その日は久し振りになまった体を動かそうと、兵士の掛け声勇ましい修練場に行った。
スズもトホトホと横をついてくる。
「おお、殿下。顔を出されるとは珍しい」
カイゼンが出迎えた。
「スズ。このおじさんはジン国の将軍だよ」
「これはこれは、可愛らしいお姫さんで。がはは」
笑いながらも娘っ子なぞ連れてくるなと顔には書いていた。
脳までもが筋肉(脂肪か)でできているに違いない。
この融通の利かない髭デブ親父め。
「手合わせしてゆかれますかな」
「願ってもない。スズ、そこに座っていなさい」
行儀よく返事をして、スズが長椅子にちょこんと座った。
手渡された木刀を携えて、カイゼンと共に場に向かう。
ジンでは修練に真剣を使わない。
気性の荒い兵士たちに、そんなものを持たせたら、あっという間に死者の山ができる。
まあ、木刀でもたたかれりゃ痛い。
それにしても、と将軍と木刀を合わせながら思う。
一国の将軍がこんなに弱くていいものなのか。
ナマクラ王子よりも弱い将軍など、いらぬではないか。
大体、わたしより強いのは、以前稽古をつけてくれた師ぐらいだった。
こんなに弱くては集中できない。
あっという間に叩きのめすと、カイゼンは頭を掻いた。
「いやいや、努力が足りぬようで…」
ならば努力するがいい。
もし、ジンが戦をすることになれば、人術作戦しかないな。
そんなことを思いつつも汗を拭い、スズを見ると兵士たちに囲まれていた。
わたしのネコになにをしやがる小僧ども!
猛然とスズの元に向かい、そして呆れた声を出した。
「何をしているのだ、お前は…」
スズは木刀で器用に小石を何度も上に跳ねさせていた。
まるで曲芸のようにコーン、コーンと石は跳ねる。
「すげえなあ」
「全然落ちねえぜ」
兵士たちは感心したように魅入っていた。
「スズ。お前は旅芸人の団にでもいたのか?」
からかうようにいうと、まあ、そんなものと鳴いた。曲芸に集中しながら。
驚いた。
発している言葉は「あ」と「う」の中間なのに、わたしにははっきりとスズが言っている意味が分かったのだ。
「神聖な木刀で何を…」
怒りを露わにカイゼンが体を震わせた。
たまにこういう輩がいる。盲心的というか、精神主義というか。
木刀は木刀であり、それ以上でもそれ以下でもない。
そんなこというくらいなら、己の技をもっと磨け。
スズも同じことを思ったのだろう。
ちらりとカイゼンをみると、石を中に放ったまま、恐るべき勢いで木刀を振り下ろした。
小さな体の重心は僅かにもぶれなかった。
石は弾丸となって、髭デブの足横へ弾かれた。
「ひっ!」
カイゼンが飛びあがる。
「こらこら、スズ。おいたはいけないよ。将軍に謝りなさい。はい、ごめんなさい」
わたしの声に合わせて、スズがペコリとお辞儀をした。
王子と娘っ子に怒りまくるにもいかず、かつ醜態をさらした我が国の将軍は、こめかみをヒクヒク痙攣させながら、笑ってごまかした。
「世話になったね。さ、スズ。行こうか」
了解、とスズが鳴く。
「お前は剣士の素質があるな」
歩きながら小さな体を抱き上げた。
「なあ、スズ。お前の本当の名は何という?」
そんなの忘れた、とスズが鳴いた。
「忘れたのか」
驚いたように、勢いよくスズがわたしを見た。
「分かるんだよ」
見開いている黒い瞳に微笑みながら言う。
「お前の言うことを理解できるようになってしまった」
何故かは分からない。
スズもにっこり笑った。とてつもなく嬉しそうに。
素敵、と鳴いて口を重ねてきた。
「ああ。素敵だな」
クスクスと口づけを交わしながら、人気のない茂みへと入ってゆく。
「とても素敵だ」
そしてスズの小さな可愛い声が上がった。
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ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。
「こらこら、スズ。おいたはいけないよ」