No.148488

真・恋姫†無双 臥竜麟子鳳雛√ 8

未來さん

初めましての方、はじめまして。
お久しぶりの方、はじめまして。
忘れてしまった方、はじめまして。

久しぶりに投稿させて頂きます。

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2010-06-06 17:02:25 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:27702   閲覧ユーザー数:17777

 

「いい天気ねー冥琳」

 

空は透き通るような蒼。まるでこれからの自分達の行いを祝福してくれるかのように、晴れ渡っている。

 

伝令兵によると、妹の孫権率いる一軍は、憎き袁術の根城を挟んでちょうど真向かいに控えているとのこと。

とうとう、奪われて久しい我が領土を奪還する時がやって来たのだ。

 

「暢気なことを言ってる場合?相手はあの袁術とは言え、それなりに数はあるのよ」

 

周瑜はあまりに緊張感がない孫策を諌める。

 

「それにこれは、本当の意味での“初陣”。仕損じるわけにはいかない。

 新たな統治者としての力量を見せ付けなくては、周囲の諸侯も、民も……我々にはついてこない」

 

何より。この初陣で大勝することが兵たちの誇りとなり、糧となる。

だからこそ、この初手が肝要なのだ。

 

「そうは言うけどねー……。

 相手があの袁術ちゃんだと、何て言うのかなー……血が沸き立たないっていうの?そんな感じなのよねー。

 そりゃ積もり積もった怨みってのもあるけどねー……」

 

戦前だというのに、この気の緩み様。少し気を引き締めてやろうと、周瑜は声を上げようとするが……。

 

「………冥琳だって、意識がこの戦いにあるわけじゃないでしょ?」

 

思わず押し黙った。

 

「こんなものよりずっと大きな戦い……許昌の曹操か……雍州の御遣い君……冥琳の頭の中はそっちでしょ?」

「…………付き合いは長ければいいってわけじゃないわね」

「何よーその言い方ー!!」

 

予想通りの反応が返ってきたことに、少し口元が上がる。

考えは読みにくいが、行動や反応が読みやすいのが盟友・孫策の特徴だ。

 

「今回の軍師は穏と亞莎に任せるわ。この戦でどこまで育ってくれるか……」

「……もし育たなかったら?」

「呉が大陸の覇者になるなんて、烏滸がましい話ね」

「………さすがの美周郎も、あの勢力相手には厳しいかしら?」

「……許昌の曹操には“あの”荀彧がいる上、曹操本人に先見の妙がある。

 近々袁紹と事を起こすでしょうけど、あの大勢力が曹操のモノとなることを考えると……」

 

彼女の頭に『曹操、袁紹に敗れる』という事象の想定はほとんどない。

もちろん、軍師たるものあらゆる事象を想定することを怠ってはならないのだが……。

 

それほどまでに袁紹の暗愚ぶりは致命的であり、曹操の力量は決定的なのだ。

 

「まぁあの娘と袁紹じゃ結果は見えてるわねー。御遣い君の方はどう見る、冥琳?」

「諸葛亮に鳳統、徐庶に法正………。

 どれも神算鬼謀と謳われるにふさわしい人材。あれだけの人間を集めた北郷には、正直感服だ」

 

周瑜の瞳が僅かに揺れる。希代の智を持つであろう軍師を、幾人も配下に置く男。

彼女たちは『天の御遣い』という“名”だけで動く人間ではない。

彼女たちを動かすだけの“器”が、あの男にあるということだ。

 

「ゆくゆくはこの二勢力に集中していくでしょう。それほどまでに、曹操と北郷の力は他を圧倒している」

「あら、私たちは?」

「その台詞はこの戦に勝ってから言いなさい」

「………それもそうねっ」

 

孫策は少し苦笑いして前方へ目を向ける。まずは袁術を打破し、独立することが先だ。

 

「雪蓮様ー。冥琳様ー。準備出来ましたよー」

 

背後から間延びした声を掛けてきたのは、陸遜。相変わらず気の抜けた、隙のない雰囲気を併せ持つ少女だ。

 

「お疲れ様、穏。冥琳から話は聞いてる?」

「はい~。此度は私と亞莎ちゃんに任せてくださるそうで~」

「そっ!二人には期待してるから、しっかりお願いね」

「頼むぞ、穏」

「はい~。お任せくださ~い。それじゃ、今から攻め込みますね~」

 

暢気な調子でさらりと恐ろしいことを呟いた陸遜は、その豊満な胸を揺らしながら進軍の号令をかけに向かった。

その無駄に大きい胸の動きが兵たちの動揺を招いたかどうかは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

「忙しくなるのはこれからねー」

「既に私たちは数歩の遅れをとっている。戦でも施策でも、間違いは許されない」

「分かってるわよ。相手はそんなに甘い相手じゃない」

 

孫策は再び袁術の居する城へ目を向ける。

 

 

 

さぁ、宣戦を布告しよう。

 

 

 

それが孫呉の新たな一歩となる。

 

 

 

 

「孫家の悲願は……きっと……」

 

 

 

司隷、河南郡

 

 

 

 

「麗羽の軍も数だけは大したものね。……実際にあの娘が何かしてるわけじゃないだろうけど」

 

彼方に見えるは金色に輝く金属の塊。大陸一の大勢力は、どこか緩慢な動きで徐々に近づいてくる。

 

「あのような輩、我々が苦にする相手ではありませんっ!所詮奴らはう……うー……うご…?」

「姉者、“烏合の衆”だ」

「そう!うごうのしゅう、ですっ!」

 

妹から指摘を受けたことなど微塵も気にせず、堂々と胸を張って言ってのける。

 

「そうね。軍の動きは連合の時から大して成長していないようだし。

 ま、麗羽が君主をしているうちは成長しようがないわね」

 

これでも旧知の間柄。相手がどんな性格は良く知っている。……いや、知りすぎている。

だから自然と、彼女が取るであろう策も……。

 

「桂花、ここで袁紹軍が採る策は?」

「…………“策”……ですか……」

 

ほとほと呆れるように。

いや、軍師である自分がこれを“策”と呼ぶことに、隠せない苛立ちを露にしながら、荀彧は私見を述べる。

 

「あえて申し上げるならば……“雄雄しく、勇ましく、華麗に前進”………かと」

 

本当に苦虫を噛みつぶしたような彼女の表情には、軍師としての誇りが見え隠れする。

 

「そんな恐い顔をしないでちょうだい、桂花。あなたにはそんな顔似合わないわ」

 

曹操の右手親指が、荀いくの唇をなぞる。ゆっくりと……ゆっくりと。

どこかじれったさすら感じる彼女の指の動きに荀彧の頬は赤く染まり、息遣いが荒くなる。

 

「か、華琳様ぁ……」

「桂花、これまで麗羽の軍に変わった動きはあったかしら?」

 

互いの息遣いが分かるほどに近づく2人。

とは言っても、一方的に距離を縮めたのは曹操の方であったが。

 

「い、いぇ………細作からは…そのような情報は……。

 公孫賛軍…侵攻時もっ……今のように数で……押し切るやり方だったと……んぅ……!!」

「やはりあの時から進歩はない……ということね。あの娘に強く言える人間がいれば変わるのでしょうけど……。

 万が一の警戒も無駄になるかもしれないわね……」

 

一瞬目の前の荀彧から視線を外す。

常に不測の事態に備えておくべきなのが君主という者ではあるが、袁紹相手には例外なのかもしれない。

 

「ありがとう、桂花。この後の指揮もお願いね」

「は、はいっ!」

 

普段の彼女らしからぬ、溌剌とした返答。

だがすぐに彼女の態度は“なにか”をねだるそれへと変わる。

 

「あ、あの……華琳様……その…っ」

「えぇ。これが終わったら、部屋で可愛がってあげる」

 

その言葉で荀彧は思わず破顔する。

曹操はそんな彼女との距離を更に詰め、耳元で囁く。

 

「だからこそ………この戦が早く終わってくれることを願うわ……桂花の策で、ね」

「っ!はいっ!この荀文若、渾身の策を以って袁紹軍を打ち破ってみせます!」

 

大きく礼を一つして、兵たちに指示を飛ばしに行く荀彧。彼女の懸命な姿に、曹操は妖しげな笑みを浮かべる。

 

「ふふふ。相変わらず可愛いわね、桂花は。これでまた腕を上げてくれるかしら?」

 

実に満足気に微笑む曹操。荀彧は見ていて飽きのない存在なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

「あら春蘭。どうしたの、そんな物足りなそうな顔をして?」

 

見ていて飽きない人物がもう一人。

 

「華琳様は桂花のヤツにばかり……うぅ」

「(あぁ……姉者は可愛いなぁ………)」

 

そして『姉に身悶える妹』というのも、曹操にとって見ていて飽きないものの一つである。

 

「そう落ち込まないで、春蘭。あなたも桂花も、条件は同じよ」

「ふぇ??」

 

曹操は妖しげな瞳で夏侯惇を見つめる。その瞳は夏侯惇の心理を見透かしているようで……。

 

「戦場での働きによってはあなたも……ということよ。

 そうね、より戦果をあげた者の方を、先に可愛がってあげましょう」

 

夏侯惇の顔が燦々と輝く。実に単純明快な少女である。

 

「お任せくださいっ!この夏侯元譲、袁紹軍など捻り潰してくれます!」

 

一刻も早く隊の準備を始めようと飛び出す夏侯惇。そんな彼女の姿をほくそ笑んで見つめる2人。

 

「相変わらず可愛いわね、あなたの姉は」

「ふふっ……御褒め頂き光栄です、華琳様」

「素直な感想よ。愛でるべきものを愛でなければ、花は咲かないわ。………もちろんあなたもね、秋蘭」

「………はい」

「見せてちょうだい、あなたの武勇」

「はっ」

 

夏侯淵は静かに下がり、姉と共に兵達の最終確認を行いに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「(………この戦で肥沃な土地とそこに住まう民を得ることができる…。今後さらに領土を広げるには……)」

 

その心は正に平静。眼前に迫る大軍は、彼女の瞳にはさしたる脅威として映っていないのだ。

 

「(立ちはだかるは……江南の孫策に、雍州の北郷)」

 

脳裏に映るは、今後覇権を握るであろう2人。

 

「本当に………乱世というものは、おもしろいわね」

 

曹操は高鳴るその鼓動を、抑えることができなかった。

 

 

 

「………スマン、北郷。こんな形で世話になるなんて……」

「気にするなよ、白蓮。袁紹の軍だろ?仕方がないって」

 

一刀は今、遠方よりやって来た客人と言葉を交わしていた。

その人物とは公孫賛と趙雲。突然の袁紹の進軍により、平原を追われた太守と将である。

 

「……ごめんね、白蓮ちゃん……。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんが残ってたら…」

「いや……あれだけの軍勢では将が一、二人増えたところで、形勢を逆転することは難しいでしょうな…」

「星の言う通りだ。元々麗羽の所は大勢力。私ら小勢の所じゃ、対処のしようもない……」

 

半ば諦めにも聞こえるその呟き。事実、その兵力差は歴然としていた。

 

「悪いのは私だ。こうゆう時代になると分かっていながら、領土を広げようとしなかった……出来なかった…」

 

自嘲気味に笑みを浮かべる白蓮に、周囲は閉口する。

 

「北郷。烏滸がましい頼みかも知れないけど、私の所の兵を組み入れてくれないか?

 数は少ないが、それなりに腕は立つんだ。あいつらにもこれからの生活が……」

「分かってるよ、白蓮。白蓮の軍は俺達が受け持つ。むしろ騎馬隊が増えるのはありがたいんだ」

「そうか……そう言ってもらえると助かる」

 

白蓮の体から力が抜け、安堵の表情を見せる。ここまで来るのにも、相当な体力と神経を使ったのだろう。

 

「それと……あたしたちが北郷の所に向かったってことは、街のみんなには伝えてある……だから……」

「こちらに移り住む可能性もある、ということですね」

 

麒里が真っ先に答える。

袁紹の政はお世辞にも善政とは言い難い。より安寧を求めてこちらに来ることは十分有り得る。

何より、これまで慣れ親しんだ元太守がいるのだ。

 

「朱里ちゃん、居住地の供給って大丈夫?」

「……うん、何とかなると思う。

 一刀様が提案してくださった“るーむしぇあ”が思った以上に受け入れられてるから……。

 供給が間に合わないってことにはならないはずだよ」

 

雛里の問いに朱里は、少し前から取り入れている仕組みの成果を述べる。

始めは文化・風習などを考えるとあまり自信はなかったが、実験的に導入した所じわじわと評価されていった。

 

「………すまん、みんな」

「いや……俺の方こそ、悪かった」

「? 北郷殿が詫びることではないでしょう?」

 

星の言うことは尤も。一刀には何の非もない。

 

だが、一刀は“天の御遣い”なのである。

 

「群雄割拠が本格化するきっかけが袁紹だってことが記憶から抜けてたんだ……。

 俺がちゃんと覚えてれば白蓮たちに手を貸すことも出来たのに……っ」

 

そう。袁紹の進攻は史実通りに始まった。

即ち、一刀にこの“知識”があれば何らかの対策を講じることができたわけだ。

 

 

 

 

だが、そんな一刀を見て白蓮と星は目を合わせ、同時に吹き出した。

 

「それこそ気に病むことじゃないだろ?北郷たちの助けありきで街を治めてたわけじゃないんだ」

「当然ですな。北郷殿に非などない。あえて言えばこれは“時勢”なのですよ」

 

時代は弱肉強食の時へ……。これもまた、力を得ることの出来なかった者の運命なのだ。

 

「私みたいな目に合わないようにするのが、これからの北郷の役目だろ?」

「今回の逃げはあまりに惨めでしたからな」

「はっきり言うなよ……」

 

あまりにもストレートな星の物言いに、白蓮が涙目になるのだった。

 

 

 

 

 

2人の言葉を聞き、一刀は思い直す。とにかく今は、前に進むしかないのだ。

 

「……分かったよ。それじゃ、これからの話をしよっか」

「今後の方策としては……我々も、より領土を広げることに努めるべきかと」

「そですねー。ここも十分な勢力ですけど、他にも大きな勢力はありますからー」

 

稟と風の案は至極妥当なものだ。今回の袁紹のように、いつ誰が攻め込んでくるか分からない。

大勢力の部類にいる一刀たちは、この機を逃すべきではない。

 

「愛紗さんや鈴々ちゃん、稟さんに風ちゃんも軍に加わってくれたため、戦力は充実しています。

 周囲に目を向けるには良い機会かと」

 

麒里の進言は、その案をさらに後押しするもの。

 

「あぁ……動くべきだよな」

「まだ周辺諸侯の統治は安泰とは言えませんっ。中には圧政を敷いている人も……」

「ご主人様のような善き主を求めてる人は、たくさんいますっ!」

 

朱里と雛里の言は、この大陸の現状を明確に示している。

 

統治者を決めるのは実力ではない。専ら家系や地位、金である。

そんな輩は須らく、地と民を治める力量を持ち合わせていない。

その点においても、一刀たちは今動くべきなのだ。

 

「……桃香はいいか?」

 

心優しい……いや、優しすぎる少女に問いかける。争うことを嫌い、平和的解決を望む彼女。

その考えはあまりにこの時代に不釣り合いで、不格好なもの……。純粋すぎるが故に、歪んだものだった。

 

「………うん、大丈夫だよ。私は……一刀さんを信じてるから」

 

平和というものは、言葉だけでは叶えられない。

桃香はそれを理解しても尚………立ち止まらなかった。

自分は何が出来るのか。自分は何をすべきなのか。必死に考え、自分の答えを導き出した。

人々が傷つく戦いにも、決して目を背けないと。

 

「ありがとう、桃香………聖と護も…いいか?」

 

続いて一刀は姉妹に目を向ける。桃香以上に、民を争いに巻き込みたくないと願う二人。

その願いに背く行為を行うのだから、二人の意志は確かめなくてはならない。

 

「…………私は……いいよ。そもそも私たちには、一刀たちの進む道を阻める権利なんてないから」

 

そう話す護の瞳は、一瞬悲しげに揺らぐ。しかし、すぐに真っ直ぐに一刀を見据えた。

 

「それに……一刀なら、優しい世界を創ってくれる………たとえ……犠牲を払っても。

 私とお姉ちゃんは……一刀たちに託すよ」

 

既に護の一刀への信頼は揺らがない。

 

 

 

そして聖は、車椅子を進めて一刀へ近づく。

 

「聖?」

 

一刀の目の前に着いた聖は、一刀の右手を両手で握ってしっかり頷く。

普段は見せることのない、鋭く、力強い瞳を以て。

 

そして聖は手を離し、今度は膝に置いてあった木簡を見せる。

 

『私も、一刀さんと皆さんを信じます』

 

一刀に向けて掲げた文字はあまりに綺麗で、力強かった。

 

「………あぁ…信じていてくれ、二人とも………みんなも」

 

そう頷く一刀の表情は、正に君主の顔であった。

 

「方針が決まった所で……一つ提案があるんだけど」

「提案……ですか?」

 

思わず首を傾げる朱里を見て、一刀は少し微笑んだ。

 

「あぁ、実は……」

 

一刀から語られる一つの案。

それは『悪戯好きな小悪魔娘』と、『律義でちょっぴり男勝りな少女』を想起させるものだった。

 

 

 

ここは涼州。翠は寝台に座っているとある人物に尋ねる。

 

「母上、客人が来てるんだ。会ってくれないか?」

 

さらさらと長い緑色の髪に、切れ長の目。

美しさの中に勇猛さを秘めているような、そんな彼女の姿は、病床にあっても良く映える。

 

一日中横になっていることもある母であるが、今日は顔色も良く、気分が優れているのだろう。

 

「……その物言いだと一族の者じゃねぇな、翠。誰だ、俺に会わせてぇ奴ってのは」

 

と、言い終えてから馬騰は最近娘や姪の会話から時折出てくる青年を思い浮かべた。

 

「…………御遣い殿……いや、婿殿か?」

「…………はぁ!?」

 

突拍子もない母の言葉に、翠の声音が上がった。

 

「やっっっっと俺も翠の男を見れんのかー。

 ったくいつまでかかってんだか……お前くらい可愛かったら、男なんてわんさか寄って来るってのに………」

「な、な、な、な、なに言ってんだよ母上!!」

 

翠の反応に馬騰は『やれやれ』といった風に溜息をついた。

 

「俺がこんなに可愛く産んでやったってのに、お前はいつまでも槍だの馬だの……。

 お前はもうちょっと“女”ってものを謳歌してだなー」

「い、いいんだよそんなのっ!!あたしは馬家の長女なんだから、まずは強くなるのが先なんだっ!」

「俺よりよっぽど強くなった奴が何言ってんだ。

 それよりどうなんだ翠?蒲公英から聞いたが、天の御遣いはなかなかイイ男だっていうじゃねぇか、んぅ~?」

「あ~~~も~~~!!!真面目に聞けよっ!!!」

 

本日、馬騰の体調は特に優れているらしい。

 

「そんなに怒るなよ。……生きてる間に娘の貰い手くらい見ておきたいのが、親の情ってもんだろ?」

「母上………」

 

わずかに翠の表情が陰る。

 

「んなしんみりすんなっての、翠らしくねぇ。戦には出れねぇけど、当分死にやしねぇって」

 

翠の頭をぽんぽんと叩いて、笑ってみせる馬騰。この辺りがやっぱり母親なのかな、と翠は苦笑いした。

 

「で?結局誰なんだ、客ってのは。まさかホントに御遣い殿って言うんじゃねぇだろな?」

「あーー……そのまさかなんだけど」

「それはそれは……こんな辺鄙なとこまでご苦労なこった」

 

涼州と雍州ではそこそこ距離があるはずだ。

こんな大陸の奥地に、大陸でも五指に入る国の太守がわざわざ出てくることを知り、馬騰の目が細くなる。

 

「………分かった。広間に行こう」

 

馬騰は寝台の傍に置いてある杖を左手に持ち、立ち上がろうとする。

 

「だ、大丈夫か?母上っ」

「心配すんな。今日は体調がいいからな」

 

再び翠の髪を撫でながら、今度は優しげに微笑む。

 

「ただ、着替えは手伝ってくれな。一人で全部は出来そうにねぇんだ」

「……あぁ、分かってるよ。どの服にするんだ?」

 

少し嬉しそうに翠は押し入れにある馬騰の服を選び出す。

自分の服装にはてんで無頓着なくせに、母の服装を選ぶのはなぜか楽しくなる。

それはきっと、その普段着が壮健だった頃の母を思い返させるから。きっとまたあの頃のように………。

 

「あっ!叔母様の服たんぽぽが選ぶー!」

「どわっ?!た、たんぽぽっ!?」

 

これまた騒がしい娘さんが………。

 

「もぉー遅いよ叔母様ー!いつまでかかってるの?」

「悪い悪い。着替えてから行こうと思ってな。御遣い殿たちはどうした?」

「客間で待ってもらってるよ。すっごいお客様もいるんだから、早く行こうよー」

「………“すごい”客?」

 

天の御遣いその人でも、十分大物だと思うのだが…。

馬騰は少し考えを巡らせると、合点がいったようにほくそ笑んだ。

 

「なるほど………御遣い殿も本気なわけか……」

「母上は誰だか分かるのか?」

「この間お前たち二人が話してたことを思い出せばな」

「さっすが叔母様~♪」

 

さすが一族を束ね、涼州ならず大陸に名を馳せる名君。その察しの良さには、翠もたんぽぽもただただ感心する。

 

「とにかくいつまでも待たせるわけにはいかねぇな。着替え、手伝ってくれ」

「は~い。どれにしよっかなー?」

「あ、たんぽぽ!母上の服を最初に選んでたのはあたしだぞっ!」

 

そんな2人の台詞を聞いて、馬騰は苦笑いする。

 

「………俺は着せ替え人形じゃねぇってのに……」

 

 

 

杖をつきながら歩くのを娘と姪に見守られながら、馬騰は静かに大広間に入る。

そこには玉座が設けられており、領主が座るにふさわしい、格調高いものとなっている。

 

馬騰がゆっくり座ったのを確認して、二人は控室の方へ向かっていく。

 

「それじゃ北郷殿たちを呼んでくるから、ちょっと待っててくれ、母上」

「すぐ呼んでくるからねー!」

「はいはい、頼んだぞー」

 

やたら嬉しそうな二人に苦笑いしながら、馬騰は玉座での坐り心地を確認する。

 

「(相変わらず慣れねぇなー、ここに座んのは……)」

 

馬騰本人はこの玉座に座することをあまり好まない。それは、彼女の豪快な性格故に。

だが涼州を束ねる者としての立場もあるため、こういった公式の場では君主として振る舞っている。

 

「(雍州を掌握し、尚勢力を広げる稀代の名君……)」

 

これから会う人物の情報は、多少なりとも頭にある。

大陸中に広まるほど有名な人間だし、何より翠やたんぽぽから散々彼の話を聞かされ、耳にタコの状態だ。

 

「(御遣い殿がここに連れてきた“すごい客人”ってのも、恐らくは俺や涼州を納得させるための……)」

 

翠が話してくれた反董卓連合での出来事から連想すると………。

 

「叔母様ー。連れてきたよー」

「北郷殿、入ってくれ」

 

そんなことを考えている内に、二人の声が聞こえてきた。翠に促されて、数人が大広間へ入室してくる。

 

 

 

 

 

 

青年のニ、三歩後ろで控える二人の少女は、恐らく武将であろう。

戦場を離れて久しい馬騰でも、その雰囲気で判断できる程の手練れ。

 

 

その二人の武将に挟まれる形で、三人の少女が立っている。

こちらは恐らく軍師。それも、この軍の中枢を司るであろう者たち。

 

「(……これだけの逸材を揃えるたぁ……本当に大したヤツだな……)」

 

胸の内でそう呟き、中央にいる青年に改めて目を向ける。

 

「お初にお目にかかります、馬騰殿。雍州を治めています、北郷一刀です」

 

軍に所属する精悍な男たちとは違い、どちらかと言えば文官に近いその身。

顔立ちは綺麗だが、神々しい雰囲気はない。

 

“天の御遣い”などと大層な名で呼ばれているのだから、そういった空気を身に纏った者かと思っていた。

 

 

だが、芯の強い人間であることは窺い知れる。やはり一大勢力の頂点に立つべき素養はあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

だがそれ以上に馬騰が目を奪われたのは、彼の両脇に控える人物だった。

 

「久しいな、馬騰」

 

まるで自分を旧友のように呼ぶ劉協と

 

「……………」

 

発する言葉はないものの、美しい微笑みを浮かべる劉弁。それに………

 

「お加減はどうですか、馬騰さん」

 

自分を心配気に見つめる董卓と

 

「何だ。思ったより元気そうじゃない。心配して損したわ」

 

憎まれ口を叩く賈駆だ。

 

 

 

 

 

 

 

予想していたこととは言え、実際にその姿を見ると多少なりとも動揺する。

しかし……

 

「(ククク……こりゃー死んでも死に切れねぇな…)」

 

それ以上に、本能が興奮した。

 

袁紹や袁術、曹操など錚錚たる面々が顔を連ねた連合軍にあって、この四人を救い出したこの男に。

 

「(この豪胆さ……英雄か奸雄か……天はおもしれぇもんを遣わすもんだ」

 

この男の行く先は何処なのか……それを確かめてからでも、死ぬのは遅くない。

そのくらいの時間は、天上の神も与えてくれるだろうと…………なぜか素直にそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、今日は『翠の婿』としての挨拶ってことでいいのかい、御遣い殿?」

「………はい?」

「「「違いますっ!!!」」」

 

軍師三人の反応は、いやに早かった。

 

 

 

一刀がまず始めに思ったこと。それはあまりに単純で、分かりやすく、一刀らしいものだった。

 

「あっ、やっぱり髪はポニテなんだ」

「“ぽにて”が何かは知らねぇけど……思ってることが口に出てるぜ、御遣い殿?」

 

真っ先にツッコミが入るのも、致し方ないのである。

 

「うわっ!?す、すいません!いきなり変なこと言って」

「やっぱりおもしろい男だなぁ。ま、天界のお言葉講座はまた今度やろうや」

 

別段、馬騰に怒りは見られない。この器の大きさも、彼女が涼州の盟主たる所以だ。

 

 

 

 

 

 

 

改めて本題に入るため、麒里が話を切り出す。

 

「えっと………今日は同盟を結びたく、お目通り願いました」

 

真っ直ぐに馬騰を見据える目には、覚悟の程が顕れている。

 

「……まぁ何となく予想はついてたけどな。にしたって、こんな辺鄙なとこに廻すには面子が豪華すぎるぜ?」

「涼州を束ねる名君、馬騰様に対して出し惜しみは「ちょっと待った、鳳統」ひゃ、ひゃいっ?!」

 

突然口を挟まれ、雛里の軍師モードが解除される。

 

「俺はあんたらと腹を割って話がしたいんだ。そんな畏まった呼び方はなしにしてくんねぇか?」

 

事の大きな話だからこそ、相手の真意を見つめたい。そのためには、少しでも壁は取り払わなくてはならない。

 

「様付けは苦手だしな」

 

………こちらの方が本音かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。変わらぬな、馬騰は」

「はははっ。これが俺の性分です。どうかお許しください、劉協様」

 

クスクスと笑う護に、馬騰も笑って応じる。

 

「いや、馬騰が変わっていないのが嬉しくてな。安心したのだ」

「これでも劉協様の数倍生きてますからな。性格など易々とは変わりませんよ」

 

そう言って、馬騰がもう一度笑う。

 

「…………劉協様は変わられましたなぁ。よく笑うようになった」

「そ、そうか?」

「えぇ、そりゃぁもう。ご自身でも原因が思い当たるのでは?」

 

と、横目で一刀を見遣る。

 

「ば、馬騰っ!」

「劉弁様もよく笑われるようになった…。原因は劉協様と同じですか?」

 

護の声を軽くスルーし、標的を聖へ移す。

 

「……………(コクッ)」

「お、お姉ちゃんっ!?」

 

真っ赤になる聖と、思わず素が出る護。

 

「う~~ん。本当に可愛らしくなられた……。翠、お前も少しは見習え」

「あ、あたしかよっ?!よ、余計なお世話だっ!」

 

そんな聖を見つめながら、娘に発破をかける馬騰。これも娘を思いやってのことである。

 

 

 

 

 

 

「あのー………」

 

そんな遅々として話し合いが進まない状況に、思わず雛里が声を上げる。

 

「あ、悪ぃな。翠と蒲公英から聞いてはいたが、お二人が無事なのが嬉しくてな……。

 董卓と賈駆も、すまなかった。董卓の性格から考えて、明らかに噂は誤りなのにな……。

 裏で何かが動いてたのかどうかも、こっちじゃ掴めなかった……」

「……連合があの規模では、戦いは多勢に無勢です。涼州の盟主である馬騰さんを巻き込むわけにはいきません」

「参加しなかったらしなかったで、あいつらに何言われるか分からないしね。あれは正しい判断よ」

「…………本当にすまなかった」

 

月と詠に対して、深く頭を下げる馬騰。そんな彼女に慌てて月が声を掛ける。

 

「そ、そんなっ謝らないで下さいっ。

 あの時は馬騰さんも体調を崩されたと聞きました。馬騰さんには何の責もありません」

「それに、ボクたちは馬騰に謝罪を求めてここに来たんじゃないわ。もっと先のことを話に来たんだから」

 

以前会った時より随分と強くなったと、馬騰は感じた。

 

頼りない君主も、ただ過保護な軍師も、ここにはいない。

 

「………分かった。鳳統、何度も話止めちまって悪ぃな。続けてくれ」

「は、はいっ!」

 

雛里は一旦資料に目を落とし、同盟の旨を説明し始めた。

 

 

 

「……………」

「………どうでしょうか?」

 

押し黙る馬騰を見て、朱里が訊ねる。

 

「……………関羽、張遼」

「はい」

「何や?」

「あんたらはなぜ北郷殿につく?」

 

朱里の問いには敢えて答えず、先に武将二人へ問う。

 

「私は元々桃香………劉備に仕えていた身。その主が一刀殿を信じると決めたのだ」

「関羽自身は?」

「……一刀殿は義に厚い方だ。民に情を傾け、欲に囚われない。大陸を治めるにふさわしい方かと」

「………………」

 

馬騰は続いて張遼を見る。

 

「ウチも似たような理由や。月の配下におったこと、知ってるやろ?月が信じるんやったら、ウチも信じるわ」

「俺は董卓じゃなく、あんたの意志が聞きてぇんだ」

「あないな壮大な連合組まれてんのに、月たちが生き残っとる。忠を示すんには、十分な理由やろ?」

 

馬騰は張遼の言葉をゆっくりと反芻し、その“生き残った”人間へと視線を向ける。

 

 

 

 

「………………董卓、賈駆」

「はい、何ですか馬騰さん」

「何よ?」

「北郷殿に“利用”されているとは思わねぇか?」

 

どうしても聞いておきたかったことだ。

 

「…………はい、思います」

「そりゃそうでしょ。こうして涼州へ来たのも、あんたたちを納得させるためなんだから」

 

馬騰の予想とは裏腹に、あっさりと二人はそれを認める。

 

「でも、ご主人様は私利私欲で人を利用する人ではありません。

 この同盟が大陸平定の礎になると信じるからこそ、私たちに協力してくるよう頼んだんです」

「この軍が大陸を平定するには、まだまだ力がいる。同盟が組めるのであれば、その方が望ましいわ。

 一方で、涼州がこの乱世を単独で生き抜くことは不可能に近い。そうでしょ?」

「……………さすがに涼州のことは良く分かってんな」

「涼州での暮らしは長かったですから」

「伊達に隴西を治めてたわけじゃないわよ」

 

少し苦笑いをする馬騰。

そして最後に、二人の姉妹を見る。

 

 

 

 

「董卓・賈駆と同じことをお聞きします。お二人は洛陽では張譲らに利用されていたと伝え聞きました」

 

聖と護は少し目を伏せた。あの時のことがわずかに脳裏をよぎる。

 

「そして今お二人がここ涼州にいるのも、北郷殿たちが同盟交渉を有利に進めたかったが為でしょう」

「……………………」

 

一刀たち雍州の人間は、敢えて口を慎む。

否定はしない。二人が馬騰と少なからず繋がりがあると聞いて、協力を要請したのだから。

 

「洛陽と雍州で、何か変わりはございますか?」

 

ただただ真っ直ぐに、聖と護を見つめる馬騰。まだ幼き姉妹に向ける、酷な問い。

 

「……………馬騰は……皇族が為すべきことが何か、分かる?」

 

護の口調が変わる。

改めて馬騰は思う。やはりこの少女は変わったと。

 

「ただひたすらに民を想い、民に尽くす。私はそれが、皇族の為すべきことだと思う。

 ……お父様は、そのことを忘れてしまったけど………」

 

護は下唇を少し噛み、隣で聖は上着をぎゅっと握る。

だが、すぐに馬騰へ向き直る。今は昔のことを語る場ではない。

 

「一刀の元でなら、それが出来る。一刀たちはそれだけの力と……何より心を持っているから

 馬騰は『利用されてる』って言うかもしれないけど……私はこの人の下で、出来ることをしていきたいの」

 

護が言い終えた所で聖が卓をコンコンと鳴らし、馬騰に紙を見せる。

 

『私たちの願いは、一人でも多くの民が幸せになることです』

 

 

 

 

護の言葉を聞き、聖が記した文字を眺め、馬騰は思う。

 

彼女たちは“真の皇族”なのだと。

これまでの……権力を振りかざすだけの皇族とは違う。気高く、誇り高い存在なのだと。

 

「………翠、蒲公英。お前たちはこの同盟、どう思う」

 

最後に、連合軍で行動を共にした二人に意見を求める。

 

「……あたしは、北郷殿たちを信じる。信じられるだけの行動を、北郷殿たちは見せてくれた」

「細かい話は分からないけど……連合の時、お兄様たちは本気でみんなを助けようとしてたよ、叔母様」

「……………そうか」

 

馬騰は一言呟き、一刀へ向き直る。

 

「北郷一刀殿」

「……はい」

 

少し強張った表情に見える一刀に対し、一度優しく微笑んでから、馬騰は答える。

 

「同盟の申し入れ、受け入れよう。貴殿の歩みに、俺たちは力を貸す」

 

 

 

 

 

 

 

 

力は次第に集約されていく。

 

物語の主役たちへと

 

 

 

 

 

第7.9話:サクラ大戦

     1が1996年に出てるのに、作者の初プレイが2010年3月という遅さ。

     この“乗り遅れ癖”はどうにかしたいなー。

 

 

 

 

 

 

 

後書きという名の言い訳

 

 

――――馬騰登場――――

 

オリキャラ出さないとか言ったのに、出してるし。まぁ、活躍は今回きりのような気もしますが……。

 

翠が(自称)女らしくないのは、父親しかいなかったから……って無印で言ってたような気がするんですけど、

真では母親の設定に変わっていたので、男勝りな感じにしてみました。一人称も『俺』です。

ポニテは外せませんよねw

 

 

 

 

 

 

 

今回はいつも以上に難産でした。

地の文が全く思い浮かばない状態になってしまったため、会話ばっかりです。

上手い言い回しとか出来ないわ……。

戦の描写なんてほぼ皆無で、盛り上がりなんてさっぱりなSSだなーと嘆きながら……。はぁ、文才が欲しい。

 

 

相変わらず更新遅いし、自分でも救いようねぇなーなんて思いながら………。

さすがに社会人になるとSS書く時間が取れませんね……。

 

 

 

 

それでは皆様、今回も拙作をご覧下さってありがとうございました。

相も変わらず展開の早い作者ではありますが、是非よろしければ引き続きお付き合いくださいませ。

また逢う日まで~。

 

 

 

 

 
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