「皆兵を頼んだっ!」
『はいっ!』
定軍山へ向けて最短の距離を走る春蘭たちは男と一馬から僅かに送れるほどの速さで許昌へと近づいていた
春蘭は直接定軍山へと向かう為、凪たちを許昌へ向かわせ自分は一直線に定軍山に向かう
道は険しいが私一人なら行ける、後でフェイに感謝せねば
これなら昭が定軍山に着くか着かないかで追いつくはずだ
木管を片手に険しく、もはや道とも呼べない獣道を走り続ける
そして人一人通れるほどの崖にある道に馬を全力で追い立てた
急げ、私は二人を守らねばっ!妹弟を守れずして何が姉かっ!!
流れる汗を気にする事無く、馬を全力で走らせ続ける。整備された道ではない、道には木々が生え
枝で服を裂き身体を傷つけ、足や腕から血が流れるがそれでも走り続けた
「霞様っ!兵を数人お借りしますっ!」
「よっしゃ、行け一馬っ!ウチらが着くまでに絶対に死なせたらアカンっ!!」
一馬は頷き、後ろに身体を向け声の限り叫ぶ
「姉を、兄を救うため力を貸してくれっ!騎馬の精兵よ、我こそと思うものよ、私に続けぇぇぇぇぇっ!!!!」
叫ぶ声に応えるように隊列から兵が次々と飛び出していく、それを確認すると一馬は更に馬を加速させる
舞王の義弟、人々から『疾風』と呼ばれる男の背に必死についていく、出てきた兵士は新兵から付き従ってきた
男達、男と訓練を積、神速の張遼率いる騎馬隊として霞をうならせるほどに成長していた
「一馬のお陰でウチの騎兵は一味ちがう。必ず間に合うはずやっ!」
兵を引き連れ更なる加速を見せる一馬達を笑顔で送る。
「行くで、ウチらも遅れるなっ!残ったお前らも訓練に今までついて来たんや、自信を持て全力で飛ばせっ!!」
姉者、兄者、待っていてください。少しでも兵を連れ、其方に参ります。私は今まで御二人にしてもらうばかり
ここで恩を返せずして何時返すというのだっ!!走れっ、私の全力はこんなものではないっ!!!
一馬の体が馬に溶け込むように一体化していく、馬の動きに合わせ、身体を動かし馬に重さを感じさせない
更に加速する一馬の後ろに一列に兵達が並んでいく、自分達を少しでも早くする為に一馬の身体を風除けと
して使い、必死に追いついていく
良いぞ、皆そのまま着いてきてくれ、私が皆を引っ張る。だから皆も頑張ってくれ
「華琳様、後方から凪達が来ます」
「解った、そのまま合流させなさい、誰か一人を私の元へ、報告を」
霞達の騎馬隊を追うように兵を進める華琳たちに驚く速さで追いついた凪達が合流をした
凪はそのまま華琳の基へ馬を進め、馬を駆る華琳に馬を寄せる
「華琳様、報告します。現在春蘭様は御一人で定軍山へ、隊長の眼が濁っているとのことをお伝えしろと」
「昭の眼が・・・解ったわ、貴方達はこのまま私達と」
そこまで言うと凪の前に座っていた扁風が木管を華琳へと差し出す。そこに記されるは地図と『定軍山』との文字
華琳はそれで全てを納得したのか強く頷く
この子を史官にしておいてよかった。この才能に感謝しなければ、これならば更に兵を早く移動できる
「進路を変えるわ、以後はこの地図に基づき軍を進める」
『御意』
「伝令を走らせ前を走る霞の騎馬隊にも伝えなさい、地図の写しは・・・」
そこまで言うと扁風は背中から新しい木管を取り出し、くるりと回し広げると凄まじい速さで地図を書き込んでいく
「これを持たせなさい、私達の地図は今から出来上がる」
木管を稟へ渡すと同時に書きあがった木管に懐から砂を出して一気にぶちまけ、墨を乾かせると華琳へ手渡す
手渡された華琳は扁風の頭を撫でた
「よくやったわ、後で褒美を取らせます。行くわよ、全軍力の限り走れっ!!」
即座に稟が兵を指揮し進路を変えていく、『定軍山』へ最短の道を進む為に
「秋蘭様、もう直ぐ夜が明けてしまいます」
「ああ、敵が包囲を狭めた瞬間を狙う。必ず何処かに兵の薄い場所が出るはずだ」
・・・その薄ささえもこちらを嵌める罠でないことを祈るだけだ。誘導された場所に出されるほど
危険な事はない、敵の数も未知数、包囲を狭めて更に後ろに別の部隊が森を囲むように包囲していたら・・・
いや、どちらにしろ我等には時間も兵も情報も無いのだ強引でも突破するしか道が無い
「・・・うぅ」
「大丈夫だ、必ず生きて帰れる」
極度の緊張と危機的状況で顔は青く、手も震える流琉に笑顔を向け、震える手を優しく握る
そうだ、必ず生きて帰る。死ぬことなど考えるな、考えれば動きが鈍る、判断が遅れる、ただ
生きることだけを考え戦え、それこそが舞王の覚悟だ
「帰ったら共に料理でも作ろうか」
「えっ・・・・・・はいっ!」
「よし、これ以上森の中で逃げ回っていても食われるだけだ、行くぞ」
朝日が昇り、森を照らす。闇に包まれていた森の中が陽の光によって暴かれていく・・・・・・
「いたぞっ!夏候淵だっ!!」
「ちっ!」
移動を始めたとたん敵兵が秋蘭の輝く蒼い衣を見つけ声を上げた
瞬間、敵兵はその場に崩れ落ちる。頭部に突き刺さる矢を残したまま
「駆けろっ、一気に突破するっ!!」
「総員駆け抜けてくださいっ!」
一番森の外に近い場所が薄い、誘われたか・・・敵が集中している可能性はあるが逃げ回り兵数を徐々に削られる
よりはましだ、一点突破で駆け抜ける
先頭に立ち弓を放ち、それに続くように流琉も武器を振り回す。秋蘭が走りながら射続け、矢が無くなれば
それを見計らって後ろの兵が矢筒を投げ補充する。雷光の異名を表すかの如く、敵兵を撃ちぬき
走り去った後は矢が突き刺さった敵兵の死体が転がる
「脚を止めるなっ!駆け抜けろっ!!」
包囲し、襲い掛かる敵兵を次々に射殺し、流琉も己の武器でなぎ払っていく、兵は脚を止める事無く
一直線に森の外へと走っていった
「抜けますっ!秋蘭様っ!」
「ああっ、油断はするなっ」
目の前には森の出口、駆け抜けた先には敵兵が壁のように待ち構える。
やはり待ち構えていたか、しかしこの程度なら突破できる、脚を止めさせるな。このまま走らせ
突撃の力をそのままぶつけて抜けるっ!
「総員とまるなっ!」
一瞬止まりそうになる兵たちに秋蘭の透き通る強い声が響き、一点を目指し突撃していく
「させないよ!てやああああっ!」
「ちっ!」
兵が襲い掛かる横から馬岱が横槍を放つ、瞬時に気がついた秋蘭は馬岱に素早く矢を放ち
動きを封じ、更に額へ狙い済ました一撃を放つとそれは違う矢に打ち落とされる
「わわっ!あっぶなーい!!」
「良い判断ね、止まっていたら私が全員を射抜いていた所よ」
襲い掛かる矢を打ち落としたのは黄忠、ゆっくりと馬岱に歩み寄ると秋蘭に弓を構える
その姿は桃色の長衣を着こなし、柔らかく落ち着いた雰囲気をかもし出すが放つ殺気は
突き刺さるような鋭さを持つ
「その弓の腕前、黄漢升か名前は聞いているぞ」
「こちらこそ、弓の腕は聞いているわよ雷光、夏候妙才」
油断ならんなこの殺気、時間を稼いで黄忠の矢が届かない所まで兵を進める。
秋蘭が弓を回転させ、弦が美しい音を奏でると上弭と下弭から槍の穂が飛び出す。そして
冷たい殺気を放つ、周りのものが全て凍えてしまうような氷の殺気を
「悪いが時間稼ぎをさせてもらう」
「フフッ正直に言うのね、でも駄目よ。はっ!」
黄忠は秋蘭に向けて矢を放つ、一息で三射。秋蘭の如き早撃ちで正確に急所を狙い、矢が襲い掛かる
「フッ!」
小さく息を吐き出すと弓を回し襲い掛かる矢を穂先で巻き取るように地面に叩き落し
その回転を殺さず打ち終わりの黄忠に矢を放つ、四本を一息に
「なっ!?はぁっ!!」
黄忠は羽衣を美しくはためかせ矢を弾くがそこに更に矢が襲い掛かる。黄忠の顔は驚きに染まるが
直ぐに表情を戻し、更に羽衣で矢を落としていく
「くっ、これほど早いなんて、雷光の名は伊達でないということね」
「悪いが私は弱いままではいられない、夫が泣き虫なものでな」
そう言い放ち、冷静に指で矢筒の矢を数え始める。
矢は後二十、心もとないな黄忠の矢を貰うか・・・
「夫が泣き虫、とはあの舞王のことかしら」
「ああ、王の名などあやつには不要だ。私の側で笑っていればよいのだ」
「私の夫とは大違いねもう亡くなってしまったけど、泣いたことなどないし。勇敢な人だったわ」
自慢げに笑みを浮かべ話す黄忠に秋蘭はつい笑ってしまう
夫を貶し私を動揺させるつもりか?面白い、本当に面白い、昭を貶すなどされたことも無ければ言われたことも無い
いつも羨まれるかやっかまれるだけだ、初めて貶されても何も感じないのは黄忠には何も解らないからだ
私が愛するものが何故泣くのか、なぜ私は強くならねばならないのか、そんなことも解らず私の夫と
比べるとは、なんと面白いのだろう、底が知れるぞ黄忠
「な、何を笑ってるの?」
「フフッ面白いと思っただけだ、比べられたことなど無いからな」
「なら貴方の夫は比べるほどの男でもないということよ、はっ!!」
なおも秋蘭は笑顔で、黄忠から打ち出される矢を同じように弓を優しく回転させ地面に落とす
だが今度は回転を利用し撃ち放つのではなく地面に落ちた矢を穂先で引っ掛けて拾い上げ矢筒へ回収する
その姿を見た黄忠は驚き弓の動きが止まり、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう
「なんて人、私の矢を奪うなんて・・・」
「あいにく私の矢は手持ちが少なくなってきているのでな、頂くぞ貴様の矢を」
「くっ・・・」
「流琉、気を抜くなよ」
「はいっ!」
流琉は気を抜かねば負ける事はないだろう、私の動きで黄忠も不用意には矢を放てなくなった
このまま時間を稼ぎ、兵を抜けさせ突破する
そんな考えを否定するかのように黄忠は笑みを浮かべ、それと同時に後方から馬が一頭
こちらへ向かってくる。馬上には美しい銀の十字槍、長い髪を後ろに一つに束ねるその姿は
西涼の錦馬超、黄忠の前に降り立つと槍を回し、構え、秋蘭に穂先を向ける
「悪いわね、こちらは二人でいかせてもらうわよ」
「・・・・・・兄様の奥さん、夏候淵か」
「翠ちゃん?」
「大丈夫、あたしは手を抜いたりしない。父様の墓前でそう兄様と話したんだ」
そういうと槍を構え、殺気を漲らせる。手加減するつもりは無い、ここで討ち取る。そんな覚悟が見て取れた
「昭が義妹と認めただけはあるな。良かろう、相手をしてやる」
「あたしはアンタを義姉だと思ってない、だから全力であんたを討ち取らせてもらう」
二人か、どうする?流琉は馬岱に少し押しているといったところだ私のほうは二対一
距離を取って矢を打ち込みながら戦うしかないだろうな
秋蘭は素早く判断をすると後ろにふわりと飛び更に距離を離すと着地と同時に矢を放ち始めた
それを打ち落としながら馬超は進んでいく、その様を冷静に顔色一つ変えず秋蘭は地面に何本も打ち込み
柵のようなものを作ると馬超の歩を止た
目の前に突然現れる柵を舌打ちしながら払いのけたが、払った隙を見逃す秋蘭ではない
動きが大きくなった馬超の心臓に狙い済ました矢が放たれる
「あぶないっ!」
迫る矢を黄忠の矢が打ち落とし、馬超は目で礼を言うとそのまま走り距離を詰めるが今度は一直線に
並んだ矢が襲い掛かってくる。
黄忠は邪魔だが距離があるなら前回のようにはいかない、寸分たがわぬ場所に撃てば矢は矢の陰で
見えないだろう、連続で払う馬超を見て私を狙い黄忠は矢を放つはず、手持ちの矢はもう無い
そのまま絡め取り矢を奪う
「うわっ!このっ!!」
一本の矢だと思い振り払うと陰から来た矢に驚き、槍を戻して次々に振り払うが脚は止まってしまう
その隙を埋めるかのように秋蘭の撃ち終わりを黄忠の矢が狙った
やはりな、私を狙うその矢をまた頂くとしよう・・・・・・なにっ!?
黄忠の矢は一瞬だけ秋蘭に狙いを定めると、秋蘭とはまったく別の場所へ矢を向け放った
その場所とは秋蘭の近くでがら空きの背を見せる流琉、襲い掛かる馬岱へ集中しまったく気がついていない
「しまったっ!」
「悪いけど、一人ずつ確実に討ち取らせてもらうわ」
矢は流琉に襲い掛かり、とっさに身体を盾のようにして流琉をかばう
ザシュッ
鋭い音と共に秋蘭の右肩と右脚に突き刺さり、そのまま倒れ込んでしまう
気がついた流琉は馬岱の足元ごと破壊するような勢いで武器を叩きつけた
「うわっ!」
「秋蘭様っ!」
駆けつける流琉は倒れる秋蘭を抱き上げると、その顔は苦痛に歪んでいた
今までそのような顔は見たことが無い流琉は顔から血の気が引いてしまう
「私の矢は返しが大きく付いているから抜けばそのまま肉も削げるわよ」
「くっ・・・」
「卑怯ものっ!」
秋蘭を抱き上げる流琉の口から出る言葉に眼を瞑ってしまう
卑怯などではない、敵が巧いのだ、油断しおってこの馬鹿めが。こんなことでは何時までたっても昭を泣かせる
ことになる。立て、立たねば私も流琉も殺される!
苦痛に歪め、顔を上げると目の前には狙い済ました矢、そして冷たく見下ろす黄忠の瞳
引き絞る矢を放とうとしたとき森と兵の間を走り抜ける人影、蒼い衣を纏い背中には魏の文字
兵の壁を見るなり馬を飛び降り、得意のすり抜けで黄忠の目の前に躍り出た
「な、なに?!」
「に、兄様っ!」
驚く黄忠達の目の前に立つ男は倒れる秋蘭の姿を見るなり総毛立ち、雄叫びのような声を上げた
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァア゛ッァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
瞬間、広がる紅蓮の殺気、男の眼は濁りきり鋭く餓えた獣の眼、纏う空気は守るものの気迫などではない
血生臭い殺の一文字を表すかのように
「・・・な・・・なぁ・・・うぅ・・・うぁ」
黄忠よりも強い、刺し貫くような引き裂かれるような殺気、そんなものに晒され馬岱は槍にしがみ付いて
ぽろぽろと涙を流すと小さい悲鳴のような声を上げ震えながら膝を地に着けてしまった
「うっ、あの時感じたものよりずっと強い、やっぱりあれは兄様だったんだっ!」
「翠ちゃんっ!あの人が舞王っ!?」
驚く黄忠に男は目線を合わせると腰から輝く剣と紅と蒼の混ざる剣を抜き取ると駆け出し襲い掛かる
獣のような鈍く光る鋭さを持った目を向けて
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定軍山編二話-獣-
何も語りません、読んでくださればそれだけで
ありがたいです
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