No.146028

Cat and me 6.修練場

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

「こらこら、スズ。おいたはいけないよ」

2010-05-28 08:08:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:590   閲覧ユーザー数:572

その日は久し振りになまった体を動かそうと、兵士の掛け声勇ましい修練場に行った。

スズもトホトホと横をついてくる。

「おお、殿下。顔を出されるとは珍しい」

カイゼンが出迎えた。

「スズ。このおじさんはジン国の将軍だよ」

「これはこれは、可愛らしいお姫さんで。がはは」

笑いながらも娘っ子なぞ連れてくるなと顔には書いていた。

脳までもが筋肉(脂肪か)でできているに違いない。

この融通の利かない髭デブ親父め。

「手合わせしてゆかれますかな」

「願ってもない。スズ、そこに座っていなさい」

行儀よく返事をして、スズが長椅子にちょこんと座った。

手渡された木刀を携えて、カイゼンと共に場に向かう。

ジンでは修練に真剣を使わない。

気性の荒い兵士たちに、そんなものを持たせたら、あっという間に死者の山ができる。

まあ、木刀でもたたかれりゃ痛い。

それにしても、と将軍と木刀を合わせながら思う。

一国の将軍がこんなに弱くていいものなのか。

ナマクラ王子よりも弱い将軍など、いらぬではないか。

大体、わたしより強いのは、以前稽古をつけてくれた師ぐらいだった。

こんなに弱くては集中できない。

あっという間に叩きのめすと、カイゼンは頭を掻いた。

「いやいや、努力が足りぬようで…」

ならば努力するがいい。

もし、ジンが戦をすることになれば、人術作戦しかないな。

そんなことを思いつつも汗を拭い、スズを見ると兵士たちに囲まれていた。

 

わたしのネコになにをしやがる小僧ども!

 

猛然とスズの元に向かい、そして呆れた声を出した。

「何をしているのだ、お前は…」

スズは木刀で器用に小石を何度も上に跳ねさせていた。

まるで曲芸のようにコーン、コーンと石は跳ねる。

「すげえなあ」

「全然落ちねえぜ」

兵士たちは感心したように魅入っていた。

「スズ。お前は旅芸人の団にでもいたのか?」

からかうようにいうと、まあ、そんなものと鳴いた。曲芸に集中しながら。

驚いた。

発している言葉は「あ」と「う」の中間なのに、わたしにははっきりとスズが言っている意味が分かったのだ。

「神聖な木刀で何を…」

怒りを露わにカイゼンが体を震わせた。

たまにこういう輩がいる。盲心的というか、精神主義というか。

木刀は木刀であり、それ以上でもそれ以下でもない。

そんなこというくらいなら、己の技をもっと磨け。

スズも同じことを思ったのだろう。

ちらりとカイゼンをみると、石を中に放ったまま、恐るべき勢いで木刀を振り下ろした。

小さな体の重心は僅かにもぶれなかった。

石は弾丸となって、髭デブの足横へ弾かれた。

「ひっ!」

カイゼンが飛びあがる。

「こらこら、スズ。おいたはいけないよ。将軍に謝りなさい。はい、ごめんなさい」

わたしの声に合わせて、スズがペコリとお辞儀をした。

王子と娘っ子に怒りまくるにもいかず、かつ醜態をさらした我が国の将軍は、こめかみをヒクヒク痙攣させながら、笑ってごまかした。

「世話になったね。さ、スズ。行こうか」

了解、とスズが鳴く。

「お前は剣士の素質があるな」

歩きながら小さな体を抱き上げた。

「なあ、スズ。お前の本当の名は何という?」

そんなの忘れた、とスズが鳴いた。

「忘れたのか」

驚いたように、勢いよくスズがわたしを見た。

「分かるんだよ」

見開いている黒い瞳に微笑みながら言う。

「お前の言うことを理解できるようになってしまった」

何故かは分からない。

スズもにっこり笑った。とてつもなく嬉しそうに。

素敵、と鳴いて口を重ねてきた。

「ああ。素敵だな」

クスクスと口づけを交わしながら、人気のない茂みへと入ってゆく。

「とても素敵だ」

そしてスズの小さな可愛い声が上がった。

 


 
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