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双天演義 ~真・恋姫†無双~ 二十一の章

Chillyさん

双天第二十一話です。

キャラの成長における段階ってどんなのがあるんでしょうかね。ダイ大とかのように強敵との死闘であったり、いろいろあると思うのだけれど難しいですね。
細かく書くと冗長と取られかねないし、端折るとご都合主義だったり置いてきぼりになったりとあるし……。

2010-05-30 13:53:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1547   閲覧ユーザー数:1415

 仮に用意された天幕の中、オレは寝付かれずにいた。

 

 今日一日で起こった戦は、様々なことをオレに考えさせる。

 

 確かに黄布党のときも今日と同じく、たくさんの味方の兵が亡くなったし、オレ自身があの時弓をとって、黄布賊を何人も殺しているはずだ。

 

 だけれども今回は、その今までとはまったく違う。

 

 亡くなった味方の兵とオレは親しく話をし、顔も名前も覚えているのだ、対岸の火事のように考えることができないでいる。

 

 話をしたことも無ければ、顔も名前もわからないような味方の兵が死んだとしても、言い方として悪いとは思うけれど、悲しみや痛みは対岸の火事であり、所詮他人事だったのだろう。そして戦の被害を人の死と感じることなく数字として感じることで、現実から目をそむけ、深く感じることがないように心の平定を保っていた。

 

 客観的と言えるかわからないけれど、自分自身を分析してみれば、そういうことだったと思う。

 

 そんな脆弱な精神で、初めて親しくなった人たちが最前線で矢面となり、その生を散らしていくことに耐えられるわけもなく、ただただオレは取り乱し、わめき散らしただけだった。

 

 周瑜は全体を見て必要な準備をし、冷静に私情を挿むことなく関から華雄を誘き出すための敗戦と、味方の強さを自軍に再確認させるための圧勝を演出してみせることで、周瑜自身がやるべきことをしっかりとやってみせた。

 

 祖茂は己の命も省みず、周瑜が考え実行している策を成功に導くため、戦いに散っていった。

 

 それを思うとオレは今までこの世界に来てから決めた覚悟が、歴史に名を残すような人物達と比較すること自体おこがましいとは思うが、子供のおままごとのような上っ面だけのものに思えてくる。

 

「オレって、こんなにシリアスに悩むようなキャラだったかなぁ」

 

 ため息とともに吐き出した言葉は、元の世界での生活や学友たちとの何気ないバカみたいなやり取りを思い出させる。

 

 ぬるま湯のような平和な世界。

 

 もっと目を外に向ければ、貧困に喘ぎ食べるものも食べられず餓死する子供や、銃を自ら取って戦いに身を投じるような子供がいるような厳しい世界でもあることは知っている。

 

 それでもオレの周りは、多少の悪意はありはすれど善意のほうが大きい平和な世界で、人が血で血を洗うような生死をかけた戦いをするようなところではない。

 

 一刻も早く帰りたいと思う。こんないつ殺されるかわからないようなところ、いつ死んだとしても納得できるようなところにいつまでも居たいなんて思うわけがない。

 

 そう思えばどうにかしてでもこの場を脱して、元の世界に帰る手がかりを探さなくてはいけないと思う。

 

 それによく考えたら何でオレは、ここまで必死になってこの世界の人たちに協力なんてしていたんだろうか。しかも元の世界に帰るための手がかり探しすらしていないじゃないか。

 

 この右も左もわからないようなところに放り出されて、衣食住を提供してもらっていたことには感謝はするけど、それがこんな戦争に巻き込まれる理由になるわけがない。

 

「あぁぁぁぁぁ。ウジウジ悩んだところでどうにかなるわけじゃないけど」

 

 両手で髪の毛を掻き毟りながら、周りの迷惑も顧みず大きな声を出して一回気分をリセットさせる。

 

 どうにも穴があったら入りたいと思うようなことばかりが起きたからだろうか、それともやっと人の生き死について実感したからだろうか、気分が滅入ってしまって碌なことを考え付かない。

 

 元の世界に帰りたいことは確かだけれど、なぜこの世界で世話になった伯珪さんや越ちゃんたちをなじるわけではないけど、悪意あるように考えてしまったのだろうか。疲れていると言ってしまえば簡単だけれど、それではいささか恩知らずすぎるかもしれない。

 

「……顔でも洗ってこよ」

 

 思考がいささかループしているかもしれない。

 

 外の空気を吸うのと、顔でも洗って気を引き締めるのとで天幕の中から外に出る。

 

 元の世界では決して見ることのできない満天の星空が頭上には広がり、地を見渡せば不寝番が守る篝火の明かりに照らし出されて、数々の天幕がぼおっと暗闇の中に浮かんでいた。

 

 日が落ちたためかひんやりした空気が肌を刺した。ぶるると小さく震えた体を抱きしめる。

 

 体の中にたまった嫌な気分を吐き出そうと息を吐き出してみるも、結局は澱のように心にたまったものはなかなか無くなってくれない。

 

 なんでオレはこんな戦いの中にいるのか? オレはなんで伯珪さんたちに協力しているのか? なんでオレはこの世界に来てしまったのか? なんでなんでなんで。

 

 なんでオレがこんな目に会うのか。

 

 そんな澱のような考えが、頭の中を駆け巡っている。

 

 今まで目を背けていたことに気がついてしまったからこそなのだろうか、今更キューブラー・ロスモデルの第一段階のような心境に至ってしまっている。知識からこんなことを冷静に分析しているように見えるけど、頭と心は別物なのだろう、こんなことを考えてもどうしようもないとわかっていても、どうにもならない。

 

 気分転換に天幕を出たにもかかわらず、思考がループしてしまって全く気分転換になっていない。満天の星空も雄大に広がる大地もオレの気持ちをほぐしてくれはしなかったようだ。

 

 とぼとぼと水瓶に向かって歩きながらため息ひとつ。

 

「……本気で、逃げちまおうかなぁ」

 

「逃げて、どこに行くというのですか? 諏訪」

 

 何気なく出た呟きにここにいるはずのない人間から返事が返ってきたことにビクッと体が反応して固まってしまった。ギギギと音が出そうなほど固まった体を動かし、後ろを向いてみる。

 

「どうしました? 早く逃げなければ見つかりますよ」

 

 赤毛のショートで薄い赤を基調にして所々に白を用い、銀糸で刺繍を施した服を着こなした少女が腕を組んでこちらを睨み付けている。

 

「え、えぇと……越ちゃん、いつここに?」

 

「つい先ほど着きました。貴方の話を聞いて様子を見に来てみれば、これですか」

 

 ため息をついて、冷ややかにオレを見つめる越ちゃんの威圧感にビビッてしまう。

 

 しかし本当に越ちゃんには、死体を見て吐いたときとか今回とか情けないとこばっか見られているような気がする。あと黄布のときは越ちゃんだけの前じゃないけど、甘い考えを披露したこともあったな。

 

「諏訪。私は貴方に何度、同じ言葉を言えばいいんでしょうか? それともこのまま貴方が去るのを見逃したほうがいいんでしょうか」

 

 どうやらわずかなりとも上がっていた高感度は、大暴落の果てに零を通り過ぎてマイナスにいってしまったようだ。冷ややかだった視線は、絶対零度の氷の視線になってしまっている。

 

 どうやって言い訳をしようか、それとも本当にここを離れて、元の世界に帰るための手がかり探しをしようか、ここまで考えていたこともあってか迷ってしまった。

 

 越ちゃんはそのことを敏感に感じ取ったのかもしれない。表情は特に変わっていないように見えるけれども、彼女が纏う空気というか雰囲気というかが沈んだように感じられた。

 

「正直に言えば、私は貴方が逃げ出しても不思議に思いません。貴方はきっと人として恵まれた環境で、生まれ育ったのでしょう……」

 

 越ちゃんが挙げる言葉一つ々々がオレに深く突き刺さる。

 

 彼女の言うとおり、オレは将としての心構えはおろか、兵としてもそんなものは持ち合わせていない。そんなわかりきっていることを面と向かって言われる筋合いはない。

 

「確かに越ちゃんの言うとおりだよ。あぁ、オレは覚悟なんてできちゃいないよ!」

 

 思わず怒鳴ってしまう。事実だからといって、いや事実だからこそ怒りの感情がふつふつと湧き上がるのを抑えることができなかった。一回怒鳴ってしまうともう止まれなかった。次々と今まで考えてもいなかったことまで、越ちゃんに向かって言ってしまう。

 

「なんでオレがこんなつらい思いをしないといけないんだよ! それにどうしてオレがこんな死にそうな目に会わないといけないんだよ!」

 

 ここまで言ったところでゼェゼェと息が上がってしまったので、どうにか言葉を止めることができた。だけれども、言ってしまったことはもう戻せない。後悔が心に広がり、うな垂れた頭を上げて、越ちゃんの顔を見ることなんてとてもじゃないけどできることじゃない。

 

「そうですか。諏訪の考えがよくわかりました。私はもう何も言いません。どうぞ好きにしてください」

 

 越ちゃんはそう言葉を残すと、彼女の気配がこの場を離れていくのが感じられた。きっとオレの弱さというか情けなさに、もう呆れて見捨てることを決めたことだろう。正直、オレでもこんなやつには早々に見切りをつけて現実的な対処を考える。

 

 息が抜けたような声を出して、手を越ちゃんの背中に向かって手を伸ばす。けれど追いかけ声をかけることなんて、あんな情けない姿を晒したオレにできるわけがない。

 

 伸ばした手をゆっくりと下ろし、唇をかみ締めた顔を俯かせる。

 

「ホント、なにやってるんだろ。なんであんなこと言っちまったんだろ」

 

 後悔先に立たずなんてことはわかりきっているけど、後悔をしてしまうのは止められない。

 

 呆然と頭を抱えてオレは何もできないで、その場にただただ蹲るだけだった。

 

「御遣いのお兄さんは、そんなところに蹲ってなにやっているの?」

 

 しばらく何もやる気が起きず、越ちゃんと別れた場所でずっと蹲ったままでいた。

 

 そんなオレに声をかけてきたのは、酒瓶を抱えた孫策だった。

 

「そんなところで寝てると、たちの悪い病に罹るわよ」

 

 今こうやって優しい言葉をかけられると、先ほどの後悔が刺激されてしまって、情けないけれど涙が出てくる。

 

「ちょ、ちょっと、何で泣くのよぉ。人に見られたら私が泣かしたみたいじゃない」

 

 オレが急に泣き出したことで、慌てて酒瓶を脇に置き、孫策はそっと背を撫でてくれた。

 

 そのことでますます、オレは涙が止まらなくなってしまう。

 

「ほんとにどうしたのよ、もう。何かあったか話してみなさいよ」

 

 ドンとオレの前に腰を落ち着けて、脇に置いた酒瓶を持ち出した。

 

 振袖のような袖から杯を取り出しなみなみと酒を注いでから、ズイッとオレの前に差し出す。

 

「何があったか知らないけど、とりあえず一杯飲んで、話してみなさい。お姉さんが聞いてあげるから」

 

 名前はよく知っているけれど、話したこともない人だからか、それともいきなり慰めてもらった優しさにほだされたのか、はたまた薦められるままに飲んだ酒が案外強くて酔っ払ってしまったからか、もうどれでもいいけど、オレは孫策に今日の戦で感じたことから、天幕で考えていたこと、外で考えていたこと、越ちゃんとの一幕でさえも訊かれるがままに話してしまった。若干頭の片隅に祖茂が死んだにもかかわらず、冷たいとか思ったことも言ってしまったことはまずいような気もしたけれど、ここは酒のせいということで言ってしまった。

 

 孫策は話を促すときに一言二言言うだけで、基本オレの話に耳を傾け、乾いた杯に酒を注いで飲み干すことしかしなかった。

 

 それもオレがここまですっきりと全部を吐き出すように素直に言うことができた要因かもしれない。

 

 言ったあとで冷静に考えてみれば、本とキューブラー・ロスモデルの第一段階から越ちゃんに怒りをぶつけた第二段階と死の間際の人間のような思考に陥っていたようだ。そして孫策に話したことも、こうやって誰かに話せば、助けてもらえる、気にかけてもらえるという第三段階の取引の状態に近いのかもしれない。ならば次はオレは無気力になって、なにもやる気が起きなくなるのだろうか。

 

 ほんと今日のオレは思考がループになって、悪循環のごとく悪い方向悪い方向へといっているようだ。

 

「ねぇ、弾のくそ爺……大栄はどんな顔で殿を買って出た? その場にいたんでしょ? 話してよ」

 

 吐き出すだけ吐き出して、孫策に注がれた酒をちびりちびりと舐めるように飲んで黙り込んだオレに、孫策は明るく話題を変えて聞いてきた。いきなりのというか、オレの話のことを話さずになんでそんなことを聞いてきたのか意図が読めずに、まじまじと孫策の顔を見つめてしまう。

 

「なによぉ、家族の話を聞くのがおかしいっていうの?」

 

「家族?」

 

「ん、おかしい? 私は呉に住み、生活を営む民はみんな家族だと思っているけど?」

 

 そう言う孫策の目は真剣で、上っ面だけで言っているようにはとても見えなかった。だったらなぜ彼女は、戦争に参加して家族が殺されてもあんなに平気そうな顔をしているんだろうか。これが王としての、そして将としての資質や覚悟というならオレには到底できないと思う。

 

「平気なわけないでしょ、そこまで私は冷血でも非道でもないわ。でもね、私は家族を守るためならどんな痛みも悲しみを耐えてみせる。そのためなら誰にどう思われようと私はかまわない」

 

 オレの言葉を受けた孫策は、真剣な表情でオレに反論してくる。この言葉はオレに、常識という面では元の世界との溝がかなりあると思うけれども、精神面というか感性というものに関してはそれほど違いがないと思えるようにしてくれた。

 

「……それでもよく、平気な顔していられるね。笑顔で話したりしてさ」

 

「あんたそれ本気で言ってる? いい加減八つ当たりするのやめてくれない。なんでこんなウジウジした男の相手を私はしてるんだろ」

 

 オレはなんでこうどうしようないんだろうか。越ちゃんの時と同じ過ちをここでも犯してしまった。孫策の覚悟というか気持ちに劣等感を刺激されて、憎まれ口を叩いてしまった。そうなれば、越ちゃんみたいに少しでも親交があったわけではない孫策がすぐに怒るのは当然だと思う。

 

「……はぁ。ほんとすまない。なんかイライラをぶつけちゃって。えぇと、祖茂さんの話だっけか」

 

 そしてその怒りはオレに冷静さを取り戻すきっかけをくれた。

 

 上った血を下げるように息を吐き出して、思いっきり頭を下げて謝り、上目遣いで孫策を見つつ言い訳をしてしまったけれども、そこはやはりオレの気の弱さというか今の立場が出てしまったかもしれない。

 

 片目を開けてオレを睨み付ける孫策だけど、なんとか祖茂の話をオレが感じたまま話していると、自然と彼女の思い出話を交えて返してくれるようになっていった。

 

 酒を交えながらのこの話は夜が明け、軍議を開くと呼びに来た周瑜に怒られるまで続いたのだった。


 
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