No.137903

リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.11

リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 前回が重過ぎましたので、今回は少しノリをコミカルにしてみました。
 そして この期に及んで新キャラ登場、私は この話を何処へもっていきたいのか?
 ともかく喜んでいただければ幸いです。

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2010-04-22 04:08:12 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:17779   閲覧ユーザー数:15763

 

 どうしたものか。

 病院の廊下を歩くスバルは、そのことにばかり思考が向く。

 ティアナによる なのは への拒絶。

 その感情は あまりにも強固で、解きほぐすのは誰であっても不可能に思えた。

 あれからスバルは、放心状態になった なのは を家まで送らねばならなくなった。あんなことを言われたのだから なのは だってショックを受けないはずがない。彼女のことをフェイトやヴィヴィオに託し、スバル自身が帰宅した頃には午前零時。それでも朝になれば、こうして病院に通いつめる。

 ティアナは、今のところ大人しくしてくれている。

 なのは相手にブチまけた感情の激しさを思えば、あのまま また失踪してしまわないかと病院側も警戒したが、予想を裏切って きっちり入院患者をやっているのは、やはり体の不調がキツイせいか。

 

スバル「ティアと なのはさん、仲良くしてほしいなあ……」

 

 切ない望みだった。

 本当なら、そんなこと望むまでもなくティアナにも なのはにも笑っていてほしいのに。

 

アレクタ「スバルさんは……」

 

スバル「んん?」

 

アレクタ「……けっこう気苦労の多いタイプですね」

 

 スバルが押している車椅子に乗った少女、アレクタが呟く。

 聞くところによると、ティアナが 何処かの異世界で保護した少女だという。そもそもティアナがミッドチルダに戻ってきたのも、この子のかかった病気がミッドの最先端医療でなくては治せなかったためだそうで、それを思えばスバルにとって少女は、ティアナと自分を繋げてくれた架け橋のようなものだ。

 自分を救ってくれたティアナのことを、少女は心から慕っているらしく、ティアナが入院判決を受けてからは病室を飛び越えて彼女の見舞いにやってくるほどだ。

 そんなアレクタを迎えると、ティアナは くすぐったそうな困り顔で「アンタも病人だから大人しくしてないとダメでしょう?」と言う。そうしてスバルが頼まれて、少女自身の病室に送り届けている最中なのだった。

 

スバル「あはははは……、どうだろうね?」

 

 自分の知らないティアナを知っている少女に、スバルは乾いた笑いを漏らす。

 

スバル「私は元々 頭を使うタイプじゃないし、そういうの結構ティアに任せてきた面もあるから……。だから私が気苦労するのは、ティアに関して限定かな? ティアの気苦労を、私が受け止めなきゃ~、みたいな?」

 

アレクタ「お姉ちゃん、色んな人たちに気苦労かけてますよ?」

 

スバル「え? そうなの?」

 

 意外な言葉に、意外に思うスバル。

 

アレクタ「お姉ちゃんて、それはもう ちゃらんぽらんに生きてますから。“不死鳥の祝福の地”でも、パトロールの お仕事は気まぐれだし、バーのツケは溜めるし、白いバイザーの先生は電話一本で呼び出されるし、みんな振り回されてばっかりで……」

 

 俄かには信じがたいティアナの素行に、スバルは違和感を感じざるをえない。

 スバルの知っているティアナといえば、成績優秀のエリート、訓練校も主席卒業で、几帳面なデスクワークが大得意、真面目を絵にかいたような人間だったはずなのだが…。

 

アレクタ「なんか、真面目に生きるのに飽きたって言ってましたよ」

 

スバル「あー…」

 

 なんか わかる気のするスバル。

 

スバル「でも、そういうティアの旅中の話って面白いな、もっと聞かせてよ! 今後ティアをからかう材料にしたいから!」

 

アレクタ「いいですよ。…じゃあ又聞きですけど、お姉ちゃんが酔っ払って、何故か街に迷い込んできたワニを拾って帰って、そのワニを枕と勘違いしたまま抱いて寝て、翌朝起こしに来た大家のおばさんをパニックに陥れた話とか……」

 

 …………。

 ちょっと聞くのを躊躇うスバルだった。

 そんな風に、会ったばかりの少女とも すぐに仲良くなったスバル、大好きなティアナという共通の話題に話も弾む。

 二人は時も忘れるほど くっちゃべるが、さすがに病院の廊下で それはマナー違反だ。

 

ヴィータ「おいッ! 他の患者のメーワクだぞッ! 喋んなら病室に戻ってやれッ!」

 

スバル「あわわわわ…ッ、ごめんなさいッ、て、ヴィータ副隊長ッ?」

 

 話に夢中になっているスバルに一喝浴びせたのは、夜天の書の守護騎士ヴィータ。かつて機動六課ではスバルの上司でもあった、屈強の空戦魔導師だ。

 しかし何故ここに?

 

アレクタ「……スバルさん、なんですか この無礼な子供?」

 

スバル「わー! わー! わー!」

 

 初対面のアレクタが間違うほどに、ヴィータは身長も低く、小柄で、一目見た印象は可愛い女の子そのものだった。とても その真実は、教導隊で数十人ものルーキーを鍛え上げる熟練の魔導師とは思えない。

 

スバル「お久しぶりですヴィータ副隊長ッ!」

 

ヴィータ「おー。…だがスバル、別に私はもう お前の副隊長じゃねーぞ。機動六課は解散したんだしな、その辺ちゃんと切り替えができるようにしとけよ」

 

スバル「りょ、了解です、ヴィータ三等…空尉?」

 

ヴィータ「……ヴィータさんでいい」

 

 本当は5年の間に いくらか昇進したのだが、そのことに触れるのも面倒くさいヴィータだった。

 もっとも、機動六課は解散したと言いながらも、スバルといい、なのはといい、そしてティアナといい、その繋がりは なかなか切れない。他の連中にとっても そうだろう。皆にとって、機動六課で過ごした時間は特別な時間だった。

 

スバル「ヴィータさん、ここにいるってことは、やっぱりティアに?」

 

ヴィータ「……スバル、お前んトコの相棒は、しばらく見ねえ間に随分と ふてぶてしくなったなあ……」

 

スバル「えぇ~ッ?」

 

 どうやらスバルがアレクタとのお喋りに夢中になっている間に、ヴィータはティアナとの面会を済ませていたようだ。

 

 

   *

 

 

ティアナ『…………』

 

ヴィータ『…………』

 

ティアナ『……よいしょっと』

 

ヴィータ『…おい、何 体勢変えてるんだ?』

 

ティアナ『久しぶりの対面ですから、話しやすい立ち居地に移動した方がいいでしょう?』

 

ヴィータ『話しやすい立ち居地ってのは、お前の その無駄に でっかくなった おっぱいが、私の目の前に来るような位置のことか?』

 

ティアナ『ヴィータ副隊長は お変わりないようで』

 

 

   *

 

 

ヴィータ「むがーッ!! 思い出しただけで腹が立つ! あのヒヨッ子が ちっとばかし胸が大きくなったからって調子に乗りやがって! 自慢かッ! 自慢されたのか私はッ! Dカップとかクソくらえだッ!」

 

スバル「あは、あははははは……」

 

 憤慨するヴィータに、苦笑するしかないスバル。

 たしかにヴィータは小柄な分だけプロポーションもなだらかで、とても立派とはいえないバストの持ち主ではあるが……。

 しかし、それ以上に恐ろしいのは色んな意味で成長したティアナだった。六課時代、どなりんコーチとして ある意味なのは以上に恐れられたヴィータに、そんな挑発的な態度をとるとは。

 

アレクタ「いつもの お姉ちゃんです…」

 

 そうなんだ。

 

ヴィータ「クッソあの おっぱいエボリューションが! 今度来たときはシグナムともども おっぱいソムリエはやての生贄に供してやるッッ!!」

 

スバル「…でも、ヴィータさん、ティアを怒りに来たわけじゃないんですね」

 

 スバルは、聞くのに戸惑いながらも、そのことに触れないわけにはいかなかった。

 ヴィータはスターズ分隊の副隊長、なのはと並び、ティアナの もう一人の直接の上司だった。ティアナの失踪直後は「見つけたら、腐った性根を一から鍛え直してやる!」と、それでもティアナを血眼になって探してくれた。

 

ヴィータ「まあ、会ったらグラーフアイゼンで頭小突き倒してやる、とは思ってたがな」

 

 釈然としないが、という口調。

 

ヴィータ「それでも、アイツだってシャマルや なのは から充分に怒られたみてーだし、その上さらに私が怒っても しつこいだけだと思ってな。……それに、なんか私、アイツのことを羨ましいとも思うんだ」

 

スバル「羨ましい?」

ヴィータ「私らヴォルゲンリッターは、はやての守護騎士だ。はやてのために存在して、はやてのために戦う。だから私たちは はやての言うことなら何でも聞くし、実際今まで そうしてきた。でもそれは、自分の進む道を全部はやてに決めてもらってた、ってことなんだよな」

 

スバル「ヴィータさん…」

 

ヴィータ「そんな私らに比べると、自分で自分の道を見つけ出そうと、持ち物全部捨ててまで もがき苦しんでるアイツが、なんかスゲエって思えてな。多分 はやて も……」

 

 そこで言葉を詰まらせるヴィータ。

 

ヴィータ「イヤなんだ、はやてもな、あのテロ事件の映像見て目ぇ輝かせてな。『オボコがボラになって戻ってきたーッ!』って大喜びだ。管理局の人手不足には はやてもギガ頭痛だし、ありゃ引っ張る気 満々だぜ?」

 

スバル「八神部隊長もですか…、大人気ですね、ティア」

 

ヴィータ「まあ、仲間に戻ってほしいってのもあるだろうけど、あんだけ有能な魔導師を野放しにしとくって自体ありえねーだろ」

 

 どうやらティアナに対する包囲網は完成しつつあるらしい。

 彼女の旅も、そろそろ終わりなのかもしれなかった。スバルは それがいいと思った。ティアナにとって、『自分の光を探す旅』は あまりに苦しみの多い旅としか思えなかったから。それを終えて、ティアナには安らぎを得てもらいたい。

 

アレクタ「………………」

 

 車椅子の少女の沈黙には気付けず、スバルは明るく言う。

 

スバル「ヴィータさん、これからヒマですか? 私、今からティアの着替えを買いに行こうと思ってるんですけど!」

 

ヴィータ「着替えぇ?」

 

スバル「そうそう、入院生活長くなりそうですし、特に下着類とか毎日代えなくちゃならないから、ティアのEカップのブラなんかを…!」

 

ヴィータ「…………」

 

スバル「…………」

 

アレクタ「お姉ちゃん、Fカップですよ?」

 

 デュランダルなんか なくったって世界は凍るんだぜ? と神様に言われた気がした。

 

 

   *

 

 

ヴィータ「まあ、着替えを揃えるにしても一回シャマルに声掛けとこーぜ。私も近くまで寄ったんだから顔見せないわけにいかねーし」

 

 ということで、共々シャマルの下へ向かうスバルとヴィータ。

 アレクタは しっかりと送り届けて、病室で別れる。

 

スバル「じゃ、またねアレクタちゃん」

 

 ベッドから手を振るアレクタ。

 

ヴィータ「聞きそびれたけど、なんだ あのガキ?」

 

スバル「………ティアが旅に出た意味、ってところでしょうか」

 

 ティアナが旅路の上で善行を重ねる。それが誇らしいと勝手ながら思うスバルだった。

 さて、そのアレクタの主治医であるシャマルは、現在では必然的にティアナの主治医も担当している。そのシャマルに着替えの件も含めて、ティアナのこれからの入院生活のことを相談するのも必要であった。

 

スバル「シャマル先生はー、第10診察室ー♪」

 

ヴィータ「しかしシャマルでもティアナのFカップはヘコむだろうな。中途半端に大きいと越えられたときの屈辱も大きいだろうぜ…!」

 

 ヴィータしつこい。

 そんな二人が診察室に到着すると、シャマルは誰か他の人物と話しこんでいる最中だった。相手は、着ている服装からして病院の外の人間だと わかる。

 

スバル「…アレ、別の患者さんかな? お邪魔しちゃったかな?」

 

ヴィータ「んなわけねーだろ。シャマルの本職は管理局医務官だぞ。この病院には出向してるだけで、ティアナと さっきのガキ以外 診察する義務はねーはずだ」

 

 では、あの会話の相手は誰なのだろうか。

 スバルたちからは距離が遠く、会話の内容は聞き取れないが、どうやら強い口調で詰め寄られているようで、シャマルは困り果てている。

 その相手とは、やけにピッシリした服装の女性だった。フォーマルなスーツとパンツで身を固め、どこぞの大企業の美人秘書という風格をかもしている。

 

ヴィータ「あ? アイツ……ッ!」

 

 その顔を見た途端、ヴィータが表情を変える。

 

ヴィータ「アイツ、“クロイツ”のヤツじゃねーのか?」

 

スバル「くろいつ?」

 

 この期に及んで新キャラ?

 首を傾げるスバルに、ヴィータはもどかしげに解説する。

 

ヴィータ「まあ、特別救助隊の お前は知らなくても無理ないかもな。今シャマルに詰め寄ってるゴロツキは、クロイツっていう警備会社、……ってか、用心棒派遣会社のヤツだな」

 

スバル「用心棒、派遣会社?」

 

 ヴィータの説明は、以下のようなものだった。

 最近ミッドチルダで勢力を伸ばしているベンチャー企業。起業して数年と経たないというのに爆発的な成長を遂げ、注目を浴びている会社があるという。

 その会社の名を、クロイツ。

 職種は警備。

 しかしながら その会社が警備員として派遣するのは、ただのガードマンではなく魔導師だという。

 

ヴィータ「しかもクロイツに登録されたガードマン魔導師は、モンスターハンターやらバウンティハンターやらで鳴らした手錬ばっかでよ。ソイツらがミッド都市部の 主だった企業と契約することで、ビルや職員を守ったりしてるんだ、不特定多数の犯罪者からな」

 

スバル「それって…、いいことじゃないんですか?」

 

ヴィータ「金払ってる企業らにしてみりゃな。でも、私ら管理局から見たら どうなる? 本来ミッドの治安を守るのは、管理局地上本部の仕事だ、仕事を取られてるってことにはならないか?」

 

 もっともそれも、クロイツの危険処理能力が通常の警備会社並なら何の問題もなかったろう。

 

ヴィータ「それが違うんだよ。個々の魔導師の実力はもちろん、その規模も、情報収集力も。公的機関である時空管理局とタメ脹れるぐらいにスゲーんだ」

 

スバル「ええっ?」

 

ヴィータ「実際に、ある事件を捜査するために管理局員が乗り出したらよ。クロイツの警備魔導師から『ウチが処理しますから、アナタたちの出る幕はありません』って締め出し食らったって話もあるらしい」

 

 もしミッドチルダの市民が、管理局よりも私設の警備会社を頼りにしたら、それは公的機関として致命的なことだった。

 ただでさえ管理局の、とりわけ地上本部は、JS事件の後遺症で再建もままならず。その上 最近は黄昏教団のテロが暴れまわって、不安はますます広がっている。

 この不安定な世情で、強力な機構をもつ警備会社クロイツは、少なくとも地上においては時空管理局の商売敵となりえるクセモノだった。

 

ヴィータ「この病院も、こないだテロ事件が起こったばっかだからな。『これを機にウチの警備を受けませんか?』って売り込まれてるに違いないぜ!」

 

スバル「ああっ、ヴィータさん! ドコ行くんですかッ!」

 

ヴィータ「決まってんだろ、管理局員として、押し売りセールスの撃退支援だッ!」

 

 なんだか話が 変な雲行きになってくる。

 

 

   *

 

 

シャマル「……あっ、ヴィータちゃんに、スバルちゃん」

 

 部屋に乱入してきたヴィータとスバルに、シャマルは戸惑いの視線を向ける。

 そして、そのシャマルと話し込んでいたスーツ姿の女性も、訝しげに視線を向ける。

 間近で見て、改めて『女傑』という表現の似合う女性だった。年のころは20前後と思われるが、その若さに似合わぬ修羅場をくぐった面構えが、彼女を百戦錬磨の強者だと教えている。

 その目は鋭く、いかなる勝利の機会も見逃さぬというようにとギラギラ輝いている。

 長い髪は後ろで纏め上げ、ピンで細かく留めて、視界を遮らぬようにする。

 新進気鋭のベンチャー企業を率いるには、そうした英気が必要なのだろう。ヴィータたちと対峙するのは、そんな人としての鋭さを研ぎ抜いた、一種の才人だった。

 

ティシネ「アナタ方は?」

 

 スーツ姿の女性は落ち着いた声で言う、しかし その声色は、見た目同様に鋭い。

 

ヴィータ「私は この医者の家族で、時空管理局の局員だ。なんか押し売りが来てるみてーだから、代わりに断ってやろうと思ってよ」

 

 ヴィータが不適に笑う、なんとも険悪な展開だ。

 

スバル「ヴィータさん! いきなり そんなケンカ腰なのは……ッ!」

 

ヴィータ「どうせ昨日のテロ事件で商売の匂いでも嗅ぎ取ったんだろーがよ。この事件を解決したのは管理局だぜ、テメーらの出番はなかったんだ、とっとと失せな!」

 

ティシネ「それはおかしいですね。我が社が掴んだ情報では、先日のテロ事件を解決したのは管理局とは関係のない一般協力者だと聞いていますが?」

 

ヴィータ「ぐぬッ?」

 

 テロを倒した人=ティアナ=今のトコ管理局とは無関係。

 

スバル「正確な情報だ!」

 

ヴィータ「うるせえ! アイツは そのうち管理局に戻るから問題ねえよ!」

 

ティシネ「その話、個人的に興味深いものです、詳しく伺いたいですね」

 

スバル「へ? どういうこと?」

 

シャマル「違うの、ヴィータちゃん、スバルちゃん」

 

 最初から訪問者と話をしていたシャマルが、ようやっと話に加わる。

 

シャマル「この人は、その、ティアナちゃんに、個人として用事があって来たらしいの」

 

ヴィータ&スバル「「はあッ?」」

 

ティシネ「私は、こういう者です」

 

 戸惑うヴィータ&スバルへ、スーツの女性は携帯端末越しに名刺を渡す。

 

 

 

 

 株式会社クロイツ代表取締役

 

      ティシネ=ランスター

 

 

 

 

ヴィータ「代表取締役って! 社長かよ! 一番偉いヤツかよ!」

 

スバル「それよりも、ランスター? ランスターって……?」

 

ティシネ「私が、あの人から貰った大切なものの一つです。私は、あの人から数え切れないほど多くのものを貰いました」

 

 鋭い眼光のスーツの女性が言う。

 またしても雲行きが、予想もつかない方向へ進む。

 

ティシネ「先ほども、この医師の方と話していました。あの人が ミッドチルダにいるのを知ったのは、あのテロ事件によってです。ニュースに放映された映像で、テロリストと戦う あの人を見ました」

 

スバル「あの、アナタはティアを、というか、ティアナ=ランスターを知ってるんですか?」

 

 おずおずとスバルが尋ねる。

 スバルの脳裏に、ある可能性が浮かんでいた。ティアナが旅をしていた5年間、その5年のティアナの足取りを、スバルたちは何も知らない。

 その5年の間に、ティアナが このスーツの女性と出会う機会があったとしたら? この女性が、ティアナの五年間の どこか一部分でも埋める存在だとしたら?

 

ティシネ「ティアナ=ランスター、という名前は知りません。あの人は私の前では“クロイツ”と名乗っていましたから……」

 

ヴィータ「クロイツってオメー……」

 

ティシネ「ですから私は確かめに来たのです。ニュースに出ていた あの女性は、本当に私の知る“クロイツ”なのか。もし彼女の居場所を知っているなら、是非とも教えてほしいと この医師の方に お願いしていたのです」

 

シャマル「それで…、話の途中でしたが、アナタと、そのクロイツという女性は、どういった御関係で……?」

 

ティシネ「……失礼します」

 

 そういうと、ベンチャーの若き女社長は唐突に服を脱ぎだした。

 

シャマル「え? え? えッ?」

 

 これには誰とて驚かざるをえない。しかしティシネが上着を脱ぎ捨て、その引き締まった肌を晒したとき、驚きは さらに別の意味で極大となる。

 

スバル「なっ!」

 

ヴィータ「なんだよ お前、その腹……ッ!」

 

 猛者たちの集う武闘派警備会社を率いる女社長だけに、その裸体は引き締まり、筋肉の均整が取れていた。しかしスバルたちの目を釘付けにしたのは、その腹部。肌の色が斑模様になり、まるでズタズタに切り刻まれた後、パズルのように組み直したかのような治療の跡だった。

 

シャマル「手術痕ね、しかも、かなりの大手術…」

 

 医師であるシャマルが冷静に分析する。

 

ティシネ「そうです、私が幼さゆえに犯したミスの、代償です」

 

 ティシネは みずから古傷に触れる。まるで古き日の記憶を懐かしむように。

 

ティシネ「あの日の失敗、それによって得た教訓は、今の私にとって代えがたい財産です。そして もう一つ、この腹の中には私の大切なものが詰まっています」

 

スバル「大切なもの…? そのお腹の中に?」

 

ティシネ「私がクロイツから譲り受けた、数多くのものの一つ。あの人の腎臓と、小腸の一部」

 

スバル「…ッ!」

 

シャマル「まさかッ?」

 

 思い出される、昨日の診断。

 ティアナは摘出手術を受けて、内臓のいくつかを失っている。

 

ティシネ「私は そのおかげで、失うはずだった命を繋ぎました。だから私にとってクロイツは、恩人の中の恩人なのです」

 

 

   *

 

 

 スバルたちは、この突然の訪問者、ティシネ=ランスターの話を聞かないわけにはいかなかった。

 彼女が恩人と慕う“クロイツ”とは何者なのか?

 彼女と“クロイツ”との間に何があったのか?

 彼女の体内にある内臓は、本当にティアナから移し替えられたものなのか?

 すべては、彼女の回想によって解き明かされるのか?

 

ティシネ「そもそも私は孤児でした。ネバーランドという文化レベルの低い異世界に捨てられた浮浪児です」

 

 幼き日のティシネは そこで惨めな生活を送っていたという。

 親もなく、保護者もなく、文化レベルの低さゆえに孤児を世話する施設もない世界で。裕福な大人がこぼす食べカスを奪い合って生きる。そんな野良犬のような生活が、ティシネの子供時代だった。

 

ティシネ「そんな獣同然のネバーランドの孤児たちには唯一、まともな人間になれる道がありました」

 

シャマル「それは…?」

 

ティシネ「モンスターハンターです」

 

 ネバーランドが、低文化世界である理由。それは その国土全体に、巨大で凶悪な魔獣・幻獣が闊歩し、人間たちに領域を明け渡そうとしないからだった。

 人間はそれに対抗するため、強力な魔導師をハンターとして雇い、魔獣たちを駆逐させる。ハンターはギルドにおいて一括管理され、地位や報酬を約束される。

 強いモンスターハンターとなり、多くのモンスターを殺して実績を挙げれば、家なき孤児でも報酬が与えられ、人並み以上の生活が手に入れられる。

 それがネバーランドの孤児たちにとって、唯一の人間となる方法。

 

ティシネ「無論 孤児たちに、いきなりモンスターと戦える能力も技術もありません。なので大抵は、徒弟となることから始まります」

 

ヴィータ「とてい?」

 

ティシネ「平たく言えば、現役ハンターの助手です。現場でモンスターと戦うハンターを手伝いながら、その技を盗み、いずれは自立してプロとなる。それが孤児たちの一番 現実的な出世コースでした」

 

 もっとも、その道を目指してもプロのハンターになれる者は一握りだった。

 激しいモンスターたちとの死闘、それは死と隣り合わせであり、生きて帰れる者は少ない。未熟な孤児たちはプロのハンターより生存確率は低く、プロの技術を得るまで生き残れる者は、ほんの僅かだった。

 

ティシネ「中には、より堅実な狩りをおこなうために、徒弟に囮役をさせるハンターもいました。モンスターが孤児を貪り食う隙を突いて、必殺の一撃を加えようと。……孤児が死んでも誰も文句は言わない。死んでも替えは街中に溢れている。ハンターにとって徒弟とは、使い潰すだけの消耗品に過ぎなかったんです」

 

スバル「ひどいね、それ……」

 

 スバルは、話の凄惨さに唇を噛む。

 

ティシネ「ですが、成り上がりの道が それしかない以上、孤児たちは例外なく徒弟の道を目指しました。私も その一人でした。プロのハンターになってやる、そして惨めな孤児の生活から絶対に抜け出てやると、昔の私は野心に燃えていました。そしてギルドに登録し、仕えるべきハンターとして引き合わされたのが……」

 

 クロイツ。

 

 偽名だというのは、他の誰かから知らされた。余所の世界から流れてきた無頼者で、歳は若いが、ギルドの中でも抜きん出た実力をもつ女ハンターだと。

 針の穴をも通す精密射撃が売りで、レアスキルである幻術魔法は対モンスターの囮用にうってつけの能力だった。

 それを聞いたとき幼いティシネはホッとしたという。自分が囮をやらされずに済むと。

 

スバル「それって、どれくらい前ですか? できれば月単位で正確に…」

 

ティシネ「そうですね、ディムンコラの開花期で、その9月でしたから、4年と10ヶ月ほどでしょうか。ほぼ5年前ですね」

 

 その証言が本当だとしたら、ティアナは六課から失踪した直後にモンスターハンターになったことになる。

 今スバルたちが聞いているのは、ティアナの旅の始まりに近い記憶なのか。

 

ティシネ「クロイツは、他のハンターとは違う感じがしました」

 

 腕のいいハンターではあった。

 正確無比な射撃で仕留めたモンスターは数知れず、毎月の撃墜ランキングに必ず名を連ねる。彼女の名はすぐにギルドに轟き渡り、『眉間撃ちのクロイツ』といわれ恐れられた。

 そしてクロイツは、他人を寄せ付けないことでも有名だった。

 普通だったらパーティーを組んで おこなうのが常道のハンティングに、常に単独で出かける。徒弟を付けることにも最初は断っていたほどで、ティシネは そのために必死にならなければならなかった。

 クロイツから徒弟を断られれば、自分は別のハンターに付けられる。そのハンターが徒弟を囮に使うゲスだったら、ティシネの人生はそこで終わりだからだ。

 

ティシネ「だから私は、必死でクロイツの後を追いました。クロイツに気に入られようと、様々なことをしました。クロイツは最初こそ私を邪険にしましたが、少しずつ私のことを受け入れてくれました。決して元から、人間が嫌いだったわけではなかったようです」

 

 そして、クロイツに近付けば近付くほどわかる、彼女の本質。

 クロイツは、知れば知るほど、他のハンターとは違う人種だった。

 

ティシネ「あの人は、孤児である私のことを人間として扱ってくれましたから」

 

 ハンターは普通、徒弟と同じ食卓で食事はしない。徒弟はハンターの足元の床で、犬のように食事をさせられる。しかしクロイツは、自分と同じ食卓で、ときには同じ皿とスプーンを使って一緒に食事をしてくれた。

 ハンターは、徒弟をベッドで寝かさない。自分の寝るベッドの脇で、直接床に眠らされる。しかしクロイツは、自分の寝るベッドにティシネを入れてくれた。寒い冬の夜は、クロイツの肌が そのままティシネを暖めてくれた。

 

ティシネ「ハンターにとって徒弟は消耗品ですが、徒弟にとっても自分が仕えるハンターは、成り上がりのための踏み台に過ぎません。ただプロとなる技術を盗むための対象。それだけがハンターの師弟関係ですが、私とクロイツは違った。私はハンターに成り上がるためにクロイツにつきましたが、いつしか私は、ハンターになるためではなく、クロイツに褒めてもらえるのが嬉しくてハンターの技術を覚えていきました」

 

 クロイツが面倒臭そうに教えてくれた技をマスターしたとき、クロイツが嬉しそうにティシネの頭を撫でてくれる。それがただ嬉しくて、次の技を覚える。ティシネにとって その繰り返しが続いた。

 もうハンターに なんて ならなくてもいい。クロイツとの素晴らしい日々が ただ続くだけでいい。そう思っていた ある日のことだった。

 

ティシネ「私は浮かれていました。自分が上手くやれば、それだけクロイツが喜んでくれる、そう思って無謀な行動に出てしまった。クロイツとの別行動中、遭遇してしまったランクAのモンスターに一人で挑んでしまったんです」

 

 その頃ティシネは、ランクB以上のモンスターには決して一人で戦うなとクロイツから言われていた。しかし、クロイツから多くの技術を吸収していたティシネには若い自信があった。クロイツの予想を超える戦果を挙げて、クロイツをビックリさせよう、そんな軽い気持ちで勝たせてもらえるには、ランクAの戦闘魔獣は凶悪すぎたのだった。

 

ティシネ「そのときに負ったのが、この傷」

 

 ティシネは腹部を撫でる。

 

ティシネ「致命傷でした。腹部の三分の一を食いちぎられて、内臓は零れ落ちました。駆けつけたクロイツがモンスターを仕留めてくれましたが、私の傷はどうにもなりません。死を覚悟しました。ですが、私は生き残りました」

 

 気付いたときには、ティシネはギルドが運営する病院のベッドの上だった。

 そしてもう、彼女の傍にクロイツはいなかった。

 

ティシネ「私の体にクロイツの内臓が移植されたこと、そのおかげで一命をとりとめたことは後になって知りました。そしてクロイツは それが原因でギルドから解雇されたのです。内臓を摘出されたクロイツの身体能力が、それ以前と同等である保証などないから。そして徒弟ごときに情を掛けるクロイツの行動を、ギルド上層部が異端視したから、それを機にギルドはクロイツを追放しました」

 

 結局、それ以後ティシネがクロイツの姿を見ることは二度となかった。

 最後に覚えているクロイツとの記憶は、腹を食いちぎられた自分を背負い、モンスターの巣食う密林を進む彼女のこと。

 

 ティシネは消え入る意識の中「ごめんなさい」と言った。

 クロイツは「バカね」と笑った。

 

 

 

 

ティアナ『子供はいくらでも無茶したっていいのよ。その無茶が上手くいっても、裏目に出ても、それは後で必ずアンタの財産になる。若い頃どれだけ無茶をしたかが その人間の価値になる。失敗しても恐がるな! 子供の無茶をフォローするために大人がいるんだから!』

 

ティアナ『アンタが無茶するたびに、私が何度でも助けてやるから!』

 

 

 

ティシネ「でも結局、クロイツは それを最後に私の前から消えました。退院後、クロイツの教えを習得した私はプロのハンターとして登録されました。でも私はもうギルドを信用できなかった、クロイツが追放されたように、私もいずれ利用価値がなくなったらゴミのように捨てられるだろう。そう感じた私は いち早くギルドを脱退し、クロイツを起業した」

 

シャマル「アナタが代表をしている、警備会社ね」

 

 ティシネは頷く。

 

ティシネ「もう おわかりかもしれませんが、私の社名は、私の最大の恩人の名を そのまま貰ったものです。そして私のファミリーネームも同じ。元来孤児だった私には“ティシネ”の名しかありませんでした。それにファミリーネームをくれたのが あの人、『私には もう いらないものだから』と」

 

スバル「………ランスターッ!」

 

 スバルは思わず立ち上がる。

 ティシネ=ランスター。彼女から手渡された名刺には そう書いてあった。

 

ティシネ「クロイツと別れてから4年、私は常にクロイツのことを探してきました。そのために培った情報網が、今の警備会社の運営に役立っているほどです。しかし手掛かりは見つからなかった。もしかしたらクロイツは、私に内臓を分け与えたことで死んでしまったのではないかと思い始めた頃、先日のテロ事件の映像を見たのです」

 

 ニュースの映像。ティアナとテロリストの戦いの映像。

 

ティシネ「これは、警備会社代表としてでなく、個人としての お願いです。彼女の居場所を知っているなら、どうか私に 教えてほしい。お願いです!」

 

 そう言って、猛禽の目をもつ女傑は頭を下げた。

 商売敵である時空管理局の局員に対して、何の躊躇いもなく頭を下げたのだ。

 普通なら、新進気鋭の商才をもつ若手社長にとって屈辱に違いない行為だろう。しかしそんなことは彼女にとって、恩人の行方を諦める理由にはならなかった。

 

スバル「……………」

 

 スバルは、立ち上がった。

 

 

   *

 

 

ティアナ「………あら、ティシネじゃない、久しぶり」

 

 病室でたたずんでいたティアナは、ごくさりげない口調でそう言った。

 窓から入る風で、彼女の髪と、タバコの煙が揺れていた。

 

ティシネ「……………」

 

ティアナ「商売上手くいってるらしいじゃない。どう、儲かってる?」

 

 ティシネは病室に入ってから完全に言葉を失った。

 ただ見開いた目でティアナを凝視し、唇を震わせている。

 体が、懐かしき人に再会したという事実以外を忘れているかのようだった。

 一歩、二歩、三歩、

 その脚がティアナに向かう。

 ベッドの縁にぶつかる。彼女の目前には、悪戯っぽく笑うティアナの姿があった、ずっと探し求めていた人の姿が。

 ハンターの師として、弟子として。

 それ以上のものを数え切れないほどくれた、恩人の姿が。

 

ティアナ「……ん? どうしたの?」

 

ティシネ「あ」

 

 女傑が、その場に崩れ落ちた。

 

ティシネ「ああ、ああああ、ああ………!」

 

 慟哭。

 

ティシネ「あああーーーッ! ああーーッ!! あーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

ティアナ「はいはい、よしよし」

 

 子供のように泣き崩れるティシネの背を、ティアナは母親のように撫でさするのだった。

 その光景を、病室のドアから見守るスバル。

 スバルは思った。

 スバルの知らない、ティアナが旅した5年間。ティアナが迷い、悩み、のたうちまわった5年間。

 その間にティアナは、スバルたちの知らない多くの人と出会い、通じ合い、大切な記憶をつづってきたに違いない。

 ティシネがいて、アレクタがいて、きっと他にも多くの人がいる。

 

スバル「ティア…、それは、ティアにとっての光じゃないの?」

 

 再会の慟哭は、今なお病室に響き渡っている。

 

    to be continued


 
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