No.140141

ナンバーズ No.08 -オットー- 「双児遺伝子」

ナンバーズ後発組、オットーがディードと組んでノーヴェ&ウェンディを翻弄します。
オットーは妹達には性別不詳とされていましたが、知らされていたおいた事にしておきましょう。誕生前の姿くらいは皆、見ていると思いますので。

2010-05-01 14:56:38 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1293   閲覧ユーザー数:1235

「これ以上、妹を誕生させる必要なんてあんのか? あたしらだけで十分やっていけるだろ? この前の任務だって、あたしだけで楽勝だったぜ」

 研究所の博士の研究室に集められた8人の姉妹達。彼女らは、皆、人間らしい心と更にそこに個性を持った人造生命体だった。人造生命体であって、彼女達はロボットとは違う。一部、その肉体が基礎フレームで補強されるなりの改造は施されているが、人間の遺伝子を持つ者達であり、その肉体は人間に近い。

 脳もきちんと有しており、その頭脳も決して記憶回路などで作られているものではない。だが一部、脳には改良が施されており、極小サイズのチップが記憶や思考回路に埋め込まれていて、彼女らの脳は情報端末としての役割も果たしていた。

 それでも、ロボットよりも遥かに人間の方に近い。

 7人の姉妹達は、大型の光学スクリーンに映し出された情報に見入っていた。そのスクリーンの前には姉妹達の長である、1番目のモデルであるウーノが立ち、姉妹達に向かって解説を始めていた。

「ノーヴェ。余計な事で口を挟むを止めなさい。とにかく、私達の次の妹となるのが、この8番オットーと、12番ディードよ」

 と言う、ウーノの言葉とともに現れたのは、2人の博士が開発したモデルの顔写真だった。

 二人とも年齢は人間で言ったならば、10代半ばくらいだろう。少女達だ。博士が開発するモデルは後発なほど、子供じみた外見と性格が現れた少女が多いが、この二人もそうなのだろうか。

 だが、二人ともどことなく焦点の合っていないような眼をしているのが特徴的で、むしろ独特な姿を持たない、平凡な顔立ちをしていた。

 そんな二人の顔を見つめている姉妹達の中で、11番ウェンディが真っ先に声を上げた。

「8番オットーって、そいつ、男なんすか?」

 どことなく場違いな声の響きを持つウェンディの声。姉妹達の視線が、一気に彼女の方に集中した。

 ウェンディの言う通り、オットーの姿は少年であるかのようにも見えた。髪は短いし、体格も女性らしさが少ない。

 だが、ウーノが少し恥じらいのような表情を見せながら、彼女に言った。

「この全身の姿を見なさい。どっちも女性体でしょう?」

 ウーノの背後に表示されたスクリーンには、二人の生まれたばかりの姿の全身像が映し出されていた。

「ああ、そっか」

 ウェンディは作り笑いのようなものを浮かべてそのように言った。

「しっかし、個性がないよね。この子達。顔もぼうっとしている感じだし、それに、ええっと双子なの?」

 水色の髪が特徴的な、6番セインがスクリーンに身を乗り出してきてそう言った。

「ええそうよ。オットーとディードは一卵性の双生児。つまり同じ遺伝子から誕生させられた双子なの」

 ウーノは当然のことを言うかのようにそう言って見せた。

「しかし何故、博士はこの期に及んで双子などを? しかも本当に一卵性双生児なのですか? この二人は髪の色と顔は似ているかもしれないが」

 姉妹達の中でも最も体格の大きなトーレがそう言って来た。彼女がこうした事に意見するのは珍しい。

 だがウーノは落ち着いて彼女に切り返した。

「博士の研究の一歩の為よ。双子の持つ精神的な共有能力。それを実践するの。それに、全く瓜二つの双子じゃあ、見分けが付かず個性も無いでしょう? だからオットーは髪の毛が短くて、ディードは女の子らしく髪が長いのよ。違いと言ってもそのくらいのものよ」

 ウーノのその説明を聞いても、トーレは疑惑の顔をして見せた。

 そんな彼女の高い肩に、眼鏡をかけた4番クアットロが手を乗せ、その眼光を光らせながら言った。

「あら?不服がありまして?トーレお姉様?新しい要素が取り込まれる妹達。だからこそ、面白いんじゃあないですか」

 クアットロは相変わらず、その怪しげな眼光を見せながらトーレに向かってそう言った。

 

 

 

(オットー、どう?調子は?もう、最終段階に入ったようだけれども?)

 頭の中に声が聞こえてくる。それは、僕の脳が直接光ファイバーに繋がれていて、それが、博士の研究所の巨大なサーバーを経由して、今、生体ポッドに繋がれている、自分の双子の妹と直接接続しているからだ。

 頭の中に聞こえてくる音は、電子的な情報としてのものだったが、僕にはあたかもそれが、本物の声のように聞こえる。

 だけれどもその表現はおかしい。僕はまだ、本物の音というものを聞いた事が無い。そもそもまだ生まれてすらいないのだ。

(僕の事なら…、平気…。ディードは…?)

 僕も同じようにして、ディードに言葉を返した。言葉と言うよりもむしろそれは音声を電子化した情報でしかないものなのだが。

 ディードは、僕と共に、博士の生み出す人造生命体のプロトタイプモデルとしては、最も遅く誕生する事になる。すでに10人の姉妹達が僕達にはいるが、僕らはその最後発組だ。

(わたしは、あなたの事が心配だわ、オットー。口数も少ない性格で設定されているみたいだし、何で、あなたは、自分の事を僕と呼ぶのかしら? それは男の子の一人称よ)

 再びファイバーを通してディードの声が返ってきた。彼女の声は、僕は自分が意識というものを持つ事ができるようになってからは、幾度となく通信による会話をしている。

(それは、クアットロ姉様にプログラムされた。僕は、自分の事を、僕と呼ぶようにと…。あと、僕は…)

 と、オットーが答えかけた時だった。

(分かっているわ。あなたの性別の事は、ウーノ姉様と、クアットロ姉様を除いたお姉様達には内緒にしておくという事でしょう? それが、私達双子の安全に繋がる…)

 ディードはそう答えてくる。

 他の姉妹達には内緒と言ったが、僕は自分が女であるという事がどういう事なのか、良く分からない。

 そもそも博士は、今までに誕生させた人造生命体のモデルを、全て女性タイプにしているという。博士の技術力ならば、男性のモデルを誕生させる事もできる。むしろ僕は、外見も少年であるかのように見えるのだから、男性モデルであるかのようにしても良いだろうに。

 だが僕は知っていたし、他の姉妹達もすでに知っている事だろう。僕らが全て女性モデルであると言う事には、非常に重要な意味があるのだ。

 それは、女でしかないとできない、ある事ができるからであり、僕らはすでに、それをしている。そのような情報も、誕生する前から僕らには既にインプットされていた。

「いやあ、でも、オットーって、本当に男の子みたいッスね」

 11番ウェンディが僕の背後からそう話しかけてきた。既に生体ポッドの中から誕生して数日が経つ。外の世界で歩くと言う行為も、僕にとってはすでに慣れたものだった。

 僕の体格に興味深々と言った様子で、赤い毛をアップにした髪型で、好奇に満ちた眼が特徴的な彼女は言ってくる。別に僕は自分がじろじろと見られる事に対して不満は抱かなかったが。

 僕らは今、双子の妹であるディードと、ウェンディ、そしてノーヴェと共に戦闘訓練施設に向かっていた。

 オットーとディードは真顔で歩いていたが、ウェンディはというと表情豊かで、とても興味深い様子で彼女らの方を向いてくる。

「わたし達は双子です」

 ディードの方がそのように答えた。

「この前トーレ姉が、聴いていただろ? そいつらは、一卵性双生児の双子なんだよ」

 ノーヴェがウェンディの横から、何やら不機嫌そうな声でそう言うのだった。何故ノーヴェが不機嫌そうな声を発しているのかは、僕にもわからない。

「本当だ? こうやってまじまじと見ると、確かに顔は、結構ディードに似ているな?」

 ウェンディは後ろ向きに歩きながら、僕らをそれぞれ見やって言った。その時の彼女の表情と言ったら、まるで新しい発見をした子供であるかのようなものだった。

「そう言えば、あたし達、オットーとディードの情報って、何も知らないんすよね?クア姉が、その情報だけあたし達の頭に入れないようにってしていて。双子って以外は、全然知らないんですよ。オットーってもしかして、ついてるんスか?色々と。あたしって、どんなものか知らないんスよ。もし、オットーが男の子だったら、今度見せて」

 そのようにウェンディに言われても、僕は表情を変える事も無かったが、正直困った。僕にはそのような器官は無いのに、彼女が勝手に話を進めるからだ。

 そんなウェンディの質問に対して怒りをぶつけたのは、僕らでは無くノーヴェだった。

「やめろよウェンディ!はしたない話をするな!お前は、ガキじゃないんだぞ!」

 何故自分の事でないのに彼女が怒りを感じたのか、僕には分からなかった。だが、ウェンディは頭をかきながら、僕らに向かって謝ってくる。

「はは、ごめんごめん。そんな事質問したら、はずかしいっすよね。あたしもそうだもん」

 僕らの中でもっとも先頭を歩いているノーヴェが、やれやれと言った様子でため息をつくのが僕には聞こえた。

 やがて僕らは博士が地下に設置した広大な訓練施設に辿り着いた。その施設の大きさは、5ヘクタールはあるという広大なもので、より大規模な訓練を行うために用いられるものだった。

 しかしながら、その訓練施設はがらんどうのホールのようになっていて、控室から除く光景は、とても無機質な直方体の箱の内部のようなものだった。

「バーチャルリアリズムって奴で、訓練するんすよね。この馬鹿でかい施設を、そのまんま、どこかのフィールドに変換して、そこでオットーとディードを鍛えろって、トーレ姉からの命令ッス」

 これから本格的な訓練をすると言うのに、何と緊張感の無い言葉を並べるウェンディだなと、僕は思った。

 僕らはまで実戦訓練を行った事は無かったが、今まで姉達が行って来た、訓練についての情報はすでにインプットされている。

 トーレの行う激しい戦闘訓練や、クアットロの行う情報戦まで、それがどのようなものであるか知っていたし、実際の戦闘の場において、どのような戦いを行うのか、そして自分たちの立場も知っているつもりでいた。

「ウーノ姉によれば、ここをこう操作して、こうすればって、あれ、できねえ」

 ノーヴェは控室にある訓練施設の操作パネルを操作しようとしたが、上手くいかないらしい。その程度の操作だったら、プログラムされているはずなのだが。

 ウェンディも乗り出して、一緒に操作パネルをいじりだしたが、上手くいかないようだ。操作が成功すれば、この巨大な直方体の箱の中は、より現実的なバーチャルリアリズムとして、市街地に変化する。

 そこには、実際に建物があるかのように見えるし、実際に実物としてそこに存在する形になる。

 一度、そのようなフィールドをプログラムしてしまえば、後は操作パネル一つでそこにフィールドを展開できるのだが、この施設は新しく作られたばかりであって、ノーヴェ達はその操作に慣れていないようだった。

 何しろ肝心な所から間違っている。僕はディードと並んでその場で見ているのも、非効率的だと思ったので、彼女らを手助けしてあげる事にした。

 僕は自分に内蔵されている端末を頭の中で操作する。研究施設のコンピュータには、常に無線でつながっていたから、この新しい訓練施設の操作パネルの中に入りこむのなど簡単だった。

 僕は、その操作パネルを操作して、最後に、“市街戦用シミュレーション”を選択して実行した。

 すると、巨大な直方体に中に、音も立てずに、だんだんと市街地の姿が現れる。

「おお!」

 ノーヴェが思わず声を上げた。いきなり直方体の中には街の姿が現れたのだから、そのように驚いても無理は無いだろう。

「オットー、ディード!お前ら何やったんだ?」

 ノーヴェがそのように僕達に向かって言って来た。まるで批難するかのような口調。だが僕は当然のことをしたまでだ。

「この訓練施設の操作は、僕らに内蔵されている端末で容易に行えます。その操作パネルを操作しなくても、僕らが自分たちで操作をし、制御することができます」

「え、ええ、そうなの?」

 ウェンディが驚いたようにそう言い、どうやら自分の中に内蔵されている端末をチェックしているようだった。

「あらら、本当だ。あたし達の中に制御装置が入っているっスよ」

「ちぇっ。ふざけやがって。焦って損したぜ」

 そのように悪態をつきながら、ノーヴェは訓練施設の扉を開いて中に入っていった。そこは明らかにただの無機質な空間とは違っていた。バーチャルリアリズムだと言うのに、そこには異なる本物の空気が流れている。

 都会という設定の空間だったが、中にあるのは廃墟と化した都会で、激しい戦闘が行われた後の廃墟を意識して設定されている。だがそこにある埃や、荒廃した空気も、見事にヴァーチャルの世界は再現していた。

 そこが現実の世界であると言われれば、疑う者はいないだろう。

 ノーヴェとウェンディはそれぞれの武器を手に持ち、訓練施設の中へと入っていった。それに続く僕達。

(お姉様達相手に、僕らの力を使うの?)

 と、僕はディードに尋ねた。それは二人の姉達には聞こえない、無線通信でさえも無い、僕ら双子だけに共通してある感覚を使ったものだった。

(そうしなければ、お二人と相手をするのは辛いわ)

 ディードが答えてくる。彼女はその両手に二振りのレーザー状の刃を持っていた。それが彼女の武器だった。

 ディードは近接戦闘ができるし、その能力は、トーレには及ばないし、ノーヴェやウェンディに比べても弱い。

 だけれども、彼女の能力は、僕がいる事でより一層高まるのだ。

 

 

 

 僕はディードの眼を通し、戦闘訓練の体勢に入ったノーヴェとウェンディの姿を見ていた。彼女達はそれぞれの武器を手に持ち、構えている。

「ディードだけっスか? あたし達の目の前にいるのは?」

 ウェンディは何か拍子抜けたような声でディードに言って来た。彼女の声は、その地点から百メートル以上離れた場所にいる僕にも伝わってくる。

「馬鹿ウェンディ。こいつらの戦闘の事は聴かされているだろう? オットーとディードは遠隔支援と近接戦闘をやるコンビなんだよ。だから、ディードは接近で戦えるけれども、オットーは遠距離から支援をする。

 だけどな、ディード。幾らなんでも、一人ずつ戦ってやってもいいんだぞ? ディード。お前一人じゃあ不利だろう? あたしらはお前よりも戦闘能力が高いんだぜ」

 そのように言い放つノーヴェ。彼女はその両腕に備え付けられた、機械仕掛けのナックルを構えている。直接殴りかかってくるのが彼女の戦闘スタイルだ。多分、ディードが真正面から戦ったら、ノーヴェだけでも負けるだろう。僕はそう思った。

「あなたのおっしゃる通りですお姉様。正面から戦えば、わたしは負けるでしょう。ですが、わたしにはオットーがいます。オットーの支援を受けながら戦うという事は、2人で戦うという事であり、あなた方も2人で向かってこられれば、フェアになるでしょう。

 いえ、わたし達の方が有利であると、計算では出ています」

 ディードは静かにそう言った。

「それはまた、随分と舐められたもんッスね。あたしらはこう見えても、あんたらよりも稼働は長いんですからね。幾ら後方支援を受けられるって言っても、正面から戦うのはディードだけッスよ。

 正面からでは1対2。そんな不利な状況で戦うんスか?」

 ウェンディが好戦的に言ってくる。しかし、ディードと僕はほぼ同時に声を発していた。

「ウェンディお姉様。どうぞ、お構いなくいらしてください」

 予想以上にディードが善戦するものだから、ノーヴェもウェンディも早くも焦りを見せているようだった。この姉達の弱点は短気な所にあり、どうも自分が不利になると、急に焦り出す。

 それはあたかも、遊びに熱中している子供であるかのようだ。子供は遊びに入り込むと、熱くなる。その熱さと言ったら、周りを全く見る事が出来なくなり、ただ目の前の敵を破壊する事でしか無い。

 ウェンディは戦いを楽しんでいるかのような姿で戦うが、ノーヴェは熱くなりやすい。ディードの善戦ぶりに、彼女は姉としてのプライドもあるせいか、余計に熱くなり、隙だらけの姿を見せていた。

 ノーヴェはその右腕に機械仕掛けのナックルを付け、それでディードの背後から殴りかかってきた。

 ディードは、そのノーヴェのスピードについていくだけの戦闘能力がない。ノーヴェは直接戦闘能力がかなり高く、ディードは背後を振り向くだけの余裕が無かった。しかしながら、オットーは遠隔監視システムで、ノーヴェもウェンディの動きも完全に把握していた。

(ディード。後ろからノーヴェが来ている。君に直撃するまで1.5秒…)

 オットーはそう通信した。それはノーヴェにもウェンディにも聴かれない、二人の双子の間でしか聴かれる事の無い音だった。

(オットー、分かった)

 と言った頃には、ディードは背後から迫って来ていたノーヴェの体を、二振りの双刃で切り裂いていた。レーザーブレードとなっているディードの2振りの武器は、ノーヴェの肉体を通過し、ディードは素早く彼女の背後へ駆け抜けた。

 ノーヴェは叫び声を上げて、その場に倒れて、体を痙攣させた。

 訓練で使うディードの武器は、刃としてものを切る事はできないものの、それに触れると感電し、人体にダメージを与えないまでも、一時的に戦闘不能になるのは確かだった。

「ノーヴェ!ノーヴェ!どうしたの?」

 ウェンディがそのように言い、ノーヴェに通信をしている。だが、ノーヴェは感電して苦しんでいるらしく、通信に答える事ができなかった。

(ノーヴェ姉様は倒したわ。後はウェンディ姉様だけ。多分、あなたを探しているだろうから、うまく隠れていて)

 ディードがそのように言った。

(分かった。別のシステムを使う)

 オットーはそのように答えた。

 ウェンディの武器というよりも、戦闘装備はライディングボードで、それは分かりやすい言葉で言えば、空飛ぶスケートボードだった。ウェンディ以外の人間や人造生命体では操る事が出来ないほど、機敏な動きと高速の移動ができる。

 ウェンディはその能力に特化しており、接近戦闘はノーヴェに任せ、自分は僕を探すつもりであるようだった。

 僕も、自分の能力についてはよく知っている。直接戦闘をする事ができるようにできている姉妹達が多いが、僕は違う。

 僕はどちらかというと少数派である、後方支援と情報処理が専門のモデルで、接近されたら戦いの手段を持っていない。

 格闘戦はおろか、まともに戦う事さえできないのだ。

 ウェンディは高速で接近してきている。僕は彼女にある程度まで近寄られたら、その時点で負けが確定してしまう。

 僕ができる事は、ディードに指示を出して、彼女に僕の援護に回ってもらう事だけだ。彼女に援護に回ってもらう事によって、僕は守られ、同時にウェンディに対して奇襲を仕掛ける事もできる。

 僕は素早くディードに指示を出し、彼女をウェンディよりも素早く移動させようとした。

(ウェンディ姉さんは僕を狙ってきている。僕を倒してしまえば、ディード、君を一対一で倒すのは簡単だって、そう考えているんだろう)

 ディードに対してウェンディには聞こえない通信で言った。

(分かったわ。あなたを守りに回る)

 ディードはすぐに僕にそう答えてきた。そもそも、ディードは僕の置かれている状況を全て理解している。僕の見ている視覚、そして僕が分析を行っている情報端末の情報も全て共有している。

 二人は別々の地点に置かれている端末のようなものであって、僕らは外見以外はほとんど同質であるようなものなのだ。

 ウェンディは速い。彼女は空飛ぶスケートボードの、時速80kmというスピードにも耐えうる事ができ、この訓練施設の迷路のような建物群をぬって来ている。

 彼女も気づいている。ディードを倒すよりも、この僕を倒した方が手っ取り早いという事を。実際、僕は彼女と直接戦う手段を持っていないし、この位置にウェンディがやってきたならばそれは負けを意味する。

 ディードはたった今、ノーヴェを倒したが、それは僕の支援があったからだ。ノーヴェとほぼ同じ戦闘能力を持つウェンディを相手に、僕の支援なしではディードは勝てないだろう。

 僕とディードは一心同体であり、どちらかが欠けてしまえば、その戦闘能力は激減してしまう。

 ウェンディの移動速度は速い。ライディングボードに乗って、滑空してきているせいもあるだろうが、ディードの移動速度ではとても追いつかない。

 さて、どうしたものか。これは奥の手であったが、時間稼ぎにはなるだろう。そう思ってウェンディの攻撃に僕は備えることにした。

 ウェンディは僕が立って目の前に光学画面を並べている場所、建物の屋上に向かって垂直に滑空しながら接近してきた。彼女はライディングボードに乗っていながら、建物に対して垂直に上る事ができてしまうのか。これは、ディードが追いつくのも時間がかかるかもしれない。

 だが、僕の奥の手については、ディードしか知らない。ウェンディは多分、僕の奥の手に騙される事だろう。

 ウェンディは僕のいる建物を登り切り、その屋上に姿を見せた。

「ばぁ!オットー!ノーヴェを倒したって言っても、君を倒しちゃえばあとはディードだけだよね。あたしのライディングボードの餌食に」

 ウェンディは乗って来たライディングボードを、そのままロケット砲を構えるかのようにして構えた。彼女の乗っていたライディングボードは、そのまま砲弾を射出する事がかのうな武器になる事ができ、それがウェンディの武器だった。

 そんなことぐらい知っている。だが僕は、ウェンディに背を向け、淡々と光学画面を操作していた。

 その僕の無関心さに、ウェンディは狼狽したようだった。

「って、ちょっと!負けを認めなよオットー。じゃあないとこのライディングボードを君に向けて撃つよ!それとも何か、奥の手があるって言うの?」

 ウェンディは口早にそうまくしたててくるが、僕はまるで無視をするかのように、その場で光学画面の操作を続けた。

 ウェンディの背後からはディードが一気に近づいてきている。彼女にも余裕は無かった。ウェンディはライディングボードの射出口からエネルギー体を発射し、ロケット砲のように僕を射抜く。

 だが、僕にそのエネルギー体が着弾しても、まるで手ごたえが無かった事を彼女は感じただろう。

 エネルギー体が着弾しても、僕は淡々と光学画面の操作をしていた。正確に言うと、そうしているふりをしていた。

「オットー、もしかして」

 ウェンディがライディングボードの構えを解いたまま、眼を見開いて僕の後姿を見ている。だが、彼女が見ているのは僕ではなく、僕の像だった。

 本当の僕がいるのは、訓練施設の真反対側で、ウェンディは気が付いていないが、この訓練施設には幾つもの僕の幻影がある。その幻影は僕の持つ特殊能力の一つであり、ディードもその事を知っている。

 しかし、ノーヴェやウェンディにはこの能力の事は知らされていないようだった。

「ど、どこだ?オットー!」

 そう言って、ウェンディはライディングボードを別の方向に向けて発射した。だが、そこには僕どころか、僕の幻影さえいない。

(ウェンディ姉さんは、やけになっているようだね)

 僕がそのようにディードに伝えた。

(ええ、やけになっているようだわ。自分が隙だらけだって事も忘れているみたい)

(僕が手を下すまでも無いかな?)

 僕がそうディードに尋ねた。彼女はすぐに答えてくる。

(わたしがやるわ。わたしはウェンディ姉さんよりも戦闘力は低いけれども、隙だらけウェンディ姉さんだったら簡単に背後を取れる)

 ウェンディはやけになって、僕の姿を探そうとしている。僕の姿をした像は、今、彼女がいる位置の何か所かにすでに配置しておいた。だがそれも僕自身の姿ではなく、ただの像でしかない。

 ウェンディは、上手く罠にはまった。彼女の視界内にあるビルの屋上にいる僕に向かって、ライディングボードの狙いを定め、発射している。だがどれも外れでしかない。何しろ僕はすでに訓練施設の反対側にまで移動していたからだ。

「どこだよ、どこだよ、オットー!どれも偽物なの!」

 そのように叫んでいる。どうやらやっと、彼女の視界内にいる僕の像が偽物だと気が付いたようだ。

「くっそ~、あいつら、ぼうっとした顔しているくせに。あたしをハメやがって!」

 珍しくウェンディが悪態をついている。彼女はいつも温厚な性格をしているから、滅多な事では感情を露わにしないのだが。

 ウェンディはライディングボードを、ライディングモードに切り替えた。彼女は空中を滑空するそれに飛び乗り、その場を移動しようとした。

 だが、ウェンディが発進した方向には、ディードの姿があった。ディードは二振りのレーザーブレードを構えており、正面から突進してくるウェンディに立ち向かっていた。

「ちょ、ちょっと…、ぶつか…!」

 ウェンディは避ける間もなく、ライディングボードをディードへと滑空させてしまっていた。二人が正面衝突するという瞬間、ディードは飛び上がり、ウェンディの体を避けつつ、二振りのレーザーブレードを彼女の体に走らせた。

 すると、ウェンディの体には電流が流れ、彼女はライディングボードのコントロールを失ったままそのまま地面を転がっていく。電流を流されたウェンディの体は完全に伸び切っていた。

(決着がついたわ)

(ああ、決着がついた)

 僕はディードの言葉にそのように答えていた。

 ただ、別段何も感じない。自分の姉達に訓練で勝った。ただそのような結果が残ったに過ぎない。

 彼女達の敗因も、僕たちの勝因も明らかに分かっている。僕たち双子が喜ぶべき事は、この訓練に勝ったのではなく、この訓練を通じて手に入れた情報が、いかに役に立つかという点だった。

 

 

 

 一方、訓練施設の外にある控室には、オットー達よりもずっと以前に誕生していた、トーレとクアットロの姉妹がいた。

 目の前で展開されていた実戦さながらの訓練に、クアットロは自信と不敵さに満ちた顔でトーレに向かって言った。

「どうです、お姉様?あれが、余分な感情を排除した双子ですわ。敵を欺き、背後から奇襲をかけるには、適した戦法を初戦から見事に行いました」

 クアットロは控室の中を歩き回りながらそう言ったが、トーレは控室の強化ガラス越しに、じっと施設内を見つめたままだった。

「戦いとして未熟な所はまだあるが、確かにオットーとディードは使えるな。だがな、クアットロよ。あまり人間性を失わせ過ぎると、ロボットと何も変わらなくなってしまう。私には、ノーヴェとウェンディの方が、人間らしい戦いをしているように見えた」

 トーレは顔色も目線も変えることなく、ただそのように言った。

 一方で、クアットロの方はと言うと、そんなトーレに眼鏡越しの目線を光らせながら答えた。

「あらあら、だから、オットーとディードには双子の間でしか感じる事が出来ない、超感覚というものを備え付けさせたのですよ。彼女達は、傍受できない通信をお互いにする事ができ、息もぴったりですわ。

 その機能を追加したお陰で多少、ディードの戦闘力は落ちましたが、それはこれからの汎用性モデルの先駆けだと考えれば…」

 とクアットロが言うと、トーレは、訓練施設の操作パネルの上に両手を載せて呟いた。その操作パネルの画面には、現在訓練施設内にいる4体のモデルの姿が映されていた。

 9番ノーヴェと、11番ウェンディの顔が表示されており、二人とも、撃墜という文字と共に白黒の表示になっていた。一方、8番オットーと、12番ディードの顔はカラーのまま表示されている。

 オットーもディードも、何とも無機質な顔をしていた。目線には精気を感じる事が出来ず、まるでその眼は生きてはいないかのようにさえ見えるのだ。

「やれやれ、汎用性モデルか。ナンバー13から先は、もっと個性が失われてしまう。それでは何の為に、私達は誕生させられたのか」

 トーレにしては珍しい、悩んだような口調だった。だがそんな彼女を見て、クアットロはますます勝気になったようだった。彼女はトーレの肩に手を載せて答えた。

「それが博士の御意志ならば、わたし達はそれに従うだけですよ」

 クアットロのその声に、トーレは彼女の方を振り向く。彼女の言う言葉にはトーレも賛成できたが、クアットロはその言葉で全く異なる事を言っているかのようにトーレには感じられた。

 トーレが、クアットロのその言葉と表情を伺おうとしていた時、ちょうど、オットーとディードが訓練施設の中から戻って来た。

 二人はその背中にそれぞれ、気絶したノーヴェとウェンディを背負っており、その無機質な顔をトーレの方に向けるなり、オットーの方が言った。

「終わりました」

 彼女のその言葉は、何とも無機的なものであると、トーレは再び思い知らされるのだった。


 
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