No.139077

リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.14

リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 ラスト前。
 ただ刮目せよ。
 いや、してください。

2010-04-27 03:47:56 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:20118   閲覧ユーザー数:18504

 

 

 暗い闇の中を、ティアナ=ランスターは進んでいる。

 時刻は夜半。

 墓標のように並び立つオフィスビルにも明かりは消え、すっかりと人の気配の消え去った街の狭間。ティアナは、ゴーストタウンに彷徨うファントムのように浮かび立っていた。

 

ティアナ「……この景色も、きっと もう見納めね」

 

 さすがに もう二度と故郷に帰ってくることはないだろう。今回の旅は、さまざまな珍事が起こりすぎた。さすがにもう食傷気味だ。これ以上 変なことが起きる前に、次の土地へ旅立つことにしたティアナだった。

 

 ティアナは、自分の腰を確かめる。

 そこにはホルスターに収められた、巨大な拳銃がブラ下がっている。

 非人格型アームドデバイス“ファントムレイザー”。

 ティアナが放浪生活を始めてから愛機にした、ただただ戦闘に特化した純粋武器だ。

 あまりに武器過ぎるために、この間まで入国管理室に預けられていたのだが、先日のテロ事件鎮圧の功績をたたえられて、手元に戻ってきた。

 

ティアナ「やっぱりコレがあると、腰が落ち着くわね」

 

 Is this mach better than me?

(私よりもですか?)

 

 ポケットに捻じ込まれたクロスミラージュが尋ねる。

 

ティアナ「バカね、何 嫉妬してるのよ?」

 

 苦笑するティアナ。

 

ティアナ「いいクロスミラージュ。アンタが どうしても付いてきたいって言うから連れてきてあげたのよ。マーカーシグナルは しっかり切ってあるんでしょうね? アンタからの信号を追跡されて お縄とかになったら笑い話にもならないわよ?」

 

 No problem.

(大丈夫です)

 

 クロスミラージュとファントムレイザー、二つのデバイス。右足には、先日モグリ医者から届けられたばかりの新型義足が着けられていて、大変具合がよい。

 態勢は万全だった。

 後は、ミッドチルダの工業地区から出港する次元間貨物船に密航すれば、管理局でも追いきれなくなる。

 永遠の別れとなる我が故郷の見納めに、一際高いビルの屋上に座り、タバコの煙を味わっていた、その最中だった。

 

なのは「…………ティアナッ!」

 

 上空から飛来してくる白い機影。

 一人の航空魔導師が、ビルに たたずむティアナの眼前へ降り立った。

 天使のごとき純白のバリアジャケット。桜色の魔力光を羽毛のように散らしながら、ツインテールに結んだ栗毛をビル風に揺らしている。

 

なのは「やっと……、見つけた………」

 

 高町なのは。

 疲労に息を乱し、病室から消え去った かつての教え子を、キッと見据える。

 

ティアナ「……………」

 

 ティアナは、じっとりとした視線を、胸元の金属カードへ。

 

 N... No. I don't miss.

(わ、私ではありません)

 

 なのはは、病室からティアナがいなくなったと知った瞬間、かつてクアットロを燻り出したときに使用したエリアサーチ魔法で、病室周辺を隈なく調べまわったのだった。

 発見は、本当に幸運だろう。

 恐らくティアナが病室を去ってから それほど時間が経っていなかったのか。もう少し遅れていたら今のティアナのことだから、もっと巧妙に潜み、なのはのサーチを容易く振り切っていたに違いない。

 

なのは「ティアナッ! 一体何処へいくつもりなのッ?」

 

 厳しい表情で問い詰める。展開した無双のデバイス・レイジングハートの切っ先を突きつける。

 

ティアナ「……………」

 

 その鬼気迫る表情の なのは を見て、ティアナは恐れるどころか、逆にフフンと笑った。

 

ティアナ「…また旅の空が恋しくなりましてね。今度は涼しい土地でも探して、いい旅 夢気分ですよ」

 

なのは「ふざけないでッ!!」

 

 レイジングハートが魔力の気炎を上げる。

 

なのは「この場所に、アナタを慕う人が どれだけいるか わかってるのッ? ……スバルだけじゃない、今では もう かすが や、ティシネさんや、アレクタがいる。皆にとって、アナタは失いがたい人間なのよ! 何故そんな人たちを捨てて、フラフラと姿を消せるのッ?」

 

 ティアナは答えない。それが もどかしくて、なのは は さらに言葉を吐き出す。

 

なのは「ねえ、…もしかして、私がいるから? ティアナは私のことが嫌いだから、私の顔なんて見たくないから、同じミッドにいたくないの? ……それなら………」

 

ティアナ「うぬぼれるな」

 

 氷の刃のように冷たい言葉。

 その声は呟くように静かだが、相手を萎縮させるのに充分な剣呑さがあった。

 

ティアナ「勘違いしないでください。私にとってアナタは もう、どうでもいい人間なんですよ」

 

なのは「どうでも、いい……?」

 

ティアナ「私はね、そういう人間になってしまったんです。心も体もグチャグチャに壊されて、人の愛情を受け取ることも、与えてやることもできない。だから一つところに留まれずに、色んな土地をフラフラしていくしかない。私はね、もう完全な根無し草なんです、そういう生き方しかできないんですよ」

 

なのは「ウソだよ……!」

 

 なのは は搾り出すように言った。

 

なのは「ティアナは そうやって自分を卑下ばかりする。……ティアナが本当に、愛情を与えることのできない人間だったら、どうして あんなに沢山の人がティアナを尊敬するの? 何故アナタは 目の前にある大切なものから逃げようとするの……ッ?」

 

ティアナ「………わかんない人ね」

 

 ティアナは、腰のホルスターからバケモノのような巨大拳銃を抜く。

 

ティアナ「私には もう、そういうのを受け取る資格もないのよ」

 

 ハンドキャノン型 非人格デバイス・ファントムレイザー。その棍棒のような銃身から高音の唸り声と、煙が上がる。

 

ティアナ「お喋りは もう沢山です。どかないというのであれば実力で排除しますが、どうします?」

 

 ティアナの目は本気だった。

 自分の進む道に立ちふさがるなら、かつての師だろうと叩き伏せよう、そういう覚悟が浮かんでいる。

 その覚悟は 百戦を潜り抜けて練磨されてきたもの。実績も、実力も、5年前とは比べ物にならないほど違う。それと真正面から対峙して、なのは は自身の気力が押し負けているのを感じた。

 ヴィヴィオを養子に引き取ってから ずっと、前線から遠ざかってきた なのは。それと同じ時間ティアナは地獄に等しい実戦を積み重ねてきたのだろう。

 

 ―――――『なのはは、正直 今のティアナと戦って勝てると思う?』

 

 親友の言葉が 脳裏に甦る。

 たしかに その答えは出ない。勝利の確信はない。だがそれでも、

 

なのは「もうアナタを一人には、させない! アナタを倒してでも!」

 

 

 Divine Buster!!

(ディバイン バスター!!)

 

 

 レイジングハートの電子音声と共に放たれる魔力砲。

 それが戦いの火蓋を切った。

 洪水のごときデタラメな魔力の激流に、ティアナは避ける暇もなく飲み込まれ、桜色の魔力光の中に消える。

 文句なしのクリティアルヒット。

 

ティアナ「不意打ち同然の、溜めナシ速射のディバインバスター。……容赦のなさは相変わらずですね」

 

 背後から言われ、なのは は慌てて後ろを向く。

 そこには、たった今 吹き飛ばしたはずのティアナが、無傷で立っていた。

 

なのは「幻影………?」

 

 イヤ、ディバインバスターで吹き飛ばしたティアナは、その寸前まで 体に実感があったし、息遣いも確かだった。本物に違いないと思ったから大技で決めに出たのだが……。

 

なのは「そう、アレが幻態ってヤツね」

 

 テロリストとの戦闘記録に映っていた、実体のある幻影。ティアナが旅の途上で獲得したオリジナルスキル。

 

なのは「でも、あんな変わり身みたいな使い方をするなら幻影と大差ないんじゃないかな? 幻影よりも幻態の方が、魔力コストの高いのは明白。それを使い捨てにするのは、あまりいい運営法とはいえないよ?」

 

ティアナ「この期に及んで先生 気取りですか?」

 

 ティアナが冷たい皮肉を告げる。

 

なのは「そうだね……、じゃあ、私の授業、どれだけ覚えているか復習してみようか?」

 

 

 Axel shooter!!

(アクセル シューター!!)

 

 

 レイジングハートの声と共に、今度はテニスボール大の魔力弾が12個、空中に浮かぶ。

 

なのは「昔、模擬戦でやったね? 私の操作する魔力弾を5分間 避け続けるか、私に一発当てたら合格。あの時はスバルとエリオとキャロがいたけど、今回はアナタ一人、どうやって捌くッ?」

 

 なのはの号令と共に、12個のアクセルシューターが一斉にティアナへ襲い掛かる。

 これらの魔力弾は、なのはの魔力を感知して自由に軌道を曲げる。命中するまで永遠に標的を追い続ける管制誘導弾だ。普通なら そのような高等な魔力弾は、一度に一発しか操作不可能だが、それを十二発も同時に操れるのが なのはの『エース・オブ・エース』たる由縁だった。

 しかし そのような高等魔術も、今のティアナを恐れさせるには足りない。

 ハチの大群のように襲い掛かる魔力弾の群れを、踊るようにヒラヒラかわす。

 

なのは「よけちゃダメッ! 忘れたのッ、センターガードのポジションは射撃が命。バタバタと動き回っていたら、肝心の射撃体勢が……!」

 

ティアナ「たしかに そんなことを言ってましたっけね…。しかしそれも、私ぐらいのフットワークを獲得していれば、どっちでも問題ない」

 

なのは「!!?」

 

 なのは は すぐに気付いた。アクセルシューターを避け続けるティアナの、その体勢のキレイさを。上半身が まったく崩れていない。下半身が忙しなく動いて弾を回避しているというのに、上半身は湖面に浮かぶ落ち葉のように、静かにたたずんでいるのだ。

 中国拳法を極めた達人は、歩こうと走ろうと、頭が上下に揺れることはないという。

 それと同じように、フットワークを下半身に預けたティアナの上半身は、まったくブレていなかった。

 それほどに安定した上半身なら、そこから狙いをつけて放たれる銃弾は…………、正確無比。

 

 ドン! ドドドドドドドドドドドンッ!

 

 ファントムレイザーが吐き出す連射が、あやまたず、飛び交うアクセルシューターを すべて叩き落した。

 その間、1,2秒といった早業。

 

なのは「………………ッ!!」

 

ティアナ「空戦魔導師の戦い方は 雑 なんですよ。アナタたちは空を飛びまわっているから、その動きがイチイチ大味になる。でも私たち陸戦魔導師は違う、二本の足を ちゃんと大地に預けているから、その精力のすべてを諸動作に注げる。大地の安定、大地の反動、大地の恵み、そのすべてを糧にして、陸戦魔導師は戦える」

 

 ティアナの視線が、なのはを射竦める。

 

ティアナ「大地には山があり、谷があり、水があり、砂があり、木々があり、並び立つビル群がある。………空には何があります?」

 

なのは「……ッ」

 

ティアナ「環境を利用して戦える。それこそ空戦魔導師が、陸戦魔導師を超えることのできない、絶対的な差。………それを今からアナタに教えますよ、実戦形式で」

 

 ザザ……。

 ティアナの体にノイズが走り始める。

 

なのは「……ッ!」

 

 瞬く間に なのはの目の前からティアナが姿を消したのだった。

 

なのは「これも幻態だったのッ? レイジングハート! 周囲索敵! 360度!」

 

 Yes master.

(了解しました)

 

 一人取り残された なのは。ビルに囲まれた戦場は、肉食獣の潜む密林へと早変わりした。

 幻態に変わり身をさせて、まんまと姿をくらますことに成功したティアナは、なのはの見えない場所から しっかりこちらを狙っているに違いない。隠れて狙撃、精密射撃型 必勝のパターンだ。

 周囲は、明かりの消えたビル群、何処に敵が潜んでいるかわからない。闇雲に耳目で追う愚は侵さず、人の感覚より何倍も秀でたレイジングハートの索敵サーチをフル展開する。

 ほどなく、その成果は現れた。

 

 Hit! coordinates X:3 Y:55 Z:13

(発見! 座標X:3 Y:55 Z:13です)

 

なのは「よし、その座標へ向けてエクセリオンバス……ッ」

 

 Hit! coordinates X:37 Y:11 Z:97

 

なのは「えっ?」

 

 索敵は止まらない。レイジングハートは発見した敵の位置を、のべつまくなしに なのはへ報告する。いくつもいくつも。

 

 Hit! coordinates X:47 Y:31 Z:19

 Hit! coordinates X:55 Y:34 Z:17

 Hit! coordinates X:64 Y:49 Z:7

 Hit! coordinates X:12 Y:1 Z:43

 Hit! coordinates X:24 Y:81 Z:73

 Hit………!

 

なのは「待ってッ! ちょっと待ってレイジングハートッ! まさかコレ全部、ティアナが作り出した幻態……ッ?」

 

 それ以外、これほど多くの敵から囲まれている説明がつかなかった。

 索敵にヒットした敵は肉眼では確認できない。並び立つビル群の それぞれに潜んで、こちらを狙っているようだ。

 幻態はティアナのダミーでありながら、それ自体が攻撃能力をもつ。このままでは四方八方から狙い撃ちにされる。

 

なのは「ここに とどまるのは危険だね…! 飛ぶよッ、レイジングハートッ!」

 

 なのは の脚部に桜色の光翼が羽ばたき、なのはの体を上空へと運ぶ。

 周囲は立ち並ぶビル群、身を隠すにはもってこいの地形だった。「環境を利用した戦い方ができる」。ティアナの言ったことは こういうことだったのか?

 

なのは「私の魔力を全開にして片っ端から攻撃したら、周囲の被害が とんでもないことになる……。それに比べてティアナの得意は精密射撃、壊しちゃいけないビルをよけて私に当てるなんて、朝飯前だよね……!」

 

 たしかに この環境は、なのは に対して あまりにも不利だった。

 

なのは「とにかく、バラ撒かれた幻態の中から本物のティアナを見つけ出さないと…! レイジングハート、やれる?」

 

Sorry. I can't tell those group apart.

(すみません、私のレーダーでは判別不可能です)

 

 ティアナが幻影を操っていた六課時代ですら、偽者と本物の判別は計器類では不可能だった。

 幻影だったなら、攻撃を一発当てれば簡単に消え去る。しかし進化した幻態は、攻撃をよければ防ぎもする。偽者を一体一体 潰していくには あまりにも労力がかかりすぎる。

 

 ………イヤ待て。

 

 あった、一つ、本体と幻態を簡単に見分ける方法が。

 テロリストとの記録映像によると。一見 実体をもって本物そっくりな幻態も、オリジナルとは大きく異なる点があった。

 それは、幻態の能力が、本体の1/10しかないということだ。

 事実テロリスト戦では、幻態の放った魔力弾は、敵のシールドを貫通することができなかった。本体の攻撃で初めて貫通することができた。

 そして今ティアナと対峙しているのはSS+の高町なのは、シールドの強度でテロリストごときに劣るはずがない。

 

なのは「よしっ、レイジングハート、守りを固めるよ。幻態からの攻撃はすべて弾く、シールドを貫通する攻撃こそが、ティアナ本体。その射角を手がかりに、本体の居場所を突き止めるッ!」

 

 Ok master!!

(了解です!!)

 

 ビル風吹き荒れる、ビルの谷間の上空。そこで なのは は浮遊しつつ、360度に隙間ないシールドを張る。

 ティアナにとって、必殺は自分自身からのショットしかないはずだ。何処に隠れていようと、最後は それが決め手になる。

 

なのは「―――ッ!!?」

 

 銃声と共に、なのはの肩に痛みが走る。

 間違いない、シールドを貫通してきた魔力弾だ。なのは は痛みに こらえて叫ぶ。

 

なのは「……今の狙撃、11時の方向ッ!その方向にある索敵反応へ、―――攻撃ッ!!」

 

 たちまち桜色の閃光が、宵闇に たたずむビルの一棟へ叩き込まれる。一瞬前、その閃光に、窓から銃を構えるティアナの姿が映し出されたが、すぐさま閃光に飲み込まれて消えた。

 命中だった。

 煙を上げるビルを見守り、なのは は安堵の溜息を漏らす。

 

なのは「呆気ないね、ティアナ……」

 

 最初の一発目から本体で攻撃するとは、もう少し幻態で かく乱すれば、自分を仕留める もっと大きな隙を見つけ出したかもしれないのに。

 いや、シールドを破れない幻態からの攻撃が増えれば増えるほど、消去法的に本体の居場所を炙り出されてしまう。だからその前に、敵が標的の多さに戸惑っているうちに、勝負を決めようとしたのか。

 

なのは「どっちにしろ、本体が やられた以上すべては終わりだけどね。………痛ッ?」

 

 左足に走る激痛に、なのは は身をたわませる。

 そうか、自分は撃たれたんだった。

 ティアナの所在を知るために一発、そのお陰で勝てたのだから、傷も意味ある代償と思うべきか。

 ……いや、でも待て。

 ……おかしいぞ。

 ……痛いのは左足だ。

 ……でも一射目で撃たれた部分って、肩じゃなかったか?

 

 Emergency! master!

(大変です、マスター!!)

 

 痛い。痛いのは足と肩、その両方に銃創が穿たれ、血が流れ出している。

 

なのは「ど、どういうこと……?」

 

 The second shoot!

(第二射です!)

 

なのは「うそッ、もうティアナの本体は倒したんだよ! 幻態も ぜんぶ消えてるはず……ッ!」

 

 しかし事実、なのはの体には肩と足、二ヶ所に銃創があるのだ。

 第一射直後にティアナの本体を撃破したのに、その後に また狙い撃ちされたというのか。

 

なのは「――きゃあッ?」

 

 第三射、今度は左腕、思わずレイジングハートを取り落としそうになるが、何とか こらえる。

 

なのは「今の射撃は5時方向から…。本当に狙撃は終わってない、どういうこと?」

 

 本体は もう倒したのに。

 でも あれが、一射目を撃ったティアナが本体でないとしたら?

 そんなはずはない、幻態ではシールドを突き破ることができない。シールドを突き破って なのは に負わせた銃創こそが、その狙撃者が本物であることを証明しているのだ。

 

ティアナ『――よく お勉強してきたようですね。優等生のアナタらしいですよ』

 

なのは「ティアナッ?」

 

 ビルの谷間に木霊するティアナの声。しかし念話だ、これでは声の響きから位置を特定することができない。

 

ティアナ『でも、どうせ研究するなら、もっと詳しくやるべきでしたね。参考に使ったテロリスト戦と、今の私にある変化を』

 

なのは「変化? ………どういうこと?」

 

 肩、足、腕。なのはの体に どんどん穴が開いていく。

 逆にティアナの健在は どうやら確定のようだ。それでは やはり第一射目で倒したのは、幻態による偽者?

 

なのは「そんなことより、…変化、………変化? …………はっ!」

 

ティアナ『気付きましたか? テロ娘との戦いでは、次元港で本デバイスを取り上げられた私は、緊急避難的に昔の道具を使っていた。でも今は違う、今私が握っている銃は、現役のデバイス―――』

 

 ―――亡霊の刃“ファントムレイザー”。

 

ティアナ『コレは、知り合いのモグリ医者の特製品でね。AIや通常待機モードをオミットした代わりに、色々面白い機能がついているんですよ。……その一つが、シールド貫通機能』

 

なのは「シールド、貫通ッ?」

 

 謎が解けた。

 どういう仕組みかはわからないが、現在ティアナが使っている新デバイスには、使用者の力量に関係なく敵のシールドを無効化する機能がついているのだ。

 だから本体でなくてもシールドを貫通することができたのだ。幻態が1/10の能力しかもたなくても、デバイスの特性は しっかりダミーにコピーされている。

 

ティアナ『このデバイスがあれば、テロ娘も 本体の出る幕なく倒せたんですがね。まあ済んだことは どうでもいいです。今は アナタが、自分のケツに火がついてることを理解してくれれば!』

 

なのは「………ッ!!」

 

 背筋が震える なのは。

 とてつもない窮地だった。ティアナからの説明を 総合すれば、今なのはを取り囲んでいる、ビルに潜んだ幻態、そのすべてが なのは に致命傷を負わせることができる。

 シールドもバリアも役に立たない。

 バリアジャケットも簡単に撃ち抜かれて、純白の生地を 血で赤く染めている。

 

なのは「飛んでくる魔力弾を、こっちの魔力弾で相殺すれば……、ひゃうッ!?」

 また足を撃たれた。

 速い、目で追うことができないほど、飛んでくる魔力弾の速度は速い。地球世界にある、アサルト弾と同じ速度ではないのだろうか。それほどまでの初速で飛ぶ魔力弾など、なのは は聞いたことがなかった。

 

ティアナ『それが、ファントムレイザーの特殊機能その2です』

 

 姿なくティアナが うそぶく。

 

ティアナ『ファントムレイザーは、使用される弾丸が実体弾でね。銃撃の破壊力を、その質量に依存させる代わりに、魔力のすべてを銃弾の加速に割り当てることができるんです。魔法シールドを貫通する理由も その辺に あるらしいんですが、同時に銃弾の速度を、地球世界の銃火器並みに上げることができる。音速の半分とか、とんでもない速度でね』

 

 亡霊の刃は、生者の背中に突き刺されるまで、その存在を気付かせない。

 そんなに馬鹿げた速度の魔力弾を、撃ち落すことができるのか?

 

なのは「く…っ!」

 

 なのは は飛行魔法を加速させ、その場から離れる。一箇所に留まっていては、格好の的だ。

 

ティアナ『センターガードは動かないのでは?』

 

 嘲弄めいたティアナの声。

 しかし なのは は もうそんなものに構っていられなかった。ビルの各所に潜む十数人のティアナの幻態、そのすべてが なのは のシールドを越えて、なのはに手傷を負わせられる。

 たとえ本体の1/10でも、それらの放つ弾丸は、かよわい女性の肢体には充分な脅威だった。

 

ティアナ『そして もう一つ忘れていませんか? 私が旅先で手に入れた もう一つの新スキル、空間把握魔法。この魔法の お陰で私は、自分の周囲にあるものの形を、精妙に読み取ることができる。今 飛行しているアナタが掻き分けている、空気の流れまでね』

 

 ゆえにわかる、なのはの飛行時の位置、軌道、速度、空気抵抗、そのすべてが。そんなティアナにとって、

 

ティアナ『アナタの飛行経路を予測することなんて、造作もないんですよッ!』

 

 立ち並ぶビルの各所から、マズルフラッシュの光が輝く。

 

 ドンッ、ドンッ、ドドドドドドドドドドンッ!!!!

 

 放たれた弾丸は、一つ残らず飛行中の なのは に命中した。それが当然、止まった的を射るより簡単だとでも言うかのように。

 肩、腕、脚。

 それらに十数個もの穴がいっぺんに空き、なのは は痛みで飛行制御も不可能になる。

 

なのは「きゃあああああああああッ!!?」

 

 錐揉みながら地面に墜落。

 落ちたのはビルの谷底にあるアスファルトの道路だった。深夜のお陰で車の往来はない。それが彼女にとっては幸運か。白いバリアジャケットが出血で みるみる赤く染まる。これでは再び飛行するどころか身動き一つままならなかった。

 

ティアナ「安心してください。骨や内臓は外してあります。シャマル先生の治癒魔法なら一日程度で全快できるでしょう」

 

 倒れた なのはの傍らに、ティアナが立っていた。

 幻態ではない、本物のティアナだ。

 ティアナは、ズタボロになった なのは が ここへ落ちてくることまで予測して、先にここで待っていたのだ。ビル群からの狙撃を幻態たちに任せて。

 

ティアナ「……しかし、他愛のないものね」

 

 血まみれで倒れる なのは を見下ろして思う。

 思えば この人は、ティアナにとって乗り越えがたい壁だった。

 教官として教えを授けてくれながらも、管理局始まって以来の天才といわれ、次元違いの実力をもつエース・オブ・エース。

 もっとも近くて もっとも遠い存在。

 それが若き日のティアナにとっての 高町なのは だった。

 そんな雲の上の存在が、今、ティアナの足元に ひれ伏している。

 

ティアナ「幼い頃の憧れって、案外こんなものかもね」

 

 もはや なのは から完全に興味を失ったティアナは、クルリと踵を返す。他の連中まで気付く前に、さっさと姿を眩まそう。

 

ティアナ「レイジングハート、バリアジャケットを再構成して しっかり止血しておきなさい。そのうち通りかかった誰かが救急車を呼んでくれるでしょう?」

 

 それが別れの言葉となった。

 ティアナは街を覆う宵闇の中に、その身を沈めていった。

 

 

   *

 

 

なのは「…………待って」

 

 呼び止められて、振り向くティアナ。

 そこには なのは が立っていた。穴だらけの手足で、血を湯水のように漏れだしながら。

 

ティアナ「やめておきなさい、死にますよ」

 

 半死半生の人間が、死力をふるって立ち上がる。

 その鬼気迫る情景に、ティアナは臆することなく冷静に言う。

 

ティアナ「これでもアナタには、多少の恩は感じているんです。だから穴を空けるのは手足だけにしておいた。それとも今からでも、腹に一発お見舞いしておきますか? 苦しいですよ内臓破裂は」

 

 そういいながらティアナは、ファントムレイザーの銃口を突きつける。

 なのは は、立っただけで力のすべてを出し尽くした、という風だった。

 レイジングハートを杖にして寄りかかり、歩き出そうとしても一歩も動けず、負傷で息を荒くする。

 もはや完全に、戦う力はなかった。

 いつ崩れて、再び地に伏しても不思議ではなかった。

 そんな、立ち上がっただけの屍である なのは が、言った。

 

なのは「……く、なったね」

 

ティアナ「は?」

 

なのは「……強くなったね、ティアナ」

 

 嬉しそうに、心底 嬉しそうに。

 

なのは「ティアナが ここまで強くなってたなんて。……ビックリしたな。私 初めてだよ、教え子に越えられるって感覚。きっと、スバルやヴィヴィオも、こうして私を越えていくのかな?」

 

 そこにあるのは、人の師としての喜び。自分が磨き上げてきたものが、自分以上の光を放ってきたことの喜び。一磨き、一磨きに、愛情を込めてきた分だけ、放つ光は喜びに変わる。

 

なのは「今でも覚えてる……、初めてティアナを見た日のこと。…はやてちゃんがね、『伸びしろ ある子やろ?』って映像を見せてくれて…、たしかにそのときは、スバルの方が印象強かったけど、実際に訓練すればするほど、ティアナは色んな才能を見せてくれた。………指揮官訓練を勧めたとき、アナタは断ったよね? 凄く残念だった、アナタの新しい成長を見られないと思ったから………」

 

ティアナ「…………」

 

なのは「私、ダメな教官だったよね……。ティアナみたいに いい才能に出会ったら、その才能を磨くことに夢中になっちゃって、本人の気持ちを見落としちゃって……。ティアナが迷ってるのに気付けなくて、追い詰めて……。でも、でも私は………!」

 

 満身創痍の なのは の体から血がボタリボタリと滴り落ちる。

 そのなかに、赤くない液体があった。目蓋からこぼれる、透明な液体。とめどなく なのは の頬を伝って落ちていく。

 

なのは「私は…、ティアナと強くなりたかった……! 一緒に訓練して、ティアナを磨いて、私も磨かれて、一緒に強くなりたかった! もっと悩みを打ち明けてほしかった。私が、ティアナの相談相手に値しない人間だったとしても、頼ってほしかった……!」

 

 私が、ティアナに頼られるだけの人間に成長できるチャンスを、与えてほしかった……!

 

 

   *

 

 

 旅の途上でティアナは、木像に出会ったことがあった。

 木を、人の形に彫った像だ。

 その像が置いてあるのは、宗教施設だか観光地だか わからないような お堂の中で。ティアナが呆然と見上げている横で 年寄りたちが来ては、像に向かって手を合わせ、何かしらを祈っていった。

 

 そのときティアナは思った。

 この像に、どういう価値があるのだろうか?

 この木でできた像は、それなりの巨木を切り倒して、ノミやカンナで彫り、それなりの形に仕上げたものだろう。

 しかし自然の中で生まれた木は、そのままでも充分に美しい。

 春になれば花を咲かせ、夏には葉を茂らせる。その移り変わりは心を洗うほど美しい。

 それなのに、その移り変わりを止めてまで、こんな像に形を変える必要があるのだろうか?

 そんなことをティアナが考えていると、ガイドらしい、頭の毛をすべて剃った老人が教えてくれた。

 

 人は何故 仏像を彫るのか?

 それは きっと、彫らずにはおれないからだろう。

 たしかに自然の生み出したものは美しい、杉も檜も楠も、ただ立っているだけで雄大だ。それを前に人の技巧などは、ただ小賢しいだけなのかもしれない。

 それでも人は仏像を彫る。己の感情、怒り、悲しみ、喜びをノミに宿らせ木に向かって注ぎ続ける。

 よい木を見ると、人はそれに自分の心を注がずにはいられないものだ。

 そうして彫り出された仏像には魂が宿る。

 作った者の魂が宿る。

 そうして完成された仏像を 多くの人が拝み続ける。何百年と掛けて拝み続ける。

 そうすれば、拝んだ人々の魂までもが、仏像に宿る。

 それはもう、人を超えた存在とはいえまいか? 完璧とはいえないまでも、自然が作り出したものに迫ることができまいか?

 

 人も同じだ。

 人には自分自身の心の他に、自分を作ってくれた人の心が宿るんだ。

 それは父であり、母であり、兄さんであり姉さんであり、お師匠様でもある。

 アンタだって そうだろう?

 アンタの中にも、アンタを育ててくれた人の心があるだろう?

 アンタのことを彫って、アンタのことを よく磨いて。

 お節介だと 思うかもしれないが。

 そうしないと人は、人に心を注げないからさ。

 

 

   *

 

 

ティアナ「うるさい………!」

 

 苦しくなって、タバコを吸う。

 吐き出された煙とともに、ざわめく心をも吐き出す。

 

ティアナ「アンタなんかには わからない! アンタみたいな天才には、なんでもない凡人の私が、どんな思いで力を手にしてきたか なんて わからない!」

 

なのは「そうだね、わからないよ。……でも それは、ティアナが私に何も話してくれないから!」

 

 血まみれの なのは が反論する。

 

ティアナ「話したって わかるはずない!」

 

なのは「そんなことないッ! ……私は そう信じたい。ティアナと ずっと わかりあえないなんて、認めたくない!」

 

ティアナ「うるさい! うるさい うるさい うるさいッ!」

 

 ティアナの心に、闇が渦巻いていた。

 ティシネやアレクタや かすが が尊敬する、ティアナの奥底に潜む一面。傷ついた心を抱え、生きることに辛さしか感じないティアナの心の闇。

 

ティアナ「アンタには わからないのよッ! 失敗ばかりしてきた私の人生なんて! アンタの人生には成功しかないじゃない! 若くして認められて、沢山の仲間がいて! 誰でも うらやむような光り輝く人生じゃないのよ!」

 

なのは「失敗なら、してきたよ……」

 

ティアナ「任務中に撃墜されたこと? それで大ケガしたこと? そんなもの失敗のうちには入らないわよ! リハビリ程度で、完璧に元通りにできる失敗なんて失敗とはいはない! 私がしてきたような、本当に取り返しのつかない失敗は……ッ!」

 

なのは「ううん、それじゃない。取り返しのつかない最大の失敗が、私の人生には一つある」

 

 なのは は言った。

 

 

 

 

なのは「ティアナに嫌われたことだよ」

 

 

 

 

ティアナ「……ッ!」

 

なのは「ティアナに嫌われたまま別れてしまったら、私の心には一生消えない傷がつく。だから このまま行かせたくない。私は、大好きなティアナに、嫌われたくないッ!」

 

ティアナ「うるさぁぁぁぁぁぁぁいッッ!」

 

 ティアナの闇が、耐え難いと うねっている。

 光に照らされるのが耐え難いと うねっている。

 闇に冷え、硬く閉ざされ、優しさや愛情を受け入れることのできなくなったティアナの心がうねっている。

 

ティアナ「ファントムレイザーッ! ジェノサイドモードッ!」

 

 そのうねり が もたらした、一つの暴走。

 ティアナの命令を受理し、彼女のデバイスが、デバイスならではの奇怪な変形を経て、巨大な砲塔へと姿を変える。

 恐ろしいほどに巨大な、ティアナの右半身を丸々覆う、大砲身だった。

 まるで戦車の砲塔が丸ごとティアナに取り付いたようだ。

 そして次にティアナが取り出したのは、あのヴェノムブレイカーのカートリッジ。

 ファントムレイザーの最終形態、ジェノサイドモードは、最終奥義ヴェノムブレイカーを放つためだけにある形態だった。このモードなら、反動の心配などなくヴェノムブレイカーを放射できる。

 あとは このカートリッジを砲身に挿入すれば、射出準備は完了する。

 しかしヴェノムブレイカーは、元々ティアナがモンスターハンターを営んでいた際、S級の巨大モンスターを一撃粉砕するために編み出した殲滅技だ。

 生物を完全滅殺することを目的としてあり、非殺設定などできるはずがない。

 それを撃つのか?

 なのは に対して撃つのか?

 ここまで来て、ティアナの心に迷いが浮かぶ。

 

なのは「……ティアナ、クロスミラージュを使いなさい」

 

 ティアナの迷いを見抜くかのように、傷だらけの なのは が言う。

 

なのは「その子の中には、私がティアナに渡したかったモノが詰まってる」

 

ティアナ「……?」

 

なのは「アナタの卒業の証として、アナタに教えたかった あの魔法が……」

 

 Plears take me! My master!

(私を使ってください! マスター!)

 

 カード状のクロスミラージュが、ティアナの胸元から叫ぶ。

 そのクロスミラージュから送られてくる念話情報に、ティアナは驚愕の声を上げた。

 

ティアナ「……この魔法は、まさかッ?」

 

 これを使えというの?

 この魔法を、私に使えというの?

 ティアナは何分かの逡巡の後、胸ポケットからカードを抜き取ると、砲身化したファントムレイザーの外部拡張子・カードリーダーに差し込む。

 ガリガリと演算音がした後、

 

ティアナ「クロスミラージュとファントムレイザーの同期成功。……なんでも やってみるもんね」

 

 クロスミラージュの演算能力を得たファントムレイザーは、更なる完全さをもって なのは に立ちはだかる。

 クロスミラージュから提示される魔法式を、ティアナは いちいち正確に詠唱し、その魔法を撃つ準備を着々と進める。

 魔法力をブーストさせる例のカプセルを、またもや量も構わず口内に放り込む。

 

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 ――― Power charge!!

      (パワー チャージ!!)

 

 

 

    ――― Extra Power charge!!

          (エクストラ パワー チャージ!!)

 

 

 

なのは「私たちもやるよ、レイジングハート…!」

 

 なのは も血まみれの手足を励まして、レイジングハートを火砲状に構える。

 もう戦えないほど傷ついたはずなのに、それでも瞳から光は消えない。

 

なのは「こっちも出し惜しみしない、全力全開をティアナにぶつける! カートリッジロード! ブラスターモード3ッッ!」

 

 魔導師の杖レイジングハートが、その身に何対もの光の翼を広げる。ブラスタービットが術者を中心に布陣し、反撃の砲火を放たんとチャージを始める。

 師匠と弟子の、真っ向勝負。

 どちらも退かない。

 自分たちの心を、相手に、自分に、残さず曝け出すために、放たれる魔法の名は―――。

 

なのは「スターライト………」

ティアナ「………スターライトッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ブレイカーッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 両極から放たれる二つの巨大閃光。

 ティアナと なのは、二人が最後の切り札に使った極大魔法はスターライトブレイカー。自分自身の魔力に、周囲に散らした残留魔力までも掻き集めて放つ収束魔法だ。

 大火力の掃討戦を得意とする高町なのはの所有魔法の中でも、とりわけ最大の火力を有する破壊魔法。

 その魔法を、弟子であるティアナも使う。

 クロスミラージュに魔法式が記されてはいたが、レベルアップしていたティアナは ぶっつけ本番で見事にスターライトを使いこなしていた。

 キャパシティでは なのは に及ばぬが、残留魔力を収束する技術面では、ティアナの精密性がモノを言う。

 なのは が集めようとする残留魔力すら奪い取って、両者の魔法の威力は ぶつかりあったまま拮抗する。

 ティアナと なのは。

 二人の間で衝突し、押し合う魔力流、少しでも威力の落ちた方が押し負け、吹き飛ばされる。

 

ティアナ「ぬあああああああああッ!」

 

 ティアナも ここまでくれば負けられない。

 凡人の意地を見せてやる、師を越えてやる。そんな負けん気が、そのまま魔法の威力に変わる。

 そして なのは は………。

 

なのは「ねえ、知ってるティアナ……?」

 

 両手両足から流れ出す血を止めず、優しく言った。

 

なのは「魔法にはね、凄い力があるんだよ? 大火力や、精密性や、そんなことは関係ない、本当に素敵な力……」

 

 それは人と人とを繋ぐ力。

 

なのは「私は、そんな魔法の凄さに魅せられて魔導師になった。フェイトちゃんとの心、はやてちゃんとの心、ヴィヴィオとの心、皆と私の心の架け橋は、いつだって魔法だった。そんな魔法の素晴らしさを、ティアナやスバルにも教えてあげたかった」

 

ティアナ「なのは、さん……」

 

 せめぎあう二つのスターライトブレイカー。

 

なのは「初めて先生らしいことが言えたかな? だからティアナとも、魔法の力で繋がりあおうと思う。……5年間で成長したのは、ティアナだけじゃないんだよ、―――――私だってッッ!」

 

 レイジングハートから放出される魔力の光が膨れ上がる。

 既にスターライトを放出中だというのに、まだ これ以上 魔力量が増すというのか。

 スターライトを越えたスターライトが放たれるというのか。

 なのはの視界すべてが、桜色の魔力光に塗り潰される。

 

 

なのは「いくよティアナ。――――これが私の全身全霊、全力全開ッッ!!」

 

ティアナ「連発………ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

なのは「スターライト ブレイカァァァァーッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 二発目のスターライトが、一発目のスターライトを飲み込み、驀進していく。

 ティアナ側から放たれたスターライトすら飲み込んで。

 自分の魔力と、外の残留魔力、そのすべてを掻き集めてカラになるまで出し尽くすことが要諦であるスターライトブレイカーを連射するなど、理屈の外の不可能技だったが、なのは は それを実現させた。

 彼女は どこまで常識をブチ破れば気が済むのか。

 すべての闇を吹き飛ばす、巨大すぎる光。

 ティアナと なのは のすべてが、一時、光によって塗り潰された。

 

 

   *

 

 

 夜のミッド都市部を、昼間より眩しく魔力の光が照らし出した後、すべての静寂が引き潮のように戻ってきた。

 宵闇の街に、もう戦いの喧騒は聞こえない。

 

なのは「ティアナ……、ティアナ、大丈夫…?」

 

 血まみれの体を引きずって、なのは が自分の弟子の下に歩み寄る。

 ティアナはティアナで、連発スターライトの直撃を受けた後、ボロ雑巾のように地面の上に転がっていた。

 さすがに大ダメージで、指一本動かせない。

 負けた。

 いやもう負けた。

 結局、師匠を超えることができなかったティアナだった。

 

ティアナ「まったく……、なのはさんは非常識ですね。スターライト連射とが どういう無茶振りですか?」

 

なのは「にゃはは…、初めての試みだけど上手くいったよ。でも、ここまでしないと勝てない相手ってティアナぐらいのものだからね、こんなムチャそうそうしないよ」

 

 そう言って、なのは も さすがに力尽きたのか、ティアナの倒れる隣に大の字で崩れ落ちる。

 二人並んで寝転がる、夜空の下。

 

ティアナ「空…、綺麗ですね」

 

なのは「そうだね、星がいっぱいだ」

 

 黒く暗い夜空に散りばめられた、無数の星屑たち。

 一つ一つの光は小さいが、それが何千何万と集めることで、真っ暗な夜空をきらめかせている。

 

なのは「あの星は きっと、スバルや、アレクタや、かすが や、ティシネさんだね……」

 

ティアナ「?」

 

なのは「ティアナっていう闇に浮かぶ、光だね」

 

 満天の星空を見上げながら言った。

 闇に散りばめられた無数の光。

 答えを求め、迷って彷徨い、迷って さらに傷ついて、闇の底へ沈んでいったティアナ。

 そのティアナが、闇の底から一つ一つ掬い上げてきた、光の粒たち。

 …ティアナが、フッと笑った。

 

ティアナ「じゃあ、あそこで一際 明るく、これ見よがしに光っている一等星が、なのはさんですね……」

 

なのは「ティアナ………」

 

ティアナ「なのはさん、聞いてくれますか………?」

 

 私が、5年間の旅で出会った、さまざまな出来事を。

 夜が明けるまで、まだまだ時間はあった。

 

      to be continued


 
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