No.150957

くまずきんくんにきをつけてっ☆1巻☆

★腐女子&腐男子向け★
ショタ好き、けもみみ好きならなお良し(笑)
苦手な方はお気を付けて~

†★†★†★†

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2010-06-16 01:41:35 投稿 / 全25ページ    総閲覧数:744   閲覧ユーザー数:729

■はじまり

 

どこかのせかいの

 

どこかのもり。

 

 

それは

吟遊詩人たちに伝わる

 

『おとぎばなし』

 

『幻想』

 

 

 

それとも…?

 

 

 

 

ここは人間たちが暮らす小さな森『プリムール』

 

 

この森の東には狼たちが住む国『ウォルフシュミット』

そして西には熊たちが住む国『デュカスタン』

 

ちょうど真ん中にはさまれているこのプリムールの森は、両国の恰好のエサ場として、たびたび奪い合いが行われておりました。

 

 

近年の異常気象による食料不足も手伝い、両国の争いは激化するばかり。

 

しばらく平和だったプリムールの森も近ごろは危険に晒され、人間たちは警戒し、力では敵わないとは知りながらも、なんとかしてこの森を、そして森に住む仲間たちを守るため、武器を手にとりはじめたのです。

 

 

そんな森に住むひとりの少年、まだ幼く無邪気な彼がこの物語の主人公。

 

 

さあ。

 

物語をはじめましょうか。

 

 

 

 

 

 

■くまずきん

 

青いそら

 

緑のもり

 

黄いろたんぽぽ

 

赤いずきんのおとこのこ

 

 

 

 

 

 

「本当はママが行きたいんだけど…」

 

「いいっていいって!!オレが行くよ。いつものとこじゃん。大丈夫だって!!」

 

「でもね…ここ2~3日は狼や熊がウロついてるのを見たって人がたくさんいるのよ?昨日となりのマリーおばさんが、この近くで狼が木の影に隠れてるのを見たって…」

 

「大丈夫だってば~!!悪い狼なんか、オレの特製パチンコで追い返してやるっ!!」

 

「でも…」

 

「ほーらっ!そんなコトより、オレが早くこのワイン持って行かなきゃ、ばーちゃんの料理が完成しないんだろ?ママは早く集会所行きなって!みんな待ってんぞ!」

 

「…そうね…じゃあ…コレをかぶって行きなさい」

 

 

「!?…なんだよコレ??赤い頭巾に…熊の…耳??」

 

「そう♪ママのお手製っ!!くまずきん~っ♪」

 

「はあ!?」

 

「コレをかぶってれば、もし熊に見つかったとしても!!かわゆーい☆小熊ちゃんに見えるでしょっ!?」

 

ああ…また始まった…ママのシュミ…。

オレ、昔から女の子みたいなひらひらレースの服着せられたり、どっかのマンガみたいな服着せられたり…。

でもコレかぶってかないと…きっとまたスネちゃってゴハン抜きにされちゃうんだよなあ…

 

 

しょうがないか…

 

 

「んふっ☆似合ってる似合ってる~♪」

 

素直にかぶったおかげかママはご機嫌だ。これで今日のゴハンは大丈夫だな。

 

「じゃ、いってきまーっす!!」

 

 

木の扉を勢いよく開くと、ぱあっと明るい日差しがふりそそいだ。

春のにおい。

今日は風もおだやかで心地好い。

 

狼や熊に怯えているような森とは思えないほどさわやかで、何か良いコトが起こりそうな予感さえする。

 

足取りも軽く、思わず鼻歌を口ずさんでしまう♪

 

 

オレはこの森が大好きだ。

この森に住んでる人はみんないい人ばかりだし、リスのジョニーや、こないだ生まれたばっかのシカのミーヤ、ネコのマナ、この森の動物たちだってみんな友達。

 

 

こんなに平和に見える森なのに…どうして大人たちはあんなに大騒ぎしてるんだろ?

 

 

いつもの道をいつものように進む。

 

 

そこに、いつものものではない『何か』があることを、花のにおいと木葉たちの奏でる軽やかな音楽に、すっかり気持ちがはずんでいるオレにはまだわからないでいた。

 

 

 

 

 

 

■もり

 

花のにおい

 

鳥のさえずり

 

風のささやき

 

月の満ちる予感…

 

 

 

 

ばーちゃんの家まではそんなに遠くはない。

歩いて10分くらいかな?

 

いつも寄り道ばっかしてるから、だいたい1時間はかかっちゃうんだけど…(で、ママに叱られる…)

 

だってさあー

少し歩けば森の友達と出会うだろ?

そしたらしゃべるだろ?

で、一緒に遊んじゃうだろ?

 

時間なんてあっという間!

 

…これってあたりまえだと思うんだけど…

おとなにはわかんないのかなあ~??

 

いつものようにママへの言い訳を考えながら歩いていると…

 

 

 

 

がさっ…

 

がさっ…

 

 

 

脇道の茂みから誰かがこちらへやってくる気配がした。

リスのジョニー?

…にしては音が大きい…。しかしネコのマナでもない…。

 

…ヒト…?

 

いつもならこっちから声をかけるんだけど…一瞬さっきママが言った言葉が頭をよぎる。

 

『最近は熊や狼が…』

 

少し…ほんの少しだけ、ドキッとしてしまう。

 

狼、熊、どちらも実際の目撃者であるこの森の絵師が描いたという昔の絵でしか見たことがない。

 

だけど人間と同じかそれ以上に大きく、凶暴だという事は教わっている。

 

 

「だ、誰…」

 

 

思わず口からこぼれた。

怖くはない。怖くないはずだ。この森の者ならばみんな知っている。友達…だよな…?

自分に言い聞かせるように心のなかで強く思う。

 

がさがさっ…

 

すぐ近くに来ている気配にオレは身構えた。

 

 

 

 

「ロゼにいぃ~~っ!!!!!!」

 

 

聞き覚えのある幼くカン高い声。

 

オレのなまえ。

 

 

「ロゼ兄っ!!!!」

 

もう一度なまえを呼ばれて、はっとする。

 

「な、なんだ…ピノかよ~…あーもう…びっくりしたあ…」

力が抜けた。手が汗で濡れているのに気がつく。

 

でもそんなオレとは正反対にピノは慌てて続ける。

 

「なっ…なんだじゃないのですよロゼ兄っ!!たたた大変なのですっ!!」

「な…なんだよ?そんなに慌てて…何かあったのか?」

 

「おお、お、おーかみですっ!!おーかみがっ…!!」

 

「お、おちつけよピノ…狼がどうしたんだ?」

 

「近くに…!!近くにいるってジョニーが知らせてくれたです…っ!!」

 

 

ドキリとする

 

ついさっき感じた感覚がまたよみがえってくる気がした。

 

「狼…って…で、デカイのか?でっかいキバでこう…頭からガブっと…って前にパパが…」

「わかんないです…ジョニーも今まで見たことのない銀色のしっぽが見えて、すぐに逃げてきたらしいのです…」

 

「そっか…」

眉をひそめていつになく暗い顔をしてしまったせいか、ピノが明るく自信たっぷりの顔で胸をはる。

「だいじょーぶですっ!!!!ロゼ兄のコトは、この魔法狩人、ピノ・ノワールさまが守ってあげるですよっ!心配ごむよーなのですっ!」

 

 

魔法狩人。

魔法のチカラを込めた矢を、自分の魔力を宿した弓で射るっていう、この森に古くから伝わる職業らしい。

ピノは魔法狩人の数少ない貴重な後継者だって…本人・談。

 

 

オレより3つ年下で、オレのコトを本当の兄ちゃんみたいに慕ってくる。だからオレからしたら弟みたいな存在。

…そして根っからのトラブルメーカー…。(他人のコトはいえないけど…)

 

「ロゼ兄のおつかいはピノがお供しますですよっ!!おーぶねに乗ったつもりでれっつごーなのですっ!!」

 

「おう。ありがとな!ピノ!」

 

いつもはドジばっかで頼りない存在だけど…今回ばかりは心強い…気がする。多分。

 

ピノは使命感に燃えてるのか、いつでも弓が取り出せるような格好でオレの前を歩きながらあたりをきょろきょろ見回している。

 

そのヤル気がカラカラと空回りしている姿がいつものピノらしくて、オレは思わず笑ってしまった。

 

緊張の糸が少しとけた気がした。

 

 

 

 

 

 

■おおかみ

 

金の瞳

 

銀の毛なみ

 

白の牙

 

 

黒のこころ…

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ…この森は…」

 

 

先程から俺の銀色の尾にいちいち木葉や雑草が纏わり付いて鬱陶しい。

 

初めての見慣れぬ景色への戸惑いも手伝い、いつもよりさらに不機嫌だ。

 

…いや、戸惑っているのは景色などではない。

自分の生まれ育った場所とはまるで正反対のおかしな感覚…。

 

 

俺がこれまで生きてきた狼の国『ウォルフシュミット』は常に争いの堪えない国だ。

 

毎日当たり前のように行われる殺戮、強奪、詐欺師たちの騙し合い…

 

生きていくにはそうするしか手段がないのだ。

 

 

信じられるのは自分だけ…。

 

 

幼い頃からそういう教育を受けてきた。

 

 

そして、そんな狼たちの国を統べるのが俺の父である、ウォルフシュミット国王だ。

 

そう、

俺はそのウォルフシュミットの第一王子、

 

『グレン・キース・ウォルフシュミット』

 

当然、次期国王でもある。

 

 

 

そんな俺が初めて見た

 

『エサ場』

 

これが人間の住む森…。

 

 

本来であれば『エサ捕り』のような仕事は下っ端狼の仕事だ。

 

そんな場所に一国一城の王子である俺が直々にやってきた理由。

 

 

それは…

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

俺の耳が何かの気配を捕らえ、ピクリと動いた。

 

(近くに…人間か…!?)

 

 

気配がした方向に目を向けると、何やら話し声が聞こえてくる。

 

 

…人間だ…!

 

 

生まれ持った習性のせいか、息を潜め、目をこらし、相手の様子を伺う。

 

 

何者だ…?

 

 

いつもであれば、侍従をいくらか連れているが、今は俺ひとりだ。

 

しかし、こちらには鋭い牙も爪もある。それらを繰り出すスピードも持っている。

 

人間などに殺られるなどとは端から考えたこともない。

 

刹那、

 

 

 

とすっ!

 

 

 

「……っ!?…な…に…っ!!」

 

 

背中に衝撃を受け、膝から崩れ落ち、草の上に突っ伏す。

 

 

一瞬何が起こったのかわからなかった。

 

しばらくして痛みのせいでようやく事に気づく。

 

 

背中を…打たれた…!?

 

な…何故…この俺が…っ!!!!

 

 

目の前が白くなってゆく…

 

…まさか…こんなところで殺られるなど…ここはエサ場だぞ…?こんな屈辱…ウォルフシュミット末代までの恥だ…って…俺が継ぐんだから俺で終わりか…って…そんなのどうでもいいじゃねえか…とにかく…今ここで死ぬ訳には…ここでだけは…しかし…なんだか…目の前が白からピンクに…

 

ん?ピンク?

黄泉の国はピンクなのか…?

 

 

「…おーい」

 

「おーーい!!」

 

「おーーいっ!てばーっ!!」

 

 

三途の川の向こうの花畑から声が聞こえる…ピンクは花畑なのか…

だめだ…行ってはだめだ…

 

 

「なあっ!!お前っ!!死んでんのかっ!?」

 

 

…うるっせえな…死んでるからここにいるんだろ…

 

 

………

 

………??

 

 

 

 

目が開く。

 

突然の光が眩しい。

 

…目の前に誰かいる。

俺を呼ぶのはこいつか…?

 

しばらく逆光で見えなかった顔がようやく見えてきた。

 

 

 

 

■であい

 

はじめて

 

ひとめで

 

ふかく

 

へんかする

 

ほんとうの……

 

 

 

 

 

 

 

赤…

 

 

うっすらと目に映りこんできたのは赤いもの…

 

 

「あ!!目ぇさめた!?」

 

 

威勢の良い少年の声。

赤いずきんをかぶっている。

 

ああ…人間の子供か…

 

次第に視界がはっきりとしてきた。

少年と目が合う。

 

 

 

どくんっ…!!!!!!

 

 

 

瞬間、心臓がいままでに感じたことのないほどに跳ねた。

 

 

どくん

どくん

どくん

 

 

鼓動が早い。

なんだ…?この感覚は…!?

 

これまで感じたことのない感覚…次第に顔が紅潮してゆくのを感じた。

 

目の前の少年が輝いているように見えた。

あまりの衝撃に目を離すことができず、じっと少年の大きな瞳に釘付けになったたまま硬直している。

 

 

…どうした…?

俺…??

 

 

 

「??」

 

 

あまり見つめるものだからか、少年は不思議そうな顔をしてこちらを見つめ返している。

大きな目をパチパチと瞬きする顔を見てさらに鼓動が高鳴りだす。

 

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

しばらくの沈黙…。

 

 

そして…

 

 

 

がばあっ!!!!

 

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

急に体を引き寄せられ、ぎゅうっと…抱きしめられ…た…!?

 

 

 

「わんわん!!!!かわい~~~っ!!!!!!」

 

 

 

俺は突然の出来事に目を白黒させた。

 

 

 

っつーか…

 

 

 

「俺は犬じゃねえっっ!!!!!!」

 

 

 

少年の腕を払いのけ、すばやく距離を取る。

 

少年はまた「?」な顔をしてこちらを見ている。

心臓はまだ落ち着く気配すらなく鼓動を早めたままだ。

 

 

そう。突然だったから驚いただけだ。そうだ。

まったく俺としたことが…。

 

 

しかし顔の熱がおさまらない。

 

 

一体どうしたっていうんだ…

 

 

 

「あれ?それ、犬のカッコじゃないのか?」

 

 

「違う!!俺は狼だ!!!!」

 

 

「……!」

 

 

フン、ビビってやがる。

狼である俺様に逆らえる人間など……

 

 

 

「うっそだあ~♪」

 

 

 

…!?

 

なん…だと…!?

狼の俺をみて怖がらないだと!?

 

 

「だって、それ、わんわんの耳にシッポだろ?お前んとこのママが作ってくれたのか?」

 

 

何を言ってるんだこいつは…!?

 

 

「作りモンじゃねえ!!狼だっつってんだろ!?!?」

 

 

「…えー…だって…、狼ってー、すげーでっかくて、人間の頭をひとくちでガブリ!!…だって…」

 

 

こいつ…

まさか『人狼』を知らないのか!?

 

 

なんて平和なところなんだ!?ここは…子供に対する教育すらなってないとは…

まあ…俺の国のガキんちょどもも『とにかく生きろ』的な教育くらいしか受けてないが…

 

 

 

調子がくるう…。

 

何なんだ…この森は…

 

 

そして

このおかしな少年は…

 

 

 

思わずため息を漏らすが、心臓の鼓動の早さと、目の前にいるコイツのずきんのように赤いであろう自分の頬は、未だ元に戻る気配すら感じなかった。

 

 

 

 

 

 

■まほう

 

まほうのちから

 

みしらぬちから

 

むげんのちから

 

めのまえにあるもの

 

もしも…それが『まほう』だとしたら…?

 

 

 

 

 

 

「はわわわわ…」

 

 

ししししっぱい しちゃったです…

 

 

まちがえちゃったのです…

 

 

狼のヤツに放った矢…

 

 

ほんとはこっち…↓

 

『全身からキノコがにょきにょき生えてきて取れなくなっちゃう世にも恐ろしい矢』

 

 

なのに…

まちがえて使っちゃったのが…↓

 

『当たって最初に見たひとにラブラブきゅーん(はーと)になっちゃう矢』

 

 

 

あうう…またやっちゃったのです…また師匠におこられちゃうです…

 

 

 

しかも…ピノ…

 

 

 

 

 

逃げてきちゃった…です…

 

 

 

 

 

ロゼ兄…ごめんなさいです…ピノは…ピノはまだまだ おくびょーもの なのです…。

 

 

 

ロゼ兄…だいじょうぶかな?だいじょうぶかな?

 

 

ピノが守ってあげるって、やくそくしたのに…。

 

 

 

「なんだ?ピノ。シケた面しやがって。どうせまーた何かやらかしたんだろ?」

 

「あ…ジョニー…」

 

 

「…もしかして…狼のヤツに会ったのか?」

 

 

「…じょにーーっ!!!!」

 

「お、おい…泣くなって…オイラに話してみろ」

 

 

「うん…」

 

 

 

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

「…そうか…。」

 

 

「ロゼ兄…」

 

 

「なーに。心配するこたぁねーよ。」

 

 

「え?」

 

 

「狼のヤツはロゼに『メロメロきゅーん☆』なんだろ?だったらいきなり食われたりなんかしねえだろうよ。」

 

 

 

「…うん…でもね…。ピノはロゼ兄を置いて逃げてしまったです…。ロゼ兄はいつもピノに優しくしてくれるです…ピノがしっぱいしても笑ってゆるしてくれるです…。だから、ピノもロゼ兄の役に立ちたいのです…それなのに…それなのにぃ~~えぅぅ~~」

 

「だから泣くなって!!ここで泣いてたってロゼは助けらんねえだろーが!!行けよ!!もっかい行って、もっかいやってみろよ!!」

 

「でも…」

 

 

「何回ヘマしたっていーじゃねーか。それだけ何回でもチャレンジしてみろよ!」

 

 

「ジョニー…」

 

 

「オイラたちも付き合ってやるぜ」

 

 

 

「…!!!?…みんな…!!!!!!」

 

 

 

 

ジョニーのうしろには

ネコのマナ、子鹿のミーヤ、うさぎのムーン、子ヤギのメイ、モグラの元春…みんな…みんないる……!!

 

 

腕でごしごしと目をこすった。

そうだ。

泣いてる場合じゃない。

 

 

 

ピノには

 

ピノには…

 

仲間がたくさんいる…!!

 

 

 

 

負けない。

 

負けるもんか…!!

 

 

守るって決めた。

 

 

そのためにキビシイまほうのしゅぎょーもがんばってきた。

 

 

すべては…

 

 

だいすきなロゼ兄のために…!!!!!!

 

 

 

 

仲間たちに向かってうなずく。

それを見たみんなも揃ってうなずく。

 

 

こころはひとつ。

 

 

 

 

「よぉーし!!みんな!!行くですよぉ~っっ!!」

 

「お~~っ!!!!!!」

 

 

こぶしをあげて

きあいいっぱつ!!

 

 

 

「ピノの大事なロゼ兄を、今日出逢ったばっかりの狼ヤローなんかに渡すもんかあぁ~っ!!ですよぉ~っっ!!!!!!」

 

 

 

 

そう叫びながら思いっきり全力で駆け出していったピノの後ろで、どさどさと崩れ落ちる音がした…。

 

 

 

「…そ、そっちかよ…」

 

 

 

 

 

 

 

■なかま

 

なぜだ

 

わからない

 

ふりまわされる…

 

 

 

 

 

 

『人狼』

 

 

人間と狼。

 

両方の遺伝子を持つ特別な生物。

 

 

姿は人間だが、狼の耳と尾、そして2本のキバがあるのが特長で、長年研究されてきているが、この3つだけはどうしても人間にはなりきれず、残ってしまうようだ。

 

 

人狼族は一般的に灰色や黒の毛並みだが、王族である俺は銀の毛並み、そして金の瞳を持っている。

 

自分でもこの銀色は気に入っている。

 

月夜にキラキラと光り輝き、太陽の光を受ければ時折、虹色に光る。

 

 

王族である証。

 

 

見る度にそれが誇らしくもあった。

 

 

 

 

 

…それを

 

こいつは………

 

 

俺の前を歩く少年…

こいつはそれを

 

 

『わんわん』

 

 

などと…!!!!!!

 

後ろ姿を睨むが本人は気づくはずもなく、鼻歌を歌いながら呑気に歩いている。

 

 

 

 

それにしても…

 

何故俺がアイツのおつかいに付き合わなきゃなんないんだ……

 

 

 

そう…

事の発端はもちろん…

 

 

―――――――。

 

 

「よし!!行こうぜ!!」

 

「はあ!?」

 

「オレのばーちゃんち!!」

 

「な…何で狼の俺が人間のガキと一緒におつかいに付き合わなきゃなんねーんだ!?…俺はそもそも人狼族の国、ウォルフシュミットの王子…」

 

「オレのばーちゃんな!すっげー料理上手なんだぜっ!!お菓子が特にうんまいのっ!!!!!」

 

俺の言葉を遮り、大きな瞳をキラキラさせながら俺の顔3cmの距離まで迫ってくるモンだから、面食らってしまい、それ以上の言葉をすっかり失ってしまった……

 

 

我ながら情けない……

 

どうしたんだ俺は……

 

 

 

「なあなあ~!!行こうぜ~!!わんわ~ん♪(≧∀≦)」

 

 

 

そんな状態の俺をコイツは……!

 

 

「しっ…しつこい…っ!!貴様…!!無礼にもほどがあるぞっ!!」

 

 

このヘンな気分を振り払うように跳ね退ける。

完全にペースを乱されいつになく大声をあげてしまう。

 

 

 

「俺は、狼の国『ウォルフシュミット』の第一王子!!『グレン・キース・ウォルフシュミット』だっ!!!!」

 

 

フン!!恐れ戦(おのの)け!!平伏せ!!愚民どもっ!!!!

 

 

 

「あ、オレは『ロゼ』!『ロゼ・レフォールド・ラトゥール』!!よろしくなっ!!グレン☆(ゝω・)」

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

嗚呼……

 

だめだ……

 

 

コイツ…

 

 

本物の阿呆だ…

 

 

 

俺は未だ纏わり付くピンクがかった視界と熱の冷めない頬でロゼを見ながら大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!この花、やっと咲いたんだぁ~!アイツずっと心配してたんだよなあ~…今度会ったら教えてやんなきゃ!」

 

 

「うおっ!!モッさん!?ひっさしぶりぃ~っ!!」

 

 

 

…さっきからずっとこの調子だ…

 

あっちに行っては動物に声をかけ、そっちに行っては木に登り…

 

『ばーちゃんち』

 

とやらにはいつ着くんだ…。

 

 

 

「おい…貴様、いいかげんにしろ…!一体いつになったら『おつかい』が終わるんだ!?」

 

ロゼは俺の声に振り返ると小首を傾げ、不思議そうな顔をする。

その仕草に、また胸のあたりが締め付けられるようなおかしな感覚がして余計にイラついた。

 

 

「大体俺はなあ…お前とおつかいしに来たワケじゃないんだ!!普段なら王族である俺様が直々にタダのエサ場である人間の森に来るハズがねぇんだよ!!」

 

 

一気にまくし立ててやると、ロゼは急に顔を曇らせ、恐る恐る口を開いた。

 

 

「…グレンは…人間を食うのか…?」

 

 

「当然だ。おまえらは俺達の『エサ』だからな」

 

 

「オレの事も…?」

 

 

「ああ。いつでも食ってやる」

 

そう言って俺はニヤリと笑みを浮かべてみた。

ようやく俺の恐ろしさがわかってきたようだ。

 

 

 

…と思ったのも束の間、

 

 

 

「なあ…オレって…うまそう…?」

 

 

そう言いながらロゼはこちらへ近づいてくる。

 

恐れていないのか…?

 

 

 

ロゼは俺の目の前までやってくると、じっと俺の目を見つめた。

 

その、これまで見たことのないような少し赤みを帯びたルビーを思わせる澄んだ瞳にまた胸の鼓動が高鳴る。

 

 

 

 

 

…何をする気だ…

 

 

どうもコイツの行動は読めない…。常に想定外奇妙奇天烈だ。

ここの森の人間は皆こうなのだろうか。

 

 

 

すると、ロゼはスッと俺の目の前に人差し指を差し出し、

 

 

「頭からガブリは痛いから…指…ちょっとだけなら…く、食っても…」

 

 

「え…?」

 

 

「あー…!!や、やっぱり指でも痛いよなっ…そういえば指ってケガするとすっげえ痛かったような…あーでも食われても痛くないとこってどこなんだあ~~!!!?」

 

 

 

……あまりの驚きに言葉も出ない。

 

 

…コイツは…俺に食われてもいいってのか…!?!?

 

 

阿呆でヘンなヤツだとは思っていたが…

 

コイツは一体……

 

 

 

「何故…なんでお前は俺にそこまでするんだ…?俺は敵だぞ?」

 

 

ようやく出た言葉はとても単純で正直な気持ちだった。

 

 

「だって…友達が困ってんのに…黙って見てらんないだろ?何か自分にできることないかって…探すのが普通だろ?」

 

 

ロゼは顔をしかめ、悩むように、さっき俺に向かって差し出してきた指を眺めたり体のあちこちを見たりつねったりしている。

 

 

…そんな『普通』など聞いた事も考えた事もない。

命が惜しくないのか?

他人のためなら自分はどうなってもいいのか?

 

 

 

…少なくとも俺がこれまで見てきた人間は、喰われるとわかった瞬間、縋るように懇願してきた。

「自分の命だけは助けてくれ」と…。

「喰うなら他の人間にしてくれ」と…。

 

 

当然だ。

 

狼も人間も皆自分の命が惜しいはず。

 

 

 

なのに……

 

 

 

「ロゼ…」

 

「ん?なんだ?」

 

 

「そこまで言うなら…喰ってやるよ…」

 

 

「えっ!?マジ!?どこっ!?どこ喰うんだ!?い、痛いのだけはやめろよっ!?…ってどこ喰われても痛いけど…っ…ぅわっ…!!」

 

言い終わらないうちに俺はロゼの体を引き寄せ、口を少し開き、顔を近づける。

そこから覗いた、俺の鋭く光る牙を見たせいか、ロゼの体が硬直したのが腕から伝わってきた。

 

 

ようやくコイツにも『喰われる』恐ろしさがわかったようだな…。

 

俺は強張ったロゼの体をさらに引き寄せ、牙を覗かせたままニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「………なっ…!?!?」

 

 

「(シーッ!!!!!!)」

 

 

木と茂みの間から顔を覗かせたピノが思わず声をあげてしまい、ジョニーがあわてて人差し指(?)を口に当てる。

 

 

「(ピノ!どうかしたのか!?)」

 

「ろろろろロゼ兄が…っっ!!!!!!」

 

「ロゼが!?…ま…まさか…っ!!」

 

ジョニーがあわててピノの肩に駆け登った。

 

 

「!!」

 

 

そこから見えたのは…

 

銀の耳にしっぽのはえた…人間…これは…人狼族…!?

 

人狼がロゼを抱き寄せ今にも喰らわんとする後ろ姿…!!

 

 

ジョニーは昔、この森の長老から聞いた話を思い出した。

 

『人間を喰らう恐ろしき人狼族』…

 

絶望感に身震いする。

ロゼが…

 

 

「喰わ…れ…」

 

 

 

「ロゼに…っ!!!!」

 

「待てっ!!」

 

あまりの緊急事態に茂みから飛び出そうとするピノをジョニーが制した。

 

 

「なんで止めるですかっ!?早くしなきゃロゼ兄が…っ!!!」

 

「バカ!!ヤツは人間を喰らうんだ!!今お前が出ていったらお前まで…!!」

 

「それでもいいですっ!!ピノはロゼ兄を助けたいですっ!!」

 

 

ぺしっ!!!!

 

 

ジョニーはピノの頬を叩いた。小さな手なので残念ながらいい音はしない。

 

 

「い…っ!?なにす…っ!!」

 

 

「お前まで喰われちまったら…オイラたち…いや、ロゼがどう思うのか考えたことあんのかよ…っ!?」

 

「…ジョニー…」

 

 

見つめ合う一人と一匹…

バックにはなぜか夕焼けが…

 

 

「あの…そこで熱血青春ドラマやってる間にさあ…」

 

 

うさぎのムーンがエスカレートしていく一人と一匹の青春ドラマを遮った。

 

 

その声に、はっ!と、ようやく我に返った彼らが同時にさっきまで狼とロゼがいた場所を見る。

 

 

「あ…あれ?」

 

「いねぇ…」

 

 

 

 

「行っちゃったわよ?二人で。」

 

 

「く…喰われちまったんじゃねーのかよ?」

 

ムーンは首を振った。

 

「大丈夫だったみたいね」

 

 

「じゃあ一体…さっきのは何だったんだ!?」

 

ジョニーがまだ興奮さめやらぬ様子でキョロキョロと辺りを見回した。

 

 

その隣で、さあーっと血の気が引き、青ざめた顔のピノが恐る恐るつぶやいた。

 

「あ…あれじゃ…

 

まるで…

 

 

ちゅ…

 

ちゅー……!?」

 

 

「…に見えないこともないな…」

 

ショックで最後まで言えないピノに代わってジョニーが言葉を継ぎ足した。

 

 

 

 

 

 

また森を歩く。

 

薔薇の香り…

さっきアイツを喰らおうと抱き寄せた時に、ふっ…と鼻をくすぐった薔薇の香りが俺の体に移ってしまったらしい。

 

 

そう。

 

またしても…コイツに…。

 

俺の隣を嬉しげに歩く人間の子供…。

 

 

 

何度も辛酸を舐めさせられ、本気で喰ってやろうと牙をむいた口の中に不意に何かを放り込まれたのだ。

 

 

「…っ!?」

 

 

甘い…。菓子…?

 

口の中で溶けだした甘く少しほろ苦い味…

 

 

「う…っ…貴様…何を…!?」

 

 

毒かと思い吐き出そうとしたが、すぐに溶けて消えてしまった。

 

 

 

「チョコだよ」

 

 

 

不意をつかれ腕の力を弱めた隙にロゼは後ろに飛びのき、ニカッと笑いながら言った。

 

 

「チョコ…?」

 

「美味いだろ?」

 

 

確かにまずくはない…

毒入りでもなさそうだ…

 

 

…と思った瞬間だった。

 

 

「…っっ!!!!!!!?」

 

 

思わず悲鳴を上げそうになり、口を押さえうずくまる。

 

口の中が火をつけられたように熱い…痛い…!!

 

 

「げほっ!!げほ…っ!!」

 

 

そのあまりの酷さにむせてしまう。

 

 

 

「ぷっ…うはははははっ!!」

 

 

ロゼが俺の苦しむ様子をみて腹を抱えて笑っている。

やはり毒入りだったのか…!?

 

 

 

 

 

ロゼは飛び跳ね、くるくる回りながら喜んでいる。

 

 

「わーっ!!グレンあったりぃ~♪」

 

 

…何も考えていない脳天気な阿呆だとばかり思っていたのに…全てコイツの作戦だったというのか!?

 

 

するとロゼは笑いをこらえながら楽しそうに言った。

 

「ハバネロ入り激辛チョコ!!コレ、10粒のうち1粒だけハズレな激辛なのに…オマエ運悪すぎ!!ぷくくくっ!!」

 

「な…毒を使うとは…貴様…っ!!」

 

 

「ん?毒なんかじゃないぞ?辛いだけで。」

 

 

「…はあ!?」

 

 

「腹減ってんだろ?ばーちゃんち着く前にオヤツ!!」

 

そう言って、まだうずくまっている俺に目線を合わせるように屈み込み、無邪気な笑顔を見せた。

 

それがまた可愛らしくてつい見とれてしまう。

 

 

ん…!?

 

可愛らしい…!?

 

 

ちょ…ちょっと待て…

 

 

『可愛らしい』って何だよ!?

 

何で『見とれて』るんだよ!?

 

 

アイツ…ロゼは人間…しかも男だぞ…!?!?

 

 

な、何かの間違いだ…

 

今日の俺はやはりどうかしている…

 

 

「い…行くぞ…っ!!!」

 

 

戸惑いを隠すようにさっと立ち上がりながら声を上げる。

 

しかも『行くぞ』って…何やる気満々になってんだ…。

 

 

「おーっ!!」

 

 

俺の声に、これまた俺よりも遥かにやる気満々で右腕を天に突き上げながらの返事が返ってきた。

 

 

「なんかオレも腹へってきた~!早く行こう行こう♪」

 

 

…こうなったらもう

どうにでもなれ、だ…

 

 

いい加減コイツを理解することに疲れてきた俺は自暴自棄になりつつロゼの後に続いた。

 

 

 

 

 

■めがね

 

めにみえるもの

 

すがた、かたち

 

あまねく世界すべてが真実とは限らない

 

 

 

 

丁寧に手入れされた庭、畑、たくさんの花たち…

 

 

ロゼのばーちゃんとやらはロゼとは違って随分と几帳面な性格らしい。

 

 

そんな庭を進んでいくと、ぽつりと小さな家が見えた。

煙突からもくもくと煙が上がっており、穏やかな風に乗って食欲をそそる良い香りがする。

ロゼのために食事を用意しているのだろう。

 

 

ここは森の中でもかなり端のようだ。

 

近くに他の家はなく、まるで森の人間との関係を遮断するかのような場所に思えた。

 

 

コンコンッ

 

ロゼが扉を叩く。

 

 

「ばーちゃーん!!」

 

 

ロゼが呼びかけると、しばらくして、ギイと木製の扉が少し開き、中から声がした。

 

 

「ロゼ、よく来ましたね…」

 

 

 

…?

 

…なんだろう…

 

この違和感は…

 

 

 

『ばーちゃん』

 

 

…とロゼは言ったよな?

人間の『ばーちゃん』はこんな声なのか…?

 

 

ロゼのうしろで顔をしかめていると、さらに扉が開き、その声の主である『ばーちゃん』が姿を現わした。

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

…絶句…

 

 

 

想像とはまるで違う…

いや、むしろ正反対…つーか…てゆーか…

 

 

これは…

 

一体…

 

どう…いう…ことだ…?

 

 

理解するまで時間が…

 

いや…

 

これはさすがに理解しがたい…というか、理解しろというのが無理な話だろ…

 

 

 

…なんで『ばーちゃん』にキラキラオーラ出てんだよ…

 

なんでバックに花背負ってんだよ…

 

 

コイツ…

 

誰がどう見ても…

 

 

 

「ばーちゃ~んっ!!!!!」

 

 

嬉しそうに『ばーちゃん』抱き着くロゼ。

 

 

 

いやいやいやいや…

 

 

 

そいつどー見ても

 

 

『男』

 

 

ですからぁぁーっっ!!!!!!!!

 

 

 

サラサラの黒髪を後ろで束ねてお団子ヘアーはしているものの…

 

目は切れ長で鼻筋の通った…いわゆる『美形』の整った顔立ち。

 

歳は20代前半~半ばくらいだろうか?

 

老眼鏡のつもりなのか、掛けている眼鏡は本当にレンズ入ってんのかすら疑問に思えてくる。

 

 

 

「…ロゼ…」

 

 

「なんだ?グレン。この人がオレのばーちゃんだぞっ!!」

 

 

えっへん!!とばかりに自慢げに紹介されるが…

 

 

 

いやいやいやいや…

 

違うから。それ男だから。

 

 

つーか…

 

 

「お前のばーちゃん…」

 

アレじゃねーのか…?」

 

 

さっきから向こうで誰かが呼んでいる声がしていた。

その方向を指差す。

 

 

「ロ~ゼ~!久しぶりじゃのう~♪」

 

 

老婆がこちらへ向かって手を振りながら、たしかに『ロゼ』を呼んでいる。

 

 

「え!?えっ!?エェェ(´Д`;)ェェエ!?!?!?!?」

 

 

ロゼは混乱しているのか、目を白黒させながら目の前の『ばーちゃん』と向こうで自分の名前を呼んでいる『本物のばーちゃん』らしき老婆を交互に見比べている。

 

 

 

…それだけなら、

…まあ…いいとしよう…。(つーか、もうどうでもいい…)

 

 

そんな事よりも…

 

俺はもっと重要な事に気付いた。

 

俺は人狼であるが故に普通の人間よりも遥かに鼻が効く。

 

 

扉が開いた瞬間のあの違和感…。

 

見た目に混乱してしまい、気付くのに時間がかかってしまったが…

 

 

間違いない。

 

 

そうだ…

そんな事より

 

 

コイツは……!!

 

 

 

「…ロゼ…」

 

 

まだ混乱してぐるぐるしているロゼに低い声で呼び掛けた。

 

 

俺の深刻な様子に、さすがのコイツも気が付いたのか、こちらを向いておとなしくなった。

 

その様子を見て、俺はそのままの低いトーンで言葉を続ける。

 

 

「コイツは…お前の『ばーちゃん』どころか…『人間』なんかじゃねぇ…」

 

 

「…!?グレン…!?」

 

 

 

「何故…貴様のような者が人間の森にいる…?」

 

 

目の前の男を睨みつけ、そしてロゼに告げる。

 

「おい、ロゼ…コイツの正体は…」

 

 

 

 

 

 

「狼だ…っ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「…!!」

 

あまりの驚きにさすがのロゼも固まった。

 

 

「間違いない。貴様は俺と同じ人狼族…そうだろう?」

 

 

金の瞳でさらに睨みつけ、問いただす。

 

 

 

 

…暫くの沈黙…

 

 

 

 

その後、観念したのか、目の前の人狼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、低い声でわらいだした。

 

「ふふふ…さすがグレン王子…ですね…」

 

 

 

ロゼは横でぽかんとした顔で固まったままだ。

 

 

 

「そう…私の名は『ベルジェ』…王子のおっしゃる通り、人狼ですよ…」

 

 

そういいながら、両手を自分の頭の上にに翳した。

手のひらがポウッと淡く光ると、ヤツの頭に人狼の証である、狼の耳が現れた。

 

コイツ…魔法使いか…!?

 

どうやら今まで魔法の力を使って耳や尾を隠していたようだ。

 

 

 

「先だっての人狼族の反乱…王子もご存知でしょう?」

 

 

「ああ…」

 

 

半年前、ウォルフシュミットの中で大規模な戦争が起こった。

かねてから王族に不満を抱いていた大臣が反乱を起こしたのだ。

 

もちろん俺も含む王族の圧倒的勝利に終わり、大臣は処刑された。

 

阿呆が…。

最強である我々王族に逆らうからだ。

大臣は以前から気に入らなかったので処刑するには好都合な出来事でもあった。

 

 

 

「その反乱の際、私は信じていた仲間に裏切られ、国を追われました。」

 

 

「…それでこの森に逃げ込んで来たってワケか…」

 

 

 

「…そう…なりますね…」

 

ベルジェは端切れのよくない言い方をすると、自嘲するような表情を見せた。

 

 

「すっかり他人を信用できなくなってしまった私は、ふさぎ込み、誰とも関係をもたずにひっそりと過ごしていました…。」

 

悲しげに長い睫毛を伏せる。

 

「そこへやって来たのが…」

 

 

「ロゼだったってことか…」

ロゼをちらりと横目で見る。さっきまでの顔はどこへ行ったのか、戸惑いの表情でこちらの話を聞いている。

 

「ええ…。ロゼは私の救世主なのですよ…」

 

―――――――

 

コンコン。

 

 

扉を叩く音がした。

 

こんな人里離れた場所に客人は珍しい。

 

 

…まさか…追っ手だろうか…

 

 

嫌な予感が脳裏をかすめた。

しばらく警戒したまま扉を見つめる。

 

すると客人が今度は大きな声で叫びはじめた。

 

 

「ばーちゃーん!!ばーちゃんってばーっ!!いないのかーっ!?!?」

 

 

 

…『ばーちゃん』…?

 

予想外の幼い声とフレーズに驚く。

『ばーちゃん』とは…『婆ちゃん』…?

この少年の『祖母』という事だろうか…?

 

 

しばらく呼びかけながら扉を叩いていたが、ふとその音が鳴り止み、静かになった。

 

諦めて帰ってしまったのだろうか…?

 

 

…どうせ人違いなのは間違いないし、何より

 

『他人と関わりたくない…』

 

いつものようにそう思ったのだが…

 

 

何故か無邪気で純真な少年の声が気になり、少しだけ…ゆっくりと扉を開いてみた。

 

 

 

…誰もいない。

 

やはり諦めて帰ってしまったのだろうか…。

 

 

 

少しの後悔…

 

 

 

他人と関わるのはもう辞めにしたはずなのに…心の中ではまだ独りにはなりきれないらしい。

 

ふ…と静かに自嘲しながら扉を閉めようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

「わああぁーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

急に大きな叫び声とともに姿を現わした何かに心臓が跳ね上がる。

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

予想だにしなかった、あまりにも突然の出来事に声も出なかった。

 

 

「ぷっ…くくくっ…あはははははっ!!!!!!ひっかかったあ~っ!!!!!!」

 

 

面食らって固まっている私を見て目の前の少年が笑い出した。

 

 

「…さっきから呼んでいたのはお前か…?」

 

静かに尋ねると、

 

「そーだよ。だっていくら呼んでもなかなか出てこないんだもん…」

 

 

そう言いながら拗ねたようにほっぺたをぷうっと膨らませた。

 

その林檎のような頬と幼い少年の仕草に思わず魅了されてしまう。

 

「……」

 

 

黙ったまましばらく見つめていると、少年は元気良く話しはじめた。

 

 

「ばーちゃん久しぶりだなっ!!オレの事覚えてる!?ロゼだよっ!おっきくなっただろ~!?」

 

 

どうやら随分と久しぶりに会ったせいなのか、この少年は『ばーちゃん』の姿を覚えていないらしい。

 

 

「前会った時はオレちっちゃかったからなあ~。ばーちゃんもなかなかウチに来てくんないしー。来てもオレがいつも出かけてるときだったしー。」

 

そう言って今度は悔しそうな表情。

 

喋るたびにくるくる変わるその表情は見ているだけで飽きない。

 

 

「…なあ…ばーちゃん…、ばーちゃんってさー…」

 

 

ドキリとする。

 

流石におかしいと気付いたのだろう。

髪は長いが、黒髪で歳老いているわけでもなく、それにどう見ても『男性』だ。

 

やはり扉を開けるべきではなかった…

 

そう後悔していると、

 

 

 

 

「ばーちゃんって…若くてきれーだなっ!!!!」

 

 

 

 

「!?」

 

 

な…なんだ…と…!?!?!?

 

 

想定外もいいところなセリフに腰を抜かしそうになった。

 

いや…そりゃあ、まだ20そこそこだし…

というか…私は男に見られてないのだろうか…?

 

顔が引き攣る。

 

 

 

「あの…」

 

『人違いですよ』

 

と言おうして言葉を飲み込んだ。

 

 

 

少年…ロゼと言ったか…完全に私を『ばーちゃん』と勘違いしている…。

 

このまま私が『ばーちゃん』になってしまえば…

 

 

 

 

 

「…久しぶりですね、ロゼ」

 

 

 

 

後戻りはできなくなった。

 

他人に裏切られ、失意の底にあった自分が、今度は逆に他人を裏切ろうとしている…。

 

 

しかし…

 

この少年、ロゼは…

私の中の闇を払う光のような存在に思えてならなかった。

 

 

 

―――――――

 

 

「……」

 

グレンはまだ信用できない、という顔で聞いている。

 

ベルジェはそれを横目で見遣り、続けた。

 

 

「…それからの生活は私にとって、とても楽しいものになりました」

 

先ほどまで暗かったベルジェの表情が一転して明るくなった。

それに合わせたように窓から光が差し込み、ベルジェの長い黒髪と眼鏡の奥にあるアメジストの瞳がきらめく。

 

 

「ワインと言われ、飲んでみたらタバスコだったり…、扉を開ければ黒板消しや金だらいが頭の上に落ちてきたり…、引き出しを開ければ得体の知れない物が飛び出してきたり…、椅子に座ればブーブークッションを敷かれていた上に椅子の脚が飛んでいったり…」

 

 

「…イタズラばっかじゃね?」

 

 

苦笑しながらも楽しそうに話すベルジェの口調に思わずグレンがツッコむ。

 

…ダメだコイツ…完全にロゼのペースにハマってる…

 

グレンは呆れ顔でロゼを見ると『どや顔』でピースサインを送り返された。

 

 

…ピースじゃねえよ…全く…コイツは毎日こんな事ばっかしてんのか…

 

ため息がこぼれる。

 

 

 

そんなグレンを尻目にベルジェは幸せそうに目を細めた。

 

「ロゼは…ずっと闇の中にいた私を一筋の光で…その笑顔で…救ってくれたのです。」

 

そう言うとロゼの方を向いて微笑み、優しい声で告げる。

 

 

「ロゼ、今まで本当にありがとう。あなたは、私の救世主なのですよ…」

 

 

「…ばーちゃん…」

 

 

しばらく黙っていたロゼがようやく呟くように言葉を発した。

 

 

しかし、ロゼを見つめていたベルジェは目を反らし、顔を曇らせた。

 

「…ですが…私は…事実、あなたを裏切ってしまいました…。あなたの勘違いをいいことに、私は自らの欲のため、あなたにこれまで嘘をつき続けてきたのですから…」

 

 

「……」

 

ロゼはまた黙ってしまった。

 

 

 

ベルジェはロゼと同じ目線になるようにひざまずく。

 

「…すみません…ロゼ…。私は、あなたと過ごす時間が本当に楽しくて…ずっと一緒にいたくて…」

 

 

言い訳のように聞こえるかもしれないがこれが本心だった。

どうにかわかって貰いたいと懇願するように言う。

 

 

 

ロゼはうつむいていた。

 

 

そのため表情が読み取れない。

 

きっと嘘をつかれて怒っているだろう…。

そうでなかったら、あの時の私と同じく裏切られたという絶望感にさいなまれているのかもしれない…。

 

 

 

そして、ゆっくりと動いたその唇から紡がれたのは、ベルジェが予想もしなかった言葉だった。

 

 

 

「…ごめん…」

 

 

 

「え…?」

 

 

 

「ごめんな…」

 

 

 

「…どう…して?どうしてロゼが謝るのです!?悪いのは私で、ロゼは何も…」

 

ロゼは首を横に振る

 

「ううん…オレが何も気付かなかったのが悪いんだ。」

 

 

ベルジェは思いもしなかった言葉に戸惑ってしまう。

 

「人勘違いの事ならば、あなたはおばあさまの顔を知らなかったのですから、決してあなたのせいでは…」

 

 

それを聞いたロゼは、うーん…と考える顔をした。

 

「えっと…そうじゃなくて…ばーちゃ…ベルジェの事。」

 

 

「…私…?」

 

 

ロゼはこくんと頷いた。

 

「ずっと一人ぼっちで寂しくて…だから嘘つき続けて…たくさん辛い思いをしてたのに…。オレ、何も気付いてやれなかった…。だから…ごめんな…ベルジェ…」

 

 

 

「…ロゼ…」

 

 

 

 

どうして…

 

どうしてなんだ…

 

この少年は…

 

 

 

以前、ウォルフシュミットにいた頃では到底考えられない…考えもしなかった感情を、この少年は持っている。

これまで何度か触れ合う内に、そういった類い稀なる『純真な心』というものにいつも救われていた。

 

しかし、これまでとは…『人間』というものは皆こうなのか…

それとも…目の前の少年、ロゼ特有のものなのか…

 

わからない…

 

「私を…許してくれる…というのですか…?」

 

 

「許すも何も…お互い様ってヤツだろ?」

 

そういって、バツが悪そうに顔を横にむけ、頭を掻く。

 

 

「わ…っ!」

 

ベルジェはロゼをふわりと抱きしめた。

愛おしくて仕方のないこの少年を抱きしめられずにはいられなかった。

 

 

「ありがとう…ありがとう…ロゼ…本当にありがとう…」

 

 

 

耳元で囁かれ、ロゼは思わず身をよじらせた。

 

「ひゃ…っ…ば…ベルジェ…くすぐったいよっ…ふひひっ」

 

 

 

 

「………」

 

 

その様子を横で完全に蚊帳の外状態のグレンが機嫌悪そうにしかめっ面をして見ている。

 

 

…確かに自分の国にはありえない存在である事は事実だ。

俺達が『狼』ならば自らの本能のまま生きていくのだろうが、俺達は『人間』でもあるのだ。

 

人狼族に欠如しているという

 

『愛』

 

という人間が持つ感情…。

 

『全てを許し、支え合う』

 

そう聞いた。

 

…これがその『愛』なのだろうか…?

 

 

 

 

…それにしても…

 

 

 

「お前らっっ!!!!!!いい加減離れろっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

…そんな様子をさらに窓から見ていたピノの拳が震えていた。

 

 

「…ピノ…顔、恐ぇぞ…」

 

 

横でジョニーら森の動物たちが身を寄せ合い、ガクガクブルブルと震えていた。

 

■ふたりとにひき

 

 

ふしぎなきもち

ただ、たいせつにおもう

りゆうなんてない

ときめくこころ

にちじょうに

ひかりをくれた

きみは……だれ…?

 

 

「……」

 

 

ピノはあれからずっとご機嫌ナナメ。

 

 

自分だけ仲間外れにされたような悔しさ…

 

 

 

そして何より…

だいすきなロゼ兄を…っ!!

 

 

 

「ううううーっ!!ゆるせないですーっ!!むきいぃーっ!!!!」

 

 

ずっとこの調子なもんだから、ジョニーはピノの肩の上で呆れ顔。

 

 

「…オイ、ピノ…いーかげんにしろぃ。何もそんなに目くじら立てて怒るこたぁねえだろ?」

 

 

「だって…!!狼のヤローがロゼ兄にあんなに…!あんなコトやそんなコトまで…っ!!あううっ…!」

 

 

「ぅおっ…オイオイッ!!勘違いするような言い方すんなよ…っ!!ただ抱き着いただけだろうが…」

 

 

「違うですっっ!!ピノはそんなコトで怒ってるんじゃないです!!」

 

 

「あ?じゃあ何でだ?」

 

 

「ピノの魔法…まだ…未熟だから…っ…10分くらいで効果が切れちゃうです…」

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

ジョニーにあっさり肯定されて少しムッとしたがここはぐぐっとガマン…

 

 

「あの銀色の狼ヤロー…ロゼ兄をちょーはつヤローから必死で引きはがしてたです!ロゼ兄の取り合いですよっ!?…なんで魔法の効果が切れてないですかっ!?!?」

 

「ハートの矢の効果か?…切れてない…ってこたあ…」

 

「…あのヤロー…ほんとにロゼ兄に…『めろめろきゅーん☆』になっちゃったのです…っ!!」

 

 

「いやいや…お前さんの魔法が上達したんじゃねえのかい?」

 

ピノの機嫌を取ろうと言ってみるが…

 

 

「そんなワケないですっ!!!!ピノはまだ見習いなのですっ!!あんなに魔法が長続きするなんてありえないです!!」

 

 

「………」

 

あーあ…

自分で言っちゃってるじゃねーか…

ダ~メだこりゃ…

 

 

言葉には出さなかったが、今は何を言ってもムダなようだ…。

全く…ちっこいクセに、どうにもこうにも嫉妬深いヤツだ…。

 

ジョニーは小さくため息をつくと、それ以上何も言わないことにした。

 

 

 

ただ、最後に

 

「ロゼに何事もなくてよかったぜ…」

 

そう小さく呟いた。

 

 

 

一方、ベルジェの家では…

 

 

 

「…何で俺様がこんな所でお前らと食卓囲まなきゃなんねぇんだ…?」

 

 

「おや、グレン王子は別に召し上がらなくてもいいのですよ?下々の料理はお口に合いませんでしょうし…」

 

食事の準備をしながら、ベルジェはにっこりと笑って言うが、メガネの内側の目は全く笑っていない。

 

 

そんな森の人々に恐れられている人喰い狼×2匹に囲まれているのに、えらく上機嫌のロゼがテーブルでニコニコしながら食事を待っている。

 

 

「グレン~!言っただろ?ばーちゃ…じゃなかったベルジェの作ったゴハンはすっげぇ美味いって!!」

 

そう言ってまた大きな目をキラキラさせながらテーブル越しのグレンに顔を近づける。

 

 

「…っ!!」

 

 

…ダメだ…どうもコイツには調子がくるう。

 

自分が自分でなくなるような…不思議な感覚…

 

胸がギュッと締め付けられ、苦しいような…

 

 

 

…………

 

 

あーーーっ!!なんなんだよ!?コイツは!!

 

 

 

「ほ~らあっ!グレン!何恐いカオしてんだよ!?早く食ってみろって!!」

 

ロゼに急かされてしぶしぶ料理を口に運ぶ。

 

 

 

………美味い…。

 

 

 

ロゼがグレンの表情を見てにやりと笑う。

 

「なっ!!美味いだろ?ばー…ベルジェのシチューは世界一なんだぜっ!!」

 

 

「『世界一』って…フフッ…ロゼのために『世界一』愛情を込めて作りましたからね」

 

 

 

……愛…情……。

 

 

 

相当腹が減っていたのか…本当にベルジェが料理上手なのかはわからないが…

確かに、これまで王室専属シェフたちが作ったシチューよりも群を抜いて美味かった。

 

 

グレンとロゼは料理をあっという間にたいらげると、満足感に浸っていた。

 

「あー美味かったあ~!!ごちそうさまでしたっ!!」

 

ぱちんと両手を合わせるとベルジェに向かって、にかっと微笑んだ。

 

 

「ハイ。お粗末様でした」

 

その顔を見たベルジェもロゼに優しく微笑む。

 

 

 

人狼族とはまるで思えないその表情に、グレンは驚きを隠せないでいた。

 

 

こんなにも変わるものなのだろうか…?

ベルジェは

 

『愛情』

 

と言った。

 

 

人狼族に足りない

 

『愛』

 

 

『愛情』が『愛』ならば…コイツは…人狼族であるベルジェは、それを手に入れたというのだろうか…?

 

 

…とにかく、急務なのだ。

 

ウォルフシュミットの存続を賭けた急務…そのために自らここへ来た。

 

グレンは改めて決意を胸にした。

 

 

「…く…苦し…」

 

「あっれ~?グレン、もう食わないのか?じゃあもーらいっ♪」

 

 

ロゼはグレンの皿に乗ったケーキをフォークでぶっ刺すと、ぱくりと一口でたいらげた。

 

 

…どれだけ食うんだ!?コイツ…

 

 

シチューにカレーにグラタン…食後のフルーツにデザートのアップルパイにパウンドケーキ…

 

狼もびっくりの食欲である。

 

 

 

「オレは育ち盛りだからな~!これくらい朝メシ前…って…コレ昼メシか~うははっ」

 

そう言って腹をぽんぽん叩きながら笑う。

 

 

「ふあ~…お腹いっぱいになったら眠くなってきたなー…」

 

「ふふっ…少し横になりますか?」

 

いつものパターンなのか、慣れたやり取りのようにベルジェが寝床を用意し始める。

 

 

…コイツ…完全に俺達が狼って事忘れてないか…?

 

グレンがテーブルに肘をついて片手で頭をかかえる。

狼の威厳もへったくれもありゃしない…。

 

 

無防備に寝やがって…。

 

 

ソファーベッドに寝転がった途端、すやすやと寝息をたてるロゼを眺める。

 

幸せそうに眠るあどけない顔…

 

醜い争いなどとは全く掛け離れた生活をしているんだろうな…

 

 

さっきまでおおはしゃぎして賑やかだった家が一転して静寂に包まれる。

 

 

 

「…うらやましいですか?グレン王子?」

 

急に静寂を破ったベルジェの声にはっとなる。

 

「…べっ…別に俺はコイツの事なんか…っ!!コイツは人間だぞ!?しかも男でガキで…余計な事ばっかしやがって…」

 

 

いつになく饒舌で必死に弁解するグレンを見てベルジェがくすくすと笑う。

 

「なっ…何がおかしい…っ!?」

 

「…そういう事ではなくて…この森の事ですよ。フフッ…」

 

 

「…っ!!」

 

 

慌てて墓穴を掘ってしまった自分を恥じる。

 

 

 

「平和でしょう?…ウォルフシュミットでは考えられないほどに…」

 

 

国を治める王族への皮肉とも捕らえられるセリフにグレンはムッとするが、間違ってはいない。

 

 

「…ああ」

 

 

ぶっきらぼうに返事をする。

 

 

「この森へ来て、ロゼに出会い、私は変わる事ができました。本当にロゼには感謝してもしきれない…。今はロゼが私の一番の大切な人なんです。」

 

 

まただ…ロゼの事を話すベルジェの表情は常に穏やかだ。

 

 

その表情に思わずグレンの口が開いた。

 

 

「…ベルジェ…それは…」

 

 

 

――『愛』なのか…?

 

 

 

そう尋ねようとして何故か戸惑い、口をつぐむ。

 

 

 

 

「…どうしました?グレン王子」

 

 

 

「…いや…何でもない…」

 

 

 

聞きたくなかった…

 

いや、聞くのが怖いのか…?

 

聞いたとして、ベルジェはどう答えるのだろうか…。

 

 

そして、その答えに対して自分はどう感じるのか…?

 

 

 

手を伸ばした指先でさえ見えない濃い霧の中に独り立たされた気分だった。

 

―――2巻に続く。

 

 


 
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