No.144197

真恋姫無双~天帝の夢想~(黄巾騒乱 其の六)

minazukiさん

黄巾編第六話です。
今回は天和達と一刀達の接触編です。

一刀の望む結末を迎えることができるか、それとも違う結末を迎えるのか。

続きを表示

2010-05-19 22:55:07 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:18577   閲覧ユーザー数:15314

(黄巾騒乱 其の六)

 

 人和の部屋に通され一刀は箱から出て身体を伸ばした。

 

「まさか棺桶に入れられるとは思わなかったよ」

「私も正直、驚きました」

 

 人和からすればよく悲鳴を出さなかったと自分を褒めるぐらいだった。

 

「それでここに何をしにきたのですか?それと貴方達は誰ですか?」

 

 霞と恋の姿は黄巾党のものであったが一刀は制服姿だったため人和からすれば只者ではないかもしれないと感じていた。

 

「まず俺達が誰かって質問に答えるよ。俺は北郷一刀。一応、天の御遣いや漢の大将軍なんて肩書きがあるだけだよ」

「天の御遣い?漢の大将軍?」

 

 それはまったく予想もしなかった言葉ばかりだった。

 しかも本来は敵であるはずの一刀自身が敵地、つまり自分達の勢力圏にたった二人の護衛だけでやってきたことに驚きを隠せなかった。

 

「な、なぜそのような人がこんなところに来るのですか?」

 

 理解できない。

 人和からすれば一刀の無謀すぎる行動の先に何があるのかさっぱりわからなかった。

 

「その答えは二つ目の質問と同じだよ。この反乱を収めにきた」

 

 その答えも人和を驚かせた。

 

「収めることなどできるのですか?」

 

 自分達が扇動するようにして起こした今回の反乱は予想以上に大きくなりすぎていた。

 そのことを一番気にしている人和にとって一刀の考えは現実を知ら過ぎるものだった。

 

「するためにここにきたんだ。これ以上、無益な血が流れないためにもね」

「北郷さん、私達にとって今回の反乱は弱い人達のために立ち上がったものです。弱い人達がどんな思いで生きているのかわかっているのですか?」

 

 今の生活が決して彼女を幸せにしているわけではなかった。

 それでも、彼女の大好きな二人の姉達が幸せでいてくれるのであればと思うと引き返すことなどできなかった。

 人和は視線を逸らすことなくまっすぐに一刀を見ていた。

 

「弱い人達のためか……」

 

 一刀はここに来るまで幾つかの村を見てきた。

 そのほとんどが黄巾党によって荒らされた後であり、人和のいうように弱い人達のために反乱を起こしているようには見えなかった。

 

「ならどうして君達に賛同しなかった人達は今も苦しんでいるんだ?」

「どういうことですか?」

「俺達はここに来るまで幾つも村を見たよ。でも、どこも寂れていた。黄巾党に参加している人達はそんな村から略奪をしていた」

「う、嘘です!」

 

 人和は激しく否定をした。

 

「そんなことは嘘です」

「どうしてそう言い切れる?実際に救われている姿を見たのかい?」

「そ、それは……」

 

 これまで人和達は外の様子など知ることはなかった。

 多くの賛同する人達と共にさらに多くの弱い人達のために立ち上がった自分達だが、そこまで見たことも聞いたこともなかった。

 ただ、毎日のように届けられる献上品を受け取っているだけだった。

 

「起こってしまったことは仕方ないさ。でも、いつまでも続けていれば君の言う弱い人達はさらに増えて、同じような苦しみを与えてしまうよ」

「……」

 

 人和は言葉が出なかった。

 もし一刀の言うとおりであれば何の為に反乱を起こしたのか、その理由を失ってしまうことになる。

 

「今ならまだ間に合う。だから張角さん達に会わせて欲しいんだ」

「えっ?」

 

 何度目かの驚きを人和は感じた。

 首謀者の一人である自分がここにいるのに目の前の男は何を言っているのだろうか。

 

「えっ?君が張角さんじゃあないんだろう?」

「そうですけど……私も首謀者の一人なのはご存知ないのですか?」

「へ?」

 

 その名前を聞いて一刀は間抜けな声を上げた。

 霞はどうやら人和が目標の一人だということには気づいていたが、あえてそれを教えず黙っていた。

 

「じゃあ張角さんっていうのは」

「私の姉です」

 

 奇妙な会話に一刀は頭をガリガリと掻いて一度落ち着こうとした。

 それに対してどこか申し訳なさそうに自分達のことを話し始める人和。

 

「な、なるほど。でもまぁ張角さん達にも話を聞いて欲しいんだけどお願いできるかな?」

「今からですか?」

「うん。できればすぐにでも。それとも何か問題がある?」

「問題……」

 

 急に表情を険しくする人和。

 そんな彼女を見て一刀達はどうしたのだろうかと思った。

 

「あ、いえ、今の姉さん達はちょっと……」

「ちょっと?」

「私は言うのも変ですが、姉さん達は最近、どこかおかしいんです」

「おかしいって?」

 

 人和は最近の天和達のことを話し始めた。

 歌を歌って多くのファンと共に毎日を充実した中で送っていたが、それ以外の場所では妙な違和感を感じるようになっていた。

 それはどこか虚ろな瞳をしており、会話自体は成立しているもののまるで誰かに操られているような感覚を人和は覚えた。

 初めはたいしたことではないと思っていても時間が過ぎていくにつれて、その感覚は大きくなっていくばかりだった。

 

「つまり張梁さんはお姉さん達の様子がおかしいと感じているんだ」

「はい。それも異常なほどに……あっ」

 

 敵であるはずの相手に相談をしていることに気づいて慌てて口を閉じた。

 だが、不思議と一刀達ならなんとかしてくれるのだろうかと頭の隅っこにいつの間にかあった。

 

「操られている……のならそれは宦官達かな?」

 

 未だ確証にたどり着いていない自分の推測を口にする一刀。

 今回の一件は後ろで張譲達宦官がからんでいるのではないかと人和に説明をすると、彼女は自分達が反乱を起こした本当のきっかけを話し始めた。

 その話を聞き終えた時、一刀は自分の推測はほぼ正しいものだと確信できた。

 

「それでその太平要術の書ってやつを手にしてからいきなり大きくなったわけだ」

「はい……」

「そしてそれを使用し続けた結果、君のお姉さん達はおかしくなっていると」

「それしか考えられません」

 

 献上品に対しても貪欲になり、珍しい物があると聞くとそれを持ってこさせたりもしていた。

 これが昔の自分達のように弱い人達を守るためにしていることなのだろうか。

 そう考えていくうちに一人、正気を失わずにいた。

 

「どこから間違ったんでしょうか……」

「張梁さん?」

「北郷さん」

「なに?」

「もし、姉さん達を説得できて今回の反乱を収めることができたら私達はどうなるのですか?」

 

 仮にも天下国家を揺るがした大罪人。

 処刑ぐらいは人和でもわかっていたが、それでも僅かな望みがあるのであれば彼女はあることを言わずにはいられなかった。

 

「どうって……この場合はどうなるんだっけ?」

 

 後ろに振り向いた一刀は霞に聞くと、

 

「たぶん首謀者は全員、処刑やろうな」

 

 特に口調を変えるわけでもなく淡々と答えた。

 

「てことは、張角さん達は……」

「これやな」

 

 首筋に手を当てる霞。

 情状酌量の余地すらないということに一刀よりも人和の方が衝撃は大きかった。

 自分はどうなろうとも大切な二人の姉達まで処刑されるのだけは避けなければならなかった。

 

「私はどうしたらいいのでしょうか」

「張梁さん」

 

 考えても妙案など生まれるわけがない人和に一刀は優しい声をかけた。

 

「俺はこの反乱を武力で収めるつもりはない。よく甘いって言われるけど話し合いで解決できるのであればそうしたいと思っているんだ」

「……」

「官軍が本気になればきっと黄巾党に参加している人達は傷つき倒れていく。だけど、それは官軍にも言えることだ。でも、話し合いで解決できるのであれば無益な血を流すことはなくなる」

 

 官軍と黄巾党のどちらが傷つき倒れることは避けるべきことだった。

 考えが甘くてもそれを曲げてしまえばここにきた意味がなかった。

 

「今回のことで漢の皇帝も反省している。民の苦しみを自分のように感じているんだ。だから反乱を起こしたことでこの国は変われるかもしれないんだ」

 

 そう考えれば天和達は国の為に行動したことなり、罪も軽減できるのだと無意識に一刀は言葉の中に含ませていた。

 

「それでも私達は大罪人です。処刑は避けられないはずです」

 

 人和自身はどうでもよかった。

 だが彼女の大切な姉達だけは助けて欲しかった。

 その想いが言葉を変えて出てしまったことに気づき、すぐに口を閉ざす人和。

 

「そのことなんだけど、取引をしたい」

「取引?」

「そう。君達の身の安全は俺が保障する。誰が何て言おうとも君達を処刑台に立たせない。でもその代わり今回の反乱を一緒になって収めて欲しい」

 

 命を助ける代わりにそれ相応のことをしろ。

 霞からすれば一刀の考えは甘いどころか相手に対して限られた選択を押し付けているように思えた。

 と同時にその中にある一刀の優しさというものが含まれていることにも気づいた。

 

「信じられません」

「そうだね。いきなり信じろだなんて言わない。でも、だからこそ張角さん達にも来てもらって話を聞いて欲しいんだ。それで納得できないのであれば後は好きにしたらいいよ」

 

 交渉決裂となれば一刀のいう何十万という『無益な血』が流れることになり、この国自体が滅んでしまう可能性が大きくなる。

 そうなってしまえば、さらに弱い者達が地獄のような日々を送らなければならなくなり、黄巾党の大儀も名実共になくなってしまう。

 何よりもこのまま反乱を続けても天和や地和が昔の姿に戻るどころか、人和のまったく知らない他人になってしまうことを考えれば一刀の言葉を受け入れるしか選択など残っていないように思われた。

 

「本当に私達の身の安全は保障してくれるのですか?」

「協力してくれるのであればね。それに」

「それに?」

「女の子が痛い目にあっている姿を見たくないからね」

 

 笑顔で答える一刀。

 その笑顔を見て人和は嘘が含まれているとは思えなかった。

 

「本当に変わった人ですね」

「そうかな?」

 

 一刀からすれば当たり前のことを言っているだけだが、人和達からすれば十分に変わった考え方だと思っていた。

 それだけにこの男に協力すれば大丈夫かもしれないという思いが少しずつだが大きくなっていく。

 

「わかりました」

 

 どうせ終末を迎えるのであれば天和達に危害が及ばない方がいい。

 それを一刀がなんとかしてくれるというのであれば、人和は今回の反乱を終わらせるために協力を惜しまない。

 

「姉さん達にも話を聞いてもらいます。ここに連れてきますのでしばらく待っていてください」

 

 人和はそう言って部屋を出て行き、残された一刀達は息をついた。

 

「何とか上手くいきそうかな?」

「どうやろう。途中まで上手くいっても最後で失敗したら意味ないで」

「そりゃあそうだけど。霞や恋は失敗すると思っているのか?」

「さあ、ウチらはアンタの護衛やから難しい話はようわからん」

 

 それでも一刀のやろうとしていることは理解できていた。

 誰かのために危険を冒してでも成し遂げようとしているその姿に霞は真剣になって見守っていた。

 甘い考えでもここまで曲げることも捨てることもしないでいる一刀を守りたいと不思議と思っていることに気づいた時、苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁ最後まで気をしっかり持って話せば上手くいくと思うわ」

「そうだな。最後まで頑張らないとな」

 

 一刀は自分の考えたとおりに事態が動くことを強く願っている。

 そのためには霞の言うように最後まで気を緩めるわけにはいかなかった。

 

(百花は今頃、何をしているかな)

 

 ふと頭をよぎった百花の笑顔。

 皇帝という見えない檻の中で必死になって頑張ろうとしている彼女を支えたい。

 その想いは今も変わっていない。

 

(無事に戻れたら少しは我侭に付き合ってあげようかな)

 

 街に出たり料理を作ってあげたりといくつもの約束を交わしている。

 今回の一件が無事に収まれば時間もできるだろうし、彼女が望むことを叶えてあげようと思っている一刀。

 

「そういえば、曹操さん達の方は大丈夫かな?」

「ん?大丈夫ちゃう?」

「そうだよな」

 

 『あの』曹操であれば自分の考えを理解してくれ、それにあわせて行動をしてくれていると信じている一刀だったが、同時に彼女に力を与えすぎてそれが悪い方向に向く可能性も皆無ではないのではという不安もあった。

 

「ウチらのおかんもおることやし大丈夫や」

「そうだな」

 

 今は信じるしかないと一刀は思い、自分達の方に集中することにした。

 夕暮れに差し掛かっても人和は戻ってこなかった。

 

「暇やな」

「……お腹空いた」

「そうだな」

 

 退屈そうに壁に背中を預けている霞。

 昼ご飯を食べていないせいか、そっとお腹に手を当てて撫でる恋。

 椅子に座ったまま天井を見上げる一刀。

 三人とも何時間と部屋から出ることもできずにいるため、妙な疲労感に襲われていた。

 

「まさかウチらを討ち取るために準備しとるんやないんか?」

「冗談にしてもあまり笑えないぞ?」

「まぁそれならそれでもええけどな。ウチとしては頭で考えるように身体を動かした方が楽やし」

 

 どこか嬉しそうに話す霞に一刀は苦笑いを浮かべる。

 

「せやけど、この部屋の周りにそんな殺気なんか感じられんし、ホンマようわからんわ」

「……お腹空いた」

 

 霞の戦う喜びよりも恋の空腹のほうがまだ平和的だなと思ってしまう一刀はポケットに入れていた最後の非常食である干し肉を差し出した。

 

「こんなのしかないけど、少しはマシだろう」

「……」

「これが無事に終わったらたくさん食べさせてあげるから、それまで我慢してくれるか?」

 

 干し肉を差し出す一刀は申し訳なさそうに言うと、恋は干し肉を持っている彼の手を両手で包むようにそっと握った。

 

「恋?」

「……本当?」

「ああ、約束する。戻ったらみんなで食べような」

 

 笑顔で答える一刀を見て恋の表情に一瞬、赤みがかかった。

 が、それを確認する前に恋は干し肉を受け取って、まるでかみ締めるかのようにゆっくりと食べていった。

 その姿を見て一刀と霞は笑みが絶えなかった。

 

「……」

 

 たった一切れの干し肉を時間をかけて食べ終えた恋はじっと一刀の方を見つめる。

 まったく逸らすことのない真っ直ぐな視線に一刀も視線を逸らすことができなかった。

 

「ど、どうしたんだ、恋?やっぱり足りないか」

「(フルフルッ)」

「無理しなくていいよ。ただでさえ危ないことをしているのに、満足にご飯も食べさせてあげられないんだ。不満に思う事だってあるよ」

「(フルフルッ)」

 

 恋はそんなことなど気にしていなかった。

 彼女の中にあるのは一刀の優しさに対しての感謝だったが、それを上手く口にできないのが恋だった。

 

「さっきも言ったけど、無事に帰れたらたくさん食べような」

 

 一刀の言葉に恋は視線を外すことなく見つめ続ける。

 

「……大丈夫。ご主人様は恋が守る」

「ありがとう、恋。あれ?今、ご主人様って言わなかったか?」

 

 確認するように恋に言うと、恋は不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

(気のせいか?)

 

 そう思った一刀はそれ以上、追求はしなかったが、一刀の見えないところで霞が笑いをかみ締めていた。

 

「お待たせしました」

 そうしていると外から人和の声が聞こえ、入り口が開くと人和以外に天和と地和がそこに立っていた。

 

「な、なんで人和の部屋に男がいるのよ?」

「本当だ~。でも、不思議な服を着ているね?」

 

 地和は敵意剥き出しの視線を、天和は本当に不思議なものを見るようにそれぞれ一刀の方を見た。

 

「とりあえず二人とも落ち着いて。これから順番に説明をするから」

 

 半ば二人を部屋の中に押し込み、一刀達の対面に座られた人和は遠まわしなことを一切言わずに一刀達が何者なのかを説明し始めた。

 その間、一刀達は天和と地和の様子を伺っていたが、とても洗脳されていたりおかしくなっているようには感じられなかった。

 

「というわけなの」

 

 人和が説明し終わると、一斉に三人の視線が一刀の方に向けられた。

 だがそこには平和的対談しようという感じがまったくなかった。

 

「人和、ちぃたちの敵をどうして信じるのよ?こいつらは悪者なのよ」

「ち、ちぃ姉さん、落ち着いて」

「これが落ち着いてなんかいられないわよ。さっさと縛り付けて晒し者にするべきよ」

 

 今にでも飛び掛りそうな地和を必死になって抑える人和。

 こうなることがわかっていただけに、すぐに連れてくることができなかった。

 

「天の御遣いかなんか知らないけど、ちぃ達の方が有名よ。ちぃ達が命令したらこんな奴らなんかすぐに追っ払えるのよ」

 

 地和の言葉を聞いて一刀は下手なことを言えば余計に話が拗れると思い黙って天和達の方を見守っていた。

 

「とにかく落ち着いて。この人達は私達と争うためにきたわけじゃないのだから」

「そんなの信じられないわよ。人和だって騙されたのだからいい加減、疑いなさいよ」

「それはあの男であって彼ではないでしょう」

「なによなによ。人和はいつからちぃ達よりもこんな奴を信じるのよ」

 

 姉妹喧嘩に発展していく中、唯一人、天和はゆっくりと一刀の方に椅子ごと近寄っていく。

 

「ねぇねぇ、貴方って本当に天の御遣いなの?」

「まぁそうは呼ばれているね」

「へぇ~そうなんだ。だからこんな見たことのない服を着ているんだ」

 

 物珍しそうに一刀を眺める天和。

 

「この服、欲しいなあ」

「これ?いや、さすがにあげるわけには……」

「じゃあ貸して♪」

「ち、ちょっと」

 

 一刀が断ってもよほど気に入ったのか天和は一刀の制服を掴んで引っ張る。

 

「天和姉さんも落ち着いて」

 

 一刀を襲っていると勘違いしたのか、人和は注意をするがまったくお構いなく一刀の制服を強請る天和。

 

「人和、離しなさいよ」

「ちぃ姉さんも落ち着いて」

「ねぇねぇ、貸してよ」

「お、落ち着け」

 

 四人がそれぞれに騒ぐその姿に霞は呆れるように息を漏らす。

 恋もどうでもいいといった感じで空腹を訴えるお腹を何度も撫でている。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 永遠に続くと思われたそれも人和が大声を上げて無理に止めた。

「天和姉さんもちぃ姉さんも落ち着いて。このままだと取り返しのつかないことになるのよ!」

 

 人和の普段ではほとんど聞くことのない大声によって天和と地和は動きを止めた。

 その表情も正気を少し取り戻しているかのようだった。

 

「北郷さんは私達を捕まえに来たんじゃないって言ったでしょう!いい加減に目を覚ましてよ」

 

 おかしくなっていても大切な姉達には変わりない。

 だからこそ自分達のことを考えてくれる一刀に罵倒することは人和にとってもあまり良い感じはしなかった。

 

「いい加減に目を覚ましてよ……ちぃ姉さん」

 

 姉を抱きしめる妹。

 今まで蓄積させていたもの涙にして流していく人和に地和も怒りを放つことができなくなっていく。

 なぜ自分ではなく見知らぬ男を庇うのか理解できない地和。

 

「ちぃ達は……ちぃ達はもう昔に戻るなんて嫌。あんな惨めに生きるなんてもう死んでも嫌。だからこいつらを倒さないとダメなのよ」

 

 劇的に変貌を遂げた自分達の生活から抜け出せなくなっているように思える地和の発言だが、一刀からすれば子供の我侭のように思えてならなかった。

 

「人和はどうなのよ。あんただって戻りたくなんかないでしょう?」

「ちぃ姉さん……」

「ちぃ達の歌は皆だって喜んでいるのに、それをやめろって言うの?」

「でも、そのせいで多くの人達が苦しんでいる」

 

 地和と人和の間に一刀はそう切り出した。

 その表情もどこか険しかった。

 

「誰だって辛いことや嫌なことから逃げたいと思うさ。でも、だからといってこんなことは許されることじゃないんだ」

「北郷さん……?」

「な、何よ。ちぃ達に説教するつもりなの!」

「ちぃ姉さん!」

 

 人和を押しのけて一刀の前に立つ地和は何の予告もなく手を振り上げて勢いよく平手打ちをした。

 

「あんたなんかに……あんたなんかに……ちぃ達の幸せを奪わせたりしないんだから」

 

 もし地和が武器を持っていたらそれを何の迷いもなく一刀に向け突き刺すか斬り捨てていた。

 引っ叩かれた一刀は地和の方を見るがその表情はどこか寂しそうだった。

 

「天和姉さんもそうだよね。もうあんな惨めな生活はしたくないでしょう?」

 

 それまで一刀の制服を掴んでいた天和は地和の必死に訴える声に動揺することなくじっと彼女を見上げた。

 そしてゆっくりと口を動かしていく。

 

「私もちーちゃんと同じだよ。お腹一杯美味しい物食べられるし、綺麗な服も着れるんだもんね」

「そうよ。ほら人和も本当のことを言いなさいよ。今の生活の方がいいって」

「……」

 

 人和は即答できなかった。

 それだけに彼女自身は追い詰められていることを天和と地和は気づいている様子はなかった。

 

「人和、いい加減にしなさいよ!」

 

 痺れを切らした地和は人和に向って手を振り上げた。

 思わず人和は目を閉じたが、いつまでも叩かれた感触は伝わってこない。

 

「な、何するのよ!」

 

 人和がその声で目を開けると、そこには地和の手首を掴んでいる一刀の姿があった。

 

「北郷……さん?」

「そろそろ俺の話を聞いてくれるかな?」

 

 いつもどおりの一刀はいつもどおりの口調で地和に話しかける。

 

「は、離してよ!」

「離してもいいけど、張梁さんを叩かないって約束してくれるかな?」

「訳わかんないこと言わないでよ」

「じゃあ約束してくれるまで離さないよ」

「は、離しなさいよ!」

 

 暴れる地和を一刀はそのまま後ろから抱きしめる形をとった。

 

「あっ……」

「これなら暴れられないな。安心して話ができる」

 

 抱きしめられた地和は少しずつ抵抗力を奪われていくように動きが静かになっていく。

 

「確かにこのまま君達の考えでいられればどれだけ幸せだろうね。でも、君達が幸せでも他の人達はどうなのかな?」

「他の……人?」

「そう。たとえば君達の歌を聞いて協力してくれている黄巾党のみんな。毎日を必死になって生きている人達。君達が幸せだと言っている間にもそういった人達はみんな、傷つき苦しんでいるんだぞ」

 

 自分が見てきたことを優しく話す一刀。

 

「これ以上、君達だけの幸せを望むためにこんな馬鹿げたことをするのならきっと後悔するよ。何よりも大切な人達を永遠に失うことになるかもしれないよ?」

 

 大切な人を失う。

 その言葉を一番重く受け止めている人和は手の皮を切るほどに拳を握り締めていく。

 

「ちぃの……大切なひと?」

「そう。君のお姉さんや妹さんともう二度と会えなくなるかもしれないんだぞ。それでも今の自分達だけの幸せを望むのかい?そのために多くの人を不幸にするのかい?」

 

 大切な人が傷つくのは誰でも嫌がる。

 地和にとって天和や人和が傷つけばそういう気持ちになるはずだと一刀は思っていた。

 

「だから何よ……」

「えっ?」

「そんなこと知らないわよ」

 

 一刀の腕を振り払って離れた地和はそこにあることを知っているのかのように、棺桶の中に手を突っ込んで置いてあった七星の剣を取り出した。

 そして何の躊躇いもなく鞘から抜き一刀に剣先を突きつけた。

 

「人和を惑わしているのはあんたの方よ。だからさっさと死になさい!」

「ね、姉さん!」

 

 人和が止めるよりも早く地和は七星の剣で一刀の顔に向かって勢いをつけて突き出した。

 不意を突かれ身動きができない一刀はその光景を見て、交渉は失敗したなあと思った。

 同時に百花にもう会えなくなることを考えると申し訳なく思い瞼を閉じた。

 額に剣先が触れ一瞬の痛みを感じる間もなく、突き刺される感触がすぐにくるはずだった。

 だが、剣先が額に触れた程度で止まり、いつになってもその先が襲ってこなかった。

 

(なんでだ?)

 

 そう思いながらゆっくりと瞼を開けると、剣先が止まっていた。

 そして七星の刃の真ん中辺りを二つの手が握り締めていた。

 赤い雫が流れることなどまったく気にすることなく、押すことも退くこともさせないでいた。

 

「ええ加減にしいや」

「……」

 

 少し落ち着いてその手を辿っていくと目を細めている霞といつもどおりの恋がいた。

「恋……、霞……」

「あんたはちょっと黙っとき」

 

 言われるままに一刀は頷き、剣先から離れて体勢を立て直した。

 それを確認すると霞と恋は刃を握っていた手を離すと、地和は七星の剣を手から落とした。

 

「どうや、人を斬った感想は?」

「あっ……えっ……」

「そうやろうな。あんたらは人をけしかけることはしても、自分達の手で一度も人を斬ったことはないやろう」

 

 滴り落ちる赤い雫をまったく気にすることなくそれを地和の前に広げて見せる。

 

「これが今のあんたらのやっとることや。自分達だけが不幸やなんて思ってるみたいやけど、今、あんたらがしていることはこれなんやで?」

 

 天和達に従う黄巾党と官軍、そしてその両者の争いによって生み出されるもの。

 それは流さなくていいはずの血を流している。

 霞からすれば天和達だけが悪者だとは思っていない。

 ただ、方法を間違えそれを正すことをしなければ同様の悲しみや苦しみを生み出し続ける。

 

「ウチや恋やってそうや。生きていくだけで必死やった。でも、他人を傷つけてまで自分だけ幸せになるつもりなんかこれっぽっちもないわ」

 

 そんなことをするぐらいなら死んだ方が遥かにマシだと霞は思っている。

 恋も同じだった。

 どんなに自分が苦しんでいようとも他人を傷つけてまで何かをしようとは思っていなかった。

 ただ天和達と霞達の違いは彼女達を導いてくれる者が違っただけだった。

 

「そんなの……」

「なんや?」

「そんなの……わかっているわよ……」

「ちぃ姉さん?」

 

 地和の様子を見守っていた人和は何かに気づいた。

 小刻みに肩を震わせていた。

 

「わかっているわよ……。でも、もう嫌なのよ。誰かに利用されるなんて……」

「姉さん……」

 

 人和が近寄っていくと、地和は涙でぐちゃぐちゃだった。

 だがそこには人和の良く知っている『姉』の姿があった。

 

「ちぃ姉さん……」

「ひくっ……ひくっ……ひくっ……」

 

 人和に抱きしめられていく地和。

 

「ちーちゃん、人和ちゃん」

 

 そこに悲しそうな表情を浮かべている天和が二人を抱きしめていく。

 

(なんだろう。さっきまでの雰囲気となんか違う?)

 

 三人が抱きしめあう光景を見ながら一刀はふとそう感じた。

 何が起こったのかはすぐに理解できなかった。

 唯少なくとも、『何かが』確実にかわったことだけは理解できた。

 そして机の上に置いてある太平要術の書を手に取り中を開いていく。

 

(マイクか、これ?それに衣装。うん?)

 

 前半は歌うための準備品などが書かれており、後半を見るとそこには不穏な言葉が並んでいた。

 内容を読んでいくとそれは洗脳の仕方、マイクを通して発せられる催眠効果などこの世界では異質なものが書かれていた。

 天和達はここに書かれている方法どおりにしたため、黄巾党という大規模な集団を作り上げることができたのかと一刀は納得した。

 同時にこの本を燃やしたりしてこの世から無くせばよいのではと思った。

「あのさ」

 

 遠慮しがちに一刀は天和達に声をかける。

 三人はそれぞれ違った表情を浮かべていたが少なくとも敵意はなかった。

 

「俺達が憎いのであればそれでもいいよ。それで君達が納得してくれるのならね」

「北郷さん?」

「でも、もう反乱はここで終わらせてくれないかな。霞が言ったようにこれ以上、無益な血を流したくない」

 

 まだ交渉の余地があると一刀は思い説得を再開する。

 

「張梁さんにも言ったけど、君達の命は俺が命を懸けて保障するよ。だからもうやめにしないか?」

 

 天和達も被害者である。

 追い詰められて追い詰められた結果がこんな大事になっただけであり、それを償う方法はいくらでもある。

 それを一刀は本気で信じていた。

 

(お人好しやな)

 

 その甘さが一刀を苦しめることになるかもしれない。

 霞は赤く染まった自分の手のひらを見てそう思った。

 

(そんときはウチが守ればええか)

 

 一刀といればおそらく退屈とは無縁の日々を送れるだろう。

 その駄賃代わりに自分が一刀を災いから守ればいい。

 霞は一刀から天和達に視線を動かすとさらに目を細めた。

 

「一ついいかな~?」

 

 二人の妹を守るように身体を動かして、一刀を正面から見る天和。

 

「どうして私達を助けようとしてくれるの?」

「俺は自分の目の前で誰から困っていたり苦しんでいたら見過ごしたくないんだ。この世界に来て、そんな考えは甘いって思われているけどそれでも俺はみんなと一緒に平和な世の中で幸せに生きていきたい」

 

 一刀の言葉に感動をしているわけではなかったが、天和の表情はさっきよりも柔らかくなっていく。

 そして地和と人和の方を見た。

 

「ちーちゃん、人和ちゃん、もう終わりにしようよ」

「おねぇ……ちゃん?」

「天和姉さん?」

 

 人和から見ても今の天和はとても正気を失っているようには見えなかった。

 それ以上に地和と人和がよく知っている大好きな姉がそこに立っていた。

 

「だってこの人は私達のこと本当に心配してくれているんだよ」

 

 何を根拠にそんなことを言うのかと地和は思った。

 

「あの男の人は私達を騙していたから私も嫌だなあって思っているけど、この人はあの時とは違うと思うの」

「姉さん……正気に戻っているのですか?」

 

 人和の質問に天和は笑顔で答える。

 

「それに」

 

 もう一度、一刀の方を見てゆっくりと歩み寄って天和は何の躊躇もなく両手を伸ばしていく。

 

「この人はお姉ちゃんの好みだもん♪」

 

 同時に一刀を抱きしめる天和。

 一瞬の沈黙が部屋の中を駆け抜けていく。

 

「「「「はい!?」」」」

 

 抱きしめられた一刀や霞達は一斉に声をあげ、ただ一人、恋だけは不思議そうに首を傾げていた。

(あとがき)

 

 というわけで第六話をお届けしました。

 今回の内容を見ていて、

「天和と地和っておかしくなってないぞ?」

 と思われそうですが、たぶんそうかもしれません・・・・・・orz(地和は斬りつけていったからまだマシ?)

 この三人は難しいですね。(開き直り)

 

 予定では黄巾編は次で最後になると思います。

 天和達が一刀と共に生きるのか、それとも違う生き方をになるかは次回明らかにしたいと思っています。

 萌将伝も今から楽しみですね。

 発売までに雪蓮達が出てくるところまで書いておきたいなあと思いながら、団扇を片手に次回もよろしくお願いいたします。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
159
12

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択