〝はわわ・あわわ〟
「さて、困った・・・」
現在地、執務室。俺の机の上には書簡の山。それと朝からにらめっこ。なんとか書簡の山を片付けていたが
途中、俺には決断しかねる案件が出てきた。・・・俺も少しづつ成長してると思うが、これはお手上げだ。
愛紗は忙しそうに飛び回ってるし、星と鈴々は軍の訓練に行ってるしな・・・。
桃香は・・・・かわいそうだが頼めないし。残るは朱里と雛里だな・・・よし。
悩んでても仕方ない。聞きに行ってみよう。
俺はそう思い執務室を後にする。
・
・
・
・
結果・惨敗。
朱里の部屋、雛里の部屋・・・他にも思いつく限りの場所を回ってみたが、二人は見つからなかった。
こうなったら頭のいい子を掴まえて、聞こうかとも思ったが一応重要な案件なのでやめることにした。
「どうするかな・・・・・・・お?」
考えながら歩いていると、
「~~~♪」
俺は神様を発見した!
中庭の木陰で機嫌よさそうに、間の抜けた鼻歌を奏でながら膝の上の本に視線をおとしている。
「~~~~~♪」
俺はさっそく案件の事を聞こうと思い朱里に近づいていった。そして朱里の前に立ち、
「読書中に邪魔してごめんな、悪いんだけど聞いてもらいたいことがあるんだ」
「・・・・・・・・・」
えっと、聞こえてない?ジッと本に魅入る瞳は、よく見れば上下に忙しそうに動いていた。
「朱里さん・・・」
俺はもう一度名前を呼んでみる。しかし、
「・・・・・・・・・・」
こんなに近くにいるんですよ?頭の上には俺の影が下りてるし、手を伸ばせばどこにでも届く。
それなのに朱里は・・・やっと見つけた俺の救いの女神様は完全に無視を決め込んで、こ、これは、まさか職務怠慢?
それとも朱里も話を聞いてくれない子なのか?そ、そんなのいやだーーー!
「こら、朱里!」
「・・・・・・・《ペラ・・・ペラ・・・》」
怒り口調で話しかけても反応してくれない・・・じゃあ、なんだ次は土下座か!!
「この通りです!」
俺は見本になるようなシャキーンとした完璧な土下座をして見せた。
「・・・・・・・・・」
その状態から二、三分待った。
風が吹いていた。俺にはとても冷たい風が吹いていた・・・。
「どちくしょおお~~~~~~~~~~っ!!」
俺は顔を空に向け、魂が震えるほど叫ぶ。ああ、そうさ。叫ぶさ!!
「ひゃん!?な、な・・・な、な」
「空気のように俺を無視して!小悪魔め!なんなら腹踊りでもご覧に入れるぞ、ハハハハハハ!」
あまりの無視加減に俺は少し壊れた。
「ご主人様っ!?ら、らんれふ、ほっぺを突かないでくださぁい」
は、は、反応があった!それだけのことが、こんなにも・・・こんなにも嬉しいだなんて!
俺は今モーレツに感動している・・・。
「・・・泣いているんですか?」
「怖かったんだ・・・俺の目に映る朱里は、俺だけに見えている幻なんじゃないかって」
「何がご主人様をそうまで追い詰めたんです?」
「無視したもおおぉお~~~~~~~~~んっ!!」
再度、天を仰ぎ見て、魂と大気などいろんなモノが震えるほどに叫ぶ!
「無視・・・・あ!」
その姿を見て、さすがに理解は早かった。口を『あ』の形のまま、目をまんまるにする朱里。
「大変、申し訳ありません・・・わたし、また」
と思ったら、真っ赤になって俯いてしまう。
「申し訳ありません、わたし本に夢中になっていると周りの声が聞こえなくなってしまうんです」
「・・・本当?イジワルしてない?《ぐすっ》」
ちょっと涙目になっている俺。いや本当にあんだけ無視決め込まれたら泣きたくもなるよ。
「とんでもない非礼を犯したわたしが言うことじゃないですが、とても君主の振る舞いではありません・・・」
「ま、君主ってガラじゃないからそれはいいんだけどね」
気が抜けてしまった。断りを入れるのも忘れて、朱里の隣に腰を下ろす。
「・・・わたしがお休みをいただいてた間、何かありましたか?」
「あ、今日は休みをもらっていたの?」
「はい、桃香さまが・・・勉強のお礼と『見かねた』とのことで。今日一日は休んでもいいと
おっしゃってくださいましたので、そのお言葉に甘えてしまいました」
ああ、あの時の勉強やっぱり朱里にも教えてもらってたのか。なるほどね。
「うんうん、朱里は根を詰めすぎるところがあるから、たまにはゆっくり」
と言っているが、俺ってば朱里に案件の事聞こうとしてるんだよな・・・どうしよう。
せっかくの休みなんだし悪いかな・・・。
「どうかなさいましたか?ご主人様・・・気持ち、身体が傾いていらっしゃいますよ」
「うん、俺ってつくづく朱里に依存してるんだなぁと」
「・・・そうなんですか?」
俺は無言で頷く。
「ご主人様から、わたしに依存しているなんてお言葉を・・・ふふ♪少し、いい気分です」
朱里がぶつぶつと小声で何か言っているのでよく聞こえない。
「・・・・うん?何か言った?」
「いえいえいえいえいえ!?」
本をパタンと閉じてしまう。聞いちゃいけなかったかな?
「ごめんな、せっかく休んでいたのに」
「本当にいいんです。これ、何回も読んだ本ですから」
「そうなの?」
「はい・・・わたし、好きな本は何回も読みたいんですよ。その度に幸せになります」
「懐かしい旧友との再会にも似て、胸にこう・・・温かなものが」
「・・・・こほん」
そこで朱里が咳払いをひとつ。
なんかそう聞いてると本ってけっこう奥深いものだなと考えさせられてしまう。
「と、とにかく・・・そういうことですのでお気遣いは無用です。なんなりと」
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて。この案件なんだけどさ」
「はい♪」
・
・
・
(説明中)
・
・
・
(解決)
「・・・あっけなかった」
その一言に尽きる。朱里に相談したら俺が悩んでいたことなんてすぐに解決してしまった。
「いえいえ、ご主人様が『決断に迷う』と思うのは当たり前のことです。決断には結果がつきものですから」
おお!?いつもの『はわわ』朱里じゃない。堂々としてるし・・・こういう時の朱里は、
威厳めいたものをヒシヒシと放っている。
「わたしは嬉しいんです。ご主人様が、決断の痛みに思いを巡らせられるお方でいてくださって」
「朱里は、すぐそうやって俺を甘やかす」
「本当にそう思ってますよ。何も迷わない、感じないのでは獣と一緒です」
お茶目に笑って、閉じた本を脇に置く。
すいません。シリアスムードになりそうなのですがかわいいです。その笑顔プライスレス。
「わたしは、ご主人様にたくさん迷ったり・・・誤解を承知で申し上げますが、たくさん傷ついても
いただきたいんです」
「ご主人様の迷いを晴らすために、わたしたちが知恵を絞ります」
さっきの俺に喝を!なんて、なんていい娘なんだ!
言葉だけ聞けば、俺が腹を立てるような事を言っているのかもしれない。
「ご主人様の痛みは、将のみなさんを奮い立たせることでしょう」
でも、違う。朱里は俺を侮辱したいわけでも、困らせたいわけでもないことは、はっきりと伺えた。
「・・・ですから、ご主人様には何も包み隠さないでいただきたいんです」
抱え込むな、重みを感じたのなら自分の前で堂々と荷を下ろせと・・・朱里は言ってくれているんだ。
仲間を頼れよって此間桃香に言ったばかりなのに、俺が言われている。やっぱりまだまだだな、俺も。
教わることは山ほどあるな。
「ですから、今回・・・相談のためにわたしを捜してくださったのは、とってもうれしかったんですよ」
「・・・朱里は将来、好きな男を甘やかしすぎてダメにすると思う」
その俺の一言でいい感じのシリアスなムードが崩壊する。
「ええええぇぇぇぇ!?」
おお!?予想以上のリアクション。ひっくり返りそうに驚いて、起き上がりこぼしみたいに戻ってくる。
「何を根拠にそのような・・・男をダメに、って、私はそういう星の下に生まれたのですか」
最後の言葉の方は声のトーンが下がっていた。
「そんな風に言われたのは初めてです。すっごく驚きました~~・・・・」
「ご、ごめん、なんとなくそう思ったんだよ。朱里、頭いいからかな・・・男の愚かさに寛容で
許しちゃう部分とかありそうで」
あまりの驚きように必死に説明している。
「・・・そういうものですか、やはりそこは硬軟使い分けて」
なんかこの娘いつの間にか正座して聞いてくるんですが。
「相手次第なんじゃないか?男らしく引っ張っていって欲しい、と考えているんだったらその姿勢だと逆効果かも」
「はぐっ!?」
・・・わかりやすいリアクションありがとう。
「そういう憧れがあったんだな」
「女の子は誰でも、ぐいぐい引っ張って欲しいという願望を抱いていますっ!」
「最初に会ったときみたいな・・・ぶつ・・・ぶつぶつ・・・」
「え?何?」
「なんでもありませんっ!」
頬をぷくっと膨らませてくる。
「・・・う~~~~~、改めます。改めなければぁ」
「あはは、朱里はかわいいな」
言葉をかけながら朱里の頭を撫でる。
「大丈夫、朱里みたいに可愛くて気立てがいい子は幸せになれるようになってるんだ。世の中の仕組み的に」
「・・・他人事のように言わないでくださぁい」
朱里も、軍儀とかでは絶対に出さない声。目の端には涙を浮かべていた。
「しかし、意外だったな。朱里があんな話に食いついてくるとは・・・」
ここまで会話が弾むとは正直思ってなかったから驚きだ。
「ご主人様が~~」
やっぱり可愛いな。だが、このまま話していたら楽しくて限がないので、そろそろお開きにしようと思い立ち上がる。
城では愛紗や桃香が、今も精力的に動いてくれている。俺が油を売っているわけにはいかない。
「恥ずかしいです・・・こんなお話をしたことは、誰にも内緒にしておいてください」
「了解。さて、そろそろ政務にもどるな・・・」
「あ、な、長々と」
「いや、こっちも楽しかったよ。ありがとう、いい息抜きが出来たよ。
それに案件の解決策も聞かせてもらったし、朱里さまさまだよ」
「そ、そんな、わたしの方こそ」
「それじゃ、今日はしっかり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます♪」
俺は朱里に背を向け歩き出すが、気になることがあったので足を止める。
「今日、雛里って何してるの?さっきから姿を見ないんだけど」
「むー・・・」
「な、なに?」
雛里の名前を出したら少し不機嫌になってしまう朱里。
「雛里ちゃんは、お部屋じゃないんですかっ」
「・・・??。いや、部屋にはいなかったんだ」
「お部屋に行ったんですか!?・・・そうですか、わたしは雛里ちゃんの次(・)だったんですね」
なんか『次』って言葉がとても強く聞こえたんですけど!?
「何その言い方!?違っ、ちゃんと朱里の部屋にも」
「先にですか?後にですか?」
えーと・・・・って考えるな俺!
「あの、そこ、こだわるところ?」
「今日のわたしは、ご主人様のご忠告を受けて少しイジワルなんです」
「降参!俺が悪かったから、いつもの朱里にもどってくれ」
な、なんでこんなことに・・・。
「あ、ご、ごめんなさい・・・少し、しつこくしてしまいました」
今日の朱里はお茶目で。
「わたしと雛里ちゃん、どちらに先に声を掛けようとしたかだけ教えていただけましたら
もう言いません」
「・・・もうイジメないで!」
少し、しつこかった。
「あー、さっきは大変だった・・・」
朱里にしつこく聞かれた俺は、その場を戦略的撤退でなんとか逃げ切り、執務室に居る。
後で会って、もし、また聞いてきたらどうしよう・・・。
ええい!考えるのはやめよう。な、なんとかなるさ。ポジティブだ、ポジティブに考えるんだ一刀。
そうすればきっと、なんとかなる。・・・・よし!今は残りの書簡を片付けてしまおう。
そう思い、残りの書簡を片付けていると部屋のドアがガチャと開いた。
「ん?・・・・誰だ?」
俺は顔をあげ、ドアの方に向く。すると、半開きになったドアの隙間から見知ったとんがり帽子が
ちょこんと見えた。
「お、雛里じゃないか。どうした?」
名前を呼ぶと『し、失礼します!』と言いながら、部屋の中に入ってきた。
「雛里、今までどこにいたんだ?全然姿を見なかったが・・・」
「は、はい、その、愛紗さんのお手伝いをしてました」
「なるほど・・・そっか、ご苦労様、雛里」
俺は椅子から立ち上がり、雛里の傍まで行き頭を撫でる。
「・・・・・・♪」
少し緊張が解けたような表情をする雛里。なんか一日一回は誰かの頭を撫でているような気がする。
「それで俺に用なんだろ?」
「・・・はい、愛紗さんにこちらはもういいから、ご主人様の方を頼むと言われまして」
愛紗・・・なんだかんだ言ってもいつも心配してくれるよな。
後でちゃんとお礼言わなきゃな。とそのまえに、
「ありがとう、雛里。いつも俺達のこと支えてくれて」
雛里にも感謝だ。いつも俺達のために知恵を絞って政務を手伝ってくれている(主に俺と桃香)
「い、いえ!?その様なお言葉、滅相もございません!?」
ありゃ・・・また、緊張しちゃった。
「そんな固くならなくてもいいよ~」
「・・・すいません」
ああ、今度は落ち込んじゃったし、なかなかうまくいかないなぁ・・・。
「よし!雛里、仕事が片付いたら、市でも見に行かないか?」
「・・・街にいくのですか?」
こうなったらなるべく近くに居て少しでも慣れてもらおう。
「うん、そろそろ昼頃だし、仕事が終わったらご飯食べに行こうと思ってたんだけど
一人で食うのも、寂しいからさ、一緒に食べに行ってくれるとありがたいんだけど
どうかな?」
俺からお願いをするように頼んでみる。すると、
「あわっ!?あ、あの、わたしで良ければ、よ、喜んでお供します!」
本当はお礼なんだけど、そう言うと遠慮してカチカチになると思ったので
俺の都合に付き合ってもらう感じにする。
「そうか、それじゃあ、さっさと残りの書簡を片付けるとしようか、雛里」
「・・・はい」
それからある程度会話も弾みつつ、政務をこなしていった。
(仕事中・・・)
「よし、これで終わったー!」
雛里が手伝ってくれたおかげで、予想以上に早く今日の分の政務が終えることができた。
時間もちょうどいい時間になっている。
「雛里、ありがとう。おかげで捗ったよ」
また雛里の頭を撫でる。撫で心地は抜群だ。雛里の頭を撫でていると心が和んでくる~。
「あわ・・・・・♪」
「それじゃあ、時間もちょうどいいし、行こうか雛里」
俺は雛里に手を差し出したが、困ったような顔をしていた。
「どうした?・・・あ、手、繋ぐの嫌だったか?」
「い、いえ!?その様なことは決して!・・・・・・・あの」
「ん?」
雛里は目の端に涙を溜めながら、
「街に行くと、人攫いが出るって・・・・誰かが」
「・・・・・・」
「試着室に穴が開いてて・・・袋詰めにされて、裏口から担ぎ出されちゃうです」
「・・・えっと、ひとつ聞くけど、それ言ってたのって星じゃない?」
それを聞くと雛里は無言で目線を逸らす。はい確定。
つーか星はなんて事を雛里に言ってるんだ!まったくウチの娘に変な事吹き込まないでほしいものだ。
心境はどこかのお父さん。
「大丈夫だよ、雛里。もしそんなことが起こっても俺が守るから、だから安心して」
ポケットからハンカチを取り出し、目の端にある涙を拭き取る。
「・・・ご主人様。・・・・はい」
雛里の返事は力強かった。どうやら俺を信じてくれたらしい。
「それじゃ、改めて」
再度、手を差し出すと今度は手に少し暖かい圧迫感を感じることができた。
「よ、よろしくお願いします!」
そうして俺と雛里は街へと下りていく。
「・・・凄い人です」
下りてきて雛里の最初の一言。街の市はとても賑わっていて人、人、人だらけだった。
そう考えていると、握っていた手にギュと力が込められる。
それに気づき雛里を見てみると少し震えていた。そんな姿を見て俺も握り返す。
「あ・・・・ご主人様」
雛里は小さく名前を呼びこっちを見ていたので、俺は何も言わず笑って返す。
そして、顔を前に向け雛里の歩幅に合わせて歩き出す。
だが、この人の多さ。俺は大丈夫だが雛里は少し人にぶつかりながら歩いている。
これじゃ、危ないと思い人が少なくなるまで、どこかの店で休もうと考え
近くにあったオープンカフェみたいな店の席につく。
「いやー、ここまで人がいるとは思ってなかったな」
最近、市が活発でお金の回りがいいって報告はあったけど、ここまでとはな。
これも、みんなのおかげだな。うんうん。
と考え頷いていると、向かいの席に座ってる雛里が赤くなって俯いていた。
「気分でもわるいのか?」
「・・・ち、違いますっ、あ、あの、こういうお店に来た事がなくて、恥ずかしいです」
「こういうのって?」
この店何か変かな?外にテーブルと椅子があって、この時代にしてはオシャレだと思うんだが。
「お外でお茶なんて・・・」
ああ、確かにこの感じだとお茶してるように見えるよな。・・・これってチャンスなんじゃないか?
元々、緊張してもらわないために誘ったようなもんだ。だったら飯屋じゃなくてもここでいいじゃん。
腹は減っているが、茶屋でも食べるものぐらいあるだろう。・・・よし。
「せっかくだし、本当にお茶にするか?」
「あわ!?あああの、でも」
「いいから、いいから。雛里は何飲む?」
「強引です!?ご主人様!?」
と文句を言っていたが、喉が渇いていたのだろう、注文はしっかりしていた。
「・・・・こくっ」
雛里は、外でのティータイムに緊張してるのか、カチコチと動きがぎこちなかった。
それに、きょろきょろと視線を動かしている。
「雛里・・・そんなにカチンコチンになっていたら、お茶の味も分からないんじゃない?」
「へ、平気です・・・美味しいです、ずずず」
あ。それってまだ熱い――――。
「ひーーーーーーーー!?」
淹れたてのお茶を一気になんて、あ、涙ぐんでる。
「舌がひりひりひまふ~~~~」
「冷たいものでももらおうか?すいませんー、冷たいお茶か何かお願いしますー」
「あひがろうごらいまふ」
・・・雛里には悪いんだが、とても可愛いです。
「リラックスだよ、雛里」
「りら・・・なんですか?
「気楽にってこと。そんなに緊張してたら疲れちゃうでしょ。だから、落ち着いて
今この時間を楽しもうよ」
丁度、冷たいお茶も運ばれてきたことだし。勧めて、テーブルに置いてある焼き菓子を
ひとつ口に入れる。
「お、うまいなこれ。なんだろ?」
雛里も冷たいお茶を飲んで、焼き菓子を食べる。少しは落ち着いてきたみたいだ。
「あ・・・美味しいです♪」
スウィートポテト?に少し似ている感じがする。・・・再現してみてー!
俺の料理人魂に少し火が点いてしまう。
よし、もう一個食べて究明しよう。
「もぐ」
「・・・・・・・」
ん?雛里がポーとしながら俺の方を見てるんだが・・・。
「どうした?食べないのか?」
「あわっ!?あ、はい、頂きます」
俺は雛里が取ろうとしていた焼き菓子を先に取り、雛里の口に持っていく。
「あ~ん」
「はうううぅぅ~~~~ん」
真っ赤になって体を縮めて・・・すぐに、聡明な頭脳は抵抗の愚を悟ったみたいだ。
「あ~~~」
照れながら開けた口に、焼き菓子を放り込む。おお、かなり緊張がなくなってきたな。
「ぱくっ!・・・美味しい♪」
お菓子はいいな。女の子を簡単に笑顔にしてくれる。
「・・・こうしてお茶とお菓子をいただいていると私塾を思い出します」
「・・・私塾?ああ、水鏡さんのところのか。・・・元気にしてるかな~」
二人で目を瞑り、思い出していた。その時は周りの音がピタっと止まったように感じた。
雛里の方が思い出すことが多いだろうが、俺もお世話になったので水鏡さんに感謝しながら思い出していた。
人を守るために人を斬る覚悟を気づかせてくれたのも、この人だった。
最初に街を守ったのも水鏡さんの街だった。
そうしてしばらく思い出し、目を開けた時、雛里と一緒に少し微笑んでいた。
「さてと、そろそろ帰ろうか、雛里」
「・・・はい、あ、でも、お昼はどうするんですか?もう時間過ぎちゃってますけど・・・」
「ああ、それはもういいの。目的は達成したし、ご飯ならもう少ししたら夜ごはんだしな。
雛里はお腹減ってるか?」
「いえ、大丈夫です。あの、ご主人様。目的って・・・」
「いいから、いいから。気にしない、気にしない」
そう言って席を立ち、勘定を払い、雛里と一緒に店をでる。
「・・・やっぱり強引です。ご主人様」
俺に少し慣れてきてくれた、雛里に笑顔を向けながら、人が少なくなってきた
通りをゆっくりと歩きながら城へと帰っていく。
〝愛紗VS?〟
「にゃ、にゃ~にゃ!」
「にゃ~ん!」
俺は今日中庭で、ある動物と話をしている。まぁ大体分かると思うが、そう・・・・猫だ。
今日はいい天気なので中庭で昼寝でもしようと思い、来てみたら先客がいた。
それはこの間、星と話をしていた猫だった。
猫は俺が来たことにビックリしたのか、急に起き上がり逃げようとするが、
その前に俺が猫語で話しかけたら、驚いた感じに止まってくれた。
最初は少し離れて、俺と話していたが、少ない時間で打ち解けあい、
今では俺の膝の上で丸くなって話している。
ここからは翻訳して話しているのでそのつもりでよろしく。
・・・誰に言ってんだろう?俺。
「この間、雄猫に口説かれたんだけどね」
「ほうほう」
ちなみにこの猫はメスだ。
「これが全然ダメな猫でね、雀もろくに獲れないやつなの」
「なるほど。・・・雀ね」
人間の俺にはよくわからないが、雀が獲れなきゃ鈍くさいらしい。
うーん。なかなか猫の世界も難しいな。
俺の世界では、猫は人間に媚を売って一人前らしい。まぁ相手にもよるけど。
「それで、その猫を振ったのか?」
「当然振ったわよ、でも、そいつしつこくてさ。困ってんのよ」
「それは大変だな。なんとかしたいとこだが・・・」
俺になんかできることあるかな?
「そうね。・・・あんた」
ねっちゃんが俺の膝からピョンと降り、前に座り俺の事を見る。
ねっちゃんとはこの猫の名前。俺が勝手につけました。本人(本猫)は、
あまり気にしなかったのでこの名前に決定した。
「・・・わ、わ、私の彼氏にならない?」
「・・・・・・・・・は?」
俺の聞き間違いか?今とんでもないことを聞いた気がする・・・。
「あの・・・すいません、もう一回お願いします」
「だ、だから、私の、か、彼氏にならないかって」
「・・・・・・・・」
どうやら聞き間違いではなかったようだ・・・。
「・・・そ、それは、また・・・」
「か、勘違いしないでよね。し、しつこいあの猫を追い払うためなんだからね!
そこんとこわかってるっ!」
お、俺の気のせいか?若干顔が赤いような・・・。いやいや!そんなことより、
「・・・いや、あの、確認しますが俺人間ですよ?」
「・・・愛に種別は関係ないわよ」
そ、そんな事を顔を逸らして赤くなりながら言わないでくださいぃぃぃ!!
ど、どうしたらいいんだ!?これってツンデレの告白?
それとも、本当に追い払うためだけの彼氏役?
いや、それ以前に人間の俺にどうしろとぉぉぉぉ!?
猫にこんなこと言われたの初めてだからわかんねぇぇぇ!?
俺は頭を抱え悩んでいた。そして、俺が知らないうちにねっちゃんも悩んでいた。
(わ、私!言っちゃった!は、は、恥ずかしいーー!)
一刀には少し赤いように見えてたかもしれないが、実はもっと赤かった。
本当はここから逃げ出したいほどに恥ずかしい。けど、
(後悔はしたくない!後押ししてくれた、星さんのためにも。そして自分のためにも!)
一目惚れだった。あの物見やぐらであった時、ビビって感じたあの感覚今でも忘れない。
その時は恥ずかしくてすぐに逃げちゃって、後は毎日、目の前にいる人を思い浮かべていた。
そんな時に星さんに、偶然再会して相談したら、応援してもらった。
この中庭で寝てたのだって、前にここで鍛錬してたの知ってたから、また会えるかなと思って
ここにいたんだもん。そうしたら、運命の再開。ビックリして私は逃げたかった。けど、
この人は呼び止めてくれた。この人も覚えててくれた。だから・・・。
「・・・へ、返事は?」
「・・・へ、返事は?」
俺は悩んだ。悩みまくった。猫とはいえ、俺を好きでいてくれている。だから・・・おれは、
「・・・・・お、俺は、ねっちゃんとは―――――」
と俺が言おうとしたその時、
「・・・ご主人様」
後ろから声を掛けられた。俺は言葉を詰まりながらも振り返ってみると、そこには
哀れみの眼で俺を見ている愛紗がいた。
ここからは翻訳解除。
「あ、愛紗じゃないか。どうしたんだ?・・・なんでそんな眼を」
「・・・ご主人様。すいません!この関雲長、一生の恥!」
急に謝りだす、愛紗に俺は戸惑う。
「ど、どうしたんだよ?急に謝りだして」
「ご主人様が政務の重圧でここまで、ここまで病んでおられるとは。家臣として気がつかず
申し訳ございません!」
深々と頭を下げる愛紗。そんな愛紗に俺は意味が分からず、さらに戸惑う。
「・・・あの、本当にわからないんだが。病んでるって・・・どうしてそう
思ったんだ?」
「どうしたもなにも、私が自室に戻ろうと思い中庭を通りかかったとき、
変な声が聞こえてきたんです。気になってその声のする方に来てみたら、
ご主人様が『にゃ、にゃ、にゃ』と・・・」
・・・・・・・・・。
「これが病んでなくて、何だというのです!」
愛紗が両手で顔を覆い、涙声になっている。
・・・な、なるほど。確かに、こんな所で『にゃーにゃー』言ってたら、
病んでるか、変人。どちらにしても普通の人には見えないだろうな。
愛紗は猫語を話せないみたいだな。だったら、ちゃんと説明すれば大丈夫だろう。
「愛紗、聞いてくれ。これにはちゃんと理由が――――」
と俺が理由を話そうとした瞬間に、愛紗は後ろから両肩を掴み俺を立たせる、
そして、自分の方に体を向かせ、
「何も言わないでください、ご主人様。この関雲長が絶対に治してみせます」
―――――もう何を言ってもだめだ。眼を見ただけで分かる。
この状態の愛紗は俺の言う事を聞いてくれたことが一度も無い。
「とりあえず、ご主人様の自室に参りましょう。今日一日、ご主人様は政務を
しなくて結構です。私が看病して差し上げます」
そう言いながら、俺の手を取り引っ張っていく。
「いや!?ありがたいけど、愛紗、仕事は?」
俺は説明するのを諦め、この状況を打開するべく仕事の話を切り出す。
「それは大丈夫です。今日の分はすでに終わっています。安心してください」
わーい、それは安心だ!ははは、看病って何されるんだろうー!
とりあえず開き直ってみました。
とそんな時、愛紗の目の前にねっちゃんが威嚇しながら立っていた。
「にゃー!!にゃ!にゃあ!」
(ちょっと!一刀を連れていかないでよ、この泥棒猫!)
「・・・猫?」
愛紗は不思議そうにねっちゃんを見ていた。さっきから俺の近くに居たのだが
愛紗には眼中に無かったようだ。
「可愛い猫だが、今はそれどころではないのだ」
そう言ってねっちゃんの横を通り過ぎようとするが、
「にゃあああーーー!」
(何行こうとしてんのよーー!)
叫びながら、愛紗に飛び掛っていくねっちゃん。
「なっ!?」
後ろから飛び掛れたが、愛紗は俺と手を離しその攻撃を避ける。
「にゃ!」
(ちっ!外した)
ねっちゃんは着地した後、愛紗と距離をとる。
「なにを――――」
愛紗はねっちゃん方を向いた瞬間、言葉を失った。
(な、なんて異様な雰囲気を漂わせている猫なんだ!?)
ねっちゃんからは猫とは思えないほどのオーラ的なものが放出されていた。
って!見てる場合じゃない!説明しなければ、なんか大変なことに!
「愛紗、あの猫は―――」
「わかっています。・・・あの猫、ただの猫じゃないですね」
・・・・・いや、ただの猫なんですが。
「愛紗、そうじゃなくて――――」
「ご主人様は下がっていてください、ここは私が」
ああ!?もうなんで!?いつもはちゃんと人の話を聞いてくれるのに!
こういうときには聞いてくれないの!
「フシャーーーー!」
(一刀!何そんな女とイチャイチャしてんのよ!?)
ええ!?なんか俺に怒りが!
「にゃあ!にゃー!」
(ねっちゃん!この女の子は―――)
「《ウル・・・・ウル・・・》ご、ご主人様・・・」
はっ!?しまった!?また猫語で話してしまった!
「ち、ちがうんだ、愛紗!これは猫語と――――」
「また病んだ症状が出てきましたね、早くお休みにならなければいけません!」
ちぃぃぃがぁぁぁぁうぅぅぅのぉぉぉぉにぃぃぃぃ!!
・・・・・・・もう、いやだ。ぐすん。
俺は中庭の隅っこの方に移動し、膝を抱え座り込んだ。
その間にも、愛紗対ねっちゃんの勝負が始まろうとしていた。
「シャアアアア!」
(よくも乙女の告白を邪魔してくれたわね!この乳デカ女)
「なんでこの猫は私の事をこんなに威嚇してくるのだろう?」
二人の言葉は会話にすらなるはずも無かった。
「にゃぁー!」
(言葉で責めても、伝わらないなら拳でわからせる!)
「ん?来るのか?」
「ミャアアシャアア!」
(喰らいなさい!必殺・激〝猫連拳〟)
ねっちゃんは愛紗の顔面目掛けて飛び掛る。
そして、前足で連続猫パンチを繰り出している。
しかし、愛紗はそれをしゃがんで避け、ねっちゃんは通り過ぎてしまう。
「にゃ!?」
(にゃんと!?)
技は不発に終わり、地面に着地しようとするがパンチを繰り出している
状態なのでうまく着地できず、地面にペターンとダイブしてしまう。
「にゃ、にゃ~ん」
(む、無念・・・)
「まったくなんだというのだ?」
愛紗は倒れている猫に疑問を持ちながらも、一刀のところに行く。
「ご主人様、終わりましたよ。異様な猫は退治しました」
「・・・ああ、そう」
俺は項垂れながら力無く返事する。
「先ほどより元気がありませんね?早くお部屋に参りましょう」
「そうですね・・・」
そして、俺はなぜかニコニコ顔の愛紗と共に自室に向かった。
「にゃぁ~ん・・・」
(あの乳デカめ・・・覚えていろ~!)
猫はムクッと起き上がり、街へと帰ってった。
そして、俺は今日、具合が悪くなってしまった。
それはなぜか?、それは・・・それは・・・愛紗の料理を食べたからだ。
自室に着いた俺と愛紗。愛紗は俺を寝台に寝かせ、元気が出るものを作ってくると言いだし
厨房へと走っていった。そして、待つこと数時間後に『それ』はやってきた。
愛紗は手に小さい土鍋のような物を持っており、『それ』からは鼻を指す刺激臭が漂っていた。
『それ』を目の前で蓋を取られた時は、ビックリ仰天。お粥みたいな物はとても言い表せない色をしていた。
本人は笑顔で『それ』を持っていて、俺は天使が死鎌を持っているように見えたのは言うまでもないことだ。
そんな笑顔で勧めてくるものだから、俺は覚悟をして『それ』を食べた。結果は・・・・まぁ言わなくてもわかるよな。
感想を聞いてきたときは、どうしようと思ったが俺は、汗まみれの笑顔で、
『・・・ううぅ~~~~~~ん、美味いっ!』
と一言、言いました。その一言で気分を良くしたのか、愛紗は頬をほんのりと赤くなっていた。
がんばった俺は、愛紗に少し寝るからと言い、愛紗は気分よく部屋を出て行った。
そして、夜、現在。
――――俺は寝苦しい夜を過ごしていた。
〝反董卓連合・壱〟
俺達が平和な日々を過ごしているころ、知らないところでこの大陸の運命を変える
大きな出来事が起こっていた。
漢の皇帝、霊帝の死。
この国の支配者が死んだことで、黄巾の乱から朝廷内に燻っていた権力争いが具現化した。
朝廷内を牛耳る宦官・十常侍と、軍部を握る軍人とが、自分たちの懐中にある皇太子を即位させようと
血で血を洗う権力闘争を起こした。
この先はややこしいので飛ばすが、まぁ董卓がうまいことやって、現代で言う総理大臣みたいな位
につけて、朝廷内を牛耳っている。
それを河北の雄、袁紹が反董卓連合結成の檄文を、各地の割拠する諸侯に飛ばしたそうだ。
「・・・という、経緯まで懇切丁寧に書かれた書簡が届いたんだけど」
届いた書簡を皆に回しながら、これからの方針を相談しあう。
「俺達はこの呼びかけに答えるべきか。・・・その辺りの意見を皆に聞きたい」
みんなを見渡しながら話をする。
「当然参戦だよ!董卓さんって長安の人たちに重税を課してるって噂を聞くし。そんな人を天子様の傍に
置いておくなんて言語道断!さっさと退場してもらわないと!」
桃香が少し興奮気味に話してくる。
「桃香様の仰る通り。力無き民にかわり、暴悪な為政者に正義の鉄槌を喰らわせなければ」
「悪い奴は鈴々がぶっ飛ばしてやるのだ!」
桃香に賛同するように愛紗・鈴々が各々に意見を言う。
三人は連合に参戦の意見だが、それとは対照的に首を傾げる素振りを見せる、もう一方の三人がいた。
「・・・星、朱里、雛里の意見は?」
「ふむ・・・桃香様や愛紗たちが言うのも尤もだと思うのですが」
星の言葉に愛紗が反応する。
「なんだ。星は反対とでも言うのか?」
「そうは言わん。ただ・・・」
「この手紙の内容が気になっているんですね?」
「・・・軍師殿も同じか?」
朱里と星の考えていることは同じのようだった。
「はい。敵対勢力について書いてあるとは言え、あまりに一方的過ぎるかと・・・」
「一方的~?・・・どういうことなのだ?」
「董卓さんは悪い奴。だからみんなで倒そう・・・分かりやすいことばかり書かれていますけど、
この手紙はそんな単純なものでは無いと思うんです」
雛里も星、朱里と同じ考えのようだ。
「これは諸侯の権力争い。・・・抜け駆けして朝廷を手中に収めた董卓さんへの諸侯の嫉妬が、このような形で現れたと見るべきです」
「・・・うー。そんなに複雑に考えなくちゃいけないことなのかなぁ?。今、董卓さんに苦しめられている人たちが居るってことだけで充分だとおもうんだけど」
「董卓さんの圧制に皆が苦しんでいる。・・・それが本当ならば桃香さまの仰ることも尤もなんですけど・・・」
「なるほど・・・嘘の可能性があるって事?」
俺は星たちの考えを聞いた後思ったことを口にする。
「嘘とまで言えるかどうか分かりませんが、逆にどこまで本当なのか。
その辺りを見極めなければならないかと・・・」
「う~~・・・なんだかややこしいのだぁ~~・・・」
鈴々が頭を抱えて困っていた。
「それが政治というものだ、鈴々よ」
「我々はすでに流浪の義勇軍ではなく、一つの地域を支配する候ですからね」
「それに・・・すでに漢王朝に崩壊の兆しが見えている以上、先のことを見据えて
動かなければ、私たちのような弱小勢力は巨大な濁流に呑み込まれるのは必至だと
思います」
さすがは俺たちの軍の二大軍師よく考えていてくれる。
「・・・自分たちの理想を実現するためにも、その理想を客観的に見つつ、
実現するために現実的な考え方をしろ・・・そういうことか」
「理想というものは大切だ。だが自分で自分の理想の目映さに目を眩んでいては、
いつかは転んでしまうだろう?」
〝理想を抱いて溺死しろ〟という言葉がみんなの頭をよぎったのは言うまでもないことだ。
「太陽は蒼天に、確かにあるのだから。その光を浴びながら地に足をつけて歩くことこそが重要だと、
私は思うのだよ」
真面目に聞いている俺だったが、星、かっこいい。
「星ちゃんの言いたいことは分かるけど・・・でも、じゃあ私たちは参戦しない方が良いって事?
・・・そんなのいやだよ」
おっと、集中集中。
「例え圧制の確たる証拠が無いにしても、苦しむ庶人がいる可能性があるのならば、
私はその人たちを助けに行きたい・・・」
「・・・私とて本心ではそうなのだがな。・・・さて。どうする、主」
皆の意見は出揃った。・・・そんな表情で俺を見つめながら星は口を閉じた。
「・・・・・」
皆の視線が集まるなか、出揃った意見を頭の中でまとめていく。
この手紙・・・河北の大領主、袁紹から来た決起を促す手紙の内容は、朱里の言うように様々な裏があるように思う。
だけどその裏を深読みしすぎれば、今、現実に困っている人がいるかもしれないという、愛紗の言葉の真理を見失うことになる。
俺達が何を思い、どうして今まで戦ってきたのか。それを考えれば・・・思い悩む必要など無い。
「・・・連合に参加しよう」
星の言っていることも、朱里や雛里の言っていることも一理あるってのは、よく分かる。
よくわかるからこそ、手当をしておけば最悪の事態を回避することだって可能だろう。
「蒼天に輝く太陽を見ながら、杖を持ってしっかり歩けば転ぶ事だってない・・・俺はそう思うんだけど、皆はどうかな?」
「さんせー!さんせー!ご主人様の意見に大賛成!ご主人様の言う通り、準備万端に整えておけば、どんなことがあっても平気だって!」
「私も賛成です・・・我が青龍刀は、弱きものを守るためのもの。圧制に苦しむ庶人がいるかもしれないのなら、この目で確かめ、そして正義の刃を振るいたい・・・」
「鈴々もお兄ちゃんに賛成なのだ!」
もともとこの連合に賛成だった三人は、一も二もなく声を上げる。
「星たちはどう?」
「・・・我等とて庶人の辛苦を見かね、立ち上がったものです。連合に参加することに対して、いささかの異議もない」
「そうですね。そこまで考えてのことなら、いざという時にすぐに対応できますし」
「・・・(コクコク)」
「なんだ。結局、お前たちも賛成なのではないか」
「だったら最初から素直にそう言えばいいのだ」
「・・・そうは言うがな。理想に猛進しすぎる人間が居る以上、誰かが制動を掛けなければ、その集団は暴走し、やがて自滅することになる」
「見えていない事象に注意を喚起するために、反対意見を提起するのは軍師の役目でもありますから」
「・・・わたしたちだって、辛い目にあっている庶人を助けたいって、そう思っています・・・」
三人には損な役回りをさせちゃったな・・・。
組織全体のバランスを考えて、敢えて反対意見や慎重な意見を提示する。
「うん。朱里たちの想いはよく知っているよ」
「だからこそ参加しようって決めたんだ。圧制に苦しむ人間が居るかもって聞いたら、みんな黙っては居られないだろうから」
「さっすがご主人様!みんなの気持ち、ちゃんとわかってくれているね♪」
「付き合いも長くなってきたしなね。・・・それに俺だって辛い思いをしている人たちを助けたいって思う」
あっちの世界に居たときは、そんなことを考えたことは無かった。
だけどこの世界に来て、桃香たちに出会い・・・理想に邁進する姿を見るうちに、気高さに感動したんだ。
この理想は桃香たちにもらったものだけど、でも俺の心の中で理想は消えず燃え続けている。
「・・・よし。じゃあ俺達は連合に参加するってことで決定だな」
「うん!」
「ふむ。・・・腕が鳴るな」
「鈴々の出番なのだー!」
出陣と決定して、武闘派たちが一気にテンションをあげるなか、
「あわわ・・・朱里ちゃん、兵糧とか軍資金とか、どれぐらい用意できそう?」
「うーん・・・出陣する兵数が決定してないから分からないけど、そんなに多くは用意できなかも」
内政担当の朱里と雛里が、コソコソと何かしら相談していた。
「ん?二人とも何の相談?」
「あ、えと・・・」
雛里が言いにくそうに口篭っていた。
「・・・実はですね。連合に参加するにしても、お城にある兵糧の備蓄と、軍資金の方が少し足りないかもしれないんです」
雛里の代わりに朱里が少しすまなそうに言ってきた。
「ええ!?そうなのっ!?」
桃香が驚いていた。・・・いや、桃香が驚いてどうするよ。
「はい。この地に赴任して日が浅く、税収を得るためのしっかりとした組織を構築することが出来ていませんから・・・」
「むぅ・・・それは難儀な問題だな」
「お腹減ったら戦えないもんなー」
「だが連合結成に遅れる訳にはいかんだろう。・・・何とかならんか、軍師殿」
「何とか、ですか・・・うーん・・・」
さすがの二大軍師もいい案が思いつかず、唸りながら悩んでいた。
まぁこればかりはどうしようもないよな・・・。しょうがない、
「無い袖はふれないだろう。アレしか方法は無いんじゃないか?」
「そうだねー。アレしか方法は無さそうかなぁ」
「う・・・アレですか」
「アレは結構恥ずかしいのだぁ~・・・」
「ちょっと格好悪いよね、アレ・・・」
「でも仕方ないよ。アレをするしか・・・」
俺の〝アレ〟の言葉に口々に、皆が皆一様に気乗りのしない呟きを漏らす。
「・・・アレ?アレとは一体何なのです?、主」
「うん。名づけて、寄らば大樹の蔭方式~♪(ダミ声)・・・って訳で、とりあえず準備できるだけ準備して。あとはよそ様にお世話になろうという方法のことだよ」
以前、華琳達と黄巾党を討伐していた時に使った方法だ。俺が桃香達の所に合流したのはよかったが聞くと兵糧も軍資金もギリギリのやりくりをしていた。だから俺は華琳に頼み込み、足りないものとかを分けてもらったのだ。
・・・懐かしい思い出だ。・・・その分だけ働かされたけど、当然といえば当然だよな。
「・・・なるほど。それはなかなか良い案ですな」
おっ!星は好評価の様子だ。
「な、何?星はご主人様の案に、何も思うところが無いのか?」
「なんだ?お主はあるのか?」
「・・・他人の物をアテにするのは、私の矜持には合わないというか・・・」
「ご飯とかをちゃんと持っていけないのは、貧乏だなーって感じて、何だか切なくなってくるのだ」
「二人の気持ちは分かるけど・・・でも貧乏なのは事実だし、今は仕方ないよぉ~」
「桃香様の仰るとおり。・・・我らは矜持のために戦っているのではない。民草のために戦っているのだからな」
「う・・・それは分かっているが・・・」
自分自身の心の動きの折り合いがつけられない様子の愛紗に、
「まぁ格好悪いのは事実だから、愛紗の気持ちもよくわかるよ」
「・・・だけどさ。今、一番大切なことは、連合に参加して、董卓の圧制に苦しんでいる人が居ないかを確認することじゃないかな?そのためにも早期の段階で連合と合流して、情報を集める方がいいと思うんだ」
「兵糧を買い求めて、準備万端整えて出発・・・っていうのが理想ではあるんだけどね。
だけどそれをする時間がない以上、貧乏だの何だの言われようと、聞こえないふりするしかないよ」
「名より実って言うのかな。今の俺達は実を最優先にしたほうがいいと思うんだけど。・・・どうかな、愛紗?」
愛紗は黙って俺の言うことを聞いてくれていた。他のみんなも俺の言葉を真剣に聞いていてくれた。
「・・・はい。確かにご主人様の仰る通りです・・・」
恐らく、自分の意見のダメなところっていうのを愛紗自身、気づいていたのだろう。
俺の言葉に素直に頷くと、
「どうにも・・・私は面子というものに拘りすぎなようですね・・・」
「そんなことないよ。拘りっていうのは大切なことだと思う。・・・ただ今回の場合は、状況が少し違ってたってだけかな」
落ち込んだ愛紗をフォローするように言った後、みんなのほうに向き直る。
「他に誰か意見のある人はいるかな?」
俺の問いかけに、皆が一様に首を横に振る。
「よし。それじゃあすぐに出陣の準備に移ろう!」
その言葉にみんなが返事をし、解散するはずだったのだが、
「ご主人様、私は何をしたらいいかな?」
と桃香が聞いてきた。
「桃香は待機、かな?こういうのは専門家に任せたほうがいいと思うし。適材適所ってヤツさ」
桃香は最近頑張っているので休ませようと思い、そう言っておく。
「適材適所?・・・私の適所ってどこだろう・・・」
・・・なんか悩んでない?
「桃香様は我らの御旗。些事は我らに任せ、どっしりと構えていて下せれば良いのです。
無論、ご主人様も待機していてください。ご主人様も我ら御旗なのですから」
・・・どっしりと構えている桃香・・・想像できないんですけど。
って、あれ?。
「いや、俺も手伝えるし、てつだ―――」
「ダメです」
はい、即否定。気持ちいいくらいスパッと言ってくれました。
少し落ち込んでいる俺の横で、星が
「人は御旗の下で一つになれる。だが御旗となり得る人物はそうはいないのだから、桃香様は
ご自慢の乳房通りに胸を張っていれば良い」
ぶっ!?何を言っているんだ、星は!
「・・・どうせ無駄に大きいですよ~だ」
そして、桃香も何を言っているんだ。だがここは、
「いやいや。おっぱいには何の無駄もないよ」
俺、ナイスフォロー。
「・・・ご主人様?」
愛紗が呆れた眼で俺を見てきた。
「ほお。主もなかなかいいますな」
「はぅ・・・ぺたんこの立場は・・・」
「・・・(ウルウル)」
「鈴々だっていつかおっぱいおっきくなるもんね!いーっだ!」
「ご主人様ってばスケベ・・・」
ペロッと舌を出した桃香が、俺の視線を避けるように胸を隠す。
あ、あれ?ナイス・・・フォロー・・・どこに行った?。
「ま、まぁそれは冗談として」
なんとかこの状況を打破すべく俺はおどけてみせる。
「どの辺りが冗談なんだか」
「今更言いつくろっても意味ないです・・・」
愛紗・雛里が打破させてくれなかった。
「くすん・・・フォローしただけなのに」
と小声で言っている俺。
「うう・・・人徳ないなぁ、俺」
「この場合、人徳じゃなくて気遣いが足りないんだと思います・・・」
朱里が追撃の一言を、自分の胸をペタペタと撫でながら、恨めしそうに非難する。
「うう・・・すいませんでした・・・」
「ふふっ、まぁ朱里や雛里は将来有望だから気にするな」
「なんだとー!じゃあ鈴々はおっぱい大きくならないっていうのかー!」
・・・なんかどんどんと変な方向に話がいきはじめたぞ。
俺から始まったことなのだが、ここはなんとかしないと。
「いやいや。鈴々ならば胸を大きくしないほうが、逆に魅力的だと思うのだが。・・・どうかな、主」
何とかしようと思った矢先、同意を求められてしまった。ここで俺は、
「・・・あり。大いにあり!」
意味ありげに微笑みを浮かべる星の手を、ガッチリと握り締める。
すいません、なんとかできませんでした。
「はぁ・・・二人してバカなことを。もういい。鈴々、準備にいくぞ」
「おっぱい、大きくなくても有りなのかぁ~・・・」
「・・・つまらんこと言ってないで早く来い」
「あぅ!イタイイタイ!愛紗、耳を引っ張るのは反則なのだぁ~!」
スタスタと鈴々を引っ張って行ってしまった愛紗。
「雛里ちゃん、私たちも準備にいこっか」
「・・・(コクッ)」
朱里と雛里も手を繋ぎながらこの場から去っていった。
「私も部屋で待機してよぉ~。適材適所♪適材適所♪」
そういいながら、歩いていく桃香。
「では、主。私もそろそろ」
そう言って、一礼をして準備に行った星。
「・・・・・」
この場には俺だけが取り残されてしまった。
「俺も自分の準備くらいはしてもいいよね?」
答えてくれる人も居ない中で、呟く。
「ぐす・・・行こう」
眼から汗が少し垂れるのを、手で拭きながら俺も移動した。
こうして、弱小勢力ながら連合に参加することになった俺達は出発準備に幾日かの時間を費やした。
待っているであろう、戦いのために。
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待っていたあなたも、待っていないあなたも
読んでくれるありがたさに感謝を込めます。