「「「バストアッパー?」」」
とある土曜日のとある喫茶店。
その一角で話をしていた少女たちから同時に声が上がった。
「バストって、このバスト?」
「はい…ひゃっ!?」
話を持ち出した初春飾利(ういはるかざり)の胸にさり気なくペタペタと手を当てているのは佐天涙子(さてんるいこ)。
「んー良きかな良きかな。この慎ましやかさが初春って感じ」
「佐天さん~っ! 突然人の胸を触らないで下さいっ」
「ごめんごめん、次は一言断ってから触るね」
「触るという選択肢をなしにしてくださいーっ」
顔を真っ赤にして佐天の頭を初春がポカポカと叩く。
「全然興味はないけど、バストアッパーってことはつまりバストサイズをアップできるってこと?」
全然興味無さそうにしてクリームソーダのストローに口をつけているのは学園都市屈指のレベル5の超能力者である御坂美琴だ。
近頃ではドラゴンもまたいで通るとか、とある男を抹殺するために暗躍してるとか、あらぬ噂さえ立てられている。
そんな美琴だが興味なしと言っている割にはキラキラと輝きを増していた。
「そのバストアッパーを使った人はなんとAカップからDカップのまさかの3ランクアップだそうです!」
「まゆつばですわね。それは都市伝説のお話でしょう?」
胡散臭そうにしているのは学園都市を守る風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子。
「それに胸は大きければいいってもんじゃありませんわ。例えばお姉様のこの麗しのお乳のように主張の弱いゲフンッ!?」
指をワキワキと動かし美琴の胸に迫り来る百合少女黒子の顔面に美琴の肘がヒットしていた。
「で、全然興味はないんだけど、その都市伝説のバストアッパーがどうかしたの?」
「それがですね…」
初春が声を潜める。
「実はどうやら実在するようなんですよ」
「え、それホント!?」
「ひゃっ!? 御坂先輩、声が大きいですっ」
「ご、ごめん」
後輩の言葉に少し顔を赤くして身をすくめる。
「――この学園都市で暴れまわっていたレディースの『Aカッパーズ』はご存知ですか?」
「Aカッパーズ?」
突然飛んだ話と、聞いたことのない言葉に美琴が首を捻る。
「いましたわね、そんな奴ら」
「黒子、なんなのそいつら?」
「学園都市最大の女暴走族集団ですの。その規模は500人とも1000人とも言われてますわ。構成員は全員小振りな胸で、それ以上の胸の女性に敵意を抱きテロ行為を繰り返していたんですわ」
「あ、それ聞いたことある」
ケーキをパクついていた佐天が顔を上げる。
「確か、女子寮に干しているCカップ以上のブラジャーは例外なく盗まれて、代わりに『天誅』とか『巨乳氏ね』とかいう紙がぶら下げられてるんだっけ?」
「そうですの。その被害総額は4000万円を下らないですわ。ですけど」
黒子が言葉を切る。
「総長が代わった去年からはパッタリとその悪行三昧が止まりましたの」
「へぇ…全然興味はないけど、そいつらがバストアッパーと何か関係があるの?」
「はい。バストアッパーのことを調べていたら、ちょうどその噂が広まった時期とAカッパーズが悪さをやめた時期が一致したんですよ」
「さらに調べを進めたら、なんとっ」
初春が興奮気味にみんなの顔を見渡す。
「どうやらそのAカッパーズがバストアッパーの鍵、もしくは実物を握っているらしいんですっ!」
「「……ふーん……」」
初春のテンションと天地の差がある佐天と黒子の冷めた反応。
「ぬっふぇ!? なんですかその冷めた反応はっ!? その人たちのところを調べれば胸が大きくなるかもしれないんですよっ! 女の子なら大きな胸に憧れませんかっ!?」
「いいよいいよ胸なんて。大体大きけりゃ肩こるし、運動しづらいし。あたしは現状で満足だなあ」
佐天が全く興味なさそうに後頭部に組んだ手を当て背を反らせる。
「わたくしも結構ですわ」
「初春、そうやって情報を流せばわたくしたちが動いて、あなたが労せずともバストアッパーが手に入ると思っていたんでしょう?」
黒子の言葉に初春がギクッ!と反応した。
「それにわたくしたちはまだまだ成長途中。焦らずともすぐに成長しますわ」
「ううぅ…そうですよね。わかりました…。さすがに胸のために一人でそんな集団に飛び込む勇気もないし…諦めます」
しょんぼりと肩を落としてモンブランをリスのようについばむ初春。
だが。
その向かいに座り俯いている美琴の顔はチャンスと言わんばかりに口で三日月を作っていた。
「ここね」
学園都市の外れにある、広さにして東京ドーム1つ分はあるかという大きな大きな日本邸宅の前に美琴は立っていた。
その佇まいは暴走族の根城、というよりはヤクザの邸宅だ。
「……目立つってもんじゃないわね……」
どうやら今現在は風紀委員(ジャッジメント)の目に留まるような表立った悪さはしていないようだが、この金回りを見る限り影で悪さをしているのは一目瞭然だった。
「ここで…Aカップの私の胸も…フフフフ…」
Dカップ…! 夢にまでDカップが……!!と押さえきれない思いが興奮気味に美琴の口から漏れたりしている。
美琴が屋敷の前まで来たときだ。
「待ちなぁ、嬢ちゃん」
「ここがどこだかわかってんのか、アァ!?」
大きな門から二人の女が現れた。
一人は×マークなんかが書かれたマスクをして、木刀を自分の肩に当てている。
もう一人はソバージュでまゆげなし。ヨーヨーなんかを持っている。
まるでその昔のヤンキーマンガから飛び出してきたんじゃないかと思える井出達だ。
ただし、二人ともDカップ級の巨乳。
「私、バストアッパーの話を聞いてここに着たんですけど…情報だけでも教えて欲しいなぁ、なんて」
首を少し傾け上目遣いで相手を見つめ、交渉体勢に入った美琴であったが。
「ハ? バストアッパーだ? オメェみてぇな乳くせぇガキに総長のキチョーな能力なんてつかうかっての、バーカ」
「こちとらそれが商売道具なんだよッ! 金よ金! 中坊が払える額じゃないくらいのさァ! ガキはガキらしくそのまま貧乳でつるぺったんしてんだなァ、ギャハハハハハッ」
笑うたびにゆっさゆっさと揺れる胸。
ビギッビギッ!!と美琴のこめかみに浮かぶ血管から音。
「……あ、そう。交渉は決裂ってことね……」
「交渉だァ? ぺちゃパイはさっさとウチに帰って洗濯でもしてな。その胸板で。ギャハハハハハッ」
美琴の前髪からバチバチッ!!と火花が散る。
「遺言はそれでいい…………?」
美琴を中心にプラズマが走る!
「ギャは、は……は……ハァッ!? その電撃…まさか!? お、お、おまえ、まさかレベル5の……」
「目の前でその鬱陶しいもんをユッサユッサさせんなぁぁぁぁーーーっ!!」
――行間――
ドゴォォォォォォォンッッ!!
近距離でタンクローリーが爆発を起こしたような爆音と共に、総長がいる畳の大部屋が上下に震動し、高価なツボや掛け軸が落ちた。
「んだぁ!?」
無論、女総長が手にしていたお猪口からも酒が飛び散る。
「なにが起こった!? 警備(アンチスキル)か!?」
今の振動で酔いまでが吹き飛んでしまった。
着崩していた浴衣を締め立ち上がる総長。その間も続けざまに爆音と怒声と悲鳴が混じる。
「てめぇら、報告だ!! 報告しろ」
『…ザザ…総長、大変でございますっ!! 屋敷がッ!! 屋敷が襲撃されています!!』
すぐに備え付けのスピーカーから部下の上ずった声が響く。
「どこの組の奴らだ!? 人数は!?」
『所属はわかりませんっ! 人数は、その、1人ですっ!! たった1人で攻め込んできていますッ!!』
「1人だァ!? そんなのさっさと始末しろや!」
総長が溜息をつきながら再び座ろうとした。が。
『…ザザザ……こちら特攻隊2班ッ!! 奴を、と、とめられませんッ!! 撃て、撃て撃て撃てぇぇぇーッ! 来るな、来るな、く…ぎゃあぁあああああ…ガガガガガガガ……』
『…ザザザ…こちら特攻隊3班ッ3班ッ! うち以外全員行動不能ッ! 退避を、退避をさせてくださいっ、ひ、ひぃぃぃぃっ』
『来るぞ、正面だッ!! 撃て、撃てぇぇぇーーーッ!! ひ、ひあ、きゃぁぁぁぁぁッ…ガガッザザザザッ』
スピーカーから流れる阿鼻叫喚を聞き、総長の顔色がどんどんと青ざめてゆく。
「な……に? 何が起こっている…!? この邸宅には200人以上いるんだぞ…それをたった一人をだと…!?」
続けざまにオペレーターの半泣きの金きり声。
『…ザザ…特攻隊1班、2班全滅!! 3班半壊!! 止められませんっ!!』
「なんてこった!!」
総長がテーブルに拳を叩き付けた。
「なっ、なんとしてでも止めろォ!! 相手はたった一人だろ!? 武装特攻隊を突っ込ませろ!! ランチャーでも手榴弾でも使ってそいつを止めろ!!」
『武装特攻隊フル装備で全班出動! 繰り返す――』
『『『イエッサー!!』』』
その頼もしい返事に総長は事態の収束を確信していた。
同時に重い塊にも似た溜息も漏れる。
『――武装特攻隊1班、ターゲットを確認。総長、命令を』
総長の顔がニヤリと歪んだ。
「散々コケにしくさりやがって…ご挨拶にロケットランチャーでも叩き込んでやんな!!」
『イエッサー。装填完了』
「十分に引き付けてから撃ちなよ! 木っ端微塵になるようにさぁ!」
『ロケットランチャー発射!……ザザザッザザザッ……』
不自然に途切れる無線。
「ど、どうした!? オイ!?」
『ロ……ロケットランチャー融解ッッ!! ミ、ミサイルごと消し飛ばしやがったあああッ!! や、奴は、バ、バケモンだッ!』
『弾切れだッ! 弾を、弾をくれぇっ! 弾を…うあああぁぁぁっ……ガガッ…』
『…ザザ…、そ、総長っ!! そっ、総員の7割が行動不能ッ! かっ、壊滅ですッ!!』
「な…ッ…なにぃ!?」
ガチガチと奥歯が鳴る。
「か……囲めっ!! 残り全班で囲んで一斉掃射だッ!! たった一人だろうがァ!? 早く、早くぶち殺せッ!!」
『や、奴の体が光りだしたぞッ!? それが膨らんで…膨らんで…うわ、うあ…うあああああああああぁぁぁっっっ!?』
――ドゴォォォォォォォォンッ!!
大爆音と共に、総長がいる大部屋の襖が紙切れのように吹き飛んだ。
同時にアフロヘアになり煙を上げ気絶したDカップ級の構成員が総長の前へと転がってきた。
――行間終わり――
「あんたがここの総長ね」
美琴の目線の先には、顔を青くした女総長が腰を抜かしていた。
立ち上がり逃げようとするが、生まれたての子鹿のように足が震えて立てないようだ。
その総長がやっとの思いで口を開いた。
「あ、あ、あたいらを潰しに来るなんて、アンタ、どこの組!? それともアンチスキル!?」
「悪いけど、どっちもハズレ」
「じゃあ何!? アンタの目的は!? この組織の乗っ取り!? それとも金!? 金ならやる! くれてやるからさっさと帰ってくれ!!」
「いらないわよ、こんな組織もお金も」
美琴はつまらなそうに髪を払った。
「私の目的は……」
少し顔を赤くして俯く美琴であったが、すぐに総長を真っ直ぐに見つめた。
「バ、バストアッパーよ!」
「え…?」
腰を抜かしている総長がキョトンとする。
「門にいた奴に聞いたけど、あんたの能力なんでしょ?」
「……この能力が欲しいだけであたいの組織を全滅させたってワケ…?」
「まぁ、その気はなかったんだけど成り行き上そうなっちゃったわね」
「……」
それを聞いた途端に総長の顔が険しくなった。
その目はビジネスウーマンの目だ。
「……あたいはこの能力を商売にしてこいつ等を養っている。組織を壊滅させられたからっていって無償でアンタにやった日には信用失って商売上がったりだよ。部下に示しもつかねぇ!! 例え死んでもビタ一文まける気はないね!!」
絶対に引く気はないというビジネス戦士の目だ。
「わかったわよ。いくら?」
「……」
ニヤッと口元を歪める総長。
「9800円!」
「買った!!」
即売だった。
上条当麻(かみじょうとうま)は上機嫌だ。
「ずんちゃずんちゃずんちゃずんちゃ♪」
日替わり特価88円という破格の牛乳と168円の激安コーンフレークを袋にぶら提げ、鼻歌なんて歌いながら家路へ着く。
「まさか夕方までこの破格の牛乳とコーンフレークが残っているとは。夕焼けも綺麗だし世界も何もかも素敵に映りますなぁ。ああ神様、ありがとう!」
普段は感謝すらしない神様に感謝をしながら河川敷に通りかかったときだ。
「あ」
「げ!!」
前方に見知った顔がいた。
上条の瞬間的な幸福感を一瞬でなぎ払うであろう、電撃ビリビリ中学生の姿だ。
「ふふーん」
だがいつもと様子が違う。
いつもなら見かけるなりに電撃の槍を飛ばしてくるが、今日はなぜか胸の下で腕を組んだりなんかして、ちょっとお姉さんポーズなんかを決めている。
しかもその顔は妙に自慢げだ。
「なにしてんだよ、お前」
「別に。なんか気づくことないかなーって」
「気づくことねえ…」
美琴はしきりに上条とは垂直に、つまり上条に横のシルエットを見せ付けている。
そしてAからDへとバスト変化し、服までも苦しくなった胸を腕でさり気なく強調している。
「ん、そういやなんか服がきつそうに見えるな……ん?」
「うんうんっ」
なんかおかしいと首を傾げる上条にキラキラーっとした目が向けられる。
「お前……」
「うんうんっ」
「……太った?」
「どこに目をつけてんだゴラァーーーッ!!」
ドゴォン!!と美琴の鋭いケリが上条の腹に炸裂して上条が体をクの字に折り曲げ吹っ飛んだ!
「はぁ、はぁ、はぁ…」
怒り心頭で肩で息をしている美琴。
「グハッ、ま、待て、待ってください美琴さんっ! 俺、いったい今なんで蹴られたの!? 説明プリーズ!」
「人がこれを手に入れるためにどんだけ苦労したと思ってんの!? 組織一つ壊滅させてきたのよ!! 気づけっ!!」
「全然説明になってねぇよっ!? ……たく、今日は土曜で見たいテレビもあるから帰るな」
「え、ちょっと!? 待ちなさいよ!」
とっさに美琴が横を通り過ぎようとしている上条の右手を掴んだ。
どんな能力でも打ち消す『幻想殺し』と呼ばれているその右手を。
――ぽんっ! ぷしゅ~……――
「……」
「……」
美琴の胸が、凹んだ。
「……」
「……」
あんぐりと口を広げていた上条がやっとの思いで声を絞り出した。
「おまえ……今……胸がなくなったぞ……?」
「んなときだけ気づくなやゴラァァァーーーッ!!!」
ドグオォォォーーンッ!!と美琴の全運動神経を総動員した激烈な蹴りが上条に炸裂していた!
水平に吹き飛ぶ上条。
その目に映るのは玉砕したコーンフレークとキラキラと舞い散る牛乳だ。
「……ふ、不幸だ……」
上条の体はそのまま川へと吸い込まれていった…。
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とある科学の超電磁砲のSSです。
ある日『バストアッパー』なる存在を聞いた美琴は……。
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