No.150465

【楽書】なのは - FLY ME TO THE NIGHT

なのはさんを巡る三角関係「Shooting Star Strike」に連なるお話し。StSで語られた「あの事件」の後に繋がる時系列です。なのはさんは一切出てきません。はやて×フェイトです。あしからず。

2010-06-14 00:36:23 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1218   閲覧ユーザー数:1177

「ア……」

「ア……」

 たまたま入ったお手洗いにフェイトの姿を見つけ、はやては思わず声を上げた。

 顔を合わせた事に驚いているのではない。病室に近いこの場所であれば出会う確率は高いだろう。たまたま入れ違いにお見舞いに来ていたとしても。

 はやてが声を上げた理由は、洗面台の鏡に映っているフェイトの表情を見てしまったから。ルビーのような紅い瞳を更に紅く腫らし、涙を流している彼女を見てしまったから。

 二人きりの気まずい沈黙。蛇口から流れ続ける水音が気持ちを落ち着かせてくれない。

 奥の窓から差し込む陽射しは、柔らかく清潔なタイルの白をこんなにも際立たせているというのに。

 こんなにも安らかな雰囲気を提供してくれているというのに。

「……フェ」

「お願い。はやて。……この事は」

 居たたまれず漏れ出たはやてのセリフを、機先を制したフェイトの声が遮る。声は半分、洗面台の水音に掻き消されている。フェイトははやてでも、鏡の中の自分でもなく、その蛇口を見つめていた。

「私は笑っていなくちゃいけないんだ……。もしあの部屋で泣いてしまったら、前よりももっと悲しませてしまうから。もっと無理をさせてしまうかもしれないから」

 独り言のように、流れる水へ向かって言葉を紡ぐフェイト。

 彼女を心配し頻繁にお見舞いへ訪れるフェイトだったが、出来るならあの病室に長く居たくはなかった。

 集中治療室を出たからと言って彼女の傷はまだ深い。起き上がる事さえ困難なのに、フェイトが訪れる度に苦痛を笑顔の下へ押し殺して迎えてくれる。

 彼女は気付かれていないと思っているのだろうか。時折、笑顔の口元が引きつっている事を。零れる溜め息が深い事を。

「…………だから、心配させちゃいけないから――――」

 フェイトは蛇口を見つめ続け、突っ張ったままの腕を強く握る。肩が震え出さないように。

 けれどなぜだろう。一番見せたくない物が止めどなく頬を伝っている。彼女ともう一人、決して見られたくないと思っていた女性(ひと)がすぐそこに居るというのに。

「…………はぁーーーー、まったく」

 はやては大きくため息をつき、多少オーバーとも思えるリアクションを添えて、頭を左右に振った。

「フェイトちゃんはなぁ、気ぃ遣いすぎなんよ」

 そう言って鏡越しにフェイトの瞳を真っ直ぐ見つめる。フェイトはすぐに瞳を逸らしてしまったが、はやては構わず続けた。

「それはなぁ、心配とちゃうで。フェイトちゃん」

 はやては一歩、一歩、踏み出す足に思いを載せ、慎重に歩を進める。フェイトがどれほどデリケートかは既に良く心得ている。

 出会ってから二年。家族同様に一緒に過ごす時間が多かった彼女の、人となりを知るには十分な期間が費やされている。

「恐い、だけなんよ。フェイトちゃんは。心配されることが。…………ううん、泣かれることが」

 まるで姉のように。そして母のように、優しく厳しく諭すよう語りかけながら、はやてはフェイトのすぐ後ろに立った。

 ふと、鏡に映った自分たちの姿が目に飛び込み、はやては苦笑する。いつもなら目線を上げて話さなければならないフェイトが、今は自分よりも小さくなっている。項垂れているのだから当然と言えば当然なのだけど、三人の中で一番背の高く頼れる存在であるはずの彼女を、一番背の低い自分が励ましていると言う光景は、ややもすると「小さい姉がちょっと無理をして大きい妹を叱っている」ように見えなくもない。クラスの男子とも見劣りしないほど背の高い彼女が、こんなに小さく、弱々しく、保護欲をかき立てられる姿を見せてくれることに、はやてはどこか優越感を覚えた。それが何に対するものなのかは分からないけれど――。

(こういう姿、男子なんかイチコロなんやろうなぁ…………って、あかん! 何考えてんねん!)

 頭の中を過ぎった場違いな思考を振り払い、心の中で詫びるはやて。つい冗談や笑いへ思考が向かってしまうのは自分の悪いクセだと反省する。今は場を和ませるような話題は必要ない。

「――――フェイトちゃん」

 はやては自分の右手を、そっと彼女の右手へ重ねた。

 不器用に握られ、震えている右手へ。

「それは友達思いとちゃうで。フェイトちゃん。単なる臆病者と一緒や……」

 ――それは私もなんやけどなぁ。というツッコミを心の中で自分に入れつつ、はやてはフェイトの左手にも優しく自らの手を重ねた。

 強く握られた彼女の拳を解きほぐすよう、優しく。優しく――。

 ちょうどはやて自身がコートか毛布の代わりを務めるよう、背後から柔らかくフェイトの身体に重なる。わずかな体重だけを預け温もりを伝える。

「心配することは悪い事やない。でもな。いっつも心配ばっかして、気ぃ遣って、相手のご機嫌ばかり伺ってると、いつかどっちも疲れて壊れてまうよ。関係が…………」

 一瞬、フェイトの目尻が動き、肩の震えが止まったことをはやては見逃さない。

「フェイトちゃんは偉い。いつも一生懸命や。けどな、自分が強くあろうと頑張るのは、時に相手にも強くあって欲しいと、無理強いしてしまう事もあるんやで?」

 冷静に今の状況を分析し、フェイトが無意識に彼女へ行っているであろう無言のプレッシャーを指摘する。

 ――語っている言葉と裏腹な心臓の高まりを抑えながら。

(二人とも不器用やからなぁ……。一途なのはええけど、頑固すぎるんはちょぉ考えものやし)

 自分も十分に不器用であることを棚に上げて、はやては甘えるようフェイトの後頭部へ、自分の頭を擦りつける。彼女の疲弊した心を少しでも癒してあげられればと、優しく、優しく。自分の髪でフェイトの髪を撫でるように。

 金色と鳶色が混ざり合い、溶け合い、煌めくだけだった金色は柔らかく霞む。穏やかな輝きを得る。

 しばしの間、はやてはそうしてフェイトの髪の柔らかさと心地良い薫りを堪能した。

 そして――。

「…………は、やて――――」

 ともすれば蛇口から流れていく水音に掻き消されそうなくらい小さな声で、フェイトは背中に抱きついている優しい温もりの名を呼ぶ。

 ――「なまえ」を呼ぶ。

「はやて……」

 蛇口を捻って静寂を呼び寄せ、フェイトはゆっくりと後ろへ身体を捻る。後ろを向く。はやてもその動きに合わせて半歩、後退した。

「…………」

「…………」

 はやては無言でフェイトを見つめる。真っ直ぐ、少しだけ視線を上げて。

 フェイトは目の前の親友の視線に応えようと、止まらない涙を必至に拭う。

 だが落ち着いていた頭とは裏腹に、昂ぶってしまった感情が収まってくれない。涙が止まらない。

「…………アレ? ヘン、だな……」

 フェイトは無理矢理自分を納得させようと、はやての言葉を頭の中で整理する。

 確かにはやての言っていることも一理あった。もしかすると自分が病室に居る間の彼女も、自分と同じように「去勢」を張っていたのかも知れない。必要以上に。そこは理解出来ていたはずなのに。自分は笑顔を装い続けた。強い自分を装い続けた。――彼女に無理を強い続けた。だから。

 次に病室を訪れる時は、もう少し素直な「弱い」自分を見せられるよう努力しようと納得出来たのに。

 涙は止まらない。心はまだ――。

 身体はまだ、納得出来ていないのだろうか。心配してくれたはやてに応えるための、笑顔が作れない。

「…………はぁーーーー」

 はやては最初と同じように大きくため息をつく。

「無理せんでええよ、フェイトちゃん。今は…… 二人きりや。そない泣き笑い顔やめて。な?」

 そう優しく諭すと、ちょっとだけ背伸びをしてフェイトの頭を両手で抱え、そっと自分の胸へ押しつけた。

「何でも聞いたるから。今は、思いっきし泣いてスッキリしよ?」

 両腕に力が込められ、フェイトの肺一杯にはやての匂いが入り込んでくる。

 はやてが気を遣ったのであろう。二人の周囲にはいつの間にか、結界が張られていた。多分、音を外へ漏らさないための…………。

「――――っ!!」

 もう、強さは要らなかった。

 フェイトは、はやてが差し伸べてくれた優しさに素直に甘えた。頭ではなく心の、身体の感じるままに涙を流した。

 頑張っている彼女を励ますことしか出来ない自分を憂えて。それを無理強いしていた自分を責めて。こんな自分に優しさをくれるはやてに感謝して。

 フェイトの涙は、あの病室に残してきたいくつもの亀裂を塞ぎ、はやてとの間には新しい絆をもたらしていた。

(ほんま、不器用やなぁ。みんな…………)

 本当は一緒に泣いてしまいたい気持ちをグッとこらえ、はやてはフェイトの頭を撫でている。

 彼女が流したい涙はフェイトのように、誰かを思っての事でも、自責の念からでもない。ただ純粋な悔しさから来る涙――。

 もしここで自分が泣いてしまったら、今度は自分がフェイトを追い込んでしまうことを分かっているから。もしかするとフェイトに気付かれてしまうかも知れないから。

 だから自分は絶対に泣かない。泣けない。彼女の前では。

(もし、私が泣く時が来たら…………)

 はやてはそうならない事を願い、胸に抱いたフェイトの頭を何度も何度も撫でていた。

 

 それから――。

 十数分間、フェイトは納得の行くまで泣き続け、はやてはひたすらその頭を撫で続けてやった。

 泣き止んだフェイトの顔は、目が腫れぼったくメイクもボロボロになっていたが、スッキリとしていた。

 そんな顔で言われた「ありがとう」を、はやては一生忘れないだろう。フェイトらしい恥じらいを含んだあの微笑みを。

 それがいずれ三人の関係に亀裂を生む事になろうとも。


 
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