No.135308

真・恋姫†無双~薫る空~第63話 覇道編司馬懿√

すっかり月1更新になってしまっている和兎です。(´・ω・`)
このあたりでルート化した話になってきます。

2010-04-09 16:53:45 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:4088   閲覧ユーザー数:3494

 

 

 ――天水城

 

 夜も更け、空には月がほぼ真上に上っていた。

 消灯の時刻を過ぎているために、城内は非情に暗く、目がなれないうちは足元さえはっきりと

 

は見えない。

 薄暗い廊下に、足音が一つ鳴り響く。

 世にはすっかり裏切り者としての風評が流れてしまった、司馬懿。

 

【司馬懿】「………………」

 

 一人ゆえか、特に話すことも無く、ただ窓に映る空を眺める。

 空には月同様、星が輝いていた。ずいぶん綺麗にかがやくそれは、司馬懿にとってはどこか嫌味たらしくてしょうがなかった。

 ただそこに在るだけで人を魅了させる星。

 どれだけ動いても、人一人の願いを叶えることさえ出来ない人間。

 

【司馬懿】「いつまで黙ってるのよ」

 

 その苛立ちをぶつけるように、司馬懿は一人呟いた。

 しかし、それは正確には独り言とは呼べない。なぜなら――

 

――”別に黙っているつもりじゃなかったんだけどね”。

 

 頭の中に直接聞こえてくる声。内側から聞こえるという奇妙な現象は、人格が二つ存在していることから成り立っている。

 

【司馬懿】「あたしは手伝いだったはずなのに……」

 

――”あはは……。でも、私は……星は詠めないから”。

 

【司馬懿】「初耳なんだけど?」

 

――”私は「ここ」では他人だからね……”。

 

【司馬懿】「元凶のくせに他人事ってどういうことよ」

 

――”…………”。

 

【司馬懿】「……ごめん。言い過ぎた」

 

――”ううん”。

 

 司馬懿はばつの悪い顔になって、俯く。

 内側にいるもう一人が、自分にとって納得のいかない行動をする。

 けれど、その理由は怖いくらいに共感してしまう。なにより、逆の立場だったらと考えた時に、自分も同じ行動をとっているだろうという答えに行き着いてしまうのだから、共に嘆いていればいいのか、動けるよう叱咤することがいいのか、分からなくなる。

 

【司馬懿】「……ただ、ちょっと……疲れたかも」

 

――”そっか”。

 

【司馬懿】「後……お願い……」

 

 小さくなっていく声が途切れ、一瞬、司馬懿は倒れそうになる。

 

【薫】「――……おやすみ。ゆっくり休んでね」

 

 しかし、膝が少し落ちそうになるところで、体勢は立ち直った。

 

【薫】「さて……っ!ごほっえほっ……」

 

 踵を返し、歩き出す瞬間、不意に胸が苦しくなり、薫はむせ返る。

 

【薫】「げほっ……けほっごほっ……ぁぁ……順調……って事、だよね」

 

 最も苦しいであろう心臓の位置を手で少し押さえつつ、暗い廊下を歩いて、薫は部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が経ち、一刀の七日間の謹慎が明けた。

 

【一刀】「終ってすぐにコレか……人遣いあらいなぁ……」

 

 不満げにぼやきながら、一刀は大量の書簡を倉庫へ運んでいる。いつも運んでは整理しているのに、どうしてこの仕事がなくならないのか不思議になってしまうくらいに、その量は尋常じゃなかった。

 しかも、最近では華琳だけではなく、桂花や秋蘭の物まで任されて、労力は二倍以上だ。

 

【一刀】「まぁ、しょうがないか……」

 

 華琳の体裁まで無視して涼州へ向かったのに、結局失敗してしまったんだから。

 しぶしぶ自分を言い聞かせながら、中庭に入ろうかというところ。不意に、威勢のよい掛け声が聞こえてきた。

 

【琥珀】「ったああああ!!!」

 

 一瞬春蘭だと思ったのに、その声はあまりにそいつらしからぬ声だった。

 

【琥珀】「はぁっ!!」

 

 琥珀は地面に深く打ち込んだ杭に、木剣できりつけるように鍛錬をしていた。主に左腕一本で行っているから、やっぱりまだ腕は悪いままなんだろう。

 なのに、どうしてだろうか。その動きは、むしろ前よりも良いように見えた。

 

【一刀】「………………」

 

 思わず見とれてしまうような動き。

 強いと思っていた琥珀の戦い方は、今は寧ろ綺麗と思えるものになっている。

 

【琥珀】「っ!!…………ん、なんだ。居たなら言え。華琳に言いつけるぞ」

 

 こちらに気づいたのか、琥珀は近づきながら一刀にそういった。

 

【一刀】「あ、あぁ……って、華琳になに言うつもりだよ」

【琥珀】「種馬が視姦して「オーケー。俺が悪かった」……むぅ」

 

 むぅじゃない、と一刀は琥珀の頭を指で弾く。

 

【一刀】「相変わらず、どこでそんなの覚えて来るんだか……」

【琥珀】「教材には事欠かない」

【一刀】「誰経由だ。いや、寧ろどこの店だ」

【琥珀】「………………ふ」

【一刀】「なんだその「言っちゃっていいんだな?」みたいな視線は!俺か!俺の知っているところなのか!」

 

 ジト目になる琥珀を問い詰めるが、答えは出ない。

 

【一刀】「はぁ……まぁ、いいか」

【琥珀】「てい」

【一刀】「ああああ!!?」

 

 一瞬油断した時、こつんと琥珀は一刀の抱えていた書簡の山を拳でつつく。

 その瞬間、がらがらと派手な音をたてて、書簡は地面へ崩れ去った。

 

【琥珀】「油断したほうが悪い」

【一刀】「せめて、何するんだくらい言わせろ!」

 

 遠くへ転がらないように、急いで書簡をかき集め、なんとかもう一度うでの中に山を築いた。

 

【琥珀】「はぁ……」

【一刀】「俺のため息を返せ」

【琥珀】「…………くす」

【一刀】「へ?」

 

 少し笑うと、琥珀は一刀から距離をとった。

 

【琥珀】「一刀もちゃんと鍛えておけ。お前、弱いから」

【一刀】「そ、そんなこといきなり言われなくても分かってるよ!」

【琥珀】「ちゃんと、強くなれ」

【一刀】「わかってるよ」

【琥珀】「次は死んでも負けられない」

【一刀】「え、次って、え?」

 

 急に話題がうつったために、琥珀の言葉が一瞬分からなくなった。

 

【琥珀】「華琳が言ってた。……次は劉備とやるって」

【一刀】「そっか」

【琥珀】「だから、絶対強くなっておけ」

【一刀】「あぁ……」

 

 そういえば、琥珀は関羽と何か因縁があるんだったな。

 以前みた関羽と琥珀の会話している時の光景を思い出して、一刀はそう思った。

 琥珀は、この腕でも戦うつもりのようだ。でなければ、鍛錬などしないだろう。

 そんな結論に至って、何か声をかけたくなった。

 がんばろうでも、絶対勝つでも、なんでもいいけど、とにかく前向きな話にしておきたかった。だから、一刀は口を開く。

 

【一刀】「あのさ――」

【琥珀】「私の事は、もう大丈夫だから」

【一刀】「―――……」

 

 『私』の事は。そう言って、琥珀は笑った。

 さっきとは違って、明るい笑顔で。

 

【一刀】「お、おい……」

 

 かけようとした声は、その笑顔で喉の奥へと引っ込んでいった。

 思い返せば、初めてだった琥珀の笑顔なのに、どうしてか、一緒には笑えなかった。

 

【琥珀】「じゃあな、ヘタレ」

【一刀】「あ…………」

 

 俺が動揺している間に、琥珀は振り返ってどこかへと行ってしまった。

 

【一刀】「…………ヘタレって言うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『呉・建業』

 

 

 

 

【雪蓮】「また思い切ったわねぇ~」

 

 建業の城での一室。

 一枚の書を眺めながら、雪蓮は呟いた。

 

【冥琳】「司馬懿のことか?」

【雪蓮】「そうよ。薫もどうせ裏切るならうちに来ればいいのに」

【冥琳】「……穏や亞莎では不満か?」

【雪蓮】「そういう事じゃないでしょ~。うちの子に不満なんてあるわけないじゃない」

【冥琳】「ならあいつの事はもう諦めたらどうだ」

【雪蓮】「ん~……。なんか納得できないのよねぇ」

 

 冥琳の一問ごとに、雪蓮の顔は難しくなっていった。

 

【冥琳】「まぁ、な。五胡を従えたとしても、この国の民から反感を買うだけだ。それを今の時期に強引に推し進める理由がない」

【雪蓮】「そうそう。わざわざ悪者になることないじゃない。しかも野望の薄い馬騰の領土を奪ってよ?」

【冥琳】「もともと馬騰は一族を護れればそれでよいという考えだったからな。だからこそ連合に参加してきたときは少々意外だったが」

【雪蓮】「まぁ、その辺はどうでもいいんだけど」

【冥琳】「薫は我らと旗を分けたのだ。いざという時はきちんと区別しておけよ、雪蓮」

【雪蓮】「…………」

【冥琳】「雪蓮?」

【雪蓮】「はいはい、わかってるわよ」

 

 もういい、とだれた様子で雪蓮は椅子に深く腰掛ける。

 その後も不機嫌そうにぶつぶつとぼやいては、冥琳に名を呼ばれ、分かっているの繰り返し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『魏・許昌』

 

 

 広間で華琳の前に片膝をつく兵が一人。

 兵が華琳へと持ってきた書類は新に領地となった冀州の状況報告のものだった。

 

【華琳】「えぇ、お願いね」

 

 軽く応対した後、華琳の前に膝着いていた兵は立ち上がり、持ち場へともどっていった。

 

【華琳】「ふぅ……」

【葵】「ずいぶん処理するもんが多いな」

 

 端から見ていた葵が、華琳の仕事ぶりを見て口を開く。

 涼州の主であった葵も、同じような仕事をしていたことはあるが、華琳のそれは自分の数倍の量だったために、そんな言葉が出た。

 

【華琳】「あなたのところと違って規模が大きいのだから仕方の無いことよ」

【葵】「そりゃあ……嫌味か?」

【華琳】「別に?」

 

 ”あなたのところ”は今誰が治めているか分かった上での会話である

 実に明るい笑顔で二人は話しているが、周りでその様子を伺っている者からすれば、さながら生き地獄のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな街並み。いつも通りの昼間だというのに、街はありえないほど静かだった。

 通行人がちらほらと見える程度の通りは、これでもかと違和感を訴えてくる。

 ただ、物事にはやはり理由があるわけで、その違和感の答えは一刀の頭上にあった。

 

【一刀】「……一雨くるかな」

 

 春の天気は変わりやすいというが、昨日まで晴れていた空は、一変してどんよりとした曇天にかわっていた。

 本格的に降り始めないうちにと、一刀はいつもより急ぎ目に走った。

 相変わらずの降格処分真っ最中なので、足りなくなった茶の買出しに行くなんて雑用が回ってくるのは当たり前の事だ。

 行きつけの茶屋へと向かう途中には、同じように急いだ様子の人達とすれ違う。ただ自分と違うのは、彼らはこれから家に帰るわけだが、一刀はこれからが仕事なのだ。

 いくつかの角を曲がったところで、ようやくその茶屋が見えた。それほど遠い距離ではなかったはずだが、急いでいる時ほどいろんなものが長く感じてしまうものだ。

 

【一刀】「はっ、はっ、ふぅ……―――っおわ!」

【???】「ぎゃっふん!!」

 

 あと数歩で着くあたりで、突然路地から現れた巨岩にぶつかり、一刀は地に尻をついてしまった。

 

【一刀】「いてて……すみませ――」

【貂蝉】「あらん、虫かと思ったらご主人様じゃないのん♪いやだわん、そんな強引にぶつかってきて~。その気なら言ってくれればこっちから(長くなるのでカット)」

 

 巨岩もとい、今まで見てきたボディビルダーが貧相に見えてしまうほどの筋肉な何かがそこにいた。

 夏場の海によく見る女性用の水着―通称ビキニ―をつけていて、肌を出せる部分は最大限露出し、まさに武器は自分自身と訴えているように存在をアピールしている。もしもこれが美女だったらその魅力は鼻血物だっただろう。

 

【一刀】「………………」

 

 しかし、いかんせん中身が中身なだけに、そのショッキングな映像に鼻血どころか呼吸もままならない一刀だった。

 

【貂蝉】「うふん。感動の再会なんだけどぉ……でも、ここではちょっとまずいのよねん」

 

 筋肉ビキニは何か呟きながら、顎に手を当てて思考にはいる。

 

【一刀】「……っは! え、えと、それじゃ……」

 

 物思いにふける彼(?)を横目にやりすごす。

 

【貂蝉】「――あらん。残念だわぁ、”薫ちゃん”についてお話しようと思ったんだけど……」

【一刀】「なっ!!」

 

 しかし、やり過ごそうとした足は動きを止めた。

 

【一刀】「薫……司馬懿の事、何か知ってるのか」

 

 試すように、一刀は改めて”司馬懿”といいなおした。

 

【貂蝉】「えぇ」

 

 曹操を裏切った軍師として風評の立っている司馬懿を、真名で呼んだ。

 この地では既に董卓や張角といったタブーともされる名前があるが、当然その中には司馬懿の名前も入っている。

 その彼女の事を真名で呼ぶのは、上層部の一部の者達くらいだと思っていたのに。

 

【一刀】「あいつの真名を呼ぶって事は、あいつとは親しいのか」

【貂蝉】「そんなに警戒しなくても大丈夫よん。そうねぇ、薫ちゃんには昔に借りを作っちゃったのよねぇ。言ってしまえばそれだけの関係なんだけど」

【一刀】「借り?」

【貂蝉】「そ。とっても重ぉい借り」

 

 一言喋るたびにくねくねと動くその腰はどうにかして欲しいが、そいつのいう事に嘘は見えなかった。

 

【一刀】「名前聞いてもいいかな」

【貂蝉】「こうして会うたびに聞かれるのもつらいものねぇ……。貂蝉というのよ、ご主人様」

【一刀】「ちょ――!?」

 

 もうどこから突っ込んで良いのか分からない一刀だった。

 

【貂蝉】「あら、突っ込むならお尻からにしてねん。お口でも別にいいけれど♪」

 

 いいながら、貂蝉は自分を抱きしめる。

 

【一刀】「――ズザザザザ(全力で後ずさる音)」

 

 話を聞く、やり過ごす、無かったことにする、なんて選択肢を迫られていた一刀だが、この時点でそれらは逃げる一択に統合された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一刀】「――――で、薫の何を知っているのか聞く前に、なんで此処にいるの華琳サマ」

【華琳】「薫の知り合いがいると聞いて」

【一刀】「いや、誰から聞いたんだ!っていうか、性格変わってるぞ」

【華琳】「うるさいわね。いいから話を進めなさい。貂蝉といったわね、薫とはどういう関係なのかしら?」

【貂蝉】「お友達よん」

 

 進めなさい、といいつつすっかり自分で仕切り始める華琳。らしいといえばらしいが、やはり情報源が気になるところだ。

 話を聞くために、腰を落ち着ける場所を探していたところまでは二人だったはずなんだが。

 

【華琳】「”お友達”ね」

【貂蝉】「嘘はついていないわよん」

 

 それは華琳も分かっているだろう。嘘と分かればさっきから背中に見え隠れしている鎌が飛び出すだろうから。

 

【一刀】「分かってる。でも、”あいつの友達”がここにいるのはおかしいだろ?」

 

 司馬懿と言えば、裏切り者。そういわれているのだから、その友達だなんて名乗り出れば、ただですむはずが無い。

 

【貂蝉】「そうねん。だから、今まで外には出なかったの。薫ちゃんが望んでいなかったから」

【華琳】「なら、今は望んでいるとでもいうの?」

【貂蝉】「…………望む望まない、というより、既にあの子自身戸惑い始めているのよね」

【一刀】「迷い?」

【貂蝉】「えぇ」

 

 今更何を迷うというのか。既に勢力を持ってしまっているというのに。

 

【華琳】「―――薫と連絡は?」

【貂蝉】「一月ほど前からとっていないわん」

【一刀】「俺が向こうにいってた頃だな」

【華琳】「そう……。貂蝉、しばらくの間城へ来てもらうわよ」

【貂蝉】「しょうがないわねん」

【一刀】「つれて帰るのか」

【華琳】「当然」

【貂蝉】「ご主人様、今夜、あいているかしらん?」

【一刀】「な、何するつもりだ……?」

【貂蝉】「もちろん”イイコト”よん♪」

【華琳】「貂蝉、一刀に手を出すなら私に許可を得てからにしなさい」

【一刀】「か、華琳……」

 

 思わずでた君主の救いの手に涙が出そうだった。

 

【貂蝉】「あらん、失礼。じゃあ今夜」

【華琳】「仕方ないわね」

【一刀】「俺の感動を返せ」

【華琳】「一刀、私は先に帰るから、”きちん”と貂蝉をつれてきなさい。わかったわね」

【一刀】「え、先に帰るって華琳一緒に帰らないのか」

【華琳】「私は用事があるから」

 

 といいつつ、華琳は俺から目をそらすように踵を返した。

 

【一刀】「ん……?待てよ。華琳?」

【華琳】「――――ダダダダダッ!!」

【一刀】「……(に、逃げやがった!?)」

 

 突然何事かと思ったが、いなくなった華琳から視線を戻すことでその答えがでた。

 

【貂蝉】「うふん♪」

 

 そう、こいつを”きちん”と城まで同行しなければならないのだ。

 綺麗なものを愛でる華琳としては許せない存在だったんだろう。むしろ今までよく耐えたといってもいいくらいかもしれない。

 しかし、あの冷静な顔で全力疾走するさまは少し……いや、かなりおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――天水城

 

 

 

 『はぁっ!』

 兵舎の修練場から、威勢のよい声が聞こえる。呂布と陳宮の監視のもと、兵達が訓練しているところだ。

 妖術使いと恐れられた五胡といえど、人間に変わりは無く、こうして鍛えなければならない。

 そのことは前回の戦ではっきりした。勝利こそしたものの、白兵戦でのぶつかり合いでは明らかに力負けしている。相手が涼州兵という条件もあるだろうが、これから戦う相手はそれよりもさらに屈強な兵士を持っている。

 油断なんてする暇もなかった。

 

【恋】「ちんきゅ……かおるは?」

【音々音】「まだ部屋で眠っているのです。まったく恋どのがこうして頑張っているのに、君主は呑気なものです」

【恋】「かおるの事悪く言っちゃだめ」

【音々音】「うぅ」

 

 軽く頭をぽんとたたきながら、恋は音々音を叱る。

 

【音々音】「……恋どのはどうして薫に従っているのです?正直、薫の行動には不思議な事が多いのです」

【恋】「……」

【音々音】「あっ、恋どの!――お前達は練武を続けるのです!」

 

 恋は何も言わず、その場を離れる。

 兵の一人にその場の指揮を任せた後、音々音は恋を追いかけ、彼女の部屋へと入った。

 

【恋】「セキト」

 

 部屋にいた恋がそう呼ぶと、寝台の置くから小さな犬が飛び出してきた。

 

【音々音】「セキト、無事だったのですか!?」

【恋】「うん」

【音々音】「あの時に周囲の森にも火が移っていたのに……」

【恋】「街が焼けた後に、森に探しに行ったら、かおるがいた」

 

 

 

 

 ――洛陽陥落後。

 

 恋はよく森に遊びにいっていた。

 任務の無い時はほとんどの時間を森の中で過ごしていた。

 理由は単純で、そこに唯一の友達がいたからだ。

 小さな洞穴のような場所に隠れていた子達を呼んでは、一緒に遊ぶ。それが彼女の日課のようなものだった。

 しかし、洛陽での戦の後、町に放たれた火は森へと飛び火し、そこに在った木々の一切を焼き払った。

 新緑に包まれた森は、一瞬にして灰色の焼け跡に変わり果てた。

 干上がった川の近くにある洞穴に向かって、恋は走っていくが変わり果てた森の姿に、頭の中にある地図はどんどん意味を成さなくなっていく。

 苦労してたどり着く頃には、珍しく息もきれ、肩が上下していた。

 

【薫】「ん…………あ、この子、あなたのですか?」

 

 そこで、彼女と出逢った。

 灰色の背景の中では、かなり目立つ黒髪と黒服。そんな彼女が友達―セキト―を抱きかかえていた。

 

【恋】「恋の……じゃない。セキトは、ともだち」

【薫】「え?……あ、そっか。ごめんなさい」

 

 苦笑いしながら、セキトを抱える彼女はこちらに歩み寄る。

 

【薫】「じゃ、この子も友達のところにいたほうがいいですね」

 

 そう言って、セキトをこちらへ渡してくる。

 初めて喋った感想は、月みたいな奴だと思った。

 

【薫】「それじゃ、私はこれで―――」

 

 ――ザァァァァッ!!!!

 

 突然の豪雨。

 その子が振り返りそうになった時、雨がそれをとめた。

 

【恋】「あ……」

【薫】「うわっ、ちょっともう……最悪……」

 

 恋が話そうとしたところで、その子はさっきよりもずっと大きな声で独り言を口にした。

 

【薫】「っ……あぁ……えぇと、仕方ないあそこに――……あぁ」

 

 気まずそうにこっちを向く。

 

【恋】「―――?」

【薫】「あはは……。一緒に入る?」

 

 セキトの洞穴を指差して、その子はそういった。

 二人で狭いその洞穴にはいると、かろうじて首や手が動かせる程度の隙間しか残らなかった。

 

 

 

 

【薫】「背高いですね」

【恋】「…………(コク」

【薫】「いい生地使ってる。……のにぼろぼろ」

【恋】「…………(コク」

【薫】「なんでこんなところに……って友達を探しに来たんですよね。たぶん」

【恋】「…………(コク」

【薫】「ごめんなさい、助けられたの、その子だけで……」

【恋】「…………(フルフル」

【薫】「…………」

【恋】「…………」

【薫】「…………」

【恋】「…………」

【薫】「――そぉ~~……(指を恋の頬に近づけている」

【恋】「…………(気づいているけど、分からないので無抵抗」

【セキト】「ガブッ」

【薫】「いったぁっ!!!」

【恋】「こらっ!」

【セキト】「くぅ……」

【薫】「いたた……」

【恋】「…………だいじょう、ぶ?」

【薫】「痛いにきまっ―――っ!…………っだいじょうぶだよ♪」

 

 初めて喋った感想は月みたいだと思ったけど、違っていた。

 月じゃなくて、詠に似ている。

 

【恋】「血が出てる」

【薫】「え?……って、ちょっ――」

 

 悪くなってはいけないので、その子の指をくわえて傷口をなめてやる。

 

【薫】「んっ……ちょっ……こら、やめっ」

【恋】「ぺろ……ちゅ」

 

 最後に血をすって、その指を離した。

 

【薫】「あ……あんたねぇ……」

【恋】「――♪」

 

 少し顔が赤くなっているけど、指からの血は止まったみたいだ。

 

【薫】「…………もう、どういうつもりなんだか……」

【恋】「怪我、治さないとダメ」

【薫】「こんなの放って置いても勝手に治るよ」

【恋】「ダメ」

【薫」「だから……」

【恋】「ダメ」

【薫】「…………はいはい」

 

 めんどくさそうに、その子は顔をそらす。

 

【薫】「…………変な奴」

【恋】「……変な話し方やめた」

【薫】「へ?……あ」

 

 その子はしまったと、口元を手で覆い隠す。

 

【薫】「……はぁ、もうめんどいからいいや。あんた相手だと丁寧にするのが馬鹿みたい」

【恋】「――?」

【薫】「なんでもない。えっと、あんた名前は?」

【恋】「恋」

【薫】「恋?恋か……」

【恋】「真名」

【薫】「ぶっ」

【恋】「……?」

【薫】「琥珀みたいな奴ね……。いいの?」

【恋】「…………(コク」

【薫】「じゃあ、あたしは薫でいいよ。恋」

【恋】「かおる……かおる」

【薫】「そ」

【恋】「わかった、かおる」

【薫】「うん。あ、ちなみにあんた名前のほうは?」

【恋】「呂布」

【薫】「…………つっこむとこ?」

【恋】「?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――天水城

 

 

【音々音】「今の話の何処に恋どのが薫に従う理由が……?」

【恋】「セキト、助けてくれた」

【音々音】「セキトが”ふらぐ”だったのですか!?」

【恋】「ふらぐ?」

【音々音】「……(街で噂になっている絶対論理がそんなところに……戦後直後なんて無理なのです……)」

【恋】「……?……だから、恋も薫を助ける」

【音々音】「そうですか……」

 

 とぼとぼと落ち込みながら、音々音は部屋を出る。

 

【恋】「?」

 

 廊下を渡り、音々音とある部屋へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――司馬懿私室

 

 

 

【薫】「…………ん……」

 

 随分長く眠っていたようで、体の所々が少し痛む。

 

【音々音】「ここを……が……」

【薫】「…………え?」

 

 ぼやけた意識を少しずつ覚醒させ、体を起こs――音々音が今にも舌でなめそうになっている手をふりほどいた。

 

【薫】「あんた何やってんの!?」

【音々音】「いいから指をなめさせるのれす!!」

【薫】「ちょ、目血走ってるんだけど……ねね、そっち側だったの?てっきり恋限定だと……」

【音々音】「ねねはいつでも恋どの一筋なのです……!!」

【薫】「少しでいいから言葉と行動をあわせなさいよ!」

【音々音】「ええぃ!!まどろっこしいのです!!」

【薫】「きゃあああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

【恋】「……セキト~♪」

 

 

 

 

 

 

 周囲の視線が痛い。天の御遣いという肩書きは嫌でも脚光を浴びる。

 それは華琳の下についたときに嫌というほど味わった。

 どこの若造だなんて評価もあれば、これで戦乱が終る、とめてくれるなんて期待もあった。

 最近になってようやくそれらは収まりつつあって、御遣いといえど、普通の人間なんだという理解は得られた。

 なのになぜまた、今になって注目を浴びるのか。

 それは天の御遣いは『ガチホモ』だという評価が生まれてしまったせいだ。

 いや、それならまだいい。いや、よくは無いが、現状よりずっとましだ。なぜなら、御遣いは「男」が好きなのではなく。

 

【貂蝉】「うふん」

 

 ”こいつ”が好きなんだと噂されているからだ。

 当たり前だろう。この国の上層部は美女ぞろいで有名なんだ。いやこの国に限ったことではないが、彼女達を周囲に置きながら、つれて歩くのがこいつなんだから。

 

【一刀】「華琳……覚えテロヨ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――呉

 

 

 

 ――雪蓮。

 扉越しに聞こえたのは、既に聞きなれた声だった。

 

【雪蓮】「どうぞ~」

【冥琳】「調子はどうだ、雪蓮」

【雪蓮】「それなり、よ」

【冥琳】「そうやって始めからやる気を出してくれれば、私も楽なんだが」

 

 苦笑いで、冥琳は椅子に腰掛けた。

 そんな様子を横目に、さらさらと雪蓮は筆を進める。

 

【冥琳】「まだ噂程度だが……」

【雪蓮】「うん?」

【冥琳】「曹操が動き始めているらしい」

【雪蓮】「偵察は?」

【冥琳】「今行っているが、答えが出るのは当分先だ。それでは遅いように思えてな」

【雪蓮】「ふむ…………」

 

 本当ならば、とても無視できるような話ではない。

 

【雪蓮】「どのくらいの噂?」

【冥琳】「広まってはいない。が、それも時間の問題だろう」

【雪蓮】「噂っていうか、占いの域ね」

【冥琳】「言ってくれるな……」

 

 確証もなければ、一部の者が言っている程度の話ということだ。

 もはや噂といわれても仕方がない、とは、冥琳も分かっていたことだった。

 頭を抑えながら、それでもどこか嬉しそうに冥琳は答えた。

 

【冥琳】「自慢の勘はどうだ?」

【雪蓮】「ん~、ありえるかもしれないし……ないかもしれない」

【冥琳】「おいおい……」

【雪蓮】「勘は勘よ。証拠にはならないわ」

【冥琳】「それもそうだな……。私も行き詰ってどうかしていたか――ん、誰だ?」

 

 ――あ、失礼します~。

 

 間延びした声は、扉を開いてその正体をあらわにした。

 

【冥琳】「なんだ、穏か」

【穏】「はい~。丁度報告に来たところだったんですが……冥琳さまもいらっしゃるなら丁度よかったです」

【冥琳】「ん?」

【穏】「実は、荊州の劉備から文が届いてるんですよぉ」

【冥琳】「……劉備から?」

【穏】「正確には諸葛亮って人のようですけど」

【冥琳】「諸葛亮か……」

【雪蓮】「なんて書いてあるの?」

【穏】「えっとぉ……あ、これです」

 

 穏は雪蓮の机の上に、その届いたという文を広げて置いた。

 

【冥琳】「これは……」

【雪蓮】「ふぅん……」

 

 その文面を覗いた二人は、思案顔でしばらく文を見つめている。

 

【雪蓮】「軍議でも開く?」

【冥琳】「当然だろう……。こちらとて考えていなかったわけではないが、これは……」

【穏】「では、皆さんを広間へお呼びしておきますね~」

【冥琳】「あぁ、頼む」

 

 穏が部屋を出た後、二人は改めて顔を上げた。

 

【冥琳】「たしかに、そろそろ動くべきかもしれんな」

【雪蓮】「そうね」

 

 

 

 

 

 

 ――許昌

 

 ――こんこん。

 

【華琳】「入りなさい」

【風】「失礼します~」

【華琳】「あら、珍しいわね」

【風】「いえ~、二人とも忙しいみたいなので~」

【華琳】「稟と桂花が暇な時もそうやってくれるとありがたいのだけど」

【風】「zzz」

【華琳】「はぁ……それで、用件は?」

【風】「えぇ~とですね~、司馬懿軍が動き始めたようなんです」

【華琳】「ふむ。場所は?」

【風】「涼州……憧関ですねぇ」

【華琳】「真正面にこちらに来るとは、意外ね……」

【秋蘭】「そうでもないようです。華琳様」

 

 今度は秋蘭が入ってきた。

 

【華琳】「秋蘭、いつからいたの?」

【秋蘭】「申し訳ありません、扉が開いていたものですから」

【華琳】「咎めるわけではないわよ。それで、そうでもないというのは?」

【秋蘭】「は。司馬懿軍ですが、どうやら他にも益州ガイ亭、荊州襄陽と、多方面へ展開しているようです」

【風】「大盤振る舞いですね~」

【華琳】「多方面に軍を展開させるなんて、あの子らしくないわね」

【風】「まだ人材が不足している時期に多方面に軍を進めることに、あまり利点はないんですが」

【華琳】「よほど統制力に自身があるのか。それほど自信過剰な子ではなかったはずだけど」

【秋蘭】「何か対策を立てておくべきでしょうか」

【華琳】「そうね……。風、一刀が戻ってきたらここへくるように言ってくれるかしら」

【風】「了解です~」

【華琳】「司馬懿のほうはしばらく様子見でいいでしょう。ひとまずの狙いは荊州……劉備よ」

【秋蘭&風】「は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――中庭

 

 

【春蘭】「はぁっ!」

【琥珀】「ってぇぇい!!」

 

 中庭の中央で、二人は練武をしていた。実践さながらの雰囲気に思わず息を呑んでしまうのは相変わらずだ。

 

【霞】「琥珀ようやるわぁ……」

【一刀】「え?」

 

 廊下でそっちを見ていると、隣から霞がそう呟いた。

 

【霞】「あれ、うちと華雄としてからやってんねんで?」

【一刀】「…………」

 

 つまり琥珀は、休み無しで華雄、張遼、夏候惇の三人相手に仕合をしているらしい。

 

【霞】「次は絶対負けたないねんて」

 

 そういえば、この間もそんな事を言っていたような気がする。

 

【一刀】「すごいな。お前ら二人に勝った後にまだあの動きか……」

【霞】「アホいいなや。片手しか使えんやつに負けるかい」

【一刀】「え?」

【霞】「ずっと負けっぱなしで、こっちがねぇあげて相手変わって……それの繰り返し」

【一刀】「いつからやってるんだ?」

【霞】「そやなぁ……うちは今朝方やけど、華雄はその前からやっとったな」

【一刀】「…………何やってるんだか」

【霞】「らしくない、とか言うたらあかんで。一刀」

【一刀】「わかってるよ」

【霞】「うちらはあいつの何も理解してやられへんからな」

【一刀】「あぁ……」

 

 視線をもう一度、琥珀へと戻す。

 

【琥珀】「はぁぁっ!!」

 

 あんなに、声を出すような奴だっただろうか。

 

【琥珀】「ぐっ」

 

 あんなに、悔しそうに顔をゆがめるような奴だっただろうか。

 

【琥珀】「やぁぁぁっ」

 

 ここまで、頑張るような奴だっただろうか。

 

【霞】「一刀、どっかいくん?」

【一刀】「……うん。華琳が呼んでいるらしいから」

【霞】「そかそか」

【一刀】「じゃぁな」

【霞】「一刀」

 

 返した踵が、呼び止められた。

 

【一刀】「――え」

【霞】「なんでも……全部ひっくるめてとか、無理なんやで」

【一刀】「…………」

【霞】「一回決めたもんちゃんと守り」

【一刀】「あぁ」

 

 

 

 

 

 ――俺はその場を後にして、華琳の部屋へ向かった。

 

 

 

【一刀】「華琳、いるか?」

【華琳】『えぇ、入っていいわよ』

 

 扉を開いて、中に入る。

 

【貂蝉】「うふん」

【一刀】「部屋を間違えたみたいだ。ごめんな」

【華琳】「まちなさいでないとくびをおとすわよ」

【一刀】「わ、わかったから、武器を下ろしてくれ」

 

 首に添えられた鎌が、ゆっくりと体からはなれていき、ようやく落ち着くことが出来た。

 

【華琳】「まったく、遅すぎるわよ一刀。いつまで待たせるつもだったのよ」

【一刀】「え、いや、呼ばれてからそんなに経ってな――」

【華琳】「……!!(いつまでこれと二人でいさせるつもりだったのと聞いているのよ!!)」

【一刀】「……(それは……悪かった)」

 

 ついさっき自分は同じことをしたくせに、とはいえなかった。

 

【華琳】「さて、それじゃあ、聞かせもらうわよ」

【貂蝉】「とは言ってもねぇ……」

【華琳】「あら、話すといったのはあなたでしょう?」

【貂蝉】「私から話すのは簡単なんだけれどぉ……あなた達が信じられるかどうか、というのが問題ねん」

【一刀】「へ?」

【貂蝉】「曹操ちゃんは占いはお好き?」

【華琳】「……あまり好きではないわね。参考程度にはしているけれど」

 

 まぁ、ここで言語道断的な意見がでてたら俺は今此処にはいないんだろうな。

 

【貂蝉】「なら、絶対に当たる占いが出来る者がいると言ったら、信じられる?」

【華琳】「ありえないわね」

【一刀】「絶対にって、はずさないのか?」

【華琳】「……いえ、おそらく貂蝉が言っているのは……未来予知するものがこの世に存在している、ということ。絶対に当たる占いとはつまりそういうことでしょう?」

【貂蝉】「察しがよくてたすかるわん」

【華琳】「で、それが何なのかしら」

【貂蝉】「――それが薫ちゃんだといったら?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――涼州天水

 

 

 

 

 

 

 真っ白な視界。

 自分の手足さえ見えない視界。

 どうなっていると聞かれても、答えようの無い景色に、ただ呆然とする。

 

 ――どこだろう。

 

 呟いた声は音にはならず、ただ頭の中に響いていった。

 やがて、視界は晴れてきた。

 あの蒼い夜の夢。それと同じ景色が広がっていく。

 けれど、前とはまた違っていた。

 相手は変わってて、こんどは二人とも笑ってる。

 

 ――金髪だった子は黒髪に変わって、今度は表情まで変わって。

 

 そして、肝心の相手も、今度は消えそうにはならない。

 

 ――あぁ、上手くいってるんだね。

 

 そう思った。

 二人が抱き合って、何か話している。音が無いから聞こえるはずも無い。

 あれ?

 黒髪の子が、だんだん薄れて、金髪の子へと変わっていく。

 金髪の子は、そのまま何か話している。

 黒い髪の子は、どこへ行ったの?

 

 そう問いかけた時。

 

 ――ズキッ

 

 痛みが走った。

 手がないから、抑えることもできない。音がないから声もあげれない。

 けれど、痛みは走り続ける。

 

 さっきまでそこにいた子が変わってしまったのに、なんで二人とも平気で――

 

 ――それが”当然の事だから”

 

 何処からか湧き上がってきた答え。

 

 ――ズキッ

 

 痛い。頭から体へと痛みは広がる。体中が引きちぎられるみたいに、痛い。

 痛みに耐えようと、視界を閉じていく。

 しかし、視界は閉じてくれず、その景色を強制的にあたしに見せてくる。

 

 嫌。

 嫌嫌。

 嫌嫌嫌嫌。

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。

 

 見たくない。消えて欲しい。見せないで。

 それを見るたびに、体が痛くなる。

 

 あたしの意思を否定するように広がる光景。

 

【司馬懿】「――嫌あぁぁぁっ!!!」

 

 やっとでた声は、朝方の部屋に響き渡った。

 

【司馬懿】「はぁ……はぁ……あたし、寝て……?」

 

 汗をかいた体を寝台から起こして、鏡の前へ。

 相変わらず、左右異色の双眸。

 自分で見ても、それは気持ちの悪いものだ。

 

【司馬懿】「…………悪夢なんて……今更」

 

 しっかりしろと、自分に言い聞かせたあと司馬懿は広間へ向かった。

 

【司馬懿】「おはよ~」

【音々音】「遅いのです。まったく、はやくしないと朝食がさめてしまうのです」

【司馬懿】「あはは、ごめんごめん、朝はよわくってさ~。頂きます」

 

 卓に並べられた。朝食を口に運ぶ。

 

【司馬懿】「ん、ねぇ、ねね。今日の味薄くない?」

【音々音】「そんな事ないのです」

【司馬懿】「ふむ……恋も?」

【恋】「薄く、ない」

【司馬懿】「ん~……」

 

 ふたりはいつも通りだという。

 けれど、なんど口にしても、あたしにはわからない。

 だって、なんど食べても、味がしなかったから。


 
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