武器庫の点検、整理を終えた俊は目を細めてため息を漏らした。
この屋敷には俊、双葉、欄の3人と、先週から川越妃子を加えて4人の人間が移住している。だが、ここはアパートではなく、あくまでも基地となる存在である。核爆弾でも傷一つ付かない造りに、ここ、武器庫には単調な銃器から爆弾に煙幕、そしてミサイル。さらには戦車まで所持している。
当然、定期点検は欠かせないのだが、俊は外部の人間をこの屋敷に入れるのを嫌う。蘭はこのチームで誰よりも仕事が多いので頼むに頼めないし、双葉は自分の身体と単純な手榴弾で今まで生き抜いてきたので、こういった知識は薄い。これからの事を考え、川越妃子を使ってもよいが、俊にとってはそれはまだ先のことと考えている。
どちらにせよこういった武器は全て俊しか必要がないので、俊からしたらその仕事を別の人に頼むのは筋違いになる。
「お茶、入ってるけど?」
部屋の隅で休憩していた俊の横に、いつのまにか欄が居た。
「ありがと。」
それを受け取り、一口味を確かめてから床に置く。
「それにしても、凄い量ね。手伝おうか?」
欄は、普段は高飛車の様な態度をとるのだが、それは本来の欄ではない。スパイの練習がてらに様々な性格を演じているらしい。だが、今俊に話かけている蘭が本当かというと、それも少し違う。欄は俊に気があるらしく、少し可愛げに話しをするのが今ではもう癖になっているらしい。俊としては本当の欄と接したいのだが、それも大分先の事になるだろう。
「いや、お前の方が仕事が多いからな。」
本心を言うが、それは欄からすれば軽い拒絶と、自分に気を使ってくれた羞恥心が混ざった感じなのであろう。
「なら・・・・・・あの馬鹿(双葉)は?仕事なんて殆ど無いじゃない。」
こちらを試す様に伺うが、それも俊は本心で答える。
「双葉はこういった知識がないんだ。それじゃあ仕方ない。」
その答えに、欄の機嫌が悪くなる。
「俊君って、双葉にはいつも甘いよね。」
拗ねた子供みたいな発言だが、確かにそれも一理あるかもしれない。
「・・・・・・なかなか鋭い所を突いたね。」
苦笑してから欄が持ってきたお茶を一気に飲み干す。
「この前の、あの子の同級生を殺した時だって、俊君は全然怒らなかったじゃない。」
「あれはオレが怒る理由が無い。それはお前にも分かるだろ?」
この問いには即答で返す。確かに双葉に甘いという点は俊も承知の上だが、あれは違う。規則が混じったら、いくら俊が双葉に甘いとはいえ、厳しい決断を下す・・・・・・はず。
実際、双葉と欄がいないのなら、俊は今頃ハプネスで働いているだろう。
「・・・・・・あいつのこと、少し馬鹿にしすぎたわ。私が気付いた時には、もう拷問し終わって、闇医者に依頼があった時だったのに・・・・・・。」
「みたいだね。」
受け流すように相槌(あいづち)するが、それも欄は気にいらない。
「俊君は、いつ分かったの?」
その問いに、俊は立ち上がりざま火気類を非常用として格配置に設置しながら答えた。
「あの女の子、川越さんを見てから・・・・・・・かな?」
「・・・・・・。」
蘭の表情がなくなる。それは俊の答えではなく、ある単語が耳に入ったからだ。
「蘭は、確かもう17歳だよね?」
今は5月。年齢でいえば18の俊に、17の欄。16の妃子にで、一番の年下は15才の双葉と上手く並んでいる。
だが、学年それを学年で現せば、俊は大学1年で、欄と妃子は高校2年で同級生。双葉も遅生まれなので今はまだ中学3年といったところだ。
「・・・・・・っ!」
常人から見れば欄の表情には変化が無いが、一瞬だが眉が引くついたのを俊が見逃す程甘くはなかった。
「・・・・・・んん?あれ?」
とぼけたふりをして大げさに首を傾げる。
「何の話だっけ?年齢聞いても、意味無いのにね。」
「・・・・・・ホント、双葉といい俊君といい、過小評価してたみたいね。」
「はは、それ先週双葉も言ってたよ。何でオレが人を殺さなかった事をみんな知っているんだ~って顔してからね。」
「ふふ・・・・・・・」
自嘲的な笑みを浮かべてから欄は退室しようと俊に背を向ける。
「なあ。」
それを、視線を火気類に向けながら欄を呼び止める。
「今、川越さんの様子はどうだ?」
声が、自然に事務的になっているのが自分でも分かる。欄もこちら側を見ず、背を向けたまま答えた。
「仕事では普段通り振舞っているけど、仕事を終えた瞬間、拉致された外国人みたいに毎晩泣きながら震えてるわ・・・・・・。」
それもこれも双葉のせいだからね。とでもいいたそうな後ろ姿で欄は去って行った。
「・・・・・・・はあ。」
一般人の加入である程度のすれ違いは予想していた。
そしてここまでも俊の想定範囲内だが、実際、こんなちくちくした空気で生活するのは、はっきりいって流石の俊も厳しい。
「そろそろ・・・・・・チームで出来る限界の壁に当たったな。」
だとしても、俊に諦めるという言葉はない。どんな手段を使っても、目的は達成させる。それが僅(わず)か14歳でこの世界の頂点に上り詰めた、ミレニアム・スナイパーという名であろう。
頭は冷静に、行動は迅速に。
常にその言葉を自分に言い聞かせているが、双葉と欄が絡むと冷静になれない俊は、(周りから見ればそれでも精密機械に近い。)新たな手を打っておこうと決めた。
「困った時は・・・・・・、」
ハプネスに頼る、と。
双葉が妃子に嫌がらせをしてから2週間が経過した。
双葉は双葉で女子を気にする素振りも見せず、いつも通りマイペースな生活を送り、妃子は少しずつ双葉に対する恐怖心が薄れていくが、それでも見ている側だと相当キツそうである。欄はこれまで何かある度に双葉と喧嘩していたが、それももうなくなった。『喧嘩する程仲がいい』というコトワザ通り、欄は双葉を拒絶している。
だが、ただ一人、自分だけは欄も双葉も今まで通り接してきてくれる。
それは、俊が一番嫌いなパターンだった。
朝、いつも通りリビングに全員集まる。(双葉以外。)
欄は定位置に座り、妃子は朝食の支度に取り掛かる。一応妃子の席も用意しているのだが、そこに座ったことは一度しかない。
妃子の同級生が殺されたと思い込んでいる、初日のみ。
「・・・・・・・。」
欄は指先から赤外線を発し、それを組み合わせて目の前の空間に四角いディスプレイを作り出し、その情報に目を通している。
須藤 欄。
14の時、自分の身体に精密機械と遺伝子組み替えをした細胞を身体に取り込んだパソコン要らずの史上最強のハッカー。
本来、人の痛覚は身体の外部と内部に存在するが、意図的に動かすことができるのは外部だけである。例えるなら、血液の流れを一時的に止めたり、脱臼した肩を動かさずに骨のみを動かしてそこにはめ込むという芸当は、人間には不可能である。
それは双葉を除いた全ての人間に当てはまる。
だが、蘭は違う。
身体の内部がネットワークであり、探知機である。
そもそも身体の6割が機械の欄は、その人間が不可能な領域を易々と踏み越えてしまう。
蘭がハプネスにいた時の紹介をまとめるとこうなっているが、明らかにおかしい点が一つある。
だが俊はそのことをとうの昔に知っているので、気にはならない。
「・・・・・・・。」
指先一つ動かすことなく、画面を見据える。右目は正常だが、左目がテクノ・アイになっているためこうやってディスプレイを開かなくても作業はできるのだが、本人曰く周りが見えなくなるのでテクノ・アイは使わないらしい。
いつも通りの、各々マイペースな朝。
そしてそこには、あきらかに亀裂が生まれていることを皆、気付いていた。
「川越さん。」
朝食の支度をしていた妃子の身体が、ピクりと震える。だがそれも瞬間的な衝動で、他のメンバーに合わせてか妃子も無表情を演じる。
「双葉を起こしてきてくれないかい?」
「はい。」
盛り付けまで終わっていた皿をテーブルの上に並べてから、妃子は駆け足で走っていった。(大した女の子だ・・・・・・)
妃子の態度は、俊を関心させた。あんなことがあった後なのに、自分の弱みを晒(さら)さぬよう平常心を演じている。こんな芸当、普通の女子高生ができるはずもない。親のために働かなければという想いもあるのだろうが、彼女自身よほどプライドが高いのだろう。
「・・・・・・。」
関心していると、自分が冷めた眼つきで凝視されていることに気がついた。
「俊君も、妃子を虐めるんだ・・・・・・・。」
いつのまにか視線をディスプレイから自分に向けられていることに気が付いた。
「・・・・・・も、ってなんだよ。第一オレは何もしてないだろ?使用人として、これくらいの用事も頼めないなんておかしいだろ。」
「・・・・・・。」
再び冷めた眼つきを向けられる。だが、2,3秒したら欄は興味が無くなったのか視線をディスプレイに戻した。
「・・・・・・。」
居たたまれない気持ちになったが、欄と双葉がそういう関係になるよりはまだこちらの方が俊にとってはよかった。
1分近くで、妃子は双葉を連れてリビングにやってきた。妃子はポーカーフェイスを演じているが、双葉は誰が見ても手にとるように分かる不機嫌な顔だ。
「俊さん、最近オレけっこう起こされてばかりなんですけど・・・・・・・。」
双葉が席に着くと、欄はパンをくわえたまま立ち上がった。
「欄、双葉、川越さん。今日は少し、話がある。」
「・・・・・・?」
欄は首を傾げてから座りなおすと、それに習って妃子も椅子に座った。
「皆、今日の予定を教えて欲しい。」
俊が素で話そうが、事務的に話そうが、ここにいるメンバーは妃子を含めて俊に反発する者はいない。
「自分は今日、深夜に依頼が一つあるんですけど・・・・・・・・。」
「私は今月のそれぞれのお金の集計をしようと思ってるわ。」
「特に、予定はないです。」
各々、感情を持たずに言う。妃子は別だが、皆、危険な流れを読んだのだろう。
去年、歴史に名を刻む韓国軍、全基地の壊滅もこのような流れで始まったからだ。
表情は変えないが、明らかに緊張している空気が流れている時に、俊は言い切った。
「今日は、みんなで遊園地に行こうと思う。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・?」
妃子だけは表情を変えず、他の二人は口を半開きにしながら呆気に取られていた。
「いや、今更だが新入社員の歓迎会の様なものだ。」
きっぱり言い切る俊に、珍しく双葉が反論した。
「・・・・・・すみません、自分今日は予定が入ってるんですが。」
「私、別にこういうのはいらないです。どちらかというとこういうの苦手なんで。」
「悪いけど私も今日ぐらいしか集計できなくてね。今回はパス。」
珍しく双葉と同じ意見を述べる欄。だが、
「却下。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
この男に逆らえる生物は、この地球には存在しない。
「今日は、遊園地の日。そして親睦の日だ。」
「俊君、あの、今日は・・・・・、」
蘭の言い訳に、俊は親に捨てられた子供みたいな表情を作って蘭を見つめた。
「・・・・・・・なに?その顔。」
「好きな人のノリが悪くなった時に使う顔。」
「・・・・・・え?す、好きな人って・・・・・・、」
「・・・・・・・。」
欄はもはや俊のペースだが、双葉は薄い笑いを漏らした。俊の何かを読み取ったらしい。
(こいつ・・・・・・なにか勘づきやがった。)
心の中で舌打ちすると、とりあえず欄を再び誘ってみる。欄を抑えればあとは簡単だからだ。
俊は、単刀直入ということからかなりかけ離れている。
自分の気持ちははっきりというが、俊の考えと、作戦、心理戦は気が遠くなる程回りくどい。 その魔術とも呼べる芸当は、今まで敵も味方も何度もかかってきたのだ。
そして・・・・・・・
「今日は遊園地。意義のある者。」
機嫌が良くなった欄に、俊の考えを掴んだ双葉。妃子には選択肢はない。
よって、この俊の問いに首を横に振る者はいなかった。
近場の遊園地では、客はあまり多くない。それが昼下がりの平日では、なおさらだ。
俊は3人を連れ、遊園地にやってきた。軽い食事を必要経費から引き落とし、フリーパスも人数分購入。
高校生前後の年齢で、男女二人ずつの組み合わせなら、おもしろそうにはしゃぎまわったり、はたまた少しはドラマを含んだイベントでも期待するのだろうが、そんなことは無かった。
面子(めんつ)が、悪かった。
始めにコーヒーカップから乗り、お化け屋敷、そして遊園地の目玉ジェットコースターと、とりあえず三つ程アトラクションを楽しんだが、誰も表情を変える者はいない。
「・・・・・・。」
15才の少年とはいえ、アンデット・ファラオを名乗る双葉にとってお化け屋敷やジェットコースターで胸を躍らせる等無理な話であった。
「・・・・・・。」
こちらの不機嫌な女性は、自分が口車に乗せられたことに気付き、いつもに増して冷たい表情をしている。美人、ではあるが、好意をもつことはまず無い、そういった顔つきだ。
「・・・・・・。」
居心地が悪いのか、感情を見せない妃子。感情があるのかどうかさえ、第三者からは分からない素振りは、まるでマネキンである。
(・・・・・・相当、この間の件を引きずってるな。)
双葉と欄を無視して、これからの妃子ことを考えていた。
常人にとって、人の死がそう簡単に取り除けるとは、俊は思ってはいない。それが自分の人生の仲で大切な人だったら、鬱(うつ)になってもおかしくないだろう。
だが、他人が自分の知らない場所で死んでも、心が動く人間が限りなく少ないのも確かである。
一般人は、知り合いや親しい人物が命を落とせば、泣き、情緒不安定になるのが殆どである。しかし他人の死の場合、死ぬ瞬間を見なければ、一般人は何の感情も抱かない。
例えるなら、目の前でピストルを頭に突け、トリガーでも引いた光景を目撃したのなら、下手したら一生その光景を頭に刻んでいるであろう。だが、それをやったとしても、テレビや新聞、ネットといった情報化されたものであれば、可哀想の気持ちも抱かない。
冷静に物事を見れば、凄まじい矛盾と理不尽で埋めつくされている。
人が死ぬという事実を目撃するか、情報として得るかでは第三者の影響が大きく異なるのだ。
それは人の死というものを映画やドラマでしか知らない平和ボケしている日本人ならではの感覚だろう。
妃子に、その感覚を取り除かせる。
それが俊の作戦だった―――
現地解散後、俊は一人、未だ遊園地にいた。感傷に浸ったり、考え事をしているわけではない。
任務である。
だが、これはいつもの任務とは少し違っていた。内容こそはいつもと変わらずの狙撃だが、今回の任務は、依頼の方法がいつもとは違うのだ。
「・・・・・・。」
観覧車に向かう。
平日とはいえ本当に人の数は少なく、並ばずにすぐに俊の順番になった。
「お兄さん、一人で観覧車かい?物好きだね~。」
馴れ馴れしく俊に話かける高年齢の従業員。俊のことは何も知らない一般人であろう。
「おじさん、それ、普通に言われたら傷つくよ。」
従業員の言葉を受け流しながら観覧車の中へと腰を降ろした。俊は双葉とは違い、一般人に殺意を沸いたり、機嫌を損ねることはない。それどころか一般人が何をしようと俊の心を動かすことはまずないだろう。
「さ、て・・・・・・・。」
俊はジーンズのポケットから小さな鍵を取り出した。この会社に頼んでおいた通り、足を置く場所に鍵がかかっている。
そこには、これから使う道具が準備されている
鍵を外し、目的の物を取り出す。
「・・・・・・Mosin-Nagan(モシンナガン)はダメだろ。」
密漁に使いそうなスナイパーライフル、Mosin-Naganは、狙撃中としての評価は高い。当然、それを俊が使えばターゲットは確実に死に至る。だが、それを扱えない理由が一つだけある。
ガン。
この観覧車の横幅は約1メートル。そして、スナイパーライフルの平均長さは1M20CM。斜めに収納されている時点で、このじゅうの使用が不可能ということを物語っている。
俊は大きなため息をつくと、黒のベストで隠されているソーコムピストルを取り出した。
「さて・・・・・・・。」
ターゲットには、皆で乗り物に乗った時に発信機を点けておいた。場所は、
パス。
街中で、しかも遊園地という人がそれなりに集まる場所で銃の音はマズい。消音装置で誤魔化すのが、妥当であろう。
「場所は、・・・・・・見なくてもわかる。」
俊はすぐにソーコムピストルをしまい、取り外した窓を元に戻した。
ハイツ・プロトネルクス。
大企業の建築会社で、最近では細かな分野に広がっている、日本で5本の指に入る力を持っている会社である。
通称―――ハプネス。
俊は、その会社に正面から堂々と入り、社長室に向かう。
ハプネスは殺人組織ではあるが、確かに建築の面で日本で屈指な実力を持つことは確かである。資金の方は日本で5本指には程遠いが、ハプネスの利益を合わせれば話は変わる。
つまり、ここには俊のことを嫌というほど知っている人間か、顔は勿論名前も知らない人間の二種類の人種が存在しているということになる。
「こんにちわ。」
「俊さん、お久しぶりです。」
「今、社長に俊さんが来たと言う事を伝えてきました。」
知っている人間は、俊のことを慕うのが殆どだ。
俊は、いくつもの伝説を作ってきた。
一つはここ、ハプネスでは幼年期から英才教育、スパルタに近い指導で幼い年月で小、中、高、大学の勉強を教え、基礎的な知識を叩き込むのだが、僅か11歳で大学終了レベルの認定を受けたのはハプネスの最年少記録である。・・・・・・余談だが、双葉は去年、小学校終了レベルの認定をもらった人物で、こちらもハプネスの歴史に名を刻むには十分すぎる。ちなみに双葉は15才。本来の年齢ならば高校生の一歩手前である。
そして二つ目は12歳で1000mの狙撃を成功したと言うことであろう。しかもそれは実戦で、任務のランクAの成功でもある。それは、スペシャリストの仲間入りをしたということになるのだ。
だがやはり一番の伝説は、14歳で世界NO1のミレニアム・スナイパーの称号を受け取ったことであろう。この時、次期社長は間違いなく俊であろうという話があったが、それを拒否したのも結果的に話題性を生むことになったのだろう。
「風間さん、社長室にいるの?」
「はい、社長が俊さんの到着をお待ちになられてるかと。」
風間 神海(こうみ)。
暗殺のエキスパートであり、現ハプネスの社長である。俊の教育係りに辺り、物事に私情を挟まない極めて有能な人物である。
と、ハプネスの個人記録には書かれているが、それは嘘である。
確かに風間は仕事と、その周りの人間には絶対的な仮面を身につけ、それを人前で外すことは絶対ないが、プライベートでの風間は違う。
「佐津間俊です。」
ドアを二回ノックする。入り口に高価なライオンの象が置いていあるのは、前代の社長の趣味であろう。
「入ってくれ。」
扉の奥から言われる声に従い、俊はドアを開けた。
中には、スーツをビシッと決めた、20代後半の胸板のしっかりしたややハンサムの男、風間神海が豪華そうな椅子に座っていた。その隣に、秘書と思われる華麗な女性が控えている。
(・・・・・・あの椅子、リビングに人数分用意しようかな。)
「魔瞬殺、久しぶりだな。・・・・・・君、席を外してくれ。」
女性は風間に頭を下げると、足音を残さぬぐらい静かに退室していった。俊は風間の向かいにある椅子に腰かけた。
「社長、似合ってますね。」
「・・・・・・裏切り者。」
しっかりしていた風間の顔が一瞬で崩れ、悔しそうに俊を睨みつけていた。
俊は次期社長と言われていて、その次の候補が欄であったのだ。風間は人を使うのが上手く、仕事に私情を挟まない正確な行動をとれる有能な人物だったが、生まれてくる時代が少し悪かった。
風間がどんなに頑張ったところで、周りの評価が自分と同じぐらい高い俊に地位で勝つことは無理だし、全ての電子機器を自分の意思で変えられる欄とは人間の種類が違う。加えて、蘭は仕事だけでなくプライベートでも冷血で、非常な判断で仲間を切り捨てられるので、人間としてはともかく仕事に関してはこの上ない逸材だった。
「俊、双葉は元気か?」
風間は仕事中での厳しい表情を解き、俊の相手をする。風間からすれば俊は自分の数少ない教え子なのであろう。そして、それは双葉も当てはまる。
「双葉は、相変わらずですね。根はいい人間なんですけど、欄とはいつも以上にごたごたがありまして。」
その言葉を聞いて懐かしむ感じで頬を緩ませた。
「はは、あいつらの仲が悪いのはいつものことだろ。」
風間とは対照的に、表情を変えずに俊は語る。
「いえ、これがあの二人だけのごたごたではなくてですね。ま、こっちも大変なんですよ。」
狐目の俊までいかないが、風間は目を細めて言い放った。
「それ、ハプネスから依頼を買ったのに関係あるだろ?」
的を射たが、それに動揺することはない。そもそも、この男が同様するということは、恐らくこの18年間で一度も無いだろう。そしてそれは、俊が土に還るまで続くはずだ。
「まあ、そんなところです。チームで出来る限界の壁に当たったので、ここは有能な社長がいるハプネスに頼もうとしたわけですね。」
褒めているのではなく、純粋な嫌味だった。その言葉の意味は、当然風間にも通じる。
「・・・・・・私も、今日からミレニアム・アンデットデビル。」
真顔で言うところが、少し怖い。確かに当初の予定では風間もチームに入れようと計画をしていた。だが、それはハプネスの崩壊意味する。格分野のトップクラスの人間を引き抜いて創立されたミレニアム・アンデットデビルは、現段階で最高の人材を引き抜いているのに、それが原因で今まで世話になったハプネスが無くなるのは居た堪れない。風間を入れるかどうかは、俊にとって苦渋の選択であったのだ。
「却下。」
だが、一度決めたことは絶対に覆らないのが佐津間俊である。
「・・・・・・・しゅん、」
肩をすくめる態度をとる風間。
「・・・・・・そういうつまらないギャグを言うと、命を落としますよ。」
「はは、私の腕は知っているだろ?大体、私を殺せる組織なんてこの世界に存在しない。」
「・・・・・・世界NO2の組織ハプネス対新生チームミレニアム・アンデットデビル。」
「・・・・・・。」
流石に風間でもこれは黙るしかないらしい。
「・・・・・・俊、怖い冗談はよせ。」
「数で言えば5万人対3人ですよ。」
俊は細い目で冗談を言い続ける。
「双葉一人で5万人全滅だな。」
「オレもそう思いますよ。」
「・・・・・・。」
声を発することが出来なくなった風間は、口を半開きだった。
「冗談ですよ。笑えませんでした?」
「シビアっす。」
額に脂汗を掻いてるところをみると、案外本気に受け取ったのかも知れない。
「では、本題に入りますよ。」
声のトーンは変わらないらしい。親のいない俊にとって風間は父親の代わりなのだろう。
「とりあえず、任務は成功しました。今回は仕事を無理矢理奪ったので、報酬はいりません。その代わりといっては図々しいんですが、少し、調べてほしい人物がいまして、それをこちらでお願いできますか?」
真面目な話をしても、風間は俊に堅い表情は見せない。ただ、俊と遊びたいだけなのだろう。「いや、どう考えても欄に頼んだほうが早いだろ。2秒で家族構成からプライベートまで仕上げてプリントアウトしてくれるだろ。」
その発言に、俊は横に首を振った。
「欄にだけは、というか、双葉にもこれは言えないんですよ。」
ピク。
その面白そうな言葉に風間の眉毛が動く。冷静な大人の観察の仕草は、機から見ればなかなかかっこいいのであろう。
「風間さん、知ってます?最近、うちのチームに新メンバーが加入したんですよ。」
「はあぁぁぁぁぁぁ!」
その言葉は、風間を興奮させるには十分すぎるものだった。
風間神海、かっこいい時間終了。
「私も入れろ!」
「却下。」
一秒と間を置かずキッパリと言い切った。だが、風間の興奮は冷めない。
「何だ何だ!私はその人間に劣るのか!」
「・・・・・・子供か、あんたは。」
うんざりした感じで肩をすくめた。正直言って、かなりめんどくさい。
「誰だ!ハプネスか!?それともIBFの犬か!?」
「犬とかいうな。口が悪いぞ。」
かなり大きいため息が出た。
「なんで私だけ仲間外れなんだ!あれか?これは虐めか!今までの恩を仇で返・・・・・・、」
頭に血が上ると人間、周りが見えなくなるものである。だが、一瞬ぐらいなら視界に映ったものを判別することはできる。
「・・・・・。」
無言でソーコムピストルを風間の額に押し当てる。撃つ気はないし、そもそも弾も入っていない。だが状況次第では思いっきり頭をぶん殴ろうとは考えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぱくぱく)」
何かを喋るわけでなく、口を金魚風に動かす姿はかなりみっともないが、俊にとってはその行動が余計に神経を使う。
「落ち着きました?」
「・・・・・・はい、落ち着きました。」
銃を腰に下ろしても風間は未だ固まっていた。だんだん面倒くさくなってきたので、風間に構わず言葉を続けた。
「新しくチームに入ったのは、ちょいとわけありな子でね。」
「・・・・・・。」
「というか、もともと男が2人で女が1人といのは少し蘭も肩身が狭いと思ってね。家事全般を任せるお手伝いさんを雇うことになったんですよ。ま、簡単に言えば一般人ですね。」
「なら、そうとう今は賑やかなんだな。双葉と欄だけじゃなく、今ではその女の子も喧嘩のやり取りの原因の一つなんだろ。」
「・・・・・・あんた、切り替えしが早くて便利だよな。」
風間は座り直し、懐から煙草を取り出して火をつけた。本当にもう落ち着きを取り戻したようだ。
「切り替えしなんて全く必要ない君に比べれば、全然不便だよ。」
煙と一緒に言葉を吐き出し、そして言葉を続けた。
「なるほど、君はその子のために任務を買ったと言う事か。」
そこまで言えば、風間はちゃんと話の流れを理解できる。元々頭はいいのだ。
「人を殺す所を実際に見せ、一般人と私たちの感覚のズレを埋める、ってわけか。」
確信に近い態度で言うが、そこには大きな間違いがある。それは俊も読めない早さで起こった出来事だ。
「いえ、初日に双葉がその新しいメンバー、川越って言うんですけど、わざわざそのクラスメイトを虐待する場面をビデオで撮影して、それを川越に渡しているので。もうそのギャップはとっくに埋まっていると思いますよ。」
「・・・・・・初日かよ。」
流石の風間も、これには少し引いたらしい。
「ええ。だから今回はオレが殺す部分を間接的でもいいから教えておかないと、妃子にとって悪者が双葉一人になりますからね。」
苦笑しながら言う。いくら感情を見せない俊とは言え、チーム内でのごたごただけは耐えられないのだ。
「なら・・・・・・調べてほしいという人物もその妃子とかいう子のためか?その人物とはどういう関係・・・・・・というか、君、何考えてるんだ?」
「早川稔(みのる)という男の居場所を調べてほしい。」
「早川稔・・・・・・か。」
うっすらと笑みを漏らし、言い放った。
「ええ。4年前、欄をチームを作った時に入れようと思っていた時からこの計画を考えていました。・・・・・・でも、今となっては別の目的で使えるみたいですけどね。」
「・・・・・・なるほどね。」
(川越・・・・・・そして早川稔。やはり私なんかより、こいつが社長をした方がいい。人を使う才能が、ずば抜けている―――)
風間は生唾をごくりと飲み込むと、改めて、佐津間俊の恐ろしさを再認識した。
銃器の取り扱いや、任務に非常な部分でもなく、1000mの狙撃ができることでもない。俊の恐ろしさは、何百手も先を読める、予知レベルの計算高さであった。
「ただいま。」
何事もないように、夕方7時、俊は帰宅した。デパート並に広い廊下の向こうから、お帰りの声が帰ってきた。男の声は、自分以外で双葉しかいので、すぐに人物を特定できる。
「双葉、部屋に来い。」
廊下で叫ぶのではなく、携帯パソコンで用件を伝える。電話みたいに番号をかける、かけないではなく、これは自分の方から拒否をしない限り永遠と通話が可能なのである。強いて言えばトランシーバーに近い。
俊は自室へと向かい、4畳しかない部屋のベットに寝っ転がる。開放感からか、大きく伸びをすると、同時に部屋をノックする音が聞こえた。
「柳双葉、入ります。」
ガチャ、とドアが開けば、この部屋のスペースは瞬時に0になる。双葉は座りたかったのか、足を一歩前に出したが、俊が横になっているのでその場で立つしかない。
「わざわざ悪いな。大した用じゃないんだが、川越さんを呼んでくれないか?」
「ああ、そういえば、俊さんが観覧車で狙撃するのをあの女が目撃して、叫びながらどこか行きましたよ。一応欄が向かったので、そろそろ帰ってくると思います。」
「・・・・・・気が変わった。」
見られた、か。
「少し、出てくる。夕飯は野菜を一品食って栄養を取れ。あとは好きなものを注文していいぞ。」
俊はベットから起き上がり、これだけ言い切ると双葉とすれ違い様に部屋から出て、そして屋敷から出ていった。
いつのまにか、外は雨が降っていた。
大雨だった。
服は濡れ、懐にあるソーコムピストルは形を見せ、腰の方にあるピースメーカー(Colt.S.A.A45)もずれ落ちそうになる。今警察とすれ違えば警察署に続行であろう。
「・・・・・・。」
妃子の居場所は、欄から聞いた。話かけにくいのか、場所を把握しても妃子に近づく気は無いらしい。それはそうであろう。人を殺して飯を食っている自分たちの生き様は、もう習慣になっている。自分たちにとって当然のことが相手にとってショックを与えるのなら、そこに慰める言葉なんて存在しない。
公園がある。
時間は遅いし、こんな土砂降りの時に姿を見せる者はいない。・・・・・・だが、女の子が襲い掛かる雨を小さな身体で受け止めながら一人、ブランコに座っていた。
その隣のブランコに、俊は乗った。ここまで見事な大雨だと、お尻が濡れてるなんて馬鹿なことは言わなくなる。
「・・・・・・川越さん、職務放棄かい?」
「・・・・・・?」
俊の存在に今気付いたと言わんばかりに、本当に人形となった感情がそぎ落とした酷い顔を上げた。
「佐津間さん・・・・・・。」
「こんばんわ。」
妃子のリアクションは、変わらなかった。俊が狙撃をしたターゲットが目の前で倒れたのだから、もっと酷い反応を見せると思ったが、それはなかった。
もしかしたら、ショックの連続で本当に感情が剥がれ落ちてしまったのかもしれない。
「私・・・・・駄目・・・・・なんです・・・・・・」
俊とは目を合わせず、雨に叩きつけられ大きくなっていく水溜りをみているが、そこに焦点はない。この時、もう妃子の目に光が宿ってないのを俊は読み取った。
「分かっていた、つもり・・・・・・だった。何もかも・・・・・・。」
それは俊に言っているのか、独り言なのかも判断できなかった。
顔が、水分を十分すぎる程含んだ髪で完全に隠されていた。
「欄さんや、佐津間さんが根っからの悪だということも・・・・・・自分が絶対に断れない状況での交渉に応じたことも・・・・・・人間が一人この世界から消えたところで、この世界になんの影響も起きないことも・・・・・・全部、」
「・・・・・・。」
「分かっていた・・・・・・でも・・・・・・耐え切れなかった・・・・・・・・・・・・母が、人質の様な扱いだからじゃない・・・・・私は・・・・・・私はっ!」
いきなり妃子は顔を上げ、俊の胸座(むなぐら)を掴んで襲い掛かってきた。だが、それに俊は抵抗しない。あるがままに流され、地面の上に寝かされた。
「私は!流されることしかできない!私は、私は道具!あなた達にとってただの道具なの!自分ではそれでいいと割り切っていたつもりだけど、だけど!」
「・・・・・・。」
彼女の叫びを俊は止めることはできなかった。
「・・・・・・嫌気が、した・・・・・・頭では、私は道具になるべき人間なのに!感情なんて無ければ楽で!自分は人を簡単に見捨てられる人間だと思って大丈夫だと思ったのに!・・・・・・なんで?・・・・・なんでよ!何で私が他人なんかのためにここまで心を動かされるの!?何で私があなた達のしたことに一々影響されるの!?・・・・・・なんで母さんが倒れたの?なんで私はあなた達の言う事を聞く操り人形なの!なんで・・・・・・なんで・・・・・なん・・・・・は、はは、ははははははははははははは、あはははははは、あはははははははははははははははは!」
ここで目を逸らしてはいけない。彼女がおかしくなったのは自分たちのせいである。だから、そんな妃子から視線を外せるはずがなかった。
「それは・・・・・・、」
「はははは、知ってるわよ!私が弱いからでしょ!それぐらいIQ10あれば誰でも分かるわよ!ははははは、面白いわね!人間の強さは産まれた瞬間に決まるなんて!あは、ははは、はははははは!」
言葉に、詰まった。
この子の言っている事は、正論だ。元々、壊れることは予想できたが、自分自身でここまで冷静に状況を把握されては、もう慰める言葉の一つも思い浮かばない。
「・・・・・・・今日は休暇をあげよう。辞めたいのなら、好きにすればいい。」
俊は立ち上がり、ブランコから離れ妃子に背を向ける。
「辞める?私が?きゃはははははははは!人質とっておきながらよく言えましたっ!きゃはははははは!そんなの、無理に決まってるじゃない!所詮私みたいな一般人はあなた達に骨までしゃぶられて生涯を終えるのよ!」
後ろを振り向くことは、出来なかった。
俊はそんな妃子を見ても、感情的になったりはしなかったし、表情にもださない。俊は本当に大切な人間以外、関心を抱かないのだ。だから、妃子が言っていることは適切だと受け取れる。
背後から笑い声が聞こえるなか、俊は公園を去った。
だが、屋敷に戻る時妃子の一つだけおかしな点が気になった。
(あの子は・・・・・・涙が無いのか?)
感情が無いなら、そのまま飼えばいい。
感情が有るなら、それを変えてやればいい。
だが、もし感情があって涙がない。
そういう人間だとしたら、
「・・・・・・まずいな。」
狐目が開き、鋭い眼光には何も映っていない、ただ、その眼の奥に宿るモノは、一つ先の未来だけである。
「計画が・・・・・・失敗する可能性がある。」
それは俊が欄、双葉、神海以外に始めて抱いた人間の感情であった。
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これ書いてから5年...6年か!
もうおじさんなんだなorz