No.144790

恋姫異聞録64 定軍山編 -其魂不変-

絶影さん

定軍山編 

-其魂不変-(その魂は如何なる事が有ろうとも変わる事無く)
そんな意味です

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2010-05-22 21:59:56 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:13104   閲覧ユーザー数:10235

 

 

 

「足止め、素早い撤退、鮮やか過ぎる。美しいとさえ思わされるわ」

 

呟く華琳の側に立つ扁風が素早く木管に文字を認める。そして華琳の目の前に広げると

そこに書かれた文字を見て華琳の顔は不敵に笑う

 

恐らくは銅心おじ様でございましょう、兵の配置、素早い情報収集、我等を足止めしておきながら

兵の損失は一切なく、殿の騎兵は巧に動き、足の遅い歩兵を全て逃がした。まず間違いございません

 

「韓遂か・・・流石は馬騰と並ぶ英雄、どうにか捕らえる事は出来ないかしら」

 

「難しいでしょうねー、あれほどの将ですから捉えられる前に自決するかも知れません」

 

「そうね、やはり蜀を飲み込み手に入れるしかなさそうね」

 

笑う華琳の隣で風は相変わらずボーっと前を見ている、木管をしまいながら扁風は遠くの衛生兵が

立てた天幕の外で顔を青ざめて膝を抱え座り込む流琉を見つけ、走りよって小さな手で頭を撫でた

 

「あっ・・・ありがとう、私は大丈夫」

 

柔らかい手に撫でられ、顔を上げる流琉を見てちょこんと前に座り心配そうに深い紫色の瞳で見つめる

力なく笑う流琉に扁風は棒を懐から取り出し地面にカリカリと文字を書いていく

 

「えっと・・・私では力になれないかもしれませんが、良かったら何があったのかお聞かせいただけませんか?

話すことで心が軽くなることも往々にあります・・・・・・うん、そうね」

 

扁風は流琉の頬を小さな手でぺたぺたと触り、柔らかい笑顔を向けて隣にちょこんと流琉と同じ格好をして

座り込む、その可愛い仕草に流琉はついつい顔がほころんでしまう

 

「・・・あのね、見回りで私達は秋蘭様と罠にはめられて、暗い森の中で秋蘭様は強い心で私達を導いて下さったの・・・」

 

流琉は少しずつ話しながら柔らかくなった顔が徐々に強張り、小刻みに体が震え始めた

扁風は自分の膝をぎゅっと握り締める流琉の手をゆっくり優しく解いて、両手でしっかりとにぎりしめた

握られる自分の手を見て流琉は『ありがとう』といって少し強張りながらも笑顔を向けた

 

「森を出てから囲まれても秋蘭様の心は折れる事無く敵将に一歩も退かなかった、ううん退かないどころか

圧していたの、だけど私のせいで矢を受けて、倒れた秋蘭様を駆けつけた兄様が見て・・・それで・・・それでっ・・・・・・」

 

そこまで話すと流琉の顔が真っ青になり、体の震えは更に酷くなる。扁風は立ち上がり流琉の頭を包むように

抱きしめた。小さな腕に頭を抱えられて流琉は涙をボロボロ流しながら話を続けた

 

「兄様から・・・兄様から恐ろしい殺気がっ・・・あんなに優しい兄様があれほど恐ろしいものをっ

きっと私を怒っている、秋蘭様が怪我をされたのは、わたっ・・・私のっ・・ううぅ」

 

扁風の腰に手を回し流琉は泣きじゃくる。顔をくしゃくしゃにして扁風の体に押し付けて

そんな流琉を見ながら扁風は柔らかく笑いながら頭を撫でていた

 

「昭は流琉を怒ってはいないわ」

 

「あっ、か、華琳様っ、私っ、あのっ」

 

流琉は酷い顔になっているであろう自分に直ぐに気が付き顔を手で拭う

そんな流琉を優しく微笑みながら華琳は手ぬぐいで顔を拭いてあげていた

 

「あ、そ、そんなっ自分で」

 

「良いのよ、昭が怒ったのは事実でしょうがそれは秋蘭に対する想い。それに運ばれた時に

聞いたけれど、あの時秋蘭が死んだと思ったそうよ。まったく早とちりも良いところだわ」

 

「え?」

 

「昭の心力があれほど強いのは守るものがあるからよ、およそ常人では耐えられないほどの

多くの民や兵の負の感情を受けてなお強く心を保ち続けられるのは守る者が居るから

目の濁りは負の感情を強い心力で無理やり押さえ込んでいる証、気を抜けば全てが彼を襲う」

 

流琉の顔が驚く、責任感の強い娘だから秋蘭が傷ついたのは自分の責だと強く己を攻めるのは仕方が無い

でも昭は決して責めたりはしない、なぜならば全て力無い己の責任だと思うからだ、だから血まみれになり

泥をすすり、地を這いずっても己に有るものを高め続ける

 

「彼が怒り暴走したのは彼の中で秋蘭に対する想いが何よりも大きいから、真に愛するものが殺される時も

怒りが湧かぬならば、それは愛しているとは言えない」

 

扁風が地面にガリガリと書き始める

 

 

 

 

秋蘭様が殺されたと思い込み、今まで押さえ込んでいた負の感情が全て昭様を飲み込んでしまい

己の怒りと共に爆発させたと言うことですね

 

「私も解ります。私も皆が殺されれば怒りにただ身を任すでしょうから」

 

流琉は頷き、華琳の目を真直ぐ見つめる。先ほどの弱弱しく自分を追い詰める目の光ではない

それに扁風も気が付いたのか、にっこりと優しく微笑む

 

「彼が静かに怒る時が最も恐ろしい、冷徹に冷酷に己の眼を最大限に使って敵の動きを奪い

己の身を省みず殲滅する。昔私達が賊に襲われた時のようにね」

 

今回の怒り、いえ暴走といって良いものは初めてだ。秋蘭が戦死した時、彼がどうなるか予想は大体ついていたけど

やはり周りが見えなくなっていたか

 

「えっ?それって・・・」

 

「それは風も聞いてみたいですねー、お兄さんが怒り狂った時とどのように違うのですか?」

 

何時の間にか風が華琳の後ろに立っており、トコトコと流琉の隣に同じように腰を下ろす

扁風も流琉の隣に腰を下ろしまるで華琳の講釈を聞きに来た学生のようになっていた

 

「追撃部隊はまだ帰ってきていないし、ここの指揮がまだ残っているでしょう」

 

「追撃部隊なのですが先ほど伝令からこれ以上の追撃不可能と、もうしばらくしたら戻ってきます

ここの指揮は稟ちゃんと凪ちゃんたちに任せてありますので」

 

「抜け目がないわね、時間は?」

 

「十分ありますよー、お兄さん達の治療が終わるまでは移動できませんし、これ以上の追撃はする意味がありませんが

一応斥候を放っておきました。敵の目的がわかるまでは国境を背にした今の位置から動くべきではありませんね」

 

敵の目的は恐らく馬超の単独と見て間違いないでしょうね、春蘭の話しだと韓遂が急に援軍として現れたと

話していたから、後から着いてきたと見て良いと思うけど・・・三人にこんな風に見つめられるなんて

三人とも興味深々の目で特に風がこんな目をするなんて珍しい

 

「でも駄目よ、今はそんな時では無いでしょう?帰ったら話してあげるから今は敵に集中しなさい」

 

「ええっ、そんな・・・」

 

「仕方ありませんねー、では早く片付けて帰りましょう」

 

扁風もがっかりと肩を落とすが、直ぐに笑顔になって華琳にお辞儀をしてパタパタと凪たちの指揮する

兵達の元へ走っていく、風は『手伝ってください』と笑顔で流琉の手を引いてテクテクと稟の元へと歩いていく

 

あのときのことか・・・昭が私の為に怒るのは嬉しいけどその身を省みず戦うことがどれだけ

彼を苦しめるのかあの時ほど思い知った事はない、だから前線には絶対に彼は出さない

 

治療用の天幕に入ると簡易式の寝台に寝そべり、上半身を包帯で巻かれいたるところに経刺

されている男は苦笑いをする。春蘭と秋蘭は華琳が入ってくるなり頭を下げて謝罪をした

 

「今回の見回りは私が指示した事、貴女に非は無いわ。私のほうこそ御免なさい、劉備を警戒して

兵を多く連れて行かせるべきだった

 

「ありがとうございます華琳様」

 

華琳は男の頬の傷を指先で触りながらふにふにとつねると軽く笑い、額を指先で弾く

 

「いたっ・・・悪かったよ、勝手にここに来て」

 

「生きているから良いわ、怪我はどうなの血を吐いたと聞いたけど?」

 

「矢が刺さった時に肋骨が折れて少し内臓を傷つけたらしい、軍医が医学書が出来てよかったと言っていたよ

無けりゃ施術できず死んでた」

 

「・・・本当にフェイには感謝しなければならないわね」

 

「怒るなよ、帰ったら秋蘭に怒られるんだから」

 

男は顔を青くして秋蘭の方を見ていた。秋蘭の顔は笑っているが怒りが込められ、笑いながら怒っているのは

誰の目にも明らかで華琳と春蘭はそれを見て笑っていた

 

「それで腕の縫合はまだなのです華琳様」

 

「そう、秋蘭がやるの?」

 

「はい、腕だけはどうしても」

 

そういうと秋蘭は男の綺麗に巻かれた包帯をゆっくり優しく壊れ物を扱うように巻き取っていく

 

「秋蘭、包帯と薬はあるのか?」

 

「む?どうやら軍医が持っていってしまったようだな、置いて行ってくれと言ったのだが」

 

「私が見ているから取って来なさい」

 

「申し訳ありません華琳様、愚夫をよろしくおねがいします」

 

「御湯が必要だろう?私も行こう」

 

春蘭と秋蘭が華琳に頭を下げて天幕から出て行くと、華琳は横の椅子に座り

男の腕を持ち上げて包帯を外していく

 

「っ・・・」

 

華琳は男の腕を見て顔が一瞬にして驚きに変わる。包帯が外された場所には本来あるべきものが無い

いや存在して手で触れられるのだがそれは酷く希薄で、透けて下の寝台が見えてしまうほどで

 

「・・・・・・これが代償か」

 

己の腕を見ながら無表情に呟く男を見て、華琳は男の手を強く握り驚く表情を隠す

 

「どういうこと?」

 

「ここに来る前に占い師に言われた。ここが運命の分かれ道だと」

 

「運命の分かれ道?」

 

「本来俺の知る天の歴史では秋蘭は定軍山で命を落とす。俺はそれを無理やり捻じ曲げた」

 

華琳は男に気付かれないよう小さく深呼吸して心を落ち着かせる。男の慧眼には全てわかってしまうのに

必死でそんな事は忘れてしまったかのように

 

「一つだけ聞くわ」

 

「何だ?」

 

華琳の眼は強い覚悟の光を灯す。男と同じ強い鋼の意思

 

 

 

 

 

 

      『何時まで持つ?』

 

 

 

 

 

  『・・・・・・お前達が俺を望むなら、永遠にだ』

 

 

 

 

 

 

 

男は歯を見せて笑顔を見せる。その笑顔は強くそしてとても美しくて、まるで馬騰が

死んだときに見せた心を揺さぶる笑顔

 

私達が望むなら・・・彼は下手をすれば直ぐに消えてしまうのかもしれない

優しい彼は私達が悲しむと解っているから決して終わりなど口にしないのだろう

そして、彼自身消える気などまったく無いのだ、彼なら己に降り注ぐ呪いのような仕打ちを乗り越えてくれるはずだ

私はそれを信じよう。その命が閉じるまで彼がこの世界に居られるように私は望み続けよう

 

「今消えてもらっても困るわ、だから早いうちにその腕どうにかなさい」

 

「解ってるよ、しかしこればかりは華佗でも無理だな」

 

ガシャン・・・・

 

何かが落ちる音が聞こえ、次の瞬間には秋蘭が駆け寄り男の腕を大事に抱きしめ涙を流していた

 

 

 

 

「駄目だっ、駄目だ駄目だっ、こんな事は嘘だ、今抱きしめているものは消えたりなどしない

今見えたものは何かの間違いだっ!」

 

必死に腕を抱きしめる秋蘭に後から入ってきた春蘭も驚き腕を見て一瞬固まってしまうが、

笑みを向ける男といつもと変わらない華琳を見て理解したのか、持ってきたお湯を机に置いて

ゆっくりと男に歩み寄って手を握る。そして華琳も同じように手を重ね握り締めた

 

「大丈夫、消えたりしない。俺はここに居るよ」

 

「そうよ秋蘭、昭は私達との約束を破ったりしないわ」

 

ボロボロと涙を流す秋蘭の額に男は自分の額を当てて優しく強い眼差しで覗き込む

その瞳には何時もの優しい光があり、秋蘭は首に手を回し抱きしめてまた泣き出してしまった

 

「ううぅ・・・」

 

「見てくれ、秋蘭と華琳と春蘭が握ってくれたお陰で元に戻った」

 

そういう男の腕は先ほどとは変わって存在感を増し、希薄だった腕もしっかりとした色を持っていた

そして急に思い出したかのように腕の傷口から血が噴出す

 

「・・・どうやら腕が自由に動いたのはこういう訳だったんだな、矢を受けても痛みがあまり無かったんだ」

 

「腕は大丈夫なのか?」

 

「春蘭の指がちゃんと感じられる。大丈夫だよ」

 

「そうか、心配ばかりかけおって。妹を何回泣かせるつもりだ?」

 

男は苦笑いをすると、空いている手で秋蘭の頭を優しく撫でた、すると落ち着いたのかゆっくりと腕を放し

華琳はそれを見ながら顔に柔らかい笑みをつくってため息を吐き、春蘭は握る手を放し落ちた薬箱を拾い上げた

 

「さぁ秋蘭、昭の腕を治療するのでしょう?」

 

「はい、申し訳ありません華琳様。こんな醜態を晒してしまって」

 

「良いのよ、私と春蘭はこれで行くわ。貴方も体に矢を受けているのでしょう?」

 

「はい、姉者は大丈夫なのか?」

 

「鍛え方が違う、そこの馬鹿と一緒にするな」

 

男を指差して溜息を吐き、秋蘭に薬箱を渡すと一人天幕を出て行ってしまう

華琳はその姿を見て苦笑しながら秋蘭に『後は任せるわ』といって出て行ってしまった

 

秋蘭は薬箱から消毒用の液体を取り出し腕にかけると煮沸消毒した針に糸を通して

男の腕を縫い合わせていく

 

「・・・なぁ秋蘭」

 

「なんだ?」

 

「肩と脚の傷、残りそうか?」

 

「いや、多少は残るかもしれんが傷口を小刀で開いて、鏃を綺麗に抜き取ってくれたから気にするほどでは

なかろう」

 

「そうか、良かった」

 

「・・・」

 

「どうした?」

 

「・・・・・・」

 

「秋蘭?」

 

「・・・・・・お願いだ消えないでくれ、私はお前が居なくなったら」

 

「俺は嘘は吐かない、前に秋蘭が言ったろう?涼風にお前の父は嘘吐きだと言われたくないからな」

 

手の止まった秋蘭を男は空いている手で優しく握りしめ、力強く笑う。秋蘭は少し目尻に涙を溜めて頷いた

 

「おっと」

 

「大丈夫?やはり限界のようね、あっちで休んでなさい」

 

「も、申し訳ありません華琳様っ」

 

天幕を出てよろめいた春蘭を華琳は優しく支え、後方の輜重隊を指差していた

春蘭は直ぐに体を真直ぐに立て直し首を横に振る

 

「いいえ、私はまだ大丈夫です」

 

「駄目よ、相当体を酷使したのでしょう?倒れてしまったらまた昭は暴走するわよ」

 

「そんな、私などが倒れても昭は」

 

「するわよ、きっと私達三人の誰が殺されてもね」

 

「・・・そうですね、あやつは馬鹿ですから」

 

そういって二人は笑い合い、華琳は休むのを断る春蘭に『命令よ』と言って後方へと

下がらせた。そして華琳は一人本陣中央へと戻っていく、遠くを見れば霞が帰ってきたのだろ

張の旗と大勢の騎馬が合流していた

 

そうよ、彼は馬鹿だから私達との約束を破ったりする事は絶対にしない

絶対に私達の前から消えることなど無いのだ、彼が私を信じてくれているように

私も彼を信じ続けよう

 

 

 


 
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