「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ
第2話 古都の片隅の神社の片隅の邂逅
伏見稲荷大社。
赤い鳥居と狛狐が守る聖域、いわゆる『お稲荷さん』の総本山らしい。稲荷山と名付けられた小さな山一つを抱える神社は、その入り口にあたる大社(おおやしろ)を皮切りに、山頂近くまで続く朱色の回廊が彩っている。
巨大な朱色の鳥居を見上げると、まるで別世界へと迷い込んだような錯覚に囚われた。
周囲に多くの観光客が行来し、賑やかな土産物屋が並ぶというのに、ここだけ空気が違う。鳥居の内と外、ただそれだけなのに、ココは『違う』。
オレに続いて鳥居を潜る夙夜は、一礼していた。
なんか意外だ。コイツに信仰心があったとは。
その視線に気付いたのか、夙夜は相変わらずへらへらしながらオレに言った。
「鳥居の内は結界……『神域』だよ。カミサマの領土なんだ。鳥居をくぐるときは、カミサマにこんにちは、お邪魔しますって挨拶するんだよ」
「『神域』ね……オマエ、よく分からん知識は多いよな」
突如として見せる植物知識とか。
「んー、オレ、田舎育ちだから?」
なんじゃそりゃ、と思っていたら、続いて入ってきた白根も一礼して鳥居をくぐった。
アレ、これって、オレが無知的なカンジ?
朱色の本殿が目の前に迫り、砂を敷き詰めた固い地面の色に映える。
ちょうど今日も天気はいい。空の青色と朱色のコントラストにくらくらした。本当に――どこかへ、吸い込まれそうだ。
本殿で簡単なお参りを終えて、オレたちは有名な千本鳥居の並ぶ回廊へと向かう。
「千本鳥居って言うけど、実際ここには5000以上の鳥居があるらしいよ」
「へえ、長い間に少しずつ増えたのかもな。ここ、いったいいつ出来たんだ?」
「今から1300年以上前の話です。全国的に季候不順で五穀の稔りの悪い年が続いた時期がありました。その折、祈請に神のご教示があったため山背国の稲荷山に大神を祀ったところ、『五穀大いに稔り国は富み栄えた』と言われています。それが現在より遡る事1312年、和銅4年の事です」
「……詳しいな、白根」
隣で聞いているオレがひくほどの知識を披露した白根は、パンフレットを呼んでいる風でも看板を見た風でもない。もともと知っていたのだろうか……やっぱり底しれねえ。
白根葵は、今年の春に突然桜崎高校に転校してきたナゾの無表情美人。
これまでの白根の言動から推察するに、コイツは何かしらのでかい組織に属しているらしい。そして、組織の命令で夙夜の監視を行っているらしい。組織については、全く謎に包まれている。白根も話そうとしないし、オレのような一般男子高校生が手に入れられる情報ごときで解明できるようなモノでない事もよく分かっている。
分かっているのは、どうやらその組織が『珪素生命体《シリカ》』関連だという事だけ。
自分で言っていて意味不明になってきた。
あまりに無謀、あまりに無関係、あまりに非現実的。
なあ、オレ、普通の男子高校生だよな? ケタはずれの能力を持った夙夜と違ってごくごく普通の男子高校生だよな?
ああ、泣けてきた。
と、そんな余計な事を考えていたのも回廊に出会うまで。
永久に続く朱色の鳥居を覗き込んだオレは、一瞬にしてその魔力に囚われた。
ぐらりと視界が揺らいだのは果たしてオレの体が傾いたのか、それともこの光景に脳神経が、視神経がヤられたのか。
消失点まで永久に続く赤の回廊の先は視認できない。
灰色の石畳が、微かに陽光の欠片を反射しながら伸びていた。
「だいじょうぶ? マモルさん」
「あ、ああ……」
一瞬ふらついたオレはすぐに石畳を踏みしめ、しっかりと立った。
なんだ、今の感覚は。
あ、背後から白根の視線の気配がする。どうせあのアーモンドの瞳で睨みつけているに違いない。振り向かなくても分かるから振り向かない。ほんのちょっとふらついた程度で睨まないでくれ、頼むから。
「ちょっとだけ先に行こうよ。折角来たんだし……マモルさんが、だいじょうぶなら」
本音を言うなら、少しばかり怖かった。
先の見えない回廊も、不思議な感覚を残すこの『場』も。
だから本当はここでやめておけばよかったのだ。あんな、マイペース男の言う事なんか無視してこの場を離れていればよかったのだ。
一歩足を踏み出すごとに赤のラインが視界の隅を横切る。
とん、とん、とん。
石段を登る足音が静寂の神域に木霊する。
「不思議な場所だね。この山全体が、音を遮ってるみたいだ」
とん、とん、とん。
「またわけわかんねぇコトを……」
とん、とん、とん。
「いつもより、あんまり遠くまで聞こえないってことだよ」
「……そうか」
ああ、またこのマイペースはよく分からない事を言い出した。
「何でだろうなぁー」
しかし、なぜこんなに楽しそうなんだ。
スキップでもしそうな勢いじゃねーか。コイツ18歳の男だぞ、18歳。気色わりぃ!
「夙夜、オマエ、いまスキップしたらこの場に放置するからな」
「え、どうして分かったの?」
マジでする気だったのか。ここ結構な急坂に造られた石段なんだが、コイツにそれは関係ねえのか。
白根も同じ様に涼しい顔で淡々と石段を上っているが、オレはすでに息が上がりそうだ。自分の運動神経が悪いと思った事はないが、やはり運動しない文芸部にいる以上体力低下は否めない。これから体力勝負の受験シーズンに入るのだから、何かスポーツでも始めるか……?
そんなくだらない事を思った時だった。
「ねぇ、マモルさん」
「あ? 何だ?」
返答がぞんざいなのは疲れてるからだ、許せ夙夜。
「マモルさんは、『分かってる事があるのに言わないのをやめろ』って言うから言うけどさ」
「……嫌な前フリだな。とりあえず言ってみろ」
「ここ、『いる』よ」
ああ、最悪。
もちろんコイツがいう『いる』ってのは、オバケとか妖怪とかの類じゃない。
ここが京都って事を考えるともしかするとイるのかもしれないが。
「いるのか……」
はあ、とため息。
どうしてオレは不幸体質。
「会いに行こうか?」
「いや、いいよ。これ以上疲れたくねぇ」
そう言うと、夙夜はそうだね、と肩を竦め、笑った。
しかし、その笑顔の向こう、石畳の遥か彼方に。
和服の珪素生命体《シリカ》が、ただ只管《ひたすら》に続く赤の回廊に佇んでいた。
オレは、ただ、息をとめた。
梨鈴、ではない。
顔が全く違《チガ》う。生意気そうな吊り目の幼い顔だった梨鈴と違い、このキツネ少女は大人びた細面の顔だ。しかし、ゆるく三つ編みにした銀色の髪といい、その髪の間からのぞくピンと立った耳、それにあの首に付けた赤いリボンと、金色の鈴。
それでも思い出してしまう。
あの時オレの目の前で最上の笑顔を残して消えた珪素生命体《シリカ》のコト。
「梨鈴」
りぃん、と鈴の音が鳴る。
ふっさりとした銀色の尾が鳥居の下で揺れる。
まるで太古から語られてきた物語のワンシーンのように、オレの目にくっきりと焼き付いた。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
次→http://www.tinami.com/view/137996
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