No.145150

真・恋姫無双 EP.15 月夜編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
戦闘シーンを書くのは昔から苦手です。まあ、他のシーンも得意じゃないのでアレですが。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-05-23 23:28:15 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5460   閲覧ユーザー数:4749

 宮殿の中は怖いほどにひっそりと静まりかえり、外の混乱はまるで聞こえては来なかった。一刀と明命は、ひたすら長い廊下と小さな門をいくつもくぐり、奥へ奥へと進んでいく。

 

「なんだか、不気味です」

「ああ……」

 

 厳しい戦いを覚悟していただけに、こう何もないと逆に不安になった。黙々と歩くのも、何となく落ち着かない一刀は、明命になんとなく話を振ってみる。

 

「そういえばさ、明命が仕えている人ってどういう人なんだ?」

「私のですか? えっと……」

 

 明命は少し考えるような素振りで、言葉を探しているようだった。

 

「あ、話辛いなら別にいいよ。ちょっと聞いてみただけだからさ」

「いえ、そういうわけではありません。一刀様になら、お話してもいいかなって思ってます」

「はは、それは嬉しいな。でも、どうして?」

「短い期間ですが、一緒に過ごしてみて思ったんです。何だか似てるなって」

「誰にだい?」

「私の主……孫策様です」

 

 三国志にあまり詳しくない一刀でも、その名は知っている。だがこちらに来てから、まだ耳にしたことのない名でもあった。

 

「俺がその、孫策様に似てるって……もしかして男とか?」

「いえ、女性です。風貌が似ているというわけではなくて、何というか、真っ直ぐ突き進んで周りのことは気にしないところとか……」

「えっ? 俺ってそんな感じかなあ」

「はい。どこか危うい雰囲気があるというか……でも、だからこそそばで見守っていたいと思わせる魅力があります」

「そっか……」

 

 不意に、明命が足を止める。

 

「ん? どうした、明命?」

「あの、一刀様! 私……この戦いが終わったら、孫策様の元へ帰ろうと思っています」

「うん。わかった」

「あの、すみません」

「なんで謝るんだよ。明命が居てくれて、いままでとても助かったんだ」

 

 少し沈んだ顔でうつむいている明命を見ていたら、一刀の手は自然と動いて頭を撫でていた。

 

「まだ早いけどさ、ありがとう」

 

 明命は顔を赤く染め、はにかんで笑った。だが一刀が耳元で何か囁くと、今度は驚愕の表情に変わる。

 

「一刀様……」

「本当は言うべきじゃないのかも知れないけど、あくまでも可能性の一つとして憶えておいて欲しいんだ」

 

 真剣な顔で頷いた明命は、再び歩き出した一刀の背中に問いかける。

 

(一刀様、あなたは何者なんですか?)

 

 だが、明命はしっかりと心に刻む。一刀の教えてくれた、未来の可能性を――。

 

 

 二体の竜の咆哮が、夜の洛陽に轟いた。満月を背にして激突した二体は、互いの首にかじりつく。体に爪を立ててもつれ合い、どちらも引かずに拮抗した。

 牙が、爪が肉に食い込んで血が滲む。

 その時、セキトの背から恋が飛び、黒竜に着地すると同時に槍を突き立てた。呻いて口を離した黒竜を、セキトは大きく振り回して放り投げた。槍を突き立てた恋を乗せたまま、黒竜は地面に向かって急降下する。だがすぐに体勢を立て直し、恋を振り落とそうと大きく身を揺らした。

 

「くっ――!」

 

 だが、左右に振り回されながらも、恋は決して手を離さなかった。

 すると黒竜は、体を横に傾けて城壁に背中を擦りつけはじめたのだ。黒竜の背中と城壁に挟まれて、恋の全身に無数の傷が刻まれる。皮膚が裂ける痛みに、恋は顔を歪めた。

 城壁の端まで行った黒竜が、方向転換すべく上昇しようとしたその時、墜落するような勢いでセキトが体当たりを仕掛けた。セキトのかぎ爪で掴まれた黒竜は、逃げる暇もなく橫腹から地面に叩きつけられる。その瞬間に、恋は足を踏ん張って槍を抜き、一度後ろに跳び退った。

 

「セキト!」

 

 叫ぶと同時に、恋は黒竜に向かって跳ぶ。あうんの呼吸でセキトが身を引き、恋の渾身の力を込めた攻撃が黒竜の首元に襲いかかった。肉を裂き、骨をも断つその攻撃は、黒竜の太い首を両断し、断末魔の声が闇夜に轟いた。首だけになった黒竜は激しくのたうち、小さく痙攣するとやがて動かなくなった。

 そして、みるみるうちに干からびて、砂のように崩れると風に消えた。

 

「……勝った」

 

 よろめいてその場に尻餅をついた恋は、さすがに疲れたように大きく息を吐いた。心配そうにセキトが恋に近寄ると、安心させるようにその頭を撫でる。

 その時、恋のお腹が小さく鳴った。

 

「……お腹空いた」

 

 呟いた恋は、セキトに掴まってよろよろと立ち上がると、街に戻ろうと歩き始める。だが不意に足を止め、背後を振り返った。そして夜の地平に、じっと目を凝らす。

 

「何か来る……」

 

 無数の明かりと、舞い上がる砂煙がその数の多さを示している。ざっと見た限りでも、一万はいるだろうと思える大群だった。

 恋は槍を構え、迎え撃つ準備をした。近付く一団には、大きな旗が翻っている。照らされた明かりの中で辛うじて見えたその旗には、『袁』の文字が描かれていた。

 

 

 張遼隊の救出は、意外と楽に進んだ。閉じ込められていたと言っても、場所はただの宿舎で、もともとそういう用途のために建てられたわけではない。急ごしらえの鍵は脆く、張遼隊の兵士が体当たりすれば簡単に壊せてしまうほどだった。

 そもそも、張遼隊は隊長に迷惑がかかるからと大人しくしていただけである。鍛え上げられた彼らからすれば、宿舎を脱出することくらいは容易い。

 混乱に乗じてこっそりと忍び込んだ賈駆が、窓から状況を説明すると一致団結してドアを破り出てきたのである。

 

「いい? まずは街の人たちに武器を向けてる兵士を取り押さえて。戦う意志がないなら、兵士でも見逃して構わないわ。それからとにかく説得して、外に避難させる。洛陽は今のままでは、きっと昔のように戻ることも出来ないから」

「わかりました」

 

 賈駆の指示で、張遼隊が動き始める。賈駆も先頭に立ち、女や子供たちを誘導した。

 武器を持ち警備隊と衝突する住民は、張遼隊が仲裁に入り、それでも戦いを止めない場合は取り押さえる。徹底させたのは、死者を出さないようにすることだった。

 

「こっちよ! とにかく避難してちょうだい!」

 

 懸命に声を上げ、賈駆は街中を走り回った。そんな時、張遼を助けてくれた商人の男と再会した。

 

「賈駆様!」

「あなたは……どうしたの?」

「張遼隊の方々が避難誘導されていますが、私たちはどこへ行けばよいのでしょうか? この洛陽の有様を考えれば仕方がないことだとわかっていますが、やはり生まれ育った故郷です。若い者ならともかく、私どものような年寄りは、色々と考えて不安になるのですよ」

「そうね……」

 

 ともかく洛陽を離れる、そればかりを考えていた賈駆は、どこへ彼らを連れていけばよいのか正直わからなかった。これほどの人数を受け入れてくれる街は、おそらくないだろう。

 

(涼州は貧しいわ。連れて行くことは出来ない……)

 

 それに、涼州に帰るつもりもなかった。どんな理由があっても、帝に対し反旗を翻したことに違いはない。運良く生き延びたとしても、元の地位に戻れるはずはなかった。

 

(どうするの?)

 

 賈駆は頭を巡らせる。しかしグルグルと思考が回るばかりで、答えは出ない。その時だ。

 

「おーっほっほっほっ!」

 

 喧噪すらかき消すような高笑いが、辺りに響いた。

 

「だ、誰よ!」

 

 振り向いた先には、三人の女性が立っていた。その中央に立つ、金髪の派手な女性が胸を反らせて笑った。

 

「お困りのようですわね」

「あなたは……袁紹!」

「知的で華麗な袁紹様とお言いなさい!」

 

 増援が来たのかと、賈駆は身構える。だがすぐに、驚きに表情を浮かべた。

 

「……詠」

「ちょ! 恋!」

 

 三人の後ろから、肉まんをいっぱい抱えた恋が、ひょこっと現れたのである。

 

 

 渡り廊下を、一刀と明命は走っていた。この先に、帝の寝室がある。そこに居なければ、もはや打つ手はない。この広い宮殿を探す時間もないし、隠し部屋のような所なら見つけることは困難だ。二人はただ、祈りながら走っていた。

 

「一刀様!」

 

 突然、明命は一刀の腕を掴んで引き止めた。

 

「どうした?」

「誰か……います」

 

 薄暗い柱の陰から、黒装束が現れる。一刀でも感じ取れるほどの、殺気と緊張感だった。

 

「ここは私が引き受けます」

「……わかった」

 

 もう、残ることも進むことも危険なことに変わりはない。わずかな迷いの後、一刀は頷いて走り出す。黒装束も一刀は行かせるつもりなのか、明命を見たまま動かない。

 

(みんな、無事でいてくれよ)

 

 心でそう願い、一刀は長い廊下をひとりで走る。薄暗く、真っ直ぐに伸びたその先に、大きな扉が行く手を塞いだ。ここが突き当たり、帝の寝室だった。

 

「よしっ!」

 

 気合いを入れて、ゆっくりと扉を開ける。そして一歩足を踏み入れ、一刀は息を呑んだ。

 

「やあ、一刀。待っていたよ」

 

 暗い部屋の中央にあるベッドの上で、少年が笑って言った。その少年の前には、薄い衣を羽織った少女が苦しげに顔を歪めて座っている。なぜなら、少年が彼女の白く細い首にその指を絡ませていたからだ。

 

「彼女が、董卓?」

「そうだよ。可愛いだろう? 僕がちょっと力を込めれば、簡単に死んでしまうんだ」

「お前が、帝……」

 

 少女の長い睫毛が震え、わずかに開いた目で一刀を見る。その視線をしっかりと受け止めながら、一刀は両手に剣を持ち構えた。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
47
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択