にもあった。

 

僕が、ナオコとの日々を作文に書いていたときのこと。

ナオコが死ぬまで一緒にいたときのドキュメントを綴ったものだが、文芸部の課題に出そうとしては部長のテツヤに拒否され、アサカに拾われて、楽しかったわと言われたやつで……。

アサカは手加減して書いていると見破った。

手加減……ホントに書こうとしてたのは、僕が今やっていること。

ナオコの力で、人を消していくという内容だった。

 

 

書いていて、ナオコに暴力を振るっていた江口先生、そのことをえっちなことをしてると広げたエイジ……彼らを、僕が消したときは気持ちよかった。

でも、僕が消してしまったとバレるのが怖くて、疑心暗鬼から、どんどん人を消していた。

その終幕がどこまでいくかなんて、考えるまでもない。

僕が、世界でただひとりになることくらい、わかっていた。

でも、今はアサカがいる。

 

アサカと二人っきりになった世界で、僕はどうするだろのだろうか……。

 

土砂降りの音が激しくなり、やがてメロディに変わった。

なぜか、ウララとサエねえさんが、なにか訴えかけてる気がした。

 

 

次の日の昼休み、アサカのいる旧美術室へは行かず、屋上に行ってた。

アサカのところに行かなかったのは、現実逃避の意味も含まれていると思うけど、僕はナオコに会っておかなければならないという意識があった。

屋上にはナオコがいる。

状況が改善するかどうかはわからないけど、話をしたかった。

 

雨の中、傘を差さずに屋上へ出る。

全身凍えるほど冷たくなるのはわかったけど、もう慣れてしまったこと。

傘は嫌いだし、今じゃ雨に濡れることが心地よいくらい。

 

屋上には誰もいない。

ナオコの禍々しいオーラはなく、ただ激しい雨だけがまっすぐ僕の頭に突き刺さるだけ。

しばらくのあいだ、屋上からフェンス越しにグラウンドを眺めてた。

僕が見てる景色は、死ぬ直前にナオコが見た景色。

あのときは、朝礼で全校生徒がいたんだよね。

ナオコは屋上から飛び降り自殺をした。

心中しようと僕に言って、拒否されたナオコは、なにを思ったんだろう……。

僕が見てる景色は薄暗く、ナオコのことを考えると自分自身も暗くなっていく。

「そんなところでどうしたの?」

後ろから声をかけられる。

振り向かなくても誰だかわかった。

「ずいぶん穏やかだね」

「最近は機嫌が良いのよ」

「……。そうなんだ……」

ナオコ……。

再会したときは亡霊の姿。

憎しみばかりのオーラを放ってた、おそろしい存在だったのに、今はずいぶん安らいでいる。

 

「どうしたの? さっきから見下ろしてて」

「いや……。ナオコに会いに来たんだけどさっきまでいなかったからさ……眺めてたんだ、なんとなく……」

「私が丁度飛び降りた地点だね」

やっぱりそうなんだ……。

罪悪感で、足が震えている。

「死ぬ前の景色、よく覚えてるわ」

落ち着いた口調。

「清々しい感じだったわ。曇天の空なのに、太陽の光で明るくてね、雨が一粒一粒落ちている様子がよくわかるの。地面がどんどん近づくにつれて、みんなが慌ててて、絶望の顔になってくの」

振り返ると、ナオコは見たこともないくらい明るい笑みをこぼしてた。

「どうしたの? 悲しい顔しちゃって」

「……。許せないよね」

「え?」

「僕が、一緒に心中しなかったこと、許せないよね……」

許せないから……今僕にまとわりついているんでしょ……。

成仏できずに亡霊の姿で……憎しみからクラスメイトを消していて、僕に消させていて……。

「心中してたら、世界は変わらなかったんじゃないかって……。人を消さないで済んだんじゃないかって……」

なに……言ってるんだろう。

こんなこと、ナオコに告白してどうするんだ。

僕を、恨んでいるに違いないのに、恨んでいる本人からそんなことを言われて、どれだけ不快な思いをさせているのか!

わかっているのに、気持ちがどんどん舞い上がる。

止められない。

「…………」

黙ったまま、小さく笑みを浮かべているナオコ。

彼女の気持ちを察する余裕もなく、僕は続ける。

「今は……、憧れてるんだ。自殺することに……。僕は人を消してる極悪人。ナオコが行ってることとしても、僕が意識内で嫌だと思いこんだやつを消している。死んだ方がいい……。そう思う度に、自殺のことを考えちゃって……考えているうちにナオコがどんな気持ちで自殺したかなんて考えちゃって……。でも、怖い……。自殺することも、このまま生きて、孤独になることも……」

「……。飛び立つことくらい、たやすいことよ」

ナオコがフェンスをすり抜け、僕に背を向け、グラウンドを見てる。

「気持ちの持ち方次第。少なくとも私は、恐怖を抱かずに飛び立てた。自殺するのに、生きてた世界よりも希望を持てた。具体的にどんな希望かはわかんない。わかんないけど、あの世はきっとすばらしいんじゃないかって思えたの」

ナオコの言葉……。

出会ったときから、引き込まれるような清んだ声で、僕を魅了してた。

心中しよう……。

そう言われて、ホントに心中してもいいと心を許しかけていた。

でも、僕は嫌だった。

自殺することが怖かった。

同時に、ナオコを失うのが怖かった。

どうすればいいかわからず取り乱した。

「今は楽しいよ。死んじゃったけど、君にこうして会えてんだからね。孤独じゃない。そして……、憎たらしいやつらを消せている。快感だと思ったことない? 私は恨みを晴らせて、今は最高な気分なの」

「その行為が、僕を苦しめているんだ……」

ナオコが振り返る。

くすっ。

笑みの理由なんてわからない。

そもそも、ナオコの考えてることなんて始めからわかんない。

「止められないの。どうにか……」

「どうして、止められるの?」

「……」

「復讐は、行われちゃったの。ドミノ崩しみたいに、どんどん連鎖されちゃうの。もう、誰にも止められないよ」

「でも……!」

「なに?」

「もうつらいんだ! もういいだろ! もう嫌な奴らは消しちゃって、十分復讐しただろ! 頼むから……なんでもするから……!」

「なんでもする?」

ぞく……。

冷たい、笑み……。

「じゃあ、心中してもらおうか?」

冷たい、笑み……。

「なんで、心中してくれなかったの? どんな気持ちで私が飛び降りたかわかる? わかるわけないよね? わかってもらおうなんて、わかってもらおうなんて……」

泣いてる……。

「ゆるさない」

……!

「くやしい。うれしい。かなしい。たのしい。つまらない。おもしろい。ゆるせない。ゆるせない……」

「ナオコ?」

「ふふふふふ……あははははは……」

「……」

「あはははははははははははははは」

感じたのは、にくしみ。

僕に対しての、激情。

「仕方ないよね? 人が憎しみを抱くなんて。人間だもの。でもね、その感情を君も持ってるんだなって、わかってたけど、わかってたけど、それを見たときぞくぞくしちゃったの! やっぱり私をいじめるやつらと変わらないんだって。仕方ないよね? 仕方ないよね?」

やめて……。

「あきらめたふりして、消しちゃってるくせに。消したくない人がいて、それにおびえては……」

狂ってく狂ってく狂ってく……。

「ゆるさない」

復讐。

「ゆるさない」

誰に対して。

「ゆるさない」

わかった。いや、わかってた。

「絶対に、ゆるさない」

 

 

ナオコが消えて、いやどうせ、姿を消しただけで僕をみている。

ナオコの復讐は……。

僕の察しが正しかったら……。

 

校舎に入ったとき、ウララがいた。

僕の顔をみてひどく青ざめ、驚いている。

「ナオ!」

目眩……。

あれ……? ぜんしん、すごくだるい……。

「すごい熱がある……。屋上にいたの? ナオコのこと、思い出しちゃったの?」

ダメ……!

ウララ、僕に近づいたらダメだ……!

「ウララ。チャイム鳴ってるよ。5時間目の授業、始まっちゃうよ」

「こんな状態で、ほっとけるわけないじゃない!」

「ほ……ほっといてよ……」

「なに言ってるの! すぐ保健室に連れてく」

ウララのちっちゃい身体におんぶされる。

ダメなのに、ダメなのに……。

 

保健室。

保健室の先生はいない。

僕が消したのかどうか判断できないけど、ウララと二人っきりなのは事実。

「市販の薬だけど、飲んだら少しは落ち着いた?」

「え? ああ、うん」

「屋上に居て……、ナオコさんのこと、思い出してたの?」

「え?」

ホントはナオコに会ってたけど、説明が面倒だから頷くだけ。

「……。まだ、ナオコさんのこと、引きずってるんだね。……。あんなに仲良かったものね。だから無理もないかもしれないけど、そんな姿をみてると、すごくつらくなるの。気の毒で、あたしまで苦しくなっちゃうの」

余計な、心配。

「苦しむこと、ないのに……」

「そうだよね。わかってる。わかってるけど」

「なに?」

「……」

ウララが黙り込んだ。

なぜか、恥ずかしがってるようだった。

 

沈黙が続き、言葉に詰まる。

ウララと二人っきり。

昔は、よく二人でいたのに。

ちょっと前だって、一緒に登校するほどだったのに。

微妙な距離感。

すっと、心が許せてない感覚。

消してしまうかもしれない恐怖。

ウララは僕を無視しない。

最近じゃあ間も悪い僕らなのに。

ひどいことしてるのに。

そしてそれが迷惑に感じるも、僕も突き放せられない。

「ナオ」

「ウララ」

同時に呼び合い、そして沈黙……。

かみ合わない。

けど、けど……。

「あの……堀北先生のことなんだけど……」

サエねえさんの話題。

たぶん、ウララが話したい話題であって、ホントに聞きたいことが聞けなくて、話題を変えただけ。

そんな風に、思える。

「先生の喉……文化祭まで、良くならないかもしれない」

「でも……。歌は歌えなくても、ピアノの演奏は、できるんでしょ?」

「……。それもダメなの」

「なぜ……?」

「ピアノ弾いてるとね、歌おうとして勝手に喉が働いちゃうんだって。それで咳き込んじゃうの。だから堀北先生、ピアノも弾けない」

「じゃあ……」

ウララひとりで、演奏?

素人で、この前のライブで大失敗したばっかりだけど……。

「……………………」

ウララが、不安そうな顔で浮かない表情。

サエねえさんが出れないなら、ウララひとりだけ。

時間は、ない。

「ひとりでライブ、やんなきゃならなかったら、承知しないんだから……」

ウララの下唇噛んだ顔。

サエねえさんが歌えなくなり、嘆く顔。

僕だけが不幸じゃない。

ざまあみろ。

……。

こわれてる。

もう、自分は終わってる。

 

5時間目が終わってから教室に戻った。

ウララは、僕が倒れていてその看病をした旨を話すとサエねえさんは頷き、それ以上の追求もなにもなかった。

頭はひどくぼーっとしていて、そのからっぽの頭の中でウララのことがよぎる。

 

「ナオちゃん、ぼーっとばかり、しちゃってる」

放課後の旧美術室。

アサカにそう言われたけど、無理もないじゃないかと反論したかった。

雨に打たれ倒れて、薬は飲んだといえども熱っぽくって調子悪いんだから。

「アサカ……」

「なに?」

「調子悪いから、帰っても、いいかな?」

「ええどうぞ」

即答。

驚くほどすんなりで、逆に出て行くのに躊躇。

「アサカ……?」

「別にボクは引き留める権限なんてない。ナオちゃんの、したいとおりにすればいい」

「……」

寂しさに満ちた声。

「ナオちゃん、最近はボクのこととは別のことに気をとられているみたいだね」

「う……」

「なにがつらいことかってわかる?」

僕は無言のまま……。

「思いっきり憎まれることもその逆でもないの。」

……。

「何も気にとめられないことよ」

そう言うと、スケッチブックを破り捨てた。

旧美術室は、破れた紙でいっぱいだった。

 

 

もう、余計なことを考えるのはやめよう。

ナオコもウララも、アサカのことも。

あれこれ考えるほど嫌気が差す。

あたまが、いたい。

あたま、がいたい。

反吐が出る。

むかつく。

消し去りたい。

すべてがにくい。

 

なにこの、すさまじい感情は。

凶悪なまでの暴力性が出てる。

僕はなにもの?

神だ。

死神だ。

怒らせるな。

すべて消してしまうぞ。

 

あたまがいたいあたまがいたいあたまがいたい……。

 

夜の雨がうるさいぞ。

なんで僕はたったひとりで家にいる。

母さんは?

いつまでも帰ってこない。

いつの間に消した?

もうわからない。

 

ううううううううう……。

 

次の日、教室には11人。

その次の日、10人。

さらに次の日、9人。

土日のあとの月曜日、5人。

その間、アサカとは話していない。

放課後、旧美術室。

アサカはひたすらスケッチブックに向かって、絵を描いていた。

その様子を見ながら、なにも声をかけれず、どうしてかけようとしないのかわからず、立ち去っていた。

ウララとも話していない。

ウララも浮かない顔ばかりしている。

サエねえさんは相変わらず喉の調子が悪いみたいで、小さな声でしか話せていない。

文化祭で歌うのは無理だろう……。

 

でも、ギターの音は毎日鳴っていた。

 

聞こえるのは朝・昼・放課後。

暇さえあれば、ウララはギターを弾いていた。

弾いてた曲は……雨のメロディ。

サエねえさんの弾いていた、喉を壊すきっかけにもなった歌のない曲。

 

日に日に力強く、サエねえさんとは違った趣のある、ウララ独自の曲へと独立していた。

ヘタなのに、ヘタなのに、耳から離れない。

ずっと気にしないふりをしてたのに。

その曲のせいでウララの存在が、確かに僕の中に根付いていた。

 

次の日、4人。

放課後、自然に、ギターの音の鳴る方へ、足が進んでいた。

 

僕は、……、決断はしてた。

悔いのないようにする……。

いつ、誰を消してしまうかもわからない。

 

ウララが練習してる空き教室。

最近では、ホームルームのあとにすぐに来ている。

もういるんじゃないかって思って入ろうとしたとき、ウララと鉢合わせ……。

 

驚いた瞳。

そして……。

「ナオ?」

「……」

「……」

「……。練習、見てもいいかな?」

「え……。ええっ」

「……」

「……。来てくれて、うれしい」

招かれるまま、空き教室に入り、椅子に座る。

「急に来て、びっくりしたよ」

「ごめん。いや、ずっとギターの音が聞こえてて、がんばってるんだなって思って……」

「堀北先生、文化祭で演奏できないって」

「じゃあ……、ひとりで……」

「うん」

ウララはすごい……。

 

「なに、演奏しようかな……」

「……」

「ナオがいるんじゃあ、少しやりずらいなぁ」

「……。ああ、いつもどおりでいいよ。本番の練習、しなきゃ」

「でも、ナオには本番で聴いてほしいと思ってたんだよね」

「そ……、そっか」

「でも、この曲ならいいかな」

ウララがギターを持つ。

僕をちらっと上目づかい。

頬を少し紅くさせてから、刹那まばたき。そして……。

 

「サエねえさんの、曲……」

ライブのとき、始めに演奏してた曲。

テンポが速くなったり遅くなったり、そして高い音・低い音が行ったり来たりの、不安定な旋律。

素人の僕が聴いても演奏が難しいだろう曲なのに、ああいつの間に……一生懸命、練習してたんだ。

ウララの歌声が、それがサエねえさんのきれいでかわいい歌声とは違うけど、荒削りだけど勇気が沸いてくるような。

今気づいた。

これが、ウララの魅力なんだって。

 

曲が終わり……。

「どうだった?」

「……。良かったよ」

「ホントに?」

「ホント」

ウララはやさしくほほえんだ。

 

ウララは終始機嫌が良かった。

最近みたいになにか壁があるような、心が許し切れてなかった感じもなく、昔のように、いじめられては助けてくれてたなにもなかったときのように、のどかでやわらかい気持ちになってた。

これならライブもだいじょうぶ。

ウララならきっと、成功させられる。

 

ウララはライブとは関係のない曲ばかり演奏した。

幼稚園のころに歌った童謡とか簡単な曲ばかり弾いては、当時の話に華を咲かせた。

「あの曲は、ライブのときに聴いてほしいから……」

雨の曲。

休み時間に聞こえる、サエねえさんの伴奏曲。

ウララにとっても思い入れのある曲らしく、本番までしっかり練習して仕上げたいらしい。

 

ウララと帰る帰り道。

傘を差す僕に躊躇してウララが入る。

ギターを背負うウララが雨に濡れないよう、僕はほぼ全身雨に濡れるような形で傘を差す。

「雨は、降っているんだね」

ウララは気の毒そうに聞く。

どうしてわざわざそんなことを聞くのだろう?

「ううん、ごめん。傘なんて面倒だとか言って差してなかったから……。さすがにすごい雨だもんね、そりゃ差すよね」

「うん。それに、文化祭前だし、ウララに風邪をひかせるわけにはいかないよ」

「そうよね……。堀北先生も、雨に濡れて喉痛めちゃったし……」

路上ライブのときの話……。

あのとき、雨に濡れながらも叫び声をあげて雨の曲を弾いてたサエねえさん。

「なんであのとき、ピアノを弾き続けてたんだろう」

「ピアノ……。あたしも、先生の歌声、聴いてたよ」

「え、そうなの?」

ウララは、アサカに暴言を吐かれてひとり帰宅したんだ。

「そのときね、雨の曲について、先生から聞いた話を思い出してたの」

サエねえさんは、なにか思い詰めた感じで、眉間にシワを寄せて弾いていたけど、僕には一切曲のことを言おうとしてなかった。

「失恋したときに作った曲だって。失恋……、いえ、もっとひどいこと。堀北先生は、裏切られたの。夢を、台無しにされたの」

ウララは泣きながら、歯を食いしばった。

「堀北先生は、歌手志望だった。ホントは学校の先生をやるつもりなんてなかった。才能を認められて、彼、プロデューサーの彼に認められて、CDデビューも目の前だったのに! 別の女と付き合って!」

心変わり……かな?

ウララが怒るのは当然だし、サエねえさんはかわいそう。

けど、やるせなさをも感じてた。

仕方ないよね……。

ナオコが生前僕に言ってた言葉。

憎しみを抱いても仕方ないよね、人間なんだから。

そんなあきらめに近い感情が、曲に含まれていている。

「路上ライブのとき……すごく悲しそうだった。感情にまかせて叫び声をあげるなんて。歌なんてないのに、アドリブで叫んじゃって。わからない。わからないけど、先生のことを思うと、消えたいくらいつらい」

ズキっ……。

「文化祭のライブ、楽しみにしてるよ」

「うん……。あたし、がんばる」

がんばる……。

ちょっと待って。

ひとりでがんばるって、すごいけど、すごいけど。

自分が情けないと思えて。

ひがみの気持ちが表れて、自分の中で嫌なドロドロした感情が全身に回る感じで。

 

けどなに?

文化祭、やる?

文化祭は、生徒の多くはいないはずなのに、開催できるの?

 

「そういえばさぁ、ウララ?」

「なに?」

「クラス劇の方は、どうなってるの? 指揮、してたんだよね?」

「ええ。がんばってたけど、ライブの方を優先しろって言われて、友達にお願いしちゃった。うまくまとまってるみたいで、あたしのやることなくなっちゃったんだ」

「友達……? まとまってる……?」

「どうしたの?」

人が消えている。

消えていても、誰も気づかない。

けど、おかしいじゃないか。

なんで、少ない人数で、クラス劇が行えるんだ!?

今いるクラスのメンバーは、たった4人だぞ!?

「調子悪そうだけど、ホントにだいじょうぶ?」

「おかしい……おかしい……」

「ちょっと……。ナオ?」

抑えられない。

考えてみたら、人が消えてて、誰も気にしない。

世界が変わった。

その根底が、そもそもおかしいんじゃ……。

 

「だって、クラスメイトは、僕が消しているんだよ……?」

 

…………。

言っちゃった……!

 

アサカから口止めされてたことを。

けど、けどけど、ホントに僕が人を消してたかどうか、定かじゃなかったけど。

ウララの表情が強ばる。

唖然として、唖然として、言葉を失って……。

「そういうことだったんだね」

傘は手から離れていて、開かれたまま、地面に落ちている。

雨はまっすぐ落ち、ウララと僕を濡らしている。

確かに濡らしている。

けど、それがホントかどうかは……。

「ナオ。落ち着いて、あたしの質問に答えてくれる?」

見下ろし、見下ろし……。

すべてわかったかのような、瞳……。

「"理想のクスリ"って、知ってる?」

リソウノ、クスリ???

「ナオコさんが、飲んでた薬だよ」

ナオコ? なんで、ナオコの名前が今出てくるんだ!?

「ウララ、僕の質問に答えてくれる?」

「いいよ」

「雨は、降っているんだよね!?」

……。首を、横に振っている……!?

「僕は、人を消しているんだよね? いや、消しているんだ! クラスには、たった4人しかいないんだぞ!!」

なんで!!

なんで!!

なんで、そんな悲しそうな顔をしているの!?

目を逸らし、今でも泣きそうな、いや、泣いているのか? 雨なのか? 目元が緩んでいるけど……。

「ナオ……」

「!」

「お願いだから、消すとか、そんな言葉、言わないでよ……」

わけが、わからない。

そんなに哀れな顔をして、そんな言葉を吐くのか?

まったくわからない。

 

「ちょ……」

 

ウララの背後に、ナオコがいる……!

左手で、目を覆い、左手の隙間から、にらみつける仕草……!

 

「消せと、言うの……?」

「そのとおりよ」

ナオコが、言ってる。

ウララは、聞こえてない様子。

「真実を知っちゃったら、君はもう、もたないよ」

 

コワイ……コワイコワイコワイ!

恐怖から腰が抜けて動けない。

事実を知るのがコワイ。

ナオコがコワイ。

ウララがコワイ。

 

「ナオは、麻木さんのこと、どう思ってる?」

ウララからの質問。

ナオコは、今すぐにでも、消せと、目で訴えてるみたい。

「いや、どう思ってるかはどうでもいい。あの女を信じてはダメ。ナオを、ハメてるんだから」

「え……」

アサカが、僕を??

「死のうとか、消したいとか、考えちゃ、ダメ! もう、ナオコさんのこととかで、苦しんじゃあダメ! ナオは、ナオは……」

「く……!」

ナオコが、僕をにらみつける。

今すぐ、今すぐやれって!

頭がいたい。

吐き気がする。

今まで感じてた苦しみよりも遙かにすごい。

苦しみから解放されたい。

された……い…………。

 

「文化祭で、トラウマを打ち消してあげるから……」

…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

罪を、犯した。

人を消しての、罪悪感なら十分苦しんだと思ってた。

思ってた……。

 

僕は、春日ウララを消してしまった。

…………。

まぶしい……ひかり…………。

 

どこかの寝室。

あれ…………見覚えある……。

ここ、僕の家……?

 

雨のメロディが聞こえる。

 

 

 

「目が覚めた?」

清んだ声。

聞いたことがある。

視界が蘇り……そこにいたのは……、

「サエ、ねえさん……?」

「無事みたいで、よかった……」

…………?

あれ、なにが起こってるの……。

「ナオくんは、路上で倒れていたの」

気絶、してた……?

「ホントは病院に連れて行くべきだったのかもしれないけど、ナオくんの家に車で送っちゃった」

「……」

「どうして倒れてたの? 何があったの? なんて、聞けるはずもないか……ごほごほ……」

「サエねえさん……のど…………」

痛めているんだ……。

雨が降っているのに、喉が弱いのにもかかわらず、雨のメロディを弾いて叫んでて……。

 

サエねえさんは小さく笑みを浮かべ、落ち着いた様子に変わり、ごほんと一息ついたあとで、重く口を開く。

それは幻想的なように映り、ただならぬ威圧感があった。

喉を労りながら、ゆっくり言葉が放たれる……。

「あまり時間がないから言うけど、突然のことで驚くでしょうけど……」

「ねえ……さん……?」

「ごほごほ……」

「だいじょうぶ? しゃべらないで……」

しゃべらないで?

いや、しゃべってほしくないだけじゃあ……。

「ナオくんのお母さんが、帰ってくるの」

 

ちょっと待って……。

今、なんて言った?

母さんは、病院勤務で、朝早く出て行くし夜は遅いし……?

あれ、最近会ってなかった気がする。

「お母さんが帰ってこなくて疑問に思ったことはなかったの? 離婚しちゃってナオくんを養わなくちゃいけないのもあって、夜勤で働かなくちゃいけなかったりしたけど、それだけじゃ……ごほごほ」

ピンポーン。

チャイム?

なんで?

鍵なら持ってるでしょ?

なんでわざわざ鳴らすの?

 

……。

居間に、母さんと、知らない男性。

スーツ姿がおそろいでお似合い。

年齢は40代中頃くらい。

男性は、四角の眼鏡をかけてて威厳があるように感じられる。

「私の再婚相手よ」

……。

「急な話で悪かったね。彼は同じ病院の部長さんで、私が仕事でつらくても、励ましてくれたわ。前の夫とは違うわ」

母さんは、……。お腹に手をあてていた。

男性も、サエねえさんも黙り込んだままで、口を開こうとしない。

ただ母さんの言葉を、待つしかなかった。

「ナオ。彼の家に住むことになったから」

……。

なに? 決定事項?

ちょっと待ってよ。

頭痛くて……、精神的にもう壊れてて、それでいてなに?

サエねえさんが、僕の言いたげなことを代弁するかのように言う。

「今、ナオくんの住んでる家は?」

「売るわ」

「荷物は……?」

「来月までには彼の家に移す」

「その……、部長様の家は……?」

「都内よ。ここからは中学校に通うのは大変だから、転校をしてもらう。高校受験も都内ね」

この家から、目の前にいる男性の家へは遠いらしい。

でもなに? 急に転校しろと? 中学3年の、秋なのに?

「ナオくんはそろそろ卒業です。受験は都内にするにしても、今の中学にいさせるべきだと思うのですが……。あの、私の家から通わせるのでもよろしければ……」

「ならそうして。養育費くらいは出すから」

母さんはさらりと言う。

そっか。母さんは、僕のことはどうでもいいんだ。

 

母さんは、仕事に忙殺されてて、僕を気にかける暇なんてなくて、ナオコが自殺しても、労りの言葉ひとつもしてくれなくて、そもそも僕の学生生活がどうなのか知るよしもなくて……。

「かあ……さん…………」

「なに、ナオ?」

「僕のこと、どう思ってるの?」

母さんは、ばつが悪いように顔をゆがめる。

「僕ね、今どんな生活を送っているか知ってる? どんなひどい状況か知ってる? 僕、今日倒れてたらしい。病院に連れて行ったほうがいいかもしれないとサエねえさんに言われたけど、今も頭痛がするけど。病院で忙しいとは思うけど、そう思うけど……」

「仕方、ないじゃない」

……! ナオコの、言葉……!

「ナオにしてみれば、突然知らない男性のところへ養子になるっていうの、すぐに同意できないと思う。私もそれはよくないと思う。でもね。仕方ないじゃない。頭ではわかってる。でも気持ちが抑えられない。ナオを女手ひとつで養わなくてはいけない。病院では夜勤勤務で必死こいて働いても、それでも患者は死ぬこともある。精神が追いつかない。ナオの悩みひとつも聞いてあげられないのがつらい。でも、彼といればだいじょうぶ」

「……」

「彼はやさしい。財力だってある。私に陰口を叩いてた人達も、みな異動させられるほど力がある。だから安心して」

「母さん……。父さんのときだって、そうだったじゃないか……」

父さん……。仕事熱心な母を置いて、愛人と消えたひどいやつ……。

「父さんを、あんなに信頼してたのに。父さんだって、母さんを愛してたのに。みな大人は勝手なんだ……!」

ナオコだって……。

両親が消えて、江口先生に暴行を受けていたじゃないか……!

「母さん、その男が、永遠に信じられるか、言ってみてよ!」

「ナオ! 失礼言うんじゃないよ!」

「言えない? 言えないんでしょ? なら僕は養子なんてなれないよ!」

「うるさい!」

バシッ。

「ぶったね! なんで、なんで母さんは慰めの言葉ひとつもかけれないの!」

お前は……お前は……! ナオコが死んだときに慰めてくれたのは、サエねえさんと……サエねえさんと……。

「ナオくん。落ち着いて!」

「うう…………、うわあああああああああああああああああああああああ」

頭が、いたい。

頭が、いたい。

すべて、いやだ。

「ふふふふふ…………あははははは…………」

なんて、みなひどい顔してるんだ……。

母さんの、我が子に対してとは思えないほどの憎たらしい顔。

信じられると言ってた彼だって、僕を卑劣な目で見てるじゃないか。

信じられない。

誰も、信じられない。

「ナオコが、いる……」

僕のすぐ横、いつものようにほほえんでいる。

そのほほえみが、まるで、この、僕の身に起こっている不幸を、あざけ笑っているかのような……。

「誰に対する、復讐?」

「……。もう、わかってるんでしょ?」

「……。みんな、消えてしまえ…………」

 

 

 

正気に戻ったときは、サエねえさんの膝の上に寝っ転がっていた。

サエねえさんがいて、安堵の気持ちなのかなぁ。

もう、罪の意識で、つらくなるのにもつかれた。

「また、やっちゃった……」

「……」

「母さんたち、消してやった……」

「……」

「もう、許されるわけないよね……」

「いえ……」

サエねえさんは、目を瞑って涙を流してた。

「わたしは、ナオくんの味方だよ……」

 

 

 

……………………………………………………。

朝、サエねえさんがいる。

帰宅せず、ずっと僕を介抱してくれたみたい。

「学校、休む?」

否定した。

僕が休んだら、きっとサエねえさんまで学校を休む。

そうして一日僕の面倒をみてくれたら、消してしまいそうだったから。

 

朝だというのに夜中のように暗く、雨は槍のように貫いてくる。

サエねえさんの車はライトをつけながら突き進んでいく。

すれ違う人々はいない。

僕には、サエねえさんしかいない。

 

教室にて。

サエねえさんと……、アサカだけ。

アサカとは、目を合わせられなかった。

目のクマがひどく、寝てなくてやつれてる感じだった。

 

サエねえさんは、みんなに周知事項を連絡するかのように、朝の会が行われた。

「いよいよ明日は文化祭です。5時間目の音楽の時間は文化祭の準備に当てましょうね。放課後は午後6時までですが、全部劇を通して、最終確認をしようね」

僕は、ついに自信をなくした。

僕は、ホントに人を消しているのかって。

ウララ……、僕が消してしまった幼なじみ。

彼女は、アサカが、僕をハメていると言った。

アサカを、信じてはダメと言った。

 

アサカは、世界が変わったと言った。

もしそれが真実だったら?

だけど、僕には、消してしまった人たちを見ることができない。

 

「雨は降っているの。強く、冷たい、悲しみに満ちた雨を。感じるでしょ?」

 

エイジを消したとき、アサカはそう言った。

確かに、雨は降ってる。

でも、ウララは否定した。

 

真実が、ほしかった。

 

朝の会が終わると、サエねえさんが僕の方に歩んできた。

真実……真実……。

きっと、サエねえさんは話してくれるんだろう………。

 

 

……………………………………………………。

保健室にいた。

また、倒れていたらしい。

教室で、サエねえさんに近づいてすぐらしい。

目の前にいる、サエねえさんが言った。

 

「ナオくん。倒れてばっかだね。つらいこと、ばかりだもんね」

どのくらい寝てたんだろう。

けっこう時間は経ったように思えるけど、それまでずっとサエねえさんはいたの?

…………。

「しんじつが、しりたい……」

…………。

僕は、そう言ってた。

もう、消えたい気持ちでいっぱい。

今すぐにでも、死にたい。

だけど、だけど……。

「サエねえさん。悲しい顔ばかりだね……。そうやって、同情ばかりだけど、なにも言ってくれないんだね」

「ごめんなさい」

…………。

「まず、お詫びから言わせて」

 

 

サエねえさんは、長く、長く、自分のふがいなさを謝った。

教師という立場なのに、僕を、今までのように弟のように接しようとしてはダメと言い聞かせて、結局は悩みひとつの相談にも乗ってあげられてないことを、言った。

教師に向いていない……。

ああこれ、ウララがもともと教師になるつもりじゃなくて歌手志望って言ってたっけ。

ずっとずっと思い悩んでいた。

ウララにギターを渡して、ライブをやりたいというから力になろうとしたけど、路上ライブをやらせて、恥かかせて、あげくの果てには自分は喉を痛めて。

ああ、今は会話くらいならだいじょうぶだよ。

歌は無理すれば平気かもだけど、ウララちゃんはひとりでやると聞いてくれなくって。

あれ、ウララ?

そんなこと、いつ言ったの?

もう、どうでもいいや。

あと、なに言ってたっけ?

だいたい、そんな内容なこと。

ああそうだ。昨日の晩のことも言った。

僕が倒れているにもかかわらず、母さんから電話をもらって、無理してまでも会わせて、で、やっぱり僕を傷つけて、僕のことを考えられてないのって母さんだけじゃなくて自分もだって。

だけど、ナオくんが気になるし、なにより、ナオくんの父さんは、昔のサエねえさんのお父さんでもあるわけで……。

そっか。サエねえさん、腹違いの姉で、父さんは、サエねえさんさえも見捨てて……。

それで、ずっと僕のこと、気にかけて、ホントの弟のように思ってて……。

……。

僕が、母さんのもとに行かないようになったら、自分が母親代わりにがんばろうと思ってたけど、教師としても半人前なのにどうなんだって。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……………。

もういいよ。

謝ってばっかり。

それより……僕は、しんじつが…………。

「ごめんなさい。そうだったよね。わかりました。話します」

うん……。

「すごくつらいことだと思う。耐えきれないかもしれない。それでも、話すから……」

だから……いいって。

「ごめんなさい。じゃあ、言うよ……」

 

 

 

「ナオくんは、誰も消していないの」

 

 

 

……!

おちつけ……、次の言葉を、待て…………。

「ナオくんは、消したと思い込んでいるだけ。誰も消えてない。だから、罪悪感で苦しむことはないの」

「けどっ! けど…………。僕はみえないんだ。消してしまった人たちを……」

「ナオくん……」

目を細め、そのあとでぱっちり目を見開き、僕の方を向いた。

「理想のクスリって、知ってる?」

!!

ウララが、言ってた言葉だ!

「雨は、雨はなんなのっ!」

「……。降って、ないよ……」

「うそだ! 雨は降り続けている。感じるんだ。冷たくて、悲しい雨が。あの路上ライブのときは……、少なくとも、降っていたでしょ!」

「……。その日は……、あとから降ったね。雨の中叫んで、喉痛めちゃったもんね。でも、その日からは……」

降って……ない!?

「じゃあ……、僕が感じてる、この雨は……?」

「まぼろし、なの……」

「えっ」

「雨も、人が消えていることも、すべて、まぼろしなの……」

…………。

「でも……信じられない。僕は雨を感じる。人を消してる……」

「ナオくんには、みえないの?」

……。なにを…………。

 

「わたしの横に、ウララちゃんがいるんだけど…………」

…………!!

 

取り返しの、つかないことをした。

また、してしまった。

僕は、何度あやまちを繰り返せばいいんだ。

 

取り乱して、逃げ出していた。

ウララの、まぼろしか実体か?

それは、言っているように、みえた……。

「ドウシテ消シテクレタノ?」

いやだいやだいやだ…………………………。

あれはなんだったんだ?

 

「ナオくん……」

……。

「今はつらいことばかりかもしれないけど……、そのあとは楽しいことがあるから」

……。

「ナオくん……」

……。

「止まない雨なんて、ないから」

……。

僕の心の奥底から、否定の言葉が沸いて出た。

「雨は、止まないよ」

「だって、降り続けているじゃない」

「強く、冷たい、悲しみに満ちた雨を。感じるでしょ?」

サエねえさんが、ウソだと言っても、僕の世界では雨が降っている。

降り続けて、止まない。

それが……真実……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、サエねえさんも、消していた。

なんでなんでなんで…………………………。

サエねえさんは、何度も僕に詫びてくれたじゃ……。

昨日僕の家でずっと看病してくれて、さっきも!

 

「雨も、人が消えていることも、すべて、まぼろしなの……」

 

サエねえさんの言葉を思い出し、それは信じていいのか、信じさせていいのか、許されてほしいのか、許せるわけないじゃないか。

まぼろしだろうとなんだろうと、僕が消したいと思って消したんだ。

それは事実だ。

僕のエゴで、消しているんだ。

ナオコの意志とは関係ない。

復讐だとか、関係ない。

すべて僕が、僕が行っていることに変わりないんだから。

走った走った走った。

どこに向かっているのかわからず、いま何時かもわからず、どこ行こうが、どこに逃げようが、もう誰もいないのに、いないのに、誰か助けを求めては、いや、拒んでばかりだったじゃないか。

嫌なこと、むかついたこと、そんなの感じてはすぐに消していたじゃないか。

気にくわない人物みな消しているのは、僕じゃないか。

 

……!

 

ぶつかった。

誰かにぶつかった。

でも、目の前には誰もいない。

 

……。なにか、いる。

実態のない、それは、確かにいる。

 

「ナオコチャンジャ、ナイカ……」

 

間違いない……。

エイジだ。

エイジの、声だ……。

 

「ヨクモ、消シテクレタナァ」

 

う……い……………あ、あ、あ、あ、あ、あ…………。

いま、どこだ……。

こわいこわい…………。

 

「これは、復讐よ」

 

誰の言葉?

復讐だと思って消した人物が、僕を恨んでいる。

人を消すって、そういうことだったのか。

……!

 

「気分悪そうだけど、だいじょうぶかい?」

 

制服を着てる、男子生徒……?

僕が、消し損なった人……?

まだ来る。

男も女も、どんどん来ては僕を囲んでいる。

僕は、倒れている?

なんで、みんな見下ろしているんだ……。

 

「オイ、コレガ、人消シノ張本人ダヨ」

「ズイブン苦死ンデイルヨウジャナイノ」

「俺タチノトコロヘ来テ、良イ度胸ジャナイ」

「復讐、シテヤルヨ」

 

やめてくれ……。

もう、やめてくれ…………。

 

「あっはっはっはっはっはっは」

 

みんな、消えてしまえ。

そうだよ。

消せばいいじゃないか。

みんなみんな、消せばだいじょうぶ。

なんで気づかなかったんだろう。

もう、これで僕を苦しめるものなんてない。

だから、だいじょうぶ。

 

「ふふふふふふふ………」

 

今度は、だれだ…………。

 

「復讐、誰に対して?」

 

亡霊………………………………。

 

「気づいてたんでしょ?」

「うん」

「もっと前から、気づいてたんだよね?」

「うん……。頭の中では」

「気づかないふりを、してただけなんだよね?」

「お前も、消えてしまえ……」

 

ナオコは消えた。

でも、手応えはなくて、いつものように、ただ消えただけ。

 

声が、聞こえる……。

 

「私の苦しみ、少しはわかった? どうして心中してくれなかった? どんな思いで死んだかわかる? わかるはずないよね。君なんかに、わかってもらうつもりもないけど」

 

ナオコは、消せない。

ずっとずっと、僕を苦しめるんだ。

誰もいない世界で……!

 

……………………………………………………。

 

どこかへ、逃げていた。

土の上に、いる。

 

ほふく前進で、透明の誰かに気づかれないように、ホントに、たったひとりになれるところへ。

校舎の裏?

掃除ロッカー?

そこに、入り込む。

 

真っ暗な世界。

不意に掃除ロッカーの中でいじめられてた記憶が蘇る。

エイジだ。

ナオコが死んで、アキラとリンと絡むようになってまもなくの、2年生の冬の日。

鍵を閉められて、やつら3人で揺らし、蹴り飛ばし、倒され……。

隙間から黒板消しをパンパンとされて、くしゃみが止まらなくて、そしたら全身の痛みが表れて、寒気を感じて……。

ロッカーの中で、暗闇の中で、泣いた。

憎くて、憎くて、情けなくて……。

いじめられるの、嫌だと思った。

けど、つらいのはいじめられるのよりも、今の、誰もいなくなって相手にされないことで……。

 

掃除ロッカーから出してくれたのは、サエねえさんだった。

ウララが必死に僕を捜し出してくれて、掃除ロッカーが倒れてて、それでわかったんだっけ。

今は、その二人は……僕みたいな、どうしようもないやつが消してしまって……。

 

このへっこみ具合……。

あのとき、閉じこめられたロッカーに違いないか。

はは…………、ははははは。

僕は、なんてやつだ。

 

いくら、僕が人を消したのがウソだとしても、僕の目には誰も映らないんじゃ、真実だろうがそうでないだろうが関係ないじゃないか。

耳をすませると、雨の音が聞こえて、グラウンドからか、ワイワイガヤガヤ……。文化祭の準備か? 僕のいないところで、みな楽しそうで……。

僕だけが、みんなと違う世界にいってしまった。

なんで、そうなったんだろう?

いつから、世界は変わったんだろう?

…………。

ひとり、思い当たる人物が…………いた…………。

 

焼却炉の周り。

今、僕が雨に打たれているところで彼女に会った。

 

「楽しかったわ!!」

 

僕の作文を、ナオコとの日々を読んで、そう言ってた彼女。

ナオコを連想させるほほえみだけど、ナオコとは似つかずの汚らしい女の子。

 

「ボクは、ナオコの絵を描き続けているの」

 

ナオコのように、旧美術室で絵を描き続けていて。

ナオコの顔が描けないと、何度も破ったって、言ってた。

 

「ナオちゃんがホントは書こうとしてた話、教えてくれない?」

 

僕の作文を、手加減していると言ってた。

それで、僕は、人を消してしまう話だと告白したけど、軽蔑しなかった。

 

「降ってるよ。ナオちゃんの世界で」

 

雨は降ってないんでしょ?

そう言った僕に、そう答えた。

 

「ボク、ナオコのまぼろしをみてるんだ……」

まぼろし……。

亡霊となって屋上にいると言ったけど、一番最初に言ってた言葉は、まぼろし……。

 

「去年……あたし、河瀬くんと同じクラスじゃないから、詳しいことはよくわからないんだけど……」

 

違う、誰かの言葉。

 

「ナオコさんと付き合うようになって、河瀬くん変わっちゃった。みんなを避けてるようにみえるし、ナオコさんばかりかばって、気を病んでるようだった。そしてなんて言うか……ナオコさんが、そう仕向けているようにもみえてた。同じようなことが、今度は麻木さんが行っているんじゃないかって思えちゃう」

 

「アサカから離れろと言うの?」

 

「いえ……。いや、そうね……。離れてほしい。絶対変だもん。大人しくて、いつもひとりでいた麻木さんが急に……。ちょっと聞きたいんだけど」

 

「なに?」

 

「麻木さんとナオコさん、どんな関係?」

 

なんで旧美術室で絵を描いてるの?

なんでナオコのこと…そんな詳しいの?

なんでナオコと親しくなったの?

なんで僕の作文を楽しいとか言うの?

なんで………。

 

雨の砂利道、ほふく前進で歩いたものだから、もう全身見るに耐えれない姿だし、ボロボロ……。

やっとのことで、……、旧美術室にたどり着いたのに、ここまで来て躊躇してる。

 

アサカは、まだ消えてないだろうか?

 

たくさん、人を消した。

その中に、アサカがいなかっただろうか?

もし、アサカがいたとしても、僕はしばらくアサカのところへ行ってなかった。

アサカを信じてはダメと、ウララは言った。

ウララを信じていいの?

アサカは、信じられないの?

 

この状況……、去年と一緒だ……!

 

ナオコと江口先生の関係を知ってから、しばらくナオコを避けていて、それから旧美術室に行ったあのときと。

そのときも、なに言えばいいかとためらって、なかなか入れなくって。

でももう……、僕には、アサカしかいない。

今、追い込まれているのは、僕の方なんだ。

で、僕は、アサカに何を求める?

今更、救ってもらいたい……?

 

ガチャッ。

胸が高鳴る。

去年以上に、緊張してる。

目が、開けない。

倒れそう、倒れそう。

ダメだ!

いや、がんばれ!

きっと、アサカはいる!

去年ナオコがいたときのように、立っていて、笑っているんだ。

だから目を……、目を、開けるんだ……!

 

「!!!!!」

ガチャッ。

胸が高鳴る。

去年以上に、緊張してる。

目が、開けない。

倒れそう、倒れそう。

ダメだ!

いや、がんばれ!

きっと、アサカはいる!

去年ナオコがいたときのように、立っていて、笑っているんだ。

だから目を……、目を、開けるんだ……!

 

「!!!!!」

 

こんな状態、どうしたら想像できたんだろう……。

旧美術室全体、千切られたり、丸められたりした紙くずでいっぱいで、机と椅子もあちこち倒されていて、そしてそれらが赤いものが飛び散ってて、陰惨な光景だった。

血…………。

赤いのは、血だった。

 

真ん中で、ひとり、倒れている。

女生徒は、カッターナイフを片手に思いっきり握っていて、ナオコのセーラー服の袖の辺りが、長袖だったのに、刃物で切られていて、傷痕で赤くなって目で見れない……。

 

「アサカ……」

 

彼女の名前を呼ぶ。

すると、しばらく経ってから、立ち上がり、僕に背を向けた状態で立ち上がり、

……!

笑ってる!

 

「ふはははは」

 

首だけ、僕の方に振り返る!!

……!

一瞬、ナオコの面影!

いや、ナオコがいる!!

目が笑ってない笑顔のアサカの横で、笑っている!!

 

「うわああああああああああ!!」

 

腰を打ち、それでも、必死で逃げようとしたけど、恐怖で動けなかった。

おびえる僕とは対照に、ナオコ……、いや、アサカは、狂喜の笑顔で、僕に近づいてくる。

「ナオちゃん。ボクがいるんだね? 最近相手にしてくれなかったから、ボクまで消されたんじゃないかって思っちゃってたよ」

アサカは、僕をずっと待ってたんだ。

リストカットをするまでに追い込まれて。

「ああ、ごめんナオちゃん。こんな物騒なもの持ってちゃあ、ナオちゃん怖いよね」

アサカは、カッターナイフをポケットにしまった。

「ちょっと待ってね。今紅茶を入れるから」

そして、思い出したかのように立ち止まり、振り向きざまにこう呟く。

「文化祭までにはナオコの絵を描き上げるつもりだったけど……ムリだったよ」

 

倒れた机と椅子を立てると、アサカはポットを持ってやってきた。

そしていつしか、ナオコは消えていた。

 

「今、クラスは何人いる?」

「……」

「もしかして、誰もいない?」

「……。コクっ」

「他の、学校中の生徒も消したんじゃないの?」

「……」

「否定しないってことは、そうなんだね!」

「……」

「ナオちゃん、最高だよ!!」

カップに、湯を注ぐ。

「アサカ……、真実が、知りたい」

「真実?」

「ウララは、サエねえさんは、誰も消えてない言ってた。雨もまぼろしだって。でも人は消えてるし雨も降ってる。僕だけ違う世界にいるみたい」

「ふふふふふふふふふ……」

「なに、喜んでいるの」

「ごめんね。でもやっぱり、ナオちゃんサイコーだよ」

 

湯のつがれたカップに、ティーパックが入れられる。

 

「いくら誰が真実を言ったところで、信じられないよね。だから、真実は自分の目でみてでしか信じられないよね」

 

カップからティーカップを取り出される。

 

そして、なにか手でつかみ、それがカップへ……。

 

「これが、真実よ」

 

 

 

 

なに……?

 

手から零れる、白い粉状のもの…………………………。

 

くすり?

 

理想の、くすり…………………………………………………………。

 

 

 

 

「"理想のクスリ"って、知ってる?」

 

「ナオコさんが、飲んでた薬だよ」

 

 

 

 

僕は、飲んでた。

 

旧美術室で、

 

アサカの、

 

入れてくれた紅茶を………………………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜんぶ、おまえのせいだったのかよ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人が消えているのも。

 

雨が降っているのも。

 

みんなまぼろし。

 

みんな、薬による、幻覚……!!

 

消してやる!

 

消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる

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消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる………………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクまで消しちゃうの? それでもいいの?」

 

……!

 

なに、その目?

 

少しも、怖くないような……。

「ボクまで消したら、ホントにひとりだけになっちゃうよ。ナオコみたいに、たったひとりで死ぬことになるよ」

 

「"理想のクスリ"って、知ってる?」

「ナオコさんが、飲んでた薬だよ」

 

……!!

 

「ナオコも、飲んでた……?」

「うん。そして望んだのは、ナオちゃんと同じ……」

「まさか……」

「人を、消すことよ」

 

よく、わからない。

アサカが、なにを求めているのか。

 

「真実を、知りたいんだよね?」

「……。うん……」

「一緒に心中しようって、ナオコに言われたんだよね。その真意は、クラスメイトによるいじめでも、江口先生の暴行でも、なかった。

人が消えてるから。

今のナオちゃんみたいに、少しずつ人がいなくなって、たったひとりだけの世界にいるのが嫌で……。

ひとりで死ぬのが嫌で、それで、ナオちゃんを誘った」

「……」

「ナオちゃんは、心中しなかったことを悔いているんだよね」

「……」

「だから、ボクはナオちゃんにクスリを飲ませた」

「え……?」

 

いつの間に、アサカは僕の肩をつかんでいた。

細く、傷だらけの腕で僕の制服を血で染め上げ、そんだけ強く抱きしめていたら激痛がするはずなのに、歓喜の笑顔で痛んでいるかどうかよくわからないけど、とてつもなく切実な感じ。

去年と一緒。

ナオコがした行為を、アサカがしている。

「孤独のおそろしさ、ナオちゃんならわかったはず。ひとりで死ぬおそろしさ、考えたことある? ボクが憎い? いくらでも憎んでいいよ。だって……」

 

つらいことって、何も気にとめられないことだから。

 

「心中、断っちゃったんだよね。孤独死、したんだよね、ナオコは」

 

それを知ってて、アサカは、その状況を作り上げた。

去年のナオコは、今の僕。

なんの、ために……。

 

「ナオちゃんが断れないことを確信してるから、ボクは言うよ」

 

「やめて……」

 

「一緒に、心中しよう……」

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾丸のような猛雨の中、歩いている。

すれ違う人々は傘を差していたけど、それもまぼろしだってわかっているのに、傘を差しているという幻覚を見ている。

理想のクスリ……。

人が消えてても、誰も気にしない。

雨が降っている。

そう僕が思いこんでいるから、そう望んでいるから、雨が降っていなくても人々は傘を差している。

都合が、良いわけだ。

 

そんな人たちを、なんとなく僕は消した。

それがホントに消えてないにしても、もう消した人たちと顔を合わせることはない。

話しかけられても、聞こえない。

僕が、消したんだから。

 

アサカだけは、消すことができなかった。

そのアサカと、手を繋いで歩いている。

 

「ナオコの家に、行くよ」

 

言われるままに、ずぶ濡れになってついて行く。

結局は、アサカにハメられ、服従してたんだ。

今更、拒絶する気も起きなかった。

 

どうしても、わからないことがあった。

 

アサカと、ナオコの関係。

ナオコは転校生で、誰とも親しくなってなかったけど、そんなナオコを、アサカは詳しく知っている。

アサカはなぜナオコの絵を描き続けているのか?

なぜナオコのセーラー服を持っていて、今着ているのか?

そして、なんで僕に心中しようなんて言ったのか?

 

ナオコの家は、プレハブで薄汚れた一軒家。

雨で今でも崩れそう。

家の後ろのドラム缶の裏に扉があって、なぜかアサカは鍵を持っていて、きょろきょろ辺りを窺って、入った。

 

不法侵入……。

それを咎める気さえ起きない。

 

手を洗おうと蛇口をひねったけど、水は出てこなかった。

電気もついてなく、僕らは真っ暗な畳の部屋で腰を下ろした。

 

「今夜は、ここで過ごすよ」

「……」

「家族の人が心配するかもしれないけど、もうここから出さないから」

「……。いいよ、いないから」

「消したの?」

「そうだけど。……。母さんが再婚して……」

「……。そう……」

 

そういえば、ナオコも親がいなかった。

今では、親なしの仲間同士か……。

 

「アサカこそ、家に帰らないでいいの」

「……」

「アサカ?」

「ごめん。話すから……」

 

狂ったように笑ってたさっきまでのアサカとは打って変わって、物静かになっていた。

「ナオコのことを、話すから……」

 

雨の音が鳴り響く。

アサカは黙ったまま。

息が乱れていて、時間をかけて、整えている。

 

「もうだいじょうぶ。じゃあ話すよ」

 

ただならぬ、恐怖があった。

怒りと悲しみ。

僕の想像を遙かに超えた、尋常ならぬ悲劇を、僕は感じた。

 

「まず、ひとつ訂正させてね」

 

真っ暗な部屋でよくみえないけど、胸に手を当てて、下を向いている様子のアサカ。

 

「ここ、ボクの家でもあるんだ」

 

なにを言ってるんだ……。

そう疑問に思ったときに、アサカの言ったことに驚愕した。

 

 

 

 

「ごめんね。ナオコねえさん……」


 
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