――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
桃の花に彩りを―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「準備はできたのか、桃香?」
「うん……ごめんね、白蓮ちゃん」
公孫賛に対して目を伏せ、本当に申し訳なさそうに言葉を零す。
「おいおい、別に謝らなくたっていいだろ?桃香が行きたいって決めたんだ。私に引き止める権利はないよ」
「で、でも……」
「そりゃ、桃香たちがいなくなったら戦力の低下は否めないが…星のヤツだっているしな」
柔らかく微笑む公孫賛。そんな笑顔をされたら、喉まで出かかった言葉も引っ込んでしまう。
「己が道を信じて行くことが、最も為すべきこと。桃香殿、気に病むことではない」
自然と不安を打ち消すような、趙雲の声。
公孫賛がそれに続く。
「それに、これで私と桃香たちの縁が切れるってわけでもないだろ?」
「あ、当たり前だよっ!白蓮ちゃんはずっと私の親友でっ」
「だったらそんなに暗い顔するなって、桃香らしくもないっ。私たちだけでもこの街は守ってみせるさ」
公孫賛はニンマリと笑う。その声には、確かな決意が宿っている。
「まぁもしもの時は、我々も北郷殿の力添えをもらうとしよう」
「……ちょっと待て、星。何でそんな前提を立てる?」
「白蓮殿だけでは、何とも頼りないですからなぁ」
「な、なんだとぉ~!」
趙雲のそんな冗談めいた発言に公孫賛が怒りだす。
自分は割と本気に決意表明をしたのに、コイツは―――と。
「はは……あはははっ」
そんな光景を見て、桃香が笑い出す。2人のやり取りが、あまりにいつも通りで。
「桃香。北郷は私よりずっと上、それこそ王になるようなヤツだと、私は思う。しっかり支えてやれよ」
「『天の御遣い』という“名”ではなく、『北郷一刀』という“人”の下につきたいと思うのであれば、尚のこと。 桃香殿のやり方で、力になればよい」
2人の言葉が暖かい。
背中をそっと押してくれるように、決意を確固たるものにしてくれるように、心に染み入る。
2人が快く送り出してくれる。であれば、自分も精一杯の笑顔で、応えるべきだろう。
「うんっ!ありがとう!白蓮ちゃん、星ちゃん!」
やっと待ち望んだ笑顔が見ることができたためか、公孫賛と趙雲は顔を見合わせて笑い合った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「もうよろしいのですか?」
「もういいのかーお姉ちゃん?」
城の外で待っていた愛紗と鈴々が、義姉の到着を待っていた。
「うんっ、大丈夫だよっ!」
ここから、また始まる。桃園で交わした誓いは、形を変え、新たな希望となって。
「またね、2人とも!」
「白蓮、星。武運を」
「また遊びにくるのだー!」
そうして3人は公孫賛が治める街を旅立った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あーあ。行っちゃったなぁ…」
「名残惜しいので?」
趙雲は皮肉を込めて公孫賛へ問う。その証拠に、口角がわずかながら上がっている。
「そりゃ名残惜しいさ。
愛紗や鈴々がいなくなったらまともな将はお前だけだし、桃香の医学だって早々得られるものじゃないぞ?」
「……そうですな。確かに、大きな痛手ではある」
そう言う2人ではあるが、その顔には笑みが浮かぶ。
「それでも応援してやりたいんだよ。桃香が誰かに仕えたい、なんて初めて聞いたからな」
「………私は寧ろ、桃香殿は導き手だと思っていたのだがな」
それは直感的に感じたこと。人を惹き付けるいわば”才”のようなものを、桃香は有していると。
「あたしもそうだと思ってたよ。でも……一緒に学んでた時より、ずっと強くなったと思う、あいつは」
無意識に笑顔が零れる。
「……それほどまでに、北郷殿の影響は強かったと?」
「あぁ。あいつには、桃香を変える“何か”があったんだろ」
戦線を共にした青年。今ではそのことを、少し誇らしく思う。
「………色恋も多分に含まれると思いますがな」
「……ははっ。それが1番の原因な気もするな」
いつも嬉しそうに天の御遣いの話をする桃香の姿がまざまざと浮かび、笑いをこらえる両者。
「さて、では我々も為すべきことを為さなくては。政務はたんまりたまっておりますぞ、白蓮殿」
「あぁ~~……。あたしは愛紗という貴重な人材を失ったのか……」
「何をいまさら。では差し入れに、メンマを持っていこうではないか」
「そんなものいるかっ!」
「な……っ!そんなものとは何だ!よいですか、メンマはですなー………」
騒がしくけたたましく、2人は城内へ戻っていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「♪~♪~♪」
先程から少し浮かれ気味の義姉を見て、愛紗が思わず話し掛ける。
「雍州はまだ先ですよ、桃香様。今からそのようでは、早々に疲れ果ててしまいます」
「え、えぇ?!な、何っ?」
「お姉ちゃんさっきからずーっと鼻歌歌って、ニヤニヤしてるのだ!」
鈴々の指摘が的を射ていたのか、桃香の頬が紅く染まる。
「あ、あははははー。ちょっと浮かれてた……かな?」
「……よいではありませんか。一刀殿と会うのも、連合以来なのですから」
「にゃ~。お兄ちゃんに会うの久しぶりなのだー!」
2人の発言がやけに的を絞ったものだったので、桃香の動揺が大きくなる。
「な、なんで2人とも一刀さんのことばっかりっ!」
「さぁ……なぜでしょうか…。なぁ鈴々?」
「鈴々さ~っぱり分からないのだ!」
「もぉ…いじわるぅ~…」
鈴々どころか愛紗までいじわるを言うようになり、頬を膨らませて不満を顕す桃香。
「一刀殿は良き御仁です。それは私も鈴々も認めていますし、桃香様がお仕えしたいと言うのなら尚更です」
「鈴々の目に狂いはなかったのだー!」
一刀の人柄を素直に称賛する愛紗と、自分の勘の良さを声を大にして誇る鈴々。
2人もわずかながらに北郷一刀という人に触れ、その徳を認めているのだ。
「桃香様を奪われたようで、悔しくはありますが」
「あれからずーっとっ、お兄ちゃんの話ばっかりだからなー」
「ちょ、ちょっと?!」
本当にどこまでが本心なのか、計りかねてしまう。
「むぅ~!そうやって私の事からかってー!
………決めた!愛紗ちゃんは、今日から私のこと『桃香』って呼び捨てにすることっ!!」
「え、えぇ?!」
これにはさすがの愛紗も驚いた。これまでずっと変わらずに呼んでいたのに…。
「だって、一刀さんの下につくのに様付けされるなんておかしいもーん。
呼ばれるまでずーっと知らんぷりだからねっ」
「そ、そんなっ「あ、『さん』づけもなしだよっ」ううぅ……」
「にゃははー。お姉ちゃんの反撃なのだー」
笑い合いながら、雍州へと歩を進める。
小さな蕾だった桃の花は、愛しき青年の元で輝き、綺麗な花を咲かせるのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
春の太陽のような―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここは北郷一刀を領主とする街の入口。そこに1台の牛車が辿り着いた。
「よしっ。着いたぜ、嬢ちゃんたち。ここが御遣い様が治める街だ」
目の前に広がる賑やかな光景に、2人の少女は思わず感嘆する。
「おぉ~」
「……すごいですね…」
多くの店が建ち並び、街を賑す。食事処はもちろん、品揃え豊富な服飾や装飾品、陶器屋や花売りまで。
多種多様な人間が商いを行い、熱気に包まれている。
これだけの人がいるなら治安面での不安も出てきそうだが、
区画整理がきちんと行われていて、民へ不安を与えないような街作りになっている。
「それじゃ、俺はここでお別れだ。この街でがっつり稼がねぇとなー!」
「ありがとうございました」
「助かったのですよー」
「おぅ!またどこかで会おうぜ、嬢ちゃんたち!」
男は威勢よく別れを告げ、街での商売へ向かった。あれほどの元気があれば、自然と客も引き寄せられるだろう。
「さて…着いたけど……予想以上ね」
「これまで廻った街の中でも、3本の指に入ると思うのですよー」
改めて町並みを眺め、感心する。
天の御遣いの評判は反董卓連合でさらに高まったと聞いていたが、ここまでの賑わいとは、予想していなかった。
「楽しそうですねー。少し廻ってみますかー?」
「そうね……まだ陽は高いし…少し見ていきましょう」
のんびりとした口調の親友に流されるように、優等生然とした少女は街中へ繰り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ぶらぶらと街中を散策する中、少女は尋ねる。問いの内容は……仕えるべき主について。
「ここがもう最後よ?ここでもダメだったら、陳留まで戻って曹操殿に仕えるということでいいのよね?」
「いいですよ~。その時は、またあのお兄さんに乗せてもらいましょ~」
その口調は先程から変わらず。のんびりとしたなかに、相手に真意を突かせないような所がある。
「……そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないの?」
「何がですか~?」
目を閉じながら、器用に人混みを歩く少女。そんな反応に、やれやれと首を振る。
「最初は曹操殿に仕えることに同意していたでしょ?
それが次の日目を覚ましたら『もう少し考えてみましょ~』なんて……」
そう。1度は合意していたのだ。それが急に翻された。その真意を、彼女は未だに聞いていない。
「ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ!相変わらず鋭いツッコミですよー」
「まったく……」
顔を顰め、頭痛持ちのように頭に手を添える。相も変わらずこの子は……と。
だが今回は、その普段通りのやり取りとは少し違っていた。
「…………夢を見たのですよ」
「夢?」
自ら語り出したのだ。
「はいー。夢の中で日輪を支えてたのですよー」
「……でも、それは曹操殿に会う前日にも言っていたじゃない」
曹操に謁見する前にも同じことを言っていた。いまさら何故、そのことを振り返すのか?
「言いましたねー。でも、曹操さんに会ったその夜に、また日輪を支えていたのです」
「?同じ夢を見たということ?」
言葉だけを聞いていると、そう聞こえる。
「それがちょっと違ったのですよー。そうですねー……
ぽかぽかな春の陽射しと、眩しい夏の陽射しだったら、どっちがお昼寝に向いてると思いますかー?」
突然、そんなことを聞いてくる。だが、このような時の解答は既に修得済みだ。
「……あなたはそんなこと構わずに寝ているけどね」
「……ぐぅ」
「だから寝るなっ!」
「おぉぅっ」
このやり取りも、慣れたものである。
「……曹操さんの時も日輪を支えてましたが……眩しすぎたのですよー。
それこそ、太陽が潰えたら何も残らないような…」
そう話す少女は顔を上げ、空を見上げる。
「“風”は、今日みたいなぽかぽかした優しい太陽が好きなのですよー」
ふわりと微笑む。
「“稟”ちゃんはどうですかー?」
「そうね……春の陽気の方が、昼寝には向いているのは確かでしょう」
笑って答える。こういう些細なやり取りで笑いあえるのが、おかしく、嬉しい。
「それでは行きましょう。あまり目移りしてしまうと、陽が暮れ「おぉー。猫があんなに」……はぁ」
真面目な話をしたかと思えば、あっさり態度を変えるこの親友。
それでも、そんな彼女の王佐の才に賭けてみたいと稟は思うのだった。
Tweet |
|
|
145
|
15
|
追加するフォルダを選択
お久しぶりです。
文字数制限に引っかかってしまいましたので、本文を分けたいと思います。
こちらを読み終わりましたら、是非7.9もご覧下さい。
続きを表示