(番外 桃花の想い)
連日のように雨が降り桃の花が咲いても花見をするようなことなどできなかった。
一通りの政務を終えた百花は廊下に出ると、庭先で雨に濡れてどこか力なく咲いている桃の花を見つけた。
傍には徐栄が周囲に気を配らせながら百花の後ろで同じように桃の花を見ていた。
「百花様」
そこへ声をかけてきたのは月だった。
一刀達が出発してからというもの月は彼との約束を守るようにできる限り傍にいた。
百花が少しでも寂しさを感じることのないように月は十分な気配りをしていたため、百花も寂しさに負けずにいた。
「もう桃の花も見納めですね」
「そうですね」
庭には桃の花弁が散っておりそれにも雨で濡れていた。
「お寂しいですか?」
それはどれに対してなのか、月はあえて言わなかった。
百花も答えることはなかった。
月なら自分の考えていることに気づいているからだった。
(今はどの辺りでしょうね)
政務中でも一刀のことを考え、月達と話しをしている時でも無事なのだろうかと心配が絶えなかった。
「今年はもう無理ですが来年はみなと一緒に桃の花を見ながらお酒を呑みたいですね」
「きっと楽しいと思います」
柔らかな口調ではっきりと言い切る月に百花も表情が柔らかくなる。
「月」
「はい」
「桃の花はどうしてあのように美しくもあり、どこか儚く感じさせるのでしょうね」
一年の内で限られた時間の中でその美しい姿を見せる桃の花だが、美しさゆえにどこか幻を見ているような感覚を覚えることがあった。
「百花様」
「いえ、何でもありません。ふっとそう思っただけです」
どこか寂しそうに微笑む百花。
一刀がここにいないというだけで余計なことまで考えてしまう。
(やはり私は一刀がいないとダメですね)
彼が戻ってくる場所は自分が守ると決めていても、感じられない彼の温もりが目の前に写る桃の花の美しさが儚く思えてしまった。
「来年も咲いてくれるでしょうか?」
雨に濡れた姿ではなく、そよ風に揺られて咲き誇っている桃の花を一刀と見たかった。
そうしたら今のように美しくも儚い姿ではない別の姿を見ることができるかもしれない。
「ええ、きっと今年よりもさらに美しく咲くと思います」
月は穏やかな口調でそう答える。
時間でいえばたった一年。
それでもこの不安定な世の中を生きる百花達からすればそれが随分と遠い未来のように感じられた。
「そういえばそろそろお茶をと思いましてお持ちしました」
「ありがとうございます。徐栄も一緒にいただきましょう」
後ろを振り向いて徐栄にそう言うと、徐栄は慌てて丁重に断ろうとした。
「少しだけですから。それにいつも気を引き締めていては疲れますよ」
皇帝の『お願い』に徐栄は主君である月の方を見る。
「百花様がこうおっしゃっているのです。少しぐらいはいいと思いますよ」
「は、はぁ……」
皇帝と主君の両方からお茶に誘われた徐栄は戸惑いながらもそれに従うことにした。
「安心しろ。お前が茶を呑んでいる間ぐらいは私が代わりを勤めてやる」
「か、華雄将軍!?」
月の後ろから詠と一緒にやってきたのは董卓軍きっての猛将である華雄だった。
「ほら、さっさといけ。外は私が見ておいてやる」
「だそうよ。ちなみに華雄の分も月が用意しているからあとで食べなさい」
「心遣い感謝いたします、董卓様」
恭しく礼をとる華雄に月は柔らかな微笑みを向ける。
そんな四人の姿を見て百花は羨ましくもあった。
月を中心に親しい者達が集まって楽しそうに話をしている。
百花にとって眩さを感じる光景だった。
「百花様?」
「えっ?」
気が付くと月達が百花の方を不思議そうに見ていた。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……」
「あ、もしかしてアイツのことを考えていませんか?」
意地悪そうな笑みを浮かべる詠の言葉に百花は思わず顔を赤くしてしまった。
「か、一刀のことは考えていません。あ、いえ、決して一刀が嫌いだからとかそういうのではなく、その……」
何を言っているのかわからなくなっていく百花。
そして最後には黙ってしまい、小さく頷いた。
「一刀様もきっとどこかで桃の花を見ていらっしゃりますね」
「そ、そうでしょうか?」
戦場に赴いている一刀が桃の花を愛でるような時間などもっているのだろうか。
もし見ているとしてもそこには自分がいない。
恋や霞に嫉妬をしても仕方ないことだが、あの二人が羨ましいという気持ちを偽ることはできなかった。
「帰ってきたら一刀とお酒を呑みたいです」
「そうですね。一刀様もきっと百花様と一緒にお酒を呑みたいと思っていますよ」
桃の花が散ってしまっても二人で過ごす時間はきっと一人で花を見るよりも遥かに幸福に満ちたものに違いなかった。
「でも今は月達とお茶を呑むことが最優先ですね」
「百花様」
「では華雄将軍、お願いいたしますね」
「お任せを」
徐栄の代わりに部屋の前に直立不動する華雄に百花は頼もしく思えた。
「それではせっかくですから百花様と一刀様のことをお聞きしましょうか」
「ゆ、月!?」
「あ~それはボクも興味あるわ」
「僭越ながら私もあります」
三人がこの上なく嬉しそうにしている姿に百花は困った笑顔を浮かべささやかな抵抗を見せたがそれも一瞬で解いてしまい、気づけば自分から色んなことを話しては顔を赤くしていた。
そうしているといつしか雨は上がり、桃の花はその雫によって彩られた姿を美しくも儚くただ静かに見せていた。
(あとがき)
天帝夢想の初の番外です。
季節は桜姫が舞う春ということで頭に浮かんだものをかいてみました。
そしてまさかの番外からの初出演である華雄!
まぁ華雄ですから。(ぇ)
あと、これまでたくさんの応援メッセージ、コメントありがとうございます。
まとまった時間や空いた時間を見つけてはコメントをさせていただきますのでそれまではひらにご容赦のほどをよろしくお願いいたします。
次回は黄巾騒乱第五話。
予想ではあの子とあの子とあの子とあの子と・・・・・・(エンドレス)が出る予定です。(そう、あくまでも予定です)
というわけで次回もよろしくお願いします。
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今年も桜姫が眠りにつくときがやってきました。
先日、夜桜見物をした時にふと頭に思いついたのでそれを番外として書かせていただきました。
短いですが最後まで読んでいただければ幸いです。
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