No.139840

魏√アフター 想いが集う世界――第二章――第二話

夢幻さん

大変遅くなりました!本当に申し訳ありません!
先週から、仕事が修羅場っておりまして、書く時間が取れませんでした。
なので、前回の投稿から一週間以上も時間が空いてしまいました。
この場をお借りして、心からのお詫びを申し上げます。

続きを表示

2010-04-30 02:18:21 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:9380   閲覧ユーザー数:5730

 一刀が華琳達に罪を告白し、それを許されてから少しだけ時が過ぎた晩。

 『私』は夢を見た。

 

「……ばかぁ! ばかぁ! ずっと傍にいるって言ったじゃない!

 どうしていなくなるのよ! 嘘吐き! ずっといるって言ったじゃない!」

 

 夢の中の私は、川の辺で一人泣いていた。

 その泣く姿を見て、私は分かってしまった。

 大切な人がいなくなったのだと。もう、会う事が出来ないのだと。

 それは、私も経験した事だったから。

 一刀が行方不明と知り、私は――この私が脇目も振らずに泣いたのだから。

 泣いたのは、私だけではなかった。

 春蘭も、秋蘭も泣いていた。

 父上も親友を亡くし、静かに泣いていた。

 それを見ていたら、唐突に場面が切り替わった。

 そこには一人の老女が、似た川の辺に座っていた。

 

「――。私を残して、皆あなたの傍に行ってしまったわ。早く、私もあなたの傍に行きたいわね。

 ふふっ。今頃、あなたは皆に怒られてるのかしら? 私だけに種を残して、いなくなったのだから。

 今ではあなたとの子も立派な王になり、次世代の者達の為に頑張っているわ。

 覇王たる私と、あなたの血が流れている所為かしら。人に優しく、そして強い子に育ったわ」

 

 夜空に浮かぶ月を見ながら、その老女は語っていた。

 その顔は酷く寂しそうで、どこか誇らしげだった。

 私は、目の前の老女が自分だと分かった。

 自分だからかもしれないし、そう思いたいだけなのかもしれない。私は、それでもよかった。

 愛している人と、子を生せたという事実が、何故か嬉しかったから。

 

「……ねぇ。早く、私も迎えに来なさいよ。

 あなたを待ってる間に、お婆ちゃんになってしまったわ。

 でも、まさかね。あなたを一番嫌っているって言ってたあの子が、最初にあなたの傍に行くなんてね。

 ――あの乱世を駆け抜けた友は、もう一人もいないのよ。いい加減、私も寂しいんだけど?

 私が寂しがり屋なのは、知ってるでしょ? もう……一人で待ちたくないのよ……」

 

 年老いた私が、涙を流しながら言った瞬間、強い月の光が私を照らし出した。

 そして、私は聞きなれた声を聞いた。

 

『ごめんな、華琳。迎えに来るのが遅くなって』

「本当よ。どれだけ私を待たせれば気が済むの」

『皆に怒られたよ。早く華琳を迎えに行けって。でも、来れなかったんだ』

「あら、どうしてかしら?」

『華琳が、それを望んでいなかったから、かな』

「……そうね。私は、あの子を育てる事を望んでいた。それに、あなたが護った民の笑顔を見ていたかった。

 ああ、そうなのね。私が一人で残ったのは、自分が望んだから。自業自得だったのね」

『それは違うよ。俺の願いを。華琳、君は叶えてくれていたんだ。民の、皆の笑顔を護ってくれて、本当にありがとう』

「馬鹿ね。あなただけの願いじゃないわ。私も見ていたかったって言ったでしょ。でも、悪い気はしないわね」

『まったく。素直に受け取ってくれよ。――それで、もう満足したんだろ?』

「ええ。あの子も、立派な王になったわ。もう、私がいなくても、三国の同盟は永遠に続くでしょうね。

 だから、私を――皆の所に連れて行ってくれでしょ?」

『ああ、もちろん。さっ、行こうぜ華琳。皆が待ってる』

「ええ、一刀――」

 

 私が天に手を掲げながら、柔らかい笑顔を浮かべて――静かに横たわった。

 ああ、私は帰れたのね。

 愛する人の傍に。

 でも、これは夢。

 これが、本当にあった事なのかなど関係ない。

 私は、覇王を目指す者。

 だから、一刀。――何度も、私の傍から離れる事を許すと思わない事ね。

 それと、こんな夢を見せてくれた、どこの誰か知らないけど、感謝するわ。大事な事を、気付かせてくれた事をね。

 

 ――これで、一人。

 

 

 

 ああ、これは夢だ。

 私は目の前の光景を見て、理解する事が出来た。

 知らぬ者達が泣いている。

 何でも、一人の男が天に還ったかららしい。

 ふっ! そんな事で泣くなど、こんなのは私ではない!

 私は華琳様の傍にいられれば、それで満足なのだからな!

 

「本当にそうなのか?」

 

 目の前で泣いていた私が、片方しかない目で私を睨んできた。

 辺りを見回せば誰もいなく、闇が広がっていた。

 

「貴様は、本当にそれでいいのか?」

 

 答えない私に、目の前の私が再度問いかけてきた。

 

『くどい! 私は華琳様がいれば、それで満足だ!』

「……馬鹿者め」

『馬鹿だと! 貴様! 私と言えど、愚弄すると許さんぞ!』

「馬鹿を馬鹿と言って、何が悪い。……確かに、昔の私は華琳様がいれば、それだけでよかった。それは認めよう。

 しかし、一人の男の存在が、そんな私を変えてくれた。……お前の傍にも、そんな男がいるだろ?」

『男だと? ……ま、まあ、いない事もないが。だが、あいつよりも、私は華琳様が大事だ!』

「それは、私も変わらん。だが、何時まで自分の気持ちに、蓋をしているつもりだ?

 既に分かっているだろ? 想いは伝えねば、相手に伝わる事はない。そして、伝えなかった事を後悔する事を」

『――貴様、誰だ。私ではないな』

 

 私は目の前の私が、私ではない事に気付いた。

 言ってはなんだが、私は頭が悪い。

 そんな私が、こんな頭の良さそうな事を言えるはずが無い。

 その事に私が気付くと、目の前の私は儚げに微笑むと、光へと変わった。

 

 ――余りの眩しさに目を瞑ってしまった。

 次に目を開くと、先程と違う場所になっていた。

 

「華琳様。申し訳ありません」

「いいえ。今まで私達の為に、よく頑張ってくれたわね」

「この身は、華琳様の物ですから。当然の事です」

「ふふ、そうね。では、先にあの馬鹿の所に行って休んでいなさい。そのうち、私も行くから」

「……魅力的な提案ですが、まだ行けません。私が行けば、華琳様はお一人になってしまいます」

「何を言ってるのよ。私は一人ではないわ。あの子もいるし、――が護った民達がいるもの」

「ああ、確かにそうですね。――では、申し訳ありません。一足先に、あいつの処に行きます。行って、縄で繋いでおきますね」

「そうしてちょうだい。あなたになら、任せる事が出来るもの」

「ありがとうございます。では、先に……いって……」

「――本当に、今までありがとうね。春蘭」

 

 この皺くちゃな者達が、私と華琳様だと?

 目の前の光景を、私は信じたくない。

 だが私の心が、これは私と華琳様なのだと言っている。

 しかし、眠った私の顔は、なんと安らかな笑みなのだろうか。

 私は今まで一度も、この様な笑みを浮かべた事がない。

 ――そうか。その男の傍に行ける事が、心の底から嬉しいのだな。

 ああ、分かった。少しは、私も素直になるとしよう。

 死ぬ時に、私もあの様な笑みを浮かべたいからな。

 何処の誰か知らんが、一応感謝しておこう。

 一刀。もう、貴様を二度と逃がさぬからな。覚悟しておけ!

 

 

 ――これで二人。

 

 

 

 ああ、私は夢を見ているのか。

 夢を見るなど、本当に久しぶりの事だな。

 一刀が行方不明と聞いてから、夢を見る事がなくなったからな。

 それだけ私は一刀を想っていたと、気付く事が出来たのは、良かったがな。

 だから、泣いている私の気持ちがよく分かる。

 自分ではない私と言えども、私なのだから。

 ――愛している者と別れる。その事が、どれだけ辛い事なのか……な。

 

「だが、お前は気付くのが遅かったな」

『ふっ……確かにな。だが、一刀は帰って来た。私達の処に帰ってきてくれた。それだけで十分なのさ』

「本当に、そうなのか? 確かに、お前の愛している男は帰って来た。だが、またいなくなるかもしれないぞ」

『……こんな世の中だ。一刀ではなく、私がこの世を去るかもしれない。だから、それは仕方の無い事だろ?』

「――下手に頭がいいと、自分の気持ちを抑えてしまうんだな」

『いや、これが私さ。それで、お前は誰なんだ?』

「ただのお節介焼きさ。想いだけを伝えた筈が、微かな記憶も伝えてしまったみたいでな。

 安心しろ。今の記憶は、夢から覚めれば失っている。見た時の想いは消えないがね」

「そうか。それを聞いて安心した。私のこの気持ちは、どこかの私の想いではない。私自身の想いなのだからな」

 

 目の前に立つ誰かにそう答えると、柔らかい微笑みを浮かべた。

 そして、光を放ってきた。

 

『確かに今の君の気持ちや想いは、誰の物でもない。君自身の物だ。

 だから、それを忘れないで。それを忘れなければ、君達が、もう二度と離れる事はないんだから――』

 

 そう言い残して、消えていった。

 一つの光景を残して。

 

「華琳様。お先に、会いに行く事をお許し下さい――」

「秋蘭。先に逝った者達に、宜しくね」

「はい。あいつと一緒に、華琳様が来られるのを、ずっと待っています」

「あなた達だから許してるのよ? 知らない誰かがいたら、私の代わりにお仕置きしておいてね」

「もちろんです。では、また……会える日を楽しみにしています」

「私もよ。何十年も傍にいてくれて、本当にありがとう。達者でね――」

 

 主君たる華琳様が泣かれている。

 微笑みながら、長い眠りについた私を見守って。

 だけど。だけど、本当に幸せだったんだろう。

 私だけが笑っていないのだから。

 見た事がない笑みを、華琳様も浮かべているのだから。

 どこの誰だか知らんが、心から感謝しよう。

 私も、この様な最後を迎えたいと想ったのだから。

 一刀も一緒に、な。

 どこまでも行くがいい、一刀よ。どこまで行こうとも、私はお前を逃さぬよ。

 地の果てまでも、私の矢がお前に届く様にな――。

 

 これで三人――。

 まだ、役者は揃っていない。一先ずは、ここまで――。

 乙女達よ、夢を諦めるな。

 これは、恋姫の物語なのだから――。

 

 

 華琳、春蘭、秋蘭が夢を見てからの二週間。

 その間、一刀は首を傾げるばかりだった。

 時間が出来れば、誰かが。日によっては、三人全員が傍を離れない様になった。

 不思議な夢を見た。その事を三人は語った。内容は覚えていないが、大切な事を知った気がする。そう一刀に言っていた。

 

 一刀自身も、悪い気はしていなかった。

 何よりも大事な三人が傍にいる。その事が、一刀は本当に嬉しかったのだから。

 そして、また一人の恋姫が舞台へと上がる。

 

 

 それから幾日か過ぎたある日、一刀は一人で城の中を歩いていた。

 周りに目を向ければ、兵士や文官が忙しそうに動き回っている。それも当然の事。

 これから曹操軍は、出没している盗賊の討伐に向かうのだから。城の全員が総出で、その準備に奔走していた。

 一刀もその例に漏れず、一人の将軍として準備に動いていた。

 今回は華琳から頼まれた事の為に、一人の文官を探し歩いているのだった。

 

「食料を任せてる文官は、どこにいるんだ? ……仕方ない、あそこの兵士に聞くか。

 ――忙しいのにごめん。糧食の監督官が、どこにいるか分かるかな?」

「これは華翼将軍! 監督官ですね。それでしたら、馬具の確認をされていましたよ」

「そっか。忙しいのに、ありがとうね」

「いえ! では、私は準備に戻ります」

 

 そう言って、兵士は駆け足で去って行った。それを見送った一刀は、教えてもらった場所へと向かった。

 一刀が厩舎に来ると、見覚えのある人が指示を出していた。

 

(ああ、あの人。無事に来れたのか。

 ――聞いたら、華琳はあの人を置いて帰ってきたって言ってたからな。心配は心配だったんだよな。

 ん? 指示を出してるって事は、あの人が監督官なのか?)

 

 一刀が悩んでいると、猫耳の女性も気付いたのか、一刀の方を見て驚きに目を見開いていた。

 

「な、なんで! 何であんたがここにいるのよ!」

「何でって言われてもな。俺、華琳の部下だし。……部下? 盟友? ああ、許婚か」

「はぁ? あんた、頭に蛆でも湧いてるんじゃない? あんたなんかが、曹操様の許婚な訳ないでしょ?

 妄想もそこまで行くと、ある意味清々しいわね。

 それと、一応命を助けてもらったから黙っててあげるけど、あんたなんかが曹操様の真名を口にするなんて、頸を刎ねられても文句を言えないわよ?」

「いや、妄想じゃないんだけどな。それに真名も許してもらってるし。……まあ、それはいいや。で、君が糧食の監督官であってる?」

「それがあんたに、なんの関係があるのよ? あと、私の事は君じゃなくて、荀彧と呼んで頂戴。それが私の名だから」

「いや、華琳に頼まれて帳簿を取りに来たんだけど。分かった、これからは荀彧と呼ばせてもらうよ」

「それでいいのよ。――って、それを早く言いなさいよ! ほら、これが帳簿よ。早くもって行きなさい!」

「ありがとう。――あ、それと陳留まで護衛するって約束を守れなくてごめん」

「何よ。今更謝ってもらっても……って、もういないじゃない……やっぱり、男なんて――あの人達以外は屑ね。

 見てて下さい。曹操様の下で、絶対にあなた方の無念を晴らしてみせます」

 

 一刀に文句を言おうとした荀彧だったが、そこにはもう誰もいなかった。

 その事を確認した荀彧は、晴れ渡った青空を見上げて呟く。

 幼少の頃に、一度だけあった親子の事を思い出しながら。

 

 

 

「ごめん華琳。遅くなった」

「いいえ、そんな事ないわよ。あなたには他の事もお願いしてるし、これでも早いくらいね」

「そうか? それなら、本当によかったよ。って、どうしたんだ?」

 

 一刀から受け取った帳簿を見た華琳は、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。

 来る途中に中身を確認したが、特に問題はなかった様に思った一刀は、不思議そうに首を傾げていた。

 

「一刀。あなたは中身を見たかしら?」

「ああ」

「そう……。それで、違和感を感じなかった?」

「ん~……特には、何も感じなかったな」

 

 一刀の答えに華琳は一つため息を吐き出してから、兵士にこの監督官を呼びに行かせる。

 その顔は、既に一人の武人の顔になっていた。

 

「なあ、秋蘭」

「なんだ、姉者」

「華琳様は、何を怒っているんだ?」

「さあな。あの帳簿の中身を知らない私には、何故華琳様がお怒りになられているか分からん」

 

 遠征準備の最終調整を行っていた為、この場に初めからいた春蘭と秋蘭。だが、一刀の姿を見て喜んでいる華琳を優先していた為、口を開かずにいたのだが、急に怒り出した事が気になってしまった。

 それは、帳簿を持ってきた一刀も同じだった。

 そして三人の疑問は、糧食の監督官である荀彧が玉座に来た事で解決する。

 

「曹操様。私をお呼びとの事ですが、何でしょうか?」

「何でしょうかですって? では、聞くわ。どうして食料を、私が決めた当初の半分しか用意してないの?

 麗羽の紹介状は本当の事と確認が取れたから、文官の末席に置いたけど、これでは間違いだったと言わざるを得ないわね」

「食料を減らした理由は、三つあります。……お話してもよろしいでしょうか?」

「ええ、許すわ。でも、つまらない理由なら、その頸と別れる事を覚悟しなさい」

「分かっております。では、説明させて頂きます。

 曹操様は、真に民の事を考えておられます。それならば食料を減らし、軍の進行速度を上げる事をお考えになったはず。

 食料が減れば、それだけ苦しんでいる民の許に行けますから。そうすれば、討伐の時間も減るはずです」

「ええ、それは確かに考えたわ。でも情報では、盗賊は当初よりも増えてるらしいのよ。だからこそ、食料をあの量にしていたのだけれど?」

 

 二人のやり取りを黙って聞いていた春蘭は、顎に手を当てて隣に立っている秋蘭に質問した。

 

「なあ、秋蘭。行軍速度が上がっても、討伐の時間自体は減らないよな?」

「ああ、減らないぞ」

「そうか。良かった良かった。私の頭が悪くなったのかと思ったぞ」

「良かったな、姉者」

「まあまあ。今は黙って二人を見守ろうぜ? それに、きっと面白い事を荀彧は言うと思うからさ」

「面白い事だと?」

 

 二人に近付いた一刀の言葉に秋蘭が聞き返すが、一刀は笑みを深くするだけで何も答えなかった。

 その笑みを見て春蘭は頬を染めていたが、秋蘭は考え込み、答えに行き着いた。

 

(なるほどな。だが、華琳様は甘くないぞ。荀彧とやら)

 

 

 そう。実際、一刀は糧食が少ないとは感じていた。だが、これはこれで正解だと思ったのだ。

 華琳ならば、最後に自分で確認するのは、少しでも華琳を知っていれば分かる。

 ならば、監督官が呼ばれるだろう。そして、怒りを感じる事も。

 糧食不足で討伐出来ませんでした。等となれば、民の信頼は地に落ちてしまうのだから。

 そして呼ばれた時に、満足いく答えを返す事が出来れば――。と、荀彧は考えたのだろう。

 それが来る途中に帳簿を見た、一刀の答えだった。

 

「盗賊の人数が増えた事は、私も聞いております。二つ目の答えですが、私の提案する作戦を採って頂ければ、更に速さは増します。

 ですので、糧食の量はこれで十分だと判断したのです!」

「何ですって? 何故、よくも知らないあなたの作戦を、私が採用せねばならないのかしら?」

「それは――曹操様が、北家の皆様と懇意の仲だからです」

「――どういう事? この場でその名を口にする事が、どういう事か分かっているのよね?」

 

 華琳は、荀彧の口から北家が出た事に驚いていた。

 それは華琳だけでなく、春蘭や秋蘭。そして一刀も同じだった。

 

「……我が荀家は、まだ私が幼少の頃に北家党首北狼様と、その嫡男である郷様に助けて頂きました。

 いつか、あの方達の為に働く。そう、私は決めていたのです。ですが、四年前に――。しかし、北家の方が謀反を企てるなど、絶対にありえないのです!

 それは曹操様もご存知の筈! そして、麗羽様に教えて頂きました! 曹操様が、行方不明の郷様をお探しだと!

 未だ見つかっていないそうですが、きっと郷様は生きておられるます! その捜索にも、私の知を生かしたいのです! ですから、どうかお願いします!

 私を! この荀文若を軍師として登用して下さい!」

「……そう、北おじ様と郷に。いいでしょう。今回の行軍に、あなたの策を採用します」

「なっ!」

「なんと!」

「そ、曹操様!」

「ただし! 私を試した事を、この場で許す事は出来ないわ。私は、人に試される事が嫌いなの。

 だから……!」

 

 そう言って華琳は絶を構え――振り下ろした。

 それを誰も止めず、荀彧は少しも動く事無く、その場で目を瞑った。

 

 しかし、絶が荀彧の頸を飛ばす事はなく、荀彧の髪を数本飛ばしただけだった。

 

「何故、動かぬ」

「曹操様は自分が試されたのなら、試し返すと思ったからです。それに、私は文官で武官ではありません。

 ならば、曹操様の一撃を避ける事は出来ません。仮に、本当に斬られたのなら、天は私を北家の敵討ちを望んでいないと言う事でしょうから」

「……ふふっ、あははは! あなた、最高よ! いいでしょう、私の真名を預けるわ。同じ志を持つ同士としてね! あなたの真名は、何と言うのかしら?」

「あ、ありがとうございます! 私の真名は、桂花と申します! この知、華琳様の為に振るわして頂きます!」

「ええ、これから宜しくね、桂花。――華翼。桂花になら、話す事を許すわ。この子の想い、本物よ」

「分かってるよ……。それに、思い出したからね」

「ふふ。ならいいわ。行くわよ春蘭、秋蘭。まだ準備は終わってないのだから」

『はっ!』

 

 桂花は目の前のやり取りを見聞きし、驚きに目を見開いていた。

 この場で、話してもいいと言うのなら、それは一つしかないのだから。

 そして、華翼と呼ばれた男の”思い出した”という一言が決めてだった。

 

 

 困った様に頭を書く一刀と、未だに固まっている桂花を残して、三人は準備の為に去った。

 そして一刀は、未だに固まっている桂花の手を握り城壁に来た。

 眼下では、準備の為に兵士が走り回っている。その光景を、城壁に手を置いて一刀は黙って見ていた。

 兵士達の声と風の音だけが彩る城壁で、一刀の背中を桂花はただ見つめていた。

 しかし桂花の心中は、混乱の境地だった。

 

(本当に、この男が北郷様なの? 十年前に一度だけ会った時と、雰囲気が全然違うじゃない。

 そうよ。きっと華琳様は、私を試しているのよ。本当に郷様の事を考えているのなら、見抜けと言ってるのよ!

 しっかりしなさい、荀分若!)

 

 一刀の背中を、騙されないと言わんばかりに睨む桂花。

 その事に気付いている一刀は、苦笑を浮かべて振り向いて口を開く。

 

「本当に久しぶりだね。あの森で会った時も、今の今まで忘れてたよ。本当にごめん」

「……」

「どれだけ言い訳を重ねても、忘れていた事の罪は消えないよな」

「……」

「でも、今は謝る事しか出来ない。本当にごめんな、桂」

「……え? ど、どうして。どうしてあんたがそれで、私を呼ぶのよ!」

「どうしてって、桂が俺に許してくれた呼び方だろ? もしかして、まだ疑ってたのか?」

「じゃ、じゃあ。これは華琳様が私を試してるんじゃなくて、本当に郷様なの?」

「あー……。知らなかったか? 華琳は、嘘が嫌いなんだ。それと、今は”北”って名は禁忌の扱いだろ?

 だから、俺も華琳達の三人以外には、華翼って呼んでもらってるからな。それで気付かなかったんだな」

 

 そう言っ、一刀は優しい、昔から変わらない笑みを浮かべて桂花を見る。

 その笑みに、桂花は確信した。

 偽者に、この笑みを浮かべる事は出来ない。そして、自分と郷の二人しか知らない呼び方で呼んだ。

 頭と心で理解した桂花の行動は、一つしかなかった。

 

「ご、郷様ぁぁぁぁ!」

「おっと」

「北狼様が謀反を企てたと処刑され、郷様が行方不明と聞き、私は本当に死ぬ想いをしたのよ!

 どうして生きていたのなら、私の家を頼ってくれなかったのよ!」

「それは華琳にも言われたよ。だから、同じ言葉を返す。

 君達に、俺の事で迷惑をかけたくなかった。だけど、それで余計に心配させていたのなら、本末転倒だよな。

 桂、本当にごめん。これからは一緒に、華琳を助けて行こうな?」

「もちろんよ! 北狼様は天に召されたけど、郷様はこうして生きてるんだもの。私の知をもってして、絶対にお家を再興させて見せるわ!」

「ああ、頼むよ。父上と母上。峰さんの敵、皆で一緒にとろうな」

「ええ!」

 

 桂花は笑顔で一刀に答えて胸に顔を埋め、一刀はそんな桂花の頭を撫でる。

 優しく、静かに。

 そんな二人を、何時の間にか夕焼けに変わっていた太陽が、優しく包み込んでいた。

 太陽が沈み月が照らすまで、二人は静かに抱き合っていた。

 

 

 

 一刀と桂花が、再会の抱擁をしている時。華琳達は準備を終わらせ、酒を口にしていた。

 

「華琳様、よろしかったのですか?」

「何がかしら? 秋蘭」

「荀彧と一刀を二人っきりになどして」

「そうです! どうして、私達があの場を去らねばならなかったのですか!」

「はぁ……いい、二人共。確かに、私達は一刀を愛してるわ。でも、それは桂花も同じなのよ。

 ならば、同じ場所で戦うのが筋というものでしょ?」

「それは分かりますが……」

 

 華琳の答えに、渋々頷く春蘭。俯く春蘭を慰める様に、華琳は更に口を開く。

 

「それに、安心しなさい。麗羽の手紙に書かれていたわ。桂花は、極度の男嫌いらしいわ。

 ならば、一刀が生きている事を知っても、そう素直にはなれないはずよ」

「……ですが、一刀ですよ?」

 

 安心させようと口にした事に、秋蘭がもっともな言葉を返す。その言葉に、思わず華琳は口に近づけていた杯を止めてしまう。

 

「――だ、大丈夫よ! いくら一刀でも……危険ね」

「はい、危険です。」

 

 不安を振り払う様に、大きな声で言った華琳だったが、よくよく考えると、危険だと分かった。

 四年間会えなかった自分達でこれだ。最近、自分達の想いにしっかりと気付いたとは言え、だ。

 そんな自分達の、倍の月日を過ごした桂花は……危険過ぎる相手だった。

 それに、北家の事を話す時の様子を見れば、男嫌いは男嫌いでも、北家は別なのだろう。

 思い至った後の三人の行動は、迅速なものだった。

 道行く臣下の者に華翼と荀彧を見なかった聞き、少しずつその距離を短くしていった。

 

 

「なあ、桂」

「何よ?」

「お前、男は嫌いだって言ってなかったか? だから、あの平原で、自分を護ってくれた兵士に対して」

「覚えてたのね……。ええ、私は男が嫌いよ。それに癪だったけど、あの時に郷様に言われた言葉を、陳留に着くまで考えてたの。

 あの時は、知らないと思ってた男に言われて、本当にむかついていたんだけどね。でも、それで気付いた事があるのよ」

「……」

「確かに、あの兵士は私を護る事が仕事だった。それは間違いないわ。でもあの時、私が焦らずに指示を出していれば、少なくとも全員が死ぬ事はなかった。

 それに、どれだけ嫌いな生物でも、あの時の私の言葉は許される事じゃないわ。墓を作る事は出来なかったけど、それに気付いた私は冥福を祈ったのよ。

 そして感謝もね。それで一番大事な事も気付かせてくれた。

 私の命令で、死ぬ者達がいる。私を助ける為に死ぬ者がいる。その者達の事を忘れないって事をね」

「そっか。気付いてくれたのか。だけど、偉そうな事を言ってた俺も、華琳達のおかげで、受け止め切る事が出来たんだけどな」

「それは仕方ないわよ。だって、郷様は自らの手で命を絶つのだから」

「そうかもしれないな……。で、最初の質問だけど、俺と抱き合ってて平気なのか? いや、俺は嬉しいんだけどな?」

「ご、郷様はいいのよ! 他の男と違うから!」

「そ、そうか……」

「そ、それでね。郷様に会えたら、言おうと思ってた事があるのよ」

「ん? なんだ?」

「あ、あのね!」

 

 

 顔を赤らめて言いよどむ桂花の姿に、一刀は首を傾げる。だが、黙って待っていた。

 そして、意を決した桂花が口を開こうとした瞬間。

 

「だっしゃぁぁぁぁ!」

「な、なんだぁぁぁ!」

「よくやったわ、春蘭!」

「最高の仕事だ、姉者!」

「お、俺が何をしたって言うんだ……」

 

 猛烈な速度で駆け寄った春蘭が、一刀を蹴り飛ばしていた。

 その行動に賞賛を与える華琳と秋蘭。突然の出来事に、呆然とする桂花という不思議な空間が出来ていた。

 

「はぁはぁはぁ……。桂花、大事な事を言い忘れていたわ」

「は、はい! なんでしょうか!」

「一刀から告白されるまで、私達から言うのは禁止なの」

「は?」

「だから、一刀を慕っているのは、あなただけじゃないって事よ」

「うむ、抜け駆けは許さんぞ!」

「もし抜け駆けをしたら……闇夜の矢に気をつける事だ」

「わ、分かりました! えっと……では、私はまだ準備が残っているので、これで失礼します!」

「あら、話は終わってないわよ。それに準備は全て終わってるわ。だから……私の閨に一緒に来なさい。

 きちんと、その体に教えてあげるわ」

「え? か、華琳様ぁぁぁ!」

 

 華琳に引きずられていく桂花は、どこか嬉しそうな顔をしているのは気のせいだろうか?

 二人を見送った春蘭と秋蘭は、倒れて気絶している一刀を左右から支えて、その場を後にした。

 

 その夜、華琳の閨から、桂花の嬉しそうな叫び声が朝方まで聞こえていたとか、いなかったとか。

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
121
11

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択