災いを招く子と呼ばれた。
親を失い、親類の間をたらい回しにされ、その度に引き受けた親族はことごとく盗賊によって殺されたのだ。だから人々から疎まれ、いつも孤独だった。
「寂しくなんか、ないのです」
そう強がってみても、本心を偽ることなどできない。村を追い出されて森の中を彷徨い、獣の声に怯えながら眠れぬ夜を過ごす。草の影に身を丸めて、それでも泣き腫らした目を強引に閉じた。
暗闇の中で、自分の温もりだけの心細さ。陳宮は寒さに震えた。
(早く、朝になるのです……)
そう願わずにはいられない。夢さえも、彼女には優しくはなかった。浅い眠りの中で、何かが頬に触れた。柔らかく湿ったものが、何度も触れる。
「ん……」
目を覚ました陳宮が見たもの、それは間近に迫る赤竜の顔だった。
「あっ……」
食べられる、そう思って彼女の体は恐怖に硬直した。声を発することも出来ず、震える唇をぎゅっと閉じる。
(生きていても仕方がないのです。食べられるなら、それでも……)
すべてを諦めて力を抜いた時、ガサッと奥の草むらが鳴り、赤い髪の少女が姿を現した。少女は赤竜を恐れる事もなく、陳宮のそばに歩み寄る。
「こんな所で何してる?」
「ねねは……」
陳宮は少女に質問に答えようとするが、どうも赤竜が気になって声が震えた。それに気付いた少女が、赤竜の頭を撫でながら言った。
「大丈夫。セキトは何もしない」
「セキト……?」
「この子の名前」
「あなたの竜なんですか?」
「恋の家族。他にもいっぱい居る」
柔らかく微笑む少女に、陳宮は少し心が痛んだ。
(この人には居場所があるのですね……)
沈んでうつむく陳宮を、少女は首を傾げてじっと見つめた。そして何を思ったのか、その手をぎゅっと握りしめたのである。
「恋は呂布……」
「呂布殿……ねねは陳宮なのです」
「ちんきゅー」
確認するように名前を呼んだ呂布は、陳宮の小さな体を抱き上げた。
「な、何をするのです! 呂布殿!」
「一緒に行く。ここは、危ない」
「でも……」
「行く。セキト」
呂布の声に、赤竜が首を下げて身を屈めた。抱えた陳宮の先に乗せ、呂布も赤竜の背中にまたがる。
「しっかり掴まる」
ポンポンと軽く呂布が赤竜の体を叩くと、赤竜は翼を広げて星空に舞い上がった。
「わあ!」
陳宮は思わず声を上げた。まるで手が届きそうなほど、一面の星空を近くに感じた。
(きれいなのです。それに何て――)
広大なのだろう。自分の存在など、あの星々の一つにすら敵わないほどちっぽけだ。そんなことを考えていると、陳宮の小さなお腹が鳴った。
「お腹、空いた?」
「あ、あの……はいなのです」
「帰ったら、ご飯にする。陳宮も一緒」
「ねねも、いいのですか?」
驚いて陳宮が呂布を見ると、彼女は不思議そうに首を傾げている。
「ご飯はみんな一緒が、楽しい」
当然のようにそう言った呂布を、今度は陳宮が不思議そうに眺めていた。
森の奥にある大きな洞窟が、呂布たちの寝床だった。彼女たちが戻ると、中からは何十匹もの犬や猫が出迎えてくれる。呂布は陳宮に自分の家族だと紹介し、一匹ずつ名前を呼んだ。途中までは憶えようとした陳宮だったが、あまりに数が多いので諦めた。
「食べる」
そう言った呂布は、干し肉や木の実を葉っぱの皿に乗せ、陳宮の前に並べた。どうしようかと迷った陳宮だったが、空腹には勝てずに手を伸ばす。
「おいしいのです……」
「よかった」
それ以上の会話はなく、全員で黙々と食事を取った。満腹とはいかなかったが、ずっと雑草などを食べていた陳宮にしてみれば、久しぶりに満足の出来る食事だったのである。
「寝る」
短く言った呂布は、いきなり陳宮を抱えた。
「なっ! 呂布殿!」
「ちんきゅー、あったかい」
そして体を丸めた赤竜のお腹にもたれて、呂布は静かな寝息をたてはじめる。すると、ぞろぞろと犬や猫たちもその周りに集まって眠りはじめた。
(く、苦しいのです……)
呂布の大きな胸に埋もれて、もごもごと呻いた陳宮は身をよじった。だがしっかりと抱きしめられ、陳宮の力では脱出することはできそうもない。なんとか鼻の位置だけ動かして呼吸が出来るようになると、ようやく諦めて陳宮は眠ることにした。
(いい匂いなのです……)
母の記憶はなかったが、きっと母も同じようにいい匂いなのだろうと、陳宮は薄れる意識で思った。
その日は、夢を見ることもなく、ぐっすりと眠ることが出来たのだ。
それから数日、陳宮は呂布の元で生活を共にした。初めはすぐにどこかへ行くつもりだったが、呂布が寂しそうな顔で陳宮の服を掴んで離さない。もともと行くアテなどない陳宮は、しばらく世話になることにした。
だがある朝、目覚めると洞窟の前に20人ほどの男たちがやって来た。
「赤竜使いの呂布! お前の首をもらいに来た!」
それぞれが武器を持ち、殺気を放っていた。
(ああ、またなのです)
陳宮は自分を責めた。災いを招く子と言われ、関わる人の命を奪ってしまう。やはり自分は、ここに居てはいけないのだ。
「ちんきゅー、ここで待つ」
そう言い置いて、呂布はセキトと共に外に出て行く。
「呂布殿!」
陳宮が叫ぶと、呂布は無表情ながらも安心させようと大きく頷いた。そして洞窟から出て姿が見えなくなると、怒声や悲鳴が聞こえてきた。陳宮は怖くなって、耳を塞ぐ。
(ねねの責任なのです……やっぱりねねは……)
犬や猫たちと一つに集まって、陳宮は震えていた。やがて、静かになったかと思うと呂布とセキトが戻って来た。傷一つなく、まるで散歩から帰ったような雰囲気だ。
「終わった」
「呂布殿……」
悲痛な表情の陳宮に、呂布は首を傾げる。
「どこか、痛い?」
「…………のです」
「なに? 聞こえなかった」
「ねねは……もう、行くのです」
呂布はセキトを見て、もう一度陳宮を見た。
「ねねは、災いを呼んでしまうのです。一緒にいると、今日みたいに何度も命を狙われます。もう、呂布殿に迷惑はかけられません」
「一緒にいられない?」
「そうです……」
呂布はしょんぼりとうなだれる。
「ちんきゅー、恋のこと嫌い?」
「そんなことはありません! ねねは、ねねは呂布殿が大好きです! でも、だから!」
その瞬間、呂布が陳宮を抱きしめた。
「恋、ちんきゅーが大好き。ちんきゅーも恋が好きなら、ここに居る」
「でも!」
「恋は負けない。恋は強いから、誰にも負けない。セキトも居る。みんな家族……」
そしてそっと陳宮を解放した呂布は、わずかに微笑んで言った。
「恋の事をこれからは、恋と呼ぶ」
「真名を呼んでも良いのですか?」
「家族だから……」
「りょ……恋殿……。ねねは音々音です。ねねの事も真名で呼んで欲しいのです」
「ねね……ちんきゅーはねね。ねねは、恋の家族」
陳宮ことねねの目に、涙が溢れた。今までもたくさん泣いたが、生まれて初めて嬉しくて泣いた。
「恋殿……ひっく……ひっく……うわぁぁぁん!」
呂布こと恋は、ねねをぎゅっと抱きしめて、その頭を優しく撫で続けた。新しい家族の誕生に、セキトも、犬や猫たちも嬉しそうに二人の周りを囲んだ。
展開した陣を、ねねは木の上から眺めていた。そこへ、恋が上って来る。
「恋殿、懲りもせずまた来ましたのです。ですが今回は、少し布陣が違います」
「違う?」
「はいなのです。中央に見慣れぬ十文字の旗があるのです。兵もいつもより少ないようですし……まったく、詠殿は何を考えているのでしょう?」
恋も同じように陣を眺め、眉をひそめた。
「詠は、恋のこと嫌い?」
「そうでは……ないと思います」
「恋は詠や月とも、家族になれると思った」
「ねねの時のようにですね」
ねねは3年前の、恋と初めて会った時のことを思い出す。あの時の約束通り、恋は今日までどんな相手にも負けてはいない。しかしそれほどの武を持ちながらも、心はまるで幼子のように純粋だった。
(恋殿の心を傷つける者は、ねねが許さないのです!)
闘志を燃やし、ねねは風にはためく十文字の旗を睨み付けた。何かが変わるような予感だけが、いつまでも胸の奥にわだかまっていた。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
この二人の絆について、自分なりに考えてみたらこうなりました。物語もようやく動きはじめてきたので、楽しんでもらえれば、幸いです。