(黄巾騒乱 其の七)
「はい、あ~~~~~ん」
嬉しそうに果実を指で摘んで一刀の口先にもっていく天和。
反乱終息のための話し合いを始めて数日、毎日のように天和は一刀にべったりとしており、まったく話し合いにならなかった。
「あ、あのさ、張角さん」
「天和って呼んで欲しいって何度も言っているじゃない♪」
真名まで授けている天和の姿に地和と人和は呆れていた。
本来、話し合いをするべき者達がただ戯れているだけなので仕方なく人和と霞が話し合っていた。
「とにかく、一刀の提案を全面的に受け入れるってことでそっちは問題ないんか?」
「そうですね。それ以外に選択はありませんし」
一刀の提案は天和達に黄巾党を解散させると同時に武装放棄、これまで手に入れた物の返還、黄巾党に参加した者に対して罪を問わないことだった。
それを受け入れるために人和は自分達の命の保障を条件に立てたが、これは一刀からの提案の一つだったため天和達はそれを復唱するだけだった。
「せやけど、これからどないするんや?」
天和達と無事に出会うことはできたが黄巾党自体を解体したわけではなかった。
そして黄巾党解体ができるのは天和達だけだった。
「天和姉さんがあの状態ではまだ無理だと思います」
一刀が相当気に入ったのかこの数日、離れようとしない天和に何度か黄巾党の解体をするための公演をしようと持ちかけたが、その度に、
「もう少しだけ待って~」
と言われ延期続きだった。
「ほんま、あんたの姉ちゃんは呑気やな」
「返す言葉がないです」
自分達の命を守ってくれると約束してくれた一刀に感謝しているが、だからといっていつまでもここでのんびりと過ごすわけにはいかなかった。
「こうしている間にもオカン達が黄巾党に攻撃をしとるんやで」
「そう言ってもなかなか聞いてくれませんからね」
「そやな」
霞も人和もため息が漏れる。
自分達がこうしている間にも官軍と黄巾党は各地で激しい戦いを繰り広げていた。
無駄な犠牲を出す前にここに来ているはずなのに、それをしようとしない天和に一刀も困り果てていた。
「と、とにかく、黄巾党に参加している人達に解散することを伝えてくれないか」
「うんうん♪わかってる♪」
「わかってないだろう?」
「うん♪」
天和はそんなことなどお構いなく果実を次から次へと一刀に差し出していく。
その一刀の隣で微妙な距離感を保って両手で饅頭を持って頬張っている恋の姿があった。
(ウチも酒呑もうかな)
その方がいっそう楽になるような気がしてきた霞だった。
そして地和というと両膝を抱えて椅子の上に黙ったまま座っていた。
まだ整理がついていないのか、自分から話そうとしない地和に対して霞もあえて何も言わなかった。
だが、このまま一刀と天和のじゃれあっている姿を見ていても何も進展しないと思い、霞と人和は声をかけようとした。
「あんな、アンタ、ええ加減に……」
そのまま続けようとした時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「て、天和様、大変です!」
入ってきたのは天和達と同じぐらいの黄色い頭巾を被った女の子だった。
そして彼女が目にした光景に言葉を失うほどの衝撃が走った。
自分の敬愛する天和が見知らぬ男に寄り添って楽しそうにしている姿に言葉が出てこなかった。
「何が大変なのです?」
そんな女の子に人和は声をかけると、女の子は正気を取り戻し慌てて自分がここにきた理由を思い出した。
「そ、それが」
「どけ!」
女の子が話そうとした瞬間、後ろから乱暴に突き飛ばされた。
代わりに現れたのはいかにも人相の悪い男達だった。
「な、なんですか、貴方達は!」
黄色い頭巾をしているためその男達も黄巾党であることは確かだが、手には抜き身の剣を持っており咄嗟に身の危険を感じた人和。
それに臆することなく前に進み出たのは地和だった。
「何よ、あんた達。ここはちぃ達の部屋よ。なんで許可もなく入ってくるのよ?」
「ち、ちぃ姉さん!」
男達を睨み上げる地和に注意を促す人和だったが、ゴロツキ達の中で頭らしい男は力任せに地和の首を掴み持ち上げた。
「あがっ……」
「ちぃ姉さん!」
「おっと動くなよ。動くとこいつの首を握りつぶすぜ」
地和は必死になって男の手から逃れようとするが力の差がありすぎてどうすることもできなかった。
「何が望みですか?」
人和とすれば地和を無事に救い出すためにはある程度の条件を受け入れるつもりだった。
「なぁに、俺達はちょっとお願いにきただけさ」
「お願い?脅迫の間違いでは?」
「そんなことはどうでもいい。それよりもお前達が溜め込んでいるお宝を俺達によこせ」
そんなものでいいのなら人和は何の迷いもなくゴロツキ達に差し出せる。
「それと、散々、俺達をこき使ってくれた礼としてお前達も頂くぜ」
「な、なんですって!」
まさか自分達まで要求されるとは思いもしなかった人和はそっと天和の方を見た。
天和は何が起こっているのかすぐには理解できなかったが、自分達を要求してきたことでその表情は怯えていく。
「な、なぜそのようなことを要求するのですか」
何十万という人達が黄巾党に参加している以上、このような男達が混ざっていてもおかしくなかったが、天和達にはそこまで気づくことができなかった。
自分達が犯した罪を償うにしてはあまりにも過酷過ぎると思っただけに、男達の用件を受け入れられなかった。
「俺達は別にお前達のために参加したわけじゃない。ただ単にお前達についていけば旨いものにありつけると思っただけだ。それがどうだ。毎日クソ不味い飯とクソつまらんお前達の歌を聞かされる。挙句に官軍がそこまで攻め込んできてやがる」
「官軍が?」
その言葉に人和よりも一刀の方が驚いた。
これほど早く華琳達が黄巾党の本隊にやってくるとは思いもしなかった一刀はこの男達が逃げるついでに彼女達を誘拐するのだと思った。
「兄貴、あっちの女もついでに連れて行っていいか?」
同じように人相の悪い男がまるでか弱き獲物を捕獲しようとしている獣のように霞と恋の方を指差した。
「もちろんだ。そこの男は身包みを剥ぎ取ったら切り刻んでやれ」
部屋に次々と入ってくる男達。
この状況を見れば侵入してきた男達は一刀達の運命が決まったと思ったが、残念なことに男達は勘違いをしていた。
「ウチ等かて好みっていうのはあるで」
言葉と同時に一人の男が後ろに吹き飛ばされた。
「なっ!?」
男達は何が起こったのかすぐには理解できなかった。
ただ、自分達の目の前にはいつの間にか飛龍堰月刀と方天画戟を手にしている霞と恋の姿があった。
「生憎、アンタ等は落第やな」
「……」
心底呆れたように話す霞と黙ったまま男達を見据える恋。
「女を脅すような輩にウチ等が惚れると思うか?」
「な、なんだと」
霞や恋の実力を知っていれば男達は歯向かうのではなく逃げる方法を選んだかもしれなかった。
地和を床に放り投げ、男達は一斉に霞と恋に襲い掛かった。
「その生意気な口答えもできなくさせてやる」
男達は適度に痛めつけ霞と恋も天和達同様に自分達の慰み物にしようとしていたが、それも一撃、また一撃と弾き飛ばされていく。
「ぎゃっ」
「ぐわっ」
男達が壁に叩きつけられ意識を失うまでに時間などかからなかった。
霞と恋は手加減をして男達を突き飛ばしたため誰も死ぬようなことはなかった。
「やれやれ」
「……」
互角の敵手ならばまだ楽しめたが相手が弱すぎてはそれすら感じることもできない。
それが不満で仕方ない霞だった。
「大丈夫かい?」
一刀は突き飛ばされた女の子の元にいき抱き起こすと、その女の子は一刀の顔をじっと見た。
「怪我はしてない?」
「えっ……、あ、はい」
顔を赤く染めながら答える女の子に一刀はホッと安堵の笑み浮かべる。
それがさらに女の子の顔を赤くさせた。
「なぁ、恋。今の報告しとくか?」
「(コクッ)」
「ち、ちょっとそこ。何わけのわからないこと言っているんだよ」
「別に~♪」
ひどくおかしそうに笑う霞になぜかじっと睨みつけてくる恋。
ただ倒れていた女の子を起こしてあげようとしていただけの一刀からすれば何とも釈然としなかった。
「まったく。ああ、君もごめんな」
「い、いえ……」
ゆっくりと立ち上がると両手を合わせ、顔を真っ赤にさせて俯く女の子。
「それで何が大変なのですか?」
人和が女の子にここに来た理由を冷静に聞く。
「あ、そ、そうでした。天和様、地和様、人和様、早くお逃げください」
「逃げるってどういうことよ?」
首を摩りながら立ち上がる地和はさらに説明を求めた。
「さっきの人も言っていましたが官軍がそこまで来ています。このままではここも危険ですからお逃げください」
男達が言ったのは嘘ではないことをこの女の子が証明したことになる。
そして女の子は知らなかった。
一刀と霞、それに恋がその官軍に属する者だと。
「それは困ったな」
一刀としては華琳に官軍の指揮権を委ねたとはいえ、それは自分が動きやすいように陽動をかけるだけをお願いしていたはずだったが、ここに来るとは思いもしなかった。
「オカンも抑えられんかったんかな?」
「……」
「でも逆にこれは好機かな」
一刀からすれば黄巾党の中でたった三人だと何をするにしても難しいが、味方である官軍がそこまで来ているのであればそれと協力して黄巾党の解散をすることができる。
「とりあえず、官軍のところまで行くか」
「そうですね」
一刀と人和は他の四人を見ると、それぞれ頷いたが唯一人、飛び込んできた女の子だけは状況についていけなかった。
「あ、あの、天和様。この方達は一体……。それに官軍のところって……」
自分達の敵である官軍の者がここにいるはずがない。
だが、霞や恋はともかく一刀の制服を見て女の子は表情を曇らせた。
「申し訳ございませんが貴方は一体……」
「俺?そうだなぁ」
まさか天の御遣いで漢の大将軍などとは言えなかった。
そこで天和達の方を見てあることを思いついた。
「俺は天和達のマネージャーだよ」
「まね……何ですか、それは?」
「あ、えっと、簡単に言えば天和達の手助けをする人かな」
「そうなのですか」
多少の疑わしい視線を向けられるがそれ以上は突っ込まれることはなかった。
それ以上に官軍が迫ってきていることの方が問題だった。
「天和」
「う~ん?」
「君もやめようと言ったのだからこれ以上、状況が悪くなる前に解散しようか」
「解散?」
「あ~アンタはちょっと黙っときや」
霞は優しく女の子に声をかけ一刀と天和の会話の邪魔をさせなかった。
「それはそうだけど、私達が降伏しても許してくれない人もいるんだよね?」
「そうだな」
一度はやめると宣言したにも関わらず、天和はこの数日の間で不安を募らせていた。
一刀と話をしていても十分に信じられる相手であり、彼に任せておけば自分達は助かるだろうと思っていたが、もし約束を信じて裏切られたらどうなるか。
自分でやめようと言っておきながらもそれがどうしても不安で仕方なかった。
「一刀」
「どうした?」
天和は一刀の手をそっと握っていく。
そこから伝わってくるのは不安に震えるものだった。
「信じてもいいんだよね?」
「もちろん」
「でももし裏切ったらどうするの?」
「俺がか?」
そんなつもりはまったくないにしても天和達の不安を完全に消し去る言葉はすぐに出てくるわけでもなかった。
今回は反乱という凶器になってしまったが自分の庇護の元で彼女達が心置きなく歌を歌える場所を提供したい。
そうなれば彼女達がこの国の大罪人ではなく歌姫として生きていくことも可能になると考えていた。
「言葉だけでは信じられないならどうしたらいい?」
何か証拠になる物があればよかったのだが、それを形にするのは一刀でも難しかった。
天和が悩んでいるように見えたのは一刀だけではなかった。
地和も人和も今まで見たことないほど『困っている』天和に驚いた。
「あ、あのね」
「うん」
「そのね」
「うん」
なかなか伝えることのできない天和に対して一刀は根気よく待つ。
「うんとね、私の良人になってほしいなぁ」
「良人ねぇ」
その言葉を繰り返す一刀。
「はい!?」
そしてそれがどういう意味なのかを発見すると思わず霞の方を見た。
見られた霞は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「それってもしかして結婚して欲しいってことなのか?」
「そうだよ?」
何を変なことを聞くのだろうと天和は不思議そうに一刀を見る。
「な、なんでそうなるかな?」
「えっ?だって私達を助けてくれるのならそのお礼にって思っただけだよ?」
「いや、だからって結婚って……」
結婚という言葉に今、遠い洛陽の地にいる百花の笑顔を思い出した。
「ダメ~?」
「ダメというかこういうのは今決めることではないと思うんだけど」
「でも、他に考えられないよ~」
天和の提案を受け入れなければ信用してくれないのかと思うと、一刀とすればある意味で困っていた。
それを見かねてか、それとも唯単に面白がっているのか、霞が天和にこう言った。
「この兄ちゃんを必要としている人がおるんや。だから、堪忍してやってくれへんか?」
「必要としている人?」
それは誰なのだろうかと天和は思った。
「一刀にとって大切な人?」
「うん。大切な人だ」
その人の為に自分は頑張っている。
それなのに天和と結婚なんてものをしてしまえば、百花を裏切ることになってしまうような気がしてならなかった。
「そうなんだ……」
どこか残念そうにつぶやく天和。
しばらく考えた後、天和は顔を上げて一刀に別の物を提案し、それを受け入れられると改めて黄巾党の解散を約束した。
数日後。
全ての準備を整え、天和、地和、人和は舞台に立っていた。
いつもどおりの公演を開催し会場は大いに盛り上がっていた。
「大丈夫かな?」
舞台袖で見守る一刀。
黄巾党として最後の舞台とはいえ、初めて彼女達が歌って踊っている姿を見た一刀は本当に解散宣言をするのかほんの少しだけ不安があった。
「なんとかなるんとちゃうか?」
霞は戦わずして終わらせることができるのであればそれでよかった。
だが、戦うことになれば何の躊躇もすることなく黄巾党に殴りこめる。
どちらに転んでも霞はよかったが、一刀の気持ちを考えるとそれを口にすることはしなかった。
「なぁ霞」
「なんや?」
「やっぱり俺って甘いのかな?」
「何を今更。あんたが極悪非道やったらウチはあの子等じゃなくてアンタの首をとっとる」
「冗談にしては笑えないな」
もちろん霞は冗談ではなかった。
それを表すかのように左手を伸ばして一刀の頬の触れた。
「ウチはアンタになら命を預けてもええって思ってる。だからウチはアンタに対してだけは冗談じゃなく本気でいたいねん」
「霞……」
「アンタがあの子等を守りたいと思っているならウチはアンタを守る」
目を細めつつもその表情には柔らかな笑みがあった。
「そうだな。なら背中を任せるよ」
「任せとき」
二人がそう言っていると、恋もやってきて空いている一刀の頬に手を伸ばした。
「なんや、恋もか?」
「……恋もご主人様、守る」
「ご主人様って……。へぇ~、一刀はいつから恋にそんなこと言わせとんや?」
「ち、違うって。恋が言っているだけで俺は」
「……ダメ?」
首を傾げる恋の見ていると一刀は拒否などできなかった。
「ダメじゃないけど」
「……」
ほんの少し寂しそうな表情を浮かべる恋。
「いいよ。恋の好きな言い方で。それに恋に守られていると思うだけで安心できるよ」
恋の髪を優しく撫でる一刀。
そうすると恋の頬は薄っすらと赤く染まっていた。
「ほなウチと恋が守れば何も問題ないわな」
「そうだな」
「(コクッ)」
一刀は二人がここにいてくれることに感謝した。
「そういや、あの子等の望みはどうするんや?」
「まぁ一応、許可を貰うつもりだ。さすがに勝手にしたら後が怖いからな」
「アンタらしいわ」
そう答えて笑いをかみ締める霞。
天和が一刀に提案したことは彼女らしいものだった。
それは将来、幸せな形となって果たされることになった。
そうしているうちに、舞台では天和達が歌を歌い終わった。
「今日は皆にお知らせがあるの~」
天和のその一言にざわめく会場。
一体どんなお知らせなのか気になる黄巾党に参加している男達。
「今まで皆と一緒に頑張ってきたけど、黄巾党は今日限りで解散しま~す」
満面の笑顔で天和が声を上げると、それまで賑やかだった会場が静けさに包まれていく。
「このまま続けていたらきっと皆を傷つけるだけだと思うの。それに皆が傷つく姿を見たくないから」
ゆっくりと語りかける天和。
その言葉には彼女の優しさと苦しみが含まれていた。
「ちぃも皆と一緒にいることは大好き。でも、今の気持ちでちぃは皆と一緒にはいられない」
地和が一番、黄巾党の解散に難色を示していたがこのままでは最悪の事態に迎えると思うと、続けていくことなど不可能だと心のどこかで感じ取っていた。
「このまま私達といて皆が傷つくならば、ここに立つ資格が無いと思うの」
黄巾党によって新たな悲しみや憎しみを生み出すのであればここで終わらすべきだと人和は思っている。
「だから」
三人は横一列に並んで両手でマイクをしっかり握り、真っ直ぐな視線を向けてこう言った。
「「「黄巾党は今日で解散します!」」」
戸惑い、苦しみ、痛み、色々な思いを胸に三姉妹ははっきりと自分達の言葉でそう宣言した。
静けさが漂う会場。
誰もが視線を逸らすことなく天和達を見る。
「あ、あれ?」
反応がないことに焦りを感じる天和達。
同じように舞台袖で様子を見守る一刀達。
「え、え~っと」
そうやって天和が何か話そうとした矢先、
「やめないでくれ!」
大声を上げる男を皮切りにあちらこちらで解散反対の声が上がっていく。
やがて会場全体が解散反対の声に満ちた。
「天和ちゃん、やめないでくれ!」
「地和ちゃん、俺達を見捨てないでくれ!」
「人和ちゃんのためなら俺達はどんな苦労だって乗り越えてみせるぜ!」
そこには洗脳された者はおらず誰もが天和達を慕っている。
昨日のように暴徒と化す者がいても大半が彼女達に惹きつけられた人達なのかと一刀は天和達に驚いた。
「ちーちゃん、人和ちゃん、どうしたらいいのかな?」
解散宣言をしたのにそれを拒否する黄巾党の参加者達。
彼等は天和達をここ得おから慕っているように見えた。
「どうしたらって……そんなのちぃに聞かれてもわかんないよ」
「人和ちゃん」
「え、えっと……」
さすがに人和もどうしたらいいのかわからず、舞台袖で自分達を見守ってくれている一刀達の方を見たが答えなどあるわけがなかった。
同じように天和も舞台袖の方を見て、一刀と視線が合った。
そして何かを思いついたように一刀の方へ駆け寄っていく。
「一刀♪」
「ど、どうしたん……おわっ」
いきなり手首を捕まれた一刀はそのまま天和に引っ張られて舞台中央へと連れて行かれた。
「天和姉さん?」
何をするのだと地和と人和は思ったが、それは黄巾党の参加者達も同じ思いだった。
そんな中で天和は何の遠慮もなく一刀の腕に自分の腕を絡ませて、妹達が羨む大きな胸をその腕に押し付けていく。
「て、天和さん?」
焦る一刀を他所に天和はマイクを通してこう言った。
「私達はこの人のお嫁さんになりま~~~~~す♪」
「「「なに~~~~~!?」」」
一刀、地和、人和ばかりか霞まで舞台袖から思わず出てしまうほど驚いた。
「て、天和、な、何言ってんだよ」
「だって~私、一刀のこと好きだもん♪」
たった数日で好きになるのも不思議な話だったが、今はそれどころではなかった。
さっきまで解散否定の声に満ちていた会場が一変、一刀に対して殺意に似た視線を一斉にぶつけていく。
「あの男が俺達の天和ちゃん達を奪いやがった!」
「変な服を着てやがるぞ」
「天和ちゃん達が騙されているんだ」
口々に一刀に対する罵声を浴びせる。
一刀からしてもそんなことを言われても自分も被害者だと思っていたが、天和の甘えるような仕草と何よりも腕から伝わってくるもっちりと柔らかい感触が理性を刺激していた。
(ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。落ち着け北郷一刀!)
ここで負ければあとに待つのは屈強な男達による制裁。
この会場だけでもおそらく何万人といるはずだから、一度に襲われたら逃げようが無かった。
「おい、他の連中も連れて来い。俺達の天和ちゃん達を守るんだ」
「おうよ」
大声で言うため一刀はますます慌てて天和を離そうとする。
「て、天和」
「そんなに動くとダメだよ~」
なぜか頬を赤く染めている天和。
一刀を恥ずかしそうに見上げる天和を見てさらに罵声が飛ぶ。
「あの男をやっちまえ!」
「いくぞ!」
天和達を守りたいという強い想いが暴走したように屈強の男達は次々と舞台へ上がっていき一刀に迫っていく。
「さっさと離しやがれ!」
拳を振り上げて一刀目掛けて放つ。
「ち、ちょっ!?」
避けようとしたが天和の足に絡み後ろへと倒れこむ一刀。
その拍子に天和を抱くような形となり、一刀の胸の上に天和の柔らく大きな胸が重なった。
「こ、このやろう~!よくも天和ちゃんを!」
「ま、待て、落ち着け!」
「煩い!」
天和を抱きしめてしまっているため、今度こそ避けることができない一刀は思わず両目を閉じた。
男の拳が顔面に食い込むかと思われた瞬間、男は豪快に横に吹き飛ばされた。
「まったく、面白いことを次から次とようやるな」
呆れたように霞は一刀を見下ろす。
再び両目を開けた一刀は困ったように苦笑いを浮かべ、天和を支えながらゆっくりと立ち上がる。
「それとアンタ、余計なことを言わんといてくれるか?」
「余計なことじゃないよ?」
「あんなこといったらコイツ等が納得するとでも思ってたんか?」
屈強な男達の中には腰にぶら下げていた鞘から剣を引き抜いていく者もいた。
「どうやらどさくさに紛れてアンタ等の命も取ろうって奴もおるみたいやで」
飛龍堰月刀を構えなおす霞。
地和と人和も事態を察したのか、一刀の後ろに隠れるように立つ。
「……邪魔」
その囁きと同時に数人の男達が一陣の風が通り過ぎたと同時に後ろへと吹き飛ばされていく。
「恋!」
一刀を守るように現れた恋の表情はいつもより鋭さを感じさせていた。
「霞……ご主人様、お願い」
「恋……。わかった。好きなだけ暴れてきたらええで。ただし、『本気』になったらあかんで」
「(コクッ)」
「れ、恋?」
一刀は恋を呼ぶと彼女は振り返ってこう言った。
「恋、頑張る」
「あ、ああ……」
万を超える黄巾党に対して恋は一人で立ち向かおうとしている。
いくら一刀の知っている『呂布』でも実際に何万という人間を相手にするのは不可能だと思った。
だが、恋はまったくそれに臆している様子など感じさせていなかった。
ただそこにあるのは、一刀を守りたいという強い想いだけだった。
「……わかった。でも、無茶だけはしないでくれ」
このまま引き止めていても彼女にとっても自分達にとっても何一つ良いことなどないと悟ったのか一刀は恋の行動の自由を許した。
そして一度、恋の真紅の髪を優しく撫でると、恋はほんの一瞬、柔らかな表情を浮かべて前を向いた。
「……いく」
短くつぶやくと目の前から迫ってきている男達を方天画戟で一振りして吹き飛ばしながらまさに『突撃』を開始した。
「さてウチはこぼれたのを相手するわ」
「霞も無茶はするなよ」
「わかっとる。それよりも、一刀もしっかり守るんやで」
どことなく意地の悪い笑みを浮かべて襲い掛かってくる男達を軽く蹴散らしていく。
予想外の侵入者に驚きつつも数を頼みに黄巾党の男達は一刀達に襲い掛かっていっては恋と霞によって阻まれていく。
それでも天和達のためだと次から次へと仲間を呼んでくるため倒しても倒してもきりがなかった。
その中でも恋の活躍は一刀達を驚かせていた。
何十人と襲ってこようとも全く動きに隙がなく、まとめて吹き飛ばしていく。
「こ、こいつ、強いぞ!」
「ば、馬鹿野郎。たった一人になにびびってんだ」
片手で方天画戟を振るっていく恋は一切の手加減はしていなかった。
刃の部分で斬られていれば痛みに苦しむこともなく倒れることを許されたが、柄などに当たった場合は身体の中から奇妙な音を立てて地面に叩きつけられ、やがて襲ってくる痛みに苦しんでいた。
「いかせない」
恋を本能で危険と悟った者は彼女を避けていこうとするが、それよりも早く恋はその者達の前に立ちはだかり吹き飛ばしていく。
傷一つ付けられることなく叩き伏せていく恋の姿に一刀は戦慄を覚えた。
「あれが恋の実力なのか?」
数の暴力にも屈することなく戦い続ける恋。
「あの子、凄いね」
天和も恋を見て素直な感想を口にする。
「ねぇねぇ一刀」
「なに?」
「あの子ももしかして一刀のお嫁さんになるの?」
「お嫁さんって……」
天和に言われて一刀は考えた。
戦うこと以外では大人しい恋であり、食べ物を食べている時の姿は心が温かなものを感じさせる。
それがいきなり自分の花嫁になるという発想は一刀には思いつかなかった。
「私はいいよ」
「何がだ?」
「あの子が一刀のお嫁さんになっても」
「あのな、いつから俺は結婚することになったんだ?」
「さっきだよ♪」
天和は一刀のお嫁さんになることを冗談で言ったつもりはなかった。
黄巾党の解散によって自分達の命を保障してくれる一刀なら一緒にいてもいいと天和は思っていただけに、撤回をするつもりもなかった。
「でも、姉さん」
「な~に、人和ちゃん?」
「さっき私達って言わなかった?」
「うん、言ったよ。私とちーちゃんと人和ちゃんまとめて一刀が面倒みてくれるんだから」
突っ込まなければどんどん話を進ませていく天和に一刀が注意をしようとしたが、武器を持った数人の男達が地和と人和の後ろから迫ってきているのが見えた。
「あぶない!」
七星の剣を抜く暇がなかった一刀は二人を守るように身体を動かして背中で男達の振り上げた剣を受け止めた。
「ぐっ……」
「か、かずと!」
白い制服は斬られた場所から赤く染まっていくが致命傷にはならなかった。
すぐに地和と人和を突き放して七星の剣を抜きながら振り返った。
その瞬間、激しい痛みが一刀の腹を襲った。
「けっ、男には用なんてないぜ。さっさとくたばりな」
膝をついて崩れ落ちていく一刀は薄れゆく意識の中で必死になって立とうとしたが、後頭部に激しい痛みを感じ、誰かの悲鳴を聞きながら意識を手放していく。
最後に感じたのは一陣の風だった。
そしてその後は終息するまで凄惨な光景が広がることになった。
一刀が意識を失った直後、目にも留まらぬ早さで男達を方天画戟が串刺しにした。
風が収まると同時に恋は方天画戟を掴んで串刺した男達を何の慈悲も感じさせることなく放り捨てた。
「……ご主人様」
傷つき倒れた一刀を見て恋の表情から温かみが完全に消え去った。
「お前達」
残っていた男達に恋は殺気という刃を押さえることなく突きつけていた。
「許さない」
一言発するだけで一人の男の首が飛んでいく。
「ご主人様、傷つけた」
武器を持った者は次々と抵抗を許されることなく討ち取られていく。
「だから」
黒い模様のようなものが彼女の肌に広がっていく。
「死ね」
天和達はこれほど冷たく殺意に満ちた言葉を今まで聞いたことがなかった。
一刀を抱き起こしながらも恋から感じられる『何か』に怯えるように身体を寄せ合う天和達。
そんなことなど全く関係なく、恋は黄色い頭巾を被っている者達に一方的な殺戮を繰り返していく。
「ぎゃあああああ!」
「て、てんほ・・・・・・ち……ん」
「お、お助け!」
天和達に助けを求める者、逃げる者、関係なく恋はただ野獣のごとく方天画戟で鮮血を作り上げていく。
「お、お姉ちゃん……」
身体を震わせ気づけば座り込んでいる部分が濡れている地和。
「あ、あれは人なのですか?」
息を呑んで目の前で繰り返される殺戮から視線を逸らせずにいる人和。
「こ、怖いよ、一刀……」
意識を失っている一刀を抱きしめる天和。
三人ともが目と耳を塞ぎたくなるような光景にどうすることもできずにいた。
「これが戦や」
そこへこちらも傷一つなく戻ってきた霞が天和達に話しかけてくる。
「アンタ等が起こした先にあるのはこんな光景なんや。それを止めさせるために、防ぐために一刀はアンタ等に会って黄巾党を解散させたかったんや」
恋の攻撃に恐れをなしてか霞達の方には誰も来なくなったが、それでも油断することなく霞は周囲に気を配りながら一刀を見下ろしていた。
「これを見て反省するならもう二度とこんなことをしたらあかんで。そうじゃないと一刀の好意を裏切ることになる」
これでまた黄巾党のような集団をつくりあげるなら一片の慈悲も天和達に向けることなど霞は与えるつもりはなかった。
「あと、勘違いせんときや。ウチはアンタ等を守るつもりなんてこれっぽっちもないから。一刀がアンタ等を守るからウチはそれに従っているだけやってことよう覚えておきや」
霞の言葉に今の天和達は反抗などする気力すら残っていなかった。
三人とも、恋が作り出す凄惨な光景に怯え悪い夢なら早く醒めて欲しいと強く願っていた。
(それにしても)
霞が今一番心配しているのは恋だった。
一刀の傷は見た目よりも軽い上に意識を失っているためそれほど心配するものでもなかったが、恋についてはそうも言っていられなかった。
自分の身体が赤く染まろうとも全く気にすることなく方天画戟を振り続ける恋。
(オカン、約束の時かもしれへんで)
それは霞と恋が拾われ数年が過ぎた頃、恋の異常なまでの強さに眉をひそめた丁原が霞にあることを約束させた。
「恋がもし我を忘れて己が武を振るうようなことがあればアレの命も縮めてしまうかもしれん」
「大袈裟やな」
「冗談で言っておるわけではない。アレを見ておるとそう感じてしまう。それに見たからな」
「何を?」
「恋の身体に黒い模様が浮かぶ」
霞からすれば理解できないことだったが、丁原が冗談を言っているようには聞こえなかったため、自然と表情が険しくなっていく。
「戦で他者を寄せ付けることのない強さを発揮する時に命を燃やしてその力を得る。そんな話を聞いたことがある」
「それが恋なんか?」
「わからん。じゃが、この頃、そう思ってしまう時がある」
賊討伐の時に一度だけ不意をつかれ手傷を負ったとき、一緒にいた恋が我を忘れてその相手を一瞬にして倒してしまったことがあった。
その時にも黒い模様が浮かび上がり、少しずつ大きくなっていた。
「できれば恋には戦わせたくないが、そうも言っておれなくなるだろう。霞、もし儂がおらぬところで恋がそうなったら止めてくれぬか?」
「ウチが?まぁええけど」
霞からすれば恋に正面から挑めば負けるとは思えないが勝てないとも思っていた。
だが、丁原の言うとおりなら恋を失いたくないという気持ちは霞も同じだったため、その約束を受け入れた。
そして今、その約束を果たす時なのではないかと霞は思っていた。
(せやかて、今の恋には近づきたくないなぁ)
間違えば霞にも攻撃が来るかもしれない。
だからといってこのまま放置しておくわけにもいかなかった。
「アンタ等」
飛龍堰月刀を握りなおした霞は天和達に背を向けて叫んだ。
「一刀のこと頼んだで」
ここを離れてしまえば意識を失っている一刀を守る者は天和達しかいないため、彼女達に任せるしかなかった。
「ど、どうするのよ?」
「ウチができることをするだけや」
それだけを答えると霞は殺戮の中心へと駆けていくが止めるどころか黄巾党に阻まれてなかなか近づけなかった。
残された天和達は一刀を守るように囲み、恋と霞の戦っている姿を見ていた。
「私達のせいかな?」
「天和姉さん?」
「だって私達がこんなことをしたから……皆が傷ついているんだよね」
天和の言葉に地和は反乱を決意したあの日の男の子を思い出した。
その時の気持ちよりもさらに胸を押しつぶす光景が今ここにあった。
こうなったのは自分達のせいだ。
そんな想いが天和からいつもの笑顔と奪い去っていた。
地和も人和も何を言っていいのかわからず、何度も一刀と恋達を見ていた。
「私達はこんなことをするために立ち上がったわけじゃないのに、結果的にはこうなってしまったのは私達のせいかもしれませんね」
霞の言った通り、これは全て自分達が招いた結果。
謝罪をしても許されることのない大罪。
身の危険を冒してまでやってきてくれた一刀の想いを裏切ったかのように黄巾党の暴発を招いた。
「ちーちゃん、人和ちゃん」
天和は意を決したかのように二人の妹達に声をかける。
「こうなったのは私のせいだから、私が皆を説得するよ」
「えっ?」
爆弾発言をして今の状況を作り出した責任を取ると天和は言っていた。
震えている身体にこれでもかと勇気を振り絞っている姉の姿に地和と人和はお互いの顔を見て頷きあった。
「仕方ないわね。お姉ちゃんだけにそんなことをさせないよ」
「ちーちゃん?」
「そうね。それに天和姉さんが真面目なことを言うといつも変なことが起こるしね」
「人和ちゃん?」
二人は一度、一刀の方を見た。
「ちょっとだけそこにいなさいよ」
「すぐ戻ってきますから」
そう言ってゆっくりと立ち上がっていく地和と人和。
「さあ、姉さん。同じ過ちを繰り返さないように私達のできる全力を尽くしましょう」
手を差し伸べる人和。
天和は二人の妹達を見上げ、そして彼女達がいてくれることが何よりも大切なことだと再確認をした。
「うん」
涙に濡れながらもいつもの笑顔に戻っていく天和。
「一刀、いってくるね。もし無事に終われたら一刀と一緒にいてもいいよね?」
答えなど返ってくるわけではなかったがそれでも天和は一刀ともっといたかった。
両手で一刀の頬に触れると彼の額に軽く口付けをする。
「それじゃあ、いこうか」
名残惜しそうに一刀から離れて立ち上がる天和。
振り向いた先には恋と霞が多勢に無勢であるに関わらず黄巾党を圧倒している光景が写った。
地和と人和は姉を真ん中にして一列に並んで、マイクを両手でしっかりと持った。
悲鳴と怒号が飛び交う中で彼女達の周りだけは静寂が舞い降りてきた。
三人は瞼を閉じて気持ちを落ち着かせていく。
(((皆に届いて)))
三人の想いが声になって流れ始める。
それがマイクを通してこの会場へと続いていく。
ゆっくりとそれでいてはっきりとした声。
それは彼女達が本来持っている純粋な言葉。
言葉がリズムによって歌へと変わっていく。
始めは悲鳴や怒号よりも弱々しく感じられたそれは、ゆっくりと時間をかけてそれらを包み込んでいく。
心からの言葉を歌にしていく天和達に黄巾党だけではなく、恋や霞も動きを止めて彼女達の方を振り返った。
今までのように元気を与えたり、胸のうちから熱いものがこみ上げてくるわけでもないのに、舞台で歌う三人の姿に誰もが動きを止めた。
その歌声によって意識を失っていた一刀もゆっくりと瞼を開けていく。
自分の中に流れ込んでくる優しくて温かい歌に何が起こっているのか理解できないでいる一刀。
「これは……」
背中の痛みなどを忘れているかのように身体を起こして目の前で歌っている天和達の姿を見つけた。
「天和?地和?人和?」
さっきまで聞いていた歌とはまったく違うリズム。
温かい何か包まれているような心地よさ。
(これが天和達の本当の歌なのか)
黄巾党を扇動するための歌ではなく、心から歌う純粋な彼女達の言葉に一刀は感動を覚えた。
それは一刀だけではなく、黄巾党や恋、霞も同じ思いだった。
誰もが争うことなく舞台にたって歌っている天和達の声に、言葉に、耳を傾けている。
(そうか)
一刀は彼女達の歌を聞いてあることを思い出した。
誰もが彼女達の歌に惹きつけられるのであれば、彼女達にこの国の歌姫になってもらい全ての人達のために歌って欲しい。
国の歌姫であれば彼女達を狙う者も利用する者も限りなくいなくなる。
不安があれば誰かを専属の護衛につければいい。
意識がはっきりしていく中で一刀は天和達のこれから生きる道を考えると楽しい気持ちになっていく。
(それに)
今の彼女達の歌ならば黄巾党に参加している人達の心にも伝わっているはずだった。
彼女達の想い。
彼女達の願い。
その証拠に誰もが争うことなく聞いている。
「凄いよ……三人とも」
歌い続ける三人を静かに見守る一刀。
「一刀」
いつの間にか一刀の近くに霞と恋がやって来ていた。
二人とも赤く汚れていたがそれは自分が流したものではなかった。
「ご主人様……」
一刀が起き上がっていることに安心している恋だが、一刀はそんな彼女に軽く頬を撫でながら優しく叱った。
「恋、無茶をするなって言っただろう?」
「……」
「もう無茶をしないって約束してくれるか?」
「……(コクッ)」
一刀が無事であるのであれば恋は何も問題はなかった。
そして背中の斬られたところをそっと手を伸ばした。
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとうな」
恋の髪をくしゃくしゃと撫でると恋は嬉しそうに甘える。
霞も恋の身体を見て黒い模様に目を細めたが、一刀がいる限り恋は無闇に戦にその身を燃やすことはなく大丈夫だろうと思った。
(そろそろ終わりかな)
天和達が静かに歌い終わっていき、再び静寂が包み込んでいく。
歌い終わった天和は一呼吸ついてからマイクを通してこう言った。
「約束するから。きっと皆の前に戻ってくるからそれまで待っていてね」
「ちぃ達は皆が大好きだから」
「だからそれまでお別れです」
いつか必ず復活する。
これで終わりではなく、未来へ続けるための一休み。
再び舞い戻ってくるという約束に黄巾党の参加者達は武器を捨てて舞台へ歩み寄っていく。
「待っててくれるかな?」
天和の言葉を理解するまでに時間はかかった。
それでも一人が納得すればそれは自然と広がっていくものだった。
やがてそれは大きくなっていき、あちらこちらで傷つきながらもお互いを支えあって天和達の言葉に従うことを示すように歓声が上がった。
「一刀」
振り返った天和を一刀は優しい表情で迎える。
「これでいいんだよね?」
黄巾党としての復活ともとられかねない天和の言葉だったが、不思議とそこには黄巾党の再興ではなくまた違ったもの一刀は聞こえていた。
「ああ。それでいいよ」
「よかった」
そこで力尽きたのか天和は膝から崩れ落ちて尻餅をついた。
「お、お姉ちゃん!?」
「天和姉さん!?」
慌てて駆け寄る地和と人和。
「ごめんね~。なんだか力が抜けちゃった」
黄巾党の解散と無用な殺戮劇を止めたことで彼女の気力、体力、ともに限界を超えていたようだった。
「でも、本当にいいのですか?」
人和は復活することに対して懸念を持っていた。
自分で言っておきながらも不安になる気持ちは一刀にもわかっていた。
「大丈夫だと思うよ。次に三人が舞台に立つ時は争いとかに利用されるのではなく、誰もが心から楽しめる時だから」
「私もそう願います」
とにかく一刀に全てを委ねる。
それが今の天和達にとって重要でもあり唯一の生き残る方法でもあった。
「それにしても」
一刀は思った。
恋と霞の姿を見てもわかるように、圧倒的多数である黄巾党に短時間とはいえ多大な被害を与えた二人の実力は恐ろしいものだった。
後日、このことを思い出した一刀に霞は恋がほとんどしたと聞かされ、自分の隣で美味しそうにご飯を食べている恋に驚きながらも怪我をしなくて良かったと思った。
「恋、霞」
「なんや?」
「?」
「ごめんな。二人に迷惑かけて」
自分のせいで浴びなくていいものを浴びさせた。
自分の不甲斐なさで二人に迷惑をかけたことが一刀にとって申し訳なく思えてならなかった。
霞はそんな一刀に笑顔で応えるだけだった。
「さて、それじゃあ……」
天和達と話を再開しようとした矢先、遠くから銅鑼が鳴る音が聞こえてきた。
「な、何だ?」
一体何事かと思ったが、幾人かの男達が血相を変えて走ってきた。
「か、官軍がきた!」
「あっちからも」
銅鑼の音がさらに大きくなって周囲から聞こえてくる。
官軍がここにやってきたというのは一刀からすれば予想外だった。
確かに一刀は華琳に対して軍権を一時的にせよ委任したため、彼女がどう動こうとも潜入を見破られないように陽動してくれると思っていた。
現にここに自分がいるということは少なくとも一刀が思っている通りに華琳は軍を動かしていた。
では、なぜここに至って官軍がここにきたのか?
(あの曹操が約束を守らないとは思えない)
下手に官軍がここに来てしまえば最悪の事態を招きかねなかった。
「天和、地和、人和。俺達と一緒に来てくれないか?」
「えっ?う、うん」
「それはいいけど……」
一刀がいるのであれば大丈夫だろうと思いながらも未だに『敵』である官軍へ向うには多少の抵抗もあった。
「心配せんでええ。何かあったらウチ等もおる」
「(コクッ)」
霞と恋。
その二人の実力を目の当たりにした天和達はそれならば大丈夫かなと無理やり自分達を納得させた。
「とりあえずこっちから刺激させないように天和達から伝えてくれないかな?」
そんな心配は無用かなと思うと今の黄巾党には迫り来る恐怖に怯えても反抗する局があるとは思わなかった。
そう思わせる要因が恋にあると思うとおかしくもあった。
「うん。それは任せて」
天和は地和と人和に支えられながら立ち上がり黄巾党の参加者達に向って攻撃などを仕掛けないようにお願いをした。
「なぁ霞」
「なんや?」
「あの三人って凄いよな」
反乱を起こしたとはいえ歌によって彼等を扇動する力。
そして反乱そのもののを終息させた力。
(もしかすると俺はまだ知らない部分があるのかな)
その答えは今はわからない。
だが、これから先、彼女達と過ごすことになれば少しずつわかってくるかもしれない。
「まぁそれが人とちゃうか?」
他人のことを完全に理解できることなど不可能ではあるが、それに限りなく近いところまでなら努力次第ではたどり着くことができる。
霞にしてもまだ一刀の全てを知っているわけではない。
だから一刀が天和達の全てを知っていなくても何も恥じることはなかった。
「それより最後まで気をしっかり引き締めときや」
霞の忠告は一刀にとってもありがいものだった。
最後の大仕上げがまだ残されていることを彼は知っていた。
一刀を含めた六人が官軍の前に現れた時、馬上の華琳と丁原は笑みを浮かべていたが、どことなく影がかかっていた。
「まずはおめでとうと言うべきかしら?」
先制の言葉を華琳がかけてくる。
「ありがとうと言うべきかな。でもここに来るなんて知らなかったけど?」
「そうね。言ってなかったし」
平然と答える華琳。
「それに私は貴方から軍権を委任はされ、動きやすいように陽動もかけたけどそれ以上のことは何も言われなかったわ」
つまり一刀が天和達と接触した時点で華琳は自由を得たことになる。
それについて非難を口にすることを一刀はするつもりはなかった。
「安心しなさい。多少の被害を出したけど降伏する者や負傷者には手厚く保護をしたつもりよ」
それを信じないのなら自分の目で確認しろといわんばかりに華琳は口調を変えなかった。
一刀は華琳が嘘を言っているとは思わなかったため、確認することはしなかった。
「それでそっちはどうだったの?その様子だと上手くいったみたいだけど」
「おかげさんでね」
「おかしな男ね。上手くいったならどうしてそんなに傷ついているわけかしら?」
「まぁこれは無事に終わらせた事に対する対価と考えてくれたらいいよ」
嘘を言っているつもりは一刀にはなかったが、華琳は冷ややかな視線をぶつけていた。
代わりに馬から下りた丁原が一刀の後ろに控えていた恋と霞に近寄っていった。
「霞、恋。二人がおりながら御遣い様に手傷を負わすとはどういうことじゃ?」
「て、丁原さん、これはその」
「御遣い様は黙っていただけるかの。儂はこの二人に話しておるのじゃ」
一刀は自分の怪我は自分のせいであり恋や霞のせいではないことを言いたかったが、歴戦の将である丁原は自分の娘達の役割が何であったかを問いただしているため、何もいえなくなってしまった。
「ウチ等の実力不足や」
霞がそう答えると同時に鋭い一撃が彼女の頬を襲った。
「これで目が覚めたか?」
丁原からすれば霞はどこかで自分の実力に慢心しているように見えたのだろう。
叩かれた霞もそれがわかっているからこそ、文句を言わなかった。
「それと恋」
今度は恋の方を向く。
恋はいつもと変わらない表情だが、どこか覚えているように一刀は見えた。
二度ほど鋭い痛みが恋の頬を襲った。
「この馬鹿娘が」
「……」
返り血によって染まった恋の姿を見た丁原はそう言うと、恋の身体を抱きしめていく。
「あ、あの丁原さん」
二人が叩かれたのであれば自分も叩かれる権利はある。
一刀が丁原に声をかけると、丁原は恋を離して一刀に膝をついた。
「御遣い様に手傷を負わせた罪、この二人の罪であることを深くお詫び申し上げまする」
「て、丁原さん!」
「儂は何が何でも御遣い様をお守りするようにと二人に言ったにも関わらず、手傷を負わせてしまい弁明の余地もございませぬ」
丁原はあえて誰もが見ている前で一刀を傷つけた二人の罪を明らかにした。
「これは俺のせいだし二人がいてくれたからこれで済んだんだ。だから二人を責めないで欲しい」
自分が傷ついたのは自分の責任であり、決して恋や霞の責任ではなかった。
丁原はその言葉に感謝と謝罪を感じ取っていたため、二人の娘に改めてこう言った。
「霞、恋。もう二度と御遣い様を傷つけることは許さぬぞ」
命を懸けて一刀を守れ。
丁原の言葉に霞と恋は頷いた。
「御遣い様」
改めて礼を尽くす丁原。
「改めてこの二人を御遣い様のお傍に置いていただけませんですかな?」
「丁原さんはいいの?」
「儂はこの二人が御遣い様のために力を尽くすのであればこれ以上の喜びはありませぬ」
改めて二人を傍に置くことを勧めてくる丁原に一刀は受けれた。
霞と恋の方を見ると、
「霞、恋。これからも宜しくな」
彼らしい笑顔と共に二人にそう言った。
「任しとき。今度は傷一つつけることなく守ってみせるわ」
「ご主人様、守る」
自分の意思で一刀の臣下になる。
それは一刀にとっても霞達にとっても喜ばしいことだった。
「さて、それじゃあ張角達の処遇について貴方の意見を聞かせてもらえるわね?」
それまで黙っていた華琳は天和達の方を見た。
「そのことなんだけど、彼女達は降伏を受け入れてくた。その証として黄巾党の解散と本人達の身柄を俺が引き受けることになった」
「張角達の降伏と黄巾党の解散は納得できたわ。でもその身柄を貴方が預かるのはどういうことかしら。これだけのことをしてまさか罪なしなんて言わないわよね?」
華琳の言うそれは正論だった。
最低でも極刑であり助けることなどありえなかった。
他の諸将も同じ意見であり、他に罪滅ぼしなどできるはずがなかった。
「これは俺が決めたこと。独断で申し訳ないけど」
「それで納得しろと?」
「できないだろうね。でも、俺は無闇に命を奪うことなんてできない。もしそんなことを思っているなら始めから彼女達に会うなんてこともしなかったよ」
敵だろうが何だろうが抵抗をしない者にこれ以上の罪を与えることなど一刀にはできなかった。
華琳の言うとおり、天和達のしてきたことは決して許されるものでもなかったが、それでもそれを生きて償うことはできると信じていた。
「もしそれでも納得できないのなら俺は彼女達を守って逃げるさ」
「できるとも?」
「できないだろうけど完璧にできないわけではないと思っているよ」
「そう」
短く答えた華琳は片手を上げると、彼女の率いている軍が動き瞬く間に一刀達を囲んでいく。
「曹操!お主、自分が何をしているかわかっておるのか?」
「わかっているわ。こんな甘い考えしかできない男なんて私からすれば何の価値もないし不必要な存在でしかないわ」
華琳の行動に他の諸将達は驚きの声しか上げなかった。
「どう、これでもまだ考えを変えない?」
「無理だね。仮に俺達を討ち取っても曹操さんは何にも利益になることなんてないよ」
「それを決めるのは貴方ではないでしょう?」
「まあね。でも、少なくとも俺はここで死ぬつもりもないし考えを変えるつもりもない。それに納得できないのであればいつでもかかってきてくれていいよ」
天和達を守ることに何の躊躇いも見せない一刀に馬上から冷たい視線をぶつける華琳。
やがて華琳は人目に憚ることなく笑い始めた。
「お人好しもここまでくれば立派なものね」
笑いを収めると囲いを解いて華琳自身は馬から降りた。
「少しでも臆病風を吹かせたなら即討ち取るつもりだったけど、なかなかの度胸ね」
「褒めてくれているなら素直に喜ぶよ」
「変な男ね」
華琳としては天和達をそこまでして助ける意味があるのかをこういった形で確認をするつもりでいた。
そして十分とはいわないが興味を刺激するほどの回答を得て華琳は追求をやめた。
「さすがは天の御遣いってやつかしら?」
「どうだろう。たまたま運が良かっただけかもしれないな」
「その運を引き寄せたのは貴方の実力かもしれないわよ?」
「だと嬉しいな」
何処までも謙虚な一刀に華琳はますます興味を覚えていく。
「とりあえず張角達の処遇は貴方に任せるわ」
「いいのか?」
「ええ。私達を納得させるだけのものがあるのでしょう?」
「してくれると嬉しいかな」
笑って答える一刀に誰も天和達の処遇について追求する者はいなくなった。
無血とはいえないが予想していたよりも被害が少なく済んだことは討伐に参加した諸将達も自分達の軍が消耗せずに済んだという安堵感を受け付けられていた。
「それよりも負傷者の手当てを頼んでいいかな。ちょっとやりすぎてかなりけが人が出たから」
その言葉に恋は一瞬、申し訳なさそうに俯くが一刀は彼女を責めることはなかった。
「わかったわ。すぐにそうすように手配するわ。ところで私達がどうしてここまで来たのかわかる?」
「?」
「都から早馬がきたわ」
都という言葉に一刀はそれまで笑顔だった表情が険しくなってく。
「何かあったのか?」
「馬騰達が反乱を起こしたそうよ。それで董卓達がそれを鎮圧するために向かったわ」
「ゆ……董卓達が?でも彼女達は都の警備を命じられているはずじゃあ……」
百花を守るために置いていた月達がなぜ動くのか。
それほどまでに馬騰の反乱は大きいのか。
様々な憶測が飛ぶ中、華琳はこう言った。
「その馬騰を扇動したのは張譲達だって言えばどう?」
「なんだって?」
「私の手の者に調べさせたけど、馬騰の反乱を鎮圧するには董卓でなければならないと上申したのは張譲みたいよ。陛下としては董卓を手元に置いておきたかったけど、長安近くまで攻め込んできているって知らされると仕方なく命じたそうよ」
長安近くまで攻め込まれたら月達が動かざるおえない。
百花とすればそれしか方法がなかったが、それでも早馬を飛ばして事態を報告することは怠らなかった。
「馬騰も張譲に上手いこと利用されただけかもしれないわね」
「というと?」
「私なら董卓軍がいなくなった都を手中に収め、陛下を我が物にする好機だと思うわ」
「でも張譲達に賛同する軍勢なんてあるのか?」
少なくとも彼等に従う軍勢は今回の討伐軍に編成されており、残っていたとしても数自体は限りなく少ないはずだった。
「北郷一刀。宦官を甘く見ないことね。特にあの張譲は今までにないほどの権力欲を欲しているしそれを手中に収めるためなら何でもするわよ」
百花を完全に我が物とし、歯向かう者は朝敵として扱われる。
それがたとえ天の御遣いであってでも同じことだと華琳は説明をする。
「それじゃあすぐに都に戻らないと」
こんなところにいつまでもいるわけにはいかなった。
月達がいない今、百花を守る者は護衛としている徐栄ぐらいであり彼女一人で守り通せるかどうかわからなかった。
「そうね。上手くいけば張譲の野望を未然に防ぐことができるかもしれないわ」
「すぐに動かせる軍勢を集めてくれるかな?」
「それなら儂の軍をお使いくだされ」
丁原の軍の中核を担っているのは騎兵三千だった。
馬を飛ばしに飛ばせば二日、三日で都に戻れるはずだった。
「ありがとう。曹操さん、丁原さん、申し訳ないけどここの事後処理をお願いしてもいいかな?」
「畏まりました」
「いいわよ。ただし貸しにしてもらうわ」
「かまわない」
一刀は天和達の方を振り返った。
「天和、地和、人和、君達もここに残っていてくれ。事後処理が終わったら曹操さん達と都にきてくれるか?」
「う、うん。一刀がそういうなら」
「でもアンタがいなくなったらちぃ達は襲われないでしょうね?」
「それは私が保証してあげるわ」
華琳の言葉に一刀は頷き、地和は疑い深く彼女を見返した。
「大丈夫。曹操さんは嘘をつかないよ」
「アンタがそう言うなら信じてやってもいいわよ」
地和はそう言ってここに残ることを了承し、人和も少し考えた後、了承した。
「霞、恋。御遣い様をしっかりお守りせよ」
「もちろんや」
「(コクッ)」
一刀の臣下としての初めて行動に意欲を見せる霞と恋。
「それじゃあすぐに出発するから準備をよろしく」
「お任せを」
丁原がそう言って自分から騎兵三千を動かせるように手配をする。
それと入れ違いに一人の兵士が血相を変えて走りこんできた。
「も、も、申し上げます!」
「何事かしら?」
一刀の代わりに華琳が兵士に対応をする。
「み、都で一大事が起こりました!」
「一大事?」
まさかと一刀は華琳の方を見た。
「こ、皇帝陛下が宦官達によって軟禁されました!」
「皇帝陛下が!」
その報告に周りからざわめきが起こった。
宦官が、張譲がまさかそのような行動に出るとは華琳を除いて誰も思ってもいなかっただけに、その衝撃は大きかった。
「曹操さん!」
一刀は華琳の推測が正しかったことを認めずにはいられなかった。
「すでに都には宦官達に賛同する軍によって取り囲まれております」
「数は?」
「およそ千」
どこにそんな戦力があるのか一刀にはわからなかった。
「曹操さん」
「華琳」
「えっ?」
「華琳でいいわ」
真名を授けるような状況ではなかったが、華琳は平然とそう言った。
「華琳、こうなることは予測していたんだよね?」
「ええ。主力がいなければ盗賊だろうが何だろうが呼び寄せてこうすると思っていたわ」
それに応じるように討伐軍の中で宦官びいきの将軍が残っていれば二重の混乱を生じることになる。
華琳はそれを見越して独断で処断をしたがそれを今、話すことでもなかった。
「何か手を打っているんだよね?」
「どうして?」
「そこまで予測していたのなら、それに対しての対応もしているってことだよね?」
一刀の視線から顔を逸らすことなく見返す華琳。
僅かな時間、二人の間には沈黙が漂っていたがやがて華琳の口元が動いた。
「ええ。ある程度は仕込んでいたわ」
「それを俺に貸してくれないか?」
「いいわよ。ただし」
条件付き。
一刀は自分が出来ることであればなんでもするつもりだった。
それで百花を救い出すことができるのであればなおさらだった。
「貸しが二つになるわよ?」
「構わない」
「私の貸しは高くつくわよ?」
「それでもいい」
すべては百花のため。
一刀には何の迷いもなかった。
華琳も彼の覚悟を感じ取ったのか自分が施した策を一刀に授けていく。
「関については門を開かせるようにしてあるし、都にも変装して城門を開けるよう手引きを用意してあるわ。あと予備兵力として二千、好きに使いなさい。それを率いている将にも言ってあるわ」
あまりにも手際の良さに丁原は表情が険しくなっていた。
(こやつ、万が一のことがあれば自分が都を攻め落とすつもりだったか?)
そう思われてもおかしくなかったが、一刀はそこまで考える余裕はなかった。
彼の頭の中には唯一つ。
(百花を救い出す)
ただこれだけだった。
「ありがとう。このお礼はいつかするよ」
「期待しないで待っているわ。それよりも早く行きなさい」
「そうする。霞、恋」
二人に声をかけると頷き、一刀が走り出すとそれに続いた。
(百花……無事でいてくれ)
彼女を救い出すため一刀は今までにない危機感を全身で感じさせながら洛陽に向かって慌しく出発をした。
そして、その洛陽の都は今、至る所で煙に上がっていた。
(あとがき)
ようやく黄巾党の話もコレで一応の終わりです。
とりあえず前半の節目である所までもう少しです。
次回はまた都を舞台としたお話しになります。
果たして百花はどうなるのか。
一刀は彼女を無事に救い出すことができるか、次回もまたよろしくお願いいたします。
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黄巾編、最終話です。
とりあえず黄巾編はこれで一応の終結となります。
そしていよいよ始まった張譲達の実力行使。
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