山を降りた一刀は、荒野を歩いていた。
峰との知り合いという老人の下に行くまでに、雲耀に連れられて、一刀は様々な州を見て回った。
そこで一刀が見た惨状は酷い物だった。
村々では食べる物がなく、泣く元気すらない子供達。大人もやせ細り、壁に寄りかかり身動き一つしない。
それなりに大きな村では、州牧の私兵が我が物顔で、金を払わずに売り物を持っていく。
孫堅や曹嵩が納めていた地方では、そんな事はなかったのだが、他の州ではそれが日常となっていた。
その事に憤りを感じていた一刀だが、問題を起こす訳にもいかず、黙って見ている事しか出来なかった。
袁家が収める地では、地方に行くにつれて、同じ様な状況になっていた。
それは袁家が悪いのではなく、朝廷から派遣されてくる官職の悪政による物だと、一刀には分かっていた。
だからこそ、一刀は麗羽に対する考えを変えずに済んでいた。
小さな村の状況を見聞きし、一刀は思う。
このままではダメだと。このまま官職がのさばってしまえば、民に安息の時は来ないと。
それと同時に、自分がどれだけ安寧な生活を送っていたのか、漸く知る事になった。
父の地位に護られ、何不自由ない生活を送っていた一刀にとって、他の州に住む民の実状は耐える事が出来ない物だった。
様々な村や州を見ながら、一刀は孫堅の墓に来ていた。
誰にも見つからない様にここまで来るのは、さすがに大変だった一刀だったが、そんな疲れはここに来てからなくなっていた。
世の流れは、老人が買い物に出かける時に仕入れてくれていたので、一刀は困る事はなかった。
そんな中でも、一刀が驚いたのは袁成と孫堅の死だった。
初めて顔をあわせてから、簡単に死ぬ人達じゃないと思っていた。
そんな二人が、相次いで死んでしまった。
さすがに袁成の墓に行く事は出来ないが、何故か老人が墓の場所を調べてくれたので、孫堅の墓に来る事が出来た。
「孫堅さん、ご無沙汰してました。遅くなりましたが、こうして来る事が出来ました。
そんなにいいお酒じゃないですけど、約束でしたからね。一緒に飲みましょう」
言い終わると同時に、片手に持っていた酒を墓にゆっくりと掛けてから、自分の口に含む。
その酒は、不思議と美味しかった。
「孫堅さん、お元気ですか? 父上、母上、峰さんと仲良くやっていますか? 復讐なんて止めろと、きっと怒っているでしょうね。
でも、これは俺だけの復讐じゃないんですよ。あの時、父上が見聞を広めろと言った意味が分かったんです。
見聞を広める為に州を回り、民を見てきて知りました。どれだけ官職の者が腐っているのかを。俺がどれだけ恵まれた場所にいたのかを。
……民の事を考えてる官は、思った以上に少なかったです。州牧達の圧政によって親や子、友人を無くした者達は、泣き寝入りをするしかないんです。
それが現状です……。だからこそ俺は、その人達の為に復讐します。悪の根源である十常侍に。でも、その力がない俺は……どうしたらいいんでしょうね……」
『復讐なんて止めればいいだろ? 泣き言を言う位なら、最初からしなければいい。違うか?』
俯きながら独白していた一刀の耳に、孫堅の言葉が聞こえる。
それはそう言って欲しいという、願望だったのかもしれない。
父の親友である孫堅に愚痴を言い、背中を押して欲しかったのかもしれない。
一刀自身気付いていた。
復讐なんて、誰も望んでいない。ただ、安心して暮らせれば。
友が、親が、子が死んだ事は悲しい。だけど、自分達がやり返して何になるのか。
力が無い者の言葉かもしれないが、それでも思わずにはいられなかった。
平和な暮らしが出来れば。知り合いや家族が笑顔でいられれば、それでいいと。
『郷、分かってるじゃねーか。復讐なんてもんは、何も実らせねぇんだ。恨み辛みで、実はなるか? 平和な暮らしが出来るか?
民はな、そんな事願っちゃいないんだよ。食える物があればいい。笑えればいい。それに、愛する人が傍にいればいい。
それが、民が願ってる事なんだよ。俺が戦を続けたのも、それが理由だ。
確かに今の朝廷は、腐ってる官職で溢れてるさ。だが、民もバカじゃない。お前の言う通り、不満は溜まる。
そんな民達の事を思う奴が、お前の傍にはいるんじゃないのか?』
孫堅に問われ、一刀の脳裏に四年の間、一度も忘れた事のない五人の笑顔が浮かぶ。
その中でも、華琳の笑顔が一番鮮明に思い出されていた。
(皆……華琳……会いたいな……)
『雪蓮か冥琳じゃないのは癪だが、お前の気持ちがそうなら仕方ねぇ。
あの嬢ちゃんに会いたいんだろ? なら、今のお前がする事は一つしかねーんじゃねぇのか?』
そう言われて、一刀は思わず墓を見る。しかし、その場に孫堅がいる訳もなく。小川の音が聞こえるだけだった。
今まで自分に話しかけていたのは、自分の心が作った幻だったのか。それは一刀自身にも分からない。
だが、そうだったとしても、一刀の心は決まっていた。
老人には迷惑を掛けるだけだから、会えないと答えていたが、自分の心にこれ以上嘘を吐きたくない。
これからどうするか決めた一刀は、残っていた紙で何かを書き小石を乗せてから立ち上がり、墓に一礼してその場を後にした。
その一刀の背中を、三人が男女が見つめていた。
『どうやら郷は、進む道を決めた様だな』
『孫の、お前のおかげだ。俺では、一刀を追い詰めるだけだったかもしれないからな』
『私でも同じでしょうね。私達が一刀に話しかけていたら、復讐心を強くしただけでしょうから。孫堅さん、本当にありがとうございました』
『なに、いいって事さ。平和な世の中になった時に、俺の娘達に種をくれればそれでな』
『それは一刀が決める事だからな。俺達がどうこういう事じゃないさ』
『そうですね。……一刀、これから大変でしょうけど、頑張ってね。私達は何時までも、あなたを見守っていますからね――』
その声を最後に、三人の男女の姿は霞の様に消えていく。
消えていくのを見守っていたのは、涼やかな風と小川だけだった。
これから数日後に、一刀の残した手紙を見つけた雪蓮は冥琳と一緒に読み、涙を流しながら喜んだ。
自分達の所にいなくても、生きてさえいてくれたのならいいと。
孫堅の墓を後にした一刀は、陳留に向かって歩みを進めていた。
道中に山賊に襲われたりしたが、人数が少ないのもあって、骨を折るだけに留めていた。
盗賊をしている全員が、したくてしている訳じゃない事に気付いていたからだった。
骨を折って逃がす時に、一刀は全員に言っている言葉がある。
「今の世の中が、どうしようもない事は分かってる。だけど、あなた達が傷つけた事で、悲しむ人がいる事を知って欲しい。
中には、傷が原因で働けなくなった人もいるかもしれない。その人達の事も考えてくれないかな?
王朝が続くのかどうかは、俺にも分からない。だけど、きっと近い内によくなるからさ。
もし行く所がないなら陳留の曹操の所か、袁術の所にいる孫策って人に会ってみて。悪い様にはしないはずだから」
この一刀の言葉を聞いた人々は、近くの村に行くか故郷の村に戻り、自警団を作る様になる者。言葉通りに、二人を訊ねる者が出る様になる。
もっとも、華琳の下に向かっている一刀とは別の道を進み、一刀が先に華琳と会う為に情報が遅れてしまった。
これが原因で三人から怒られる事になるのだが、今の一刀はそんな事を知らないのだった。
今の世の中に不満を持っている人数からしたら、微々たる数かもしれないが、自分と同じ様に悲しむ人を増やしたくない。
その一念が、口にさせていた言葉だった。
後に六人の女性が来た時に話を聞き、会ってみたいと思う様になる。
これは余談だが、その者達は一刀の事を、双刀を振るう姿と出で立ち。そして、語る時の笑顔から『天翼』と呼んでいる。
構える時に腕を左右に広げ、舞う様に武を振るう姿から。名のならないで去って行く為、自然と大陸に広まっていった。
だが、一刀の話を聞いてくれる人ばかりならば、どれだけよかった事だろうか。
中には人を斬る事。血を見る事。悲鳴を聞く事が楽しくなってしまった者達もいた。その者達には一刀の真摯な言葉も届かなく、逆に罵声を浴びせながら襲い掛かってきた。
そうなれば、もう一刀には斬る事しか残されていなかった。
陳留に着くまで、余りにも多くの人を斬った一刀は、孫堅の言葉で気付いた想いを忘れた訳ではないが、華琳達を遠目に見るだけにしよう。そう思う様になってしまった。
そして、一刀が向かって三ヶ月が過ぎた。
盗賊から助けた村の人から、お礼だと言われて食料を分けてもらったり、森の中にいる獣で食い繋いでいた。
この日も、森に入って獣を獲ろうと思っていた一刀は、壊れた一台の馬車を見つけた。
その馬車は豪華な意匠が施されており、一目で高価な物だと分かる物だった。
それが横転して壊れており、馬車の周りには護衛と思われる者達が事切れて倒れていた。
その惨状を見た一刀は、辺りを警戒しながら馬車に近付いていく。
「だ、誰だ……」
「生きていたのか……。何があった」
一刀が血だらけの兵士に近付くと声を搾り出してきた。問いかけると、兵士は一刀の手を渾身の力で握り締めてきた。
「ち、陳留に向かってたら、盗賊が……。頼む、森に逃げた――若様を助けてくれ。頼む……紹様に、顔向け出来なくなる……」
「分かった。後の事は俺に任せて、お前はゆっくり休め」
「ありが……」
一刀が手を握り返して答えると、兵士は微笑みながら力尽きた。
数秒の間手を握り締めていた一刀は、その手をゆっくりと地面に下ろしてから、森に走った。
兵士の最後の頼みを叶える為に。
「来ないで! 来ないでよ!」
「うるせぇー女だなぁ。どうせ、嫌がるのは今だけなんだからよ。さっさと素直になれや。な?
にしても、今日はついてるぜ。お宝も盗めたし、いい女も手に入るなんてよ」
「そ、そうなんだな。あ、あんたみたいないい女、中々お目にかかれないんだな」
「あ、あんた達なんかに、いい女なんて言われても嬉しくないわよ! お願いだから、向こうに行ってよ!」
「うっせぇ! 褒めても騒ぎやがって! 何様のつもりだ、てめぇ! もういい、お前ら抑えろ! ここでやるぞ!」
「いやぁぁぁぁ! 誰でもいいから助けてよ! 孕まされる! 来るなぁ! 助けてよ! 助けろ、全身せいえ……」
八人の盗賊から必死に逃げていた女性は、とうとう追いつかれてしまい、足を軽く切られてしまっていた。
それでも、這って逃げ様としたのだが、押さえ込まれてしまい、無我夢中で叫ぶだけだった。
だが、最後に叫ぼうとした言葉の途中で止まってしまい、心ここにあらずという状態になっていた。
「なんだ? 急に大人しくなりやがった。まあいい。今のうちにやっちまうぞ」
「へい!」
女性が大人しくなった事に疑問を抱きながらも、盗賊の頭が手下達に声をかける。
そして、いざしようと手を伸ばした。
だが、その手が届く前はなかった。
「はぁはぁはぁ……何とか間に合ったか……」
「あんだ、てめぇ。今いい所なんだからよ。邪魔しねーでいなくなるなら、見逃してやる。さっさと行きやがれ」
「それはとてもありがたいんだがな。そういう訳にもいかないんだ。あいつに頼まれたからな」
「あん? 邪魔するってのか? そうか。ならお前ら、やっちま――」
「まあ、そういう事……だ!」
女性が襲われる前に、声を頼りに森を駆けていた一刀は、襲われる寸前に辿り着く事が出来た。
諦めたのかどうか分からないが、女性は声一つ出す事なく、視線を宙に彷徨わせていた。
既に何かしらされた後と判断した後の、一刀の行動は早かった。
腰に下げている干将を駆け寄ると同時に振りぬき、剣を抜こうとしていた手下の腕を斬り飛ばす。
そのまま最高速度で女性を抑えている三人の下に行き、一人を蹴り飛ばす。二人の腕を浅く斬り、力が緩んだ所で、女性を左腕に抱えて脱出した。
何が起こったのか理解する前だったからこそ、出来た動きだった。
女性ではなく、自分に意識を向けている状態だったら不可能だったのは、一刀自身が分かっていた。
だからこそ、内心で毒づく。
(くそ……斬ったのと蹴ったので、二人しか無理だったか。三人は行きたかったな。
――軽傷が二人で、問題ないのが四人か……なら、取るべき行動は一つだけだな)
「て、てめぇ! おい、お前ら! やっちま――」
「あばよ!」
「……あっ! 待ちやがれ!」
形勢不利と判断した一刀は、左腕に女性を抱えたまま――逃げ出した。その逃げる後ろ姿は、どこか清々しい物を感じさせる程の逃げっぷりだった。
だからこそ、盗賊達は瞬時に動く事が出来ず、後を追ったが見つける事が出来なかった。
一刀一人ならば多少時間がかかっても、全員を無力化する事が出来た。しかし、峰の教えの中にあった一つを忠実に守った結果が、逃走だった。
その教えとは。
誰かを護りながら戦う事は、どれだけ実力に差があっても、簡単には出来ない。退路があるならば、逃げろというものだった。
森から全力で走って逃げた一刀は、かなり離れた草原で倒れて息を整えていた。
全身から力を抜いている女性を抱えて、ここまで走ってこれただけ、上出来だな。と一刀は内心で思っていた。
(でも、困ったな……)
横で寝ている女性を見て、一刀はホトホト参っていた。
ここに来るまでの間、女性は声を一つ出さず、気付けば眠っていた。
(あんな状況にあって、どうして寝れるんだ? しかも、気持ちよさそうに……)
女性を放って置く事が出来ず、一刀は女性が起きるまでその場を動く事が出来なかった。
一刀と女性が逃げ切れてから数時間後。ようやく女性が目を覚ました。
「……ん。ここは……」
「やっと起きたか……」
「っ! あ、あんた誰よ! ここはどこ!」
「俺は、まあ旅人だ。悪いが、名前は教えれない。で、ここだけど。君が襲われてた森から、三里くらい離れた場所」
「そう……。あんたが助けてくれたの?」
「まあ、そうだね」
「だったら、一応感謝しておくわ。で、私を護衛してた男達はどうしたのよ?」
女性が護衛について問いかけると、一刀は言い難そうな顔をしてから、ゆっくりと口を開いた。
「……残念ながら、君の護衛は誰一人として生きてなかった」
「あっそ。それならそれでいいわ」
「――何? どういう意味だ?」
「どういう意味って、あんた分からないの? きちんと護衛をこなせない様な奴らに、かける言葉なんてないわよ」
「……」
「そもそも。男なんて屑ばかりなんだから、任務くらいしっか――いたっ!」
女性の言葉は、最後まで出る事はなかった。
一刀は女性の言葉に我慢する事が出来ず、平手打ちをしていた。
平手打ちの衝撃に、女性の被っているフードが外れたが、気にもとめていなかった。それよりも、頬を叩かれた衝撃の方が強かったのだ。
「な、何するのよ! あんた、私が誰だか知らないの!?」
「君が誰かなんて関係ない。俺は君の言葉が許せなかった。だから叩いた。それだけだ」
「何が許せないって言うのよ! 私を護れなかったんだから、屑って言って――ったいわね! だから叩くな!」
「君は分かってない。俺があそこを通った時、兵士の一人が君の逃げた場所を教えてくれた。だから君は助かったんだ」
「それが何だって言うのよ! そんなの当然の事じゃない! 自分の力が足りなかった。だからあんたに助力を頼んだんでしょ!?」
「……それで死んだとしてもか」
「……っ! そ、そうよ! それが任務なんだから、当然の事でしょ!」
その言葉に、一刀は不快な表情を浮かべて女性を見ていた。
「恐らく、君は頭がいいんだろうね。だが、君は大事な事を知らない」
「私が何を知らないって言うのよ!」
「それは――どうやらここまでの様だ。悪いが、俺は隠れさせてもらう」
「ちょ、ちょっと! 私を一人でここに置いて行く気!? それに、知らない事って何よ!」
女性の言葉に、一刀は無言で女性の後ろを指差す。女性は一刀を警戒しながらも、後ろに視線を後ろに向けた。
そこには砂塵を撒き上げながら、迫ってくる一団の姿があり。その先頭には、曹の旗がなびいていた。
「君が陳留に向かおうとしていたのは、兵士の人から聞いた。なら陳留の刺史である曹操に話をして、連れて行ってもらうのが一番だろ」
「そ、それはそうかもしれないけど……。そ、そうよ! 私が盗賊に襲われていたって事を証明しなさいよ!」
「なっ! それ位、自分で出来るだろ!?」
「袁紹様からの紹介状が、馬車の中にあったのよ! だから、証明する物がないのよ!」
「麗羽の紹介状だって? ……って、何時の間に外套を掴んでるんだよ! 頼むから離してくれ!」
「嫌よ! 証明してもらうまで、絶対に離さないんだから!」
「はーなーせぇぇぇぇぇ!」
女性が一刀の外套を渾身の力で掴んでいる為、その場を離れる事が出来ないでいた。
無理やり外せない事はないが、それでは女性が怪我をしてしまうかもしれない。そう思って、一刀は力を込める事が出来ずにいた。
「……ねえ、秋蘭。盗人達って、これ?」
「いえ、華琳様……。報告では、八人の男達だったそうです。この者達は違いますね」
「そう。で……あなた達は、何時までそうやってるつもりなのかしら?」
「げ……」
「あ……」
離せ、離さないと問答している間に、華琳達がその場に辿り着いていた。
初めは華琳も、落ち着くまで待とうとしていたのだ。だが、自分達が来た事にすら気付いていなかった為、仕方なく声を掛けた。
「わ、私は袁紹様の紹介で、曹操様の許に行こうとしていたのです! ですが、行く途中で盗賊に襲われてしまい――」
「そう。それを証明する物は?」
「しょ、紹介状は馬車の中に……。で、ですが、盗賊に襲われていたのは、この男が証明してくれます! この男が、私を盗賊から救ってくれたのです!」
「それは本当? 本当に、この者は盗賊に襲われていたの?」
「……」
「何故黙っているのかしら?」
華琳が問いかけるも、一刀は口を開く事が出来なかった。
声を出せば、三人に気付かれてしまう。だから、一刀はどれだけ聞かれても、声を出す事が出来ないでいた。
「貴様ぁ! 華琳様が聞かれているのだ! 早く答えんか!」
「姉者、落ち着け。一刀の情報がないからと、こやつにあたっても仕方ないだろ」
「ち、違うぞ! 私は一刀の事など、心配しておらんぞ! そ、そうだ! 私は華琳様の事を思ってだな!」
「はいはい、ありがとう春蘭。……それで、どうして逃げようとしてるのかしら?」
華琳に意識が向いた事で女性の力が緩み、一刀はその場をゆっくりと離れ様としていた。
だが、華琳は意識をずっと一刀に向けていた為、逃げる事が出来なかった。
「……いいわ。陳留に戻ってから、麗羽に確認すればいいのだから。でも、あなたは素直にきてくれなそうね。
春蘭、骨の一本位折ってやりなさい。間違っていても、治療をすれば文句はないでしょ」
「はっ! ……貴様がさっさと華琳様の質問に答えていれば、痛い思いをせずに済んだのだ。悪く思うなよ」
(いや、思うだろ……。春蘭は相変わらずだな。華琳も、何だか余裕がなさそうだしな。秋蘭も止める気がない……か)
「はぁぁぁっ!」
力の篭った息吹と共に、春蘭は七星餓狼で右斬り下ろしをする。それを一刀は余裕を持って避けた。
(おい……今、刃が向いてたぞ。折るんじゃないのか、折るんじゃ!)
「ほう……。今のを避けるか。少しは出来る様だ、な!」
一刀が避けた事で勢いがついたのか、春蘭は怒涛の如く剣を振る。
右斬り上げ、左斬り下ろし、突きと、次々に繰り出す。それを避けていた一刀だったが、何時までも避けきれる訳もなく、最後の切り下ろしを莫耶でいなした。
(しまった! ……気付かれたよな)
「何故だ……」
(え?)
「何故、お前がそれを持っている! それは一刀の剣だ! 貴様の様な輩が、持っていていい物じゃない!」
(気付いてねぇぇぇぇぇ!)
先程よりも力が篭り、速さが増した春蘭の剣撃を、一刀は何とか防ぎ避ける。
その光景を見ていた華琳と秋蘭は、唖然としていた。
「ねえ、秋蘭。私の見間違いじゃなければ、あれって干将莫耶よね?」
「……私にもそう見えます。あれは、一刀と一緒に行方が分からなくなった、干将莫耶で間違いないかと」
二人が話している間にも、春蘭の剣撃は続く。しかし、本気を出せない一刀からしたら、たまったものではない。
(おい! 華琳に秋蘭、気付いたなら春蘭を止めてくれよ! いい加減、きついぞ! ……ちっ!)
いい加減、限界が来たのだろう。春蘭の左斬り下ろしを避けきれず、外套が少し斬られる。そして、返す剣で右斬り上げをしてきた。
それに一刀は干将をあわせ、足を乗せて宙に飛び上がった。
そして、空中で一回転して着地した時、風と衝撃で外套が頭から外れてしまった。
「あ……」
「え……」
「やっぱりね……」
「バカ者が……」
「え? 何、何? 何なのよ!?」
一刀に助けられた女性だけが、どうして急に春蘭が止まり、あの男に怒気をぶつけているのか分からず、動転していた。
「それで、何か言う事あるかしら? もちろん、納得する答えをくれるのよね? 四年よ、四年。
あなたなら、見つからないで会いに来る事くらい出来たわよね? なのに、それをしなかった答えを、くれるのよね?」
「あの……華琳さん? なんで、絶を構えているのでしょうか?」
「か、一刀。一刀なのか? 本当に?」
「う、うん。そうだけど。どうして春蘭は、また七星餓狼を構えてるんだ?」
「残念だがな、一刀。私には華琳様と姉者を止めるつもりは、更々ないぞ」
「と言いながら、なんで秋蘭も餓狼爪を構えてるのかな?」
いい笑顔を浮かべながら、三人は少しずつ一刀に近付いていく。
普段の一刀なら、一目散に逃げ出しているだろう。だが、三人の怒気。それ以上に、三人に会えた事が一刀の足を止めていた。
後ろで待機している兵士達は、何処となく嬉しそうな三人の様子に、お互いに顔を見合わせていた。
しかし古参の者達は、握手をしたり、お互いの背を叩き喜びを表していた。
一様に思っている事。それは、「やっと、お三方共、昔に戻られた」だった。
「ふふふ……いいわ。話は陳留に戻ってから、ゆっくり聞くから。でも今は……」
三人を代表して、華琳が笑顔で一刀に告げる。
「このバカぁぁぁぁぁ!」
華琳の怒声と同時に、三人の武器が一刀に吸い込まれていった。
それを受けながら、一刀は薄れていく意識の中で思っていた。
(腹の部分と、鏃が潰れたのでやるのはいいけどさ……めっちゃ痛い……。でも、懐かしいなぁ――)
意識を失った一刀を春蘭が担ぎ、華琳の馬の後ろに乗せる。
それを確認してから、華琳達は陳留に戻っていった。
余談
陳留に到着してから、三人は一刀の寝顔を見ていた。
四年間も待ち望んでいた瞬間を、少しでも長く味わう為に。
しかし、そこで秋蘭が一つ思い出した。
「そういえば、華琳様」
「何?」
「いえ、そう不機嫌な顔をしないで下さい。あのですね。あそこにいた娘は、連れて着ましたか?」
「あそこ?」
「……一刀と一緒にいた、盗賊に襲われたという娘の事です」
「――……あ」
一人で草原を歩いている女性は、フードに着いた猫耳がピクピクッと動いたと思うと、空に顔を向けて叫んだ。
「私が何をしたって言うのよぉぉぉぉ! 曹操様は、何で私を忘れるの!? 男なんて、男なんて……屑ばかりいぃぃぃぃ!」
それから二日後に、女性は無事に陳留に到着したとかしないとか。
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大変遅くなりました。
今回の話で、一刀が所属する陣営が判明します。といっても、分かってた人が大多数でしょうが。
今回は、口調が難しかったです。
口調はこうじゃない。などありましたら、こっそり教えてください。
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