No.147760

「無関心の災厄」 ワレモコウ (9)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-06-04 21:17:43 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:708   閲覧ユーザー数:702

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第9話 ナゾのシリカ・ナゾのコドモ

 

 

 

 

 オレはいったい、何体の珪素生命体《シリカ》と遭遇すれば気がすむのか。

 梨鈴に始まり、イズミ、シリウス、そして昨日のキツネ少女とこのウサギ少年――これで、通算5体目の珪素生命体《シリカ》。遠目に見た、というならともかく……珪素生命体《シリカ》が日本固有種かつ、現在では3万体ほどしかおらず、しかも自然と共に山奥で暮らすのを好んでいる事を考えると、この数は異常だ。

 白根の後を追って駆けだした夙夜を見送り、応援団の矢島がオレに問う。

 

「白根はどうするつもりだ? 犯人だとかいう珪素生命体《シリカ》を捕えるつもりなのか? もしや、俺達も加勢すべきか?」

 

「それならアタシも手伝うけど? それとも、白根の方を止めたらいいのかねえ、なあ、柊?」

 

 体育会系の矢島と相澤はすでに闘う気だ。頼むからやめてくれ。そしてなぜオレに問う?

 オレは頭痛をもよおし始めた頭に手をあてて、ため息と共に吐いた。

 

「そんな事は警察に任せた方がいい。白根の事は頼むから夙夜に任せといてくれ。たぶん、白根はアイツの言う事なら聞くから」

 

「そうなのか?」

 

「なら放っておくか」

 

 詳しい説明なぞする気はない。

 水晶の爪を閃かせた白根に対して異属の反応を示したウサギ少年は、白根より少し遅れて駆けてくる私服警察官を無視して屋根の上から狙いを定める。

 敵を見定めるガラス玉のような瞳は、人間のものではない。

 数メートルの屋根から、勢いをつけて落下したウサギ少年のフードがはらりとめくれて長い耳が飛び出した。着物の裾がめくれて、ウサギそのものの足が露わになる。屋根を遥かに凌駕する跳躍力も納得だ。

 その足で踏むように蹴りつけられた攻撃を、白根は手にしていた水晶の爪で逸らした。

 ぎぃん、と凄まじい金属音が響き渡り、その音でオレたち以外の通行人も異変に気づき始める。ざわざわとヒトが集まり始める。

 と、次の瞬間、夙夜が白根の足をひょい、と引っかけた。

 ってオイ――?! もっと別の止め方があるだろう?!

 まるで漫画のように地面に向かってダイブした白根もほら、怒ってるじゃねえか……いや、あの不機嫌なアーモンドの鋭い目つきはいつもだったか?

 

「香城夙夜さん、あなたはいつも私の邪魔をするのですね」

 

「だってマモルさんが止めろって」

 

 オレのせいにすんじゃねぇーって、オレのせいだが。

 白根は鋭い目を夙夜からオレに向けた。

 

「……柊護さん、なぜ第二命題の遂行を邪魔するのですか?」

 

「いや、邪魔っていうかなんていうか」

 

 しどろもどろ。

 いいから早く、ボケたクラスメイトたちが気づく前にその水晶の爪をしまえー! ほら、また後ろからウサギ少年が狙ってるだろうが・……と、次の瞬間、ようやく追いついた警察官数名が、折り重なるようにしてウサギ少年を捕獲した。

 

 

 

 おおっ、と周囲からどよめきがあがった。

 いつの間に現れていたのか、女性警官の溝内さんが指揮をとっている。

 

「すぐにこの場所を隔離しなさい。早瀬、本部に連絡を」

 

 すらりしたとスーツ姿の女性は、てきぱきと部下に指示を出し、ウサギの少年を拘束する。

 そして、オレに向かってふわりとした微笑みを見せた。

 

「お二人がこれほどまでとは思いませんでしたよ、まさか1日と待たず引き寄せるとは……さすがです」

 

「……どうも」

 

 ほめられたのか、警戒されたのか。

 夙夜が白根を連れてオレたちの方へと戻ってくるのを視界の隅で確認する。どうやら警官との衝突だけは避けられたようだ。

 ついでにポケットを探って、朝に手渡されたばかりの携帯端末を溝内さんに差しだす。一度も使う事のなかった携帯端末。

 

「これで、オレたちは任務完了ですね。これ以上構わないでください。一応、研修旅行中の高校生の身なので」

 

「あら、冷たいですね。私としては」

 

 溝内さんは携帯端末をオレの方に押し戻し、再びにこりと微笑んだ。

 

「このまま持っていてほしいのですが?」

 

「いりません。どうせオレたち、明日には東京へ戻りますから」

 

「人生何が起こるか分かりませんから」

 

 溝内さんは無理やりオレの手に携帯端末を握らせた。

 

「今回は協力していただきましたが、今後、貴方がお困りの際は協力させていただきます。ですから、これはぜひお持ちください。私はこれでも京都府警の、そうですね、少しばかり権力を持つ部署におりますから、きっとお役にたてると思います。ちなみに、その端末は私の個人所有物ですから、府警とは何の関係もない、私個人へのホットラインです」

 

 うわあ、ますます超イラネエ。

 相当に嫌な顔をしていたのだろう。

 隣にいた大坂井がおろおろとしながら、オレの代わりに端末を受け取った。

 

「ありがとうございます。彼女さんですか? 可愛らしいですね」

 

「違います」

 

 すぱりと切り捨てて、全員の様子を確認する。

 黒田、土方は無事。白根の行動で少々驚いてはいるが、即行で戻ってきた白根の左右を固めている。矢島と相澤は言うまでもなく元気に夙夜を迎え、大坂井はオレの隣で携帯端末を握りしめていた。

 よし、全員無事。

 

「マモルさーん、あんみつ食べに行こうよー!」

 

 夙夜に至っては嬉しそうに手まで振って。隣の白根は完全に冷え切った目つきで睨んでいる。

 

「ああ、すぐ行くから待ってろ……行くぞ、大坂井」

 

「あ、うん……」

 

 大坂井は溝内さんにぺこりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、騒ぎに巻き込まれないよう、オレたちはとっととずらかる事にした。

 しかしながら、今の大捕物で集まってしまった人だかりを抜けられそうもない。無理やり抜けていくしかなさそうだ。

 

「もういいのか、柊。警察に話しかけられていたようだが」

 

「いいんだ。オレは興味ないから」

 

「柊はすごいな、相手は警察だぞ?」

 

 眉をひそめた矢島に問われ、困るオレ。

 警察ってモノに関しては、わざわざ楯つきたいわけじゃないが、なぜか反抗せざるを得なくなるばかり。喧嘩したいわけじゃないのだが、なぜかオレをイライラさせてくる。

 オレは、全く何も分かっちゃいない。

 今までオレが出会ってきた相手のこと――白根や望月の組織の事も、夙夜の叔母が属する国家組織の事も、それから先輩の事も。

 でも、感覚的に分かっている。

 それらすべてを総合しても、警察っていう組織とは敵対する関係にあるだろう事が。

 まあ、だからってわけじゃないが。

 

「国家権力がどうした。オレはあの組織自体が好きじゃないんだよ」

 

 嫌いなわけじゃない。興味もない。だが、周囲はオレを放っておいてはくれないのだ。

 何故オレが、なんていう問いはすでに何百回繰り返した。

 

「ははは、柊はまるでどっかの少年漫画の主人公のようだな」

 

「何でオレが主人公だよ。主人公ってならオマエや夙夜の方が向いてるだろ」

 

「いやいや、昔から主人公は苦労する方だと相場が決まっている」

 

「何だそれ。ま、それならオレがダントツで主人公だって認めてやるよ」

 

 困り果てて苦笑した時だった。

 再び人込みから歓声が上がる。

 なんだなんだ、と振り向いたオレたちは、先ほどよりさらに奇怪な場面を目にする事になる。

 

「こんのバカ野郎、ヒナを放せーっ!」

 

 甲高い声が響き渡る。

 次の瞬間、取り押さえたウサギ少年を縛り上げていた警官がよろけた。

 同時に、ウサギ少年は警官を蹴り飛ばして跳び上がった。

 

「ヒナっ! 逃げろ!」

 

 突然乱入した声は、子供のもの。

 見れば、派手な色のおもちゃのバットを両手に持った野球帽の少年が警官相手に構えていた。身長など警官の半分しかない、それでも瞳に闘志をたぎらせて、飛び退ったウサギ少年と警官との間に立ち塞がった。

 ウサギ少年はフードを被り直すと、その子供を担ぎあげた。

 

「珪素生命体《シリカ》がっ……!」

 

 人々の悲鳴も空しく、ウサギ少年は乱入してきた子供を抱きかかえ、門の上まで飛び上がった。

 オレは珪素生命体《シリカ》と目が合う――硝子玉、感情のない真紅の瞳。

 そして、ウサギ少年が抱えた子供とも目が合う――幼いながらも強い意志を秘めた瞳。

 一瞬だけの邂逅。

 ウサギ少年とその子供は、一瞬で門の外へと消えていった。

 その場が呆然となったのも刹那、警官達は溝内さんの号令の元に珪素生命体《シリカ》を追っていった。

 

「何だ、アレは……?」

 

「今回の盗難の犯人だって言わなかったっけ?」

 

 夙夜の呑気な声。

 

「まさか半分、って言ったのはあの二人が犯人だからか?」

 

 そのうち一人だから犯人の半分――分かるかぁっ!

 それよりも。

 

「今のうちに警察から逃げようぜ。いいな白根、これ以上いたらオマエだって面倒な事になるんだからな」

 

 そして腰を折って、耳元に近付いてひそりと一声。

 

「組織の事、知られたくなんてないだろう?」

 

「……了承いたしました」

 

「よし」

 

 ぽん、と白根の肩に手を置いてため息一つ。

 コイツときたら無駄に知識は多いし、賢いのだが……どうにも頭が固くて仕方がない。任務が目の前にぶら下がった瞬間、他に何も見えなくなってしまうのだ。

 マイペースとロボット、それに運動部まで乱入して。

 もはや呪われているとしか思えない。

 

 


 
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