No.146510

Cat and me 8.宴の席

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

「さあ、お姫さま。まいりましょうか」

2010-05-30 08:54:52 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:562   閲覧ユーザー数:536

「またか」

うんざりした声が出た。

「しかも…スズさまも出席させるようにと…」

リンドウもため息をついている。

ボケがスズの噂を聞きつけた。

ぜひ見たいから宴に連れて来いとうるさい。

今までのらりくらりと逃げていたものの、いい加減うっとおしくなってきた。

「もしかしたら、セリナさまや兄王子さまたちが何かそそのかしているのかもしれません」

「あいつらのやりそうなことだ」

肘をついてスズをみた。

卓上にぺったりと座ってネコじゃらしで遊んでいる。

それを振っているのはカイドウだ。

「スズ」

膝上に引きずり込むと、怒ったように鳴いた。

「今夜、ボケたちの相手をして差し上げろ」

「ヤン・チャオさま、まさか…」

一度、出てしまえば大人しくなるのかもしれない。

あの連中はわたしが恥をかくのを望んでいる。

頭の足りない小娘が失態を犯すのを待っている。

「ただし品のよいお姫さまの振りをするんだ」

「無理がありますよ、さすがに…」

戸惑ったようなお付きと疲れ切ったようなわたしを交互に見ていたスズは、分かったと力強く鳴いた。

安心させるためか、抱きついてくる。

「そうか、やってくれるか」

任せろと鼻を鳴らした。

「キムザを呼んでくれ」

白い頬に口づけを落としながら言う。

「わたしのネコを変身させる。全て最高級のものを用意しろとな」

 

「お任せください。この腕によりをかけます」

「その枯れ縮んだ腕を信用してよいものか」

「まあ、殿下。わたくしの腕はまだ艶を失っておりません」

「艶どころか張りすらもないではないか」

「馬鹿げた言い合いはやめてください」

リンドウの呆れた声にわたしとキムザは口を閉じた。

卓に頬をついて、張り切る女官たちにもみくちゃにされているスズを眺める。

彼女らはキムザの号令のもと、イナゴの大群もかくやという勢いで可哀そうなネコに襲いかかった。

そして瞬く間に国一番の美少女が誕生した。

けして派手ではないのに、辺りを払うかのような光を纏う美しい娘。

簪からはキラキラと青く小さな玉が連なっている。

乳白色の衣はまるで羽衣のようだ。

スズの髪色と同じ焦げ茶の帯には、青い唐草模様がみっしりと施されていた。

「ああ、キムザ。お前の腕は確かに艶も張りもあった。わたしの失言を許しておくれ」

「分かればよろしいのです」

スズはトホトホとわたしの前に来ると、気取ったようにお辞儀をした。

「なんて可愛らしいのだ、お前は」

にっこり笑うその唇を舐めようとすると、キムザと女官に引っ張られた。

「宴が終わるまでお障り禁止です」

「わたくしたちの傑作に手をださないでくださいまし」

「おいおい、このネコはわたしのネコだ」

黙殺された。

今度はわたしが女官たちにもみくちゃにされる。

「ヤン・チャオさまが宴にでるなんて何年振りですかねー」

「明日、絶対ヒョウが降りますねー」

カイドウ、リンドウが笑いながらスズに話しかけている。

「さあ、お姫さま。まいりましょうか」

膝をついてスズに手を差し伸べると、白く小さな手がそっと乗った。

「素晴らしきろくでもない宴へ」

会場に入ると、空気が揺れた。

みなこちらを向いて息を呑み、目線を逸らせない。

スズの美しさに圧倒されたようだ。

ざまあみろ。

鼻で笑ってその手を引く。

横にいる小さな姫は、言いつけを守って大人しく品よく歩く。

「まずはあのおじいちゃんに挨拶をするからね」

かかんで耳打ちをすると、鷹揚に頷いた。

そのボケおじいちゃんは王座で貴族たちの挨拶を受けている。

「おお、やっと顔をだしたか、我が息子」

ボケは嬉しそうな声をだした。

「その娘が噂のネコか。可愛らしいではないか」

「スズ。ご挨拶を」

いつものように腰を折るだけの礼をすると思いきや。

スズは真っ直ぐに国王陛下を見て、両手を胸の前で合わせた。

身体を動かさずに右足だけ後ろに回す。

そのままゆっくり沈みこみ、右膝を地に付けた。

そして静かに頭を下げた。

しばらく、だれも動かなかった、否動けなかった。

その最上級の礼が美しすぎて。

わたしですら呑まれたように、ただ突っ立ってスズを見るばかりだった。

静寂の中、スズがゆっくりと立ち上がった。

まるで、花が静かに開花するような姿だった。

「なんて美しい礼なのだ…」

老人の震えた声が響く。

「わしは、今まで生きてきた中で、初めてこんな見事な礼を見た…」

魅入られたようにスズに手を伸ばす。

なにをしやがるボケ老人。

「それはなによりです。父上」

急いでスズを引き寄せた。

老人の手は空を掴んだ。

「では、失礼いたします」

とってつけたようにお辞儀をして、さっさと退がる。

人々は現実に戻ったように、それぞれの会話へ戻っていった。

ざわめきが再び動き出す。

自分の席にたどり着くまで、だれやこれやそれやに散々捕まり往生した。

 

「スズ。なにか欲しいものはあるか」

わたしの席横に足を流して座ったスズに聞く。

目の前には膳にのった馳走がこれでもかというほどのっていた。

椅子はなく、一段上がった所に分厚い座蒲団や小さな枕がコロコロと転がっている。

スズはちゃっかり高級な食材を差してくる。

それをわたしが箸でとってやり、ちいさな口に運んでやった。

セリナがやってきたが、その作業に夢中でろくに相手もしなかった。

案の定、怒ってどこかへ行ってしまった(勿論気にしない)。

満腹になったスズが、今度は切なげにわたしを見た。

「疲れたのか」

白い頬をゆっくり撫でてやる。

スズはうっとりと目を細める。

ああもう、そんな顔をするんじゃない。

「帰ろうか」

わたしたちの部屋へ。

会場をでると、よほど眠いのだろう、歩きながら船をこぎ出した。

あの跪礼で相当な体力と気力を使い果たしてしまったらしい。

「よくがんばったね」

抱き上げて額に口を落とした。

「わたしはお前を誇りに思うよ。とても美しいお姫さまだった」

スズが得意げに顎を上げた。

「もういつものスズに戻っていいから」

眠そうな声を上げて、しばらくしてから寝息を立て始めた。

寝台に腰かけて、スズの頭に刺さっている簪を引き抜いてゆく。

癖のない髪がその度にサラサラと零れて、手にしっとりと馴染んだ。

「スズ」

熟睡している。

口づけしても反応しない。

「スーズ」

よほど疲れきっているのか。

これでは生殺しではないか。

それでもこの衣を付けたままでは寝にくいだろうと脱がせてやり(複雑で以外と難しかった)、わたしも寝着に着替えるのは面倒くさい(着るのが)と、お互い裸になって、いつものようにぴっとりとくっついて寝た。

 


 
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