No.135606

待ち桜

ていていさん

現代風テイストでアスシェリを書いてみました。
色々と独自設定があったりもしますが、大らかな気持ちで見てくださるなら嬉しいですw

2010-04-10 22:09:51 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2109   閲覧ユーザー数:2048

 

―春。

桜が満開になるこの時期は花見やレジャーで人が集まることが朝から多い。―彼もそんな一人だったりする。

「今年も綺麗に咲いたな」

朝に公園に来るのはアスベルにとって日課になっている。ただ、この時期は花見などの席取りで朝から人が集まる事が多い。よく見るとまだ早朝なのに屋台が立ち並んでいたりもする。

なんとなく、そんな人達がすこしだけおかしく思える。……最も、アスベルだって桜を見に来たのかと聞かれたら肯定してしまう一人ではあるが。

ただ、それはどちらかといえば目的ではない。アスベルの目的の木は席が取れない場所にある。

適当に屋台で買ってきた焼きそばと行く途中でコンビニで買ってきたコーラを隣に置いて近くにあるベンチに座る。最も、朝にしては重い焼きそばは当然、朝食ではなく昼食用ではあったが。

このベンチはアスベルの指定席だった。アスベルにとって、花見の為にここに座ってるわけではない。事実、彼がこのベンチに座るのはほぼ一年通してなのだ。

ずっとそうしているものだから、気づいたら彼は近所では有名だったりもする。同じベンチにずっと座っているわけだから目立たないわけがない。

最も、彼が座っている理由は誰も知らない。いや、詳しくは彼の家族は知っているのだが……その理由がわかっている為になにも言わなかった。……たった一人を除いて。

アスベルは……待っていた。ずっと……ずっと待っていた。

それは愚直ともいえるかもしれない。その行動に意味があるとしても10年も待ち続けているのだから理由は色あせてしまっている。

 

 

―それでも……ずっと……彼は……彼女を……待っていた―

 

 

それは今から10年くらい前。

弟と一緒にもうすぐ生まれる妹を身ごもっている母のお見舞いをしたアスベルはそのまま病院探検をしていた。

「もうやめようよ、兄さん」

「いいだろ、ヒューバート。ほら、ここはなにがあるんだ!」

「ちょっと、兄さんってば!」

まだ元気盛りだったアスベルは弟には止められるわけもなく、また、病院を走ってはいけないという常識を持っていなかったアスベルは色々と走り回った挙句に……、

 

「きゃあ!」

「うわぁ!」

「に、兄さん!?」

 

……曲がり角で患者だった女の子と豪快にぶつかってしまった。

 

「な、なにするのよ!」

「わ、悪い! だってぶつかるなんて思わなくて」

「思いなさいよ! 病院で走ったらダメだって言われなかった!?」

「なっ! そんな怒らなくてもいいだろ!」

「ご、ごめんなさい! ほら、兄さんも謝ってってば!」

 

この後、看護士と父に怒られたわけだが。―でも、それが始まりだった。

後日、謝りに行ったアスベルはまたしてもケンカになりつつもそれなりに打ち解けることはできた。

 

「お前、名前は?」

「シェリア。シェリア・バーンズ」

 

それがシェリアとの出会いだった。

いつも寝たきりで外をあまり知らないシェリアはたわいもない話でも興味を持った。

たまにケンカしたりもするが、アスベルとヒューバートにとっては面白い友人であり、シェリアにとってもアスベルが来るのを次第に待ち遠しくなってきていた。

 

「ねぇ、学校ってどんなところなの?」

ある日、シェリアがそんなことを聞いてきた。

「んー。勉強は面倒だからなぁ。あ、でも体育は楽しいよな」

「…体育って体を動かすあれ?」

「そう、あれ。ヒューバートは苦手だったよなー」

「兄さん!」

「あはは。……ゴホゴホ!」

突如、シェリアが咳き込んでしまい二人は焦ってナースコールを押そうとするが、それを止めたのはシェリアだった。……口を手で押さえたまま。

「い、いいの。もう、大丈夫だから」

「本当に大丈夫か? なんかすごい咳だったぞ?」

「う、うん。もういいの。……ごめん、今日はもう帰ってくれないかな?」

「あ、ああ。じゃあ、またな」

「気をつけてね」

「う、うん」

二人が帰っていったのを確認してからシェリアは口を押さえていた手を見る。

「……やっぱり」

手にはすこしだけだが唾液と一緒に血が混じっていた。

血を吐くことは別に最近からではない。今はむしろ体調的には落ち着いているが、たまに発作的に咳き込んで血を吐くことがある。

もっと酷い時もあったが、今はまだ少量だったのは安心できた。これですこしでも手から漏れるくらいに吐いていたらアスベル達は色々と困惑していただろう。

 

「……嫌……だよ」

 

……それがシェリアには嫌だった。

せっかく友達ができたのに特別視されたくなかった。また離れてほしくなかった。

子供の頃から病気で体が弱くて、そのせいで学校にもいけなくて……そんなアスベルとヒューバートが羨ましかった。

病院は確かに他にも患者はいる。だけどシェリアのように幼い頃から病気で長期入院しているという患者はあまりいない。……いたとしても別の病院に搬送されたか……シェリアより早く死んでしまったか……。

アスベルの話はいつも病院にはない色々なものが溢れている。それが楽しくて……だから自分だけが寝たきりになっているのが嫌になる。

こんな体にした親を恨んだこともあったが、交通事故ですでに死んでいて感情をぶつけることもできない。祖父も仕事のせいで見舞いに来てくれることは多くなく、シェリアも恨み言を言う事が悪い事だとわかっているから吐き出すこともできない。

 

「私は……"かわいそう"じゃない……! アスベルとヒューバートと同じだよ……。 同じなんだよ……!」

 

―だから、溜め込んだ感情を泣くことでしか表せない。

―アスベルに怒ることでしか現わせない。

―話を聞いて笑えてもそれを心から笑えた事がない。

 

いつも感じるのは疎外感。自分だけがそこにいることができないという事実。自分だけが"特別"だとどうしても思い知らされる。いつも誰かに「かわいそう」といわれる度に思い知らされる自分の立場。

それが嫌で……結局泣いてしまう。

何度も何度も目をこすりながら、いつも……最近、あの二人が来てから日課のようにまたこの言葉を呟いてしまう。

 

「……私……、いつまで生きて……いられるのかな?」

 

 

「花見行こうぜ!」

「……へ?」

ある日、いきなりアスベルがそんなことを言い出したのにはさすがにシェリアも目を点にしてしまった。

「だ、だって! 私入院してるし、外出許可とか……あるわけないわよね?」

「そんなのメンドクサイだろ。こっそり抜け出してこっそり帰ればバレないって」

「で、でも! あれ?……そういえば、ヒューバートは?」

「今日は友達と泊まりだって。あいつも来ればいいのに」

「そりゃ、ヒューバートがいたら止めるわよ!」

「いいから行こうぜ? ほら、おんぶしてやるから」

「お、おんぶって! ……もう、わかったわよ」

諦めたようにアスベルの背中におぶさったシェリアだったが……数秒後に思い切り後悔した。

「ちょ、ちょっと!早すぎるわよ! アスベルってば!」

「やっぱ、こういうときは……走ったほうが見つからないって!」

「だ、だからって! お、落ちるってばぁ!」

 

 

「よ、よーし。と、……到着っと。……はぁはぁ」

「わ、私、なんだか死ぬかと思った…!」

なにせ病院から全速力でシェリアをおぶってたわけだからアスベルが疲れるのは仕方ないが、あまりに荒っぽい走り方だったせいで楽なはずのシェリアまで疲れていた。

「と、とりあえずあのベンチに……座ろう」

「そ、そうね……」

二人はちょうど目の前にあったベンチに座った。絶え絶えになった息を二人して落ち着かせる。

「シェリア……大丈夫かー?」

「う、うん。なんか疲れたけど……だいじょうぶ」

「そっか。よーし、ちょっと待ってろ!」

そういってアスベルはまた一人で走っていった。まったく元気すぎて羨ましいくらいだ。

ふと、なにかが頭の上に落ちてきた。取ってみると、それは花びらだった。

「……桜?」

ベンチの後ろには満開の桜がその花を風とともに散らしていた。よく見ると周りは桜が自らを誇示するかのように咲き誇っていた。

「うわぁ……」

桜なんて窓からしか見たことがなかった。目の前のそれは綺麗で大きくてシェリアは思わず見惚れてしまっていた。

「ほい」

「ん?」

「どうせだし屋台で買ってきた。ほら、これお前のな」

アスベルから渡されたプラスチックパックにはなにか肉のようなものが入っていた。

「これなに?」

「焼き鳥。お前、食べるの始めてなのか?」

「うん。あ、でも病院以外のものって食べていいのかな?」

「いいんじゃね? とりあえず食べようぜー」

「いいのかなー?」

勧められるままに輪ゴムを外して串を一本手に取った。

恐る恐る口に入れてみるが、次第に口の中で肉とタレがいっぱいになったような感覚に襲われる。

「……おいしい」

「そうだろそうだろ。ここの屋台は焼きそばとかうまいんだよなー。あ、俺も貰っていいか? 代わりに焼きそば食べていいから」

「うん!」

二人で焼きそばと焼き鳥を食べあう。シェリアにとってはどちらも始めて食べたものだから新鮮だった。

 

―たわいもない、こんなことができることが……嬉しかった。

 

 

食べて、喋って……気がついたらあっという間に時間が過ぎていった。

「もう帰るか。さすがに怒られるかな?」

「……いや」

アスベルはシェリアを促すが、シェリアはいやだの一点張りだった。

「そんなこといってもお前まで怒られるだろ?」

それでもシェリアはいやだと言い、アスベルはその度に説得しようとする……が、さすがに頑固すぎるシェリアにとうとうアスベルは怒った。

 

「いい加減にしろよ! このままここにいても仕方ないだろ!」

「だって……このままだと今日が終わっちゃうもん!」

「き、今日って……なに言ってるんだよ!」

「だって! 私いつも病気で、お医者様でも治せなくて……だから、いつ死ぬからわからないだもん!」

「し、死ぬってそんな大げさな……」

「大げさじゃない! 今が楽しいのに! すごく楽しいのに!私だって……私だって普通に生きたいよ!」

「し、シェリア…お前」

「ずっとアスベルと一緒にいたいの! ずっと焼き鳥食べて桜見て……ずっと、ずっと一緒に楽しくなりたいの!」

「…………」

「一緒に学校行って! 一緒に勉強して! 一緒に体育したいよ!ずっと……ずっと……ずっとっ!」

 

そのままシェリアは泣き出してしまった。いつもなら慰めようとするアスベルもこの時はなにもできなかった。

アスベルは知らなかった。シェリアがどんな思いで今日という日を生きているか。いつか死ぬかもしれないということがどんなに怖いことか。

なのに、それを理解しないままシェリアを連れ出した。それがどういう意味を持つのかも……わかっていなかった。

シェリアが泣き出したことでようやく、だけどまだ完全にとはいかないが……アスベルはシェリアが悲しいということだけは……わかった。

 

「生きていたいよ……。私、生きていたいよ……! アスベルと一緒に……ずっと一緒にいたいよ!」

 

……だから、アスベルは……言った。

 

 

「じゃあ、俺がシェリアを守ってやる!」

 

「…………へ?」

 

「お前がどんなに怖い目にあっても俺が守ってやる! 泣いているなら俺が慰めてやる! 寂しいなら俺がずっといてやる!」

 

「アス……ベル?」

 

「だから泣くな! 俺がお前を守ってやるから!」

 

 

そういって手を差し出される。躊躇ってたシェリアだったが、やがてその手をゆっくり、ゆっくり握った。

「本当に?」

「当たり前だろ。男と男の約束だ!」

「……私は女の子だってば! ……でも、ありがとう」

「じゃあ、帰るか? 怒られるのは覚悟だな」

そういってアスベルは笑っているが、シェリアはその手を離そうとはしない。いつまでもいつまでも握っていたい。

 

「……ねぇ、アスベル?」

「なんだ?」

「じゃあね、もう一つ約束いいかな?」

「いいぞー。なんでも聞いてやる」

「じゃあね、いつかまたね。花見したいな。……いいかな?」

「それくらいいつでもしてやるよ。いつがいい?」

「う、うん。……後でまた話すね」

「まあ、いつでも会えるからな」

「……その時はまた……焼き鳥が食べたいな」

「焼きそばも一緒にな!」

「う、うん。また……一緒に」

 

 

―その時は最後だなんて思っていなかった―

 

病院と家でたっぷり怒られた一週間後。アスベルは父からシェリアがアメリカへ行く事を聞かされた。

病気を治すための手術を受ける為。だが、手術の成功率は限りなく低く、成功したとしてもしばらくは療養しないといけないらしい。

……だから、その約束は果たされない。最近、シェリアに会えなかったのはその準備があったから。

それを聞いたアスベルは部屋に閉じこもってしまった。あの約束は……守ってやるという約束は果たされないまま。

 

「畜生……畜生……ちく……しょう……!」

 

それが悔しくて……アスベルは一人……泣いていた。

 

やがて、シェリアが旅立つ日。父とヒューバートは彼女とその祖父を見送った。……アスベルの姿はそこにはなかった。

準備の為の会えなかった事。そして結局は約束を破ってしまった事でアスベルに嫌われたと思ったシェリアは心が重いまま電車に乗り込んだ。

思い気持ちのまま電車の窓を見たシェリアは……一瞬だけアスベルを見た。

 

『元気になって帰ってこい!あの桜で待ってる!』

 

大きい板にマジックで書いたその言葉はシェリアに……届いた。

約束を破ったかもしれないのに……勝手に、話もせずに決めたから怒ったと思っていたのに。

それでもアスベルは笑顔で見送ってくれた。いつものように元気な笑顔で両手一杯に文字を書いた板を持ち上げて……。

なにかを叫んでいるのかもしれないが、その声は届かない。だけど、その意味だけは……伝わったから……。

 

「アスベル……!アスベル! アスベルー!!」

 

シェリアはせめて届くようにと窓を開けて叫んだ。それが届いたかどうかは定かではない。

 

「……待ってるからな、シェリア」

 

少なくともアスベルは伝えたい事は伝わったことが理解できた。だから……電車が見えなくなるまで泣かずに笑顔で見送った。

 

 

―それがもう10年も前。

 

その間に色々あった。

妹は無事に産まれて今ではもう大きくなっているし、弟はあの頃とは信じられないくらいにヒネてしまった感じがする。……まあ、根っこは変わっていないのだが。

アスベルも今では高校生。あの頃とは性格も変わってしまったし、それなりにもててもいる。……だが、いつも女の子から告白されても断り続けていた。

弟はそんな兄にこう言った。

 

「いつまで待っているんですか? もう10年にもなるのに帰ってこないなら……いえ、失礼。ですが、このままでは兄さんの人生は一生シェリアのために棒を振る事になるんですよ! それでいいんですか!?」

アスベルはそれでも構わなかった。それでも……待ちたかった。

「それでは兄さんの時間は10年前から止まったままだ。帰ってこない人をずっと待って、それでいいんですか? そんなの、自己満足にすらなりはしない。こんな……兄さんが幸せになれない結末でいいわけないじゃないですか! シェリアだって…!」

「……いいんだ。それでも約束したんだ。だから……」

「……っ! もういいです! あなたは一生そうしていればいいんだ! だけど僕は認めない。こんな……こんな兄さんもシェリアも幸せになれない結末なんて絶対に認めない!」

 

……ああ、そうだ。ヒューバートの言っている事は間違いではない。

実際にシェリアが自分の為にこんなことをしていると知ったら……たぶん怒るのは目に見えている。

これはただの意地だ。その意地をもう10年も通してきている。……だから今更引き返すわけにはいかない。この先、何年経っても……何十年経っても……。

…………それでも……帰ってくるまで……。

 

 

「あの、隣、いいですか?」

ふと、声がした。いつの間にか眠っていたアスベルはその顔を上げる。

たぶん同じ齢だろうか? そこにいたのはアスベルと同じ高校の女子制服を着た一人の女の子。何故かプラスチックパックと紅茶のペットボトルを持って。

よくみると綺麗で……どこかで見たような……。

とりあえず隣を開けると少女はハンカチを敷いてからベンチに座った。

「ところでなにしていたんですか? 花見をしている風には見えませんでしたけど?」

「あ、ごめん。……人を待ってるんだ」

「どんな人ですか?」

聞かれてすこし戸惑う。正直、どう答えればいいのか悩んでしまう。

「昔、約束したんだ」

「……約束?」

「ああ。いつかまたここで花見をしようって……女の子と」

「それでここに座っているのですか?」

「そうだな。気づいたらもう昼過ぎだけど。……あ、焼きそばが固くなってる」

アスベルはさすがに溜息をついた。さすがに時間が経ちすぎただけにこれでは食べてもおいしくない。

「よかったらこれ食べます?」

少女から手渡されたパックはまだ温かかった。開けてみると、そこには焼きそばと同じく屋台の定番があった。

「……焼き鳥?」

「ええ、私の大好物なんです。おいしいですよ」

「えっと……なにか言われない?」

「ええ。おっさん臭いとかよくいわれます。だ・か・ら、こう言い返すんです」

「へ?」

「女は黙って焼き鳥!……ってね。あ、亜流で焼き鳥丼でも大丈夫ですから♪」

さすがに唖然とした。言ってる事が滅茶苦茶すぎて逆に言葉の返しようがない。

「そ、そんなに焼き鳥が好きなんだ……」

「はい。……昔、ある男の子がはじめて食べさせてくれた……思い出の食べ物なんです」

「…………え?」

 

「本当にワガママで自分勝手で無茶苦茶で……でも、そんな彼がいたから私は……今ここにいることができた」

「どういうこと?」

「あの時、ここで守ってやるって言ってくれて……だから私は勇気が持てたんです。生きていたいって思えて……だから病気と向き合おうって思えた」

「……昔は逃げてたのか?」

「……そうかもしれない。病院にずっといたから生きていくことに希望が持てなかった。だから死んでも怖くないって思ってた。だけど……彼に逢えてから……そうじゃなくなったの」

「……そうか」

「怖くなった。死ぬ事が始めて怖いって思った。一人のまま死ぬのは怖くないけど……彼と一緒にいられないことは怖かった。このままじゃダメだって……ようやくわかったの」

「…………そうか」

「約束は……守られたよ。あなたが勇気をくれたから。あなたのくれた勇気が守ってくれたから……私はあなたに守られた……。本当に……ありがとう」

 

 

「でも……まさか10年も待ってるなんて思わなかったわ。正直、感動しちゃった」

「いいだろ別に。俺だって、こんなに待ってる事になるとは思わなかったし」

「ねぇ。私変わったでしょ? どう?」

「……本当に別人かと思ったけど。まさか焼き鳥が好物になってるとは思わなかった」

「あ、あなたがいけないんだから! 私だっておばさんなんて呼ばれたくないわよ!」

「だ、誰もおばさんなんて言ってないだろ!」

「いいえ、言った! たぶん言いました! こうなったら責任取ってもらうんだから!」

「な、なんでそうなるんだよ!? 大体、なんで10年もかかったんだよ!?」

「……お爺ちゃんがネット事業で成功しちゃって……帰るに帰れなくなったんだけど」

「……うわぁ」

 

 

結局、久しぶりに再会してみたら他人行儀から口喧嘩へと変わってしまう。

だけど、次第に言葉もなくなってきて……気がついたらあの時のように泣けてきて……。

 

「ごめん。ちょっと……胸借りるね」

「あ、ああ」

 

昔と違って女の子と触れ合うことが恥ずかしくなったけど……だけど、嬉しくもある。

10年前に別れた女の子は今……この胸にいるのだから。

 

 

「…………ただいま、アスベル」

「…………おかえり、シェリア」

 

 

 

10年止まっていた時間が……ようやく動き出した。

 

 

 
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