「くっはっはっは。なるほど、自分ごとゴーイン卿の魔法を燃やしたか! 確かに〈木〉は〈火〉と相性が悪い。これはとんだ天敵だなダイ・ゴーイン卿」
「何をおっしゃいます。問題はそんなことではないことぐらいおわかりでしょう、ローズフィッシュ卿!」
「ああ、見せてもらったよ。いや、正確には見えもしなかった。何をどうやったかも、この私にも理解出来やしない。『魔術師の弟子(マーリンサイド)』一の結界術の使い手であるゴーイン卿が作り出した捕縛術を抜けて、更に、砲撃魔法の骨子を崩して魔法自体を潰して見せるだなんてな。そんなことが出来るのは世界に数人といないだろうよ。とんだ落ちこぼれだよエディ。お前ほんとに意味不明だねぇ」
「結界術ならまだしも、実体のある呪樹の捕縛を切ったわけでもなく……、どうやって……」
珍しくダイゴーイン卿が鬼面を見せる。それだけ自信のあった捕縛魔法が、魔法学校の落ちこぼれに抜けられてしまったのだ。彼の心中穏やかではないだろう。
「はぁ、はぁ、うぐっ」
エディの荒れた息は整うどころか、嗚咽を吐き出していた。足にも力がない。ふらふらと今にも倒れそう。まるで病室から抜け出した末期患者のように、エディは無表情の顔をローズたちに向けていた。
「エディ……」
義兄であるカルノは絶句していた。義理とはいえ妹が、彼を殺すべく放たれた魔法の前に立ちはだかり、彼を助けたのだ。嬉しいとは感じられない。むしろ、なんて危険なことをするのだと、叱りたい気分だ。しかし、そんな言葉も口に出来ない。エディもカルノと同じく、あのドルイドの魔法に捕縛されていたはずなのに、どうやって抜け出したのか、どやって助けたのかがわからない。奇妙な感覚だった。正体がわからぬ者への恐怖なのだろうか。
「くっ、エディさん。抜け出せたのなら早くお逃げなさい。わたくし達など、気にせず早く!」
それはジェルの本心だった。自分が助かりたいと思うよりも、一人でもこの場から無事に逃げおおせる人間がいるべきだと、それも魔法使いらしい合理的な考えだった。
「はぁ、はぁ、……はぁ、やだ」
荒れる息の中、やっとにしてエディが言葉を口にした。
その場にいる人間全員が意外である言葉だった。
「何を言っているのです!」
「嫌だって言ってるの!」
やっとにして生気を取り戻し始めたエディの瞳に意志が宿っていた。そして、しっかりとした足取りで、ローズ達の方に向かっていく。
「やめないか、エディ。君では歯が立たないのぐらいわかるだろ!」
義兄の叱咤もエディには届いていない。
先程、ドルイドの魔法を逸らしてみせたのは全くの偶然だ。エディはほとんど魔法を使えない。なんとか制御に失敗しながら、自滅しながら使えるのが『炎』『光』『魔弾』の三種のみ。初等魔法の基礎も基礎、そんな魔法をたった三つ、不完全にしか使えないのだ。それがたまたま相手の魔法が〈木〉の属性であったから『炎』で燃やせたが、もしカルノが使うような〈水〉の魔法であったのなら、エディの今頃無事では済まなかっただろう。そもそも落ちこぼれの彼女に、『四重星(カルテット)』のカルノ達を破った、ブリテンを代表する魔法使いを二人も相手に出来るわけがない。
それなのにエディはローズ達へ歩む足取りを止めようとはしなかった。
「やる気かい、エディ?」
ローズが問うた。
「……やだ」
「何?」
「私、ローズと戦いたくない」
〔主、まだそんな甘っちょろいことを言うておるのか?〕
「……うん、私、嫌なんだ。ローズと戦いたくない」
「かっかっか、まぁ、まともな判断だ。ゴーイン卿の呪縛から逃れた手際は見事さ。あれが、魔女を封じた結界を抜けた技能(クラフト)なんだろうが、それが出来たところで私には勝てないからね」
ローズは誤解している。エディが戦いない理由は未だに彼女を敵だろ心から思えないからだ。さっきはカッとなって攻撃を仕掛けたが、やはり落ち着いて合い対せば敵対心が冷めていくのだ。
ローズはエディには見覚えのある服を着ている。その共に買いにいった服を見る度に思い出す。エディはローズが友達なんだと思い出す。しかし、その思いは口にしなかった。ただ一人、エディの心の声が聞こえるユーシーズだけがエディの心中を知ることが出来た。
「うん、……知ってる」
「だったら、お前は何をしようとしていのさ? どうして私たちに立ちはだかる!」
エディの両の手は大きく広がり横にかざされる。それは誰がどうみても背後に、今も捕らえられているジェルとカルノを庇っているようにみえる。
「わ、私……。ローズについて行くから。私の結界抜け、あったら使えるんでしょ……? だ、だから……」
「この二人を見逃せと? はん。自己犠牲か! 反吐が出るね!」
「いやいや、なかなかいいではないですか。ますます小生の好みの女性ですぞ。麗しい博愛と友情。これほど美しいものは私の筋肉以外にはありませんよ」
またふざけたことを言うダイ・ゴーインにローズは容赦のない蹴りを入れる。しかし、その蹴りにも彼の筋骨隆々の肉体はびくともしない。
「エディ、いけません。そんな者達に力を貸すだなんて、あなたは本気で学園を裏切るつもりですか! わたくしたちなど気にせず、あなたはお逃げなさい」
エディは嘆願するようなジェルに首を振ってみせた。
「……エディ。あなたはそんな道を行くのですね」
「お義兄ちゃん……。ごめんなさい、私……」
「いいのです。僕も君も、もう籠の鳥ではないんです。だから自分で決めた道なら、疑いなど持たず進んでいいんですよ」
意外だった義兄の言葉。まるで背中を押してくれるような、暖かい言葉。それでエディの迷いは吹っ切れた。
「ローズ・マリーフィッシュ! これは取引よ! 魔女の結界は私がぶっ壊す。だから、だから、誰も傷付けないで!」
エディは誰にも死んで欲しくなかった。カルノにも勿論ジェルにだって。そしてそれはローズであっても同じ、エディは人を救う為に魔法使いを目指した。だから、救えない命があることを、断固として拒否してみせる。そう決めた。
「ふん。エディ・カプリコット。わかっているのか? 私は『禁呪』でお前の抵抗を禁じることが出来るのだぞ。その二人を見逃す理由もないさ。私はお前を手に入れて、そして邪魔者を殺すことが出来る。両方を選ぶことが出来る。そんなもの、交換条件になっていない。取引以前の問題だよ」
そう言い放ったローズと呼ばれていた少女は殺気を放つ。到底、あの友達だった少女が放てるものではない。冷たくて鋭利に身を削ってくる殺しの気迫。並び立つダイ・ゴーインも魔杖を掲げる。彼とて『魔術師の弟子(マーリンサイド)』の一員だ。一度侵した過ちは繰り返さない。魔杖に込められる『素』は燃やしやすい〈木〉ではなく、エディを殺そう蠢く幽星気(エーテル)がエディに突き付けられていた。
エディはローズを睨み付けたままだった。本当は緊張と戦(おのの)きで歯がガタガタと鳴っているが、それは表に出さず、カルノ達を庇う為にただただ立ちはだかる。
〔主、意固地を張っていては死ぬぞ。ここはもはや学園という箱庭の加護はないのじゃぞ。判断に誤れば、本当に死ぬぞ〕
(……だったら教えて、私はどうすればいいの? どうすれば私は助かるの? どうすれば誰も傷付かずに済むの? ねぇユーシーズ教えてよ。どうすれば誰も苦しまない世の中になるのよ!)
〔主は、救世主にでもなるつもりか、青すぎるにもほどかあるぞえ〕
森に風が薙ぐ。黒い影月が天上に浮かぶ。魔法の途切れた森は風のざわめきだけが支配し、少しずつ冷たい空気を帯び始めていた。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の13