「・・・・・・あ、」
ショウが気がつくと、テーブルを挟んで涼しい顔でジョッキを傾ける亜麻の姿がった。
「・・・・・・いいかしら?」
「う、うん!もちろん!」
ショウは呆れた目で見下される亜麻を誤魔化すためにいつ用意されたかも分からないお冷を口に運んだ。
「……。」
コップに注がれた液体のあまりの温さに、顔をしかめた。
「それで、続きなんだけど。」
亜麻が話しを戻そうと口にした。
「・・・・・・っ!」
ショウは再び亜麻の言葉を無視する。それに白ける前に、その異常に気がついた。先程までは疲れが溜まったかのようにボーっとしていたショウであったが、今の静止は、寝ている猛獣動物を起こさないような、そんな鋭さと緊迫感を含んだ表情に、亜麻はショウの反応を見守った。
「……?」
「亜麻さん。」
小さく自分の名を呼ぶと、ショウは目を瞑り、音もなくゆっくりと立ち上がった。
「これが終わったら、結婚しましょう。」
「・・・・・・?」
ショウはそのまま席を立ち、お手洗いに向かっていく。
ここに来てからのショウは言動も行動もおかしい。これは何か察しろという合図なのだろうか?
少し、考えてみよう。
終わったら、結婚ましょう。
・・・・・・これは暗号、なのか?
ショウが手洗い所に入り、完全に亜麻の視界から消えるのをぼんやりと見送る。
当然ながら暗号などのやりきめはない。
ともすればショウが自然に口にでた言葉であるとすれば・・・・・・、
終わったら・・・・・・終わりというのは、もしかして・・・・・・!
考えるまでもなかった。
ショウの仮説を全て信じたとして、ショウは私の存在に歓喜しているのだ。それは私との出会いでこの堕落した世界から解放できるということなのだが、この仮説には”敵”がいる前提である。
その、ショウが指す”敵”というのは―――
「少々お時間、よろしいでしょうか?」
凛とした金髪で青い瞳の外人。肌が透けるような白い肌に、男を魅惑するには十分すぎるバスト。
それは容姿という要素に全く関心の無い亜麻が見ても心を奪われる程美しかった。
それは、異端。
見る者の心を奪う外人は穏やかな笑みを浮かべながら、10秒前までショウが座っていた席に腰掛ける。そのあまりにも自然な姿は、本当に、異端。
「・・・・・・。」
だが、そんな華麗な姿であり、世界中で彼女を嫌う生物は存在しないという感覚にまで持たされる彼女。
それを――――――。
「消えて。」
亜麻は拒絶した。
この女性は、危ない。
危険。負。羞恥。悪。失望。
そして、堕落。
その姿からは到底関連もないような単語が、亜麻の脳裏を支配する。
しかし彼女はそんな亜麻の思考などお構いなしに、優しい笑顔を浮かべる。
「亜麻さん。私はただ、お話をしに来ただけですよ。」
亜麻さん、と。初対面の人間に馴れ馴れしく名前を呼ばれる。彼女はショウが先ほど口にした水を華麗な口元に持っていき、水分を貪った。
「・・・・・・『時構』の女神、オミャリジャ。」
小さく、目の前に座る神の名を呟いた。
「はい。私はオミャリジャ。お互い、名前を知ってるなんて有名人ですね。」
そう言って彼女は上辺だけの笑みを亜麻に見せる。
汚れている。
彼女からは、神なんて名に相応しくないぐらい弱い印象を受ける。
誰一人不快に思わせることさえもできない希薄な威圧感。
誰一人そこに生きていると認識されない透明な存在感。
この世に留まる意図さえ持たないその無色のオーラ。
「・・・・・・っ!」
亜麻は空になったジョッキを握り、それをオミャリジャに向け放った。彼女はそんな亜麻をただ残念そうに見つめると、
バリィィィィィン!
ただそのガラスの塊を頭部で受けた。
血液はそこから流血し、飛び散る。もう彼女を人間と認識できないぐらいに酷い傷。それなのに、
「・・・・・・ふふ。」
彼女は笑みを絶やさない。
何も、配慮しない。
他者がどうなろうと、世界がどうなろうと、自分さえも興味がない。
「・・・・・・っ!」
怒りで歯を軋ませる。
「屋上に出ません?亜麻さんのせいで、この肉体ベトベトしちゃって気持ち悪いんですから。」
嫌悪と憎悪が入り乱れる。元々他人に関心のない亜麻が、初対面の人間にこれだけ敵意をあらわにする。
目の前の女性、オミャリジャ。
それを激しく嫌悪する理由。
彼女は、今までの亜麻と瓜二つなのだ。
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無いところに有るのが異端
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