山々が紅く色づく季節だった。
ネコを拾った。
名前はまだない。
色々提案してやっているが、中々お気に召してくれない。
仕方がないので便宜上、ネコと呼んでいる。
「毛色が茶色だから、チャチャはどうだ」
ふいと横を向いた。駄目か。
宿の一室、寝台の上でその小さな体を撫でている。
耳の後ろと顎、そして首の辺りが気持ち良いらしい。
わたしの膝の上に頭を乗せて、目を細めている顔は見ていて癒される。
「目の色が黒いから、クロはどうだ。ん?」
無反応。やはり駄目か。
撫でられる事に飽きたらしく、起き上がるとわたしの頬に鼻をつけた。
抱きよせれば、甘えるようにくっついてくる。
耳元で小さく鳴いた。
このネコは、ある日、ある時、ある町でぶらついていたら、建物の蔭で男に乱暴に叩かれていた。
泣き暴れているその姿に、つい可哀そうになって声をかけてしまった。
男は威嚇してきたが剣を抜いてみせると、一目散に逃げていった。
ネコは礼をするように、ペコリと頭を下げた。
そのままわたしが歩き出すと、トホトホとついてくる。
「お前にも家があるのだろう。はやく帰りなさい」
「知らない人に付いて行くんじゃないよ」
振り返って何度も声をかけたが、どこまでもついてきた。
仕様がないので放っておいた。
その内、腹が減ったので宿に入り
「飯だけ頼む」
そこの大将は
「へい、お二人さんですね!」
笑顔で言った。
「一人だ」
飯までも面倒みていられるか。
大将は戸惑ったようだが、一人席に案内した。これでネコも諦めるだろう。
ところがそいつは、悪びれずに宿に入ると、わたしの横にちょこんと座った。
地べたに。
黒く大きな瞳で見つめてくる。飯を貰えると期待しているのだろうか。
生憎わたしはそこまで親切な人間ではない。
目の前でガツガツと食ってやった。
周りの客はこちらを好奇の目で見ている。あまり居心地のよいものではない。
代金を払って宿を出ると、再びトホトホとついてくる。
もうどうでもよくなって、自分の宿に戻った。
図々しくもネコは部屋の中までもついてきた。
「もう金輪際、ついてくるな。帰れ」
低い声を出すと、怯えた顔をして部屋を出て行った。
よしよし、最初からそうすればよかったのだ。
確かにネコはついてこなくなった。
部屋の前でちょこんと座ってわたしをまっているのだ。
わたしを見るたびに、黒い瞳を輝かせてにっこり笑う。
閉口して、視界に入れないようにした。
いったいどうしてほしいのだろうか。
宿の主人から苦情が来た。
ため息をついて、宿の外に放りなげた。
ところが今度は宿の外で、ちょこんと座ってわたしを待っている。
一日目。主人は再び苦情を言ったが、知ったことではないと突っぱねた。
二日目。同情した人や主人が、飯や水をやろうとしたが、頑として受け付けなかったそうだ。
三日目。雨が降った。大雨だった。さすがにもう居まいと窓から見て仰天した。
ネコは雨に打たれてスブ濡れになりながら座っていた。
小さくなって震えながら座っていた。
このままでは死んでしまうのではないか。
死んでしまうだろう。あまり目覚めの良いものではない。
ついに折れたわたしは声をかけてしまった。
宿の扉を開くと、ネコはこちらを見て嬉しそうににっこりと笑った。
寒さと飢えで真っ青になった顔で。
「おいで」
震えながらやってきたネコを湯浴みさせた。
主人に相談して、女衣を用意してもらった。
湯を浴びてさっぱりし、新しい衣に袖を通したネコは、可愛らしい少女だった。
部屋で黙々とひたすら飯を食う。
満腹になると、今度は椅子に座っているわたしに甘えるようにすり寄ってきた。
恩義を体で返すのかと思いきや、そのままピットリとくっついて寝てしまった。
あどけない顔をしてスウスウと寝息を立てている。
呆れを通り越して笑ってしまった。
ネコは、可愛い少女は、聾唖だった。
こちらが言っていることは分かるが、言葉を発することはできなかった。
ただ、「あ」と「う」の中間のような声だけは出した。まるで鳴いているようだ。
そして、姿は少女だったが、行動はネコそのものだった。
勿論、四つん這いで歩いたりはしない。動いているものに飛びついたりもしない。
寝台でうつ伏せに寝そべって、片足を尻尾のようにパタンパタンと打ち下ろす。
身体を擦りつけて甘える。
気に入らないことがあると、フンと鼻を鳴らす、フイと横を向く。
わたしの膝の上に頭を乗せて寝転がる事を好み、耳の裏や顎を撫でられると喜んだ。
しかし、この娘にも親はいるはずだ。
まさか花から生まれたわけではあるまい。
「親御さんが心配しているのではないか」
フルフルとネコは首を振った。
「厄介者だったのか」
コクリと頷いた。傷ついたような顔をして。
「お前の親を探しにゆこうか」
このままではわたしは誘拐犯になってしまう。
が、ネコは嫌だというように抱きついてきた。
そのネコを荷物のように抱えて、いつか拾った場所へ行った。
しかし、この娘を知らないかとペロンと見せてもみな首を振った。
数人の下卑た男が我のものだと言ったが、真実味がなかったので無視した。
日も暮れてきたので、ネコを抱えたまま宿に戻る。
「お前はどこから来たのだ」
ネコは不機嫌そうに鼻を鳴らして返事をしなかった。
翌日も探しにいこうとすると、悲鳴を上げて右足にへばりついた。
「この不良ネコ」
へばりつかれたまま歩こうとすると、酷い鳴き声を上げて抗議をする。
「お前はどうしたいのだ」
呆れて聞くとべったりと抱きついてくる。
離れたくないということか。仕方がない。
「そろそろこの町を出ようと思っている」
ネコは大きな黒い瞳でじっとわたしを見た。
「お前もわたしと一緒に来るか」
ブンブンと頷くと、甘えるように身を寄せた。
こうしてわたしは少女と共に旅にでることになった。
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ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。
ネコを拾った。
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