あの後、俺自身どうなったのか解からなかった。
幸いにも、岩がうまく噛み合って押し潰される事なく生き埋めの状態になったのは憶えている。
その後も意識が続いていたのだが…時間だけが過ぎていくのが感覚で解かった。
いくら生き埋めだといっても、自力で脱出しようとは思わなかった。
下手に脱出しようとして更に崩れ落ちたら今度こそお終いだからだ。
10時間、20時間…下手すると数日近く生き埋めの状態になっていたのかもしれない。
当然その間飲まず食わずだったので体力的に限界が近づき、途中で気を失ってしまった。
そして目が覚めたときに目の前にいたのは──
「ようやく目を覚ましたようだな」
「華陀…?、…どうしてここに?」
目覚めるとそこには華陀がいた。
自分がどんな怪我を負ったのかは解からないが、こんなに都合良く名医と出会えるものなのだろうか。
俺は素直にそう疑問に思った。
「曹操に頼まれてな、友の危機とあれば誰だって駆けつけるものだろう?」
なんと頼もしいのかと、つい思ってしまったが疑問に思ったのはそこではない。
「…いや、質問を変えよう。今の状況が解からない。ここは一体どこなんだ?」
「そうか…今まで気を失っていたのだから当然か。ここは天水だ、お前は救出された後すぐにここまで運ばれてきたのだ。」
その後も数日意識を失っていた、と最後に付け加えそう伝えられた。
…となると漢中はやはり敵の手に落ちたってことか。
「漢中は五斗米道発祥の地だからな。俺はそこで旅支度を整えていたのだが…、街を出ようとしても門が封鎖されているうえに
真夜中に何やら襲撃があったそうでな。急いで脱出したんだ。」
「どうやって脱出したんだ?…門は全て封鎖されてたんだろう?」
「はっはっは!なに、出口は門だけじゃあないって事さ」
…という事は城壁から飛び降りたのか。なんつー事をする人なんだ。
「それで、どうして俺の場所が解かったんだ?」
これこそ本当に疑問に思っていたことだ。某スカウターでも所持しているのだろうか。
「漢中を出たところで魏軍と鉢合わせしてな…、有無を言わさず捕らえられてしまったのだ。
だがその軍の大将が張郃殿でな、お前が窮地に陥ってると聞いてこうして駆けつけてきたのさ。」
なるほど…、それなら納得がいく。
疑問も解消した事だし、ちょっと体がウズウズしていたから起き上がろうとするが…
「…ッつ、そろそろ怪我もし慣れてきたかと思っていたんだけど…」
いくら大怪我を何度も負おうとも、痛いものに変わりはない。
「はは、世話しない奴だ。お前を発見した時の怪我は酷かったのだぞ?」
「…どんな状態だったんだ?」
「頭部を強く打ったのか、流血が激しくてな。体がうまく動かないのは体内の血液が足りないからだろう。
後は全身を強く打っているから無理な動きはしないほうが良い。それと、極めつけは長時間の間何も口に
していなかったからか、衰弱しきっていたぞ」
「へぇ…」
もうそれしか言えなかった。
中々の大怪我を負ったようだが、今は体がまったく動かないなどの症状はない。
さすがは華陀というべきか、外傷などは全て治っていた。
さすがに包帯などは巻いているが、後はキチンと食事をとって栄養をつければ問題はなさそうだ。
「それと郝昭」
華陀が訊ねてくる。
「俺が調合した薬はもう使用したのか?」
ああ、そういえばすっかり忘れていた。
「いや、まだだな。使う機会が少ないというか、使いどころが判らないというか…」
俺が華陀から受け取った薬は、一種の興奮剤みたいなようなもの、"らしい"。
それもそのはず、華陀が調合した薬なのでまだ試作のようなものだ。
一応、血の気を高める興奮剤のようなものなのだが…、そんなものどこで使えというのだ。
まぁ、華陀からすれば人体実験のようなものなので、適当な時に服用してみてその結果を華陀に伝えれば良いだろう。
何故そんな事をするかって?
華陀には命を救ってもらったので、何かお礼をしようと思ったが何もできなかった。
だが別れ際に薬の話しを持ちかけられたので俺は華陀のためになるのならと、それを了承したのだ。
死ぬような事はないが、何かしらの副作用がある可能性があるので服用は慎重にと言われた。
そんなもの飲ませるんじゃねえ!と思ったが、単純に面白そうでもあったので気には止めない。
「そうか…、もしかしたら媚薬効果もあるかもしれないから一応注意しておけよ」
「はいよ……って何でそんな事がわかるんだよ」
俺がそう呟くと華陀は笑顔で俺に告げる。
「なに、材料に───の睾丸を……」
「……やっぱり返す」
「はっはっは!まぁそう言わずに持っておけ!」
できれば飲んだ後に教えてほしかったが…、ま、忘れた頃に試してみようかな。
…人に飲ませる分には別にどうでも良いか。
等と、非人道的な事を考えてしまう。
「では、俺はもう行くとする。曹操にはよろしく伝えておいてくれ」
「ああ、助かったよ華陀。縁があったらまた会おう」
そう言って別れを告げる。
…さて、この後どうしよう。
お腹がすいているのですぐに飯と行きたいところだが、いかんせん、動き気力が起きない。
もう少し寝ていようか、と思っていたところで新たに来客者が来る。
「郝昭!良かった、目が覚めたのだな」
部屋に入ってきたのは張郃さんであった。
「流那さんか、どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもない!あまり心配をかけさせないでくれ…」
勢い良くそう言ったと思えば、最後はシュンとした感じになっていた。
「はっは!なに、そう簡単に死ぬほど俺も落ちぶれちゃあいないさ」
どうやら本気で心配してくれていたようなので、俺は元気良くそう言い放つ。
この程度で安心してもらえるのなら…と思うが、なんだかんだで何度も死にかけているのでそれは無理だろうか。
郝昭が張郃にそう言い放つと、張郃は呆気にとられたような顔になった後に
「…ふふ、そうだな。だが、無茶をするのは今回ばかりだぞ!
張郃さんは俺にそう言ったが、俺自身進んで無茶をしているわけじゃあないぞ!
その場その場で最善を尽くそうとして結果がコレだよ…。ま、そのおかげで曹操も助かったし良いか。
「そういえば華琳がお前の事を呼んでいたぞ。目が覚めたらすぐに来るように、だそうだ」
「華琳さんが?…またどうしてだろう」
「さぁな。ただ、何やら険しい顔をしていたからな…また何かしたのか?」
「うーん、心当たりがな……」
と言いかけたところである事を思い出す。
俺が漢中で生き埋めにされて数日、救出されて目が覚めるまでに数日。
合わせて一週間近く経過している。
そういえば涼州軍撃退の戦時報告をまだ済ませていなかった。
俺がいなかったのだから、恐らくはあの三羽鳥のうちの誰かが報告したのだろうが…
「…まさか、本当に何かしでかしたのか?」
「いや、何でもない。きっと俺の考え違いだから…」
うわーやべー、どうしよー。現代で似たような事が起きたら恐らくはこういった反応をしたのだろうが、
現在の俺にはそういった感情は薄い。まったくないというわけじゃあないが、最早なるようにしかならないからだ。
相手はあの曹操だぜ?一介の将軍が抵抗したところでどうにかなるレベルじゃない。
そんな事を考えながらも、重い腰を動かすのであった。
「早かったわね、郝昭」
「ええ、まあ」
俺の目の前には魏の覇王、曹操がいる。
見た目からは感情を察する事はできないので、機嫌の良し悪しがわからない。
「貴方は私の言いつけ通り、見事生きて帰ってきたわね。…それに、涼州戦での戦功も賞賛に値する。」
「…ありがとうございます」
表情では未だに感情は察せないが、口調から少々不機嫌の色が伺える。
「だけどね、郝昭。一つ納得がいかない点があるの」
やはり捕虜の件だろうか、俺はそれを黙って聞く事にした。
「涼州軍の捕虜の措置…どういった了見があってのものかしら?」
「そうですね、俺としても良心が痛みましたが…そうでもしなければ涼州軍を撃退する事はできなかったので仕方ないですね」
俺は考えている事の一部を口にする。
「世の中には風評というものがあるの。貴方の行動は確かに理に叶ったものだわ。けれど、それが一概に正しいとも言えないの。」
「…ま、俺の行動に問題があったんなら如何様に処分されても文句ないですよ」
「そこね、問題は。今までの功績や漢中での出来事を踏まえ、死罪は考えない事にしてあげましょう」
「それはどうも」
「そうね…、ちょっと面倒な工事を貴方に一任しましょうかしら。」
死罪や体罰はなしになったようなので、そこは素直に喜ぼう。わーい!
と思っていた矢先に、何やら面倒ごとが転がり込んできた。
「陳倉という地にある砦の改修工事を頼みたいの。あそこは漢中攻撃の拠点にもなるし、相手からすれば
此方の長安攻撃の重要な拠点にもなり得る場所なのよ」
陳倉ねえ…、遂にやってきたといった感じか。
詳しい概要などは解からないが、何やら死亡フラグの臭いがするぞ。
「まぁ、嫌なら無理しなくても大丈夫だけれど。その場合は私の慰み者にでもなってもらおうかしら」
「…陳倉の改修は私にお任せ下さい」
「あら、そう。じゃあ貴方に一任するわ。必要な資材や人材は前もって申請すれば此方で整えてあげるわ」
「はい」
「期間は…そうね。近い将来、呉と決着を着けるときが来るわ。その時が迫ってきたら使いの者をそちらに寄越すわ。」
つまり未定、と。
やった、という事は陳倉でフリーって事か?
親しい間柄の人がいないのは寂しいが、休暇!バカンス!わぁい!
俺が心の中で密かに喜んでいると、曹操が口を開く。
「その時に改修が終わってなかったら…、職務放棄とみなして私の奴隷になってもらいます」
「全身全霊をもって取り組ませてもらいますっ!」
俺は敬礼をして曹操にそう伝える。
そして一陣の風の如く、その場から逃げるようにして部屋を飛び出す。
こうして陳倉へ出張が決まったのだ。
頑張れ拠点! ─短編拠点なので矛盾や時系列が更におかしくなっている可能性あり!─
今日も雑務をこなし、お昼の一大イベント、昼飯を頂こうと城内を歩いていた。
よく人が集まる広場を通るのだが、昼時なのであまり人がいない。
しかし、いくら人がいないと言っても1人や2人は大抵いる。
「昨日は麻婆だったし…今日はチーズ麻婆にするか!」
そんな事を考えながら広場を通り過ぎようとし、俺はある事に気がついた。
ふと、広場に目を見やるとそこには見慣れた人物が2名いた。
あれは、俺の部下の于禁と李典だ。
于禁──真名を沙和。李典──真名を真桜という。
俺は昼時にも関わらず、広場で談笑している2人が気になったので声をかける。
「よっ、何してるんだ?」
「あ、隊長なのー」
「そや、隊長にも意見聞かせてもらおうや」
「それは良い考えなの!」
俺が声をかけても、まだ話しは続いているようで何やら沙和が質問してきた。
「えーとね、沙和が50点として真桜ちゃんは80点なの!」
「……へ?」
状況が掴めないでいる俺、一体何の点数なのだろうか。
「それでね、凪ちゃんが70点で華琳様が40点なの!」
「………」
と続けられましても、一体何を評価しているか解からない俺には返答の余地がない。
「鈍いなあ隊長…、コレや、コレ」
真桜が俺にそう言うと同時に、自分の胸を下から押し上げるかのように主張する。
…なるほど、この点数はそういった意味をもっているのか。
「そういうことなの!だーかーら、隊長の意見がほしいのー!」
「お前ら、そんな事してたのか…」
「そんな事とは…。欲望に忠実な男は馬鹿やと思うけど、まったく示さないのもどうかと思うで」
そんな事言われましても、まったく興味がないわけではない。
今は性欲よりも食欲だ!さっさと飯を済ませたいところだ。
「んな事はどうでも良いから、早く飯食いに行こうぜ」
「ダメなのー!今じゃなきゃダメなの!」
「せやで、たいちょの辛口評価を聞かせてもろたらうちらも飯にするわ」
…どうやら説得は無理そうなので、俺は話しにのることにした。
「うーむ、沙和と真桜の点数を参考にして考えるとして…、どうして凪が70点なんだ?」
俺は素直に思った事を口にする。
凪には悪いが、正直70点もあるようには見えない。
「ちっちっち、隊長はあの鎧の隠された究極の美を知らないの!」
「沙和には悪いが、あれは詐欺みたいなもんやで…」
「そ、そうか」
なんだかとても濃厚な臭いがするので、これまでにしておこう。
「そうだな、じゃあ一気に評価してみるとするか」
俺は少し考えて、すぐに思いついたので口にする。
「春蘭と秋蘭は…、いわずもがな120点超えだな」
「せやな、あれは反則や」
「霞は…90、いや100点としよう」
「中々の高得点なの!」
「稟は45点くらいか?あれぐらいが普通なんだろう」
「シッ…」
俺がそう評価していると、真桜からレフェリーストップがかかる。
どうやら近くを夏候姉妹が通過したようで、それに逸早く気がついた真桜が俺を止めたのだ。
「……もうええで、ほな続きといこか」
「…まだ続けるのか?」
「あったりまえや!今更中断とかナシやで!」
「うーん、巨乳層は大体言い尽くしたから…次は」
俺がそう言いかけたところで沙和が席を立つ。
「ん、どこか行くのか?」
話しも終わりかと思ったが、真桜から突っ込まれる。
「かー、隊長!乙女が黙って席を立ったら、黙って見送るのが紳士っちゅーもんやで!」
「…すみません」
真桜に説教をされ、その間にも沙和は少し照れながらもその場を後にした。
2人になったところで、話を再開する。
「華琳は…、40もするか?30くらいじゃないのか」
「大将がおらん事を良い事に…」
「流琉は……まぁ体格の事も考慮して10点ってところか。季衣もそれと同じって事で。」
「おお、隊長のせめてもの慈悲というやつやな…」
「風も似たようなものか。んで桂花は……2点だな、あれはない。流那も2点、勿論体格の事も考えてな。」
「隊長…、本人の前でそれ言うたら殺されとんで」
「はっはっは!なに、そんな都合良く話しを聞いてるわけないだろ」
「それもそうやな」
こんな感じで俺は各女性陣のアピールポイントの評価をしていった。
1位は夏候姉妹、ビリが桂花と流那という事になった。
まぁ、こんな事本人達の前で言ったら悲惨な運命を辿る事になるだろう。たとえそれが良い点数であったとしてもだ。
「…ウチ、ちょっと用事があるから出かけてくるわ」
俺が評点をし終えると、何やら急ぎの用でもあるのか真桜が退席する。
その際に俺のことを指差していたが、一体なんだったのだろう。
しかも道じゃないところを通っていった。…そんなに急いでいるのか。
だったらこんな所で談笑なんかしなければ良かったのに。…と思ったところで背筋に悪寒が走る。
ふと、振り向いてみるとそこにはいるはずのない人物がいた。
「どうしたの?私達も会話に混ぜてもらえると嬉しいのだけれど」
そこには華琳含め、流那さんや桂花などの"主だった"人間がいた。
「…や、やあ。」
圧倒的なまでの威圧感、俺はそう挨拶する他なかった。
「華琳様、1人逃げ出しました。」
「構わないわ、既に流琉を手配しているから。私達も始末をつけた後にすぐに向かいましょう」
「御意」
華琳と桂花の淡々としたやり取りが目の前で繰り広げられた。
その言葉には、人間の感情というものが見られなかった。
「さて、郝昭。覚悟はできているな?」
「お兄さんには少々、痛い目にあってもらわないといけないみたいですねー」
風と流那さんが俺にそう告げる。
ダメだ、まるで隙が見つからない。
この状況を打破する術が見つからない──
暫くして沙和が厠から戻ってきた。
「た、隊長!一体どうしたの!?」
戻ってきた沙和が目にしたのは、謎の変死(?)を遂げている郝昭だった。
辺りは台風でも過ぎたのか、荒んだ状況だった。
「ま、真桜ちゃんは!?」
ふと思い出した沙和が辺りを少し捜索する。
すると真桜の遺体(?)もすぐに見つかった。
「ひ、ひどいの…一体誰がこんなことを──」
と呟いたところで、沙和がある違和感に気がついた。
そしてふっと後ろを振り向いたところで、彼女の意識が途絶えた。
そういえば羊祜はどうしたのか、そう思っている人もいる事だろう。
結論から言えば羊祜とは漢中に行く前に会ったきりで特に別れなどはしていない。
漢中に行った後に改めて涼州に戻って別れでも告げようかと思ったが、思わぬ事故に遭ってしまったためにそれも叶わなかった。
いやいや待て、お前確か天水にいたよな。と言われるかもしれない。
天水と言えば涼州に近い地域なので、会いに行くぐらい簡単だろう。それは俺も思った。
しかしながら、涼州平定という事で五胡との国境付近にまで軍を展開している。
そのため、比較的優秀な羊祜や魏の将兵などはそれに駆りだされている。
呉との小規模ながらも抗争が続いているのでその処理に当たっている者もいる。
では郝昭こと、俺は何をしているのかと言えば…
「あー…暇だ」
涼州軍との戦闘で曹魏の風評に傷をつけてしまった罰と、涼州軍撃退の戦功と曹操救出の褒賞など含め
死罪や投獄などの重罰は避けられたが、陳倉という古い砦の改修及び謹慎を命じられた。
てっきり改修を済ませたら帰ってこれるものだと思っていたのだが、近い将来に起こるであろう
呉との決戦の時まで頭を冷やしてこいとの事。
「大将!城壁のほうは終わりやしたぜ!」
「おう、ご苦労さん」
陳倉のほうの改修はもうすぐ終わるであろう。
それに伴い、もうすぐ帰る事ができたんだと思うとこの罰はある意味苦痛だ。
「じゃ、キリも良いし休憩に入ってくれ。午後も同じように頼むぞ」
俺は改修が専門の兵士にそう指示を飛ばす。
俺は今、陳倉城にいる。正確には陳倉にある砦だ。
ここに連れてきた兵士は凡そ5000。
正規兵を約3000、それも精鋭を選りすぐって連れてきた。
残る2000は改修工事などが得意な、戦闘もできる万能な兵士だ。
何故こんな少ないのか、そして精鋭何か連れてこられたのか。
それは曹操曰く、俺の好きなように何でも手はずする。との事なので望どおりに頼んだ。
多すぎると兵士に食べさせる食料に問題が起こるので程よい5000という数を選んだ。
「うーん、それにしても暇だ…」
兵士の休憩時間になり、俺も同じく休憩なのだが…
いかんせん、これ以上暇が続くと死んでしまうかもしれない。
俺は主に現場監督なので、ただ見ているだけだ。
せめて何かしら頭でも体でも動かしてなければ体が疼いてしまう。
「……そうだ、こんな時こそ工房へ…」
工房に行くと何かしらのイベントが起きる(郝昭談)ので昼食をとった後、工房に向かうことにした。
「兄貴ぃ!何か用っスか?」
工房に着くと、中で作業をしていた若い作業員に声をかけられる。
女性の将軍が少ないのか、兵士達は俺の事を"兄貴"や"大将"などと呼んでいる。
俺は別に呼ばれ方など特に気にしないので構わない。
しかしながら、思っていたよりもずっと普通の光景であった。
てっきり何か面白そうな物でも見られるのかと思っていたが、周りの作業員は
普通に資材などを製造しているのみで、変わったものは見られない。
…なんてのは今まで通りの施設ではザラだ。
ここ陳倉では、俺の好きなように色々と施設を設置しているので他とは一味違う。
工房でも、大まかに製造部門と研究開発部門の二つに分けている。
製造部門では、先ほど見たように資材などの物を実際に製造する場所だ。
「ここが研究開発部門だな」
そして研究開発部門では、将兵など幅広い人たちに何かしらの案を出してもらって
それを文官などの頭の良い人たちに纏めさせて──要は何をどう製造するかを考える場所だ。
時には俺が考えた物や兵器などの研究にも力を注いでもらっている。
名前の通り、まずは研究。そして理論が完成した後にそれの試作・開発を行う。
それを成功させて初めて製造部門に設計図が流れていくのだ。
「郝昭様、何か御用ですか?」
研究員である兵士が俺にそう告げる。
「ああ、例の物の完成具合をちょっとね…」
例の物…それは俺が前々から考えていた新兵器になりうる物だ。
「それが…、私どもではこれで良いのか判断しかねますので、郝昭様に直接ご覧になって頂こうとご用意しておきました。」
そういって研究員が持ち出したのは陶器。それをそっと俺に手渡す。
これは一体何か…、それはこの後の実験でのお楽しみだ。
「よし、それじゃあ早速実験といこうか。」
そう言い放ち、俺と研究員、その他数名が表に出る。
何故表に出るのか、それはこの陶器がとても危険な物体であるからだ。
丸い陶器からは何やら一本の紐が飛び出しているだけで、それ以外は至って普通の陶器。
「皆、下がってくれ。…それでは点火」
俺は黙ってそう呟き、陶器からのびている紐に火を放つ。
放たれた火は、一定の間隔で徐々に紐を燃やし尽くす。
傍観している作業員達がゴクリ、と唾を飲み込む。
そして導火線が陶器と接触した瞬間──
「………あれ?」
「失敗、ですかね…」
陶器に火が接触しても何も起こらない。
そんなはずはないのだが、何も起こらないのも事実なわけでして。
「うーん…、すまない皆。俺も原因が何かは解からない。皆で手分けして原因を探し出してくれ」
俺が総力をあげて製作しているのは、世に言う火薬といわれるもの。
それも新型、などと言われるものではなくかなり古い製法のものだ。
木炭やら硫黄などを加えて製造するのだが…、いかんせん、正確な製法を知らないので失敗ばかり。
しかも偶然材料が近くで採掘できたのでその量も多くない。
今回も失敗してしまったか、そう思いながらもこの場を後にしようとする。
しかし、その途中である物に目をつける。
「なあ、これはいつ作った奴なんだ?」
そう言って実際に手に持って研究員に訊ねる。
「はて…、それは製造してから随分と日にちが経過していると思われますが…」
ゴミ箱のようなものに数個捨てられていた陶器。
実際に手に持ってみると重さを感じるので、中に火薬が入っているのだろう。
「そっか…」
何を失敗したのかはわからないが、陶器を見る限り少し欠けていたのでそれで取り除いたのか。
何れにせよ、失敗したのなら点火しても爆発する事はないのだろう。
そう思いながらも、ふと好奇心が芽生える。
俺は導火線に火をつけて、表に向かってヒョイと投げる。
すると…
ズバァァァンッ!!!
と、物凄い轟音が辺りに響き渡る。
「うおっ!…これ不良品じゃなかったのか…?」
「そ、そんなはずは…」
陶器が爆発したところには黒い煙が立ち昇る。
良品と不良品では何が違うのだろうか、そう思った俺はゴミ箱に捨てられていた陶器をまた一つ手に取る。
そしてもう一つ、先ほど作ったばかりの陶器に入った爆弾を手に取る。
「郝昭様、危険なのでは…」
「なに、乱暴に扱わなければ平気さ」
平机の上に、作ったばかりの爆弾と、大分前に作った不良品の爆弾を置く。
そして両方とも陶器をそっと割り、中身の火薬を露出させてみる。
「はてさて、違いはなんだろうか」
俺はそう呟きながら、良品と不良品の違いを探してみることにした。
実際に火薬を弄って探すので、危険極まりない。
だが、両方の火薬を触ってみることで違いが一瞬にして解かった。
「…調合した後、火薬はどうしてるんだ?」
俺は研究員にそう訊ねる。
「調合した後ですか?…指示通りに陶器に程よい量を詰め込みましたが…」
「そっか…適当、か。」
実際に火薬を触ったみて解かった事、それは手触りだ。
不良品の火薬は、さらさらしていてまるで砂のような手触りである。
そして良品…つまり最近作ったばかりの火薬は、水分を含んでおり渇きかけの泥を触っている感触だ。
何故良品が爆発しないのか?つまりはそういう事なのだろう。
この後も色々と研究員達と検証を重ねた結果、新たに施設を作る事が決定した。
それは、製造した火薬を保管する倉庫。
ただの倉庫ではなく、火薬を乾燥させるべく湿気が少なくなるよう工夫した倉庫だ。
どうやら火薬は湿気ていると爆発し難いようで、限りなく乾燥しきった状態でなければならないようだ。
…ま、俺も詳しいことは知らないのでこれで爆発する確率が高くなる、というだけだ。
完全に俺の趣味で爆薬の製造がされている。
陳倉の改修は滞りなく進んでいるので、まあ問題はないだろう。
…ないよね?
一方その頃、蜀の地で不穏な動きが見られた。
「朱里ちゃん、本当に1人で大丈夫なの?」
「大丈夫です、桃香様!」
蜀の王である劉備が、その軍師である諸葛亮を心配してそう訪ねる。
「曹魏と孫呉の間では、現在でも小競り合いが続いております。しかもそれは激しさを増す一方です。
我々は孫呉と共同して曹魏に宣戦布告する事を既に取り決めております。」
諸葛亮が淡々とそう言い放つ。
「その決戦の地は、恐らくは海の上…つまり孫呉の独壇場となるでしょう。」
その後諸葛亮はこう続ける。
たとえ呉と共同で魏軍を退けたとしても、その後に呉と領土争いに発展する可能性があると。
対等の立ち位置ならば、相手を説き伏せる事も可能だろうが、戦場が海の上となると
その大部分の戦力を呉が担当し、蜀軍はそれを将で補う事くらいしかできないだろう。
そんな状況で魏を退けても、後の領土問題は確実に呉側が有利になってしまう。
「きっと魏との決戦は大規模のものになるはず…それならば、私が一軍を率いて
魏の裏をかこうと思います!」
諸葛亮は、劉備や関羽などの主だった将が決戦に参戦するとし
その間に一軍をもって魏へと侵攻してしまおうというものだ。
これは、曹操の性格を知っているからこそできるものだ。
曹操の覇王気質ならば恐らく…魏の大部分の戦力を決戦に回すだろう。
「だけど朱里ちゃんだけじゃ厳しいんじゃないかな…」
「大丈夫です!私のほかにも何名か任命しようと思っていますので!…それに、とっておきの攻城兵器も用意してありましゅ!」
えっへん、と胸を張る諸葛亮。
どこか頼りないが、何故だかとても頼もしくも見えるという矛盾。
こうして、蜀軍の二面作戦が決行されるのであった──
恋姫の新作が発売すると聞きまして創作意欲が低下した!
新作がでるとキャラの性格とかがあああとか思って書く気力が!
漢中話を期待してた人はすみません、一瞬で終わらせてしまった!
そろそろ陳倉だしたいところだ…ささっと書いてしまおう。
ちなみに筆者は恋姫の男キャラが好きです。 特にちょうせん!
では次回でおあいしませうー
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わーわー