『ねーね、かずくん』
幼い頃の記憶、幼馴染でいつも向日葵のような笑顔を浮かべていた彼女だったが、このときばかりは浮かない顔だった。
『どうしたの、ももちゃん』
だから【僕】もなにかあったのか、と思い、いつも以上にまじめに切り出した。
『おかーさんからきいたんだけどね・・・』
彼女はとても言いにくそうに何度も言いよどみながらこう言った。
『かずくん、ちかいうちにどこか、いっちゃうの?』
「―――夢、か」
ふと、目が覚める。 ここは自分の部屋だ。
・・・ああ、爺さんの練習で疲れてそのまま寝たんだったな。
ぼんやりと今の状況を確認しながら思い出に浸っていた。
―――いつかの記憶。ソレは俺自身は知らない。
気づけば俺はここの一家になっていた。
そこは北郷家といった。
北郷氏は薩摩国の大名、島津氏の有力分家らしく、南北朝時代の島津宗家4代当主島津忠宗の子、資忠より始まったらしい。
俺はこの北郷家に養子として迎えられた。 なんでも俺がまだ幼い頃に裏山に捨てられていたとか。
北郷家には一人の子供がいた。が女の子であったが故に北郷家の頭首として認められなかったそうだ。
・・・まぁその女の子の両親も女の子自身も、頭首の座にはつきたくなかったそうだ。
そこでたまたま散歩がてらに裏山を歩いていた当時の北郷家頭首が俺を見つけ、養子にして北郷家の頭首にした、ってわけだ。
俺自身、そのとき何があったかは思い出せないが、けっして楽な道のりではなかった。
頭首になる以上、武家の御家としては剣術に優れて無くてはいけない、というのだ。
そこで北郷家頭首の師匠でもあった爺さんが候補に上がった。
爺さんも北郷家の一人で剣術の達人だ。
俺はその人に剣術を習い、やがて北郷家頭首になった・・・・。
本当は周りの人間も反対するのかと思ったが、頭首になることの重さ故に誰も反論出来なかったとかで・・・。
案外、俺が北郷家現頭首でいられるのもその為なのかも知れない。
・・・爺さん曰く、若造は筋が良いからそろそろじゃろ。と言われたが・・・なんのことやら。
―――そうそう、余談だが。
北郷家は代々「護り」を主に戦ってきたらしい。
攻めの手ではなく。守ることで相手の隙を伺い、一気にその命を絶つ、というスタイルだ。
抜刀術がいい例だろう。
抜刀術は本来、一合、二合で極め、その次の合で敵を打つ戦術だ。
相手が出たところを迎え撃ち、相手の癖などを見破り討ち取る・・・。
よほどの慧眼の持ち主で無い限りは到底できる業ではない。
あとは上・中・下段、それぞれの構えの中では下段か。
刀を腰から下に下げ、刀を寝かせることでいろいろな迎撃に向いているスタイルだろう。
上段からの振り下ろしや突きなどは刀を切り上げれば簡単に交わすことが出来る。
上段はもともと攻撃スタイル。振り下ろすことで本来の力に加えて体重もかけられるので攻撃としては向いているが、防御には向かない。
中段の構えはオールマイティなスタイル。
攻守両方とも対応は出来るが、優れてもいない。
・・・まぁそんな感じで古くから北郷家は尊守の戦いをして、数多の戦を活躍したんだとか。
曰く、攻め込まれそうになった村を一人で救った。
曰く、孤立した将を一人で助けた。
など様々だ。
共通するのは『一人』で様々な窮地を救ったという武勇伝。
正直怪しい。時々爺さんが自慢げに話してくれるのだが、どうにも信用できない。
おそらくその時は武士がまだ、存在していた時代だ。
数が暴力の時代でもある。
だから一人で大勢の相手をできるとはにわかに信じがたいこと。
・・・っと。
「・・・時間だな」
思考に浸りすぎたのかもしれない。気づけば時計の針は既に約束の時間に指しかかろうとしていた。
約束・・・といってもすこしオーバーかな。 日課・・・というべきだろう。
ベッドから起き上がり自分の机に置いてある、中くらいの鏡を見る。
その鏡は、周りが青銅で装飾されていて少し風化して形が歪になっているが、その青銅は竜の形をかたどっていた。
この鏡は俺が唯一の私物とも言えるべきものだろう。
この部屋はもともとは本郷家に従えてた人の客室でもある。
旧・頭首が俺を養子に迎えた際にたまたまここの部屋が空いていたのでこの部屋に宛がわれたのだ。
――まぁ私物っていっても変か。
俺が拾われたときに着ていた服もかなり珍妙だと聞く。
なんでも昔の人間が貧乏な服を着ていた様な格好だったそうで。
他に先ほど言った青銅で装飾された鏡と、この、羽の形をした髪留め―――
そっ腕につけていた髪留めに触れる。
そうすると心の奥底からじんわりと温かくなるような安心感と、少しの切なさ・・・・・。
何故かは知らないが昔からこれを外したことは一回もない。
外すと、何かが壊れて、切れてしまいそうで・・・・嫌だったからか。
それ故に俺はこれを幼い時から着けているので少しぼろぼろだ。
周りの人からは買い替えろだの云々いわれるが、それらは無視している。
―――コレの代わりなんて、絶対に、ない。
コレは俺の大事な記憶の源。コレを断つのは・・・・。
「・・・・っ」
いつもの軽い頭痛が起きた、少し、考えすぎたらしい。
すこしかぶり振ると頭痛は消えた。
こういった昔の事を思い出そうとすると頭痛が酷くなり思考は途切れ、思い出せなくなってしまう。
「・・・ふう」
そろそろやらないと時間が危ない。
自分の机によりその鏡の前で手を合わせる。
――いつか、思い出せますように――
そんな願いを込めて俺は鏡に祈る。
普通こういうのは仏様とか神様の前で祈るようなものなのだが、俺はこの鏡が願いが叶うと信じている。
いつか、あの夢の子に出会えるまでは、俺は願い続ける。
「・・・・・・・・・よし」
祈りを終え、時計を見るとそろそろ登校時間だ。
急いで準備をし、学校に向かう。
朝食は摂っていないが・・・まぁいいか。
「いってきまーす」
大きな屋敷に俺の声が静かに響く。爺さんはもう出かけたのだろうか・・・・。
家族構成は俺、爺さん、妹、叔父さん、叔母さんの四人構成。
旧・北郷家党首は幼い頃に父母を亡くしており、結婚もしていなかっいた。
そもそも旧・北郷家党首が今いないのは彼が病院にいるからだ。
なんでも武者修行の時に交通事故に会い、死にはしなかったものの、植物人間の状態に成ってしまったとかで・・・。
彼の弟である叔父さんはやむ得なく党首として受け継いだのだが叔父さんには武術としての才能が皆無だった。
そこで爺さんは孫である妹に目をつけたのだが・・・。
確かに妹は生まれつきそういった才能はあり、教わったことはみるみるうちに吸収していった。
しかし・・・妹は病弱だったが故に党首の席を辞退した。
これに困った爺さんは頭を抱えながら裏山を散歩していたら、俺を見つけた、とのこと。
その当時の俺はまだ幼く、そこの辺りはよく覚えていないのだが、気づけば俺が現・北郷家党首になったいたのである。
「はぁ」
しかし、考えるだけでも妙な話である。
そもそも俺は部外者だ、なのになぜそう簡単に党首の座を渡すことができるのか。
例え代わりがいなくとも、少なくとも血縁関係も何もない者を党首にさせるという考えがおかしい。
せいぜい仮の姿でも妹を党首にすればいいのに・・・爺さんの考えが分からない。
「まぁ・・・爺さんの偏屈は今に始まったことじゃないか・・・」
天を仰ぎ、ため息を吐く。眩しく光る太陽がじりじりと皮膚を炙り、薄っすらと汗がにじみ出る。
――夏、か――
家を出て再びため息。アスファルトの暑さの所為なのか、見るとゆらゆらと陽炎が揺れていた。
少し、学校へ行く気が萎える。が、これも学生の本業というもの。しっかりとこなさねば。
暑さで萎んでいくやる気をどうにか取り戻した俺はじりじりと炎天下のなかを歩きだした。
「あー・・・・西瓜くいてぇー・・・・・」
ここは聖フランチェスカ高校。俺が通う学校だ。
元々はお嬢様学校だったのだが、俺達の前の学校、鷹宮学園が少子化の影響を受け、廃校。
聖フランチェスカ高校に吸収され、ここに編入・・・?した、というわけである。
施設は協会や食事をする黎明館など・・・様々。
・・・まぁ俺は基本的に自炊派なので黎明館を利用することは殆ど無い。
「おーかずっちー!」
やけに馴れ馴れしく呼ぶやつは一人しか知らない。
無視を決め込んで門を潜る。
「ちょ、まちーやそこぉ!!」
がしっ、と肩を掴まれる。
「せっかく人が挨拶しとんのに無視とはええ性格やっちゃなー」
このエセ関西語を話すおかしな男の名を及川という。
「おかしな男いうなー!!」
「ひとのモノローグに突っ込みをいれるな・・・」
「細かいことは気にせん方向でいこーや」
ぽんぽんと馴れ馴れしく肩を叩かれる。
コイツとはここまで親しくなかったんだがな・・・。
「で、ここまで来て何か用か?」
コイツは確かココの寮に住んでいた筈。校門と男子寮はそれぞれ対象位置にあったんだが・・・。
「いやな、あきちゃんが辛気臭い顔で先にいってもうたから、かずっちと登校しようかとおもてな?」
あきちゃん・・・?コイツの彼女だろうか?
「まー一人で行くのもなんだから―――って無視かいぃ!!」
背後でぎゃーぎゃー喚く及川を通り過ぎ、一人学校へと向かう。
――途中、及川が追いつき、一人で漫才を始めていたのを俺は適当に相槌を打ってやった。
「うー・・・・・ん」
ここはとある街の庭。栗色の髪を風に委ねて一人の少女が天を仰いだ。
「いい天気・・・・」
ぐっ・・・と政で疲れた身体を伸ばすとこりこりと肩がなった。
「あう・・・ちょっとつめすぎちゃったかなぁ・・・・」
この年齢で肩が凝るのはおばさんくさいかな?と苦笑いする少女。
「桃香さまーーーーー!」
「あ、朱里ちゃん」
桃香と呼ばれた少女はこちらにかけてくるボブヘヤーの女の子を見た。
(あ・・・)
思ったときは既に遅し、朱里と呼ばれた少女は「はうぅ!」と可愛らしい悲鳴を上げてコケた。
「だいじょうぶ?」
「は、はいぃ~・・・」
鼻をさすりながら立ち上がった朱里は慌てながら主君である桃香にこう告げた。
「〝次の満月の時、空より天の御使い現れ、乱世を治めるだろう・・・〟
占い師の管輅さんがそう仰っていました!」
「管輅さんが?」
桃香の問いに朱里は深く頷く。
月も出ていない空には、太陽が自分達を照らしていた。
「如何なさいますか?」
そう問われて桃香は少し考えた後。
「管輅さんの事を信じてみよう。あとで皆を集めて軍議をひらくよ」
桃香はそう言って朱里に微笑むのであった。
「あー・・・・・うー・・・・・」
まだふらふらする。
「ほれ、さっさと起きんか」
俺の頭上で少々しわがれた男性の声がする。
聞かずもがな、この声は爺さんの声だ。
「無茶言うなよ・・・」
「何をいう!北郷家頭首である以上、コレぐらいは当然じゃ!!」
そういってくいっと側にあった紐を引っ張る。
「ぬあっ!!」
ソレの仕組みがわかっていたので慌てて起き上がり、手に持った木刀で弾き返す。
「ほれほれ、背中ががら空きじゃ!!」
再度くいっと紐を引っ張る爺さん。その言葉どおりに背中から木製で作られた人形がこちらの脳天目掛けて腕を振り下ろしていた。
「―――っ!!」
防ぐとことができなかったので身体をそらしやり過ごす。
「あっぶねぇー・・・木製とはいえ、あたったらタダじゃ済まされないぞ・・・・」
――そう、今、爺さんの特訓を受けていた。
学校から帰ってきてそうそう、爺さんに捕まり、道場に連れて来された。
そしてそのまま木刀を渡され、木の人形が立ち並ぶ所へと移動させられた。
爺さんの突飛押しもない行動はいつもの事だから何となく予想ができたので、特訓だとわかった。
で、はじめて見れば、タコ殴りもいいところだ。
振り下ろされる腕を弾き返せば別の方向から襲われる。
何せ木製の人形は全部で10体。厳しい。
「―――自分の"域"さえ掴めば楽勝じゃわ」
ぽつり、とそう爺さんが呟く。
(域・・・・?)
上手く攻撃をやりすぎしながらその意味を辿る。
域・・・域・・・。
「!」
包囲を崩すべく、一度跳躍し、包囲を抜ける。
そのまま木刀を腰部にあてゆっくりと深呼吸をした。
――頭の中がクリアになっていく。
(域・・・それすなわち自分の射程距離。自ら振るのではなく、意に沿った――)
様々な角度から振り下ろされる拳、拳拳拳・・・・・。
先にぶつかると予測されるものから順に弾き返す!
(守りの原点――!!)
「そして・・・!!」
弾かれ、体制を崩した人形どもにお返しの意味を込めて一合!!
「守りから反し、相手のスキを付く反撃の心得!」
崩しを戻させること無く、10体全てを打ち込み、人形は倒れた。
「ほ・・・・中々やるの」
嘆息した声で、しかし愉快そうに笑う爺さん。
「"域"とは守りに於いては最も重要とされる自分の有効範囲。
自分の攻撃範囲を理解し、その"域"に入ってくるモノを全て落とす能力。
守にして、絶対的能力。功にしては絶対的無価値な能力。
・・・まぁ、簡単に言ってしまえば"域"とは自分の及ぶ攻撃範囲。
それは全方向からの攻撃に対応でき、氣で攻撃を感じ、打ち落とす力。
・・・・・やはりワシの眼に狂いはないの、慧眼ともいうべきかの!」
「自分でいうか・・・?」
俺のそんなツッコミもどこ吹く風か、まったく聞いてはいなかった。
「やれやれ・・・」
そんな爺さんの無茶な特訓がこの後も続いた。
しかし・・・"域"か・・・。
あの時はたまたま必死になって閃いたが・・・。
次のときも出来るかな・・・・。
――そんな不安が残った。
訓練が終わり、自分のベッドに倒れ、ため息をついた所でこんこん、とノックの音がした。
振り返るのも億劫なので「どうぞー」と間の抜けた返事で返す。
すると、躊躇いがちに今日久しぶりな声がした。
「あ、あの。 兄様・・・」
その儚げな声の主は北郷家の愛娘、明菜ちゃんだ。
俺の義理の妹でもある可愛い女の子だ。
「どうしたんだい?」
明菜ちゃんの顔をみたら幾分か疲れは取れた。
うむ、明菜ちゃんは癒しだなぁ。
「えっと・・・その・・・疲れてるとおもいまして・・・」
手に持った小さなトレーを覗き込むとレモンティーとクッキーが置かれていた。
「・・・・・っ」
・・・くぅ。なんていい娘なんだろう!
心で泣いてしまった・・・・。
「・・・っ、ではいただくよ」
「あ、はい!どうぞ」
淹れたてなのか、湯気が立つレモンティーを片手にクッキーを放り込む。
サクサクとして俺好みの甘さ。完璧だ・・・・。
そしてレモンティーこれもいい具合で美味い・・・・。
「ふ・・・ぅ」
一度レモンティーをトレーに置き・・・・。
「明菜ちゃんっ!君はよくできた娘だぁ!!」
感極まって明菜ちゃんを抱きしめた。
「ふ・・・・ふえぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」
俺に抱かれた明菜ちゃんは真っ赤な顔で俯いた。
「君ほど俺の事をよくわかっている娘はいない!
明菜ちゃん、君が天使に見えるよ・・・」
そういいながら抱きしめつつ、頭をなでる。
爺さんの訓練の後の明菜ちゃんは清涼剤だ・・・心のオアシスだ。
明菜ちゃんは顔を朱に染めたまま動かない。顔を覗けば、ぽーっと放心状態に。
――とりあえず抱き心地がいいので明菜ちゃんの体をくるっと回して背をこちらの胸にもたれさせて再びクッキーとレモンティーをいただいた。
うまうま。
明菜ちゃんの差し入れを食べ終え、そのあとは明菜ちゃんと一緒にほのぼのとしてその日を過ごした。
――翌日、明菜ちゃんを抱きしめたまま起きた俺は、取り敢えず目の前で寝ている明菜ちゃんを再度抱きしめ幸せを感じる。
その後はいつもの日課通り。鏡に祈りを捧げ、明菜ちゃんが起きる前に学校に登校した。
学校に着いたときもはやり及川が俺のことを待ち伏せて、適当に相槌を打ちながら門をくぐった。
・・・これが、最後の、日々の日常とは知らずに。
Tweet |
|
|
33
|
4
|
追加するフォルダを選択
真なる世界へ更新しろよ!
・・と思った方すいません、近いうちに更新します;
取りあえずモチベーションを保つ為に『真なる世界へ』よりも前に書き、今も書き続けている駄作を投稿しようと思います。
続きを表示