状況説明から入った軍議は、オレが下したあの二人の評価を完全に裏切るものだった。名前はしっかり有名な二人だけど、その噛み噛みの言動に人見知りの激しさがオレの評価を誤ったものにしていたと思う。というか名前知らないで出した評価だ、あの時点では仕方ないと思うんだけどな。
説明された状況はほぼこちらがつかんでいた情報の確認と言ってもよかったが、それでもより詳しい内訳などもあり、二人で交互に情報を補完しながらの説明はわかりやすかった。
黄巾党の本体は総数二〇万に達するもその装備、兵糧、医薬品は不足気味で実戦力として数えられる兵数は八万五千弱、残りは病傷兵か女、子供で戦力としてはとても数えられるものではないらしい。装備に関しても基本農機具に改良を加えた程度のものらしく、それほど脅威となるものはないみたいだ。
そして集まっている諸侯は冀州の袁紹が八万、兗州の曹操が二万五千、劉備さんが五千の兵数を持ち、こちらに向かってきている孫策は二万の兵数で来ているらしい。伯珪さんの二万と合わせれば一五万の兵数になる計算だ。陣の場所については袁紹がオレたちから一番遠く砦の東側に、曹操が砦正面、そしてオレたちが砦の西側に張っていると報告された。
「以上がこちらで掴んでいる兵数の情報でしゅ。あちょは朱里ちゃんの方から諸侯に関しての情報を聞いてもらって、意見交換をしたいとおもいます。……あわわ、噛んじゃった」
ツインテの鳳統ちゃんが途中途中噛みながら報告を終え、次の報告者の諸葛亮ちゃんに場所を譲った。鳳統ちゃんは席に座るとホッと一息ついている。よっほど緊張したんだろうな。諸葛亮ちゃん……言いにくいな、孔明ちゃんにするか……は小さく深呼吸をすると勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子を派手に倒してしまい、顔を真っ赤に染め上げて慌ててなおしている。
「し、失礼しましゅた。はわわ!また、噛んでしまいました。ええと……私からは、資料はどこだっけ?」
言葉を噛んだ孔明ちゃんはさらにあわて始め、手元にあった資料の書いてある竹簡を変にそろえてしまったようだ。巻いてあるのを開いて中身を確認し、順番に揃え直している。鳳統ちゃんも手伝っているが、ちょっと時間がかかるかな?
「あぁ、すみません。っと、終わりました。では私からは諸侯の内情及び今回の討伐における目的を話させていただきます」
整理の終わった孔明ちゃんが手元に竹簡を広げ、説明を始める。
基本的に各諸侯とも欲しているのは名声であるという結論から始まった。そしてその名声を得るためにはそれぞれが協力して行うということは、各諸侯とも考えていないだろう事も明言していた。これはここに来る前に聞いたとおりで、別段驚くところではなかったはずなのだが何で劉備さん、あなたの軍師が言ったことにあなたが驚いて悲しそうな顔をしているんですか?
「ねぇ朱里ちゃん、曹操さんとかと一緒にがんばろーってできないのかな?」
「すみません、桃香さま。たぶん無理だと思います。曹操さんは覇王の才の持ち主です。そしてそれを自覚している……。きっとそんなことを言えば鼻で哂い、相手にもしないと思います」
劉備さんの考えを沈痛な表情で否定する孔明ちゃん。うぅむ、オレも基本的には劉備さんの考えができればいいなぁとは思うけど、伯珪さんや越ちゃんには甘すぎる考えって言われたしな。
「えぇ!でもこの間まで曹操さんとは一緒にやってきたじゃない?」
そして劉備さんはこれまでの状況でもって、できる可能性を論じようとしているけど、それってどうなんだろうな?たぶん単純に兵力として劉備さんたちだけが協力するなら可能だろう。言っては悪いけど劉備さんは単なる義勇軍、ほかの諸侯と違って協力してもらっても名声が少なくなることはない。でも袁紹に伯珪さん、孫策という諸侯勢力だと名声を分け合ってしまって、本来得たい名声までは届かなくなってしまう。そこまで考えての発言なんだろうか?
「桃香、私はそういう桃香の考えは嫌いじゃない。しかしことこの場では私もその考えは受け入れられないな」
食い下がる劉備さんに困っている孔明ちゃんを助けるように伯珪さんが、劉備さんをたしなめる意味をこめて劉備さんの意見を却下した。
それにショックを受けたように固まる劉備さんの瞳がうるうると潤みだし、今にも泣き出しそうな表情になる。それを見てオレは劉備さんの考えが伯珪さんたちと同じ位置までいっていないことがわかった。もちろんそこまで考えていても、あえて自身の考えに固執している可能性もあるけれど。
「私たちが求めているのは名声だ。それは協力して黄巾党を倒しても手に入ることは入るだろう」
劉備さんの表情を見て伯珪さんは、小さくため息を吐いて言葉を続ける。一見この劉備さんの意見を肯定するような言葉に“だよねだよね”とうれしそうに頷くけれど、劉備さんはこの後続くであろう言葉を想像しているのかな?
「だがそれは私たち、各諸侯が求めている名声には遠く及ばない。私たちは守るべき民がいる。その守るべき民のために必要な名声は桃香のやり方では決して得られるものじゃないんだ」
肯定する言葉に浮かれていた劉備さんは、完全に否定されたことに理解が及ばないのかキョトンとしている。伯珪さんもそれをわかっていたのか、劉備さんの頭に自分の言葉が浸透するのを待つようにジッと劉備さんの瞳を見つめ黙っている。
「で、でも!それじゃ自分の近くの人しか……」
「だから!私には、たぶんほかの諸侯にも言えるかもしれないが、私には手の届く範囲でしか民を救うことはできない」
言葉を理解できたのだろう劉備さんが伯珪さんの言葉を否定しようとするも、その言葉に被せるように強く伯珪さんは劉備さんを否定した。
「桃香の言いたいようにこれでは確かに多くの人を助けることにはならないだろうな。でも桃香、ならなんで黄巾党の連中も助けようとしない?みんなを助けたいというのなら犬畜生にまで落ちたとはいえ人間である黄巾党も救ってみせるとなんで言わないんだ」
そして先ほどの強い口調とは違い、静かな口調で劉備さんに問いかける。結構厳しい問いかけかもしれないな、これ。こんなことを言い出したら、黄巾党と同類とみなされ討伐される恐れすらあるだろうし。
それはわかったのだろう劉備さんが押し黙って、恨めしそうというか悲しそうというか複雑な表情で伯珪さんを見つめる。
「桃香は責任ある立場に立ったことがない。……確かに今、一軍の指揮官という立場にあるが、私にはその責任を感じているようには到底思えないんだ……」
伯珪さんが語る言葉が鋭いナイフの様に劉備さんを切り裂いていく。伯珪さんが言葉を重ねるごとに劉備さんの顔色は青ざめ、震えを抑えるように両腕で体を抱きしめている。
「みんなを助けたいという想い自体は、かけがえの無い大事なものだと私も思う。ただそれを掲げるだけで現実を見ないのは、桃香を慕って集まってくれた関羽達、そして兵の皆を見ていないことになるんじゃないか?」
決定的な言葉だろう問いかけ。
劉備さんが瞳を見開いた。そして言葉を発することも出来ずに伯珪さんをただただ見つめ続ける。
「伯珪殿。私たちはその想いを共感してここにいるのです。桃香様が遠くを見つめ理想を掲げてくれるからこそ、私たちはここにいるのです。そして桃香様が周りを、足元を見れないというのなら私たちが見ればいいのです」
劉備さんは固まったように伯珪さんを見つめ震えているだけ。関羽さんが代わりに伯珪さんの問いかけに答えた。しかしその答えは伯珪さんの言葉を了解した上で、それでもそのままでいてほしいと言っているようなものだ。
「それでは従姉様の言葉を肯定しているようなものです。私も桃香様のような考えは嫌いではありませんが、地に足をつけた考えをするべきだとは思います」
「ふむ、このままでは意見は平行線をたどりそうですな。ここはいったん休憩をいれてはいかがですかな?劉備殿も休ませたほうがよろしかろうと思いますので」
劉備さんを労わるように、その肩に手を置いている関羽さんに越ちゃんの言葉が刺さり、その表情がゆがむ。しかしその表情はすぐに出された子龍さんの提案にホッとしたような表情に変った。
「そうそう、休憩がほしいのだ!鈴々はお腹がすいて、背中とくっつきそうなのだ!」
ん~空気を読んだのか、話の流れに付いていけず飽きてきたところにちょうどよい提案だったから話に乗ったのかわからないけど、いい感じに重くなっていた空気を吹き飛ばす張飛ちゃん。
おかげで固まっていた孔明ちゃんや鳳統ちゃんも動き出し、お茶の用意がなされ始めた。
出されたお茶を飲んでホッと一息、皆がついている中、劉備さんは関羽さんに付き添われてこの天幕を辞し、外の空気を吸いにいくようだった。確かに今の劉備さんの状態ではいったん何かしらで気分を切り替えたほうがいいだろう。
オレも思うところはいろいろあるけど、確かに伯珪さんの意見、理想だけではいけないというはわかる。でもその上で目指す理想って言うのもあっていいもんだとは思うのだけどな。
劉備さんの出て行った天幕の入り口を見つめつつ、俺はそんなことを思っていた。
休憩後開かれた軍議に出席した劉備さんの顔は思いつめたものだった。そんな劉備さんをオレは見ていられなかった。他の皆もそうだったようで何回も席を外して休むよう言われていたが、劉備さんは頑として譲らず軍議に出席した。
「えとでしゅね……。各諸侯個別の目的の分析としまして……」
気まずそうに孔明ちゃんは休憩で中断したところから説明を開始する。
それは細かにそれぞれの諸侯の性情すらも考慮に入れて考察されたものだった。
まず曹操についてはその気性の激しさ、潔癖さを挙げつつも深慮遠謀ができるとして説明がなされた。目的としても名声を求めつつも、己の覇業を成し遂げるために必要な兵力の温存まで考え、それぞれの諸侯の動きを見つつ、最善のとき、最善の場で、最善の動きをするものと孔明ちゃんは考えているらしい。
続いて孫策については孫家の置かれている立場を説明し、その後に孫家が抱いているであろう目的を考察してみせた。袁術からの独立と呉の地の繁栄、その二つが当面の目標であるからこの討伐で名声は欲しいが、それよりも兵力の温存が一番にくるだろうと鳳統ちゃんは考えていた。
最後に袁紹は派手好き、単純な思考回路、軍師と言える存在がいないとして今回もっとも前線に出てもらい、被害担当としてがんばってもらうという考察とは絶対いえない説明で終わっていたけど、伯珪さんが“麗羽だしなぁ”と苦笑とともに納得していたからきっと良いんだろう。
「そしてこの目的の分析からそれぞれが取りうる行動を予測してみましゅた」
鳳統ちゃんが言う行動の予測がどの程度の精度なのかわからないけど、かの鳳士元なら結構なところまで予測しているのだろうな。
この予測で簡単なところはやはり袁紹のところだった。動きの無いことに痺れを切らした袁紹が部下に突撃を命じて、ただひたすら城門を突破しようとするだろう事が伝えられた。そしてこの行動は十分な囮として活用できるし、被害担当として耐えられる兵数が袁紹の元にはある。この予測はきわめて正しいと伯珪さんが保障していた。
次に説明されたのは孫策だった。
名声もほしいが極力兵も失いたくない孫家は搦め手で攻略をするという予測を立てたらしい。潜入工作が得意な将がいるらしいという不確かな情報からの予測らしく、“どこまで信用できるかわかりましぇん”と孔明ちゃんが言っていた。
そこから孫家は袁紹の攻撃を囮に使い、精兵を潜入させて機を見て火計なり離間計なりを仕掛けていくだろうと予測を立てたみたいだけど、孫家で火計ってものすごい合っているような気がする。
最後に説明された曹操はよくわからないというものだった。一時期一緒に行動しその軍の在り方、戦い方を模写したからこそ、曹操がこの場所でどう動くのか見えてこないそうだ。
曹操が覇道を実現するためにより大きな名声が必要になってくる。しかも覇道を成すという行動指針の元での名声だ。それだけの行動の制約があって尚作戦指針が見えないっていうのはすごいと思う。
無理やり予測するならば、袁紹を囮に遂行された孫策の策さえも取り込んで、自軍が一番得をする行動をするだろうといういささか精細に欠けたものだった。
「すみません。曹操さんがどんな動きをしようとそれが最善の行動になるだろうということはわかるのですが、どういった行動をとるのかまったくわからないんです」
そう締めた孔明ちゃんは、手に持った竹簡で赤くなった顔を隠しながら席に座る。
この中の誰もが沈黙し、得られた情報を整理する中、劉備さんがスックと立ち上がった。
「皆、ちょっといい?……私はさっき白蓮ちゃんに遠くを見すぎて、近くを皆を見てないって言われた。さっき休憩中になって一生懸命、考えてみたの」
うつむき髪に隠れてその表情は見えないが、きっと入ってきたときと同様思いつめたものだろう。劉備さんの声にいつもの明るさは見えない。
「そしたらね、白蓮ちゃんの言うとおり見てなかったかもしれないって……」
「桃香様!いいんです、桃香様が理想を掲げていただけるなら私たちが足元を見ます。だから……」
劉備さんの告白をさえぎるように叫ぶ関羽さんを、顔を上げ真剣な表情を皆に見せた劉備さんが止める。
「愛紗ちゃん、いいの。今は私の話を聞いて、お願い」
真剣な瞳に見つめられ言葉を続けられなくなった関羽さんを、劉備さんはその肩をやんわりと抱いて席につかせた。そして心配そうに見つめる関羽さんに肯いて見せる。
「私の理想は皆がいつも笑顔で、一緒にいてくれること……愛紗ちゃんが、鈴々ちゃんが、朱里ちゃんに雛里ちゃんが一緒にいて笑いあいながら暮らすことだったはずなのに、その皆の範囲が広がって本当に大事なことが見えなくなっちゃってたみたい」
静かに一語一語ゆっくりと、大事な言葉を皆に届けようと劉備さんは語る。真剣だった顔は優しくそして慈しむような微笑に変わり、次に悲しみに彩られた。
「本当に大事なことだったのに見えなくなることってあるんだね。私のこの両手は小さくてどんなに広げても、この漢の国全部を救うことなんでできないのにね」
自嘲に彩られた言葉を言う劉備さんを、この場にいる全員が痛ましげに見つめる。しかしその言葉は正しいだろうとオレは思う。人一人がどんなに頑張ったところで救える人の数なんてたかが知れている。
「でもね、でもね、私は絶対に諦めたくないの。私一人の手じゃ届かないのなら、愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、朱里ちゃんに雛里ちゃんと手を取り合って、その範囲を広げればいい。それでも足りないなら曹操さんや孫策さん、袁紹さんと手を結べばいい」
一転して真剣な表情で熱弁をふるい始める劉備さんにすこし気圧される。ホワホワした女の子と思っていたけれど、さすがは英傑と同じ名を持ち同じ存在なだけはある。
「確かに皆を、すべての人を救うことなんてできないと思うけど、私はできる限り、手の届く限り、皆が手を取り合える道を行くことを諦めたくないの!」
最後は叫ぶように言った劉備さんは、肩で息を吸うように息を荒げている。しかしその瞳はここにいる全員を見据え揺らがない。
どれくらい時間がたっただろうか、誰もが言葉を発することなく、いや発することができずに場を沈黙が支配する。それだけに劉備さんの気迫がここにいる武将たちを呑み込み、かの名将たちが気圧されているのが際立った。
「ハァ……桃香は相変わらずだな。頑固で意地っ張りで、そして結局その場にいる人間を動かしてしまう」
小さくため息をついた伯珪さんが沈黙を破る。その顔は晴れやかな笑顔でうれしそうだ。
「白蓮ちゃん……」
「桃香、一度だけ私の名で各諸侯に合力の使者を出す。それで駄目なら今回は諦めろ、いいな」
笑顔を引っ込め真剣な表情で劉備さんに伯珪さんは確認を取る。
劉備さんの顔にその言葉で喜色が増えていった。じわじわと笑顔がその顔に広がり、うれし涙か目じりに涙の滴が玉になっている。
「白蓮ちゃん、ありがとう!白蓮ちゃぁぁん!」
感極まった劉備さんに抱きつかれ伯珪さんは苦笑を漏らしていた。
ここにいる人たちのようにすべての諸侯が手を取り合えれば、いかに厳しい時代といえども乗り越えられるとは思う。だけどその道はきっと険しいだろうな。
オレは抱き合う伯珪さんと劉備さん見てそう思った。
おはようございます、こんにちわ、こんばんわ。
双天第十話を読んでいただきありがとうございます。
第十話ということであとがきもどきを書いてみたいと思いますが、何を書けばいいんだろうか?
とりあえず今回の話だけで桃香を修正することは考えてはいませんでしたが、なかなかあの娘の修正は難しいものがありますね。
桃香のことを本当に思って、なおかつ立場的に同等か上で桃香を諭すことができるのは、私は蜀√の一刀か反董卓連合までの白蓮だけだと思っています。
なぜなら同盟相手の雪蓮は同等の立場ではありますが、桃香を思って諭すことはないでしょう。そして蜀の武将たちは桃香のことを思っていても、同等の立場にはなれません。
だからこそシナリオの都合という部分は多々ありますが、桃香は一刀がいないとブレてしまったのではないかと思っています。華琳に雪蓮は一刀がいなくともブレないのは最初から国の責任者としての自覚があったからと強引に決め付けたいと思います。
だもので双天では白蓮さんにがんばってもらいましたが、修正できるのかしら……この娘。
双天では多分に白蓮さんを大人に、そして指導者として書いていきたいと思っています。こんなの白蓮じゃない!、残念じゃない白蓮なんて!とは思ってもここではこうだと了承していただけると助かります。
ご意見ご感想、ここはこうやったらいいんではないか等アドバイスをいただけるとうれしいです。微力ながら文章力の向上に努めたいと思いますのでよろしくお願いします。
乱文でもうしわけありませんがこの辺で締めたいと思います。
ここまでお読み下さり、まことにありがとうございます。
完結と書けるまで続けていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
Tweet |
|
|
20
|
1
|
追加するフォルダを選択
双天第十話です。
双天は伯珪さんを応援しています。
伯珪さんはただの普通さんじゃないんです。残念な人じゃないんです。ただ目立つ場所がなかっただけできっと優秀な人なんです。
続きを表示