各諸侯に送る使者は、すぐに人選を決め送らなければいけないとなった。
なぜなら袁紹がこの膠着状態に痺れを切らし、
「これしきの賊軍、わたくしたちの敵ではありませんわ!さっさとやっつけてくださらない? オーッホッホッホ」
となることを伯珪さんが危惧してのことだった。堂の入った物真似までしてお疲れ様です。
たしかに袁紹の八万もの大軍が本腰をあげて動けば、否応もなく状況は動く。曹操にしても孫策にしてもこの膠着状況を勝手に、しかも自分たちの軍を消耗させずに動かしてくれるのは好都合だろう。
膠着状態が動いた混乱に乗じて曹操が何をするのか、まだ読みきれていない今、袁紹に迂闊に動かれでもしたら、こちらが利を得る行動を取ることが難しくなる。
伯珪さんに、後ろで控えていた越ちゃんが小さく一声、名前を呼びかけた。それに少し考え、肯いた伯珪さんに越ちゃんは拱手して天幕を出て行くが、
「ま、待ってくだしゃい! 私も一緒にいきます」
と孔明ちゃんに引き止められた。越ちゃんはなにやら確かめるように返事はせず、天幕の入り口から孔明ちゃんを見つめる。
“はわわ”と慌てていた様子をまったく見せずに孔明ちゃんは、越ちゃんの視線を受け止め小さく肯いた。このやり取りの意味がオレには全く読み取れないが、彼女たちにとっては大事な意思確認だったのだろう。越ちゃんは伯珪さんに視線を移し、指示を仰ぐように待っている。
「……やれそうか?」
「……おそらく」
短いやり取りがとても重く感じる。
真剣な表情で孔明ちゃんに言った伯珪さんも、眉間に皺をよせ苦虫を噛んだような表情の孔明ちゃんもこれからやることに納得はしていないのだろう。でもやらなければいけない、そんなことを話しているとオレには感じた。これは使者に何か良からぬことをやらせるという話なのかも知れない。だから義によって立ち、仁によって戦う劉備さんの名前ではなく、伯珪さんは自分の名前で使者を送ろうとしているのかもしれない。
鳳統ちゃんが心配そうに孔明ちゃんを見つめた。
「雛里ちゃん、こっちは任せて。たぶん、雛里ちゃんの思うとおりになると思うからよろしくね」
「うん……わかった、朱里ちゃん」
孔明ちゃんは鳳統ちゃんにこの場は任せた後、越ちゃんに続いて出て行った。
出て行く孔明ちゃんを見ていた鳳統ちゃんは、注目する皆の視線に気がつき大きな帽子のつばで真っ赤に染まった顔を隠してしまった。
「あわわ。えと、えとでしゅね……先ほどの続きをしたいと思いましゅ」
あわあわと慌てながらも孔明ちゃんが置いていった竹簡を自分なりにそろえ始める。
続きとはどういうことだろうか? と思っていたら、使者が失敗したときのためにオレたちがどう動くべきか話し合いをするんだそうな。確かに使者の成果を待って、その話をしていたら行動が遅れてしまう。良いにしろ悪いにしろこの使者を送ったことで、事態が動くことになるかもしれないのだから、先を考えて動いておくことは悪いことじゃない。
「しかし、基本的に袁紹の軍を盾に使い、曹操、孫策が仕掛けてくる計略に臨機応変に対処するしかないのだろう?」
関羽さん、それでは何も決めていないのと一緒ではないですか?その臨機応変の部分の大方針を決めておかないといけないと思うのですけど。
「いえ、愛紗さん。袁紹さんの軍を盾に使うことはしませんし、曹操さん、孫策さんの軍を利用することもしません」
その言葉にこの場にいた全員が驚くが、鳳統ちゃんは冗談を言っているようではなく、真面目な顔で言っているらしい。確か報告では黄巾党の実戦力は八万五千弱、それでこちらの戦力が二万五千。その差、三倍から四倍。それに加えて砦の城壁などがあるというのに、他の諸侯を使わないとはどういった事なのだろうか。
さっきの使者についてのやり取りは、オレには使者で思考誘導して各諸侯を動かし、自分たちが思い描いたように作戦を遂行するためだと思ったんだけど違ったのか。
「単独で攻めるつもりは決してありましぇん。そういった意味では各諸侯を利用することにはなるとおもいましゅ」
“この砦の地図を見ちぇください”と出されたのは黄巾党本隊が篭っている砦の地図だった。背後には高い崖が聳え、後ろからの攻撃は考慮しなくても良いつくりになっている。そして曹操が陣取っている正面にしか大きな城門は無く、他の場所では城壁に梯子なりなんなりを掛けて乗り越えるしかないように作られている。守るに易く攻めるに難い造りになっている砦だ。
「寡兵で攻めるには向かない堅牢な砦ですな。これではたしてわれらだけで攻略できるのですかな? 軍師殿」
「ひゃい。よく見ていただけるとわかると思いますが、本城の横に宿舎、その横に倉庫が並んでいます」
子龍さんの質問に答えるために鳳統ちゃんは地図の説明から入った。地図上の砦中央に大きく書かれた四角が本城で、その横に三つある四角が宿舎、さらにその横に五つくらいある四角を指して倉庫と順番に説明していく。
「あれ? 地図上だけかもしれないけど、倉庫の脇って死角になっていないか?」
「はい、その通りです。きっとこの死角については各諸侯ともに気がついていると思います」
鳳統ちゃんは"このあたりから”と指でその死角の範囲とどの位置からが進入他しやすいかも説明していく。
この死角を説明するということは、ここを使って攻めるということだろうか。地図上でわかるくらいの死角なのだから黄巾党も当然気がついていて、それなりの備えをしていると思うけど。今の黄巾党にそこまでの余裕が無いのかもしれない。
「しかしこの死角を私たちが攻めるわけではありません」
はい?これだけ説明しておいてオレたちは攻めない?さっきから言った言葉を否定してばかりでぜんぜんこれからの行動指針が見えてこない。各諸侯に勝手に攻めてもらい、見つけた死角も利用しない。どうやってこの砦を攻略しようというのだろうか。他の皆も同じらしく、頭にハテナマークが浮かんでいるのが見えるようだ。
“私たちが攻めるのは……”そう言って鳳統ちゃんが地図を指差す先は正面の城門。
一番相手の壁が厚いところではなかろうか? それを寡兵のオレたちが攻めたところで突破することさえ難しいように思える。
「雛里! われらは攻めよと言われれば勇を持って攻めるだろう。しかし無謀な作戦で命を捨てるようなことはするつもりはないぞ」
さすがに関羽さんもこれには我慢できなかったのか、怒気すらも纏っているような声で鳳統ちゃんにこの作戦目標を決めた理由を詰問する。
正面から寡兵で攻めるこの無謀を、かの鳳雛が立てるだろうか? 伏龍が納得して任せるだろうか? とオレは思う。けれどこれは三国志という物語を読んだ者としての知識がそう思わせるだけであって、実際に彼女たちだけを見たらどう思っただろうか。
きっと無謀な策を立てる小さな女の子としか見ないだろう。
「愛紗ちゃん、きっと雛里ちゃんにはなにか考えがあるんだから、もうちょっと聞いてみよ?」
「しかしですね。これでは無駄に……」
「ねっ、愛紗ちゃん」
使者の話が終わり静かに聞き役に回っていた劉備さんが窘めるも、関羽さんは納得できないのか劉備さんにも訴えかける。
劉備さんはその訴えを退けるように、関羽さんの名前を呼んだ。
しばらくお互いを見つめ合うも、関羽さんは根負けしたようで、息を吐いてぐったりと席についた。それを見届けた劉備さんが鳳統ちゃんに目で続きを促す。
「桃香様、ありがとうございます。正面城門を攻める理由は……」
説明された内容は唸るしかなかった。
死角に関しては攻めないのではなく、オレたちでは攻められないのだそうだ。なぜなら武力と武力が争うような場面で指揮できる人間はこの軍にはいるが、潜入工作をするための部隊を指揮できる人間がいない。もちろんそうなれば潜入工作に向いた部隊や人員もいないということでもある。
そうであるならばすっぱりと死角を攻めるということを捨て、別の手段を構築したほうが有効である。
次に考えられたのが如何に城壁を乗り越えるかという問題だった。
梯子を掛け、それをもって乗り越えることができれば良いが梯子の数も限りがあり、また黄巾党もやすやすとそれを許してくれるはずも無い。一気に乗り越えるための櫓も現状あるわけではない。
これではただ兵が消耗するだけで、効果があるとは全く言えない。
そして最後の城門ということになる。
ここまで聞くとただただ消去法で決まったように思える。鳳統ちゃんが言うには、消去法ではなくこの場所が一番この軍が利を得やすい場所なんだそうだ。
袁紹の大軍を警戒してそこに一番黄巾党も兵数を向ける。それはそうだろう。あの数を防ぐためにはそれなりの数を向けないと防ぎきれるものではない。だから袁紹軍のいる方に兵の注意は向き、それ以外は多少おろそかになるはずというのだ。
袁紹軍が動き出せば、袁紹の性格を考えると夜襲は行わず昼間に攻め続ける。それに黄巾党はかかりきりになり、より他方向の警戒はおろそかになっていくだろう。疲労も蓄積され、死角は広がっていく。
この隙をきっと曹操と孫策が見逃すはずも無く、手勢を死角に送り黄巾党の混乱をより大きく広げてくれると予測したようだ。
袁紹軍の攻撃に疲れ、死角からの破壊活動による混乱で黄巾党はまともな作戦行動をとることはできなくなる。そこをオレたちの軍が正面の城門を突破して内部に進行、黄巾党を討伐するという流れを説明された。
しかしこの城門突破は曹操軍と孫策軍、それにオレたちの三つ巴の競争になるらしい。死角からの工作活動は少人数による火計で倉庫にある糧食を焼くことが一番確率が高く、本隊は正面城門を突破するために集まってくることになるみたいだ。
「なるほどなるほど。潜入工作ができないのであれば正面に全力を注ぎ、他を圧倒すればよしというわけですな」
「諸侯を利用しないというのは、微妙に詭弁ではないか? 十分に利用を考えた策に思えるが」
いろいろと鳳統ちゃんの策を聞いた後で意見が出されるが、これといって反対意見は無くおおむね鳳統ちゃんが言ったとおりに行動することが決められた。
使者の成否によってこの策がとられない可能性はあるが、きっとこの通りに動くことになるだろう。
諸葛孔明が使者を選別し送るのだから、きっとこの策がうまくいくように誘導するはずだ。
これから起こる黄巾党討伐の最後の仕上げがどうなるか、その答えを求めるように天幕を出て澄み渡った青空を見上げるのだった。
お読みくださりありがとうございます。
鳳雛はこんな簡単な策しか立てられないのか! こんなの策と呼べるか! 等あると思いますが、私の頭ではこれが精一杯。どんなに神算鬼謀の主だろうと著者以上の頭には絶対なれず……。
裏工作できるような人材がいればもっと変わってきたのだろうか? と思いますが、変わらないかもしれないと思います。だってそれが私のあたm(ry
えぇ、愚痴はこれくらいにいたしまして。
大体30~50kbくらいの量の文を書いて、今のところなんとか2日で投稿できておりますが、今後どうなるかわかりません。もしかしたらこの投稿期間を守るならば、もう少し文量を減らすことになるかもしれません。その際は第十二話その1とか分割になるとは思いますが……。
もしくは1週間に1回投稿で文量を増やして投稿にすることになるかもしれません。
どちらにしろ、がんばって完結は目指すつもりではおりますので、今後ともよろしくお願いします。
ご意見、アドバイスなどありましたらお願いいたします。
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双天十一話です。
おかしい……時間が進まない。プロットでは十一話ならもう反董卓連合に入っているはずなのに……。はい、冗長に書いているだけですよね。orz
文体診断というものを見つけたので今回投稿分を調べてみる。
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