はじめに
この作品はオリジナルキャラが主役の恋姫もどき名作品です。
原作重視、歴史改変反対の方
ご注意ください
反董卓連合が解散して半年
大陸を覆う情勢は変革の兆しを見せていた
それまで大陸を統治していた漢王朝は瓦解し、各諸侯は我こそが次代の統治者であると挙って領地拡大に精を出し群雄割拠の時代へと移行して行く
勿論袁家にとってもそれは例外ではなく
軍備の増強、他国への間諜の派遣、内政の見直し
来る弱肉強食の時代への備えを着々と進めていた
季節は初夏
日が高くなるにつれて増してくる不快指数に苛立ちを隠せず
竹巻へ書き込む速さがその数に連れて早くなるものの一向に終わらない仕事に悠はため息を吐いていた
次々と挙がる案件に書いても書いても書いても終わりが見えてこない
一つ案件を片付ければ目の前にはさらに二つ重ねられる
「俺を殺す気ですか?」
そう口に出てくるのも仕方がない
既に日は疾うに天辺に昇り、部屋の窓からジリジリと此方を照らしてくる
他の文官達はというと…昼の鐘が鳴り響いた頃から
(ちょっと飯行ってくる)
(少し休憩に…)
(すぐ戻るわ)
と口々に出て行き
「逃げそびれましたね」
気づいた時には悠は一人、部屋で政務をこなしていた
「まあこの暑さでは、戻る気も薄れるのは判りますが」
筆を奔らせる紙が肘に張り付き、触れもしないでいる書面もシワシワと萎えている
もはや政務室は宛らサウナ状態だ
普段であれば茶を持ってきてくれる給使も今日は姿を見せてこない
これが終わったら休憩を入れよう
滲む額汗を拭い黙々と書簡に目を通し書き写していく
ようやく書き終え書面に署名を入れようと最後の一筆を走らせたそのとき
「旦那あぁ!街に出ようぜぇ…ってあっつうう!何この部屋!?蒸し風呂みたいじゃん!」
ボキリ
乾いた音ともに筆が真っ二つに折れた
悠は自身がぶちまけた墨が書面に広がっていくのを見つめながらため息を吐くと振り向き
「いいしぇ…」
乾いた笑いに片眉がピクピクと痙攣している
悠の非難にも猪々子は後頭部を掻きながら「なはは」と笑い
「ごめんごめん!暑さでジッとしていられなくてさ~」
思わず声が出たと言う猪々子に貴女は常にでしょうという突っ込みをグッと飲み込み
「街には出ませんよ」
「え~!なんでさ!?」
「仕事がありますので」
机の上の竹巻の山を指差す悠
「せっかく遠征から帰ってきたのにもう仕事かよぉ!?」
ぷうぅっと頬を膨らませる猪々子に悠は折れた筆をクルクルと回し
「だからこそですよ、幽州の統合で領地が増えたことで案件も増えたのですから」
先日、幽州の公孫瓚を破り、その地を手に入れた袁家だったが現状では政務能力を分散させることは出来ず当面は袁家の本拠地、翼州から統制を行うことになった
幽州の民に大きな混乱がなかったことは悠にとってはうれしい誤算ではあった
それだけ公孫瓚の統治が優秀だったということだが
「裏を返せば誰が上でも構わないということですかね」
以外とドライな反応に溜息が出る、大陸の統制を目論む側としては少々寂しくもある
ともあれ自国の民となった以上、自分達の政策を浸透させて行かねばならない
「まして次の相手は覇王…今回のようには行かないでしょうからね、軍備の面でも見直しが必要でしょうし」
そして北を抑えたとなれば次の目標は必然的に南…いよいよ覇王曹操と天の遣いが待つ魏国である
溜息と共に抱える懸案だけが山積みになっていく
「だったらさ!」
猪々子の声に振り向こうとした悠だったが首元と掴まれ
「ちょ!?人の話聞いて…」
「なおさら息抜きが必要だろう♪」
廊下に響く声に仕官達が何事かと振り向けばズルズルと街へと引き摺られる軍師の姿があった
…
………
「結局…こういうことになるわけですよね」
日が沈み月が昇り
窓の外を暗闇が覆う時間になり、ようやく悠は解放された
あれから彼女の相棒も加わり街中を引き摺られた挙句、行く先々で金がないと笑う二人に散々奢り
悠の財布の中身がすっからかんになった頃には疾うに日は暮れていた
「いやはや大変な目にあいました」
だが、感謝はせねばならない事にも同時に気づく
「確かに…日中よりも日が暮れてからの方が捗りはしますね」
昼間の殺人的な暑さも日が沈むにつれ成りを潜めれば…なるほど作業効率はあがる
「まあ…狙ってやったことではないでしょうが」
この半年間、軍備増強に政務、そして遠征…休まる暇がなかったのは彼女達も同じだ
「ついでにコレも手伝ってくれればよかったんですが」
次々と片付けられていく竹巻だが一人押し付けられるのは正直しんどい
さらに夜になり戻ってきても片付いていないところを見るとあの後誰かなり文官が戻ってきたわけではないらしい
「まあ、結局のところ他人任せに出来るものでも無いですしね。」
自分の分は自分で、優秀であるが故に他人の分まで仕事をする人間はいない袁家の文官達だった
「あああもう!」
がしがしと頭を掻きながら墨を擦る…と
最近独り言が多いなあと悠は思う
以前であれば彼に小言を言ってくる小さな幼馴染と
彼の小言を仏頂面で聞いてくれる幼馴染がいたというのに
桂花が袁家を出て行き
比呂も今は此処にいない
それでも
自分は此処にいると決めたのだから
彼らを巻き込んでまで
自分の生きた証を残すと決めたのだから
「ようやく…最後ですか」
山のようにあった竹巻も最後になり今まで以上に集中して書きとめ、署名をいれようと…
ポタっ…
ポタポタッ…
書面に斑点を広げるのは墨ではない…赤い雫
紙に広がる赤いそれをようやく認識し自分が血を吐いたのだと理解する
せっかく書き上げ…台無しになったそれをクシャクシャに丸め部屋の隅に放り投げる
前屈みになっていた体を背凭れに重心を寄せ、呼吸を整える
「もたないだろうなあ…最後までは」
ふと机の隅にある手紙に視線を移す
先日遠征から戻ると同時に渡された手紙、差出人は今此処にいない親友からのものだった
手紙には自分を将軍職から罷免してほしいと親友の頼みが書かれていた
まだ暫くは戻ることは出来ないからと
「…そんなこと言わずに戻ってきてくださいよ」
思わず零れる弱気の声
次の戦の事もある
一人でいる事の不安もある
だが
何より
自分の生き様を見ていてほしいと
それも出来れば二人共にと
願っては止まない
彼の心情を映し出すように蝋燭の火がゆらゆらと揺れた
あとがき
ここまでお読み頂き有難う御座います
ねこじゃらしです
うーん短い
まあいいか
それでは次の講釈で
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第34話です。
おまたせです