――ずぶり、と突き刺さる刃物。倒れていく男。
それに最初に反応できたのは、祭だった。
彼の人の名を叫び、駆け寄る。
沈み行く人影を止める事がかなわないのを瞬時に判断して、一度だけ睨んでやると、すぐに一刀に意識を集中させた。
「くっ・・・!」
一刀は意識を失っていた。
恐ろしい思いが頭を過ぎる――事切れたのではないかと。
しかし傷を見れば、意外なほどに浅いことがわかった。
祭は刃を一息で引き抜いた。血は少ししか飛ばなかった。
「何事かっ・・・!?」
騒ぎを聞きつけてか、蓮華と明命がやってきた。目の前にある光景を見て絶句する。
「祭、なにがあったというの!?」
主を前に、祭は無礼であることは承知で、そちらに目をやらずに答えた。
「一刀が襲われました。腹を刺されております・・・!」
視線は、一心に一刀へ向けられている。
・・・おかしかった。
確かに刺さってはいたが、この程度なら気を失うほどではないはずだ。致命傷には至っていない。むしろこの程度なら、痛みで意識が鮮明になるものだ。
「とにかくお医者さんを呼ばなくちゃ!一刀さんは宿へ運びましょう」
桃香の言葉に、一同頷いてそのようにする。明命が医者を呼ぶため走り去り、祭が慎重に一刀の体を抱えた。
部屋へ運び込むと、秋蘭が顔を青くして男の名を呼んだ。
「なにがあったのだ」
「襲われた。すまん、儂の失態じゃ」
少ない言葉に万感の思いを込めつつ、祭は寝台に一刀を寝かせた。
「傷は深くはなかった。しかし気を失っておる・・・秋蘭殿、どういうことじゃろうか」
秋蘭も一刀の体を検分し、そして同じ結論に至る。
「わからない。だがまずは医者だ、誰か・・・」
「明命が呼びに行きもうした。すぐに来るじゃろう」
その言葉通り、医者はすぐやってきた。
手際よく診察と治療を進めていく。
祭は息を呑んでそれを見つめていた。
「・・・一命は取り留めました」
医者の言葉に、それをきいた全員がほっと胸をなでおろす。しかし、医者はそのまま言葉を続けた。
「しかし、まだ油断はできません。どうやら刃に毒が塗ってあった様子」
「なに・・・!?」
「早く解毒を!」
ふるふると首を横に振る医者。
「今までに見たことがないもので、処方の仕様がなく。正直に申し上げて、いつどうなるのかさえ不明でございます。私は長く医者をしておりますが、このような毒は・・・」
言葉を言い募ろうとした秋蘭の肩をグッと祭が抑えて止める。
「祭殿っ・・・!」
「彼を責めても仕様がないじゃろう。彼奴は泥より這い出てきおった・・・我らが知らぬ毒を持っていても、不思議ではなかろうよ」
脳裏に浮かぶ、一刀を刺した男のいやらしい笑み。
桃香を襲わんとしていたときにも思っていたことだった。奴が気味の悪い気をまとっていることは。
「くっ・・・では、どうしようもないというのか!」
行き場のない怒りを吐露する蓮華。その背後で、明命も気鬱な顔をしていた。
「ひとり、解毒できるのではと心当たりのある医師がおりますが・・・どこにいるやもわかりません。もし彼が見つかればなんとかできるのでしょうが・・・」
「誰ですか、それは!」
「華陀という者です。その腕は三国随一、治せぬ者などないとまで言われておりますが・・・各地を転々としておるもので」
手詰まりだ、とばかりに皆が気落ちする中。
桃香がすっくと立ち上がった。
「おねえちゃん?」
鈴々が涙目で義姉を見つめる。
桃香の目には、決意の光が宿っていた。
「城に帰りましょう」
桃香に対する不信に満ち満ちたあの城に。
みな目を見開いて驚いたが、桃香は続けた。
「城に戻れば、少なからずお医者さんがいる。毒に精通している人間もいるだろうし・・・それに、その華陀って人を探してもらえるかもしれない」
「でも・・・」
城に戻れば、幽閉される。乱心した王ほど手に負えないものはないからだ。
星が説明するために帰っているとはいえ、既に世を乱し逃亡まで果たした桃香の言うことを、誰が聞いてくれるというのか。
「私は今までいろんなことから逃げて、目をそらしていました。今回の事だってそうだし、星ちゃんを説明のためにと先に帰したことも、今思えば逃げだったのかもしれません。ただ私が謝らなければならないのに。私の罪なのに、星ちゃんに間に入ってもらっちゃった。私は・・・いい加減、立ち向かわなきゃいけないんだと思います。たくさんの人に迷惑をかけたから・・・もちろん一刀さんにも。一刀さんに私、まだ何も返せていません」
誰がそれ以上、反駁を示せただろう。
誰もが一刀を助けたかったし――誰もが彼女の決意に抗えなかった。
それは、彼女も例外ではなく。
それが伏した男の思いに背くものであると知っていても尚、祭は異を唱えることができないのだった。
桃香の帰還には、蓮華・明命・秋蘭が連れ立つことになった。
一刀のもとへは祭と鈴々が残った。ふたりとも、余計な混乱を招きかねないからだった。
祭は彼女らを見送った後、一刀の側についていた。
体を拭くこと、定期的に水を飲ませること。
そんなものはすぐに終わってしまう。よって、彼女は自責の念に苛まれるのを誤魔化すことができなかった。
あのとき、彼がその身に刃を受けたとき。
自分は動くことさえできなかったのだ。
悔しかった。許せなかった。
なぜ自分は、大事な人を守ることができないのだろう。
もう二度と・・・こんな思いはしたくなかったのに!
握る拳に血が滲む。爪が己が皮膚に突き刺さっているからだ。それでも祭はそれを止めなかった。
己の力不足を嘆くのは慣れていた。
どんなにその身を鍛えても、戦場で経験をつんでも、力不足はけして無くなりはしない。
だが・・・だが!
自分の力不足で誰かが失われるということは、その苦痛は、何度味わっても慣れることはないのだ!
その相貌に苦悶を浮かべつつも、祭は決めていた。
「あやつは・・・儂が討とう」
いやらしい笑みを浮かべた男。愛しき人を毒牙にかけた男。
かつての主が討たれたときは、自分よりもふさわしいお人が怨敵を討ってくれた。あの時は自分が討ってはいけなかった。
今も、もしかしたらそうなのかもしれない。
一刀の仇を討つべきは自分ではないのかも知れない。
それでも。
今回ばかりは、彼女は譲ろうとは思わなかった。
Tweet |
|
|
87
|
4
|
追加するフォルダを選択
お久しぶりです。更新大幅に遅れてすみません!
ちょっと前のゲームに激ハマリして時間が経つのを忘れていたRocketです。
思ったように話が進まなくて難儀中・・・とりあえず次回は桃香メインですかね。
つーか・・・花粉許すまじ。