第四章『姉と彼氏』〜川越妃子編
朝、キー姉と双葉さんが同じ学校に通うようにと佐津間さんが言い、本当に同じ学校に来た。ダッシュで来た割に時間が余っていたので、他のクラスへと遊びに行く。
「おはよう妃子!今日は遅いんだね。」
C組にいる渚とは幼馴染で家がすぐ近くである。尤も、高校で初めて同じ学校になったのだが。
「元気よ元気。妃子ちゃん元気よ〜〜〜。」
「・・・・・・妃子、キャラ変わってない?」
そう言われればその通りなのだが、それ以上に嬉しいことがあるのなら、世間体や周りの目なんて気にしなくなる。
「えっへへ、そりゃあ、いいことがあればね。」
「あっ!おばさん退院したんだ!よっかたね。」
「っへ?おばさん?」
渚は何を言っているのだろう?正直、意味が分からない。
「あれ?妃子、おばさんが入院して学校休んでたんでしょ?」
「・・・・・・・なるほど。」
すっかり忘れていた。正直、もうどうでもいいという気持ちさえある。
「いや、なるほどって・・・・・・なら、何に対して喜んでいるの?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。」
「だからキャラ変わってるって。」
そうは言われても、元々こうゆう性格なのだが、昔キー姉(欄)が死んだと言われてこんな引っ込み事案なキャラになったのだ。つまり、元に戻ったと言った方が適切であろう。
「いや、ね。今日彼氏(大嘘)がこの学校に来るのよ。・・・・・・ああ、ついでに姉(本当)もね。」
「・・・・・・か、彼氏————!!妃子、あれだけ男より勉強、勉強より私っていうキャラじゃない!一体全体どうしたのよ!」
大げさに驚く渚だが、その気持ちはなんとなくわかる。自分のことを第三者として見れば、それはありえない光景であろう。
「少なくとも、渚よりは勉強を選んでいたわよ。」
「こっ、こっ、この子、私に内緒で抜け駆けして・・・・・・」
「ってなわけで、私はこれから忙しくなるから、今日から一人で帰っていいよ。」
「・・・・・・。」
固まっているらしい。渚は妄想癖があるらしいので、現実と向き合うのには時間と勇気が必要である。
南無三。
「・・・・・・あ、キー姉だ。」
廊下で喋っていると、キー姉が歩いてくる。ここは南側の塔、ということは普通科であるらしい。私は進学科なので、同じクラスということは無い。・・・・・・まあ、キー姉がここにいる時点で、双葉さんとも同じクラスにはなれないということであろう。
「キー姉?」
「あ・・・・・・・。」
キー姉は4年前に事故で亡くなっている事になっている。一応葬式もしたし、戸籍上の川越姫子も既に存在しない。
「いや、なんか私のお姉さんはキー姉しかいなくてさ。」
「妃子・・・・・・。」
空気を読んでそっとしてくれるのは渚のいいところであるが、嘘にこれまで敏感に反応されると、心が痛む。
それにしても・・・・・・私、いつからこんなに嘘が上手くなったんだろう?
「じゃあ、私行くから・・・・・・。」
「う、うん。」
ギクシャクしているが、仕方が無い。今更やっぱりキー姉だよ〜、なんて言えないし、何よりキー姉の存在の問題は私が思っている以上に大きな問題になる可能性が高いからだ。
タイミングの良いチャイムの音に紛れ、西塔へと走っていった。
習慣というのは恐ろしいものだ。私にはもう勉強しても意味がない。これからは佐津間さん達と生きていくというのに、今更授業の内申なんて上げても何のメリットももたないし、学校で習う勉強で社会に出て必要な場面なんてごく稀である。
そう自分に言い聞かせているのだが、結局妃子は授業中は当然ながら、休み時間までもノートを埋め尽くしていたのだ。
午後になり、昼休みの時間である。妃子は双葉を誘いに南塔へと向かう。ここで手作り弁当でもあればポイントが上がるのだが、生憎そんな気の利いた物は持ち合わせていない。加えて、妃子が好きな双葉に豚の餌とまで言われれば無意識のうちにやる気は削がれるだろう。
「あ、妃子!一緒に昼飯食べようよ。」
南塔で双葉のクラスを探していると、渚と遭遇した。
「渚、そろそろ昼は男の人と一緒に食べようよ。」
それだけ言い残し、妃子は野次馬が溜まっているB組みへと向かう。渚が固まっていたのを知っていたが、あえて放置した。
かなりの人が集まっている・・・・・・というか、教室が燃えていた。まあ、双葉さんなら何をしても驚かないと既に自分で認識していた。
だが、これだけの騒ぎを自分の姉がやったと聞いたら、それは驚くしかないだろう。
「・・・・・・食堂かな?」
炎は揺らぎ、煙は辺り周辺を巻き込む。当然、平常心を保っていられるのはこの学校ではあの二人と天然ボケの渚だけであろう。だが、妃子自身この騒ぎで驚かないのは正直言って以外だった。
(・・・・・・そっか、これが佐津間さんが言っていた殺し屋と一般人のズレなんた。)
心の中で納得するが、十日足らずで感覚を変えることができる自分の適応能力の高さに、妃子は気付いていなかった。
食堂に行くと、双葉がジャンボハムエッグパンを二つぶら下げて歩いているのを見かけた。周りの生徒は新しい生徒の双葉に興味の視線を向けるが、双葉の愛嬌の悪さからして決して目を合わせようとはしない。
「双葉さんっ!」
いきなり背後から抱きついた。細身で頼りない背中は妃子のダイブにも動じない。
・・・・・・やっぱり、身長は小さくても男なんだ。
その考えは全くの誤解で、双葉レベルの生物ならある程度の衝撃で動じることはまずありえない。
「重いんだよ豚。どけよ。」
「私50キロジャストだもん。基準としてはキー姉よりは軽いもん。」
実際52キロなのだが、それは置いておこう。
「・・・・・・妹と姉の体重差が40キロか。」
くっく、と愉快そうに笑う双葉は本当に楽しんでいるらしい。
「え!・・・・・・って、それはないですよ。キー姉は身長の分は体重あると思うけど、それでもあのプロポーションですよ。170センチだから、どんなに重くても60前後だと思いますよ。」
「欄のもう一つの名前、教えてやろうか?」
「・・・・・・それってこうゆう場所で言ってもいいんですか?」
「大丈夫だろ。ここは豚しかいないし、仮に同業者が聞きつけて欄が殺されても俺には関係ないしな。」
「あははは、そうですね。」
胡散臭くて血生臭い会話を堂々と交わす。当然、周りの生徒の視線は痛いが、そんなものはどうでもいい。この学校でいつまで過ごすか分からないし、何よりどちらも必要としていない。
妃子にとって学校などどうでもいいし、学校も妃子なんてどうでもいい。
冷たいが、それが現実である。
今まで計っていた定規(常識)はもう使えない。佐津間俊が新しい物差し(常識)を渡したからだ。ならば、古い定規には何の効力も持たない。
「欄のもう一つの名前は、アンダー90だ。」
「アンダー90?」
双葉とここまで長く会話が続いたのも初めてだし、こんなに楽しそうな表情を見せるのも初めてである。
「最低、90キロってことだ。」
「・・・・・・まさか、」
「今度本人に聞いていみるんだな。」
それだけいうと、双葉は妃子に背を向けて去って行った。
「ああ、おい。」
と思ったらいきなり振り向いた。
「一緒に昼ごはん食わないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
双葉からの誘い→好意がある→私も・・・・・・♪→ ラブラブ→産婦人科→結婚
「おい女、間違ってもこれは命令だから勘違いすんじゃねえぞ。」
「・・・・・・まあ、世の中は甘さ控えめですからね。」
ここですぐに現実に戻ってこれるのが妃子と渚の決定的な違いだろう。それに妃子の妄想はこれが始めてだということに、自分で気付いていない。
「まあ、ここには豚の餌しか売ってないが、お前も豚だから平気だろ?」
そういってパンを一つ投げ、それをキャッチする。
「私のクラス飲食禁止なんですよ。だから双葉さんの教室で食べましょうよ。」
「俺が午前中いた部屋は、てめーの姉が燃やした。」
「・・・・・・。」
「外行くぞ。その方が手っ取り早い。それにここは空気が不味い。」
一人で外へ向かうが、妃子はまだその場で留まっていた。
「・・・・・・あの火事、キー姉の仕業だったんだ。」
「女っ!休息時間が無くなるだろ!早く来い!」
遠くで叫ぶ双葉の背中を人波をかき分けながら追いかけていった。
屋敷に帰り、それから佐津間さんに言われた作業を黙々とやっていた。何でも、武器庫にある銃を磨いてほしいとのことだが、その量が生半可ではない。小さな小型銃からマシンガンとでもいうのだろうか?やけにごっつい銃まで、まるで店でも開けそうなぐらい様々な種類がある。
それらの手入れを終え、与えられた部屋へと向かうとキー姉に会った。
それも、以外な場所で。
「キー姉?そこ双葉さんの部屋だよ。」
「知ってるわ。」
欄は至って平然と言い放つ。が、この状況でからかわない手はないだろう。
「・・・・・・夜這い、とか?」
もし本当に夜這いだったらどうしようと心の中で複雑な想いになる。
「・・・・・・殺すわよ。」
見るだけで人間を殺せそうな視線を投げられた。そのリアクションは私を安心させるどころか、二人がいかに仲が悪いかが伝わってくる。
「・・・・・・妃子、後で私の部屋に来なさい。あなた、渚に私があなたの姉というこを密告したらしいわね。」
「密告って・・・・・・なんか、どきどきするね。」
「妃子、真面目な話なのよ。」
今度は欄の目が妃子を鋭く映す。これは昔泣かされた時のパターンであるのでよく覚えている。
「あんだー90。」
ここで昼間、双葉に教わった呪文を放つ。
「・・・・・・。」
黙り込むということは効果は効いているらしい。欄は体内に大量の機械を取り入れているため、自然と体重が増え、体脂肪率も常人とは比べ方が異なるのであった。
「・・・・・・・・・・・・・・覚えておきなさいよ。」
未練垂らしい捨て台詞を吐き、欄は何故か双葉の部屋へと入っていった。まあ大体見等は付いている。仕事の話であろう。
「・・・・・・寝よう。」
とは言ったものの、私は自分の部屋を通り過ぎて台所へと足を運んでいた。そして、右手に包丁、左手に食材。明日のご飯の下ごしらえをするためであろう。
私って・・・・・・負けず嫌いなんだなあ。
しんみりと感じたが、やはり意味のない一日は送りたくない。一分一秒有意義に生きていたいのだ。
とりあえずタマネギをみじん切りにすることから始める。それから何を作るのかを決めるのだ。どんな料理を作ろうと、タマネギは妃子の中で必要不可欠の食材なのだ。
「お疲れ様。こんな時間なのに頑張っているんだね。」
その優しくて甘い、それでいて妖しい声の主を見上げる。
「佐津間さん、お疲れ様です。鉄砲は全部磨き終わりました。」
「鉄砲・・・・・・ね。川越さんも色々学ばなくちゃいけないことも多々あるけど、こうやってやりたいこともあるからね。これからはノルマ制にするから、そっちで都合のいい日に取り組んでよ。」
「鉄砲磨きをいつまでにやる、とかですよね?」
「ああ。とりあえず一週間に一度鉄砲の手入れを任せてもいいかい?それと、ハンドガンとアサルトライフルの名前も来月までに全部覚えてほしい。」
これがただの職場ならば親切な上司で終わるのだが、この男は正直、底が見えない。だからどう対応していいのかも分からないが、とりあえず一般的、普通に接していれば問題はないだろう。・・・・・・いや、妃子がどう対応しても、この男には何の問題も無いだろう。
「もし覚えられなかったらどうするんですか?」
試している様に聞こえるかも知れないが、案外そうでもない。あれだけの量を月単位で完璧に覚えるなんて普通の人ではちょっと厳しい。鉄砲一個一個の違いがそこまではっきり分からないし、種類では今日見た限り300近くはある。
「どうもしないよ。双葉も分からないし、欄だって全部は言えないしね。だけど、川越さんは来月には全部覚えているよ。」
「・・・・・・。」
確かにこの人に言われたらやらなければならないだろう。ただ、こちらの手の内を全て見透かされた感じは、正直言ってあまり気持ちのいいものではない。
「調理を続けながらでいいから、少し話をしたいんだけど、いいかな?」
「ええ。全然構いませんよ。」
「ありがとう。」
そう言って俊は妃子に一番近い席に腰掛けた。ここの作りはダイニングキッチンになっており、話をするのには何の支障もない。
「今日、欄と双葉。二人と学校に通ってどう思った?」
「滅茶苦茶ですよ。姉さんは教室を火の海に変えるし、後から聞いた話で双葉さんは窓に人を投げたって聞きましたし。」
包丁を叩きながら答えた。
「川越さんは、それを無茶苦茶だと思ったかい?」
「それはそうですよ。でも、あの二人ならやりかねないってすぐに納得している自分がいたのは以外でしたね。」
俊は椅子を斜めに倒すと、小さくため息を漏らした。こちらからではその表情は察しられない。
「ハプネスでは天才、あるいは化け物と呼ばれたのは30人近くいたんだ。」
「へえ、天才揃いなんですね。」
この話の脱線は異常だが、佐津間さんはここから本題に繋げてくる。元々回りくどいのだが、話相手が佐津間さんの場合はそれにうんざりすることはない。それに、ハプネスの過去に妃子は少なからず興味を持っていることも確かだ。
「まあ、向こうで17年間住んでいたから、1年で二人ぐらいだね。この17年間で化け物はハプネスではMって呼ばれていたんだ。」
「M?なんかの略なんですか。」
立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。
「まあ、簡単にモンスターの頭の頭文字を取っただけだろう。当然それが名前になるわけじゃない。コードネーム、高校生で言えば出席番号に似たものと思ってくれていい。それにMが付くんだ。そして、天才、いわゆるハプネスでエリート、上位のクラスに行くとAが付く。これはアルファベットが始めの方が力あるという表し方なんだ。・・・・・・ああ、何か飲むかい?」
「じゃあ牛乳を貰えますか?・・・・・・なら、双葉さんはMで佐津間さんはAってことになるんですよね。」
牛乳は双葉の影響か?と聞かれたので、それに素直に首を縦にして頷いた。
「ああ。そして、この17年間でA、あるいはMと呼ばれていた人間が何人死んだか分かるかい?」
調理をする右手を止め、少し考えてみた。
「・・・・・・25人くらいですか?」
普通に答えたつもりなのに、俊の反応が少し遅れた。
「・・・・・・ああ、今では7人くらいしか生き残っていない。」
「やっぱり、この職業はシビアそうですからね。」
再び包丁でタマネギを叩く。とりあえず定番の肉じゃがにしようと決めた。
「いくら天才と呼ばれても、化け物と呼ばれても所詮は人の子。底が見えるんだ。」
その象徴的なあやふや表現は妃子に通じるものがあった。一般人と佐津間さんみたいな連中を比べたらいけないと思うが、確かに少し人と付き合ったらその人間の底が見えるものだ。
「だが、最近になって底の見えない奴がいてね。とても興味深いよ。」
この人が底が見えないと言ってしまっては、もう妃子では想像もできない人物であろう。
世の中、広いな。としみじみ感じていたが、次の俊の言葉で動きが止まった。
「川越妃子。君だよ。」
「・・・・・・え?」
俊はコップに牛乳を注ぎ、こちらに歩み寄っていた。
「始め、君は普通の一般人だったが、母親の死の瀬戸際を体験した。それでも少し不幸な平凡な女子高生で終わっていたはずだった。だが、そこからこのチームに入ることになる。」
コップを手の届く範囲に置くと、ゆっくりと離れていった。
「そして楠間あいみの死。実際死んではいないけど、少なくとも君は死と思い込んだ。そして、それに恐怖し、俺達3人に恐怖を抱き、軽蔑した。」
「・・・・・・。」
そう言われればその通りなのだが、なんか嫌な言い方だな。
シリアスな話の中でも妃子は俊のペースに飲み込まれることはなかった。
・・・・・・それは、風間神海を除いてただ一人だということを、妃子は知らない。
「後(のち)に早川稔との一件の後、欄を姉だと知りこのチームに溶け込むことに成功した。そこまでははっきり言って俺の計算通りだった。だが、それは家族にアレだけ強く憧れを抱いているとの情報を知り尽くしての計算だった。」
「昔はキー姉にベッタリくっついてましたからね。」
まるで他人事の様な妃子の答えに俊は頷いた。
「そう。川越姫子の生存を知り、昔の性格が戻って明るくなった。加えて、双葉が川越さんにとってヒーローの様な立場であったので、双葉に恋までした。めでたしめでたし。」「そうなんですよ。あの時、キー姉が私をぶつのを抑えてくれたのが、あ〜この人いいな〜みたい感じになったんですよ。」
なんだかんだ言って、佐津間さんも結構話やすいかも知れない。こうやって気軽にお喋り出来るなんて始めは思ってもなかったし、今さっきですら想像もしてなかった。
しかし、俊にとってはこれは気軽なお喋りではなかったのだ。
「だが、話はこれで終わりではなかった。」
「・・・・・・?」
意味深な表現を多々使う。これが佐津間さんの性格だと割り切ればさほど不思議ではないが、何か伝えたいという流れを妃子は読み取っていた。
「川越さんの適応能力は異常だ。」
「・・・・・・そーですかね?」
妃子自身はあまり深く考えていないが、俊は真面目に話している。ただ、俊はいつもポーカーフェイスなので、表情から何も読み取ることが出来ない。
「なんで俺が君たちを高校に通わせたか分かるかい?」
「何かまでは分からないけど、少なくとも朝言った双葉さんと姉さんの協調性や感受性がどうこうって言ったのは嘘だと思いましたね。」
「・・・・・・どうしてだい?」
「え?・・・・・・何でだろう?勘・・・・・・に近いようだけど、なんか、佐津間さんがわざわざ高校なんかに通わすって言ったらもっと大きな事でも考えてるに決まってる!・・・・・・・な〜んて・・・・・・」
ここで何故か数秒俊が喋らなくなり、やっと口が開いたと思ったらため息を漏らした。「・・・・・・俺が君たちを高校に通わせた理由は二つある。」
ほら来た。
心の中だけで答えるが、間違っても俊にため口なんて利けない。
「一つはそれほど重要なことではない。本当の目的のおまけみたいなものなんだ。」
「・・・・・・なんというか、流石は佐津間さんって感じですね。」
呆れたというか、やっぱりというか。たかだか高校に行くという第三者から見れば娯楽でも何でもないイベント。それに意味を持たすというのは、この人ならではの業(わざ)であろう。それも、双葉も欄もこれは俊のお遊びだと認識してるし、仮に勘の鋭い二人が気付いてもその中身までは察しられない。当然、妃子だってその目的がなんなのか想像も付かない。「この遊びの最大の目的はね。」
佐津間俊は立ち上がった。そろそろ話すことも無いらしい。
「川越さん。君の底を見たかったんだよ。」
「・・・・・・なんか、会話の流れから聞いたら不思議でもないけど、佐津間さん、私のことを買いかぶり過ぎですよ。さっき、私の適応能力が異常って言ったけど、私なんて自分のことも何も分からないし、佐津間さんの考えなんて一ミリも分かりませんよ。」
「君は、危険だ。」
冗談を含んだ妃子の口調を、俊がすぐに封じる。俊の狐の様に、鋭い目が見開く。その瞳は見る者を圧倒し、己の考えがいかに正しいかを戒めさせる狐の目。それは鋭く、もしこの男と敵対していたら間違いなく殺されているだろう。
「このチームに入って早川稔の件があるまで約一週間。それから今日にかけて三日間。二週間足らずでもう双葉を追い抜き俺と同じ、いや、もう俺をも超えるレベルまで達している。」
ジャガイモの皮剥きを途中で放棄し、俊の言葉を聞く。
「何のレベルですか?」
「・・・・・・分からない。それが何なのか?その何かがプラスなのかマイナスなのか?それにどういう意味があるのか?それが普段の生活に影響あるのか?・・・・・・何一つ分からない。・・・・・・幾度となく正体の分かる物を分からないと言い張ってきた。だが、こんなのは今回が初めてだ。本当に分からないんだ。」
確かに、佐津間さんの様子を見る限りでは本当に驚いているみたいだ。・・・・・・ん?それかな?何で私佐津間さんが驚いているって分かるんだろう。
俊は口ではああ言っているが、嘘だと決め付けるのが妥当である。この男は常に自分を隠し、言葉と取り繕(つくろ)い、自分の情報を全て闇に包ませている。その佐津間俊の何かを感じ取れたと言う事は、もしかしたら本当に妃子は何かの才能があるのかも知れない。・・・・・・尤も、それすらも俊の演技という可能性があることも忘れてはならない。
「さっき言った適応能力ってやつ以外ですよね?あれじゃないですか?もしかして人の心を読む力があるのかな?」
「・・・・・・読心術なんかの非じゃない。出会って間もない双葉を知り、今までの過酷な状況で生き抜いてきた欄を瞬時に知り、最後に人に自分の情報を絶対に明かさないと決めた俺の心まで知ろうとしている。いや、俺もももう見透かされているのかもしれない。」
「・・・・・・今日は遅いから、もう寝ます。」
「ああ、お休み。」
無理矢理話しを終わらせたにも関わらず、俊はあっさりと身を引いた。
そして妃子に背を向け廊下に出ようとした時、今度はこちらから声をかけた。
「ほら、俊さんも分かってるんですよ。」
「・・・・・・?」
無表情ながら、妃子の言葉に反応してこちらに振り向いた。
「私はそうやって過大評価されるのが好きじゃないんですよ。普段の性格からすれば自分でも意外な一面だと思いますよ。だから、私は話を終わらせました。」
「・・・・・・。」
「俊さんは私の事を分からない分からないって言っていましたけど、こうやって私の細かい部分まで知っているんですよ。」
「・・・・・・なるほど。」
何かに驚いた表情をしたが、そのまま言葉を続けた。
「私は自分の事なんて何一つ分からないんですよ。最近、色んな事がありましたからね。でも、そんな中でも佐津間さんは私でも気付かない一面を察して言葉を放ってくれている。」
「・・・・・・。」
「私が佐津間と同じ要素ななんて、何一つ無いんですよ。」
俊は珍しく何も答えないまま去って行った。ただ、含み笑いを漏らしていたのが多少気にはなったが。
それを見届けると、再び皮むきを握った。
・・・・・・佐津間さん、考えすぎだよね。
しみじみ思いながらも、フライパンに火をつけた。
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いや〜........なんか昔の作品って恥ずかしいね