昭和十五年、私は満州の地で陶器売りを営んでいた。
営むといっても、路上に風呂敷を広げ、自作の茶碗や湯呑、土鈴などを並べているだけの簡素なものだった。それも、毎日というわけではなく、週に一、二回開く程度のものだった。
この満州国は日本から渡来してきた人も多く、資源豊かな土地故に三年という短い期間にもかかわらず大きな発展を遂げ、大通りには着物や立派な洋服を着た人も少なからずみられた。
そんな立地故か、週一、二回の陶器の路上販売でも、女一人が何とか生きていけるだけの資金を稼ぐことができた。
そんな生活を始めてはや三年、私はいつものように陶器を並べてぼやっとしていた。そうしていると不意に声がかけられたので、私は慌ててその客に応じた。見ると、齢は二十歳をこえたところだろうか、幾分幼さの残る顔立ちに、高めの身長、細身ではあるが引き締まった体をそれなりの洋服で包んでいた。その客は何も言わずに土鈴を手に取り、耳元で二鳴らし程すると、かすかに頷き、それを買っていった。
それから一月ほどたったころ、また彼はやってきて土鈴を一つ買っていった。さらに半月が過ぎたころ、また彼がやってきたので、私は思い切って声をかけてみた。商売上あまり常連というものができにくいという理由もあったのだが、それ以上に私は彼の事が気になっていた。私の言葉に彼は少し驚いたような顔をしたが、かすかに微笑んでくれた。
それを見て私は心が温かくなったように感じた。
そして彼はまた一つ土鈴を買っていった。
それから私は、彼が来るたび短い時間だったが会話をするようになった。
そして彼は決まって一つ土鈴を買っていった。
半年が過ぎたころには、彼は私が店を開けている日は毎度来るようになった。
そして毎度私と話をして一つずつ土鈴を買っていった。
私はいつしか彼と会うことが楽しみになっていた。
私は彼と話している時だけ温かい気持ちになれた。
私は彼が微笑みかけてくれると嬉しくなれた。
私は彼が帰ってしまうとどうしようもない寂しさを感じた。
私は彼に恋をしていた。
さらに半月が過ぎたころ、いつものように私の店にやってきた彼は、いつものように話をした。
いつもと違ったのはお揃いの土鈴を買ったところだろうか。
片方の土鈴を私に手渡すと、彼はいつものお礼だとぶっきらぼうに言った。
感謝するのは私のほうなので断ろうとしたが、彼は顔を背け、君に持っていて欲しい、とだけ言って去っていった。
それから一週間がたったころ、また彼が私の店にやってきた。
彼はいつもの洋服ではなく、カーキ色の服を着ていた。
彼が私に何かを言おうとした時、けたたましい汽笛を鳴らしながら亜細亜号が走っていった。
突然の音に目を伏せていた私が顔を上げると、彼の姿は人混みにまぎれ見えなくなっていた。
彼が店に来なくなって三月たとうとしていた。
彼が来なくなってからの三カ月は、私にとって空虚に等しい日々だった。
店を開けていたのも生活のためではなく、ただ惰性にすぎなかった。
私にはもう彼がこの店に来ないことは分かっていた。
それでもあの日の土鈴だけは未練のように毎日手に提げていた。
ある日、私がふと空を見上げると、戦闘機が編隊を組んで飛んでいた。
しばらく眺めていると、その中の一機が高度を下げたかと思うと、まるで手を振るように翼を揺らすと、また高度を上げて編隊に戻っていった。
私は手に提げた土鈴とお揃いの音が聞こえた気がした。
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ここでは初めてのオリジナル・・・
と言っても私が高校の時に描いた作品
故に文章が拙いです
今もですが^^;