住民が退去し団地が廃墟となって、一ヶ月。私は憮然と立ち尽くす。我が身の行末が、私には漏れ聞こえない。会社の破綻と共に打ち捨てられた建物同様、私も邪魔なゴミなのだ。
一人きりで迎える春など待つまい。我が身の力を抜き、朽ちるのみだ。
施錠された門を越える小さな影。赤いコートの子供は、二ヶ月前に屋上から地面へと落ちた男の、娘だ。あの一瞬の滞空時間を、私は見つめていた。
娘は私に駆け寄り抱きつくと、泣く。父親を失って二ヶ月。家を移って一ヶ月。娘の生活は私には計れない。
「お父さん……」小さな呟きが嗚咽に紛れた。
かつて、私に集う楽しげな中に、この娘と父親もいた。
娘はひとしきり泣いて、去っていった。
心奮わせ、体の隅々に通わせる温かな記憶。
春にまた、咲かせよう。皆を喜ばせ集わせた花を。
私の記憶の通う花弁は風に散り、離れていった皆の見上げる空を舞いながら、私は今もここにいるからと、伝えてくれるかもしれない。
おわり
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所属サークルの企画で、「お題:桜 字数:400字」という縛りで書きました。