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真・恋姫無双『日天の御遣い』 第八章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第八章。
反董卓連合編もやっと半分まできました!

2010-04-10 01:55:58 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:9109   閲覧ユーザー数:7566

 

【第八章 錯綜】

 

 

 反董卓連合の初戦、汜水関の戦いは連合軍の勝利で幕を閉じた。

 難攻不落と名高い汜水関に立て籠もっていたのは、猛将華雄が率いる董卓軍おおよそ五万。それの先陣に立たされた劉備軍は袁紹から借りた兵を含めても、半分の二万五千にしか満たない。普通に戦えば籠城側であり、倍の兵を有する董卓軍がこうも早く敗北することはありえないのだが……そんなありえないことが、まるで計ったように起こってしまった。

 関を守る将、華雄の突出である。

 劉備軍、そして何やら因縁のあるらしい孫策の挑発にまんまと乗った華雄は、汜水関の門扉を開いて戦闘を開始、関羽との一騎打ちの末に敗れた。

 関の大将が負け、そのまま逃げ出してしまった軍にもはや勝ち目があるはずもない。更に劉備軍が様子見で引いた好機を突いて華琳――曹操軍が追撃を仕掛け、一気に汜水関を破ったこともあり、連合軍の被害は最小限に抑えられたと言ってもいいだろう。

 初戦は勝利で飾られた。

 しかし次――虎牢関はこう容易く攻略できるとは思えない。

 何せ虎牢関を守るのは天下の飛将軍呂布と、神速の用兵を使う張遼。そこに汜水関から逃げ延びた華雄も加わり、武の面においての隙は皆無に等しい。華雄が再び突出してくれれば隙はあるかもしれないが、流石に二度目の軽挙を期待するのは無理な話だ。

 次戦はきっと、困難を極める。

 だが、その困難を踏破すれば曹操の名を大きく世に轟かせられる。

 一番に汜水関を抜けることで袁紹の嫉妬をわざと買い、虎牢関攻略の指揮権を受けた曹操は覇道にまた一歩、足を進めた――が。

 虎牢関より戻ってきた斥候の情報が、あらぬほうへ事態が脈動したことを告げた。

 

「………………三万? 何かの冗談だろ?」

 

 耳を疑う内容に旭日はぱちりと目を瞬かせるが、桂花の言葉は変わらない。

 

「確かな情報よ。虎牢関を守る兵の数は約三万……それも汜水関から敗走してきた兵を合わせてね」

「……わけわかんねえ。他にも砦があるのか?」

「いや、虎牢関を抜ければもう、洛陽までの道筋に障害らしい障害はない。虎牢関が最後の砦だ」

 

 そう言った秋蘭の表情も、不可解な有様に曇っている。

 汜水関が破れた今、虎牢関は絶対に落とされてはいけない、董卓軍の踏ん張りどころ。ここで連合軍を食い止めなければ戦は洛陽にまで及ぶし――そしてそれは実質的な董卓軍の敗北だ。

 難攻不落の砦、虎牢関は難攻不落の砦であり続ける必要がある。

 あるのに――配置された兵はたったの三万。

 いくら天下に名の響き渡る武将が率いていようと、連合軍十五万を受け止めるのはあまりに無謀が過ぎる。

 

「董卓の軍勢は約二十万。汜水関で負けた連中を引いても、確実に十五万は残ってるよな……出し惜しみしていい状況じゃねえのに、何を考えてるんだ?」

「よほど呂布と張遼の武に自信があるのではないか?」

「あのな、春蘭。白黒はっきりしちまう大舞台で個人の武を重視するのは分の悪い賭けだ。自信があっても念の為、兵は詰めておくだろうよ」

「旭日の言う通りね。私達にとっては兵が少ないのは良いことだけれど……ふむ」

 

 理にそぐわない不気味さが、場に沈黙を落とす。

 兵が少なければその分だけ攻めやすくはなるものの――やはり一抹の不安が生まれてしまう。

 このまま攻めて本当に良いものか、と。

 策があるのかもしれない、裏があるのかもしれない、何もないのかもしれない――様々な思いがぐるぐると頭の中を巡る。しかし結局、策があるにしても、裏があるにしても、何もなかったとしても、虎牢関を守る兵が三万というのは不自然だ。

 不自然で、不可解だ。

 そこにある真意が――読めない。

 

「……考えられる可能性は三つあります。一つめは汜水関で守りきれると高を括っていた。二つめは敵もまた連合と同じで連携ができていない。三つめは単純に董卓の有している軍師が無能で――」

「――そいつはないよ」

 

 情報をまとめるようにぽつぽつ呟く桂花の言葉を遮ったのは、気持ちいいぐらい快活な声。

 ふっといきなり響いた声のほうに顔を向けると――そこにいたのは。

 

「董卓殿が抱えてるのはそんじょそこらの軍師じゃないんだ。無能ってえのは絶対にないさね」

「…………………………馬騰?」

 

 ポニーテール――そう表現するにはあまりに量が多い、括っているというよりはまとめている、まとめているというよりは深紅の皮紐で無理矢理に縛りつけているような、茶色の綺麗な髪。意志の強さが窺える太い眉。翡翠の瞳には底が見えず、ただそこにいるだけで圧倒的な存在感がひしひしと伝わってくる。

 

 

 

 

 これが――馬騰寿成。

 軍議の時は手を、力を抜きに抜いていたのか。

 劉備を一番厄介だと思ったのは確かだが……一番警戒すべきなのは、もしかしたらこの女傑なのかもしれない。

 

「貴様! 誰に断って我らが陣へ入ってきた!」

「誰にも断っていないさ。最初は使者を出そうと思ってたんだが……まどろっこしいのは嫌いでね。勝手ながら、勝手に入らせてもらったよ」

「なんだと……!」

「……いいわ、春蘭。断りがあろうとなかろうと、どちらにせよ私は彼女を通させたもの。返事を出す無駄が省けて助かるくらいよ」

「はははっ! 言ってくれるじゃないか、曹孟徳殿」

 

 皮肉を利かせた華琳の言葉に、闊達な笑みを返す馬騰。それはとても真っ直ぐで、とても無邪気で、どことなく憎たらしいのに――憎めない。子どものまま大人になったような、大人ぶった子どものような、そんな愛嬌のある笑顔だった。

 

「それで? かの馬寿成が私の陣になんの用かしら?」

「なあに、ちょいと噂の《天の御遣い》殿達の顔を拝んで回ってるだけさ。ここから先は、ゆっくりする暇なんてないだろうしね」

 

 言って遠慮なくずけずけと、他人の陣地にも関わらず堂々とした足取りで馬騰はこちらに近寄り、旭日のすぐ目の前で歩みを止めた。

 底の見えない深い緑が朝焼けの日色を――貫く。

 

「……んだよ」

「ふぅーん? こっちの御遣い殿は随分とまあガラが悪いんだね」

「生憎、お育ちがよろしくないんでな」

「おやおや、ガラだけじゃなく口も悪いのかい。目つきだって悪いし、性格だって悪そうだし、《光天の御遣い》殿とはえらい違いだ」

「あいつと違うのは認めるが……なんだ? もしかしなくても俺、喧嘩売られてんのか?」

「早とちりすんじゃないよ、全く。若い者は事を急きすぎていけないね」

「………………」

 

 冗談みたいに若々しい奴が言っても説得力ねえよ、と旭日は心の中で呟いた。はっきり言ってこの世界の馬騰と馬超はほんの少し歳の離れた姉妹にしか見えない。馬騰が馬超の親であることは元の世界の知識で知ってはいるが、それでも本当に親子なのか疑わしさが込み上げてくる。

 

「ガラは悪い。口は悪い。目つきも悪けりゃ性格も悪そうだけど――はははっ! いいね、実にいい《眼》をしているよ。曇りのない、澱みのない、揺るぎのない、強い覚悟の灯った守る者の《眼》だ。うちの馬鹿娘に見習わせたいもんさね」

「けなすか褒めるかどっちかにしやがっ――れ!?」

「何をいつまで見つめ合っているっ!」

 

 ぐいっ――と。

 春蘭に襟を掴まれたかと思えば、いきなり強引に後方へと引っ張られる。その勢いときたら、呼吸が詰まったを通り越して、首がもげたんじゃないかと錯覚してしまったほどだ。

 

「っつ、けほっ……春蘭お前、殺す気か!?」

「うううるさい! 全て貴様が悪いのだ!」

「……確かに今のは九曜が悪いな」

「……ええ、旭日が悪いわね」

「……これだから男は」

「はぁ!?」

「なんとまあ……ははっ、はははっ! そ、そういうことだったのかい、こりゃすまなかった」

 

 馬騰はけらけら涙を滲ませて爆笑し、華琳たちは何故か冷たい視線を突き刺してくる。

 特に何かをしたつもりはないのだけれど……いつの間にか、旭日の味方はただの一人もいなくなっていた。完全にアウェーの空気である。

 

「くっくく。ふぅ、いやはや、悪かったね曹操殿。詫びといっちゃなんだが、お前さんにいいことを教えよう。……董卓殿の下には賈駆という軍師がいる。どこに出しても恥ずかしくない、とびきりの名軍師が」

「……なんですって?」

「虎牢関に立て籠もった兵は三万だったかい? 策の可能性もあるかもしらんけどね、あたしの知る限り、そんな無理をやらかす三流じゃあない。おそらく、董卓殿を盾にしている屑共が不快な真似をしてるんだろう」

「貴女、どうして……軍議の際には董卓など知らないと言っていたじゃない」

「仕方ないさね。言ったって袁紹は間違いなく聞きやしないし、最悪あたし達が火の粉を浴びてしまうよ。董卓殿があたし達と同じ――涼州の者だなんて」

 

 言えるわけがないことを、馬騰は言う。

 

「董卓殿が暴君とは程遠い――虫も殺せないような優しいお嬢さんだなんて、言えるわけがない」

 

 

 

 

 そしてそれだけを告げると、馬騰は陣を去っていった。

 まるで嵐のようだ。

 場にあった不安を根こそぎに吹き飛ばす――春の獅子のようだ。

 

「……桂花。彼女の言葉をどう思う?」

「はっ。全てを鵜呑みにするのは危険ですが……信じても我が軍に損はないかと。馬騰は虚言を吐いて混乱を促す類の輩ではありませんし、董卓が何者かの傀儡となっている可能性は十分にありえます。憶測の域を出ませんが、汜水関が破られたことで、董卓を操る何者かが保身をはかったと仮定したら……」

「その何者かが董卓に見切りをつけても不思議はない、というわけね。人の背中にこそこそ隠れる臆病者がしそうなことだわ」

 

 さも不愉快とばかりに顔を顰める華琳。

 事実、不愉快極まりないのだろう。誇り高き彼女にとって、誇りなき行いは嫌悪の対象だ。

 

「ふむ……まあ、いいでしょう。旭日」

「ん?」

「念の為、貴方の隊は遊撃の役に回しておくわ。不穏な動きがあれば上手くやりなさい」

「……また難しい注文だな。俺はそれでも別に構わねえが、前衛はどうするんだ? 三万つっても敵さんには呂布と張遼、ついでに華雄がいるんだろ?」

 

 こちらの世界の呂布と張遼のことは知らないものの、旭日の世界の呂布はどの作品でも化物扱いされている。張遼もまた名の通った武将であり、特に演義でないほうの張遼は武勇伝を超える英雄伝の持ち主だ。いくら敵兵の数が三万とはいえ、戦力を割いていい相手とは旭日には思えない。

 

「うむ。呂布の武勇は天下無双。飛将軍の名は伊達ではないな。それに張遼の用兵は神出鬼没と聞く。おそらく、董卓の軍で最強の武将は奴ら二人だろう」

「……欲しいわね、その強さ」

「また悪い癖が……華琳さま」

「今回ばかりはお控えください。張遼はともかく、呂布の強さは人知を超えております」

「人知って……そんなに強いのかよ」

「用兵はともかく、個人の武では桁が外れていると聞いている。中央に現れた黄巾党の半分、約三万は、呂布一人に倒されているそうだ」

 

 それはつまり、今から行う戦いを一人でこなしたということか?

 農民くずれの烏合の衆、精練された兵の違いはあれど――あまりに馬鹿げている。

 

「もしどうしても呂布をご所望とあらば……そうですね。姉者と私、あと季衣と流琉あたりはいなくなるものと思っていただきたい」

「……随分と弱気ね」

「秋蘭共々、それほどの相手と認識しております。呂布相手ならば、先ほどの関羽でさえ、一人では数合と保たないでしょうね」

「……わかったわ。呂布は諦めましょう。でも張遼だけならどうなのかしら?」

「張遼の強みは個人の武よりも用兵にあります。兵を奪い取った上で捕らえろという命であれば、兵は桂花が。張遼は姉者がなんとかしてくれるでしょう」

「お任せください!」

「わ……わたしか!? また無茶を……」

「あら、してくれないの? 桂花はしてくれるようだけれど?」

「……ふふん」

「くぅぅ……っ! 張遼ごとき、ものの数だけではありません! 十人でも二十人でも、お望みの数だけ捕らえて参りましょう!」

「おいおい……」

 

 どんだけ華琳大好きなんだよお前……と思わず出かかった言葉を、どうにか飲み込む旭日。

 

「なら、張遼は桂花と春蘭に任せるわ。見事、捕らえてみせなさい」

「……気をつけろよ、春蘭」

「貴様に心配されるまでもない。華琳さまの信頼をいただいたこのわたしに……敵などおらん! そう! 今のわたしは無敵!」

「お前が強いことなんざ、俺だってとっくのとうに知ってるさ。それでも、心配ぐらいはさせろよ」

 

 春蘭の肩をぽふりと優しく叩き、旭日は言う。

 

「なんの縁かは知らねえが、こうして仲間になったんだ。お前がどんなに強くても、心配させてくれよ、心配されてくれよ。俺はお前が傷つくのは――だから、あれだ、嫌、なんだよ」

「なっ!? うぅ……あ、う、うむ。わ、わかった。気をつける」

「……そっか。ありがとうな」

「ちょっと、貴方達――」

 

 なんとも和やかな空気が場に漂いかけた――その時。

 慌てた様子で駆け寄ってきた流琉がそんな空気を消し去る、一つの報を持ってきた。

 

「――華琳さま! 虎牢関の城壁の旗が動き出しました! どうやら仕掛けてくる模様です!」

 

 始まる。

 何かを失い、何かを手に入れる舞台が。

 戦いが――始まる。

 

 

 

 

 それは遡ること少し前。

 

「どういうことだ、張遼ッ!」

 

 噛み付かんばかりの勢いでがなる華雄に張遼――霞は無表情で同じことを繰り返す。

 

「どうもこうも、言葉通りの意味や。虎牢関はウチと恋の隊が引き受ける。あんたは今すぐにでも洛陽に戻り」

「それがどういうことだと訊いている!」

「ああもうっ、言葉通りの意味っちゅうとるやろうが!」

 

 相変わらずな華雄の様子にとうとう怒鳴り返す霞。

 いい加減、この問答を続けるのにもうんざりしてきた。どこまでも真っ直ぐなのは華雄の美点でもあるのだが、同時にこの上ない欠点でもある。一刻も惜しい今は状況を悪化させる要因でしかない。

 

「はぁ……子どもやないんやから、ええ歳した大人が駄々こねんなや。もう一回言うで? 虎牢関はウチと恋の隊が引き受ける。あんたがいくらがなっても、いくら納得いかんでも、これは覆ったりせえへんよ」

「……何故だ」

「アンタ、関羽との戦いで負傷しとんのやろ。次の相手はどうもあの乱世の奸雄らしいし、怪我人がおっても邪魔なだけや」

「私はまだ戦える!」

 

 確かにそうだろう。

 負傷とは言っても大したことではない。彼女だったらおそらく、普段となんら変わらずに戦えるはずだ。これがもし他の戦場であれば、もっとマシな状況であれば、霞だって華雄を下げたりは絶対にしないのだ。

 だから、本当の理由は別にある。

 彼女を下げなければいけない――何よりも優先すべき理由が。

 

「……話はこれで終いや。あんたは部隊をまとめて洛陽に戻ればええねん」

「張遼、私は――っ!」

「華雄!」

 

 未だ聞き入れない華雄の腕をがっと掴み、霞は彼女の耳元で囁くように言う。

 

「ええか、よう聞き。……十常侍のヒヒジジイ共は多分、月に見切りをつけとる」

「なっ……!」

「どこに耳があるかわからんのや、静かにせえっ」

「………………ぐぅ」

「洛陽を守る最後の砦、虎牢関にこんだけの兵しか許さんかったのが証拠や。この戦、十常侍は勝つことを諦めとる。あいつらの頭ん中は今、月をぎっりぎりまで利用して、どうにか生き残ろうと足掻くことで精一杯や。詠も月を助けようと足掻くやろうけど……それに期待できる余裕はあらへん」

 

 もはや脚本は出来上がってしまった。

 十常侍の屑連中は月に全ての非を背負わせ、矢面に立たせ、難を逃れるつもりだろうが――そうはさせない。

 そうさせて、たまるものか。

 

「たかだか三万ぽっちじゃ連合軍を凌ぐことはできん。落ちたも同然や。そんで本当に落ちたらそこが終い、月の身はまず無事に済まんやろ」

「そんな真似を許すわけがあるかッ!」

「静かにせえって! ウチも絶対に許さへんさっ。せやからあんたは洛陽に戻り。戻って、月を助けてこい」

「なん、だと?」

「これはな華雄、あんたにしかできんのや。負傷の程度はどうあれ、負傷した事実のあるあんたやったら戻っても不思議はない。十常侍の目も眩ませる。せやから、頼むから、大人しゅう戻ってくれ」

「張遼……」

「二時半後、ウチと恋で連合へ派手に仕掛ける。その隙を突いて隊を引き連れ、洛陽に戻るんや。ええな?」

「…………………………わかった。死ぬなよ」

「アホ抜かせ。んな簡単にウチ達が死んでたまるかい」

 

 殊更に朗らかと笑って華雄を送りだした霞は、ずっと沈黙を保っていた呂布――恋に目を向ける。

 

「恋、すまんかったな。こんなことに付き合わせて」

「…………大丈夫。恋がなんとかする」

「ああ、頼んだで……あんたの王国の避難は終わったんか?」

「………………ねねがやってる」

「そうか。せやったらもう、なんの心配もないな」

 

 肩に担いだ愛用の武器『飛龍偃月刀』で空気を切り捨て、瞳に覚悟を灯した霞は笑って得物を高く掲げる。

 

「うっしゃ! ここがウチ達の正念場や! 全員、気ぃ引き締めていくで!」

 

 始まる。

 董卓軍の武将としての最後の舞台が。

 戦いが――始まる。

 

 

 

 

「こいつは、今までで一番きつい……ぜ!」

 

 襲いくる敵兵を袈裟掛けに斬り伏せ、旭日は疲れを隠そうともせず吐き出した。

 虎牢関での戦いが始まって二刻は経過しただろうか。

 敵は寡兵だがその勢いは凄まじく、黄巾の乱の時とは比べ物にならないくらいに手強い。最前線までは出ていないので実際の状況がどうなのかはっきりしないものの、こうもこっちに敵が流れてきているのだ。まず間違いなく苦戦しているに違いない。

 

「隊長! ご無事ですか――っ!?」

 

 前方から駆けてきた凪のほうを見るとほぼ同時、旭日は一歩で全ての距離を詰め、彼女の背後で剣を振り上げていた兵の喉を刺突で穿つ。

 

「……そっくりそのまま返すよ」

「す、すいません……」

「構わねえさ。お前の背中は俺が守ってやる。代わりに、俺の背中をしっかり守ってくれ」

「はっはい!」

 

 元気な声を受け、旭日と凪は背中合わせに敵の猛攻を斬り倒しては吹き飛ばしていく。息の合った――正確には旭日が凪に息を合わせた即席の連携だが、さっきより随分と楽になった。楽にはなった、が。

 楽になることと、楽に戦いが進むことはまるきり別の問題だ。

 

「ちっ……やっぱりこれはおかしいな」

「おかしい、ですか?」

「ああ。敵の士気が――下がらねえ」

 

 想像以上に苦戦しているけれど、それでもこちらの勝ちはほぼ決まっている。

 兵力の差がありすぎるのだ。いくら精練された兵が相手であろうと、こちらもまた精練されている。ならば数の多いほうが有利であり、徐々に敵は押されていくはずだ。いくはず、なのに――士気が微塵も翳らない。どころか、どんどん上がってこちらを圧倒しつつある。

 

「……死兵ですね」

「死兵?」

「勝つことが目的ではなく、敵を一人でも多く道連れにすることが目的の、生を捨てた兵です。後を考慮しなくて良い分、士気も強さも格段に増しますが……その先に待つのは死、です」

「………………死に場所を決めちまった兵、ね。理解はできるが、納得したくねえな」

 

 皆、笑って死んで逝く。

 何かを守る栄誉からか――何かに尽くした満足からか。

 

「隊長、凪! 二人とも無事か――っ!?」

「大丈夫なの――っ!?」

 

 左右から駆けてきた真桜と沙和へ振り向くのとほぼ同時、旭日は一歩で真桜との全ての距離を詰め、凪は三歩で沙和との全ての距離を詰め、彼女たちの背後に迫っていた兵の首を蹴撃で砕く。

 

「「……そっくりそのまま返す」」

「た、助かったわ……」

「あ、ありがとうなのー……」

「礼はいい。それより、現状はどうなってんだ? 他の連中は無事なのか?」

 

 守る背中に彼女たち二人を追加し、刀を振るう手を休めぬままに状況を確認する。乱戦の中でがむしゃらにやり続けていても埒が明かない。どんなことだっていい、場を固める情報が欲しかった。

 

「えっと……詳しいことはまだはっきりしてないの。わかっているのはどこも連絡さえ上手くいってなくて、あと――春蘭さまが張遼と戦い始めたっぽいの」

「春蘭が? この馬鹿騒ぎの中でも命令を果たすのは春蘭らしいな。それは桂花の策通り、なんだが……」

 

 ざわり――と。

 今まで積み重ねてきた経験が、今まで磨いてきた勘が警鐘を鳴らす。

 嫌な感じだ。

 この滅茶苦茶な乱戦の中で策通りにいくなんて、何かがまずい。

 たかだか人の身ではどうしようもない、回避不可能な出来事が起きてしまう――そんな、気持ちの悪い嫌な予感がする。

 

 

 

 

「九曜!」

「……秋蘭、お前まで。ここは八時だよ全員集合なのか?」

 

 ぐつぐつ沸騰する嫌な予感を胸に抱えた旭日の元へ、慌てた様子で駆けてくる秋蘭の姿。

 

「何を馬鹿なことを言っている! 状況はどうだ?」

「見ての通り、どうにかこうにか凌いでるよ。お前のほうは?」

「………………すまない。抑えきれなかった」

「はぁ? 抑えきれなかったって――――――っ!?」

 

 いつものように旭日は首を傾げようとして――緩ませた集中を一気に最高まで引き締めた。

 全身が粟立つ。

 本能が告げる。

 まずいものが――やってくると。

 

「なん、なんなんだよ…………あれは」

「もう追い付いてきたか……!」

 

 兵たちの断末魔を撒き散らし、兵たちの血肉を撒き散らし、兵たちの命を撒き散らし――現れたのはたった一人の、綺麗な赤髪の可愛らしい女の子。しかし、あれは見た目ほど可愛らしいものじゃない。背筋を伝う冷たい汗が、呼吸すら億劫になる重い空気が、嫌でも感じてしまう巨大な圧力がどうしようもないと、あれはもはや人の皮を被った化物だと、彼女の凄まじさに最大音量のアラートを鳴らす。

 

「肩に担いだ得物……『方天画戟』ってことは、まさか!」

「……あやつが飛将軍、呂布だ」

「あれが、呂布……」

 

 抑えきれなかった。

 今更になってようやく先の秋蘭の言葉を理解する。

 こんなものを、抑えきれる、わけがない。

 積み重ねてきた経験が、磨いてきた勘が悲鳴に近い叫びを上げるのだ。逃げろと。戦うなと。武器を捨てろと。膝を折れと。屈服しろと。降伏しろと。あれはそういう、ものなのだと。

 

「………………おまえたち、弱い。邪魔」

「ちぃっ……言わせておけば!」

「加勢します、秋蘭さまっ!」

 

 呂布のつまらなそうな呟きに、二人が爆ぜる。

 秋蘭の矢と凪の氣。

 片や速さ、片や力の攻撃――それをあろうことか呂布は。

 

「……無駄」

 

 ただの一振りで、木端微塵に掻き消した。

 こんなものはもう――化物さえ生温い。

 触れることも関わることもましてや敵対することも等しく禁忌。禁忌――だが、触れてしまった以上、関わってしまった以上、敵対してしまった以上、ここは切り抜けなければならない、三途の川の一歩手前だ。ここをどうにかしない限り、守りたいものも守るべきものも何もかも、深紅の暴風に吹き飛ばされてしまう。

 そして、九曜旭日に守らない、なんて選択肢は――ない。

 例え相手が、どんなに最強であろうとも。

 

「…………秋蘭。お前は春蘭の加勢に行ってやれ。よくわからねえけど、何かがやばい」

「なっ!?」

「凪たちは他の兵たちを守れ。ここは俺が――請け負う」

「隊長、何をっ――」

「――いいからさっさと行きやがれ!」

 

 呂布に視線を固定し、振り向きもせず怒鳴る。

 

「もう悠長なことやってる状況じゃねえんだ! 一人でも多く生き残ること、それがこの場においての最優先事項で最良の選択なんだよ!」

「く、よう……」

「……隊長」

「言っただろ? お前たちの背中は俺が守る。だからお前たちは、俺の分まで俺の背中を――俺の守りたいものを、守ってくれ」

「………………くっ! 九曜、死ぬなよ!」

「すぐに……すぐに戻ってきます! 真桜、沙和!」

「わかっとる!」

「ちゃんと守って戻ってくるの!」

 

 悔しさの滲んだ足音を耳のみで受け取った旭日は、シニカルな笑みを呂布に向けた。

 

「待たせちまって悪かったな、嬢ちゃん」

「…………別にいい。おまえを倒してから、追いかける」

「おいおい、つれねえ態度してくれるなよ」

 

 彼女たちの背中は自分が守り。

 自分の背中は彼女たちがきっと守ってくれる。

 ならば――最強だろうと、怖くはない。

 

「日はまだ頭の上で輝いてるんだ。俺と遊ぼうぜ、遊び倒して倒されようぜ、可愛い嬢ちゃん。日が暮れるまで――たっぷりとな」

 

 

【第八章 朔走】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

なんというか……動きが少ない上にオリキャラが丸々一ページを使って本当にすいません……気に入ってるんです、馬騰。自分の知識は主に横山さんの三国志なのですが、あれを読んだ時、黄奎の迂闊さで処刑されたシーンでは心の中で黄奎を罵倒しまくってました(けして駄洒落ではありません!)

彼女の役割はまだはっきりと決まってはいませんが……それもまた、先の展開に関わってくる可能性があるので深くは言わないでおきます。ご容赦ください。

 

……しかし、どうもキャラの出番の多さがアンバランスですよね。話の都合上、登場させまくってるとページ数がとんでもないことになる為、泣く泣く削っているキャラが多くて……拠点では出しますが、「本編にも絡ませてやれよ!」とのご要望がもしあれば是非にお願いします。

 

そして、いつも自分の作品にコメントしてくださっている皆さま、本当にありがとうございます! 自分はコメントを糧に頑張っています! パソコンの前で狂喜乱舞しまくっています! 返事をしないことは、本当に申し訳なく思っております……

お返事を書きたくはあるのですが、ポロリとネタばれしてしまいそうなので怖くて……なっなるべくネタばれしないよう尽力し、これからはコメントにお返事させていただくことに善処いたします!

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 


 
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