「どけどけどけぇぇなのだ。燕人張飛の丈八蛇矛、受けれるものなら受けてみるのだ!」
自身の身長よりも長い蛇矛を自在に振り回し、張飛は乗り込んだ城壁の上で見得を切る。
「ふむ、数だけはいるようだが面白くはなさそうですな。しかしこの趙子龍、手加減するほど優しくはないぞ」
張飛に続いて城壁に着いた子龍も手にした赤い矛先の直槍、龍牙を構え、城壁にへばりついて白馬義従の矢を避けている黄巾兵を睥睨した。
「面白かろうが面白くなかろうが、桃香様のため黄巾の将を倒すのみ! 劉玄徳が一の矛、幽州の青龍刀、関雲長、推して参る!」
最後に城壁の上についた関羽も自慢の黒髪を靡かせて、青龍偃月刀を構える。
矢の雨に味方の死、意気消沈していた黄巾兵たちは色めいた。
それぞれ手に得物を構え、並々ならぬ覇気を発しているとはいえ所詮は女子供と高をくくっている。しかもそれぞれがそれぞれの魅力を持つものたちだ。今まで死の恐怖に震えていたことなど忘れたように、獣欲をむき出しにして黄巾兵たちは三人を上から舐めるように見据える。
「むむむ、なんか嫌な視線を感じるのだ。特に……」
張飛は黄巾兵の視線を見て、自身と関羽、子龍とのある部分の違いを見比べ、肩を落とす。
「鈴々よ、その部分は人それぞれ好みがあるものだ。お主くらいがよいと言う御仁もおると思うぞ」
「おぉ、そうなのか!」
張飛の視線とボヤキに子龍がその落ちた肩を叩いて励ましを入れる。
張飛もその励ましを受け、意気を取り戻して元気に蛇矛を振り回した。
その二人の様子はここが戦場と言うこと、敵に囲まれていることを感じさせない。
「二人とも何をやっている! 今がどんなときかわかっているのか?」
緊張感のない二人の関羽から注意が入るが、子龍にしても張飛にしてもその返事は真剣さが足りない。
「鈴々よ。三人の中で一番大きいものに注意されてもな……」
「うんうんなのだ。自慢しているように感じるのだ」
二人でこそこそと関羽のある部分に対してジトっとあまりよろしくない目つきでにらみつける始末である。その視線から守るように関羽は体を抱きしめた。
「ふ、二人ともどこを見ておる! こんなところ大きくとも邪魔なだけだ」
「愛紗が言うななのだ……」
言葉を重ねれば重ねるほど泥沼に落ちていく関羽。張飛の視線も厳しいものに変わっていってしまう。
周りの黄巾兵も遠巻きにその三人の漫才を眺めているが、だんだんと痺れを切らしてきていた。中でも黄巾兵の中で比較的上位の人間らしい髭面の男が周囲の男達に下卑た物言いで発破をかける。
「えぇい、てめぇら! 相手はたかだか女子供三人だ。囲んで一斉に飛び掛ればこっちのもんよ。後は……ヒヒヒ」
いやらしく視線をまとわりつかせる髭面の男に不快なものを感じる三人。先ほどまで繰り広げていた漫才をやめ、一旦真剣に獲物を構え周囲の黄巾兵を睨み付ける。しかし髭面に唆された黄巾兵たちはにやけた笑みを顔に張り付かせ、三人をゆっくりと囲み、その環を縮めていく。
「おとなくしてりゃあ、痛い思いはしなくてすむぜ。いや、気持ち良い思いをするかもなぁ。ひゃぁはっはっは」
三人が言い合いを止め得物を構えたことで怯えていると判断した髭面は、三人を拘束した後の事をすでに考えていた。下卑た笑いが辺りに響くが、それを注意するものは黄巾党にはいない。それよりも同じく下卑た笑いをあげ、三人の体を嘗め回すように見る者しかいなかった。
「鈴々たちが三人?やっぱりつまらない相手なのだ」
張飛は蛇矛をつまらなそうに肩に担いでため息をつく。その様子をいぶかしげに髭面たちは見つめるが、ニヤニヤとした笑いはそのまま止まっていない。
「へっ。どこにお仲間がいるってんだ?どこにも見えやしないぜ。へっへっへ」
じわじわと環を縮めながら、張飛を馬鹿にしたように言いながら笑うと、手にした槍を子龍に向けて面白半分に突き出した。
「愚か者達には聞こえないとみえる。死へと誘う風を切る音が」
その槍をひょいと避けつつ子龍は耳を欹て、ニヤリと笑う。槍を突き出した黄巾兵はそんな子龍に馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤に染め上げて今度は本気で殺そうと、槍を子龍に向かって突き出すべく振りかぶる。
「こんのアマァァア。なめた口きいてんじゃねぇぞ、コラァ」
そのまんまチンピラな口上をして黄巾兵は今度こそ刺し貫かんと槍を繰り出す。
それでも子龍に対して槍を振るうには実力不足だった。黄巾兵の繰り出した槍に子龍は半身ずらしただけで避けてみせる。さらに肘で軽く矛先を叩き地面へと槍を落とした。
“カツン”と音を立てて、城壁の石を砕いて止まる黄巾兵の槍を足で踏んで押さえつけた。
槍を踏みつけられ動きの取れない黄巾兵に子龍は手にした龍牙を突きつける。
味方が囲み一見有利と思っていた状況から、一気に命をとられる状況に陥った黄巾兵の顔色は赤から青を通り越し、白にまで急降下した。
「ひぃぃ。こ、こいつら強いぞ、みん……」
槍から手を離し、後ろに下がって仲間の黄巾兵を嗾けようと、後ろを向き声をかけたが最後までこの黄巾兵は言うことが出来なかった。
城壁の外から降り注ぐ、白馬義従の矢の内の一本がその後頭部を刺し貫き、黄巾兵の短い一生はその幕を閉じた。
白馬義従の矢はもちろんその一本だけのはずはなく、雨のごとくその周りに何千本という矢が降り注いだ。
「自分達が何から身を隠していたか、忘れていたようだな。われらが居ようとも矢を放つよう取り決めていたが、こうも迷いもなくわれらの周りに射込むとはな」
手にした得物で迫り来る矢を叩き落しつつ、子龍は愚痴をこぼす。
「容赦ないのだ、公孫賛のおねーちゃんは」
張飛も頭上で蛇矛を回し矢を防ぎつつ、子龍の言に賛意を示す。
「ちっ、てめぇらオレ様を守りやがれ! おら、盾になるんだよ」
髭面は回りにいた黄巾の一般兵をどやしつけ自らを守らせる。向かってきた矢には近くにいた兵の襟首をつかんで持ち上げ、それをもって矢を受けていた。
矢が何本も突き刺さりぐったりと力なくぶら下がる黄巾兵を、まるで汚物を持っているかのごとく髭面は抛り棄てる。
「使えないやつらだぜ。……おい、お前ら。腕は立つようだから、飼ってやってもいいぞ。この韓忠様に忠誠を誓えばだがな。ひゃはっはっは」
うめき声が満ちる城壁に響く不快な笑い声。
城壁の上に乗り込んだ三人にとってこの髭面の男、韓忠はとてもではないが忠誠を誓うような男ではない。ましてや体を許すなど死んだとしても、いや想像されるだけでも嫌なことである。
それでも韓忠はそんな三人の不快に顰める眉など気にすることもなく、三人の肢体を嘗めるように一人々々眺めていく。
「ふむ……お前に決めたぞ。その黒髪と美貌をオレ様の色に染めてやろう。てめぇら、他の二人が邪魔しないようおさえとけ」
厭らしい笑みを貼り付けた韓忠は関羽に狙いを定め、まだ生き残っている黄巾兵に張飛と子龍を抑えるよう命令する。しかし黄巾兵たちは逡巡するように動かない。白馬義従の矢に倒れたとはいえ、子龍にあしらわれた兵士が目の前にいたのだ。抑える自信がわかない。それに白馬義従の矢がこの三人にいようとも降り注ぐことも黄巾兵が動けない一因でもある。
「ちっ使えねぇな……」
韓忠はぼそりと呟くと腰に佩いた剣を抜き、目の前で固まる黄巾兵を後ろから斬りつけた。
切味の良くない韓忠の剣は、黄巾兵の右肩にあたると押しつぶすように鎖骨を砕き、肉を切り分けていく。胴体の中ほどまでで止まった剣を、韓忠は背中を足蹴にして強引に引き抜いた。
「おめぇら、選ばせてやる。オレ様にこいつのように殺されるか。そいつらと矢に殺されるか。そいつら抑えて楽しむか。好きなの選べや」
刀身についた血糊をペロリと一舐めして、韓忠は黄巾兵を恐怖で縛り付ける。
「下種が……」
関羽の呟きにニヤリと韓忠は笑ってみせる。
「おぅおぅ、下種で結構。その憎憎しげな顔が快楽にゆがむ様が見てみてぇぜ。へっへっへ」
欲望にぎらつく瞳で関羽を見つめる韓忠には、その怒りに震える両手と青龍偃月刀は見えていない。この目の前にいる人とも思えぬ下種な男をいかに倒すか、関羽はただそれだけを考える。韓忠の動きに集中し一挙手一投足まで見逃さぬよう睨み付ける。
周りの黄巾兵は韓忠と関羽を避けるように動き、張飛と子龍を抑えるように包囲を変えていく。
その動きをやすやすと許すような張飛と子龍ではないが、韓忠のご氏名が関羽のようなので態とその動きを見逃した。
怒りに震えていても無闇に飛び込まず、関羽はジリジリと間合いを縮めていく。韓忠の技は未熟といえど、人体の半ばまで押しつぶすその膂力は侮れない。青龍偃月刀をやんわりと握り締め、隙のない構えで黄巾党の兵士が倒れている中、韓忠の周りを回る。
「へっへっへ。いいねいいねぇ。その顔が涙を流して許しを請う様を思うと、オレ様自慢のイチモツが勃っちまうぜ」
韓忠は関羽に見せ付けるように腰を揺すってみせる。
関羽の集中はその程度では乱れはしないが、逆にその侮辱するような言動と行動に堪忍袋の緒が切れる間際まで来ている。
「いい加減にその良く回る下卑た口を閉じないか。私を愚弄するのもいい加減にしろ!」
関羽はそう一喝すると、青龍偃月刀を振りかざし一足飛びで韓忠へと斬りかかる。
「あ、愛紗危ないのだ!」
張飛がそう注意をするが間に合わない。
倒れている黄巾兵に隠れていた二人の兵士が、関羽に同時に襲い掛かった。一人は背後から覆いかぶさるようにつかみかかり、一人は下半身を救い上げるように襲い掛かる。倒れ生きている気配はわかっていた、しかし怒りに平静さを失っていた関羽は勝手に怪我をして倒れこんでいると思い込んでしまっていた。
「くっ、卑怯な!」
叫んでみるも後の祭り。背後から羽交い絞めにされ、下半身は抱きつかれ動きようがなく、体をゆすってみてもはがれそうもない。罠に嵌った悔しさに関羽の顔がゆがむ。
張飛と子龍も関羽を助けようと黄巾兵を倒してはいるが、いかんせんその数は多く、なかなかその囲いを突破することができない。
「いいねぇ。その悔しさにゆがむ表情。思わずイッちまいそうだぜ。お前ら死んでも離すんじゃねぇぞ、手足の筋斬って、動けねぇようにしてやるからよ」
黄巾兵の断末魔の悲鳴と張飛と子龍の関羽を思う悲鳴が響く中、韓忠はゆっくりと手に持った剣を舐めながら関羽のもとへと歩み寄る。
「離せ、下郎! 離せぇぇええ」
関羽も力をこめて振りほどこうともがくが、必死に掴み掛かる黄巾兵を振りほどくことができなかった。
まずは右手に狙いをつけ、韓忠は剣を振りかぶる。
自らの不明に悔し涙を滲ませるも関羽は目を瞑ることなく、韓忠を睨み付ける。その心根はまだ折れず、手足なくなろうとも噛み千切って倒してくれるとその瞳は語っていた。
韓忠の手が振り下ろされ……。
“ヒュンヒュンヒュン”
三本。
韓忠の剣が振り下ろされる前に三本の矢が韓忠の右手、関羽の背後の黄巾兵の頭、下半身に取り付く黄巾兵の脇腹に突き刺さった。
痛みに韓忠は剣を取り落とし、背中の兵士はそのまま倒れるように城壁から落ちていく。下半身に取り付いていた兵士は崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。
「愛紗ぁぁ。大丈夫か? なのだ」
囲んでいた黄巾兵を蹴散らし、関羽のところにきた張飛はその体を心配するように関羽の周りを回る。
「大丈夫だ、鈴々。それよりもやつは?」
関羽が驚愕から落ち着いて張飛に聞いたときには、子龍が韓忠を押さえ気絶させていた。
「さぁ愛紗。お主が名乗りを上げよ。一番の被害者だからな」
子龍の言に関羽の眉がつりあがるが、その心根に劉備への名声を考えてのことが見えるのでこの場では抑えておく。
「黄巾賊が将、韓忠。劉玄徳と公孫伯珪が軍が召し捕った!」
朗々と関羽の名乗りが響いたすぐ後だった。
本城に曹操の軍の旗が翻る光景が、この場にいる全員の目に映ったのは……。
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双天第十三話後編です。
これで黄巾党については大方終わりです。たぶん次の章の頭に褒美がどうなったなど書くとは思いますが……。やっと黄巾党がおわったぁぁぁぁ。
さて、今回大変お見苦しい言動、行動をするキャラがおります。不快に思われるかもしれませんがご容赦ください。というか生きてんだよな、どうしようかな……こいつ。