No.136267

魏√アフター 想いが集う世界――第二章――第一話

夢幻さん

大変遅くなりました。
今回の話で、一刀が所属する陣営が判明します。といっても、分かってた人が大多数でしょうが。

今回は、口調が難しかったです。
口調はこうじゃない。などありましたら、こっそり教えてください。

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2010-04-13 22:26:31 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:8365   閲覧ユーザー数:5620

 山を降りた一刀は、荒野を歩いていた。

 峰との知り合いという老人の下に行くまでに、雲耀に連れられて、一刀は様々な州を見て回った。

 そこで一刀が見た惨状は酷い物だった。

 村々では食べる物がなく、泣く元気すらない子供達。大人もやせ細り、壁に寄りかかり身動き一つしない。

 それなりに大きな村では、州牧の私兵が我が物顔で、金を払わずに売り物を持っていく。

 孫堅や曹嵩が納めていた地方では、そんな事はなかったのだが、他の州ではそれが日常となっていた。

 その事に憤りを感じていた一刀だが、問題を起こす訳にもいかず、黙って見ている事しか出来なかった。

 

 袁家が収める地では、地方に行くにつれて、同じ様な状況になっていた。

 それは袁家が悪いのではなく、朝廷から派遣されてくる官職の悪政による物だと、一刀には分かっていた。

だからこそ、一刀は麗羽に対する考えを変えずに済んでいた。

 

 小さな村の状況を見聞きし、一刀は思う。

 このままではダメだと。このまま官職がのさばってしまえば、民に安息の時は来ないと。

 それと同時に、自分がどれだけ安寧な生活を送っていたのか、漸く知る事になった。

 父の地位に護られ、何不自由ない生活を送っていた一刀にとって、他の州に住む民の実状は耐える事が出来ない物だった。

 

 様々な村や州を見ながら、一刀は孫堅の墓に来ていた。

 誰にも見つからない様にここまで来るのは、さすがに大変だった一刀だったが、そんな疲れはここに来てからなくなっていた。

 世の流れは、老人が買い物に出かける時に仕入れてくれていたので、一刀は困る事はなかった。

 そんな中でも、一刀が驚いたのは袁成と孫堅の死だった。

 初めて顔をあわせてから、簡単に死ぬ人達じゃないと思っていた。

 そんな二人が、相次いで死んでしまった。

 さすがに袁成の墓に行く事は出来ないが、何故か老人が墓の場所を調べてくれたので、孫堅の墓に来る事が出来た。

 

 

「孫堅さん、ご無沙汰してました。遅くなりましたが、こうして来る事が出来ました。

 そんなにいいお酒じゃないですけど、約束でしたからね。一緒に飲みましょう」

 

 言い終わると同時に、片手に持っていた酒を墓にゆっくりと掛けてから、自分の口に含む。

 その酒は、不思議と美味しかった。

 

「孫堅さん、お元気ですか? 父上、母上、峰さんと仲良くやっていますか? 復讐なんて止めろと、きっと怒っているでしょうね。

 でも、これは俺だけの復讐じゃないんですよ。あの時、父上が見聞を広めろと言った意味が分かったんです。

 見聞を広める為に州を回り、民を見てきて知りました。どれだけ官職の者が腐っているのかを。俺がどれだけ恵まれた場所にいたのかを。

 ……民の事を考えてる官は、思った以上に少なかったです。州牧達の圧政によって親や子、友人を無くした者達は、泣き寝入りをするしかないんです。

 それが現状です……。だからこそ俺は、その人達の為に復讐します。悪の根源である十常侍に。でも、その力がない俺は……どうしたらいいんでしょうね……」

『復讐なんて止めればいいだろ? 泣き言を言う位なら、最初からしなければいい。違うか?』

 

 俯きながら独白していた一刀の耳に、孫堅の言葉が聞こえる。

 それはそう言って欲しいという、願望だったのかもしれない。

 父の親友である孫堅に愚痴を言い、背中を押して欲しかったのかもしれない。

 

 一刀自身気付いていた。

 復讐なんて、誰も望んでいない。ただ、安心して暮らせれば。

 友が、親が、子が死んだ事は悲しい。だけど、自分達がやり返して何になるのか。

 力が無い者の言葉かもしれないが、それでも思わずにはいられなかった。

 平和な暮らしが出来れば。知り合いや家族が笑顔でいられれば、それでいいと。

 

 

『郷、分かってるじゃねーか。復讐なんてもんは、何も実らせねぇんだ。恨み辛みで、実はなるか? 平和な暮らしが出来るか?

 民はな、そんな事願っちゃいないんだよ。食える物があればいい。笑えればいい。それに、愛する人が傍にいればいい。

 それが、民が願ってる事なんだよ。俺が戦を続けたのも、それが理由だ。

 確かに今の朝廷は、腐ってる官職で溢れてるさ。だが、民もバカじゃない。お前の言う通り、不満は溜まる。

 そんな民達の事を思う奴が、お前の傍にはいるんじゃないのか?』

 

 孫堅に問われ、一刀の脳裏に四年の間、一度も忘れた事のない五人の笑顔が浮かぶ。

 その中でも、華琳の笑顔が一番鮮明に思い出されていた。

 

(皆……華琳……会いたいな……)

『雪蓮か冥琳じゃないのは癪だが、お前の気持ちがそうなら仕方ねぇ。

 あの嬢ちゃんに会いたいんだろ? なら、今のお前がする事は一つしかねーんじゃねぇのか?』

 

 そう言われて、一刀は思わず墓を見る。しかし、その場に孫堅がいる訳もなく。小川の音が聞こえるだけだった。

 今まで自分に話しかけていたのは、自分の心が作った幻だったのか。それは一刀自身にも分からない。

 だが、そうだったとしても、一刀の心は決まっていた。

 老人には迷惑を掛けるだけだから、会えないと答えていたが、自分の心にこれ以上嘘を吐きたくない。

 これからどうするか決めた一刀は、残っていた紙で何かを書き小石を乗せてから立ち上がり、墓に一礼してその場を後にした。

 

 その一刀の背中を、三人が男女が見つめていた。

 

『どうやら郷は、進む道を決めた様だな』

『孫の、お前のおかげだ。俺では、一刀を追い詰めるだけだったかもしれないからな』

『私でも同じでしょうね。私達が一刀に話しかけていたら、復讐心を強くしただけでしょうから。孫堅さん、本当にありがとうございました』

『なに、いいって事さ。平和な世の中になった時に、俺の娘達に種をくれればそれでな』

『それは一刀が決める事だからな。俺達がどうこういう事じゃないさ』

『そうですね。……一刀、これから大変でしょうけど、頑張ってね。私達は何時までも、あなたを見守っていますからね――』

 

 その声を最後に、三人の男女の姿は霞の様に消えていく。

 消えていくのを見守っていたのは、涼やかな風と小川だけだった。

 

 

 これから数日後に、一刀の残した手紙を見つけた雪蓮は冥琳と一緒に読み、涙を流しながら喜んだ。

 自分達の所にいなくても、生きてさえいてくれたのならいいと。

 

 

 

 孫堅の墓を後にした一刀は、陳留に向かって歩みを進めていた。

 道中に山賊に襲われたりしたが、人数が少ないのもあって、骨を折るだけに留めていた。

 盗賊をしている全員が、したくてしている訳じゃない事に気付いていたからだった。

 骨を折って逃がす時に、一刀は全員に言っている言葉がある。

 

「今の世の中が、どうしようもない事は分かってる。だけど、あなた達が傷つけた事で、悲しむ人がいる事を知って欲しい。

 中には、傷が原因で働けなくなった人もいるかもしれない。その人達の事も考えてくれないかな?

 王朝が続くのかどうかは、俺にも分からない。だけど、きっと近い内によくなるからさ。

 もし行く所がないなら陳留の曹操の所か、袁術の所にいる孫策って人に会ってみて。悪い様にはしないはずだから」

 

 この一刀の言葉を聞いた人々は、近くの村に行くか故郷の村に戻り、自警団を作る様になる者。言葉通りに、二人を訊ねる者が出る様になる。

 もっとも、華琳の下に向かっている一刀とは別の道を進み、一刀が先に華琳と会う為に情報が遅れてしまった。

これが原因で三人から怒られる事になるのだが、今の一刀はそんな事を知らないのだった。

 

 今の世の中に不満を持っている人数からしたら、微々たる数かもしれないが、自分と同じ様に悲しむ人を増やしたくない。

その一念が、口にさせていた言葉だった。

 後に六人の女性が来た時に話を聞き、会ってみたいと思う様になる。

 

 これは余談だが、その者達は一刀の事を、双刀を振るう姿と出で立ち。そして、語る時の笑顔から『天翼』と呼んでいる。

 構える時に腕を左右に広げ、舞う様に武を振るう姿から。名のならないで去って行く為、自然と大陸に広まっていった。

 

 

 だが、一刀の話を聞いてくれる人ばかりならば、どれだけよかった事だろうか。

 中には人を斬る事。血を見る事。悲鳴を聞く事が楽しくなってしまった者達もいた。その者達には一刀の真摯な言葉も届かなく、逆に罵声を浴びせながら襲い掛かってきた。

そうなれば、もう一刀には斬る事しか残されていなかった。

 陳留に着くまで、余りにも多くの人を斬った一刀は、孫堅の言葉で気付いた想いを忘れた訳ではないが、華琳達を遠目に見るだけにしよう。そう思う様になってしまった。

 

 

 そして、一刀が向かって三ヶ月が過ぎた。

 盗賊から助けた村の人から、お礼だと言われて食料を分けてもらったり、森の中にいる獣で食い繋いでいた。

 この日も、森に入って獣を獲ろうと思っていた一刀は、壊れた一台の馬車を見つけた。

 その馬車は豪華な意匠が施されており、一目で高価な物だと分かる物だった。

 それが横転して壊れており、馬車の周りには護衛と思われる者達が事切れて倒れていた。

 

 その惨状を見た一刀は、辺りを警戒しながら馬車に近付いていく。

 

「だ、誰だ……」

「生きていたのか……。何があった」

 

 一刀が血だらけの兵士に近付くと声を搾り出してきた。問いかけると、兵士は一刀の手を渾身の力で握り締めてきた。

 

「ち、陳留に向かってたら、盗賊が……。頼む、森に逃げた――若様を助けてくれ。頼む……紹様に、顔向け出来なくなる……」

「分かった。後の事は俺に任せて、お前はゆっくり休め」

「ありが……」

 

 一刀が手を握り返して答えると、兵士は微笑みながら力尽きた。

 数秒の間手を握り締めていた一刀は、その手をゆっくりと地面に下ろしてから、森に走った。

兵士の最後の頼みを叶える為に。

 

 

「来ないで! 来ないでよ!」

「うるせぇー女だなぁ。どうせ、嫌がるのは今だけなんだからよ。さっさと素直になれや。な?

 にしても、今日はついてるぜ。お宝も盗めたし、いい女も手に入るなんてよ」

「そ、そうなんだな。あ、あんたみたいないい女、中々お目にかかれないんだな」

「あ、あんた達なんかに、いい女なんて言われても嬉しくないわよ! お願いだから、向こうに行ってよ!」

「うっせぇ! 褒めても騒ぎやがって! 何様のつもりだ、てめぇ! もういい、お前ら抑えろ! ここでやるぞ!」

「いやぁぁぁぁ! 誰でもいいから助けてよ! 孕まされる! 来るなぁ! 助けてよ! 助けろ、全身せいえ……」

 

 八人の盗賊から必死に逃げていた女性は、とうとう追いつかれてしまい、足を軽く切られてしまっていた。

 それでも、這って逃げ様としたのだが、押さえ込まれてしまい、無我夢中で叫ぶだけだった。

 だが、最後に叫ぼうとした言葉の途中で止まってしまい、心ここにあらずという状態になっていた。

 

「なんだ? 急に大人しくなりやがった。まあいい。今のうちにやっちまうぞ」

「へい!」

 

 女性が大人しくなった事に疑問を抱きながらも、盗賊の頭が手下達に声をかける。

 そして、いざしようと手を伸ばした。

 だが、その手が届く前はなかった。

 

 

「はぁはぁはぁ……何とか間に合ったか……」

「あんだ、てめぇ。今いい所なんだからよ。邪魔しねーでいなくなるなら、見逃してやる。さっさと行きやがれ」

「それはとてもありがたいんだがな。そういう訳にもいかないんだ。あいつに頼まれたからな」

「あん? 邪魔するってのか? そうか。ならお前ら、やっちま――」

「まあ、そういう事……だ!」

 

 女性が襲われる前に、声を頼りに森を駆けていた一刀は、襲われる寸前に辿り着く事が出来た。

 諦めたのかどうか分からないが、女性は声一つ出す事なく、視線を宙に彷徨わせていた。

 既に何かしらされた後と判断した後の、一刀の行動は早かった。

 

 腰に下げている干将を駆け寄ると同時に振りぬき、剣を抜こうとしていた手下の腕を斬り飛ばす。

 そのまま最高速度で女性を抑えている三人の下に行き、一人を蹴り飛ばす。二人の腕を浅く斬り、力が緩んだ所で、女性を左腕に抱えて脱出した。

 

 何が起こったのか理解する前だったからこそ、出来た動きだった。

 女性ではなく、自分に意識を向けている状態だったら不可能だったのは、一刀自身が分かっていた。

だからこそ、内心で毒づく。

 

(くそ……斬ったのと蹴ったので、二人しか無理だったか。三人は行きたかったな。

 ――軽傷が二人で、問題ないのが四人か……なら、取るべき行動は一つだけだな)

「て、てめぇ! おい、お前ら! やっちま――」

「あばよ!」

「……あっ! 待ちやがれ!」

 

 形勢不利と判断した一刀は、左腕に女性を抱えたまま――逃げ出した。その逃げる後ろ姿は、どこか清々しい物を感じさせる程の逃げっぷりだった。

 だからこそ、盗賊達は瞬時に動く事が出来ず、後を追ったが見つける事が出来なかった。

 

 一刀一人ならば多少時間がかかっても、全員を無力化する事が出来た。しかし、峰の教えの中にあった一つを忠実に守った結果が、逃走だった。

 その教えとは。

 誰かを護りながら戦う事は、どれだけ実力に差があっても、簡単には出来ない。退路があるならば、逃げろというものだった。

 

 

 森から全力で走って逃げた一刀は、かなり離れた草原で倒れて息を整えていた。

 全身から力を抜いている女性を抱えて、ここまで走ってこれただけ、上出来だな。と一刀は内心で思っていた。

 

(でも、困ったな……)

 

 横で寝ている女性を見て、一刀はホトホト参っていた。

 ここに来るまでの間、女性は声を一つ出さず、気付けば眠っていた。

 

(あんな状況にあって、どうして寝れるんだ? しかも、気持ちよさそうに……)

 

 女性を放って置く事が出来ず、一刀は女性が起きるまでその場を動く事が出来なかった。

 

 

 一刀と女性が逃げ切れてから数時間後。ようやく女性が目を覚ました。

 

「……ん。ここは……」

「やっと起きたか……」

「っ! あ、あんた誰よ! ここはどこ!」

「俺は、まあ旅人だ。悪いが、名前は教えれない。で、ここだけど。君が襲われてた森から、三里くらい離れた場所」

「そう……。あんたが助けてくれたの?」

「まあ、そうだね」

「だったら、一応感謝しておくわ。で、私を護衛してた男達はどうしたのよ?」

 

 女性が護衛について問いかけると、一刀は言い難そうな顔をしてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……残念ながら、君の護衛は誰一人として生きてなかった」

「あっそ。それならそれでいいわ」

「――何? どういう意味だ?」

「どういう意味って、あんた分からないの? きちんと護衛をこなせない様な奴らに、かける言葉なんてないわよ」

「……」

「そもそも。男なんて屑ばかりなんだから、任務くらいしっか――いたっ!」

 

 女性の言葉は、最後まで出る事はなかった。

 一刀は女性の言葉に我慢する事が出来ず、平手打ちをしていた。

 平手打ちの衝撃に、女性の被っているフードが外れたが、気にもとめていなかった。それよりも、頬を叩かれた衝撃の方が強かったのだ。

 

「な、何するのよ! あんた、私が誰だか知らないの!?」

「君が誰かなんて関係ない。俺は君の言葉が許せなかった。だから叩いた。それだけだ」

「何が許せないって言うのよ! 私を護れなかったんだから、屑って言って――ったいわね! だから叩くな!」

「君は分かってない。俺があそこを通った時、兵士の一人が君の逃げた場所を教えてくれた。だから君は助かったんだ」

「それが何だって言うのよ! そんなの当然の事じゃない! 自分の力が足りなかった。だからあんたに助力を頼んだんでしょ!?」

「……それで死んだとしてもか」

「……っ! そ、そうよ! それが任務なんだから、当然の事でしょ!」

 

 その言葉に、一刀は不快な表情を浮かべて女性を見ていた。

 

「恐らく、君は頭がいいんだろうね。だが、君は大事な事を知らない」

「私が何を知らないって言うのよ!」

「それは――どうやらここまでの様だ。悪いが、俺は隠れさせてもらう」

「ちょ、ちょっと! 私を一人でここに置いて行く気!? それに、知らない事って何よ!」

 

 女性の言葉に、一刀は無言で女性の後ろを指差す。女性は一刀を警戒しながらも、後ろに視線を後ろに向けた。

 そこには砂塵を撒き上げながら、迫ってくる一団の姿があり。その先頭には、曹の旗がなびいていた。

 

 

「君が陳留に向かおうとしていたのは、兵士の人から聞いた。なら陳留の刺史である曹操に話をして、連れて行ってもらうのが一番だろ」

「そ、それはそうかもしれないけど……。そ、そうよ! 私が盗賊に襲われていたって事を証明しなさいよ!」

「なっ! それ位、自分で出来るだろ!?」

「袁紹様からの紹介状が、馬車の中にあったのよ! だから、証明する物がないのよ!」

「麗羽の紹介状だって? ……って、何時の間に外套を掴んでるんだよ! 頼むから離してくれ!」

「嫌よ! 証明してもらうまで、絶対に離さないんだから!」

「はーなーせぇぇぇぇぇ!」

 

 女性が一刀の外套を渾身の力で掴んでいる為、その場を離れる事が出来ないでいた。

 無理やり外せない事はないが、それでは女性が怪我をしてしまうかもしれない。そう思って、一刀は力を込める事が出来ずにいた。

 

「……ねえ、秋蘭。盗人達って、これ?」

「いえ、華琳様……。報告では、八人の男達だったそうです。この者達は違いますね」

「そう。で……あなた達は、何時までそうやってるつもりなのかしら?」

「げ……」

「あ……」

 

 離せ、離さないと問答している間に、華琳達がその場に辿り着いていた。

 初めは華琳も、落ち着くまで待とうとしていたのだ。だが、自分達が来た事にすら気付いていなかった為、仕方なく声を掛けた。

 

「わ、私は袁紹様の紹介で、曹操様の許に行こうとしていたのです! ですが、行く途中で盗賊に襲われてしまい――」

「そう。それを証明する物は?」

「しょ、紹介状は馬車の中に……。で、ですが、盗賊に襲われていたのは、この男が証明してくれます! この男が、私を盗賊から救ってくれたのです!」

「それは本当? 本当に、この者は盗賊に襲われていたの?」

「……」

「何故黙っているのかしら?」

 

 華琳が問いかけるも、一刀は口を開く事が出来なかった。

 声を出せば、三人に気付かれてしまう。だから、一刀はどれだけ聞かれても、声を出す事が出来ないでいた。

 

「貴様ぁ! 華琳様が聞かれているのだ! 早く答えんか!」

「姉者、落ち着け。一刀の情報がないからと、こやつにあたっても仕方ないだろ」

「ち、違うぞ! 私は一刀の事など、心配しておらんぞ! そ、そうだ! 私は華琳様の事を思ってだな!」

「はいはい、ありがとう春蘭。……それで、どうして逃げようとしてるのかしら?」

 

 

 華琳に意識が向いた事で女性の力が緩み、一刀はその場をゆっくりと離れ様としていた。

 だが、華琳は意識をずっと一刀に向けていた為、逃げる事が出来なかった。

 

「……いいわ。陳留に戻ってから、麗羽に確認すればいいのだから。でも、あなたは素直にきてくれなそうね。

 春蘭、骨の一本位折ってやりなさい。間違っていても、治療をすれば文句はないでしょ」

「はっ! ……貴様がさっさと華琳様の質問に答えていれば、痛い思いをせずに済んだのだ。悪く思うなよ」

(いや、思うだろ……。春蘭は相変わらずだな。華琳も、何だか余裕がなさそうだしな。秋蘭も止める気がない……か)

「はぁぁぁっ!」

 

 

 力の篭った息吹と共に、春蘭は七星餓狼で右斬り下ろしをする。それを一刀は余裕を持って避けた。

 

(おい……今、刃が向いてたぞ。折るんじゃないのか、折るんじゃ!)

「ほう……。今のを避けるか。少しは出来る様だ、な!」

 

 一刀が避けた事で勢いがついたのか、春蘭は怒涛の如く剣を振る。

 右斬り上げ、左斬り下ろし、突きと、次々に繰り出す。それを避けていた一刀だったが、何時までも避けきれる訳もなく、最後の切り下ろしを莫耶でいなした。

 

(しまった! ……気付かれたよな)

「何故だ……」

(え?)

「何故、お前がそれを持っている! それは一刀の剣だ! 貴様の様な輩が、持っていていい物じゃない!」

(気付いてねぇぇぇぇぇ!)

 

 先程よりも力が篭り、速さが増した春蘭の剣撃を、一刀は何とか防ぎ避ける。

 その光景を見ていた華琳と秋蘭は、唖然としていた。

 

「ねえ、秋蘭。私の見間違いじゃなければ、あれって干将莫耶よね?」

「……私にもそう見えます。あれは、一刀と一緒に行方が分からなくなった、干将莫耶で間違いないかと」

 

 二人が話している間にも、春蘭の剣撃は続く。しかし、本気を出せない一刀からしたら、たまったものではない。

 

(おい! 華琳に秋蘭、気付いたなら春蘭を止めてくれよ! いい加減、きついぞ! ……ちっ!)

 

 いい加減、限界が来たのだろう。春蘭の左斬り下ろしを避けきれず、外套が少し斬られる。そして、返す剣で右斬り上げをしてきた。

 それに一刀は干将をあわせ、足を乗せて宙に飛び上がった。

 そして、空中で一回転して着地した時、風と衝撃で外套が頭から外れてしまった。

 

「あ……」

「え……」

「やっぱりね……」

「バカ者が……」

「え? 何、何? 何なのよ!?」

 

 一刀に助けられた女性だけが、どうして急に春蘭が止まり、あの男に怒気をぶつけているのか分からず、動転していた。

 

 

「それで、何か言う事あるかしら? もちろん、納得する答えをくれるのよね? 四年よ、四年。

 あなたなら、見つからないで会いに来る事くらい出来たわよね? なのに、それをしなかった答えを、くれるのよね?」

「あの……華琳さん? なんで、絶を構えているのでしょうか?」

「か、一刀。一刀なのか? 本当に?」

「う、うん。そうだけど。どうして春蘭は、また七星餓狼を構えてるんだ?」

「残念だがな、一刀。私には華琳様と姉者を止めるつもりは、更々ないぞ」

「と言いながら、なんで秋蘭も餓狼爪を構えてるのかな?」

 

 いい笑顔を浮かべながら、三人は少しずつ一刀に近付いていく。

 普段の一刀なら、一目散に逃げ出しているだろう。だが、三人の怒気。それ以上に、三人に会えた事が一刀の足を止めていた。

 後ろで待機している兵士達は、何処となく嬉しそうな三人の様子に、お互いに顔を見合わせていた。

 しかし古参の者達は、握手をしたり、お互いの背を叩き喜びを表していた。

 一様に思っている事。それは、「やっと、お三方共、昔に戻られた」だった。

 

「ふふふ……いいわ。話は陳留に戻ってから、ゆっくり聞くから。でも今は……」

 

 三人を代表して、華琳が笑顔で一刀に告げる。

 

「このバカぁぁぁぁぁ!」

 

 華琳の怒声と同時に、三人の武器が一刀に吸い込まれていった。

 それを受けながら、一刀は薄れていく意識の中で思っていた。

 

(腹の部分と、鏃が潰れたのでやるのはいいけどさ……めっちゃ痛い……。でも、懐かしいなぁ――)

 

 意識を失った一刀を春蘭が担ぎ、華琳の馬の後ろに乗せる。

 それを確認してから、華琳達は陳留に戻っていった。

 

 

 余談

 陳留に到着してから、三人は一刀の寝顔を見ていた。

 四年間も待ち望んでいた瞬間を、少しでも長く味わう為に。

 しかし、そこで秋蘭が一つ思い出した。

 

「そういえば、華琳様」

「何?」

「いえ、そう不機嫌な顔をしないで下さい。あのですね。あそこにいた娘は、連れて着ましたか?」

「あそこ?」

「……一刀と一緒にいた、盗賊に襲われたという娘の事です」

「――……あ」

 

 一人で草原を歩いている女性は、フードに着いた猫耳がピクピクッと動いたと思うと、空に顔を向けて叫んだ。

「私が何をしたって言うのよぉぉぉぉ! 曹操様は、何で私を忘れるの!? 男なんて、男なんて……屑ばかりいぃぃぃぃ!」

 

 それから二日後に、女性は無事に陳留に到着したとかしないとか。

 


 
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