彼は死んだ。
私に想いを残して。その死の淵でこの私への想いを遂げて。
「ジルバ―ト・・・」
どうしてこんなことになったのだろうか?私は運命を呪う。
彼が何をしたというのか?私を想い,あの悪徳人から身を呈して(ていして)まで救ってくれたというのに。その最後は何とも残酷だったと思う。
私はそれを考えていると遣る瀬無い気持ちで一杯になり悲しみが込み上げてきた。
そんな悲しみに暮れている時,北部軍――つまり私の所属する軍の兵士が負傷している私を見て慌てて駆け寄って来た。
「もう大丈夫です!敵兵は排除しましたのでご安心ください,グローリア少尉殿!」
私は泣き叫んでいた。そして彼の冷たくなってゆく体にしがみついていた。
結果引き剥がそうとする兵士を振り払う形になる。
「何をされているのですか!?それは敵兵の死体ですよ!正気の沙汰ではありませんね。」
兵士は困惑したような声と憐れんだような口ぶりで言うと,可哀想にと呟き,
「仕方ありませんね。少し落ち着いて貰いましょう。」
と言って私を恐らく持っていたのであろうライフルか何かで軽く殴打した。
私は低い呻きをあげてそのまま視界が暗転した。
次に気付くと私は国境堺にある本来なら最終的に二人でたどり着くべき場所にいた。
しかし意識がもどった場所は留置所。なんでも私にスパイ嫌疑がかかっているらしい。
無理もない。
私は事情がどうあれ敵兵である彼と行動を共にしたのだから。だからと言って後悔はない。
やっと積年の思いが通じあったのだから。絶対に私は忘れたりしない。
それから私は数週間,怪我の治療と質問攻めに追われ前線を退かなくてはならなる。
質問には正直に答えた。彼が独りで私を逃がしていたことまた,私自身が敵国の諜報部(スパイ)などでは決してないと説明した上で裏切ったりはしていないこと。
それらを失意の中少しずつ話していく内に私は長い時間をようやく釈放された。
そして再び過去の手腕を買われ失意のまま軍に再配属された。彼の影を引きずったまま。
配属初日。
私――,ルアリー・グローリアは再び小隊長に任命された。今はちょうど配属が終わり挨拶で部隊ごとに集まっているところだ。
ちなみに階級は少尉のままで変わりない。だが,かつての顔ぶれはなく全員新顔でこちらは以前と違う。皆,私を置いて逝ってしまったからだ。そう,私に深い哀しみを残して。
「以上,隊員全員の紹介を終わります。」
そんなことを想っているといつの間にか時間が過ぎて一通りの挨拶が終わったようだった。
隣にいる背中のあたりまである赤毛の髪をまとめた女性補佐官がやや芝居がかった咳払いする。
「最後に私の自己紹介ですが隊長の補佐官であります名前はクリスティナ・アリアスと申します。呼び辛かったらクリスでも構いません。どうか皆さんよろしくお願いします。」
その補佐官は元気よく挨拶をすると敬礼をして挨拶を終えた。
私はその挨拶を聞いてその補佐官の方を一瞥する。その様子に気づいた彼女と目が合う。
彼女はその顔を満面の笑みを浮かべると,
「隊長,よろしくお願いします」
と言って手を差し出してきた。
私は大事な新しい部下に一応握手して返す。
「アリアス,か。とすると君はもしかしてキリスティアの家族か?」
「はい,妹です。ちなみに隊長のことは姉から聞き及んでいますので。」
私がそういうと彼女は屈託のない笑顔で答えた。
複雑な気持ちだった。何故ならこのクリスティナの姉は私が捕虜になる前に敵軍と闘った時に私の身代わりとなって散った戦友であったのだ。しかも何かの偶然か彼女もまた私の補佐官だという。こうして姉妹揃って同じ役目につくとは何とも皮肉でしかない。
「そうか。」
私は一言そういうと視線を遠くへ向けた。
「彼女は立派な部下であり,立派な軍人であり,そして立派な人間だった。」
「ええ,それは私がよく知っています。またそれを誇りに思います。」
彼女は少し寂しそうな笑顔で答えた。そして思い立ったように,
「あ,隊長そろそろ時間がありませんので身内の不幸話はこれ位に致しましょう。そろそろ我が部隊での初陣の説明に入ります。」
「すまない,私が不甲斐ないばかりに君の家族を守れず・・・」
私がそれでも謝罪の言葉を口にすると,
「いえ,お気になさらないでください。それよりも隊長がそのような様子では隊そのもの士気にかかわります。どうかお顔をあげてください。」
彼女は困ったような笑顔で言った。
私はええ,わかった。と言って。悲しみにくぐもった顔を正し,いつもの冷静な軍人としての顔で隊員達を見た。
皆,新しい隊長に期待と不安を抱いているのが私の隊長としての経験や直感で読み取れた。
私は仰々しく咳払いすると,
「初めまして,になる。私の名はルアリー・グローリア。階級は少尉,諸君の隊長を務めさせてもらう,それに伴って最初に覚えておいてほしい言葉がある。」
周りを見渡しながら声をよく通るように喋った。空気が一瞬で引き締まってゆく。
私はつづけて,
「それは“いついかなる時でも冷静であれ”だ。戦場では一瞬の混乱が死を招くこともある。心しておくように。」
厳しい口調で言い放つ。最後に以上。と言って敬礼して挨拶を終えた。すると途端に拍手が沸き起こった。
隣にいたクリスティナは,
「さすがグローリア隊長です。姉に聞きし勝る威厳と風格です。」
と褒めちぎった。私は苦笑する。
それから彼女は隊員一同のほうを振り返りなおすと元気な声で,
「えーでは皆さん隊長の御言葉よく心に留めておきましょう。挨拶は以上です。これから作戦の説明を説明します。」
隊員全員に声をかけた。
クリスティナ。もとい呼びにくいので私もクリスと呼ぶことにしたが彼女は姉に似てよく働く軍人だった。軍から与えられた情報に基づき現地の情報など独自の調査が加えられているのだ。そしていまそれを読み上げているのだが,これがなるほど補佐官に向いているわけである。私は上官の采配に納得した。
彼女はそれからしばらく手に持った書類を何枚もめくりながら説明し続ける。それはかなり長い時間続いた。よくぞまあここまで調べたと半ば感心を通り越して呆れているとようやく説明は終わった。
「以上です」
圧巻。の一言に尽きた。だが私はおかげでよく状況を理解できた。
つまりは今回の作戦は敵のキャンプ地の奇襲作戦であること,場所が国境付近の激戦区であること。両脇は高い山で囲まれていて奇襲は困難なこと。激戦区なので相手戦力のほうが大きく上回っているという事実。実質は奇襲作戦というより決死隊だった。つまり上の方は死んでこいというのである。私はそれに憤りを覚えた。
無言で奥歯をかみしめていると,
「何ですか,それは・・・」
「俺達を捨て駒みたいに扱って。」
「そうですよ!俺達だって人間です」
「いったいどういうことですか」
隊員たちが一斉に不満を口にして騒ぎ出した。
私に込み上げる憤怒を抑えてそれを静粛にしなさい,の一言で黙らせた。
「皆確かにこの作戦には不満があるだろう。いや,むしろないほうがおかしい。」
隊員たちがどよめく。
「事実これは特攻部隊としての任務だ。生きて帰れる可能性は低い,皆死にたくないのは一緒のはず。だからここで私は誓う。一人でも多くを生かして戻らせる。私に諸君の命を預けてくれ」
誰も反応がなかった。沈黙が辺りに重くのしかかった。
だが,その中でそれを聞いていたひとりが突然,声を上げる。
「はい,アリアス軍曹,グローリア隊長を信頼し,命を懸けてついていきます。」
隊員全員に驚愕のざわめきが上がる。無理もない,まだ初見の私に全信頼を置くなど考えられない話だ。
だが,そんな中でクリスの勇敢な行動に感化されたのか長い沈黙の後。一人二人と手を上げ始める者も出てきた。
それは次第にざわめいていた隊員たちに伝播する。
皆次々に俺も,私も,と手をあげて私に命を預けると誓ってくれた。最後には一人も残らず手を揚げていた。
「では,皆この作戦に異存はないな?作戦決行は本日の深夜だ。心するように。」
私の声に全員が声をあげて活気づく。周りを一通り見た後に私は解散を告げた。
私はそのあと一人自室にこもって物思いにふけっていた。
こうして椅子にもたれて頬杖を突いているとどうしてもため息が出る。他でもなく彼のことが頭から離れない。今日からの作戦のことを考えるが断片的に彼との短い時間が写真の如く鮮明に浮かぶ。私は窓辺に行く。
窓に近づけばそこには私が活気のない顔で映る。親譲りの黒い長髪,更に黒い瞳。
別段,意識したことはないが友人に良い容姿だといわれていたそれら全身。
そして,この暗い性格。いったい私の何を彼は気にいってくれたのか分からないが私はそれが嬉しかった。
ただそれも過去の話。想えば想うほど心の傷に塩を塗りたくるように痛くなるだけだった。
私はやりきれずその場を立ち去ってある場所へ向かう。
数分してたどり着いたのは戦没者墓地。この戦争で犠牲になった人々を弔うところだ。
ジルバの遺体はここに埋葬されている。私が権限を使って本来埋葬されないはずの敵兵である彼を埋葬した。当然の如く訝しがられたが嘘をついた。するとどうにか許可を得た。
私は彼の墓前に花を奉げる。更に目を閉じて哀悼の言葉を奉げた。
「ジルバ、いえジルバート・・・」
私はいつの間にか目頭が熱くなっていった。
私は彼の墓にこれからどう生きればいいのかどう立ち直ればいいのか投げかける,だが当然帰ってこない。声はむなしく風にさらわれるだけ。
だがさらわれていった言葉は近くにいた誰かに届いたようで,
「グローリア隊長,どうされました?」
その声を拾った声の主つまり,クリスが声をかけてきた。私は涙をぬぐって平静を保とうとした。だが,それは無駄だったようで,
「あら?隊長,泣いてらっしゃいましたか失礼しました。」
クリスにそう言われてしまった。
私は恥ずかしさと気まずさで俯いた。だがクリスはこちらを凝視したあと,
「隊長が泣いているのはこの人が原因ですか?」
花の置かれた墓に向けて指をさした。
「ええ、そうよ」
私はそう言うと俯いたまま一度かがんで花を一輪だけ花束からとった。
クリスが一瞬目を丸くする。
「大切な人だった。この世でたった一人新しい家族になるはずだった人だった。」
「恋人,ですか?」
私はええといった。
「誰よりも特別で誰よりも勇敢だったのに,命の短いこの花のようにあっさり散ってしまったわ。」
彼女は俯いていった。
クリスはそういえば,と前おいて。
「私の姉もそうでした。恋い焦がれた相手が南部軍の軍人で同じ戦線で戦死したというのです私はその人の話をよく姉から聞かされました。その人の話をしている時の姉は幸せそうでそれでいてどこか悲しそうでした。」
遠くを見つめる仕草をする。彼女は目を細めていた。
「辛いですね」
私はうなずく。辛いなどというものではない。これはそんな言葉で表せないのだから。
「ところでその花,隊長はご存知ですよね?素敵な花ですものね?」
私はまたええ,と答える。任務外なので軍隊口調で話す気になれず自然にそう答えた。
クリスが目を丸くしたのはそれが原因だと思われる。
「これは“イノリバナよ”白くてとてもキレイだと思うし何より昔彼が好きだった花だわ。」
「彼?恋人のことですね。」
「ええ」
彼女はそう答えると少し哀しそうな顔をした後ところで,と話を切り替えた。
いつもの笑顔に戻って。仰々しく咳払いをする。
「さっきの隊長が答えた花の名前は半分正解ですが半分不正解です。」
私がきょとんとして何故なのか聞くと彼女は,
「正式名称は“ヒカリシラユリソウ”です。主に墓前にささげる祈りの花ですが花言葉は“哀悼や愛,奇跡といった意味があります。本当はそういう花です。ちなみにその名の由来は夜になると発光することから来ています。」
とすらすらという。私がそれで,と聞くと。
「それが人の墓にささげるときに光るから魂が還ってきたように見えるのでしょう。亡くなった方の還りを待つ人にはそれ捧げて帰りを祈るということで,みなイノリバナと呼ぶようになったそうです。」
と詳細にその花のことを話した。どうもどこかで調べたらしい。感服する。
「あなた物知りね?」
「はい,調べ物は趣味ですから」
私がそういうと彼女はそういって笑った。
この笑顔は彼女なりの優しさなのかもしれない。
風の音だけがその後の沈黙に流れて互いの髪が流れる。
「それにしても」
彼女が口を開き私は首をかしげる。すると彼女は私に驚きましたねと言い,
「隊長がこんな風に話しているなんて思いませんでした。いつでもあんな軍隊調で話しているものだと思っていましたよ。」
こう続けた。私は苦笑する。
「いつでもあんな堅苦しいわけではないわ。これが本当の話し方,いつものはそうね?鉄の面でも被っているとでも言えばいいかしら。意識を切り替えているから当然そうなるわ。」
クリスはそうなのですかというと,その直後に思い立ったように一音だけ声を発した。
「そろそろ日が暮れます隊長。宿舎に戻りましょう?もうすぐ作戦準備ですから」
私は了承してクリスとともに宿舎へ戻った。
その時クリスがつぶやく言葉を私は聞いた。
「鉄の面に隠れた真実(ほんとう)ですかなんてあなたは幸せ者なのでしょう」
だがその意味はまるで要領を得ないものである。
気づけばずいぶん長い時間ここにいたのだろうか日はとんでもなく傾いていた。
私は長い影を引きずるように歩いた。
当日,作戦の説明が私とクリスから行われる。
私が考えた作戦はこうだった。
まず,第一前提として小隊のみでの少人数で行わなければならないために基本はゲリラ戦,要するに物陰で四方八方から攻撃し敵を混乱させる作戦に出る。
そして更に山脈付近に二,三か所爆弾を仕掛け時間差で爆破し敵勢力を誘導。それに気づいてやってきた兵に分散した自軍勢力がすぐさま攻撃を加え各個撃破を狙う。
作戦自体は単純明快だが国境近くは森林が多い。それも奇襲なら戦力の少なさを悟られずに済む為,私とクリスはこれが最良だと判断した。
「・・・以上で作戦の説明を終える。皆,命を粗末にするな!」
整列していた一同が緊張した面持ちで敬礼する。
「諸君が一人でも多く無事帰還することを切に願う」
そして作戦は夜明けとともに決行された。まず,第一の爆発が起こる。
「よし,起爆成功です!」
轟音とともに派手に立ち昇る白煙にクリスが嬉々として言った。
私はそれを双眼鏡のレンズ越しで確認して,
「突撃する!第三小隊私に続け!」
号令をかける。皆一斉に進撃を開始した。
私たちはそれから散開して森の茂みから攻撃を開始した。
敵の兵力は偵察の兵の調べで幸い予測を下回る兵数で一見有利に思えたが敵は少なからずとも中隊規模。予想を下回ろうが圧倒的な劣勢なのは言うまでもない。
それを考えるとこの作戦には些細な失敗も許されなかった。私は細心の注意を払って隊員たちに指示を出す。
その隊員たちはみなその指示に初陣だというのに完全なほど忠実に従ってくれる。これも恐らくクリスが私について補佐してくれているおかげだと思う。彼女の性格だと下手をすれば私より人望は厚いだろう。今はあの時の勇気ある行動に感謝していた。
「さて・・・」
そして私はそれに感謝しつつ軍で支給されたアサルトライフルを構えて茂みから近づいてくる敵を双眼鏡で補足した。
銃の扱いについては長い戦争経験で自信はある。その上に撃つことは躊躇いもないがこの作戦は繰り返すこととなるが失敗は許されない。今一度深呼吸して息を整えた。
敵はその間にも今いるすぐそこに近づいてくる。
つまり眼下に見える開けた平地に仕掛けた第一爆破地点に到達しようとしていた。
緊張が一同に走った。そして間もなくして敵の声がはっきりと聞こえるようになってくる。
「敵の襲撃だ!どこかにいるはずだ。急いで燻り出せ!」
「敵の位置及び兵力は不明。ただちに確認せよ!」
それらの声の主はだんだんと爆破地点近づいてきて,
「よし,今だ―――」
ようやく燃える木々に照らされて闇夜から姿を露わにした。
「撃てぇっっ!」
私は叫んだ。瞬間,嵐のような銃声と共に弾丸が雨のように降り注いだ。
次々に敵の悲鳴が上がる。
「ひっ―てっ,敵しゅ―――があぁっ!?」
中には何が起こったのか分からないまま死んで逝く者もいたが私は引き金に一切の慈悲を込めない。心は奥底に仕舞って凍らせてあるのである。
「ぐぁっ!?」
一人また一人と的確に撃ち殺す。言わば私はこの時,銃の一部になるのだった。
機械のような無機質,血も涙も出さない人形。
その昔からの持ち前である無機質さで味方を率い,敵勢力をせん滅すること一分少々。
「クソっ偵察隊が全滅か!?早く本隊に報告せねば」
偵察兵の帰りが遅かったのを異変に思った本体が様子を見るために兵を送ってきたらしい。
もちろん少しでも時間を稼ぐため逃がすはずはない。私は万が一のためあらかじめ連れてきた狙撃兵に指示を出す。その兵士をひと一声で撃ち殺した。
これで今のとこ作戦に狂いはない。一息吐いておもむろに下を見た。
だが,その時ふと光るものを見てしまったのを機にフラッシュバックが起こった。
狙撃される彼。撃たれて無残に散る姿。鮮やかな鮮血。倒れてゆくその動き。
それらが足元に“光る花”と情報が混じり合い鮮明に脳内映像として映る。
ぐっ,とうなりを上げる私。それまで近くにいたクリスが異変に気付いたのか頭を抱えている私に近寄る。その時どこか懐かしい声がした気がした。
「僕は――――,」
だがそれをかき消すように,
「どうしました隊長?」
彼女が心配そうにこちらに来た。だが,同時に何かに気づいたのか無言になる。すると態度が一変して無言でそばに立っていた。
気づけばそこは記憶の中ではなくそれ以前の戦場だった。
「なにか辛い事でも思い出してしまったんですね?その花のせいで。」
クリスがどこかいつもと違う声色でそういった。
「・・・」
私はその問いに無言で答える。
「まあ,とにかく今の狙撃で時間は稼げましたね。次の指示を早く出してください。隊長がそのような調子では困ります。」
彼女はそういった。私は気を取り直して再び作戦の指示を出した。
その後も陽動作戦は二度目三度目と続き相手の戦力は奇跡というべき程削れていった。
これも皆が迅速かつ正確に働いてくれているおかげである。感謝すべきだった。
幸い死傷者も本当に驚くほど少ない。このままいけば被害は最小限で済む。
これは喜ばしいことであった。だが,同時に不自然でもあった。
それは何故か?あれだけの戦力を持っている敵が少数の部隊を小出しにして如何にも倒してくださいと言わんばかりに兵力を惜しんでいるからだ。
これは明らかに,
「おかしい」
クリスが言うようにおかしい。
「確かに静かすぎるな。」
私もそれにうなずく,その会話を聞いていた隊員が私たちに問いかける。
「いや,敵の動きが不自然だと思う。これだけのゲリラ攻撃を仕掛けて本隊からなにも音沙汰無しだなどあまりに不審だ。」
クリスがそれを聞いて同感ですと言い,
「私も隊長の言う通りだと思います。これだけ敵の動向が怪しいとこちら情報が筒抜けになっている可能性がありますね。」
私は全くだと言ってクリスに賛同した。
その時だった。
「がぁぁっ」
闇夜を切り裂くような悲鳴とともに空に明かりが灯った。私たちは一斉に空を見る。
それは信号弾でおそらく何かの開始の合図だろう。この場合奇襲開始の合図だ。
「全員伏せろ!段差に隠れるんだ!」
私はとっさの判断で叫ぶ。
その時の冷静さはブランクがあっても未だ変わらないのは幸いだった。
だが,そんな指示も甲斐なく味方の隊員はあっというまに背後からの奇襲で散っていった。
どうやら爆破作戦の影響で闇夜の暗さは半減しているようである。よってこちらの位置は把握されているようだった。
「くっ」
私は苦々しい顔をする。もちろんそれは誰かに見られるわけではないが近くにいたクリスには見えたようで,
「隊長,やはり情報が洩れていましたね」
彼女も同じような顔をしていた。
私は新たな指示を出す,
「各個応戦しながら撤退せよ!少しでも多く生き残れ!」
だがそれに答えたのは片手で数えるほどで,残りは既に無残にも骸と化していた。
私は涙で目が霞みそうになるのを振り払って,
「生き残れ!頼む。生き残ってくれ!」
叫んだ。
だがその悲痛な祈りも虚しく,残った少数の兵は赤い花が散るように無残に骸となっていった。
―――皆逝ってしまった。
それはほんのわずかな時間に起きた惨劇だった。幸い私とクリスは走って逃げていた際に木々で作った擦り傷くらいしか作らなかったが,それ以上に私たちは心的に傷を負った。私たちに命を預け生き残ろうとした者たちの誓いを踏みにじったのだから。
敗走中,それを思うと再び脳裏にある物が思い浮かんだ。
前回ジルバに再会する前の戦い。私は生き延びて捕虜になった,その時の仲間たちをみな私は殺してしまったのだ。もちろんそれにはクリスの姉キリスティア。キリスも含まれる。
私は絶望と悲しみに膝を落とした。再び頭を抱える。
「あぁ・・・」
その負の念に頭が支配されて今にも泣き叫びそうだった。異変に気づいたクリスが追い越した私のほうに踵を返す。
「隊長!?死ぬつもりですか!?こんなところで止まっている場合じゃないですよ」
鬼気迫る勢いで私に訴えるクリスを私は片手で振り払った。
「なっ」
驚きの声はクリスから漏れる。
「―――私は,私は,私はああぁぁぁぁぁっ!」
当然だった。いきなり膝をついて彼女を振り払ったかと思えば発狂したのだから。
それを見たクリスは驚いて私を凝視する。それに対してクリスはどこか冷たい声で,
「・・・仲間を殺してしまった。ですか?」
哀れんだように言った。
二人で走りを止めて沈黙する。その間にも敵の気配が次第に近づいてくるのがわかった。
木霊する声が次第に大きくなって闇夜の中から聞こえているからである。
その闇の中では森を焼く火柱と,あちこちで光るイノリバナの光が辺りを照らしていた。そして薄明るくクリスの顔を映しだしている。彼女は私を見下ろしており,その表情は失望が混じっているように見える。
「・・・追手が近いですね」
彼女は呟いた。
「それにしてもこんな腑抜けたあなたを見るとは思わなかったです。・・・それにそんな人を守るために身を呈するのが実に残念でなりません。」
クリスは顔を手のひらで覆うとため息交じりでそう言った。
そして錯乱している私に向けて続ける。
「いいですか?聞こえているかわかりませんが私はあなたを今から逃がす時間稼ぎをします,ですからその間あなたは,絶対に生き延びてください。」
彼女はそういうと自分の持てるすべての武装を点検しはじめた。
当然,そんな一人がもてる武装の意義など中隊規模からすればまったくの無意味である。
私はようやくそれが何の意味か理解して我に返り血相を変えてクリスに問いかけた。
「あなた・・・いったい・・・何を!」
その問いかけに彼女は,
「私は補佐官としてあなたの安全を確保する。ただそれだけです。」
と,冷ややかに答えた。
その答えに怖くないのかと更に問うと,彼女はいいえ,と答えた。
「私には姉さんがいつでもついています。だから必ず生きて帰還します。だから怖くなんてありません」
彼女はそう言った。それはほとんど信用に値しない頼みの綱である。
だがそんなことを微塵も感じさせない程の気迫で彼女は凛としていた。
「それとあなたに二つ伝えたいことがあります。これで当分会えなくなりますからね。」
私は何,問うと彼女は真剣な目で答え始めた。
「一つめ,私は上官からあなたの監視を任されました悲観的なだけで問題はありませんでしたけど。その監視の上であなたの過去を洗いざらい調べました。」
私が驚愕して目を丸くしている内に話は進む。
この間にも敵の進撃は着々と進んでいた。
「よってあなたが捕虜になってから何をしていたかも知っています。もちろん例の“彼”の事も。だからあなたの悲観していることの理由も理解しています。」
私はそれをきいて彼の顔を思い出す。とても優しい笑顔。
それに相反して彼女はいまだ冷たく言う。
「でもです,その上で言えることがあります。周りで光っているものを見て下さい。これが二つ目の話です。」
言われた通りに私は周囲を見渡す。そこには夜の闇に光るイノリバナがあった。
「あなたの名前は?」
クリスはいきなり見当違いの質問をした。私は突然の質問の意図に疑問を抱きながらも答える。
「違います,フルネームではなくあなたの愛称です。」
だがそれは却下されたので私は渋々,
「ルーアよ。みんなそう呼んでくれたわ」
求められた通りの答えを出した。クリスはそれを聞いてそうですよねと言いあたりを見回した。
「偶然だとは思いますけど南部ではヒカリシラユリソウのことを“フォルティ”と呼びます。別名はルーアルーヌ。意味は力強く輝く者です。」
私はその時彼が昔言った言葉を思い出した。
“「フォルティはね,夜になると力強く光るんだ。それと僕等はこの花をルーアルーヌって呼ぶんだけどね。なんだか名前が似ているよね?それにルーアは強いからこの花はルーアにはぴったりだと思うんだけどどうだい?」“
彼はそう笑顔で言っていた。私をこの花のように力強い者だと。当然当時は素気なく返していたが今ならその言葉が身に染みる。
クリスがその回想で涙を流している私に言う。
「あなたがその彼に何と呼ばれていたかは知っていますし,ヒカリシラユリソウが好きだったことも墓地で聞きました。それで偶然ではありますがおそらく彼,もといジルバートさんはあなたにその花のように強く生きてほしいんじゃないですか?わたしはそう思います。きっと今のあなたの姿を彼が見たらとても悲しみますよ。」
私は俯く,敵の進撃はもうすぐそこまで来ていた。
「さあ,行ってください。ここで私が時間を稼ぎます。」
「でも―――」
でも,といった瞬間。頬に衝撃が走った。どうやら私はクリスに平手をくらったらしい。
私は唖然とする。対してクリスは怒りを顕わにして,
「―――“だって”とか”でも”などないです!あなたには強く生き抜いてほしいそれが私を含めた全員の願い,何よりジルバートさんの望む願いです。さあ!いきなさい!」
私に大声で怒鳴った。
私は立ち上がる。クリスが声を先程より小さく変えて話した。
「あなたは幸せ者です。その鉄の面の下に力強い花を持ち。その花は何より想ってくれる人がいて愛されている。」
私はそれを聞きながらクリスと反対向き,敵に背を向ける形で踵を返した。
「あなたは幸せ者です」
繰り返す。それが別れの一言だった。
私は走り出しながら叫ぶ。
「上官の私に刃向ったのだから覚悟はできているんでしょうね!?」
彼女は無言だった。距離はどんどん離れて行く。
「最後の命令よ!絶対に生きて帰りなさい!いいわね?絶対よ!」
遠くで了解,と答えた声が聞こえた気がした。
私はがむしゃらに走る。
しばらくして自陣に戻ると作戦地帯で複数の爆発が響いた。
空に上がる焔がまだ明るくならない空をぼんやりと明るくする。
その後,作戦は我が軍の惨敗という当然と言えば当然の結果で幕を下ろした。
当たり前ながら兵を全滅させて逃げ帰ってきた私はその全責任をとることとなる。
軍の上の方々が二度の敗走をした私に下した結論は率直に言うと一つだった。
銃殺刑。―――要するに用済み以下である。
私は泣き叫ぶのでもなく,ああ,これでやっと彼のところに行けるのかと思った。
だがその甘美な誘惑から目を覚まさせてくれる人が私の目の前に現れた。
クリスやその姉キリスの父にして,立派な軍門のアリアス一家を統べる人,ヴォーグ・アリアス大佐だった。
大佐は驚くことに私に対する銃殺刑という決定をあらゆる権限を総動員してねじ曲げ,なんと軍からの除名だけで済まさせてくださったのだ。
大佐はその時,
「二人の娘たちが世話になったそうだな?ふむ,娘たちは何と言っておったかね?」
私はその大佐の問いに凛として答える。
「私に“生きろ”と,それが逝ってしまった皆の願い願いだと言っておりました。」
と,答えた。それに加えて私はこういった。
「それに彼女達は立派に戦い抜いきました」
「そうか」
大佐はその返答に満足したのか温和な笑みで,
「君に感謝しよう。わが娘たちは良い上官につけて幸せだったと」
そういった。私はあわててひざまずいて,
「そのようなお言葉私などには勿体ない限りであります。」
といったが大佐はそうかしこまらないでくれ,と言った。
「君が助かるのは言わば必然だ。実を言えば情報を漏らしたのは上の連中,それも私とは違う派閥の君をよく思わん連中だ。だからこの作戦もすべて仕組まれたもの。君を謀殺するためのものだったのだよ。」
私は自分の耳を疑った。だが事実は事実なので素直に受け止めることにした。
だがそれが事実だとすれば彼女は最初からああなることを知っていて作戦に臨んだこととなる。それではあまりに,
「―――報われない。」
そう,報われない。そう思っているとそれを私はいつの間にか口にしていたようで,
「ああ,そうさ。だが任務に殉ずるのも軍人としての役目だ。たとえそれがすべてを知っていてもそれを全うするのが真に軍人としての務めだ。」
大佐は少し俯き気味にこう言った。
私はそれを見てそれ以上に俯き,奥歯を噛み締め,拳を思いっきり握りしめた。
しばらく沈黙して私は静かに,
「窮地に私の命をお救い下さり感謝いたします。アリアスの血筋にはこれで三度救われました。このご恩は一生忘れません。」
感謝の言葉を述べた。対して,
「――なあに,例には及ばんよ。私は娘たちの願い,皆の願いを叶えたまでだ。君はそれに精一杯答えることだよ,それが君に課せられた使命なのだから。私はその必然に誘導したまでのことだ。君が気にすることは何ひとつないよ」
大佐はそう温和に言うと別れを告げて去って行った。
そして幾度か月日が巡り。私は未ださまざまな未練と悲しみを残したままやりきれない気持ちで日々を過ごしているのだった。
そんな日々のある晩のこと。いつもの様に彼らの墓前で祈ってからその後,日が暮れるまで感傷に浸っていると私は何かに呼び止められる感覚に襲われた。
懐かしいようなどこかぬくもりを感じる感覚。
「―――・・・。」
だがその感覚とは裏腹に私は急な目眩に襲われた。そのまま意識が無くなり倒れこむ。
次に気がつくと日はとっぷり暮れていた。自分はというと木の幹に座り込むようにしてもたれかかっていた。
これはいったい何なのか,訳が解らない内に私は誰もいない戦没者墓地で木の根から当たりを見回す。
視界には淡く光る発行体が見えた。それは恐らく死者達に手向けられた花だろう。
その花の名は彼も愛したフォルティ。いや,ルーアルーヌ。今までイノリバナともヒカリシラユリソウと呼んでいた花である。だが今,私はこの呼び名が一番気に入っている。
この花は私自身を表しているからだ。それにこの名には人の想いがこもっている。
私はこの花が好きだと思った。
一陣の風が吹く,私の黒髪は闇夜に溶け込むように流れていた。
ふとさっきの出来事は一体何なのだろうと,そんなことを思っている正にその時である。
「―――だ――――よ。」
今度は明確に声が聞こえた。
精神の摩耗による幻聴かと思い疑ってみるがそういう訳ではなく,遠くから声をかけられてはっきりと断片的に聞こえる様な感じである。
それはどうにも発光しているルーアルーヌに近づくと鮮明に聞こえるようだ。
私は声が聞こえるのと同時におこり始めた頭痛に頭を抑えながらも,ふらふらとまるで何かに憑かれたように夜の墓地を歩いた。通常ならこの場所では外灯が無くてとうに何かにぶつかっていると思う。だが幸いルーアルーヌの発光で足元は見えずとも何処に何があるかくらいは見える明るさはあった。
「こ―――――だ―――よ。」
私は進み続けた。声はルーアルーヌの近くを通るたびに大きくなって行き,花は何故か私が通り過ぎるとその灯火を消していった。
ただでさえ暗いのにだんだんと暗くなる周囲。その中でひときわ目立つ輝きを放つ花を見て私はさっきから聞こえる声はどことなくこの声は誰かに似ているなと思った。そういえば最後の作戦の時に聞いた覚えもある。
そう,この温かい声,
「―――ここだよ」
優しさのあふれる声。
「僕はここだよ!」
懐かしい親しみやすい声。
「僕はここにいるよ!」
この声は間違えなく―――いや,だがそんなはずはない。
けれども私は感極まって何故か思いがけず叫んだ。
「―――ジルバ・・・!」
そして私は目を疑う奇蹟を目撃することとなった。
視界は一瞬で光にあふれる。
目の前に先ほど消えてった灯火が光の粒子となり収束し目の前のひときわ輝きの大きな花に集まっていった。そして私がその眩しさに目を眩ませている間に人の形をかたどった。
それは間違えなく奇蹟だった。
―――なんと目の前にいるのは彼だったのだから。
「ジルバ?・・・ジルバート?」
「・・・ルーア。」
「あなた本当にジルバ!」
「ああ,そうだよ,僕だよ,ルーア。正確にはその想いが形になった奇跡だけどね。」
光の粒子が集まってできた透明な彼の姿は私が生前あの時に再会したままの姿だった。
金髪の癖毛,相手国の軍服,温和な顔。
「ああ・・・」
私はそのありえない出来事に涙した。
彼は言う。
「実は僕はこの世に去る前に強い思いを残してったんだ。それを伝えられなかったのが未練といえば未練でね。こうして毎日ルーアがここに来て祈ってくれたからその思いがやっと通じてこうして事を起こせたんだ。」
私は子供に返った様にただ泣きじゃくりながら頷き続けた。
「それで――。私にそこまで伝えたかった――事って―――なに・・・?」
私は彼に問いかける。
「それは―――」
「それは?」
彼はまっすぐな生前のままの眼差しで,
「僕のことで悲しまないで強く生きてほしいということ。それと,」
そう言うと握り拳を差し出して何かを渡してきた。
「これを君に託す。」
私はじっとその手を見てその何かを受け取る。触れた手は事態こそないものの温かくやさしいぬくもりが伝わってきた。その手から渡されたのは何かの種のようなものだった。
「これは?」
私が彼に問う。
「これはルーアルーヌ,君たちの言うイノリバナの種さ。たしかルーアの補佐の子が言っていた話じゃそっちの国でいろんな意味があるけど愛って意味もあるそうだね?だから君に贈るよ。」
すると彼は照れ臭そうに答えた。
私はそれに対して涙をぼろぼろ落としながら素気ないふりをする。
すると彼はそれを見て何故かにっこり笑った。
―だが,それがなにかの合図だったのか,
「おっと,そろそろお別れだね。条理を捻じ曲げて姿を現したのだからツケとして当然だけど」
光の粒子は元の花々へとどんどん戻り始めた。
「―――え。」
私はあまりの唐突さに思わず声を漏らす。
「最後にもう一つだけ伝えたい」
「何?―――なによ。待ちなさい!また私の前からいなくなるの!?」
彼は頭部を残してほとんど消えかけた輪郭で首を横に振った。
「いいや」
私はそれでも彼がもう消えてしまうと理解していても飛びついた。
「僕は消えるけど消えない――。」
だが時はすでに遅く,
「待って,待って!いなくならないで!」
花に集まった粒子はそれぞれの花に戻りきってしまった。
私は飛びついて空振ったままの姿で硬直する。そこで突然意識がなくなりはじめ,視界が真っ白くなっていった。
その白の中,
“―――僕はずっと君の所に・・・・。君の心の中にいるよ・・・。”
そんな言葉を聞いた。
私の意識が次に再び回復したのは翌朝のことだ。
「ん・・・夢?・・・なの?」
私は意識が起きる前の出来事をひとしきり夢幻である可能性を探った。
だが,
「―――え。」
片手にしっかりと握られているのは紛れもなく花の種である。
それをみて私は朝日を眺めながら夢ではないのかもしれないなと思った。
その後私は軍を退役したのでそれを機に新しいことを始めたのである。
彼の願い,彼女らの願い。彼らの願いであり託された“強く生きること”をモットーに今まで軍で稼いでいた貯金を崩し,首都から離れた自宅のある郊外の田舎に孤児院を立ち上げたのだ。
一方,戦争の状況はと言うと今しばらく続きそうだが和平交渉が両国間で始まるらしいと新聞報道が出ている。
終戦もそう遠くはない。
だがその間にも親を亡くして身寄りがなくなる子供などもなどは出てくる。
それらの子にここで生活してもらい,強く生きて育ってもらうのが残された私にできる皆への少しでもの弔いになると思ったのだ。
しかし,そうとは決めたもののそれからの日々は悪戦苦闘の毎日である。
私自身子供がいるわけでもなく又,子供を育てた経験もないため全てが最初は上手くいかなかったのだ。
それに子供のパワーとは恐ろしいもので,私の体力が尽きるまで振り回したあと好き放題暴れては毎回泣き叫び私を日々悩ますのだった。
途中投げ出したくもなったりはした。だが,それでも彼らの笑顔を見るたび投げだしたりはしたくなくなる。
そして,そんな彼ら彼女らと触れ合うたびに私の心は少しずつ癒やされていった。
そのようにして月日は目まぐるしく流れ,何人もの孤児を世に送り出した後に時は終戦を迎えた。
理由は両国の疲弊とそれに乗じた平和を訴える団体の活動の成果だそうだ。
私はそれを喜ぶ。二度と私やこの子達のように悲しむ者があらわれないことになるからだ。
そしてその終戦の話を新聞で見てから数日後,私はいつもの様に孤児院の庭に植えてあるルーアルーヌの花に水をやっていると子供達が急にざわつき始めた。
どうも来客の様である。
「だれかくるよ~」
「わーい!誰かな?」
「あたらしいお友だちだよ,きっと」
子供達はその来客に胸躍らせらせながら思い思いの言葉を口にする。
私はさっそくその来客を迎え入れようと急いで水やりをやめて振り向く。
そこにいたのは小さな男の子を連れていた赤毛の長髪の女性だった。
私は笑顔で礼儀正しく挨拶をする。
「こんにちは」
「どうも,お久しぶりです」
私は初めての挨拶にしては不自然だと思いよくその女性の顔を見た。
その顔は大部大人びていたが間違いなくこの顔は,
「クリ・・・ス?」
「そうです。覚えていらっしゃいました?その通りです,クリスティナ・アリアスです。ご無沙汰しております。」
間違えなくクリスだった。
私は驚愕した,彼女は戦死したはずなのにこうして実体としている。これはいかなることなのか聞くと彼女はこう答えた。
「私はあの後榴弾で爆破するだけ爆破して敵を誘導しました。更に全武装を使い切った後敵軍に降伏したのです。当然,私は敵に捕まりました。それからは長い捕虜生活でしたがこうして終戦が来るまでじっと耐えていました。それはもう辛かったですけどね。でも耐えたおかげでようやくここにきて故郷の国へと帰ることができたのです。」
つまりは何だかんだいって自分も生き延びようと努力していたわけである。
私はとても複雑な感情を抱いた。少し視線を下にずらす。
すると視界に小さな男の子が入ってきた。彼はクリスの足元に隠れては怯える小動物のような目でこちらの様子をうかがっている。
「ところでクリスその子は?」
彼女ははい,と言って,
「この子ですか?向こうの国の子なのですが親が早くに戦争で亡くなったそうで身寄りがないみたいなんです。だからここの評判を聞いてここに預けようと思いましてぇ。」
と答えた。
「そう,分かったわ。預かりましょう。」
私はいつものように二つ返事でそれを了承した。
そして不安で怯えているクリスの足元にいた男の子と同じ目線になるように近づいてかがんだ。
「僕?お名前は?」
「・・・」
とても恥ずかしがり屋のようだった。私は優しく懸命に話しかけ続ける。
するとようやく心を開いてくれたようで。
「ない」
一言答えた。私は疑問符が頭に浮かんだ。クリスに問いかけてみる。
「名前は親がつける前に亡くなってしまったらしいです。私も子細は知らないですが複雑な事情があるようです。」
どうやら本当にないらしい。
私は悩んだ,それでは子供達も私も名前が呼べない。
そこで私は思いついた。
「そうだ!ないなら私がつけてあげましょう。」
「え?」
クリスが反応した。
「いいんですかね?」
私は答える。
「いいの,もしあれだったら私がこの子を養子に取ります。」
クリスは唖然とした。足元にいる子を見て,例のジルバートさんにでも似ているんですかね,などとこぼした。
「わかりました,で名前は決めてあるんですか?」
わたしはええ,と答えてから,
「僕?君の名前は私がつけてあげます。いいかな。」
その子に聞いてみる。
彼は無言でうなずいた。
「じゃあ言うわ――――。君の名前は・・・・・・。」
解説および後書き。
ご一読有難うございました。
今回は前作“ジーザス”~この地に神は居らず~の続編ということで書きました。
続きものとしてはとんでもなく久方ぶりに書かれた作品になります。
さて,本文の内容について解説の様なものを入れたいと思います。もちろんその前に読んでいた最中に違和感や誤字脱字があればご指摘していただければ毎度の如く作者は喜びます。そして心が折れます。
(―――本編から。)
今回続きものとして構想地点からあれやこれやと模索し,死なせてしまった主人公の空席をどうするかなど悩みました。最初,この作品は自身の発案と友人の要望により作られたのですがこれはなかなか無茶な話でした。結果生き残ったルアリー・グローリアの(以下ルーア)のその後を書いて主人公とする案が決定事項となります。
そして今回のテーマは&キーアイテムはヒカリシラユリソウ(本文中ではフォルティ,イノリバナ,ルーアルーヌという名前がありました)と強く生き抜くことです。
この花にはたくさんの伏線を張り巡らせました。正直自分でも覚えきれない量です。
本文中に幾度も出てきたこの花は,ジルバ―トとルーア,戦死したすべての人アリアス姉妹の思いなどの象徴でした。
注・当然,架空の植物です。
それとこのお話にも曲をつけるならカラフィナの「傷跡」「スト―リア」をそれぞれOPとEDに使いたいところです。ぜひ聞いてみてください。
さて脈絡のない文章でしたが最後に,ひとつ。
最後に出てきた男の子の名前ですがあれは結局何と名付けられたのか?
それは想像に難くないと思います。
あの後ルーアはその子を養子としてわが子にして育てるのですが,その話はもう書く予定はないです。舞台はここで終幕。一つの物語となりましたので勝手ながらここで終わらせていただきます。
以上,解説及び後書きでした。
2009年7月16日第一次完筆。
“ジーザス”
~この地に彼女は生きる~
2009年,福沢希碧
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”ジーザス”から後日の話。ヒロインのその後を語る話です。