とあるテレビ局の番組でアイドル達に社交ダンスで競わせるという企画が立ち上がったらしい。そういうオファーが来たからどうしようかと話しているところを伊織は偶然聞いてしまい、それならば自分の出番と思って名乗り出たのだが現在伊織はソロでの活動中であり、ユニットでの参加と言われていたためにその時点では参加を見合わせることとなってしまった。
伊織としてはこういったときこそ自分の教養の高さというものを見せつけたいとも思うのだけれど、世の中というのはうまくいかないものなのだと恨めしく思うばかりだ。
そして番組の参加は真と雪歩のユニットに決まり、心のどこかで悔しく思いながらもアイドルとしての仕事を続けた。
時折レッスン室で2人が練習するのを覗いたり、どちらかが仕事のときは練習に付き合ってみたり、伊織自身でもなぜそんなに執着してしまうのかと思うほどに執着していた。
社交ダンスの収録も近くなったある日、伊織が事務所に来てみると、そこには最後の練習を行っているはずの真が1人で立っていた。
「真?」
声をかけてみるとこちらを見てるのだが、そこにあるのは落胆の色だ。
伊織が真にどうしたのか尋ねてみると、彼女にしてはめずらしくぼそぼそとした物言いをして、はっきりと聞き取りができない。
「どうしちゃったっていうのよ、本当に? はっきり言いなさいよ」
真の表情は良くならないものの目に少し力が戻ってきたように思えた。
「雪歩が怪我をしたんだ。足を捻ったみたいで、ダンスの収録には出れそうにないって。今プロ
デューサーが雪歩について病院に行ってる」
真のぶっきらぼうな言い方で語られたその内容に愕然として伊織は彼女の胸元をつかんで問い詰める。
「本当なの!?」
真の様子からもそれが真実なのだろうとわかるものの納得ができない。
彼女を揺さぶって再度確認をしようとするのだけれど、それ以上は何も答えずに黙り込んだまま伊織を見つめている。
あんなにがんばって練習した彼女たちの努力が水の泡となるなんて。
伊織は自分のことのように落ち込み、不覚にも泣きそうになった自分に気づいて真の肩に顔を押しつけた。
「ねぇ、雪歩用のステップ、伊織は全部覚えていたよね?」
「こんなときに何言ってるのよ。もちろん覚えているわ、誰がアンタたち2人の練習に付き合ったと思っているのよ」
顔を上げて真の顔を見てみると先ほどまでとは違って目に生気の宿った真剣な表情でいる。
「伊織、お願いがあるんだ」
『次は菊地真さん、水瀬伊織さんのお二人』
ステージの中央、強いライトが降り注いでくる。
伊織は真と手をつなぎ、審査員席や周囲の観客席に向かって礼儀正しさを感じさせるような一礼と自分を愛らしく見せるための笑顔を振り撒いていく。
『本来真さんは萩原雪歩さんとユニットを組んでいるのですが今回残念なことに練習中で怪我をしてしまい、急遽同じ事務所の水瀬伊織さんとペアを組んでの参戦となりました』
あの日から今日までまさか本当にここに出てこれるとは思っていなかった伊織にしてみればなんだか夢のようで現実感がないように思えた。
意識はそんな感じなのに体はしっかり動いてくれるようで、真が動くのとともに伊織は彼女と向き合ってポジションを取る。背中に回された真の手が少し上だったため肩をわずかに動かして肩甲骨のすぐ下あたりに導く。
「ありがと、伊織」
「当然でしょ」
2人で表情に笑みを作ってうなずき合う。
『それでは菊地真さん、水瀬伊織さんペアによるワルツで、曲はエーデルワイス』
スローワルツを踊るには定番とも言えるその曲が流れ始め、それとともに最初のステップを行うための足を出す。
雪歩が早いステップの曲にどうも合わず、見た目には地味なものとなってしまうこのダンスと曲になってしまった。それとは逆に真はテンポの遅い曲は足が早めに出てしまうときがあり、そのあたりを伊織としては懸念していたのだが今のところその悪い癖は出てきていない。
代わりに真の動きが少し固い。
収録に対する緊張というよりもミスをしたくないと自分にプレッシャーをかけてしまっているようで伊織としては内心で苦笑してしまう。
「ワルツは優雅に踊るものなんだから」
「わかっているよ」
「そんなに固いリードでは困っちゃうわ」
「わかってるって」
「笑顔も忘れない」
ステップは曲と同じリズムで。1、2、3の3拍子。
真のテンポが走りそうになったら伊織は彼女の腰に回した手で合図を送る。
見せ場となれば輝くような笑顔を伊織は周囲に向けてアピールする。
伊織の心の内に、このまま順調に踊り続ければ優勝も見えてくるのではないだろうか、そんな風な思いが浮かんできた。
またステージに入ってきたときのように急に伊織の見える世界が現実感を失い始めてきた。
奇妙な浮遊感の中でステップを踏んでいく。
「あ」
急速に伊織の中で世界が戻ってきたのは、その世界が傾いたからだった。
控え室の中で伊織は座り込んだまま涙を滲ませた。
「ごめんなさい、真」
声が震えるのを止められず、涙を流さないようにするので精一杯だ。
「あと、ありがとう」
伊織が転びかけたのを立て直してくれたのは真だった。そのあとは真がリードしてくれ、最後まで転ぶことなく踊り切ることができた。
それ以上言葉は出てこない。
不意に誰かに包まれる。耳のすぐそばで真の声が聞こえてきた。
「こっちこそありがとう。伊織のおかげで出れたわけだし、それに上位に入れたじゃないか」
柔らかい声音に涙がこぼれそうになるがそれだけはこらえる。
「この伊織ちゃんが出るんだから、ゆ、優勝以外は意味ないんだからっ」
背中をなでてくれる優しさが心地よくて、それが余計に目頭を熱くしてくれる。
「だから次も伊織と出場したい。ボクたち2人で優勝したいよ」
こらえきれずに泣き出してしまうと声も涙も止めどなくあふれていく。
真は真でずっとあやすように背中をなで続けてくれている。
しばらくそうしていたら涙も止まってくれるもので、泣けるだけ泣いてしまったらすっきりしてしまった伊織だった。
「伊織、大丈夫?」
「ええ、ありがと」
真が目元をティッシュで拭ってくれるのに任せ、伊織は笑顔を作ってもうなんでもないことをアピールしてみせる。真も笑ってくれて、そのことがうれしくてまた涙が少しこぼれてしまった。
「なんだか今日はもうダメね、この伊織ちゃんも形無しだわ」
「いいんじゃないかな、たまには」
伊織は真の首に腕を回して自分の顔に近づけさせる。
真が戸惑っているのも構わず、伊織は彼女にこう告げた。
「優勝の約束、忘れるんじゃないわよ。2人でぜーったい優勝してやるんだから」
「そうだね、次こそは」
「あ、でもアンタは次のときは雪歩とペアを組まないといけないんだっけ。もうユニット解消しちゃいなさいよ」
「ええっ!? そんなことできるわけないじゃないか、最近さらに人気が出始めてきたのに。今度は伊織とユニット組めっていうの?」
「そうよ。でも、そうしないと一緒に出れないじゃないのよ! 優勝しようっていう約束を守らないつもり!?」
「いやいやいや、上位に入ったんだし、ユニットじゃなくてもこの2人のペアで出れるよ、きっと」
「そーんなあいまいなもの信じられないわよ。しかたないわね、私が社長なりプロデューサーなり掛け合って」
「やめてって、今度はボクが泣きそうだよー」
「にひひっ。言ったことには責任取らないとねっ」
-END-
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