No.135990

種の救世主さま、お願いします 第5話

スーサンさん

架橋編終了です。次回最終回ですので読んでいってください。

2010-04-12 13:18:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:516   閲覧ユーザー数:512

 

 夢を見ていた。見たこともない夢であった。王室の中で二人の夫婦が、小さな赤ん坊を抱え、嬉しそうに泣いている夢だった。

「よくやってくれた。ありがとう。エメラルド……」

 赤ん坊を抱えた男は、目に涙をため、感慨深げに、高い高いをしていた。

「お前の名前は、前々から決めていた……ルビー。ルビー・リーニス。この国の初代、女王の名前だ。いい娘になってくれよ?」

 子供を圧死させるのではと思うほど、強く抱きしめる男に出産したばかりの女性は呆れたように怒り、赤ん坊を、いや、ルビーを奪い返した。

「まったく、早速、親バカになって……でも、いい名前ね。この国を良くしてね?」

「私達の娘なら、間違いないだろう?」

「あなたの子供だと、逆に心配だけどね?」

「そ、それはないよ、お前……」

 ガックリ肩を落とす男に女性はおかしそうに笑い、口元を押さえた。とても、出産したばかりの女性とは思えないほどの元気に、男も嬉しくなり、近くの兵に向かって、怒声にも似た声を上げた。

「民に伝えよ……今日は祭りの日だ! みな、踊って食って、楽しめ!」

 一礼し、兵士が部屋から出ると、男はウキウキした態度で、女性とルビーを見た。

「私はこれから、民達に新しい姫の名前を言いに行く。きっと、みんな喜ぶぞ!?」

「あまり、騒がないでね?」

「わかっている!」

 勢い良く、ドアを出ようとした時、

「失礼します」

「あぅ……」

 開いたドアの角に鼻の頭をぶつけ、男は涙目でうずくまった。女性は呆れた顔をした。

「なにしてるの……」

「心配してくれよ……」

 ドアから入ってくるヒゲの立派な男に、うずくまっていた男は不思議そうに立ち上がり、声を上げた。

「誰だ、お前は……ここは、私達以外が、気安く入っていい場所でないぞ!?」

 失いかけた威厳を取り戻すためか、どこか尊大な態度をとる男に女性はまた呆れた顔をした。

「私は他国の使者としてやってきた、ナーバムと申します。パール王。外交のことで少しお話が……」

 パール王の顔があからさまに嫌そうにゆがんだ。

「が、外交のことは、明日にならんか、今日は娘が産まれ、祭りをしようと考えて……」

「一国の王が、祭りに興じて、政治を疎かにして良いとお思いで!?」

「うっ……」

 痛いところを突かれ、助けを求めるように女性を見た。

「後から参加すればいいでしょう?」

「そんな~~……」

 見事にお預けを食らった犬のような顔するパール王に、女性はふふっと笑った。

「ルビーは逃げたりしませんよ。話が終わった後に、たっぷりと、話し合いましょう?」

「ちぇ……」

 成人を越えた男の声とは思えない、なんとも、子供っぽい不満をこぼし、パール王はナーバムと一緒に部屋を出て行った。

「ふふ……ダメな父親ね?」

 パール王の情けない退場がツボに入ったのか、女性は生まれたばかりで泣きはらすルビーをあやし始めた。

 

 

 会議室まで来ると、パール王はナーバムをイスに座らせ、自分も向かいの席に座った。

「で、いきなり、外交の話とはなんだ。そんなもの、聞いてないが?」

「はっ……私は、この国から東に離れた、リビアという国からやってきました」

 キビキビした口調に、パール王は一瞬、気圧されながら、言葉を紡いだ。

「リビアといえば、つい先日、内政が破綻したという、あの国か?」

「はっ……わが国は、無茶な内政が続き、国民への納税不足もたたり、今にも、他の国に侵略されかねない状況なのです」

「はぁ……」

 いまいち、パッとしないのか、言葉を濁すパール王に、ナーバムは声を荒げた。

「ですから、是非とも、この国に助けを求めたいのです」

 深々と頭を下げるナーバムにパール王は慌てて、両手をふった。

「ま、待ってくれ……要約すれば、経済援助を願いたいのであろう?」

「端的に言えば、その通りです」

 言葉を濁すこともなく、ストレートに返答を返すナーバムにパール王も困った顔をした。「確かに、お前の国が困った状態であることは理解した。だが、経済援助は決して言うほど、楽なものでない。昨今の国力の低下は我が国も例外じゃない。我が国自身、すがるものを探す始末。情けない話、経済援助をすることは、この国を破綻させろといってるようなものだ。とても、私一人の意見が通るものでない。明日一日、待ってくれないか。家臣たちと相談し、それから話し合おう」

「……」

 一瞬、ナーバムの目が鋭くなった。パール王の身体がビクッと強張った。だが、気付いたらナーバムの表情は笑顔になっており、深々と頭を下げていた。

「よい、返事をお待ちしております……」

「あ、ああ……」

 ナーバムが会議室から出ると、パール王は緊張から解放された顔でイスにもたれかかった。

「あの者……なにものだ?」

 

 

 それから数日が経った。ナーバムは、しばらく、城に残ることになった。外交のやり取りは家臣達との不毛の譲歩の合戦ともいえた。

 家臣たちからすれば、知りもしない国のために国力を下げる義理もないが、ナーバムにしても、ただで帰るほど、安い男ではなかった。肝心のパール王に関しては、どぅもどっちつかずの答えも多く、家臣たちを苛立たせた。

 生来から、自分でものを決めたことのないパール王にとって、国力を下げかねない、経済援助は、あまりにも話が大きすぎて、どぅしても、答えを出し切る勇気がなかった。

 言いあぐね、さらに論争が高まる会議室に、一人の兵士が、大声を上げ、入ってきた。

「大変です。エメラルド王妃が、倒れました!」

「なっ!?」

 パール王の顔が真っ青になった。

 

 

 エメラルド王妃が寝ている、病室まで走ると、パール王は声を荒げ、王室専属の医者の胸倉を掴んだ。

「妻はなんで倒れた!? 病気か、それとも……」

「落ち着いてください、陛下……!」

 ムリヤリ掴まれた手を離し、医者は乱れた襟のしわを正した。

「それがわからないのです。急に倒れこみ、予断を許さない状態にまで、陥っているのです」

 端的に説明をする医者に、パール王は両肩に手を掴んだ。

「なら、今すぐに治してくれ! まだ、子供が生まれたばかりなのだ……」

「……全力を尽くしています」

 悲痛な面持ちの医者にパール王は泣き出しそうな顔で膝をついた。

 それから、パール王は変わった。国の財産をつぎ込み、最新鋭の医療を呼び出し、妻、エメラルド王妃の延命治療を施した。だが、努力も虚しく、彼女の容態は一向によくならず、悪化するだけであった。そして、エメラルド王妃が倒れ、六年の月日が流れた。

 その間に、リビアが滅んだ報告を聞き、ナーバムはその優秀な能力を買われ、王国の将官となり、たった三年で家臣にまで上り詰めた。

「本当か!? 本当に妻は治るのか!?」

 遠い国、リムイから来た、医者の言葉に、パール王は顔を真っ赤にし、医者の両肩をふった。

 妻が治る。六年越しの思いがようやく叶う。パール王にとって、なによりも嬉しい知らせであった。

「はい……ですが」

 医者は言い辛そうに顔を背けた。

「成功率は低いものと思ってください」

「構わん! 今すぐに、妻と相談する! ここで、待っててくれ!?」

 泣き出さんばかりに、部屋を出て行く、パール王に医者は顔色を変えて、呟いた。

「本当に、こんな嘘をついてよろしかったので?」

「ああ……」

 部屋の隅のカーテンに隠れるように現れたナーバムは、懐から、一袋の金一封を取り出し、手渡した。

「これだけあれば、当分は遊んで暮らせるだろう? だから……」

 

 

 目の前が真っ暗になった。

「全力は尽くしましたが……」

 頭を下げる医者に、パール王は頭を抱え、泣き出した。その姿をナーバムは厳しい目で怒声を上げた。

「なぜ、我々にご相談くださらなかった……」

 言葉が針のように突き刺さった。

「一言、私にご相談してくだされば、王妃様も、まだ長生きできたかもしれないのに」

 パール王は両耳をふさげ、責めの言葉を聴かないよう首を強く振った。だが、心の中ですら、亡くなった妻が自分を責めてるように見え、狂ったように悲鳴を上げた。

「王妃様を殺したのは、陛下……あなたです! 一言、私に相談してくれれば……」

「やめろ!」

「そんな自分勝手な考えで、国が守れるのですか!?」

「やめてくれ!」

 辺りに静寂が生まれ、ナーバムは静かに呟いた。

「これから、すべきことは、傾きかけた国を元に戻すこと。そのために、陛下、今までみたいな勝手なことはしないで私の言うことを参考になさってください」

 顔を真っ青にし、首を縦に振るパール王にナーバムはニヤリと笑い、治療をした医者を見た。

「なお、王妃をみすみす殺した貴様は、国家反逆とし、死罰を与える」

「なっ……!?」

 両腕を屈強な兵士達に取り押さえられ、医者は血相を変えて、叫んだ。

「あんた、俺を裏切るのか!? 最初から、俺を捨て駒に!?」

 悲鳴を上げるようにわめく医者にナーバム冷酷に言い放った。

「死刑の日は後日、私が決める。よろしいですね、陛下?」

「あ……ああ」

 焦点の定まらない目で首をカクカク振るとパール王はうなづいた。

 助けを請い、泣き叫ぶ医者を見て、パール王の足元にいたルビーは、怯えるように震えた。

 

 

 夢を見終えると、隆人は暗い世界の中にいた。周りを確かめると、そこには誰もいず、眼下にナーバムの姿を映す、光が差していた。

「そぅか……危うく、作戦が失敗するところだったか?」

 難しい顔をする男に、ナーバムは慌てて両手を振り言い訳をした。

「だが、怪我の功名。あの不届き者の死で王はまた、私を必要としている」

「……まぁ、いい」

 呆れ気味にため息をつき、男はレンガの壁に手をついた。

「うまく、戦争にもつれこめるだろうな。今回、リーニスの侵略戦争は、我々、軍事国家、バーンにとっては必ず起こさなければならない聖戦なのだ」

「わかっている。侵略国リーニスから、他国を守った英雄国バーン。成功した暁には私はバーンの王国相談役としての、絶対の地位を約束されてるのだな?」

「ああ。だから、絶対にしくじるなよ」

「わかっている」

 ヒゲを撫でながら、ナーバムは一通の手紙を渡し、笑った。報告書だろう。

「それでは、私は、また、あのボンクラ王のお守りでもしてよう。後ちょっと王様生活をエンジョイさせるため……」

 ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべるナーバムに男は気に食わなさそうにツバを吐いた。

「……」

 ナーバムを映した光が消えると、隆人は顔を真っ青にし、うずくまった。夢の内容は夢でなかった。戦争の話も王妃が死んだという事実も、きっと全て、この男が仕組んだ出来事だった。

 恐らく、王妃の病気も、ナーバムが仕組んだ仕業だろう。そして、この男はさらに自分の欲のために国一つを売りに出そうとしている。こんな事、許されるのか。許されるわけがない。許しておけない。

「この男を黙らせるわけにはいかない。絶対に……この国は、この国は」

 そこまでいって、隆人は言葉を探した。

 自分は、この国をどぅしたいんだ。救いたいのか。救ったとして、なにが得られる。自分はこの国の人間じゃない。救ったところで、大した褒美がもらえるわけでもない。でも……

「だからって、ほっとけっていうのか? そんな事、出来るほど、俺はそぅですかって、人間ができてないんだ! 絶対に、この男の悪事を白昼の下にさらし、正当な罰を与えてやる!」

 隆人の叫びと同時に、左腕につけた腕輪の鉱石が光り輝き、真っ暗だった世界に光が差した。

 

 

 目を真っ赤にして、マオは子供のように泣いていた。ミリーも同じように、泣き出しそうな顔で寝入っている隆人を見ていた。

「一命は取り留めたが、目を覚ますかは、わからないらしい……」

 同じように目を真っ赤にするルビーにマオは声を荒げて、怒鳴った。

「なんで、隆人がこんな目に合わないといけないの!? 隆人は、ボクの……」

 肩に手を置き、ミリーは首を横に振った。

「こんな国、来なければ良かった……」

 苦い顔をして、二人は黙りこくった。言い方は違うが二人とも、この国に生まれたことを後悔している。こんな国に生まれなければ。こんな時代に生まれなければ。この青年と会わなければ、こんな思いせずに済んだのに。ミリーもマオも、ルビーも言い表せない思いを胸を痛め、拳を握り締めた。

「こんな国、嫌いだ……」

「この国だって、いい所はたくさんあるだろう?」

「え……?」

 全員の目が一つに集中した。

「おはようかな……みんな?」

 ゆっくり、ベッドから起き上がると隆人はニコッと笑った。ミリー達の顔が喜びに染まったように赤らみ、決壊したように泣きだした。

「おわぁ……!?」

 いきなり、三人の少女に抱きつかれ、隆人は顔を真っ赤にし、三人を見た。

 子供のように泣きながら、ミリー達は隆人の服で鼻をかんだ。

「おい……」

 ようやく、顔を離すと、三人は照れ隠しするように、咳払いをして、様子をうかがった。

「大丈夫……食欲はまだ、無いけど、生きてるよ」

 ベッドから出ようとする隆人を押さえ、ミリーは寝かせつけようとした。

「もぅ少し、寝てなさい……」

「そぅもいかないよ。ルビー。君に大切な話があるんだ?」

 マオの顔が面白くなさそうにムッとなったが、隆人は構わず、夢の中の話をした。

「それを信じろと……」

 先に口を開いたのはミリーであった。その顔は呆れかえり、どこか心配そうであった。

「臨死体験というの……でも、そのほとんどはただの妄想よ?」

 同意するように、マオも困った顔で指をくわえた。

「ボクも隆人の言うことは誇大妄想の域を出てないと思う。確かな証拠がないと……でも」

 ギュッと拳を握り締め、マオは揺らぐことのない目で呟いた。

「もし、本当なら、ボクは絶対にあいつを許さない」

「……」

 隆人も困ったように頬を掻いた。

「困ったな……でも、信じてもらえないのも事実か」

「いや、信じよう……」

「ルビー王女!?」

 驚きを隠せないミリーにルビーはゆっくり、首を振った。

「小さい頃。夢を見たことがあった」

「夢……」

 コクリと頷いた。

「小さい頃。母上の手術の日。あまりにも心配で治療室に潜り込んだ夢だ。私は、そこで医者がある薬を飲ませ、苦しむ母を見ながら笑っている姿を見た」

 怯えたようにルビーの顔が真っ青になった。

「怖かった。怖くって、怖くって、本当に怖くって。なんども夢に出た……」

「……幼いときのトラウマが、夢と思うことで自分を守っていたって事か?」

 納得したように頷いた。だが、ルビーは申し訳なそうに目を伏せた。

「だが、私一人が信じても、意味は無い。特に今の父上には……」

「今の王様が?」

「ああ」

 ルビーの目が泳いだ。

「お前が撃たれたことで、また情緒不安定になって、ナーバムのいいなり状態だ」

 困った父を持って呆れたのか、一息入れるルビーにマオは怒りを隠せない表情でいった。

「なら、どぅするの!? 実際、夢の中の証言じゃ、実証性は低いし、だからといって、手をこまねいていたら、千年祭が終わった後に戦争の狼煙が上がっちゃうよ!?」

「手はある」

 ミリーの言葉に隆人は声を上げた。

「隆人の言うことが本当なら、随時、この国の情勢を把握するため、他国との伝達人が必ずいるはず! まず、その男を捕まえれば、事態は好転する」

「だが、十年前のように、スパイ容疑として、その伝達人の口を塞がれれば意味が無い。圧倒的な証拠を残さないと……せめて、密会してる場を絵に残せればいいのだが」

「絵に残す!?」

 ルビーの何気ない一言に隆人はポケットの中に忍ばせた長方形の道具を取り出し、叫んだ。

「現場を押さえる手はある! これを使えばいい!」

「それは……?」

 全員の目が不思議そうに細まり、隆人は得意そうに指をブイの字にした。

 

 

 ギルドの屋敷から出ると、ミリーは困った顔で肩をすくめた。

「何人か、怪しい人間が最近、この国に入国した話はあるけど、詳しくは教えてくれなかった」

「なんで?」

 マオの首が不思議そうに傾げられた。

「ギルドはあくまで、町と国の相談役だから、依頼の無い情報は提供できないって言われてるの……」

 もっともな意見である。

「情報が提供できないって……今は国のピンチなのに!?」

 食い下がろうとするマオに、ミリーも苦虫を食う顔で頭を掻いた。

「私に当たらないでよ……モンスターハンターなら、ギルドの考えは逆らえない」

「なら、自分達で情報を探すの!? そんなの時間がいくらあっても足りないよ!?」

 マオの怒声にミリーも怒声を上げた。

「私だって、悔しいわよ! でも、ギルドの意見は正当なものだから、逆らえないって、なんども言ってるでしょう!?」

「隆人が撃たれて、死に掛けたんだよ!? それを考慮に入らないの!?」

「密室された空間の事件なんって、ギルドが把握してるわけないでしょう!?」

「二人とも、いい加減にしろよ。まだ、手が残ってるだろう?」

 殴りかからんとする二人を止め、隆人はムリヤリ引き剥がした。二人とも鼻息を荒くし、隆人を睨んだ。

「手って……なにが残ってるの!?」

「ようは第三者から、怪しい人間について調査してほしいって頼まれればいいんだろう?」

「あ、そぅか……!?」

 隆人の言いたいことに、ミリーもポンッと手をうった。

 逆にマオは理解してないらしく、不思議そうに聞き返した。

「手って、なに?」

「簡単だよ。第三者に怪しい人間の調査の依頼をしてもらえばいい」

「でも、その話だと第三者はある程度、金持ちじゃないとダメよ。なんせ、ギルドの報酬は依頼者の成功報酬から来てるんだから?」

「なに、金はたんまり持ってるだろう?」

 ニヤッと笑う、隆人にミリーは悪い予感を覚え、頭を押さえた。

 

 

「これでいいのか?」

 ギルドのドアから出るとルビーは用意された依頼書を隆人に渡し、呆れた顔をした。

「重ね重ね、悪いね……」

「構わん。これもお前に対する罪滅ぼしのようなものだ。報酬も弾ませてもらおう」

「はは……報酬分がんばるよ?」

「仕事を任されたのは私なんだけどね?」

 つまらない顔でブスッとするミリーをほっといて、依頼書に同封された、報告書を開き、隆人はミリーに投げ渡した。

「ほら、ミリー……俺はここの字が読めないから、翻訳を頼む?」

「……」

 バシッと巻物状に折られた報告書を受け取り、開くとミリーは目つきを変え、文章を読み始めた。

「……隆人、これが最近、この辺をうろついている不審者らしいわ?」

「どれどれ……」

 報告書を覗くと隆人はゾワッと身を震わせた。みんな怖い顔をしていた、いかつい男ばかりであった。

 筋肉質の男に、顔色の悪いチビ。目に傷を負った男と……隆人の住んでいた世界では間違いなく、ヤのつく世界に住んでそうな男達ばかりで、隆人は泣きたくなった。

 こんな人たちにケンカ売ったら、確実に沈められそう……ん。

 報告書に書かれた人物画を見ているうちに、隆人は一人の男を指差した。

「この男だ! この男が俺の夢でナーバムと密会していた男だ!?」

「……この男?」

 不可思議にミリーとマオの目が細待った。無理もない。今、隆人が指差した男は、これといって、怪しい特徴はまったくなかった。

 中肉中背。顔に傷もなければ、特別目つきも悪くなかった。いってしまえば、普通すぎるくらい普通の男であった。

 ミリー達からすれば、なぜ、この男が不審者として扱われているのかすら怪しかった。この男に比べれば、隆人の服装のほうが遥かに不審者である。

「悪かったな!」

 みんな、顔を真っ赤にし、ごまかすと、報告書に描かれた男の絵を指差し、確認した。

「本当に、この男なの……他国の伝達人にしては、そんな雰囲気はないけど?」

 マオの疑問にルビーも合点がいく解釈をした。

「あえて、怪しまれない男を使わせた可能性はあるな。いかにも強そうな男じゃ、みんな、警戒して、逆に目立つ」

「……」

 ミリーも納得した顔で頷き、報告書を丸め、背中の包み袋にしまった。

「じゃあ、後は、この男を見つけるだけね……でも、この男がどこにいるか?」

「手分けして探す?」

 マオの提案に隆人は首を振った。

「それじゃあ、俺の持つ、秘密兵器が使えない。ナーバムも、やすやすと後をつけられるようなヘマはしないだろうし?」

 押し黙るみんなに、隆人は手持ち無沙汰なのか、左腕の腕輪のダイヤルを回し、考え込むように黙った。カチカチと沈みかけた夕日の空に軽快な音が響き、マオは呆れたように笑った。

「手持ち無沙汰なのはわかるけど、その音、気が散るから、少し止めてよ?」

「ん……ああ、すまん」

 カチカチとダイヤルを止め、指を離すと、急に腕輪の鉱石が光りだした。

「これって!?」

 突如光りだした鉱石に、マオとミリーは、数日前の出来事を思い出し、同時に叫んだ。

「ダイヤルを回して!」

「わ、わかったよ……」

 コロコロと命令が変わるミリー達に唇を尖らせ、隆人は腕輪の鉱石を回し始めた。

 カチカチとダイヤルが回るたびに光は激しくなり、ダイヤルの音が一際高くなり、なにかがはまったような音が響いた。

 カチンッ……

 鉱石の光が空に撃ち放たれ、隆人たちを呼ぶように収縮したり、膨張したり、移動し始めた。

「あれって……誘ってる?」

 隆人の言葉にミリーは肩を持ち、指差した。

「今はこれが希望。あの時、ミーシャを見つけた奇跡を今も信じよう?」

「光を見失うよ!? 早く行こう!?」

「ああ。そぅだな!?」

 頷き、走ろうとするも、隆人は思い出したようにルビーを止めた。

「君はここで帰ってくれ。皇女がこんな時間に留守だと、逆に怪しまれる」

 一瞬、納得の行かない顔をしたが、城がパニックになる状況を想像したのか、渋々頷き、背を向けた。

「結果を楽しみにしてるぞ?」

「お任せを!」

 格好良く親指を立てる隆人にルビーは苦笑し、前髪を掴んだ。

「期待してるぞ?」

 どこか、遠くのものを掴むように大空に手を伸ばし、呟いた。

「運命の人か……そぅいえば、昔、侍女に読んでもらったけ。そんな話の本?」

 

 

「あれって……?」

 近くの曲がり角を曲がったところで、ミリーはマオと隆人を止め、物陰に隠れた。家と家の間の通り道を覗くと、男の姿があった。男は人目を確かめるように首を左右に振ると、通り道に入っていった。

「ナーバムだね?」

 声を殺すようにマオの口が開いた。ミリーもコクリと頷いた。

「ここから先は行けそうにないわね……いったらすぐに見つかるし」

 もどかしい気分を覚え、ミリーは舌打ちした。マオの顔が不思議そうに呆けた。

「見つかるっていうのは、見る場所が一箇所しかないから、見つかるって事だよね?」

「ん……まぁね?」

 実際、ナーバムを見張るには、通った道を覗かなければならない。逆に言えば、相手も、見張る場所は一箇所だけに集中すれば、事が足りるということである。小ざかしいまでに頭のいい奴である。だが、亜人族にとってのマオにはそんな常識は通じなかった。

「ミリーちゃん、ボクの背中に乗って?」

「え……?」

「いいから!」

 ムリヤリ、ミリーを背中に乗せるとマオは隆人を両腕で抱きかかえ、立ち上がった。

「お、おい、この格好、ちょっと、恥ずかしいぞ?」

 ぞくに言う、お姫様抱っこされた隆人の言葉を無視し、マオは両足に力を入れ、大空に向かって、ジャンプした。ただのジャンプじゃない。二十メートルは軽く越える大ジャンプであった。

「うわゎゎゎ……な、なんだ、この高さは!?」

 いきなり、地面を見つめていた視界が悪い意味でよくなったせいか、思いっきり驚く隆人にマオはテヘッと舌を出した。

「亜人族は人間よりも体力があるから、これくらいのジャンプは軽いんだよ?」

「腐っても亜人族ってことね?」

 一言多いミリーの言葉にムッときながらも、マオはナーバムの通った道の家と家の屋根の一つに着地し、二人を下ろした。

「本気で怖かった……」

「ごめんね、隆人……」

 気遣うように隆人の額を撫でるとマオの手をミリーが払った。

「ここなら、あいつにも死角になってるから、安心して見張れるわね……」

「ボクに感謝してよね?」

 叩かれた手を摩りながら、屋根に腹這いになり、ナーバムを見た。

「ここで密会が起こればいいけど……千年祭まで、後二日しかいない。どぅにか、今日中に尻尾を掴みたい」

 奥歯をかみ締める音が聞こえたのか、隆人は数回、目を瞬かせ、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「大丈夫。この国の運命を信じよう……この国は、反逆者の手で滅びたりしない」

 ミリーとマオの顔が真っ赤になった。

「どぅかしたの、二人とも?」

「う、うぅん……それよりも、見張り見張り!」

「う、うん……ボク達が、この国を守るんだ!」

 決意を新たにしたように気合を入れる二人に隆人はおかしそうにクスッと笑った。

 ナーバムを見つめてから、数分が経った。明らかに誰かを待っているそぶりはあるが、誰も来る気配はなかった。マオは心の中で焦る気持ちが募り、つい言葉を漏らしてしまった。

「ボク達の存在がバレてるんじゃ……」

「信じろ……この国の……俺達の運命を」

 心臓の高鳴る音が聞こえた。静かだった。静かすぎて、このまま、永遠に夜のままなのではと、言い知れない恐怖も覚えた。手にたまる汗。見つかるときの恐怖。失敗したときの代償。隆人の頭の中で無残に血を流し死ぬルビーの姿が映し出され、拳を握り締めた。嫌だ。あの娘は死なせたくない。もちろん、この二人の少女も死なせたくない。自分の好きな人、みんな死なせたくない。だから、誰か来てくれ。

「隆人。誰か来た!」

「ッ!?」

 ナーバムに近づく男の姿に隆人はポケットから秘密兵器を取り出し、ボタンを押した。

「ナーバムがなにかを渡すところを押さえたぞ!」

「……本当にそれ、役に立つの?」

 マオの疑問に隆人も少し自身なさそうに、虚勢を張った。

「他にやることはないんだ。後はあの王様を信じるしかない。俺達は間違ってない!」

 屋根から立ち上がり、城に戻ろうとする隆人とマオにルビーは静かにいった。

「私はもぅ少し、あの男を張ってみる。もしかしたら、大きな収穫があるかもしれないし」

「収穫?」

 首を傾げる隆人にミリーはかわいくウィンクした。

「モンスターハンターの勘って奴よ」

「……」

 ミリーのかわいさに隆人は思わず、顔を真っ赤にしてしまった。マオの指が隆人のお尻をつねった。

 

 

 城の中に潜り込み、ルビーの寝室までやってくると、隆人とマオはほとほと、呆れた顔で、肩を慣らした。

「言っちゃ悪いが、粗末な警備だな……素人の俺でも、簡単に入れたぞ?」

「確かにね……警備と警備の交代にも、時間をかけすぎてるから、案外進入は楽だったし」

 二人の辛辣とした意見にルビーの顔が真っ赤になった。

「善処する……それよりも」

 本題を切り出そうと、ルビーは隆人に詰め寄った。

「守備はどぅだ?」

「じゃん!」

 秘密兵器を見せ、隆人は得意気に笑った。ルビーもホッとした顔で胸を撫で下ろした。

「無事、任務をやり遂げたか……」

 大したものだと、感嘆するルビーに隆人も照れたように鼻をさすった。

「ま、まぁ……これくらい、大したことないよ」

 緩みに緩みまくった笑顔にマオの眉根が不愉快そうにピクッとなったが、隆人は気付くことはなかった。

「それよりも、王様に知らせるのが先じゃないの? 日付も変わりかけてるし、時間も本当に限られてきてるよ?」

「それもそぅだった!」

 ルビーもコクリと頷き、部屋のドアに手をかけた。

「今すぐに、父上に会って謁見のチャンスを貰おう。是が非でも、了承の言葉を貰わなければ……」

 部屋を出て、パール王の寝室まで走ると、ルビーは皇女とは思えない乱暴な手つきでドアをノックし、叫んだ。

「父上、私です。ルビーです。大事な話があります。中に入れてください!?」

 ドンドンッとドアが壊れるのではと思えるほどの強い音が響くが中からの人物の声は聞こえず、ルビーは苛立った顔をした。

「現実から逃げても、なにも始まりません!? 私は十年前の……例え、自分勝手な横暴な手で国の外から医者を集めてきた父上を尊敬していました。今一度、尊敬できる国王の姿を見せてください!?」

 返事の無いパール王にルビーは呆れ果てた顔をし、顔をゆがめた。

「あなたは、本当にろくでもない人だ。父としても、ましてや国を預かる王としても……」

 苦言を述べるルビーに隆人は肩を持ち、パール王のいるドアに手をついた。

「心に整理がつかないなら、せめて聞いてください。十年前の真実を……」

 十年前に起きた真実を語ると、隆人は、これから国に起こる災厄を知らせ、そっと、ドアから離れた。

「一時間後にまた来ます。でも、考えてください。この国はあなたのものだ。だから、この国に住む人たちが安心して明日を生きられるようにしなきゃいけないのも、あなたの使命……いや、義務なんだ」

 真っ赤な絨毯の敷いてある廊下を渡る隆人を見て、ルビーとマオも慌てて、後を追った。

 

 

 隆人たちの声が聞こえなくなると、パール王はイス代わりにしていたベッドの隅から、膝に手を肘をつき、顔を覆い隠した。

 なぜ、自分は王として生まれたのか。王でなく、普通の庶民として生まれれば、もっと、楽に生きれたのではないのか。ありえるはずの無いもしもを想像し、何度も自己嫌悪し、パール王は先ほど聞いた十年前の真実と、これから取らなければならない行動を思い浮かべ、頭を抱えた。

 なぜ、自分がこんな大切なことを考えなければならない。もっと、ふさわしい人間がいるのでは……

 生まれた頃から自分でものを決めたことが無く、妻を亡くしてからは政治は全てをナーバムに任せてきた。その信頼していた男が自分を裏切ろうとしている。どぅすればいいのかわからず、恐怖すら覚えた。怖かった。理由はどぅあれ、あの手術を執行するよう命令したのは自分であった。ナーバムの手のひらで踊ったのは紛れも無く自分である。そんな自分が正しい判断を下せるのか。怖かった。

「ふぅ~~……あなたはなんで、いつも、そんなんなの?」

「え……?」

 我が目を疑った。

「エメラルド……なぜ、ここに?」

 そこには十年前に死去したはずの愛すべき妻の姿があった。十年前の姿そのままで、力強い笑顔を浮かべながら、自分を見据えるように呆れていた。慌てて、彼女の身体を抱きしめようと飛び掛るも彼女の姿はなく、無様に赤い絨毯の上に倒れこみ、鼻を打った。

「……エメラルド」

 赤い絨毯を叩き、パール王は今までたまっていた怒りと悲しみを払拭するように泣き出した。泣いて。泣いて。泣きまくり。気付いたら、涙は憎しみと代わり、自分の全てを奪った男への復讐へと変わった。

「ナーバム……今まで、ありがとう。目が覚めたよ」

 目に今までにない感情がよぎり、パール王は床を蹴るように立ち上がった。部屋の外を通る兵士に向かって命令した。明日の謁見の件を迎えるように……

 

 

「陛下、お呼びで?」

 早朝、パール王に謁見の間に来るよう呼ばれたナーバムは不審そうに王座に腰掛ける国王と皇女を見上げ、膝をついた。

「ナーバム……私に言うことはないか?」

「ッ……!?」

 背筋がピリッと凍るような痛みが襲った。威厳や尊厳など、一切を切り捨てるような、冷たく暴力的な雰囲気にナーバムは全身につめたい汗を掻いた。

 パール王の目も冷たく暴力的に鋭かった。昨日まで、自分の意志で動くことに消極的で怯えたような雰囲気を出していた国王からは想像できない暴君のようなイメージすら出していた。身体が恐怖に固まり、ナーバムは声を上げた。

「言いたいこととは、なんでございましょう?」

 心臓が高鳴るのを感じた。自然と硬いツバが飲まれ、ナーバムは言葉を待った。

「トボける気か?」

 ジロリと濁りを含ませた目で睨まれ、ナーバムは生きた心地をなくした。いったい、あのボンクラ国王になにが起きたのか。それとも、今、自分の前にいるのは、国王に似た偽者で、本物はどこかに待機しているのでは。ありもしない事実を期待し、ナーバムはもぅ一度、パール王を見つめた。冷たく、濁り始め、そして、それに比例するように強い意思を持つ瞳。例え、偽者でも、言葉を間違えれば、殺されかねない威圧感にナーバムは必死に平静を保ち、立ち上がった。

「陛下。どぅかなされたのですか……雰囲気が少し変わられたような」

「質問しているのは私だ。お前は答えるだけすればいい。それ以外は許さん」

 横暴な態度に、ナーバムは声を震わせ反論した。

「い、言うことと言っても、私は陛下に言うことは特にあるとは思えませんが?」

「言わなきゃいけないことがあるだろう。あんたには……?」

「お前は……?」

 振り返ると、ナーバムは驚愕した。

「生きていたのか……」

「まぁな?」

 仇を見るような目をする隆人にナーバムは声を荒げ、叫んだ。

「陛下。この男はこの国を荒らす賊みたいなものですぞ!? なぜ、神聖なる謁見の間に……」

「賊はお前だろう!?」

 隆人の後ろから現れるようにマオの人差し指がナーバムを指した。

「お前は姫様が呼んだ、田舎娘……」

「田舎者で悪かったね……悪党よりはまったくマシだよ!?」

 口の両端を引っ張り、子供のようにあっかんべーをするマオを叩き、隆人はナーバムの隣に立ち、パール王に膝を突いた。

「陛下。私が賊とするならば、ナーバムは、十年も前から、この国を混乱へと落とし込んだ、極悪人。今は、他の国と手を組み、この国を売り渡そうとする裏切り者」

「なっ……貴様、誰に向かって、その言葉を!?」

「あんただよ!」

 ビシッと鼻の頭を押さえ、隆人はニヤリと笑った。

「事情は全て、昨日のうちに話した。お前の悪事もな……」

「悪事……とはなんだ?」

 ナーバムの顔に汗が浮かび、隆人は見下すように立ち上がった。

「全てわかっている! 十六年前、お前はリビアという国の国税を食いつぶし、新たな獲物として、この国にやってきた。その時、邪魔者として、この国の王妃、エメラルド王妃に毒を盛り、病に伏せさせ、死に至らしめた。今になっては、国力が下がり始め、この国を売り、新たな国の相談役とし、寝床を変えようとした。違うか!?」

 ナーバムの顔が氷のように真っ青に変わった。

「な、なんのことを言っているかわからんな……お前の妄言に付き合ってる暇はない」

 外に待機させた兵士を呼びつけ、ナーバムは隆人を捕らえるよう命令した。だが……

「余計なことをするでない!? 処罰をくらいたいか!?」

 捕らえようとしていた槍が止まり、兵士達は慌てて逃げた。隆人は、ポケットからあるもの取り出し、見せ付けた。

「証拠だってある。お前が、昨日の夜。ある男と密会している場面を捉えた。これが証拠だ!?」

 隆人の持つ、長方形の箱のようなものから映し出された映像にナーバムは顔を染めた。

「そ、それは、なんだ!?」

「携帯電話って言うものだ。俺のいた世界じゃ、誰もが持っている標準アイテムだ。そして、このカメラの写真に映し出された映像はお前が、密会していた証拠だ!?」

「それが証拠……?」

 青ざめていたはずのナーバムの顔に血の気が戻り、大声を上げて笑い出した。

「なにがおかしい!?」

「百歩譲って、その携帯電話というものが、本当に私を写し出したものだとすれば、それは認めよう。だが、それと私がこの国を売り渡す証拠になるのか!?」

「うっ……」

 言葉を詰まらせてしまった。

 実際、この密会の瞬間も手紙を渡してるだけで確かな会話をしているわけじゃない。していたとしても、屋根の上にいた隆人たちには聞こえるはずもない。追い詰めていたはずなのに、逆に追い詰められてしまった。

 隆人は奥歯を噛み、心の中で自分の詰めの甘さを呪った。

「陛下。この男はあろう事か、私にありもしない罪を着せようとしました!? 厳重な処罰を!?」

「……」

「陛下?」

 言葉を発しようとしないパール王にナーバムは不思議そうに首をかしげ、近づいた。パール王は時期を待つように王座の肘掛に指をトントンッと叩き、ナーバムを睨んだ。

「隆人。本当に、証拠とはそれだけなのか?」

「あ……は、はい」

 悔しそうに顔をゆがめる隆人にパール王はため息をついた。

「ナーバム、正直、私もお前を疑っている。以前のような、信頼関係は築けないだろうが、それでも、証拠がそれ限りでは、罰を与えることはできない」

「わかっていただき、恐悦至極。話がそれだけなら、私は職務に戻らせていただき……」

「証拠なら、ここにあるわよ!」

「え……?」

 ドアから、血を流し息を切らせるミリーを認め、隆人は驚いた顔で、迫った。

「お、おい、その傷は……!?」

 傷に触れようとする隆人の頭上にチョップを当て、ミリーは呆れたように両腰に手をついた。

「あんた、本当に詰めが甘すぎるわよ……土壇場で間に合って良かったけど?」

 ミリーに続くように、昨日の夜、ナーバムと密会していた男が同じように血だらけで現れ、面倒臭そうに頭を掻いた。

「お、お前は……!?」

 ナーバムの顔色がまた変わり、パール王の目がまた、鋭くなった。

「どぅいう事だ。その男は、先ほどの写真とやらに載っていた男と一緒に見えるが?」

「一緒に見えるのではなく、一緒の人です」

 スッと膝をつき、頭を下げると、ミリーは隣の男を一瞥した。

「彼の名前はトーマス・エニオン。武装国家バーンの情報捜査官です!」

「バーン……最近、国力を挙げ始めた国と聞いているが、なぜ、その男が、こんな国に?」

「ハッ……」

 頭からたれる血を拭うこともせず、バーンは床に膝を突いた。

「我々はナーバムと結託し、この国を戦争へと追い込もうと画策しておりました」

「なぜ?」

 鋭くなるパール王に怯むことなく、トーマスは説明を続けた。

「侵略戦争となれば、多かれ少なかれ、他の国の反論を呼びます。そのため、ナーバムは、この国を侵略国家とし、バーンは国を救った英雄国とすることで国の領土だけでなく、英雄としての名声も得ることができると踏んだのです」

 これが証拠だと、ナーバムの直印のついた報告書を見せると、パール王は冷たい声で言い放った。

「もぅ一度、聞こう……ナーバム、私に言うことはないか?」

「へ、陛下は、このようなものを信じになると……」

 声を震わせるナーバムにパール王はなにも言わず見つめた。ナーバムは観念したようにトーマスを睨み、怒声を上げた。

「な、なぜ、私を裏切った!? 協力関係にあったのではないのか!? そ、その女に脅されたのか!?」

「違うな……確かに最初はあんたを守るつもりだったが、このお嬢ちゃんと一戦交えたら、意外なことに自分の考えが愚かであったことに気付いたんだ」

 ミリーの横顔を見つめ、トーマスは静かに言い放った。

「簡単に自分の国を売り渡す男など誰が信用できる。国もお前の信頼性のなさを疑問視し、お前をスパイとしての任務を解いた。お前は文字通り、お前はどこの国にも属さない、ただの賊へと成り下がったわけだ!」

「ば、ばかな……」

 事態を認めきれず、首をなんども左右に振るナーバムにパール王は玉座から立ち上がり、怒声を上げた。

「元・王国秘書官ナーバム。お前を国家反逆とし、しかるべき話し合いの末、処罰を下す! ひっ捕らえい!」

「クッ……捕まるものか!?」

 自棄になったのか、懐からナイフを取り出し、壇上にいるルビーに向かい駆け出した。

「お前を人質にしてでも、逃げ切ってやる!?」

 隆人の左腕の腕輪の鉱石が光りだし、隆人の姿が消えた。バキンッと鉄の折れる音が響き、ナーバムは手に持った、刀身のなくなったナイフを見た。

「こ、これは……!?」

「いい加減にしろ、この悪党が!?」

 逃げられないようナーバムの手を押さえようとしたが、その時、肉を裂くような嫌な音が謁見の間全体に響いた。

「ば、ばかな……」

 刃が折れ、天井から落ちてきたナイフの刀身がナーバムの背中に突き刺さり、口から大量の血が流れた。

「ナーバム!? 兵のものよ、今すぐに医者を呼べ!?」

「へ、陛下……この男は国を脅かす賊」

「命令を復唱しろ! 早く、医者を呼べ!?」

「ハ、ハッ!」

 逃げるように謁見の間から出て行く兵を見送り、ミリーは倒れたまま動かないナーバムの手首を押さえ脈を調べると、首を横に振った。

「死んでる……」

「ナーバム……」

 友達を亡くした子供のように悲しそうな顔をするパール王にルビーは複雑そうに伺った。

「あんな悪党でも、まだ、自分の側近として愛しておられたのですか?」

「……」

 なにも答えず、パール王は傷の痛みに涙を流し絶命した、ナーバムの目に手を置き、目を閉じさせた。

 

 

 ナーバムが死が知らされ、翌日が経つと隆人たちは謁見の間で膝をつきながら頭を下げていた。

 パール王は悲しそうに目を伏せた。

「思えば私の不甲斐なさが今回の事件を生み、ナーバムを殺してしまった」

 どこか、ショックを隠しきれない顔で玉座にもたれると、パール王は昨日までと違った丸いオーラを放ちながら、いった。

「十余年、私を騙し続けていた男だが私はあの者を今でも親友と思っている……」

 ため息をついた。

「昔話だが、あの者と一緒に家臣たちに隠れ、酒を飲んだことがあった。その時、酔いが回ったせいか、ナーバムは昔のことを話してくれた……」

 ナーバムは小さな小国の貴族の生まれであった。だが、六歳になる頃、国が侵略戦争を始めようと兵になれそうな子供を捜していた。まだ、情緒の知らないナーバムは多感の年頃で、金と引き換えに国の訓練兵として親に売られてしまった。小国である、ナーバムの国が侵略戦争がうまくいくわけなく、ナーバムの国は滅びてしまったらしいが、両親は運よく生き残り、また、三人で暮らせるとナーバムは喜んだ。しかし、親はまた、一時の酒欲しさで違う国の傭兵としてナーバムを売り渡し、ナーバムは多感な時期を殺伐とした世界の中で暮らした。情緒がつく頃には両親は自分を裏切ったことを理解し、世界の腐った部分を知ってしまった。

「風の噂で、ナーバムの両親は酒の金、欲しさに物取りに入り、殺されてしまったらしい。因果応報とはいえ、ナーバムがああなったのは、もしかすれば、我々のようないい加減な大人のせいなのかもしれない」

「ですが、だからといって、奴の悪行を」

「ルビー……」

 隣の玉座に座るルビーを制止させ、パール王は首を横に振った。

「ナーバムは最後に私を守って殉死した。そぅならないか?」

「なっ、父上……いきなり、なにを!?」

 仰天するルビーにパール王は諭した。

「確かに悪党だった。それでも、この国のためにしてくれたこともたくさんあった。せめてもの、恩返しくらいはさせてくれ」

「……」

 納得の行かない顔で眼下にいる隆人を見ると、隆人もコクリと頷き、笑顔を向けた。

「わかりました」

 玉座から立ち上がり、ルビーは謁見の間にいる全員に怒鳴った。

「この話は他言無用! ナーバムなるものは、国王である私を財宝を狙う賊から守って殉職し、なお、賊は国外に逃亡中、消息は以前不明とする。いいな?」

 ハッと声を揃える隆人たちにルビーは確かめるようにパール王を見た。

「これでよろしいのですね。父上?」

「ああ……ありがとう」

 一筋の涙が流れるのを見て、ルビーは改めて、パール王とナーバムが主従を越えた、深い友情で結ばれたことを理解した。

「それよりも、林田隆人……」

「ハッ……」

 顔を上げるとパール王は感心したようにうなづいた。

「お前のおかげで、この国は救われた。私もこれからは王としての職務を全うし、この国を豊かな国にすることを誓おう」

「お願いします」

 一礼する隆人にパール王はさらに続けた。

「しいては、お前にこの国の王位を引き継いでほしいと思っている」

「え……?」

 ミリーやマオ、ルビーの顔まで真っ赤になってしまった。

「それって……父上」

 言う言葉が出ないルビーにパール王は自信を持っていった。

「ルビーと夫婦になってほしい。ルビーもお前を悪く思っていない。お前も、ルビーを悪く思っていまい?」

 ルビーとミリー、マオ顔を真っ赤にして、隆人の返事を待った。実際は、気が気でなく、返事をほしくないと思っているものもいた。

「せっかくですが、辞退します」

「ッ……!?」

 ルビーの顔が一瞬、泣き出しそうに歪んだ。隆人は申し訳なさそうに立ち上がった。

「私はある使命のもと、この国に来たことがわかりました。そして、その使命は終わり、きっと、元の世界に帰らないといけなくなると思います。ですから……」

「娘とは結婚できないということか?」

 泣き出しそうなる顔を必死に気丈に繕う娘を見て、パール王はため息を吐いた。

「なら、意味はない。お前のために取っていた、社交パーティーへの誘いはなしだ。明日は城の外で、千年祭を楽しめ」

 複雑な顔をするミリーやマオの顔も見ず、膝をつくと、隆人は頭を下げた。

「勝手な言葉お許しください」

「いや、良い……それよりも、その腕につけた腕輪だが」

 話が変わり、隆人は不思議そうに腕輪を見た。

「これがなにか?」

「いや、その石は見覚えがあってな、我が国に伝わる、初代国王……ようするに種の救世主が持ち歩いたといわれる、魔法を含んだ石、純鉱石に似ていると思ってな?」

「純鉱石?」

 ルビーすら不思議そうな顔をし、パール王は静かに説明した。

「夢物語と思われる魔法を唯一使うことができる石のことだ。選ばれたものにしか、使うことが許されず、それを持つものこそが、国の危機を救う救世主とも言われている。案外、お前は救世主なのかもしれないな」

 玉座から立ち上がり、パール王は吐き捨てるように背を向けた。

「娘に無礼を働いたものをこれ以上、この城に入れるわけには行かない。早々に立ち去ってもらおう」

「……ハッ」

 立ち上がり、ドアに手をかける隆人にミリーは心配そうにつぶやいた。

「よかったの、これで……」

 マオも物悲しそうに聞いた。

「だって、隆人だって、皇女様のこと」

「いいんだ。これで……」

 隆人自身も泣き出しそうな目で首を上げると、拳を握り締めた。

「ここは俺の住むべき世界じゃないんだ」

「……」

「……」

 ミリーとマオは最後にルビーの顔を見つめ、謁見の間から出て行った。初めてルビーがか弱い女の子のように泣きはらすところを見た。

 二人とも、なにもいえず、謁見の間を出て行った。

 千年祭まで後翌日。

 


 
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