No.137790

望郷―フィールドオフゴールド―

まめごさん

この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。

世界観を共通させた短編連作「死者物語」です。

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2010-04-21 20:34:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:994   閲覧ユーザー数:975

あの丘を越えれば懐かしい故郷へとたどり着く。

はやる気持ちとは裏腹に、足は思い通りに動かない。

それでも男は歯を食いしばって前へと進む。

あの丘を越えれば。

 

男は農民だった。

田畑を耕し、収穫を神に感謝する、どこにでもある石ころのような民。

妻をめとり、子が生まれ、ささやかな幸せを甘受していた平凡な民だった。

永遠に続くはずの日常は、しかし戦の勃発で一転する。

鍬を持つべきはずの手に剣を、畑を踏むはずの足は屍を乗り越えた。

我らに正義ありと将軍たちは叫ぶ。

正義など知らんと男は泣く。

そんなものはどうでもいい、おれを帰してくれ。

あの美しい日常に返してくれ。

願いは届かず繰り返されるは阿鼻叫喚の地獄絵図。

暗闇の中で男は神に祈る。

おれを帰してくれ。

あの美しい日常に返してくれ。

胸を焦がす、焦燥にも似たこの望郷。

しかし神はうんともすんとも答えてくれぬ。

それどころか、とんでもない噂を与えてくれた。

男の故郷が壊滅したという。

黄金の原は焦土と化したという。

男は絶望した。神を憎んだ。

あなたを信じた結果がこれか。この仕打ちか。

神は相変わらず、うんともすんとも答えてくれぬ。

 

戦は始まりと同じように突如と終わった。

用無しとなった男は故郷へと向かう。

 

錆びた剣を杖に、動かない右足を引きずって歩くうちに小さな希望が芽生えてきた。

もしかしたら。

もしかしたら。

神は自分をまだ見捨ててはいないのかもしれない。

高まる期待を宥めて男は歩く。

あの丘を越えれば、懐かしい故郷へと辿り着く。

 

 

ついに小高い丘を登りきった男の足が止まった。

その目から滂沱と涙が溢れる。

 

 

眼下に広がるは見渡す限りの黄金が原――フィールドオフゴールド。

 


 
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