七章『一人勝ち』〜佐津間俊編
妃子とダイニングキッチンで会話を交わした次の日の夕方、俊はこの日自宅に風間を呼んだ。
「それで、話というのは一体なんのことだ?というか、何故ここなんだ?」
ここは地下室拷問部屋。この屋敷の地下は、武器庫や拷問部屋、さらに最下層には何故か核まで所持してある。
風間はウイスキーを片手に腰掛けている。社長の身でやらなければいけないことが山積みになっているのにわざわざ足を運んできてくれたことに、俊は少なからず感謝していた。
「ええ。・・・・・・今日は、少しビジネスの話をしたいと思いまして。」
俊の言葉に、風間は鼻で笑った。
「っは。まさか君と金の話をするとは思ってもみなかったよ。」
風間と俊は友達と父親が混じったくすぐったい関係で、こういうビジネスが絡んだ話は今までしたことがなかった。それは俊が金に興味を持たないこともあるだろう。
俊は風間にお酌をしながら話を切り出した。
「ハプネスは、現在世界二位の強大な組織です。それだけ大きな組織だと、若手の育成費用にも相当な額をつぎ込んでいると思われます。」
素っ気無い事務的な口調にも、風間はいつもと同じ様に話す。
「先代の方法をそのまま受け継いだだけだからな。とは言っても、額を変えるつもりはない。」
「オレ達は、少し落とし穴をしていたみたいですよ。」
下を俯きながら、俊は小さくため息を漏らした。正直、やりきれないらしい。
「・・・・・・言ってみてくれ。」
「簡単ですよ。一般人をもっと多く取り入れればいいんですよ。」
「・・・・・・は?」
訳が分からないという風間を見て、納得する。逆の立場になれば、俊もそういった反応をするだろう。
「今、何でここで話をするのか聞きましたよね。」
「ああ。」
「ところで、川越妃子という女の子に会ったことはありますか?」
「・・・・・・その一般人の女が、相当異常なのか?」
・・・・・・流石は風間。これだけの流れで大体把握できるとは。
普通に話したら感付くかもしれないが、殺し屋という職業がいかに厳しいか身を持って体験している風間がこれを聞くのは、かなりの勘の良さである。
「ええ。彼女は相当危ないですよ。」
コンコン。
その言葉を言い切るか否か、同時に地下室のドアをノックする音が聞こえた。
「川越妃子、参りました。」
「彼女は忍者なのかい?」
敬語を上手く使えていない風間が指摘する。
「いや、天然ボケと見せかけた天才だ。・・・入っていいよ。」
ドアが開き、学校帰りなのか、制服のまま妃子を部屋の中に足を踏み入れた。
「あ、お客さんですか。こんにちわ。ここで働かせてもらっている川越妃子です。」
妃子は頭を下げる。基本的に悪い子ではないのだ。
「・・・・・・。」
「どうだ?見た感じ、何も異変を感じないだろう。」
ところが風間は、ポカンと口を開けたまま静止していた。
「・・・・・・女子高生は・・・・・・いい。」
ビシッ!
俊は風間に軽くチョップをしてつっこみを入れた。
「ぐおおおおおおおお!」
ただ、従来のつっこみと違う点は、チョップする手にスタンガンを握っている点だろう。
「あの・・・・・・帰っていいですか?」
心底帰りたがっている妃子の表情を見て、俊は用件を話した。
「いや、悪いけど一つ用事を頼まれてくれないかい?」
「はあ・・・・・・いいですけど。」
ちなみに風間はまだ悶絶(もんぜつ)している。
「あれ、見てよ。」
ちなみにここは拷問部屋。まがまがしい凶器がずらりと並ぶ中、俊が指を指したのは白いシーツが被さったやや大きな檻だった。
「・・・・・・なんですか?」
その質問に対し、俊は笑顔を作った。当然だが、作り笑顔である。
「中に人が入っているんだよ。」
「ああ、そうなんですか。」
妃子はまるでなんでもないように近づき、シーツを上げた。
「・・・・・・うおおお!久島美津!俊、お前こいつを捕まえたのか!」
久島は裏の世界でトップクラスの賞金首である。だが、今ではその面影はなく、ただ両手両足を拘束され、口はタオルで塞いで自殺をできないようにされている。久島と呼ばれる男は、俊に殺意を含んだ目で睨みつけるが、それに俊が動じるはずがない。
「川越さん。これを見てどう思う?」
俊の言葉に妃子はスムーズに答える。初めて見るこの異常な光景に、まるで動揺していない。
「えっと、この人のリアクションからして、相当レベルの高い殺し屋なんだな〜って。」
「・・・・・・は?」
風間が驚くのも無理はない。先日、オレもこの子には驚かされてばかりだからな。明らかに、常人と視点がズレている。
「なら、川越さんを呼んだ理由が分かるかい?」
その問いにも、すぐに答える。
「この人を私が殺すため、・・・・・・ですかね?」
・・・・・・全く、試す側のこちらとしては何も面白くないな。
そう思っているものの、俊は妃子のことを気に入っていた。
「・・・・・・なあ、俊。彼女はここで働いてまだ一ヶ月経たないのだろう?」
風間も、妃子の異変に驚いている。
「ああ。川越さん。ここに鉄砲があるから、これでこの男を殺してくれないかい?」
「あ、鉄砲と銃の区別がついたから、無理に訳さないでいいですよ。ライフルとかマシンガンとかハンドガンとか、単純に大体種類だけは覚えましたから。」
妃子に愛用のソーコムピストルを渡した。それを、しっかりと受け取る。そこには迷いや躊躇がないどころか、本当に彼女の自然体であった。まるでスーパーへ買い物に頼み、それに承諾するぐらい、軽い。
俊からソーコムピストルを受け取ると、不思議なことを言い放った。
「H&K Mk23、大型自動拳銃ですか。佐津間さん、これを使うんですか?」
「・・・・・・もう覚えたのかい?」
ちなみに妃子が言ったのはソーコムピストルの正式名所である。
「ええ、まだ勉強中ですから、有名な奴とか可愛いのから覚えてるんですよ。・・・・・・私的にはSig Sauer(シグザウエル) P226の方が可愛いと思いますよ。」
「・・・・・・おい、シグザウエルって何だ?」
「ミネベア自動拳銃の正式名所だ。」
「・・・・・・俊、彼女がどれだけ危ないか分かった・・・・・・、」
「うーーーー!」
カチャン。
久島の叫びと不自然な機械音に俊と風間は視線を向ける。
「佐津間さん、これ、弾が入ってないですよ。」
そこには、しっかりと両腕を伸ばして拳銃を構える妃子の姿があった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「あ、もしかして手入れって、弾まで入れないといけませんでした?」
二人は呆気に取られているが、この二人を黙らせる人物など、川越妃子以外には存在しないだろう。
「・・・・・・妃子ちゃん。」
「はい、えっと・・・・・・。」
「風間神海。ハプネスの社長だ。」
その答えに少し憧れを含んだ視線を風間に送る。
「双葉さんの上司ですか。あの、ここにいるメンバーって、ハプネスにいた頃と変化とかあります?」
すっかり雑談をする気分の妃子に、うんざりした表情で風間は話かけた。
「・・・・・・もし、弾が入っていたらどうしたんだい?
その問いに、あっけらかんと妃子は答えた。
「はあ、死んじゃったんだと思います。」
「・・・・・・俊、もういい。」
その言葉に、俊は頷いた。
「ねえ、川越さん。人を殺したことはないと思うけど、それに違和感はないのかい?」
何言ってるの?みたいな目をされた。
「いや、だって双葉さんや俊さん、それと風間さんだって散々殺してるんだし、この人もどうせ死ぬなら誰が殺しても変わらないじゃないですか。」
「・・・・・・。」
この子は、本当に一ヶ月前まで一般人なのだろうか?
「ここで働くと決めた以上、ある程度の事は覚悟してますよ。もし私が襲われて殺されても、しょうがないって自分に言い聞かせているし、うん。大丈夫です。」
「・・・・・・この男は私が殺すから、君は下がりたまえ。」
「はい。後で双葉さんのこと色々教えてくださいね。」
ドアが閉まり、嵐が去る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・どうですか?一般人は。」
「どうもこうもない。・・・・・・あれのどこが一般人だ?」
「さあ・・・・・・。」
背後から「うーー!」と叫ぶ声が聞こえるが、二人ともそれに触れない。
「・・・・・・帰るか。」
「・・・・・・ええ。」
二人はどちらともなく別れた。
その後、久島美津は餓死で亡くなったのは言うまでもない。
「オレの目の前に、骸骨男がいる。」
B級ホラー映画に出演できそうな不細工な骸骨である。首から下は、耐火、耐電、衝撃に耐えれる今現在最高の戦闘服を纏(まと)う。鎧のように動きにくくない、あくまで戦闘服。当然、動きやすさも重視している。
「君、身長が高いから骸骨がよけいに似合うぞ。」
っつっても10㎝も変わらないがな。
184㎝の骸骨は、自分より10㎝低い骸骨を見る。ちなみに、この骸骨の仮面はただの仮面。もしもの時は、頭を守らなければならない。
「・・・・・・ああ、そういえば欄は少し、注意したほうがいい。」
骸骨が欄のことを口にするのは、少し違和感を覚える。
「今日一緒に遊んだ時、彼女、この私を本当に殺そうとしていた。」
「欄にとっても妹はそれだけ大切な存在ということなんですよ。」
「いや・・・・・・彼女は、少なからず殺人欲求を持っている。注意した方がいい。」
「・・・・・・。」
思い当たる点は、ある。双葉を毎日殺して、自分に自惚れてしまったのだろう。元々欄はプライドが高く、自分に酔っているところがある。加えて、双葉も双葉で欄のお遊びに付き合ってしまっている。双葉が本気を出せば、銃やナイフなどに触れずにターゲットを殺害することは安易である。
「にしても、この人形、あまり川越さんと似てませんよ。」
「しょうがないだろ。私だって顔を直接見たのは一回だけだ。」
部屋の隅に、柱と一緒に縛られている妃子の人形がポツンと置かれている。
「大体、戦闘中に気付く奴なんて絶対いない。私が保証しよう。」
「・・・・・・オレならすぐに気付きますよ。」
「・・・・・・ほら、そろそろ来るぞ。テープを流せ。」
風間は居心地悪そうに顎を二回掻くと、話を逸らした。
「分かりましたよ。」
瓦礫の中に隠れている旧式のカセットテープをつける。音が悪いし、今時カセットテープなど使う人はまずいない。だが、どうせ一回しか使う予定がないのなら最新式だろうとカセットテープだろうと何ら変化はない。
俊はボタンを押し、予定の位置に戻る。
《・・・・・・っ!》
《・・・・・・っ!》
《・・・・・・してっ!》
《・・・・・・動くな!》
《おい、本当にこんなんで大丈夫か?こいつただの女子高生だぞ。》
《んんんーーー!》
「風間さん、これ、少しアダルトじゃないですか?(ぼそっ)」
「佐津間君、これくらいで興奮していると、この世界は生きてはいけないのだよ。」
誰だよお前。
その台詞は、少なくとも今言うのは難しかったりする。
《ああ、とりあえず魔瞬殺に連絡をとってからだ。今はまだこちら側から動くのは得策ではない。》
《分かった。》
「一つ忠告します(ぼそっ)」
《それにしても、こんなに上手くいっていいのか?》
「何だ?(ぼそっ)」
テープが会話を遮る。入り口に双葉の気配を感じる辺り、いつ出てきてもおかしくはない。
「あいつの回し蹴りには注意てください。あの蹴りは、見えない。(ぼそっ)」
《まだ仕事は終わってはいない。気をぬくな。例えば・・・・・・》
「ふ・・・・・・いいか。ハンサムはいかなる攻撃をも無効化できるのだ。(ぼそっ)」
「来ますよ。」
《ドアの向こうに敵がいるしな》
風間の馬鹿な発言を聞きなおし、腰に手を当てる。始めから構えていたのでは、明らかに不自然だからだ。
バアアアアン!
ドアを突き破り、双葉が大胆に登場する。
派手な奴だな・・・・・・
そう思いながらも、すぐさま銃を構える。瞬時に構えたつもりなのに、風間より少し反応が遅れた。
「・・・・・・ッシ!」
想定内で常識破りの回し蹴りを放つ。本来、回し蹴りほどモーションの大きい技は当たらないのだが、放っているのが柳双葉では話は全く変わる。呼び動作を限界まで減らし、ノーモーションに変え、発射口が見えないおまけ付き。加えて、柳双葉の筋力からなしえる究極のスピード。何一つ穴はない。
だが、それを骸骨風間はスウェーでギリギリのかわす。
・・・・・・暗無と詠(うた)われただけはある。素晴らしい身のこなし方だな。
蹴りを放って隙を見せた双葉に向け銃を構える。ちなみにソーコムピストルを使うようなヘマはしない。たしかにソーコムピストルは昔はハンドガンでもエリートの部類であったが、今の時代は中々愛用する人は少ない。双葉も俊の影響か昔の銃、S&WM500を愛用しているが、それもかなり希少価値があるだろう。本来なら、風間みたいにWalther(ワルサー)の新型を使うのが定番なのである。よって、ここで俊が使うのは風間から借りた新型のWaltherである。
意味が無いことを承知で双葉を撃つが、双葉も俊の弾丸をギリギリで交わし、あろうことかこちらに突っ込んでくる。そして、右腕を少し後ろに振りかぶると、
———来る。
すぐに首を捻り、双葉の右ストレートを見事にかわし、カウンターとして銃を持っている腕で双葉の頭を殴る。
・・・・・・正直、びびった。
空気を切り裂く右ストレートは、当たった瞬間に絶命させる威力を持つ。もし判断を間違えれば、そのまま双葉に殺されていたのだ。
俊に頭を殴られ、その隙に風間が後頭部を叩く。そして、双葉の膝が折れた時、風間は勝利を確信していた。
・・・・・・馬鹿!
「・・・・・・ッシ!」
人間なら、風間の一撃で意識がないだろう。だが、習慣のせいか一瞬の油断を双葉は見逃さなかった。
「うっぐはあ!」
かろうじで腕を交差させ、直撃を防いだものの、風間は出来の悪いアニメの悪役みたいに壁を突き破ってもなお飛んでいった。アニメならここらでキラーンと効果音が流れて星になるだろう。
「後一人!」
おいおい、ハンサムは無敵なんじゃないのか?
そんな余裕は実際には無い。もう目の前には双葉が迫っている。右手を小さく振りかぶり、そこからはまた殺人右ストレートが放たれようとしている。
いや・・・・・・これはフェイントだ。ここからくるのは・・・・・・
「ッシ!」
双葉の上段蹴りを後ろに軽くステップすることでギリギリかわす。大きく避けると体当たりに変更してくるからである。
そして生まれる二回目の隙。一度命中させアンデットファラオということを認識しないと、自爆ができない。
バン!
銃を撃つ時は基本は二発である。それは、二発放てば確実に相手を殺せるのである。だが、佐津間俊がこの距離で二発放つことはない。ロックオンを使わず1000mもの距離を射殺できるこの男が、動きながらとはいえ脳天を二度も外すわかがない。
双葉は脳天を刳り貫かれ、後ろに少し倒れると、
「んなの効くか!」
すぐに踏みとどまってこちらに向かってくる。
・・・・・・ゲームは終了だな。
俊は妃子の人形に向け、手榴弾を抜き、それを投げた。この手榴弾は一瞬閃光を放ち、2秒後に爆発する仕組みになっている。双葉はこんな緊急な状態なので気付かれることはないと思うし、俊は2秒後に脱出すればいいだけの話である。
・・・・・・ああ、そうか。なんとなく。分かった気がする。
窓から飛び、不細工な骸骨の仮面を外し、その中から狐、俊の素顔が向かいのガラスに映る。
川越さんをネタにして学校に行けなんて命令したが、俺はただ双葉や欄と一緒に遊びたかっただけなんだな。
三階から飛んだのにも関わらず、俊はほとんど音を立てずにスッと着地に成功した。
「また、昔みたいに遊びたいものだな。」
その声は、爆発音でかき消された。
「さて・・・・・・恭平でも呼ぶか。・・・・・・風間のことだ。あいつはこれくらいで死ぬようなタマじゃない。」
この後に死んでもらわないとな。
それから数時間後。欄を含め、全員が屋敷のリビングへと集まった。
「つまり、俺が分かったことは、昔みたいに皆で遊びたいという、ただのわがままだったといことだ。」
全員の視線を受け、これまでの遊びの目的を皆に告白した。
「皆も、これはこれはでいい経験になったと俺は思う。」
全員、妃子を除く全員が「どこがだよ・・・・・・」と目で訴えてきたが、それには気付かない振りをした。
そんな中、欄がこちらに嫌そうに眺めながら手を挙げた。
「欄。」
立ち上がり、意見を言う。これは普段のこのチームの光景である。
「私の経験のどこが良かったのか説明してちょうだい!」
キレ気味に話す欄は、普段俊がお目にかかることのない、新しい須藤欄であった。
欄、こういう表情するんだ。・・・・・・なかなか、かわいいところがあるじゃないか。
世間体(せけんてい)から見て、佐津間俊という人間は『サディスト』と呼ばれることに、読者の皆様は気付いているだろうか?
「よし、なら全員の成長を指摘してみよう。」
受け流したわけではないが、ここはまとめた方が話やすい。
「まず、恭平はこのチームとハプネスとの違いを経験できた。ハプネスでは転職など相当の異例がないと出来ないので、外の世界を見れたのはいい経験だと思う。」
「はい・・・・・・。」
双葉にボコボコにされ、顔面骨折から打撲まで。もうしばらくは本業の変装はできない姿で恭平は力無く返事をした。
「川越さんは・・・・・・良かったね。」
欄の前でわざわざ内容を言うのもどうかと思い、話を省略した。それでも他の人間は全員この意味が通じるので、誰も何も言わない。
「はい。ありがとうございます。」
素直に笑顔を作る妃子を見て、満足そうに頷けた。
「・・・・・・。」
欄は自分一人のけ者にされたことが不服でしょうがないようだ。当然それには触れない。その不満を弾くには別の角度から攻撃すればいいだけの話である。
「風間さんから聞いたが、欄は殺人欲求があることが分かったらしい。今後、一切の殺人行為を禁じ、武器の持ち出し禁止を2週間命ずる。」
「・・・・・・っ!」
悔しそうに歯を軋(きし)ませるが、どうしようもない事実なので反論の余地がない。
「それに、まず相手を選べ。欄が始めに戦った恭平は、あの時は恭平と気付かなかったはずだ。それなのに一人で暴走し、もし本当に恭平ほどの殺し屋なら幾ら訓練を積んでいるといっても勝率は五分も無い。」
「・・・・・・。」
ぐうの音もでないらしい。だが、さらに俊は続ける。
「それと、自分の力を過信しすぎだ。大体、風間さんと真正面から殺しあうなんて俺でも無謀だ。風間さんの実力を知らないわけじゃないはずだ。それなのに戦いを挑んだことは、いかに自分に自惚れているかの証拠だ。」
「・・・・・・はい。」
さっきまでの威勢は消え、しゅんと机に顔を伏せた。
「・・・・・・だけど、こうゆう経験も時には必要だ。良いところを伸ばし、悪いところを改良していく。それでいいじゃないか。」
「・・・・・・。」
それでも欄はしぼんでいる。自分がどれだけ馬鹿なことをしたか俊に言われて再確認したのだろう。
「欄。あまり、無茶しないでくれ。・・・・・・欄がもしいなくなったら、一番困るのは俺なんだ。」
「・・・・・・っ。」
顔に火がつく欄。・・・・・・簡単だなあ。まあ、あながち間違いでもないけどな。
「ごめん・・・・・・なさい。」
力無く謝る欄は、俊の心を少し動かした。・・・・・・だが、これが恋かどうかは正直俊も分からなかった。欄だけであればこの感情を信じることができるのだが、この感情は双葉にも当てはまる。
ちなみにオレは二刀流ではない。
誰に向かってか俊は釘を指しておいた。
「それに、双葉も素直になれたしな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
無視をしたり、答えたくないわけではない。双葉の口からエクトプラズマが出掛かっていたが、それをあえて放置した。
欄はそのリアクションを取る双葉に同情していたが、(昔二人同時に罰を受けたよしみであろう)妃子の態度がおかしいことに勘付いた。
「・・・・・・。」
妃子はもじもじと、双葉に対しての今までの積極性は失っていたのだ。
「・・・・・・っ!あなた、まさか・・・・・・っ!」
「コホン。」
わざとらしく咳払いし、視線をこちらに集める。
「最後に、風間さんは骸骨男からミイラ男に転職できたし、全員が貴重な体験をしたと思わないか?」
「・・・・・・おい。」
左目以外肌を全て晒さず包帯のみでぐるぐるに巻かれたミイラ男が声を出した。
「何故私だけ死刑なんだ?」
「ははっ、それは俺のチームの柳双葉をあれだけからかえば、誰でもそうなりますよ。いや、それにしてもミイラ男で良かった。吸血鬼だとシャレになりませんからね。」
ここで言う吸血鬼は、棺桶(かんおけ)のことを指しているのだろう。
「・・・・・・私は君のことが大嫌いだ。」
「残念。俺は大好きなんですけど、ふられちゃいましたか。」
嫌味を連呼し、風間一人に責任を全て負わせる。当然そんなことしても無駄だが、今の双葉のためにも誰か一人悪役を作らなければならない。「これは風間のせい」と擦り込むことで、双葉も納得いくだろう。つまり、軽い催眠術である。
「・・・・・・で、俊くん。一つ質問していいかしら。」
「以上で話は終わる。皆、お疲れ様。」
「俊君!」
ぞろぞろと皆ゾンビに近い足取りで解散する。双葉は気力を全て吸い取られ、風間と恭平は肉体的に歩くのがつらいらしい。
俊は後方にある非常用のドアに体重をかけ、隠し通路の壁を使ってこの場から消え去る。この家は、ところどころ忍者屋敷に近い部分あったりする。
「ちょ、待ちなさい!」
「ちなみに来週からまた学校だからな。」
「な・・・・・・、俊君!」
欄の講義に答えず、俊は薄暗い隠し通路を走り去っていった。
俊が講演をしてから数時間後、俊、風間、恭平の3人はハプネスの社長室へと集まっていた。
「・・・・・・で、いつまで演技を続けるつもりなんですか?」
俊は目の前のミイラ男に向かって言葉を投げた。
「何のことだ。」
だがミイラ男は話をはぐらかす。どうやら双葉にやられ瀕死の状態を言い訳にして長期休暇をとるつもりであろう。
「恭平も、そんなことをして慰謝料を請求しようなんてせこい真似はしなくていいよ。ちゃんとお小遣いはあげるから、その不細工な顔を直していいよ。」
「・・・・・・知ってたんですか。」
ボコボコに腫れ上がった顔はどう見ても演技には見えないが、その演技力こそが木田恭平という『百面相』の異名を持つこの男のポテンシャルであった。
恭平の顔は風船みたいに膨らむと、すぐに美形の男性の顔へと変化する。当然、そこに傷は一つもついていない。
「恭平、君はまた自分を美化しているな。」
「これは素ですっ!」
というが、本人でさえ自分の素顔を忘れているのが本音である。
「風間さん。本当は傷、何ヶ所なんですか?」
ミイラ男はうんざりしながら言った。
「・・・・・・私のナイフを奪い取り、脇腹を刺し、そのまま持ち上げて爆発で燃えていた炎の上じっくりと焼かれた。・・・・・・バーベキューの刑らしいとか口にしていた。・・・・・・この裏切り者共が。」
唯一風間の素肌が見える右目は、どこか遠い目をしていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「で、このチームの感想はどうだった?やはり恭平は一緒に遊んだ欄が一番印象に残っているかい?」
「そうさ、私はもう三十歳。若い奴らに踏み潰されて生きていくのだよ・・・・・・。」
風間は何かを悟ったらしい。
「・・・・・・。」
普段の恭平ならここで風間の戯言(ざれごと)を無視して会話に入るのだが、少し様子がおかしかった。
「・・・・・・恭平?」
「いや、おかしな話かもしれませんが、・・・・・・おかしな話ですが、・・・・・・自分は、あの川越とかいう普通の女が一番気になりましたね。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
二人はもう妃子の異端さを目の当たりにしているので驚くということはないが、恭平までそれに気付くとは思っていなかったので正直意外だった。
「・・・・・・川越を連れて行く時、上月隆を演じていたんですよ———」
欄は風間と戦闘中らしいが、相手はあの『暗無』である。いくらなんでも相手が悪いにもほどがある。恭平は風間に教えられた人物、川越妃子という一般人を迎えに行く途中であった。
・・・・・・それにしても、Derringer(デリンジャー)でなかったら本当に危なかったかもしれない。須藤欄・・・・・・か。殺し屋としてもあれは確かにA−(エーマイ)ぐらいはあってもおかしくない。とはいっても、それを抜かしても佐津間俊、風間神海と並ぶA4+(エープラフォー) (MAX)だ。それを考えると末恐ろしいな。
やがて川越妃子がいると思われる教室に到着した。彼女は一般人ながらミレニアム・アンデットデビルの一員らしい。何でも、その須藤欄の妹だとか。
「あの、川越さん。」
「・・・・・・はい?」
川越は『銃器辞典』と書かれた禍々しいタイトルの本を熱読していた。
「ちょっと話があるけど、いいかな?」
これは女の子を誘う時の上月稔の口調。元々、女遊びが激しいキャラクターらしい。
「・・・・・・すいません、あの、あなた誰ですか?」
あちゃ〜、面識なかったか。こりゃやりにくいぞ。
会話を交わしたことが無いのなら、好意を持って告白に呼び寄せる風に持っていくのがセオリーであるが、普段女に不自由をしないキャラでは少し無理があるかもしれない。
「オレ、分からない?B組の上月稔っていうんだけど・・・・・・」
「知ってますよ。」
知ってんのかよ!
などとは言わず、外に連れて行く口実を瞬時に考えるため脳をフル回転させる。
「いや、・・・・・・君、もしかして天然?」
「だから・・・・・・」
その一般人は、恐ろしいことを口にした。
「あなた、誰ですか?」
「——————っ!」
血の気が、引いた。
それは、あってはならない言葉であった。
変装一つでこの世界を生き抜き、骨格の変化から声帯模写まで一日15時間の訓練を積み、そこまでの鍛練でも素質があり、誰にでも完璧な変装ができるのは1%にも満たない。その中で、ハプネスのスパイ系部で歴代最強の技を持つこの男が、一般人に見破られたのだ。
「・・・・・・ああ、キー姉と双葉さんが喋っていたのはあなたでしたか。」
「・・・・・・ということが起きたんですよ。」
その話は、恭平の才能を知っている二人には痛い程理解できた。そして、何より当事者であった恭平はさぞかし辛いであろう。
「・・・・・・なあ、その川越妃子は双葉のことが好きなんだろう?彼女の場合、まともな恋愛が発生するのか?」
その問いに、閉ざされている俊の瞳が開く。
「分からないか?」
「・・・・・・?」
恭平は、初めてみる俊の本当の瞳の色に心を奪われていた。俊の眼力は、見る者に夢と恐怖を与える。それはまるで、佐津間俊という人間そのものである。
「その答えを得るために、双葉の口から好きと言わせたんだ。」
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キャラクターは生きてるんだけどなー、やっぱり色々と甘いからもったいないなー