《第十章 外道 》
「ん~。」
残虐な光を湛えた目で、自らが立つ戦場を一瞥する。
「いやはや、これはこれは。」
溢れかえる屈強な魏の兵士たち、正体不明の面白軍団、一騎当千の魏の将。
ついつい口元が緩んでしまう。
「こりゃ殺しがいがあるわ。」
楽しみで楽しみでしかたない。
前回は、中途半端なとこで邪魔が入ったから欲求不満なのだ。
しかし今回は戦場。一人の男を気にかける余裕は無いだろう。
「ここにゃあ、優理もいないしな。」
アイツは邪魔だ。邪魔なんだが。
アイツを殺すときに躊躇ってしまう気がする。
「なんでだろうなぁ・・・。」
所詮、俺は一刀の一部ってことかい。
と、一人考え事をしているとだ。
「うおおおおおおおっ!」
背後から聞こえてきた雄たけびにゆったりともいえる速度で振り向く。
刃に飛び掛ってくる、白装束の兵士。どうやら中身は魏の兵士のようだ。
右手で剣を持つ相手の手首を、左手で首を掴む。
「はぁ~い、隙を突こうとするならもう少し頑張りましょう!」
右手に力を籠め、掴んだ手首を砕く。
用を成さなくなった手首から手を離し、そのまま右手の指を相手の目に突っ込む。
「いぎゃあああああああ!!」
「♪」
引き抜いた右手には二つの目玉。
「あぁ・・・あああああ、目が、目がぁ・・・」
うおぅ、目ン玉って予想以上にキモイな・・・。
手のひらで目玉をコロコロと弄ぶ。
「ああああああ・・・。」
「ああもう、お前うっせ。」
そう言うと、刃の左手が喉笛を握りつぶす。
「すげぇな夏候惇・・・。これ食ったんだもんなぁ。」
ひとしきり遊んで、目玉を左手の死体に戻す。
「ここはあえて白目で、っと。」
プラモデルが完成した時の子供のような表情で、死体を見つめる。
が、すぐに死体を捨ててしまう。
「さてと、そろそろ逝きますかぁ。」
地面に落ちていた千鳥を拾い、激戦区へ向けて歩き出す。
その足取りは軽く、今から遊びに行くかのようだ。
嗜虐的な笑みを浮かべてゆったりと歩いていたが、だんだんと歩く速度が上がっていく。
「ク、ククククク・・・。」
笑い声が漏れる、もう待てないとでもいうように刃が駆け出す。
「ぎゃはははははははははっ!!」
さあ・・・、俺にさっさと血をよこせぇ!!
黒い死神が、戦場へ・・・。
ふぅ・・・、予想以上に疲れたなぁ。
一刀から任された仕事を終えた後のこと。
それは、優理が一休みしているときだった。
「っ!・・・・・兄さん?」
今のは・・・?
感じたことの無い、戦慄にも似た感覚が優理の内を駆け巡る。
その感覚と共に思い浮かべた顔は、敬愛する兄の顔。
そして、あのときの一刀であり一刀で無いあの姿。
「いったい、なにが・・・。」
形の無い感情に突き動かされるように、立ち上がる。
「行かなくちゃ・・・。」
普段は決して運転などしない一刀のバイクに跨る。
「・・・・・兄さん。」
爆音を残して、優理が走っていった。
だが、八キロ。
一刀の元までは、あまりに距離がありすぎた。
「ヒャハッ!弱ぇ弱ぇ弱ぇぇぇっ!!」
それは、死の暴風だった。
彼の通った場所には、生はない。
あるのは、絶対的な死のみ。
視界に入ったもの、自らに攻撃を仕掛けるもの、刀の切っ先が届くもの、全て。
その圧倒的な暴力で命を刈り取っていく。
「うああああああっ!」
「ば、化け物っ!!」
「ぐあああああああ!」
「いいね、いいねぇ!その声、その表情!!くぅ・・・・・バカヤロウ、勃っちまうじゃねえかよっ!!」
下品な言葉を口走りながら、なおも虐殺を繰り返していく。
「これでぇ、二百に・・・<ヒュン>うおっ!!」
二百人目を切り裂こうとした刹那、鼻先を何かが掠めていった。
飛んできた方向に視線を向けると、そこには
「・・・・・外したか。」
「てめえは確か魏の・・・」
秋蘭が弓を構えて立っていた。その身からは、凍てつく殺気が放たれている。
中々の殺気を放つじゃねぇかこの姉ちゃん。一刀はこんなやつの身体も食ったんかい・・・、まったく、呆れた色男っぷりだこと。
「私のことを知っているのか?」
「俺の知り合いが、な。」
目の前の得体の知れない男が、なぜ自分のことを知っているのか。
怪訝な顔をこちらに向けてくる。
それに対して、刃も嘘は言っていない。
”今は”、刃であるだけだ。
どうせなら、いっそここでバーンと仮面外したら面白いことになりそうではあるな!
刃の意識が、自らの内にそれた瞬間だった。
元々彼は、殺人衝動の塊のようなものだ。
一刀のように気配探知や、気で回りに意識を張り巡らせるようなことは得意ではない。
雑魚ならばともかく、相応の実力者ならば今の刃の隙を突くのはそう難しいことではない。
それゆえに、迫り来る一撃に気づくことが出来なかった。
「はあっ!」
「へ・・・?って、どわあああ!」
突如視界に割り込んできた蹴りで刃の身体が吹っ飛ぶ。
何とか野生の勘も働き、とっさに後ろに跳び退ったが、
・・・顔に直撃したよ。痛い(泣)
「秋蘭様、ご無事ですか!?」
「凪か・・・、ああ問題ないよ。」
「ご無事ですか!?じゃねえよっ!痛ぇなあコンチクショー!!」
文句一発、ガバッっと立ち上がった刃。
その顔を見て、目の前の二人が硬直する。
「なっ・・・」
「た、隊長・・・・・?」
二人の視線は、真っ直ぐ己の顔に向けられている。
ヤ、ヤダ///
そんなに見つめられると、刃子、照れちゃう・・・・・・、じゃなくて、顔?
手のひらで顔をペチペチと叩く・・・仮面が無い。
あたりを軽く見渡す。
あ、あった、あ!踏まれた・・・。
「あらら。」
視線を戻すと、先ほどよりも随分荒れた殺気を放つ二人がいた。
ヤベ、マジ怖ぇ・・・。
「貴様・・・、その顔でよくも我らの前に来れたな・・・。」
凪の言葉から怒りがにじみ出ている。
それはそうだろう。
大好きだった隊長と同じ顔で、それはもう楽しそうに絶対に一刀がしないことを刃はしてきている。
もっとも、一刀もこの四年で数え切れない命を奪ってはいたのだが。
「う~ん。こんな娘にまで手ぇ出したのか・・・、ホント幸せだなぁ、一刀のヤロウ。」
「貴様、なぜ北郷の名を・・・。」
刃の口から一刀の名が出たことで、二人の殺気がさらに強まる。
「まさか、隊長を・・・!?」
「そんなことはしちゃいねえよ。」
結構短絡的な思考してんのなぁ、この嬢ちゃん。
「まあ、いわばその・・・なんだ、君の大好きな隊長の裏人格的な?」
「そのような戯言を、誰が信じるか!」
刃の言葉が逆鱗に触れ、凪が刃に飛び掛ろうとした瞬間。
「久しぶりだな、凪。」
「なっ!?」
目の前の男の気配が変わる。
その優しげ瞳は・・・
「隊長!?」
凪の今までの殺気と勢いは消え、その目を大きく見開く。
「びっくりしたか?ちょっと一刀をトレースしただけだが、中々上手いもんだろ?」
だが、一刀の雰囲気もすぐに霧散し、刃のニタニタ笑いに戻る。
「おーおー、固まっちゃて。なぁんだ、かわいい顔もできるじゃな<ヒュン!>おおうっ!・・・またかい。」
顔のすぐ横、耳を掠めて飛んでいった矢にびっくりして凪から視線を外す。
すっかり忘れていた、というか凪に気を取られすぎていただけだが、改めて秋蘭の方に視線をやった。
「もう・・・・・、喋るな下郎め。」
「おいおい、下郎って。一応言っておくが、この身体自体は正真正銘、本物の北郷一刀の身体だぞ?」
「なんだと・・・?」
「楽進て言ったっけ、君の感じたあの感じ、確かに一刀のだったろう?」
刃は一刀の身体を使っている。というよりも、一刀の負の感情の具現が刃なのだ。
そのため、一時的でも一刀の雰囲気を纏うことは可能だ。
しかし、表層の感情が”二人”は違いすぎるために、ずっと一刀のモノマネを続けるなんてことは刃には無理だが。
「それとも、そんなこともわからないくらい君たちと一刀の付き合いは浅かったのかい?」
「・・・だ、だが、ならば隊長はどこにいる!?」
トントン。
親指で、自分の胸を軽く叩く。
ここにいる。とでもいうように。
「一刀風にべしゃるのも疲れんなぁ・・・。」
「質問に答えろ。返答如何では生きて返さん。」
「今答え言ったろうよ。だから、こーこ。」
「・・・どういうことだ?」
はあ、と刃がため息をつく。
物分り悪ぃなあ・・・。や、わかりたくないだけか?
「わかりやすく言うとだ。コイツは壊れかけてるよ、心の深ぁ~いとこでな。」
「壊れ・・・」
「かけている、だと?」
「アイツは人を斬りすぎた。んで、その重圧に耐え切れんくなって心が半壊状態ってわけさね。
ま、そうなるように仕向けたんは、オ・レだけどね♪」
「なっ!!」
「貴様ぁっ!」
再び、凪が刃に向かって飛び掛る。
「貴様貴様ってうるせぇんだよ!・・・・・ああ、そうだ。お前らを殺しゃあ完全に一刀もぶっ壊れんだろ!」
「ふっ!」
「ああああああああっ!!」
凪の身体が沈み、そこから三連続で射出された矢が高速で飛来する。同時に、凪の突き上げるような拳が刃の顔面を襲う。
「ひゃはははははははっ!!ぬるい、ぬるいなぁ、オイ!」
が、高笑いと共に矢と凪の側面に回りこみ、凪ごと叩き斬ろうと刀を振り下ろす。
「くぅ・・・!」
拳の勢いを殺さず、そのまま前方に転がり刃の放つ斬撃を何とかかわすが、バランスを崩してしまう。
「つっかま~えた!」
彼女の背後に近づき、起き上がろうとした凪の右腕を地面に千鳥で地面に縫い付ける。
「ああああああっ!」
「凪!」
秋蘭がすぐに凪を救出しようと、矢をつがえる。
「おっと、ストップ。余計なことすると・・・」
グリグリと千鳥を動かすと、その動きに合わせ、凪の口からうめき声が漏れる。
「あ、ああああ・・・」
「コイツ、殺すぞ?」
目で秋蘭を制し、その表情はさらに笑みを深めていった。
凪の腕から流れる血を掬いとり、満足そうに口元へ運ぶ。
「ピチャ・・・。おお、あんまいわぁ・・・。いや、ホントいい女だなぁお前、気に入った!おーし、ちょっと待ってろ。」
腕に千鳥をさらに深く刺し込み、ゆっくりともいえる動作で立ち上がり、そして
「・・・消えた!?」
「消えてねぇから心配すんな。」
「なっ!」
秋蘭の背後で声がする。
(この私が反応できない速度だと!?)
「とりあえず・・・」
刃の手刀が秋蘭の首を打ち抜く。
「アイツを食ったらアンタも・・・って聞いちゃいねぇよな、そりゃ。」
崩れ落ちる秋蘭を尻目に、ゆっくりと凪に近づいていく。
「さて、ちょっくら休憩にすっか・・・。お、あの茂みなら良いか。」
ジュクッ
「うあああああああっ」
千鳥を引き抜き、凪の小柄な身体を肩に担ぐ。
「な、なにをするつもりだ・・・。」
「もちろん、ナニをだ。」
声に恐怖を滲ませる凪の問いに、無邪気ともいえる顔で答える。
「や、やめろ!離せ、離せぇぇぇっ!」
嫌だ嫌だと首を振り、必死に刃の腕から逃れようとするものの、腕の傷のせいで上手く力が入らない。
「ん~、さっきからちょいと興奮しっぱなしでな。それを鎮めるのに、お前に強制的に手伝ってもらう。」
「やめろ・・・、やめてくれ・・・・・。」
凪の目に涙が浮かぶ。
やっべ・・・、そんな顔されっとさらに興奮するっての!
・・・・ズキン
「・・・いってぇ、なんで急に頭痛?俺ってば興奮しすぎ?」
目的の茂みにたどり着き、無造作に凪を地面に放る。
「ぐっ・・・」
痛みを堪えながら、どうにか逃げ出そうとする凪。
両足と左腕に力を籠め、必死に立ち上がろうとするが髪の毛を掴まれ、強引に地面に押し倒される。
「あぐっ!」
「さて、いただきます!」
胸の甲冑を引き剥がし、凪の胸に手を当てる。
「おおう、柔らか!ひゃはっ・・・、ひゃははははっ、いいじゃねぇか!!」
「う、うう・・・。隊長・・・隊長ぉ!!」
涙を零しながら、己の隊長に救いを求める。
その涙を満足そうに見るその顔は、狂喜に彩られ、彼は声高らかに宣言する。
「さあ、一刀!お前の女ぁ、俺が貰うぜ!?」
そして、一気に凪の衣類を引き剥がそうとした、したのだが。
ズキン、・・・・・ズキンズキンズキンッ!!
「が、がああああああああっ!痛ってぇ!!」
「・・・・・え?」
---------てめぇ・・・、俺の部下に何しやがる!
「一刀!?おまっ、あの状態からどうやって立ち直りやがった!」
--------無理やりだっ!・・・少しばかり身体を返してもらうぞ?
突然刃が痛がった、そして独り言を始めた。
このことにも凪は驚いたが、それよりも刃の口から一刀の名が出てきたことに一番驚いた。
「・・・隊長?」
「・・・凪「てめぇ、勝手に喋んな!」黙ってろ刃!!」
そこには、一刀が立っていた。
なぜだかわかる。これは、刃の演技なんかじゃない。本当に一刀だ。
「隊長、なんですね?」
「ああ。」
「良かった。隊長が無事で・・・・・。」
暖かい涙が凪の頬を伝っていく。
だが。
「その傷も、秋蘭も、凪を襲おうとしたのも、全部俺がやったんだな?」
「隊長、それは・・・!」
一刀の顔に浮かんだ笑みは悲しげで、凪の、魏のみんなの大好きなその瞳には、暗い影が差している。
お前はまだ俺のことを隊長って呼んでくれるんだな・・・・。
「全て俺が弱いせいだ、すまない。」
「隊長・・・・・。」
---------ぎゃははっ、この悪党めが!
お前は黙ってろ。----------
黙って凪の側にしゃがみこみ、傷ついた右腕に止血を施し、衣服の乱れを直してやる。
「あ、ありがとうございます、隊長。」
凪は頬を染めて、上目使いに一刀を見上げた。
ははっ。随分大人っぽくなったなぁ、凪。
ようやく一刀は微笑むことが出来たが、それも一瞬。
そろそろ、限界か・・・。
「・・・凪。」
「はいっ!」
「俺、行くよ。もうそろそろコイツを抑えてられる自信が無いんだ。」
「え・・・?」
先ほどからずっと、”あの声”が聞こえてくる。
刃の言葉に心が完全に折れそうになる。
今の一刀の精神力では限界が近い。短時間とはいえ刃から身体の主導権を取り返せたのは、ひとえに凪を守りたい一身だったのだから。
「ぐっ!「さっさと身体返せ!!」・・・本当にごめんな、凪。」
「・・・・・隊長。」
おいおい、そんな泣きそうな顔しないでくれよ。
凪の目を見つめて、別れを告げる。
「さよなら、凪・・・。秋蘭を、頼む。」
「あ・・・。」
悲しそうな笑顔を残し、一刀の姿が消える。
「隊、長・・・。」
凪の言葉が、風に乗って消えていった。
「は、はあ、はあ、はあ・・・。ぐうっ!!」
-------さっさと寄越せっ!!
「・・・・・ぶはぁっ!!やっと身体取り戻したぜ・・・。」
刃は切れていた。
せっかくの楽しみを奪われたのだ。
「この野郎、絶対にぶっ壊してやる!」
ん?・・・そうだ、もうコイツも限界だろう。なら邪魔も出来ないなぁ!
今までに無い邪悪な笑みを浮かべる。
「あの華琳とか言う女・・・、絶対に殺してやる。」
これ以上ないってぐらい、残酷になぁ!!
「前線が混乱している?」
華琳がその報告を聞いたのは、春蘭が戻ってきて程なくたってからだ。
「はっ、正体不明の黒い衣装を纏った男が敵味方問わず殺害しているとのことです。」
「まさか、アイツか?」
春蘭の思い浮かべたのは、援護をしてくれた男の姿。
「アイツがそんなことをするとは思え「残念!」っつ!」
突然割り込んできた声。
「ぐあっ!」
伝令の兵士の断末魔。
その方向に顔を向けると、そこには・・・。
「一刀!?」
雰囲気も、その目に映る物も、何もかも変わってしまった一刀の姿。
仮面を着けていた時など、比較にすらならないその血の臭いの濃さ。
「貴様、北郷だったのか・・・?」
「いんや、ちょっと違う。」
「貴方、何者?」
華琳の雰囲気が、段々と険を帯びていく。
「俺は刃。一刀の心の闇の具現。で、ここに来た目的は・・・・・」
アンタヲコロシテ、カズトノココロヲコロスタメサネ。
刃が、哂った。
To be continue...
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やっと十章です・・・。
俺、書くの遅いですねぇ(泣)
さて、今回の話は・・・
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