孫呉の外史2-3
遂に始まった反董卓連合の戦。
最初の関門である汜水関では、董卓軍の将である華雄と張遼が、呉軍の一刀と氷花、そして燕が激突していた。
激突する両軍。
その頃、張遼と戦っている氷花と燕は。
「そらぁ!なんや?大口叩いてその程度かい!!言うだけの実力見せてみい!!」
「ち、強い・・・ですね」
張遼の偃月刀と氷花の旋烈が激しくぶつかり合う。
互いに一対一の決闘をしていた。その頃の燕はというと、北郷隊を率いて張遼隊と戦っていた。
「やっぱり二人掛かりでやった方がよかったんとちゃう?」
「お気使いは・・・不要です!!」
ガギィィンっ!
互角に見える二人の攻防は、そう見えているだけで張遼の方が優勢に立っていた。
本来ならば、二対一で制する筈だったのだが、張遼率いる熟練の兵士達に北郷隊は苦戦を強いられ、早い段階でそれに気がついた燕が指揮に廻る事で苦戦をどうにか脱していたのだ。
だが、二人でどうにかなるかもしれない相手という事は、一対一では苦戦を強いられるという事に他ならない。
董卓軍が誇る名将・張遼は氷花にとって初めて戦う敵軍の将なのだった。
(やはり・・・これ程の相手に〝殺さず〟は苦しいですね。・・・かといって、奥の手を使うにはまだ早すぎる。〝アレ〟は氣の消費が激しいですから)
「ね!!」
――烈光。
青嵐を装備した状態で放たれる烈光は偃月刀の一振りで掻き消される。
「ええな。そうやないとあかんわ」
「やれやれ、随分と余裕のある台詞です・・・ね!」
「っとぉ・・・うんにゃ、言うほど余裕はないで?気ぃ抜いたらウチでも流石にアカンやろうしな、あとな、余裕があるから言うたんやのうて、あんたとの戦いを楽しんどるから言うとるんや!」
実のところを言うと、氷花もまた張遼と同意見だった。
楽しくて仕方がない。
彼女が今まで戦っていた敵の中で張遼は群を抜いて強い。
否、今まで戦った敵の中で、彼女は最も強い敵だった。
同じ頃、張遼隊と戦う燕は。
「やっぱり・・・手強い・・ハァァァッ!」
焔澪を回転させて振るう。巻き起こった風は、敵兵を巻き込み吹き飛ばす
「すぅぅぅ・・・・北郷隊、しっかりと踏ん張れ!敵が強いからって臆するな!この場を任せてくれた香蓮様に、一刀に応えなくてどうする!!」
一度深呼吸をして雰囲気が一変した燕が声を上げ喝を入れる。
押されかけていた兵たちは、燕の喝で再び力を取り戻した。
力を取り戻した兵たちの姿に安堵していると、明らかに異常な気配を持つ敵兵を燕は見つけた。
――アイツは危ない。
自分の部下達では決して敵うまいと直感で判断した燕は、その敵兵へ躍りかかった。
ギィィンッ!
敵を斬る筈の刃は、相手の体に届くことなく防がれていた。
すると、董卓軍の兵士の姿が陽炎のように歪む。
「へぇ・・・俺に気がついたんだ。・・・だけど、目的は君じゃないんだ。けど、残念な事に紛れたのが張遼の隊でね・・・やっぱ適当はよくないな」
――黒い外套。
――表情を窺わせない仮面。
――燃え尽きた真っ白な灰のような白髪
――握られた漆黒の刀剣
(あれは・・・刀!?)
「気付かれた以上は邪魔されても面倒だし、大人しくしてくれないかな」
「断る!燕はお前になんか負けない」
紅蒼の刃と漆黒が激突する。
強い〝想い〟の宿った刃と禍々しい氣が交叉し合う。
ギィン、ガッ、ギィィン!!
「くっ、このっ!」
「はぁ・・・中々に強い。これは手を抜いてやるわけにはいかない」
ガキィィィィンッ!!
横一閃の一撃が燕を払い、その一撃は燕を大地に転がす。
「ぐ・・・かはっ、お前・・・なんだ?」
「やっぱりこの程度ではどうにもならないか・・・。ああ、君の質問だけど・・・そうだな、強いて言うなら・・・〝復讐者〟かっと!?」
ギィィィンっ!!
男に躍りかかる燕。今度に限っては様子見ではなく、殺意を以って。
「聞いてきたのは君だろう?最後まで聞くのが礼儀だと思うんだけど」
「お前はここで殺す!お前はいちゃいけない!!」
「やれやれ・・・だったら君はもう一人存在を否定する事になるけど?」
「何を!」
燕は本能で察していた。
この敵は自分よりも強い。
どうやったらここまで禍々しくなれるのか理解できない。それほどまでにこの男が放つ氣は歪だった。
同じ頃、一刀と対する華雄は微かな苛立ちを覚え始めていた。
目の前にいる敵は自分よりも弱い。にも拘らず、未だに仕留めきれないのだ。
放たれる氣から感じる覚悟、そして自分を見る瞳は、正しく武人のモノ。そう認めたからこそ、華雄は全力を以って一刀の頸を取りにかかった。
だが、全力である筈なのに未だに目の前の敵は健在。
その事実が華雄を苛立たせていた。
(ええいっ!一体なんだというのだ!?)
「ハァ・・・ハァハァ・・・よっとぉっ!!」
――ふわっ。
華雄の振りおろしの一撃は、とても優しくいなされた。
相手の呼吸に合わせ攻撃の力を殺ぐ。
一言で言うならば、一刀がやっているのはただそれだけの事にすぎない。
だが、それは言うほど単純なことじゃない。恐ろしいまでの集中力を要するこの技法は、それに比例するように体力も消耗させる。
(・・・ああ、華雄さんが苛つくのはよーくわかるなぁ。俺も母さんの柔の戦い方に苛々した事何度もあるし)
思い出す母の顔と、寮に入る前まで毎日のようにいじめ――もとい、稽古を受けていた記憶を。
一刀にとって目指す目標の一人。祖父の娘である母はハッキリ言って強い。
鹿児島の実家には〝師範代〟の欄に母の名前が彫ってある木札が掛けてある。つまりそれぐらいに母は強いのだ。
――祖父は戦い方を。
――母は心と技を。
(もっとも、心の方は途中で挫折したけどね。)
諦め癖がついていた頃の自分を思い出して心底自分に呆れてしまう。
「くっ・・・はぁ、ふぅ・・・ふぅぅぅ」
距離を取り、呼吸を整える。気持ちを切り替え、そしてチラリと愛刀に視線を送ると、少し表情が曇った。
(・・・いつまでも威力を殺いでるだけじゃ勝てない・・・けど、真っ向から挑んだら)
間違いなく徒桜はその命を散らせる事になる。
そもそも、刀で戦斧と戦おうという時点で間違っているのだ。
それでも戦えるのは一刀が柔の・・・そして護りの戦い徹しているかに他ならない。
ただ――、それはあくまでも〝徒桜〟の場合。
もう一振りの刀――〝山茶花〟ならば。
(――だけど)
「はっ!」
「ちぃっ!貴様ぁ、ちまちまと戦わずに正々堂々と戦えぇぇぇ!」
苛立ちのままに、華雄はこれまでで一番威力のあるであろう戦斧の振りあげ。
その一撃もこれまで通りに戦っていたならば、いなす事が出来た筈だった。
だが、一瞬の雑念が、それを不可能にしてしまう。
――キンッ!!
高い音が響き、左肩から鮮血が吹いた。
「北郷!」
祭の声が耳に届いていたが一刀は反応しない。ただ呆然と立ち尽くしている。
「武器に助けられたな・・・だが、これで終わりだ。悪く思うな」
呆然とする一刀に華雄は戦斧を振るった。
仮面の男と対する燕は、体のあちらこちらに切り傷がありそこからは赤い血が流れている。
息も切れ、もはや一方的な攻撃をただ防いでいるだけだった。
それでも燕は剣を振るう。
彼女は、この男が誰を目的としているかはわからない。だが、自分がここで止めねばならないという事だけはハッキリと分かっていた。
「粘るなぁ・・・いい加減終わりにしたいんだけど?」
「行かせない。お前の相手は・・・燕だ!」
何度目になるかわからない鍔迫り合い。同じ結果を繰り返してきたこのやり取りはまたも同じ結果を迎える。
即ち燕の競り負けだ。
弾かれて大地に伏せ、再び立ち上がる。先程からこの繰り返し。
「はぁ・・・はぁ、はぁ・・ふぅ、ふぅ」
「まだ立つの?やれやれ、北郷一刀以外にはあまり興味なかったんだけど・・・仕方ない」
一刀の名前が耳に入った瞬間、燕の目が見開かれた。
――ホンゴウカズト
今、確かにそう聞こえた。
聞き間違いなんかじゃない。仮面の男は、北郷一刀と確かにそう言った。
「お前・・・どうして一刀を狙う?」
「!殺気がまるで別人だな・・・君に理由を話す必要はないよ。それよりも、いい加減立ち上がらないでくれないかな?俺は君を殺したいんじゃないんだよ」
燕は戦いの始まりから感じていた違和感にようやく気がついた。
この男は、戦っている自分にまるで興味がない。
〝自分を見ていない〟
(見てるのは一刀だけだ・・・)
「そう、北郷一刀だけだ・・・アイツを殺して、アイツを否定し続ければきっと!」
男は高らかに歌うかのように言葉を紡ぐ。
「!!」
その場から一気に飛び退く燕。
「へぇ・・・」
男は、空を見上げたまま感心した声を出す。
燕が感じたのは殺気。そのあまりの強大さと禍々しさに〝死〟のイメージが脳裏に浮かんだからだ。
距離を取った燕の顔には先程以上に汗が浮かび、呼吸も荒くなっていた。
「だけど・・・わかったろ?君じゃ俺は殺せない。見逃してあげるからさ、そのままじっとしてなよ」
「ま、て・・・」
声が震えていた。どうやら男の殺気に中てられたようだ。カチカチと歯が鳴っている。
立ち上がって戦わなければいけないと分かっているのに、体が言う事を聞いてくれなかった。
「さて、さっさと用事を済ませるとしようか」
「!」
用事――それは一刀を殺すことだと、考えるまでもなくわかった。
ふざけるな。
一刀を殺す?
(そんなことさせるか!)
強く唇を噛む。
プツっと糸切り歯が唇にささり、赤い血が流れる。その痛みのお陰で体の震えは形を潜めた。そして、目の前の敵を強く睨みつける。
――それまでを遥に凌ぐ敵意と殺意の両方を以って。
「な!?」
全身を襲う殺気に、今度は男が飛び退いた。
飛び退いた位置に叩きつけられていたのは燕の剣――。
「オイオイ・・・凄い殺気だな?」
男が呟いた言葉の通り、燕の殺気はこれまでと比べモノにならないほどに増していた。
「・・・殺す」
「成程、それが君の本性というわけだ」
「狂気の舞・・・見せてやる」
――殺意を刃に乗せ、燕は男へと躍りかかった。
ギィンッ、ガッ、キィィンッ――。
言葉なく互いの牙を交える氷花と張遼。
一進一退のこのやり取りは張遼へと天秤が傾きつつあった。氷花の攻め手は時を追うごとに減っていき、張遼の攻め手は当然のその隙を突いてくる。
「ハァ、ハァ・・・なぁ、自分――ええ加減、〝本気〟で戦ったらどうや?」
「!?」
互いの手が止まり間合いを取った時、張遼が不意にそんな言葉を氷花に投げ掛ける。
彼女の発言に氷花は驚き一瞬気が緩んでしまったのだが、張遼はその隙を突きはしなかった。
「あはは・・・やっぱりバレてたんですね。そうだと思いました・・・張遼殿、さっきから決定打を避けていられましたからね」
「そこまで気付いとるんやったら・・・もうええやろ?」
不敵に微笑む張遼。その笑顔を見て氷花は腹を括った。
――仕方がないか。
この人相手に〝殺さずの戦い〟はもう、無意味。
ましてや、これ以上はジリ貧になるだけだ。
いつか氷花は一刀に言った。
旋烈は、格上の将ならば使うと。
本来ならば、迷うことなく使うのだが、今回の目的はあくまでも張遼を投降させる事にある。そのため、殺傷力が増す旋烈は使わずにいたのだが。
(私が負ける訳にもいきませんし・・・さて、逝くとしましょうか)
四の五の言っていられる時間はもう終わった。この場を預けてくれた香蓮に、燕に。
そして他の誰よりも慕う一刀のためにも、負けるわけにはいかない
呼吸を整え、旋烈をその手に握りしめる。そんな時間をくれる張遼に心から感謝する氷花。
構えを取り、眼前の敵をしかと眼に納める。
「その心、澄み渡る水の如く・・・その攻撃は炎の如く激しく」
自分に言い聞かせるように唱える。
氷花の纏う雰囲気が揺らぎ始めると、張遼はそれに応えるように構えた。
「・・・氣装〝炎水〟」
声と共に氷花の体から、それまで以上の氣が迸る。
対する張遼は、氷花の変貌ぶりに胸が高鳴っていた。
「ええなぁ!アンタ最高や!!ウチも全力でいくでぇ!!」
張遼の楽しげな声にほほ笑みを持って応える氷花。
「改めまして・・・諸葛瑾子瑜・・・参ります!!」
氷花は一陣の風となって踏み出した。
「北郷!!」
祭さんの声が聞こえて気がした。
だけどそれはとても遠くからで、空耳程度にしか感じない。
肩から流れる朱色の血はおろかその傷さえ気にならない。
――徒桜が、折れた。
一刀の思考は、その一点に塗りつぶされていた。
この世界に来た時に自分と共にあった刀。
祖父が一人前と認めてくれた証として授けてくれた代物で、今の今まで共にあった相棒が、鳴り響く高い音と共にその命を散らせた。
「――――に――すけ――。――が、これで――」
華雄が何か言っている。
ああ、止めを刺そうとしてるんだ。
今の自分ならば、赤子の手を捻るかの如く簡単に止めを刺されることだろう。
――ここで死ぬ。
一刀はハッキリとそれを感じた。
だが、それでも体はただ立ち尽くすのみで動いてはくれない。
(ここまで・・・か)
もういい――。本気でそう思った瞬間。
『生きて帰ってこい!』
「!!」
心に響く彼女の言葉。一刀の頭の中は一気に鮮明になった。
顔を上げ、襲いかかる華雄の戦斧を、折れた徒桜で力づくで受け流す。
いきなり瞳に力が戻った一刀に華雄も声を張った祭も驚いた。
「そうだ・・・俺に・・・皆に、香蓮は生きて帰ってこいって言った」
言葉を紡ぎながら一刀は地面に突き刺さっている刀身を引き抜き、手に持ったままの徒桜の半身と共に鞘に納める。
華雄も祭もそれを黙ったまま見ていた。
改めて華雄に向き合った一刀は、腰に下げたもう一振――山茶花を鞘から抜く。
「必ず生きて帰る。貴女たちの事も、救ってみせる」
「・・・・・・・」
一刀から発せられる氣が、より強くなったのを華雄は感じていた。
(この儒子・・・)
目の前にいる男が、先程までの男と同一人物とは思えないほどに、一刀の気迫は別人だった。
一刀を見届けよと友に頼まれている祭もまた、一刀の変貌ぶりに驚いていた。
同時に、出陣前の香蓮との会話を思い出す。
『祭――この連合の一件でもしかしたら一刀は化けるかもしれんぞ』
『と言いうと?』
『氷花とも話したんだがな、徒桜は既に限界を迎えている。いつ折れてもおかしくはないだろう。そこが転換期となる。その時に一刀がその事を受け入れ乗り越えたなら・・・』
『変わる・・・と?じゃが、堅殿。儂にはそれぐらいで化けるとは思えなんだ』
『一刀は命の重さを知って・・・あたし達の様な強者との戦いを経て成長している。今のあいつをただの儒子と思わん方が良いぞ。・・・必要なのは切っ掛けさ』
『それさえあれば北郷は華雄に勝てる・・・と?』
『さてな、それは一刀次第さ。故に祭、手は貸さなくていい・・・ただ、あたしの代わりにあいつを見届けてくれ』
『・・・うむ、心得た』
そして香蓮の言葉通り一刀は化けた。徒桜の損壊という切っ掛けを経て。
「本当に化けおった・・・堅殿の見立ては真であったという事じゃな」
――トクン。
「おうおう・・・いい年をした老兵の胸が高鳴っておるわ」
クククと祭は笑った。
――見届けよう。目の前にいる男の在り様と戦いの結末を。
友である香蓮との約束とは別に祭は最後まで見届けることを望むのだった。
張遼は驚いていた。目の前の敵の変化に。
(ええ気迫や・・・華雄とどっこいってとこか)
気が抜けない。抜けばどうなるか想像するのは実に簡単だ。
だが、それを許すわけにはいかない。自分達は踏ん張らねばならないのだ。汜水関の先の虎牢関には――呂布がいて、その先の洛陽には――。
(粘らんとあかんのや・・・ウチらは)
そう思って頭を振るう張遼。
(あかんなぁ・・・そんなん、もう建前でしかないっちゅうねん)
――そうだ。もうそんな理由、どうでもいい。
今は楽しもう、この敵との戦いを。久しく忘れていたこの空気を。
――「改めまして・・・諸葛瑾子瑜・・・参ります!!」
宣言と共に氷花はその場から消えた。
「疾っ!・・・がっ!!」
ドォンッ!!
目の前にまで一瞬で踏み込んできた氷花はそのまま半身を張遼に御見舞した。張遼は長年の経験でそれを防ごうとしたのだが、反応もままならずに弾き飛ばされる。
体勢をすぐに立て直し、瞬間その場で宙返りをした。
ギィィンっ
張遼の偃月刀が背後に廻った氷花の攻撃を防ぐ。
「まだっ!」
「なんのぉっ!」
キィンッ、ギィンッ、ガッ!ギィィン!!
「やはり、そう都合よくいかないみたいですね!!」
氷花の疾さに、驚くべき速さで体を慣らした張遼は、その攻撃に次々と対応する。
が、それでも氷花は攻撃の手を緩める事はなかった。
「ははっ♪ええわ。めっちゃええ♪こんなに楽しい闘いはホンマに久しぶりや。瑾ちゃん、もっと闘ろうや!!」
「望むところです!!」
ガァァンッ!!
両雄の激突はその苛烈さを増した。
――ギィンッ、ガギッ、ギィィィィンッ!!
仮面の男と戦う燕は、激しい攻防を繰り返しながら戦場の空気が変わったのを感じ取った。
(氷花が本気になった・・・)
「ハァッ!!」
より苛烈さを増す燕の攻撃に、男は反射的に舌打ちをする。
「チッ。まったく、しつこいんだよ君は!!いい加減にぃ!!」
男は苛立っていた。
何度切りつけても立ち上がり向かってくるこの敵に対して。
(こいつ、戦いにくい・・・まるで舞い・・・ああ、狂気の舞とか言ってたな、クソッ)
苛立ちは益々募っていく。
(出来ればアイツ以外を殺すのは避けたいんだけど・・・)
思いの他、甘い事を考えている自分がおかしく思えた。
今更何をと男は自分を嘲笑う。
ここは自分とは無関係な世界なのだから気にする必要なんてないというのに。
(どの道、これ以上は付き合っていられない・・・ならっ)
考えがまとまった瞬間、男は一気に踏み込んだ。
燕の剣は、このまま男が回避しなければ、男を断ち切っていたことだろう。
だが、男は更に体を沈みこませそれを回避し、そして。
――ドゴッ。
「か、はっ・・・」
燕の腹にめり込む男の拳。
体の内側から体の軋む音が聞こえた。
「悪いな、そのまま寝ていろ」
「げほっ、がふっ、かはっ!・・・」
口からこぼれる鮮血。舌の上に嫌な苦みが広がる。
内側から響く激痛に意識が遠のきそうになる。だが、それでも燕は無理やり立ち上がろうとする。
「ま、て・・・」
「御断りだ。それじゃあな」
そのまま男は砂塵舞う戦場の中に姿をくらませていった。恐らくは一刀の所へと行ったのだろう。
残された燕は隊の仲間が心配して駆け寄ってきたが、まるで気にも留めない。
「――くしょう」
口内に広がる血の苦みと、全身に走る痛み以上に悔しさがこみ上げる。
最後の最後まで自分は遊ばれていた。
本気など欠片さえ引きずり出す事もできずに、体のあちらこちらを傷だらけにされて。
「ちくっしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
燕の叫びが戦場に響き渡る。
燕は、生き残った。
だが、それ以上に敗北していた。
反射的に握りしめた拳から血が流れる。
掌から走った新し痛みに、頭の中が一気に晴れる。
――そうだ。今は叫んでる場合なんかじゃない。
「一刀のところ・・・に、いかな・・・くちゃ」
――一刀を守りたい。
その思いで体を動かそうと試みて、そこで燕の意識は暗転した。
氷花対張遼の戦いは、お互いにそろそろ決着だろうと思っていた
「烈光・空閃!」
「なんのォッ!!」
ガギィンッ
氷花の連撃を意気揚々と捌く張遼。その表情たるや今まで以上活き活きとして見えた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!」
「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!」
ガガガガガガガガがガっ、ギィィィィンッ。
二人の激しい攻防はより一層苛烈になっていく。
だが、それでも氷花は不利な状況にいた。
(拙いですね・・・氣が・・・もう)
自分の限界を悟り始めている氷花。
技量、経験とあらゆる全てが氷花の上をいく張遼に迫るために、氷花は氣の流れを一気に加速させ、身体能力を向上させてようやく追い付いているわけなのだが、当然消費が激しく長時間持つ筈もない。
故に、氷花にとって氣装〝炎水〟は奥の手中の奥の手だった。
(ええわぁ・・・めっちゃええ♪攻撃の激しさに反して、この子・・・冷静や)
「はぁ、はぁ。もっとや!もっと楽しもうや!!瑾ちゃん、ウチ・・・あんたの事めっちゃ気に入ったわ」
「それ・・・は、どう・・・も!!」
会話に余裕のある張遼と微かに息切れが見え始めている氷花。
このままいけば、どちらに軍配が上がるかは明らかだったが、その時――。
「痛っ・・・っ!」
鈍痛で一瞬集中が切れてしまった張遼。気を取り直した時には氷花はもう目の前だった。
(しもたっ!!さっきの・・・)
氷花がもう限界だと判断を下しかけた時、張遼の表情が一瞬、苦悶に歪んだ。
その理由を氷花は一瞬で看破する。
(あの時の体当たりが効いた!)
〝炎水〟を発動させた瞬間の最初の攻撃が張遼の肋骨にダメージを与えていたのだ。
何故今頃になってなのかも察しがついた。
いくら強かろうと張遼も同じ人間。体力が減っていない筈がないのだ。
氷花との激しい攻防で体力を削られ、無意識の内に体がそれを自覚したために今まで忘れていた痛みが鎌首をもたげたのだった。
「とったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ゴッ!ガァアンッ
「ちぃッ!」
右手で張遼の手頸へ一発。喰らった瞬間、偃月刀を握る手の力が緩み、下から殴りつけ弾き飛ばす。素手になった張遼に間髪いれずに体ごとぶち当て、吹き飛ばし、残った氣の全てを籠めた一撃を御見舞する。
「青狼疾風撃!!!!」
旋烈を握ったままの拳から放たれた氣は、狼の容姿を取り、張遼に向かって踊りかかる。
空中にいる張遼は二頭の狼の前に防御できなかった。
「ぐぁぁっ!!」
張遼の全身を駆け抜ける衝撃に張遼は、一瞬意識が飛ぶのをはっきりと自覚した。
(こら・・・ウチの負け・・・やな)
地面に叩きつけられた張遼は自身の敗北を――受けいれた。
技を放った後、氷花はその場に崩れ落ちたが、フラフラと立ち上がり張遼の下へ歩み寄る。彼女の下に辿り着いた氷花は旋烈の片方を張遼に突きつけた。
「はぁ、はぁ・・・私の・・・・勝ち・・はぁ・・です、ね」
「せや・・・な。ウチの負け、や。・・・ま、好きにしぃや」
「では・・・投降して、頂きます。部下の皆さん・・・に、呼び掛けてください・・・ね」
張遼はゆっくりと氷花の申し出に応える。
そこまでを確認すると、緊張が解けそのまま氷花は意識を手放す。
(一様・・・・氷花は、ちゃんと成し遂げました)
――氷花と張遼の戦いはこうして幕を下ろした。
一方、一刀と華雄の戦いもまた、最終局面を迎えていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
無言で対峙する両雄。
祭は、黙って二人を見ている。
張りつめた空気の中、最初に動いたのは一刀だった。それまでの疾さを凌駕する速度で華雄の懐へと踏み込む。
「くっ!?」
「はあっ!!」
ギィンッ!ギャンッ!!
右からの薙払いを防いだ華雄は、安堵することなくそのまま反対側から来る攻撃を防いだ。
(疾い・・・そして重い!)
一刀は、初撃を防がれたのを体で感じた瞬間、そのまま体を回転させ逆方向からの一撃を放ったのだ。
重い衝撃が華雄の体を宙に浮かす。
ザザザッと地を擦るものの、華雄は体勢を崩す事はない。だが、そんな事は百も承知の一刀は攻撃の手を休めずに続ける。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「嘗めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ガギンッ、ギャッ、ギン。ガガガガガガガガがガ、ギィィィィンッ!
今二人が繰り広げているのは目に焼き付いて離れないほどの攻防だった。
(――わかっちゃいたけど、〝コレ〟使ってようやく、か)
――奥義・神渡
一刀のもう一人の師である母が授けてくれた氣による身体能力の強化術。
神さえ運ぶ鮮烈な風――それは即ち、それほどまでに強大無比ということ。あらゆるものを破壊しつくす暴力の塊。
さながら暴風のごとき疾さと力で相手を圧倒する奥義
未だ未熟な自分では母や祖父のようには使いこなせない技ではあったが、贅沢は言っていられなかった。
――『一君、どんな技もね・・・大事なのは〝出来るんだ〟って気持ちよ。今の一君は諦め癖がついてるから、どんな技も半端になってしまっているわ』
滅多打ちにされて伸びている自分に母が語りかけていた情景が浮かぶ。
――大事なのは心。
そう自分に訴え続けた母の言葉の意味が今なら分かる。
鍛えた所で力が発揮できない事がもどかしくて、なら――と。
なにかと諦め癖がついてしまった自分。
だけど、この世界に来てそんな気持ちいつの間にか忘れていた。
命の重さを知って。
あの人の強さを知って、もう一度歩きだそうと思ったんだ。
もう立ち止まるわけにはいかない・・・立ち止まりたくない。
(そうだ。だから・・・愚痴ってる場合じゃない)
愚痴を考えている暇なんてない。ただでさえ切羽詰まった状況だというのに考える事に力を割いていたら確実に負ける。
それだけは絶対に避けなければならないのだ。
(だけど山茶花・・・まさかここまで感覚が違うなんて)
驚くほどに自分の手に馴染むこの刀剣は、今の一刀の氣を受け、より強力な武器へと昇華していた。
(ありがとう・・・香蓮)
――勝つ。
そう言い聞かせて感覚を研ぎ澄ます。
残された時間は長くない。
氣が尽きた時点で一刀は敗北を免れる事が出来なくなる。その前に決着をつけなばならないのだ。
「何を笑う?」
不意に華雄がそう問うてきた。
どうやら自分の表情は緩んでしまっていたらしい。
しかし、それも無理はない――何故なら
「楽しくて、さ。・・・そんなこと考えていい状況じゃない事は分かっているんだけど」
「何を言う、強者との一騎打ちに心躍らぬ将などおるまい。案ずるな・・・貴様同様、私も楽しくて仕方ない。これ程の腕を持つ相手と手合わせするのは随分久しぶりなのでな」
華雄の表情には笑みが浮かんでいる。それを見た一刀は彼女が何故か香蓮に似ていると思ってしまうのだった。
「それじゃあ無駄話はこれくらいにしようか?華雄さん」
「ああ」
互いに構える。
張り詰める空気。
交叉しようとする互いの牙と爪。
――次の衝突で決着がつく。
お互いの眼を見て二人は本能でそれを悟った。
張りつめた空気が限界を迎えようとしたその瞬間に、一刀の全身を悪寒が覆う
「北郷!!」
華雄の叫び声に振りかえる前に胸に灼熱が奔る。
何かと視線を下ろせば胸から漆黒の刃が生えていた
「はい・・・これで決着だ」
声が、後ろから聞こえた。
~あとがき~
まず・・・汜水関の戦いはこれにて終了です。
納得いかない方も多いかもしれませんが。それについてはすいませんとしか言えません。
ですがこうしようと決めていたので本当にすいません
次に霞・華雄についてですが
霞については言う前もなく投降しました。では華雄はというと・・・その辺は次の話で明かそうと思っております。
それが終わったら次は虎牢関――恋との戦い。
反董卓連合戦において一番の難関(?)です。
なお、反董卓連合戦において一刀、氷花、燕の三人は戦えない状態なので戦線離脱となります。
仮面の男の正体、真の目的等はまあ・・・その内明かします。
つづいて今回の話で一刀の母親を登場させてみました。
オリキャラとなるのでここでキャラ紹介を。
北郷 香奈恵(ほんごう かなえ)
一刀のもう一人の師で恐ろしいほど強い人。
実家の道場では師範代の欄に名前がある。
この設定場、一刀の父親は婿養子です
浅草の家で毎日のように一刀をいじめ・・・ではなく鍛えあげた人
このキャラの誕生理由は。実家に祖父がいて一刀は浅草にいるというのにここまで強いのは何故かと考えたら、外史だから、天の御遣いだからという設定だけでは無理がある。ならば、もう一人一刀の師が必要になると感じたからです。
親馬鹿で、諦め癖のついた一刀が立ち直るのを信じている。
とまあこんな感じです。
多分これからも祖父同様に出番はあります。
今回はこんなところでまた――。
Kanadeでした。
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孫呉の外史2-3をお送りします。
今回はバトル中心なのですが、戦闘描写がうまくいってるかとても気になるところ・・・
汜水関の戦い・・・一刀たちの戦いの行方や如何に
それではどうぞ。
感想および誤字脱字等待ってます