「くくっくっっく。はっはっはっはっは。ダイ・ゴーイン卿。あの二人を封じろ」
「いいのですか?」
「ふん。この馬鹿が煩わしい封印を解いてくれると言っているんだ。利用出来るものを利用するのも魔法使いというものだ。我々の手間が省けるならそれもいいさ」
「まったく、ローズフィッシュ卿は素直ではないのですから」
そう言うフードに隠れる大男の顔は、不気味ににやけていた。
*
優しく暖かい炎の色。魔法の炎ではこの生命感溢れる静かな炎は再現出来はしない。焚き火の静かな炎の明かりに、吸い込まれそうな安堵を感じてしまう。乾いた木枝が炎に爆ぜる音に耳を澄ますと、心地よい眠気に誘われる。ただ、身にまとった緊張まで解いてしまうことは、エディの置かれた状況が許してはくれなかった。
エディが暖を取っている焚き火の炎の向こう側には見慣れた少女と見慣れぬ大男の二人が言葉もなく座っていた。
ブリテンの魔法使いであり、エディが所属するバストロ魔法学校と敵対する勢力である二人。ローズ・マリーフィッシュと呼ばれていた少女と、ダイ・ゴーインという名らしい大男。何の因果か、敵であるはずの二人と、エディは暖を取りながら休息を取っていた。疲れた体に、森の冷たい空気が染み渡る。
どうやら、ブリテン王国最高の魔法機関である『魔術師の弟子(マーリンサイド)』の構成員であっても、魔法戦を繰り広げ、さらには敵対するカルノ・ハーバーとジェル・レインの二人を生かしたまま封じる魔法を施した後ではさすがに疲れているようで、これから魔女の封印に向かうということで、万全を期す為にも休息を入れたのだ。
いや、休息の本当の理由はエディの体調だった。さっきまでは気丈に振る舞って見せていたが、二人に連れられ森の中を移動している最中、エディが倒れかけたのだ。ふらつき、敵であるローズに倒れかけたときには、ほとんど意識はなかった。
〔少しは落ち着いたようじゃな。幽星体(エーテル)の揺らぎが収まってきておる〕
ローズたちには視えないことを良いことに、三人が囲む焚き火の上に浮くユーシーズは、エディをふて腐れた顔で見下ろしていた。
(心配してくれてる……の?)
心中、声を返すエディであったが、顔が笑っていない幽体の魔女に、少し心苦しいものがあった。
〔心配か……。心配をすべきは主であろう。主は己が何をやったか自覚しておるのか? どうして意識を失いかけたのかわかっておるのか?〕
(えと……、多分、無理をしたからかな?)
〔何の無理じゃ?〕
(今日は使えない魔法を使って逃げ回ったし、私、持久力はあんまりない方だし……)
〔やはり、わかっておらんのか〕
(うぅ。やっぱり馬鹿にする。たぶんそんな話の流れだろうとは思ったけど……)
焚き火の上に浮いていたユーシーズはエディの座る直ぐ脇に降り立つと、立ったままエディを見下ろした。見上げるその顔は、やはり不機嫌に見える。多分、自分が苛立っているときはそんな顔をしているのだろうと、エディは妙な想像に苦笑した。
〔何に一人でにやけとるのじゃ。気持ち悪いの。主、我は大真面目じゃ、今からする問いに神妙に答えい〕
(何よ、急に)
エディの苦情を無視してユーシーズは続ける。
〔今まで、先程のように体調を崩すことはなかったかえ? 我と会う前のことじゃ。特に山里から出て直ぐの頃じゃ〕
(魔法学園に来た頃の話? 別にそんなことなかったけど)
〔今、身体で変わったと感じるところはあるかえ?〕
(ちょっと頭の後ろがしびれるみたいな感じもあるけど、普通の貧血みたいな感じかな)
〔貧血? 主は貧血持ちかえ? 我が見てる限りそのような様子はなかったがの……〕
(うん。最近は調子よかったから。クラン会長の薬が効いてるのかな?)
〔ほぅ、あの娘の薬とな?〕
(入学当初は、変な呪薬の実験とか言って、よく飲まされたけど、そういえば最近はそういうことなかったっけ)
〔ほほぅ。あやつらも手を打ってはおるのか……〕
(さっきから何の話よ)
〔何の話もあるか。話しておる通り、主の体の話じゃて。我の予想が正しければ、主の『霊視』は里を降りてから強まったはずじゃが。その呪薬で抑えておったか……〕
(どういうこと? ……あれ? そういえば、確かに魔法学園に入学した当初の方が霊視も強かった気がするし、魔法の成功率だって高かったような……。だって、編入試験で出来た『魔弾』が最近撃てなくなって、今は『炎』ぐらいしか……)
〔やはりそうかえ〕
(うっ。なんか卑怯! 私が質問されたら、私の心の声が聞こえるユーシーズには、全部わかっちゃうじゃない! ……でも、どうしてそんなこと知ってるの?)
〔我の予想と言うたではないか。原因があれば、結果がある。因果則はこの世の根本ぞ〕
(原因? 結果? ほんと何言っているの?)
〔主は普通ではないということじゃ〕
(私が極端に魔法が下手だってことはわかってるよ……。だって、これだけ頑張って修練しても、全然魔法制御が出来るようにならないんだもん。今日だって、何回か『炎』を使ったけど、全部、腕ごと燃やしちゃったし)
自然とエディの手元に視線が下がる。付与魔術師であるマリーナが耐火処理を施した魔道衣は見事に焦げ朽ちていた。これがもし耐火処理がなかったとするなら、焦げていたのはエディの腕の肉だっただろう。エディはその手の指を二、三回、確かめるように動かしてみる。どこか動きが鈍い。見た目は無事ではあるが人間の現体たる身体よりも、幽体である幽星体(アストラル)の方が傷付いているのだ。
〔はぁ。主は色々誤解しておる。それは主の『炎』による魔傷ではない。それに、主は別に魔法制御が極端に下手なわけではない〕
(下手じゃない? 何言ってるのよ。私失敗してるじゃない)
〔気付いておらんのか。主は自身が燃えないように自身ごと燃やしておるのじゃぞ。それのどこが制御が下手なんじゃ。この器用貧乏が〕
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の14